グラン・ミラオス迎撃戦記   作:Senritsu

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1/29 海上調査隊の進行状況を示した地図を追加

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>> 目覚め(2)

 

 

 夜闇が晴れて、東の空が白み始めようかというころ。

 

 ざざあっと、巨大な撃龍槍を掲げた船首が水面を切り裂くようにして後方へと波紋を広げていく。

 帆を広げ、風を受けて海を渡っていく撃龍船。それが五隻連なって一本の線を描く。エルタたちを含む熟練のハンターを乗せた船隊は、粛々とかの地へと向かっていた。

 

 獄狼竜の穿龍棍を担ぎ、ベリオロス亜種の防具を着たエルタは甲板に立って黙って遠くの海を見つめていた。白波のない穏やかな海、モンスターの襲撃もなく、航海は順調に進んでいる。

 問題点を強いて挙げるとすれば、風すらも静まっていて帆船が進みづらいことか。しかし、そこは熟練の船乗りたちの手によって凌がれていた。

 と、波の音に交じって背後からの足音を拾い、エルタは振り返る。

 

「おつかれさま。特に何も変わったことは起こってないみたいだね」

 

 歩み寄ってきたのはソナタとアストレアだ。二人ともエルタと同じく完全武装である。三人はひとつのパーティとして今乗っている撃龍船を担当することになっていた。

 エルタたちの乗る船の配置は西側の前から三番目。前に二隻先行しているかたちだ。

 

「……ああ。かえって不気味なくらいだ」

「むしろそのことが、この辺りに本当に古龍がいるっていう証拠になっちゃってるんだけどね。他の船に乗ってる人たちもそれに気付いてたらいいんだけど」

「ここまで何もきこえないのは、はじめてかもしれない」

 

 ソナタは物憂げに、アストレアは目を閉じて耳を澄ませるようにして呟く。

 森育ちでモンスター並みの察知能力を持つアストレアでこれなのだから、件の古龍はほぼ確実にいるはずなのにひたすらに沈黙を保ち続けているということになる。

 比較的名の知れた古龍であるクシャルダオラやジエン・モーランは暴風雨や大規模な砂嵐を引き連れてくるため、古龍と聞けば轟音や騒乱を連想する人々も少なくない。いや、実際その通りになることが多い。それ故に、この静穏に安心してしまう。それをソナタは懸念しているのだ。

 

「まあ、だからってずっと気を張ってたら疲れちゃうから、ちょうどいいくらいの緊張を保ちながら余分はほぐいていこう。……なかなか難しいんだけどね」

 

 そう言ってソナタは苦笑した。確かに、古龍と相対したことのあるハンターにとってこの沈黙は消耗を誘う。龍と自分しかその場にいない、というあの忘れがたい経験を彷彿とさせるものがある。

 例えるならば、深い森の中で迅竜が木々を飛び交う微かな音だけが聞こえてくるような、そんな感覚だ。知らない者はただの葉擦れの音にしか聞こえず、なにも警戒などしないままに、いつの間にか命を奪われている。

 

 アストレアがエルタに麻袋を差し出してきた。中に入っていたのはタンジア名物らしい菓子のタンジアチップスだ。

 やや拍子抜けしてしまったが、今はそれくらいの心意気の方がいいのかもしれない。何枚か手に取って口に運ぶと、芳醇なシーフードの味が口の中に広がった。

 

 それからアストレアたちと他愛もない言葉を交わす。意図してそうしてくれているのだろう彼女らに感謝しつつ、エルタはつい数日前のタンジアギルド集会場での出来事を思い返していた。

 

 

 

 

 

「海上調査隊には、ワシらからも口出しがしにくいんじゃよ」

 

 竜人族の老人、タンジアのギルドマスターはカウンターの上に座って嘆息した。

 上半身裸で青いマントを羽織り、頭にはキャプテンハット。右手に持ったタンジアビールのジョッキは片時も手放されることはないらしい。

 

「でも、呼んだのはギルドマスターさんなのでは?」

「その通りじゃ。じゃが、海上調査隊は各ギルドから編成された組織。総司令もワシが任命した者ではないんじゃ」

 

 ソナタの問いに対し、ジョッキを呷りながらギルドマスターは答える。一見すればかなり奇異な光景だが、それがいつものことなのかソナタや受付嬢は指摘するそぶりすら見せない。エルタとアストレアは顔を見合わせた。

 

 聞いた話によれば、海上調査隊という組織は普段は全国各地に散っている。

 運営はドンドルマ、ミナガルデ、タンジアなどの各地のハンターズギルドの出資によってなされていて、正式にどの街が統括しているというわけではない。

 確かにあれだけの規模の船団を常に一つの場所に集めさせておくというのは戦力的にもったいないし、維持費も相当なものがかかるだろう。そう考えると理に適った運営方法だ。

 

「そういう点では、新大陸古龍調査団に近いかもしれんのぅ。実際、彼らとの関りも深い」

「しんたいりく、こりゅう……?」

「……新大陸古龍調査団、だ。ここからずっと遠くにある新大陸を調べに行っているんだ」

 

 首を傾げるアストレアに耳打ちしつつ、エルタはその名を聞いて少しだけ懐かしさを覚えた。

 さて、そんないくつものハンターズギルドが連携して構成される海上調査隊は、どこかの街や国が出動要請を出せば、その金額に応じて各地から撃龍船を集合させ、ひとつの作戦組織を立てる。そのときに初めて総司令が選抜されるそうだ。

 ちなみに、今回は過去最大規模らしい。つまり、とソナタはごくりと唾をのむ。

 

「じゃあ、今のタンジアギルドの資金は……」

「……ほとんどすっからかんじゃ。ワシのへそくりも根こそぎ持っていかれおった……」

 

 彼はがっくりと肩を落とした。この地域一帯のハンター業の長を務め、港の安全に関わる者としても流石に堪えるものがあったのだろう。

 けれど、そこは流石にギルドマスターといったところか。すぐに顔を挙げるとにかっと笑ってみせた。

 

「じゃが、後悔などしとらんよ。何せ相手はあの『黒龍』じゃ。それに挑もうというのなら、この街のすべてを賭けるくらいはせにゃならん。後になって悔いても何にもならんからのぅ」

 

 その笑みは快活だ。ギルドの資金のほぼ全てを投げ打ったと言うが、それには相当な反対意見があったはず。それを押しのけ、自らの判断を押し通す豪胆さ。そして、彼にそこまでの決断をさせるのがかの龍ということか。

 

「これだけやって作戦の指揮が取れんというのもちょっとばかし悔しい話じゃが、総司令のシェーレイ殿もなかなかの敏腕じゃ。ワシはここにどっしり構えて皆の凱旋を待つと決めた。狩場では彼の言うことをしっかり聞くんじゃぞ」

「……はい」

 

 ギルドマスターにそう言われたならば、エルタたちは頷くしかない。

 その後に三人パーティを形式的に登録し、海上調査隊もその旨を伝えてから、エルタたちはこの街での仮拠点である連絡船へと戻って夜を明かすのだった。

 

 タンジアから船隊が出港した日には、街に住む人々から盛大な見送りを受けた。流石は人口数万の港町と言ったところか。

 有志の音楽隊が結成されて「英雄の証」が鳴り響き、幾千もの人々の歓声と共に見送られる様子はなかなかお目にかかれるものではないだろう。

 海上調査隊の人々も、ハンターたちも一様に誇らしげにしていた。この見送りを受けてこの街を護ろうとする決意を固めたという者もいるはずだ。

 そんな中で、エルタたちは少し浮いて見えたかもしれない。ソナタはやや困り気味の笑みを浮かべていたし、アストレアに至ってはフードを被って居心地悪そうにしていた。エルタはそもそも笑顔を浮かべるのが苦手なので、かの龍のことを考えながら佇んでいたらいつの間にか式典が終わっていた、という具合だ。

 

 

 

 

 

 あれから数日。迎撃拠点での補給も済ませ、船隊はいよいよ厄海の目標地点に辿り着こうとしている。

 

 ここに来るまでの間に、いくつもの島と黒龍祓いの灯台を見かけた。大きさはまちまちだったが、どれも頂上で火が焚ける仕組みになっているようだった。

 普段使いされていないものも多いようだったが、それもそのはず、明らかに商船が通らないような海域にも建っている。つまり、単純に灯台としての用途以外の目的があって、遥かな過去の人々は灯台を建設したということだ。

 きっとそれは、二度とこのような厄災が起こらないように、かの龍が訪れることがないようにという祈りなのだろう。だからこそのあの灯台の名前。もはや年月が測れないほどの時が過ぎて、おとぎ話にも伝えられなくなった今でも、名前だけは証拠として残り続けていた。

 

 それらの灯台群は、今もなお急ピッチで要塞化が行われている。万が一迎撃拠点が突破されたときのため。あるいは、迎撃拠点よりもタンジアの港に近い側でかの龍が姿を現したときに、迎撃拠点側へと誘導を行うために。

 実働部隊は千人を超す程度に収まらず数千、ひょっとしたら万の単位で動いているのではないか。そう感じるほどの用意周到さだった。

 

 

 

 白んでいた空が赤みを帯び始めた。朝焼けだ。

 先頭の旗艦、総司令のシェーレイが乗っている撃龍船からしゅうっと信号弾が発射された。

 

「……ん」

「着いたかな。船員さんたちが帆を畳んでる」

 

 周囲がやや騒がしくなったのを感じ取って、エルタたちは辺りを見渡した。静かな風を受け止めるために目いっぱい張られていた帆のいくつかが畳まれていく。

 前方や後方にいた船も同じことをしているのが見て取れた。到着とみて間違いないだろう。

 だだっ広い大海原。迎撃拠点のある島も水平線の向こうに隠れてしまっている。古龍観測隊たちが出現を予測した海域であり、海上調査隊はここでかの龍を待ち受けることとなる。

 

「……よし、じゃあ私とアスティは持ち場に行こうか」

「うん」

 

 ソナタとアストレアは互いに頷いて、エルタに一声かけてから甲板を歩いていった。

 海上調査隊はここでじっと待ち続けることはしない。こちらから積極的に出現を促す手はずだ。

 今から行おうとしているのは、海上での砲撃訓練だ。標的用のブイを海上に浮かべ、そこへ向けて各船が砲撃を行う。砲弾を余分に使うことになるが、実際の立ち回りを想定しての訓練は欠かせない。

 

 バリスタと大砲の射程距離はせいぜい二百メートルといったところだ。これくらいの半径で標的を円弧状に囲むようにして砲撃を行うことになる。

 かの龍がこの弾幕に対して立ち向かうような動きを取るか、逃げるような動きを取るかで船の立ち回りは大きく変わる。迎撃拠点へとうまく誘導するために、前者であれば逃げるような、後者であれば追い立てるような立ち回りをしなくてはならない。

 撃龍船の全長は大きいもので五十メートル程度。これらが四隻並んで砲撃に集中し、残りの二隻は遊撃に徹する。ここまでの数の船を揃えたからこその贅沢な使い方だが、だからこそフレンドリーファイアには気を付ける必要がある。

 

 エルタたちの役目は基本的に船員たちの手伝いになる。バリスタや大砲の弾を運び、装填する。砲撃は専ら訓練された船員たちが行う手はずになっている。

 もし、かの龍が甲板にいる人々や船そのものに攻撃を仕掛けてくるような個体であれば、ハンターたちの出番ということになるだろう。船員たちはそのような状況では船の守りに徹さなければならなくなるからだ。

 エルタたちが持ち場についたのはそういうことだ。船の上の各場所に配置された火器の近くに構えておいて、臨機応変に動く。エルタは船首付近、ソナタはアストレアと共に船尾付近につくことにしていた。

 

「ハンターの兄ちゃん! 大砲の射角をよく見ておいてくれ。いざというとき、大砲を任せるかもしれない」

「……ああ。分かった」

 

 エルタに話しかけたのはこの撃龍船の船長だ。着ているのは砂漠の都市ロックラックの正式な防具である城塞遊撃隊一式である。砂地での行動に適した装備であり、水気の多いここでの活動にはやや適していないが、それを補って余りあるほどの耐久力を持つ防具だ。

 彼は砂の海の海上調査隊の一員。ロックラックから訪れた撃龍船乗りだった。峯山龍迎撃戦にも何度か参加しているという実戦のプロだ。

 

「砂の海からやつが姿を現すときにはデルクスが湧くからそこを目指せたが……ここまで静かだと気味が悪い。いつ現れてもおかしくないくらいの心意気でやるしかないか」

 

 神妙な顔で彼は呟く。ハンターではないのに訓練だからと気を抜いていないのは流石と言ったところか。

 彼は部下の船員たちに次々と指示を出し、砲撃の準備を整えていく。船を指定の位置に動かし、甲板の縁に設置された砲台の角度を調整しつつ、旗艦からの指示を待つ。

 

 遊撃を担当する船が標的用のブイを海上に浮かべ、砲撃用の船が配置についた。準備完了だ。

 ややあって、再び信号弾が打ち上げられた。砲撃開始の合図。

 

()ぇ!」

 

 船長が檄を飛ばす。装填されていた砲弾が人力で押し出され、砲身内部で点火されて轟音と共に勢いよく撃ち出された。

 胸を打つような衝撃音、どっと砲塔が僅かに後退するほど反動を以て放たれた砲弾は、放物線を描いて慣性のままに飛んでいく。そして、標的のブイの数メートル左へ着水し水柱を上げた。

 それを皮切りに次々と水柱が上がる。撃龍船一隻につき片側に二門か三門設置されているため、合計で十近くの大砲が一斉に発射されたということになる。重なり合った砲撃音は海の底まで鳴り響いただろう。

 

 次いで、ばしゅばしゅと先ほどよりは軽快な音を立てて雨のように水飛沫が上がった。バリスタの一斉射撃だ。

 先ほどよりも小さい音とはいえ、バリスタの弾も人程度なら悠々と貫ける大きさの鉄杭だ。返しがついていることもあり、引き抜くことも容易ではない。

 バリスタはスコープがついているため大砲よりも標準がつけやすい。いくつかの弾が正確に標的を射抜き、その衝撃で標的が大きく仰け反るのが見て取れた。

 

 そして、沈黙。訓練故にそれぞれ一発ずつという制約はあるが、それでも結果は一目瞭然だった。

 周囲の大砲の着弾によって軋み、いくつものバリスタの弾の直撃を受けた標的は見事に木っ端みじんになっていた。飛竜程度の大きさがあり、頑丈な堅竜骨によって組まれたと聞いていたが、このざまだ。実際に海竜種一匹程度であれば、今の砲撃でまともな死体が残るかも怪しい。

 

 アストレアは衝撃を受けているのではないか。これは彼女には想像もできなかった光景のはずだ。ボウガンなど比較にもならない。これが火器の威力というものだ。

 無論、このようなことがいつでもできるわけではない。コストを度外視した戦法だ。ただ、ハンターという存在では決して手の届かない破壊がそこにはあった。

 

「さて、これで件の龍がおびき寄せられていればいいが……」

 

 海底に沈みゆく鉄片たち。掻き立てられていた海が静まっていくのを見ながら、船長がひとりごちた。

 

 そう、真に警戒しなければいけないのはここからだ。砲撃音によってこちらの居場所は自ら明かした。あとはこの挑発まがいの行為にかの龍が乗ってくるかということのみだ。

 ジエン・モーランのように自らの身体を海上に浮かべて迫ってくるようなことがあれば、定石どおりに事を進められる。最も望ましい出現の仕方だ。

 ナバルデウスのように海中に留まり続けて遠距離攻撃も行ってくる手合いであれば、ここでの応戦は忙しい。海底の浅い迎撃拠点に誘導するまで苦戦を強いられるだろう。

 ゾラ・マグダラオスのように海底から立って船を突き上げてくるようなことがあれば……いや、この一帯の海はとても深い。水深は二百メートルを超えていると船長が言っていた。それでいて海底から直立して海面に届きうるとなれば、地上最大級と言われるゾラ・マグダラオスやジエン・モーランすら超える超巨大モンスターということになる。

 

 ……そう、かの龍の姿が分からないのが現状最大の難点だ。

 遥かな過去に一度討伐されたという記録が残されているのみで、姿かたちについての資料はない。『黒龍』繋がりでシュレイドの伝説の龍の造形が参考になるかもしれないが、その情報は極めて厳重に秘匿されている。翼があるのかどうかすら、エルタたちには分からないのだ。

 

「……」

 

 誰もが口を閉ざしている。こちらから仕掛けたという緊張を共有している。かの龍が現れるような兆候が少しでもあれば、それに気付けるように。

 心臓の音が聞こえる、というほどではないが、エルタも僅かに手汗をにじませていた。

 

 さあ、どう来る。

 

 

 

 ……

 

 

 

 …………

 

 

 

 陽光が顔を見せるまで待った。

 海の様子に変化は、ない。

 

「当てが外れたか……?」

 

 船長がぼそりと呟くとともに、緊張の面持ちで立っていた船員たちも互いの顔を見合わせて喋り出した。船の見張り台で周囲の様子をうかがっていた船員も、なにも変わったものはないというハンドサインをこちらに向けて送っている。

 かの龍はここにはいない。あるいはこちらの挑発に応えなかった。

 

 海を泳ぐ龍であれ、海底を歩く龍であれ、あるいは空を飛ぶ龍であれど。こちらから仕掛けておきながら、これだけ待って何もなければそう考えるのが妥当か。ハンターであればもう少し待つかもしれないが、誤差の範囲だ。

 旗艦が三度信号弾を上げた。『移動』の合図。これよりさらに沖へと向かい、同じような手段で接触を図る。

 

「帆を下ろせ。砲弾は……その場に残しておけ。扱いに気をつけろ。決して濡らすなよ」

 

 船長がそう指示を出し、船員たちが動き出す。ソナタたちのいる後方、そして船内にもその指示は伝えられ、訓練が始まる前のように騒がしくなった。

 念のため警戒を続けていてほしいと頼まれたエルタはその場に残り、陽光に照らされる海を見つめる。

 

 かの龍が現れそうな兆候は確かに見られない。朝日が邪魔をして東方面は怪しいかもしれないが、少なくとも海面は穏やかだ。

 ソナタに聞いた話によれば、海竜ラギアクルスが現れるとき、海の一か所が青白く光るのだという。夜であればさらに顕著で、渦潮のようなものが見れることもあるそうだ。漁師がそれを見かけたときは、一目散に陸に向かって逃げるとのこと。

 

 少なくとも、そういった局所的な現象は起こっていない。それと、とエルタは空に目を向けた。もしかの龍が付近にいたとすれば、天候を操るような能力は持っていないようだ。今もなお、多少の雲はあれど空は晴れている。

 盛大な号砲が鳴り響いただけの、いつもの夜明け。

 

「よし、他の船の準備ができ次第出るぞ。間違っても他の船にぶつからないように舵取りを────」

 

 

 

 

 

「──かじを切って!! はやく!」

 

 

 

 悲鳴にも似た声が届いた。

 

 フードを脱ぎ、白い防具と身体を晒したアストレアが血相を変えて駆けてくる。エルタは船長と舵取りのいる方を振り返った。舵取りは突然のことに驚いたのか手を止めている。

 

「さっさと右に舵とれぇっ!! ぼうっとすんな急げ!!」

 

 船長が檄を飛ばし、そこでやっと我に返ったのか舵取りが舵輪を全力で回し始めた。

 

「嬢ちゃん! いつ来る!」

()()()()()!!」

「──ッ、総員、衝撃に備えろ!」

 

 そう言いながら船長は船の柱に捕まって防御姿勢を取った。指示は瞬く間に伝播し、船員たちはわけも分からないままに周囲の壁や柱に掴まる。

 船長とアストレアはほとんど面識はなかったはず。恐らく船長は、直感でハンターの勘というものを信じたのだ。

 

 一気に限界まで方向転換しようとしたためか、軋む音を立てながら船が進路を右へと逸らしていく。

 エルタは飛び込むように駆けてきたアストレアを抱き寄せて、彼女を庇うように姿勢を低くして船内に入るための手すりを掴んだ。

 

「龍の声が聞こえたのか」

「それも……ある。けど、きざしはあった。気づくのがおくれた……!」

 

 もともと少したどたどしかった口調が、いつも以上におぼつかない。

 アストレアが震えている。リオレウスの咆哮を真っ向から受けても怯まなかった彼女が。とてつもないものがくる、エルタは確信し、手すりを握る力を強めた。

 そして、今は酷かもしれないと思いつつも問いかける。

 

「兆しは、なんだったんだ」

 

()()()()()()()!」

 

 エルタは弾かれるように顔を上げ、垣間見える海を眇めた。

 

 そして悟る。

 

 

 

 運が悪かったとしか言いようがない。

 明るい日中に作戦に集中できるように、朝早くから仕掛けるのは道理だ。けれどそれが、最大の誤算だった。

 

 

 

 朝焼けの空が、海の色を見誤らせたのだ。

 

 

 

 

 

 エルタがそこまで思い至った直後に、その衝撃はやってきた。

 どごぉっ、という火薬が炸裂するような爆破音と共に、船が比喩なく跳ねた。そして、甲板が一気に三十度近くまで傾いた。次いで大量の海水が降り注ぐ。

 船員たちが悲鳴を上げ、呻く。斜め下から打ち上げられたのか。これは、船が転覆するのではないか──。

 

 そんな中で、エルタは薄目を開けて海を見続けていた。他の船の動きを見続けていた。

 

 突如として隊列から外れようとしたエルタたちの撃龍船の様子を戸惑うように見送っていた船隊。

 

 

 

 エルタたちのひとつまえにあった撃龍船の腹に、今、火柱が立った。

 

 

 


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