それは悪夢から始まった

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未来に辿り着け

 

 その人は知っている人だった。

 隣のクラスの女の子で、俺の学校の生徒会長。確か、ロシア人とのクォーターらしく、少しだけ噂になった。

 顔も整っておりかなりの美人だということが分かる。更にスタイルも良いので惚れるなと言われるほうが難しいのかもしれない。

 

 そんな彼女が車に轢かれて死んでいた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「っ!・・・はぁ・・・はぁ・・・嫌な夢を見たな」

 

 新学期の朝に隣のクラスの女の子が死んでいる夢を見る。どんだけ嫌な夢なんだよ。確かに隣のクラスの絢瀬絵里とはあんまり関わりなかったけど、知っている人が死ぬ夢なんて誰も見たいなんて思わないだろ。

 

「うわ、汗すげーな」

 

 見ればかなりの汗をかいていることに気づき、しっかりシャワーを浴びて家を出た。

 

 今日から音ノ木坂学院では新学期である。

 俺こと、明野焔はこの日を境に三年生としてこの学校に通うことになる。言うほど充実した学園生活ではなかったと思うが、これ以上に一体何を求めろというのだろうか。

 

 朝から目覚めの良いものではなかったので、少し気だるさを感じながら学校への道のりを歩く。

 すると、目の前を一人誰か歩いているのが見えた。

 

 我らが生徒会長、絢瀬絵里の姿である。

 

「あ・・・」

 

 こんなところで会うなんて家って割と近かったんだ。ていうか相変わらずクールで美人だな。だからこそ、生徒会長なんて威厳ある役職がやれるのだろう。

 

 そんな風に思っていると、前方から割とスピードの出ている車が走ってきた。危ないなと感じながら歩を進めていると、車の目の前に小学生が飛び出してきた。一人だった。多分、家を出るのが遅くなって、皆に追いつこうとしていたのだろう。

 車は小学生を避けるためにハンドルを切る。が、出ていたスピードがかなりのものだったので、車はそのまま停車することが出来ず、こちらに向かって突っ込んできた。

 

 気づいた時には遅く、目の前を歩いていた絢瀬は跳ねた。短い悲鳴を発しながら絢瀬は数秒間宙に浮いたと思うと、受身も取らずに地面に倒れた。

 

 鮮血がコンクリートの道を濡らし、絢瀬を跳ねた車は壁に衝突して煙を上げている。

 

「え・・・・」

 

 意味がわからなかった。

 

 突然、学校の女の子が車に跳ねられて死ぬ。

 

 本当に意味が分からなかった。

 

 そう感じるのと同時に、自分自身の視界が大きく揺れ、誰かに強制的に瞼を閉じられるかのように全てが真っ暗になった。

 

 

 

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「っ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

 気がついたら自分の家のベットの上に横になっていた。携帯と並行して使っているアラームが鳴っている。汗もかなりかいていた。

 

「今のは一体なんだったんだ・・・」

 

 覚えているのは車に跳ねられて死んだ絢瀬絵里という状況のみ。一から全てが理解出来るものではなかった。

 今の、あれも夢だったと言いたいのか?違う、夢なんかじゃない。俺は確かに目の前で絢瀬絵里が死ぬのを見た。見ただけじゃない。彼女が死ぬのを感じたんだ。彼女の存在がこの世界から消え去っていくのを確かに感じたんだ。

 

「なんなんだよ・・・」

 

 他にどうすることも出来ず、混乱した状態で学校へ行く準備をして、家から出た。

 頭の中は錯乱状態であった。自分自身が見た光景が夢だったのか、幻想だったのか、それともまだ自分は悪夢の中にいるのか。

 自分に起きていること全てが分からなかった。

 もしやと思って頬を抓って見るのだが、

 

「痛い・・・夢じゃない」

 

 夢じゃない・・・これは夢じゃない。現実なんだ。

 そう自分自身に言い聞かせながらなんとか頭の中を切り替えようとしながらいつもの道を歩いていた。

 すると、目の前に絢瀬の姿が目に映る。

 

「う・・・あ・・・・はぁ・・・はぁ・・・・」

 

 同時にとてつもない気持ち悪さに襲われ、吐き気も感じる。

まるで、何かの悪意が、憎悪が次々と俺の口の中に入って、俺という存在全てを真っ黒に塗りつぶすかのような。思わずその場に膝を付きながら胸を押さえる。

気持ちが悪い・・・。

 

「あ、あなた大丈夫?」

 

 見れば俺の声を聞いて心配になったのか、絢瀬の姿が目の前にあった。

 

「あ、ああ・・・大丈夫だ」

 

「あなた確か、隣のクラスの明野君よね?体調悪いんだったら今からでも家に戻ったほうがいいんじゃない?私から先生に言っておくことも出来るし」

 

「いや、ちょっと朝食った飯が腐ってただけだ。問題ないから、大丈夫」

 

「・・・そ、そうなの?分かったわ。けど、学校についたら保健室に行ってね。それまでは、私も一緒につきそうから」

 

「・・・あ、ああ」

 

 クールだけど意外と面倒見が良い?ってことは優しいの?自分の頭の中にあった絢瀬の性格を再評価しながら二人肩を並べて歩き出す。

 

 だが、前からそこそこのスピードを出しながら走ってくる車が見えた。見たようなその光景に息を詰まらせた。

 

「同じ・・・」

 

「何か言った?」

 

 俺の呟きに反応した絢瀬を無視して頭をフル回転させながらこれから起こるであろう事態を予測した。

 きっと、このあと車の前に小学生が飛び出して、車は車線がズレて絢瀬に向かって突撃してくる。

 撥ね飛ばされた綾瀬はそのまま・・・。

 

「あ・・・・」

 

 見れば車の前に小学生が飛び出してきた。同時に、車はハンドルを切ってこちらに向かって突っ込んできた。

 

 その時、全てを理解した。

 

やっぱり『あれ』は夢なんかじゃなかった。全てが現実だった。

 

 車が小学生を避けて絢瀬を跳ねる。この一連の流れは全て統一させられた運命だったのだ。

 

 視線を絢瀬に向けた。目の前の光景に驚きながらも体は一歩も動かせていない。このままではあの車に跳ねられてしまうだろう。隣にいる俺も巻き込んで。

 そして、きっと絢瀬は死ぬ。短い悲鳴を上げながら。

 俺は・・・。

 

「させない・・・絶対に」

 

 これから起こることを把握していた俺は自分のガクガクと震える体に気合いを入れる。綾瀬には悪いが両手で綾瀬の体を抱き締める。それに反応すら与えずに車と接触するその一瞬ギリギリに大きく後ろへと飛んだ。

 空中で無意識的に自分の体を下にしていたおかげか、コンクリートの道に背中を打ち付ける。次いで視界ギリギリで車がコンクリートの壁に衝突した衝撃が起こった。それを確認することもなく、背中の衝撃の余韻を感じながら綾瀬の方を見た。

 

 前に見た光景とは違う。

 

 絢瀬絵里は死んでいない。という、現実を見ることが出来た。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「だ、大丈夫!?」

 

 状況をやっと確認した腕の中にいる絢瀬が立ち上がりながらそう言う。口調からも元気そうだったので特別心配することはなかった。

 

「あ・・あ、ちょっと背中が痛いかな」

 

 俺はその場で精一杯の作り笑顔を見せた。それが自分に出来る最大限の強がりだったということは言うまでもない。

 

 だけど、あのことについては絶対にいうことはできなかった。

 誰が、あなたが死ぬ光景を見たので今回のことが予測出来ました・・・なんて、言える訳がない。

 そんなのただのおかしい奴でしかないだろう。

 

 それに、絢瀬にもそんな風には見えない。

 

 つまり、絢瀬が死んで俺だけが時間が巻き戻ったというふうに解釈することになる。俺だけが、それを知っている。

 

 随分と不気味な事件だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それから救急車やら警察なんかが来て、俺たちは今回の事故に関する事情聴取を受けた。俺は念の為に病院で検査を受けてその後に警察から話を受けたので、学校に向かうのでは昼下がりの時間になってしまった。

 

 病院で検査終わりに警察に事情聴取を受けて三十分ほどで開放された俺はそこから学校に向かおうとした。

 警察に送ろうかと言われてしまったが、少しだけ考える時間が欲しかったのと病院から学校まではそんなに離れていないことから、丁寧にお断りをした。

 

 この一連の流れを頭の中で整理しようと考えながら病院を出ようとしたら絢瀬の姿が視界に入った。

 

「あ・・・明野君」

 

 彼女も俺の姿が目に入ったのか病院の出口からこちらに向かって走ってきた。そして、深々と頭を下げる。

 

「本当にありがとうございます。あなたがいなかったら、私はここにいなかったのかもしれない。本当に、本当にありがとうございます」

 

「お、おい、いきなりそんな礼を言われても困るぞ」

 

「で、でも・・・命の恩人なんだからちゃんとしたいの。明野君は私の命を助けてくれたんだから」

 

「・・・って言われてもな」

 

 悪い気持ちじゃなかった。

 

「兎に角、顔を上げろ。誠意は十分に伝わったから」

 

「う、うん・・・また、後日改めてお礼をするね」

 

 そう言いながら少しニッコリと微笑む彼女に不意にドキッとしながら俺たちはゆっくりと病院を後にする。

 すると、出口には担任の教師と理事長の姿が見えた。俺たちの身に起きたことを知ってここまで来てしまっていたことになる。

 

「あなたたち!大丈夫だったの!?何処か怪我はしていない?」

 

 かなりあたふたと担任の教師は俺たちの現状について問いてくるが、「特にありません。大丈夫でした」と、答えた。そこで理事長も頭の中の不安が解消されたように肩を下ろすのが見えた。

 

 先生方に学校まで直ぐ送られてると、玄関に数人の男女が集まっているのが見えた。どうやら、事故のことを知っていたらしく、元気な俺たちを見るに少しばかり喜びの言葉が聞こえてきた。

 

 絢瀬の一番の友人らしい副会長の東条も涙ぐみながら絢瀬に抱きついているのがとても微笑ましく感じた。

 絢瀬も良かったと言いながら東条を抱きしめ返している。

 

 それを見て、とても微笑ましい気持ちになったのは言うまでもない。

 

 オレンジ色の光が差し込む教室に俺は一人本を読んでいた。どうやら、絢瀬が一緒に少し話しながら帰りたいということなので、こうして本を読んで待っている。

 

「待った?ごめんなさいね、生徒会の仕事があって」

 

「大丈夫、本読んで時間を潰していたから」

 

 鞄を手に取って絢瀬と一緒に教室を出る。

 東条と一緒に帰るのかと思ったが、彼女はどうやら巫女のバイトがあるらしく、ふたりっきりらしい。

 

 いや、別に下心とかないからね。けど、やっぱり絢瀬は美人だよな。

こうしてチラチラと横顔を見ていたのだが、やはり美人だ。二人で並んでいると、少しばかりドキマキしてしまうものがある。

 

「明野君、今日は本当にありがとう。今度、ご飯でも食べに来てね。私、精一杯頑張るから」

 

「お、おお・・・絢瀬の手作り、楽しみにしてるよ」

 

 そう笑う彼女はやはり魅力的であった。

 俺の顔が少しばかり熱を帯びているのはきっと夕日のせいだろう。そうに決まっている。

 

「じゃぁ、私はここで」

 

「あ、ああ。またな」

 

「うん、またね、明野君。本当に、ありがとう!」

 

 絢瀬は別れ際にまた笑顔を見せると小さく手を振って帰っていった。俺は暫くその背中を見ていた。

 その背中が曲がり角の向こうに消えてそこでやっと俺は足を進めた。

 

 今日は兎に角気持ちの悪い事件が起きてしまったが、絢瀬と近づけたのはそれはそれでよかったのかもしれない。

 どうか、明日からはいつもの毎日を送らせてくれよ。ゆったりとした、普通の日常を。

 そう夕日に願いながら俺は自分の家のドアを捻った。

 

 その時だった。

 

 視界が大きく歪むのと同時に瞼がかなり重くなるのを感じた。脳裏にとてつもなく嫌な感じが過る。だが、それすらも詳細に考えられることも出来ず、意識が飛んだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 視界に映ったのは夕暮れのオレンジ色の光が入ってきている自分自身の教室であった。手にあるのは自分が読んでいたらしき本。内容も分かっている。俺が読んでいた本だ。

 

 待て、まさか・・・そういうことなのか?

 

 ガラッと後ろのドアが開いた。そこには絢瀬の姿が見えた。

 

「お前・・・」

 

「え?どうしたの?怖い顔して・・・」

 

 いきなりの俺の表情に絢瀬は若干引いてしまったのか、少し不安な表情を見せながら俺にそんな問をしてきた。

 

「な、なんでもない。さっ、帰ろうぜ」

 

「う、うん。分かったわ。帰りましょう」

 

 そうして俺と絢瀬はゆっくりと教室を後にした。

 

 もしも、俺の今体験したことが『そういうこと』ということであるならば、これは避けられない運命なのだろうか?どうしようもない、逃れられない運命なのだろうか?

 俺が、俺一人だけがこの呪われたループを繰り返さなければならないのだろうか?

 

 繰り返す?いや、それは違うだろう。

 俺が絢瀬絵里を救い続ける限り、それは絶対にありえない。未来はまだ決まってはいないのだから。

 やることは一つ。絢瀬絵里が死なない未来にたどり着くこと。絶対に。

 

「なぁ、絢瀬・・・」

 

「また、今日みたいなことにあったらどうする?」

 

 そう聞いてみると、絢瀬は少し表情を曇らせる。

 

「本当は今日みたいなことはもう体験したくないかな?けど、また、助けてくれるんでしょ?明野君」

 

 と、そんな風に聞いて来るのだ。

 

「・・・そうだな。じゃぁ、約束だ。何があっても、俺はお前の力に成り続けるよ。だから、なんの心配もいらねぇよ」

 

「そっか・・・ありがとう。じゃぁ、またね」

 

 分かれ道となり綾瀬は自分の方向に向かってゆっくりと歩き出した。その背中をゆっくりと見送る。

 

 そして、ここから始まる。

 

 一年の頃から絢瀬絵里を遠目で見ていた。

 いつもクールで自分という軸をしっかりと持っている。フラフラして遊んでいるような俺とは大違いだ。そんな真っ直ぐで自分の意思を貫き通す所に、俺は何処か惚れていた点があるのだと、今なら分かる。

 

 俺が絢瀬絵里を助けるのはただ無限地獄ループを抜け出すだけではない。理由はもっと単純で、簡単なことだ。この一連の体験を通して俺がたった今自覚したこと。

 

 きっと絢瀬絵里が好きだから。ただ、好きな人が死んで欲しくないから。

 

 未来の俺が知らない、希望のある未来にたどり着くために俺は何度だって絢瀬絵里を救い続ける。

 俺が望む希望の未来に辿り着け。

 

 

 

 


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