東方罪妹録   作:百合好きなmerrick

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後日譚「真摯な暴食者」

 ──Tia──

 

「ねー、ティア。これから何か用事ある?」

「うん?」

 

 食事が終わって部屋に戻ろうとした際に、お姉ちゃんに呼び止められた。周りを見るともう誰も居ない。最後まで残って食べてたからだ。みんな立ち去ったのを見計らったようなタイミング。そこで私はちょっぴり嫌な予感がして。

 

「知っての通り暇してるよ?」

 

 でもお姉ちゃんに嘘をつくなんてできない。やったら後が怖いもの。

 

「そ。じゃ私の部屋来て。話があるの」

「ほえ? あ、え?」

 

 私の返答を待つことなく、お姉ちゃんはその場を立ち去った。あまりにも素っ気なくて要所しか言ってくれない言葉。それで「私の嫌な予感は当たってるんだ」って思った。こういう時のお姉ちゃんは怒ってる時だから。

 

 でも私何かしたかな。思い当たる節……は探せばいっぱい見つかりそう。でも部屋に呼び出されるほど怒らせた覚えはない。いやあったかも? うーん。わかんないや。

 

「ティア様、また何かやってしまったのですか?」

「うわっ!? なんだ咲夜かぁ。びっくりさせないでよ」

 

 誰も居ないと思って油断してたら背後に突然現れた咲夜。絶対知ってやってるよ。悪戯とか興味無さそうなのに率先してやるし。何より人を驚かせるの好きだもん。

 

「ってか『また』って何!? そんなお姉ちゃん怒らせた、こと……う、うーん。……あったなぁ」

 

 思い返せばここに来てすぐのこと。お姉様もお姉ちゃんもなんだかんだ赦してくれたけど、とっても怒ってた。初めてあんなに怒られてとても怖くて。あれ以来、敷地内から出てないけど。覚えてないだけでまた私何かやっちゃったのかな。

 

「しかしあれは怒ってるというより……ふむ。言葉で表すのが困難ですね」

「今回は心当たりないんだよ?」

 

 お姉ちゃんに悪戯を仕掛けたとか、イタズラしたとか。そんなことやってないし。お姉様には昨日したばっかりだけど。プリン消失マジックっていう悪戯。美味しかったなぁ、あれ。

 

「ティア様はその場の勢いで暴れることがありますから。止める側の身にもなってください」

「だって楽しいんだから仕方ないよぉ」

 

 勢いで暴れるのは楽しい雰囲気だから。今は謹慎中で中で暮らしてるしね。遊びたい気持ちは抑えれないんだ。

 

「それで巻き込まれるのは御免こうむるのですが。現状お嬢様で手一杯です」

「ふふっ。お姉様、ここに来てから毎日楽しそうだもんねぇ」

「……ええ。そうですね。ここへ来る前とは大分違います。神経を削られることがないからでしょうね」

 

 横目でちらりと見えた咲夜の顔はどこか遠くを見ている気がして。しかし幸せそうに感じた。お姉様だけじゃなくて咲夜もきっと変わったんだと思う。ここへ来て無理に警戒をすることがなくなったから。表情もどことなく柔らかいように見えるしね。

 

「ところでいいのですか?」

「なにが?」

「あまり長話していると余計に怒られるのでは? フラン様を待たせてしまっていますが」

「それは……よくないね」

 

 怒ってるなら、これ以上待たせれば悪化させてしまうことになる。お姉ちゃんの機嫌を損ねるとしばらく口聞いてくれないかもしれないしなぁ。

 

「もう行くね。またね、咲夜」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー。逃げなかったんだ」

 

 部屋に入った瞬間、耳に届いたお姉ちゃんの声。それがあまりにも不穏で。やっぱり何か怒らせるようなことしたんじゃないか、って思ってしまう。心当たりないのが辛い。何に対して怒ってるのかわからないと知られたら、火に油を注ぐみたいにお姉ちゃんの怒りを大きくしてしまいそう。

 

「あの。……ご、ごめんなさい?」

 

 わかってるけど、やっぱり思い出せることはない。つい口に出たのは謝罪の言葉。これじゃ何をしたのか自分でわかってないと告白してるようなものなのに。

 

「へ? なにが?」

「えっ」

 

 しかし返ってきたのはキョトンとした顔。少し迷ったけど、私は謝った理由をそのまま伝えることにした。

 

「お姉ちゃん怒ってるみたいだったから」

「あー。怒ってるのは合ってるかも? 顔に出てたかな」

 

 それってどっち。やっぱり怒ってたの? でも謝るほどじゃなかったってこと? えぇ、わからないのが一番怖いよぉ……。

 

「……ティア。ほら、隣おいで」

 

 ベッドに座ったままお姉ちゃんは隣をぽんぽんと叩く。断れない私は流されて隣に座る。そしたらお姉ちゃんは私の手を握って。

 

「今日はお姉様神社に行ってるらしいの。スクリタはいつもみたいに図書館でゆっくり。コアはパチュリーの手伝いで忙しいみたいだし。半日は誰も来ないだろうねー」

「そっかぁ……」

 

 その会話とともにお姉ちゃんの私の手を握る力が強まる。つまり邪魔が入らないわけだね。お姉ちゃんが何をしようと半日は助けが来ないと。

 

「覚えてる?」

「えっと……なにを?」

 

 解こうとしてもお姉ちゃんの方が力は強いから逃げられない。私は諦めてお姉ちゃんの話を聞くことにした。

 

「告白。あれから長くなるよ? 覚悟も準備も整ったと思うけど? 私の怒った態度が出てたなら、待たせすぎってことかな」

「あー……」

 

 お姉ちゃんの言葉で思い出した。ここへ来るずっと前に約束したこと。

 

『貴女に準備と覚悟ができた時、改めて貴女から話して』

 

 と確かにそう言ってた。その時はお姉ちゃん以外も好きになっちゃうからと断った。ううん。それ以上にお姉ちゃんとの関係が変わるのが怖かった。『永遠』を求めてた私は『変化』することを恐れてた。

 

 だってね。変化って必ずしも良いわけじゃないから。変わるなんて誰だって怖いはず。私は人一倍それが怖い。

 

「お姉ちゃん、準備できてないし、覚悟はまだ決まってないから……ダメ?」

 

 だから私は今回も逃げることを選んだ。変わらなくたって、お姉ちゃんとの関係は良いままなんだ。それならそっちを選ぶ方が正解に決まってる。

 

「そうだなー。……ティアはお姉ちゃんのこと、好きじゃないの?」

 

 握られた手を胸の前まで持ってこられて。お姉ちゃんの心音が響いてくる。数百年一緒に居るお姉ちゃんだからこそ、その音がいつも以上に早くなってると気付いた。お姉ちゃんは緊張してるけど覚悟を決めて話してるんだ。

 

「ティア。どうなの?」

「……お姉ちゃんのことは好きだよ? でも、前に話した時と変わんない。私はお姉様も好き。咲夜や美鈴、スクリタにパチュリー。コアだって。他にもいっぱい好きだから。お姉ちゃんが求めてる返答はできないよ」

 

 色んな人や物が好きだから。何か1つを特別好きになるって感情はわからない。

 

「前も言ったね。それがティアなんだから、それでいいって。全部好きなのは別にいい。私だって貴女だけじゃなくてお姉様達のこと好きだよ。私が聞きたいのはそうじゃない」

 

 お姉ちゃんは真っ直ぐに私の目を見つめてる。恥ずかしさから目を逸らしたくなるのに、その紅色の瞳から目を離すことができない。

 

「改めて言うね。あの時、本気じゃないと後悔するって言ったのは私なんだから。だから今から話すことは全部本当。本気だよ」

「うん」

「私の妹ティア。私は貴女が好きなの。有り体に言うと愛してる。姉妹なのにおかしいと……思わないか、ティアは。貴女が私以外と付き合うのは複雑な気持ちになるし、貴女が吸血だろうと誰かを食べてるのを見るのも聞くのもイヤ」

 

 いつの間にかお姉ちゃんは私の両手を握っていた。痛みとかないけど、力いっぱい握られてるのがわかる。

 

「半日と言わずに一週間くらい誰も来ないなら理性捨てて貴女を襲おうとか。既成事実作って認めさせようとか。もうこの際私だけを見てくれるならそれでいいんじゃない? とかちょっと思い始めてる」

「えっ……?」

 

 なんか今日のお姉ちゃんいつも以上に怖くない? 怒ってる時とはまた別方向の怖さ。さっき言ってた通りなら今言ってる話全部本当だよね。……え? 既成事実って何? 何されるの? 

 

「さすがに後のこと考えるとやらないけどね。後半は」

「後半ってどこまで……?」

「それでティア」

 

 私の質問を華麗にスルーしてお姉ちゃんは続ける。

 

「私はティアのこと愛してる。好きじゃないの。愛してるの。ティアは……どう?」

「私は……」

 

 少し考えよう。お姉ちゃんのことは好き。それに……きっと私もお姉ちゃんが言ってる『愛してる』と同じ感情を抱いてる。でもそれは私にとってよくあること。お姉様にも同じような感情を抱いてる確証がある。お姉ちゃんにどう返すのがベストなんだろ。お姉ちゃんが好き。それは間違いない。お姉ちゃんが言ってたことを私は受け止めることができる。怖い気持ちはあるけど、お姉ちゃんにされるならいいと思ってる。それなら、うーん……。

 

 逃げることを封じられた私は思考をめぐらすことしかできない。なのに最善がわからない。

 

「お姉ちゃんのこと……」

「うん」

 

 ゆっくり考えながら口を開く。お姉ちゃんはそれでも優しく返してくれた。だからじゃないけど、私は覚悟を決めてお姉ちゃんに言葉を返す。

 

「──好きだよ。それに愛してる。恋愛感情的な意味でね」

 

 それだけじゃない。伝えたいのはそれだけじゃないから。私は「でもね」と言葉を続ける。

 

「私は他の人にも同じ感情を抱くと思うの。お姉ちゃんが期待してるのってきっと1人だけ……お姉ちゃんにだけだよね。私はそんなことできないや。もちろんお姉ちゃんのことは一番好きだよ? でも、誰か1人を愛するなんて、私には向いてないというか。……私はみんなに対して同じ感情を抱くよ。だから1人だけを愛するなんてできない、かな」

 

 いつか気が変わるかもしれないけど、今の私はそう考えてる。私にとって誰か特定の人を愛するのは難しいこと。みんなに愛されたいしみんなを愛したい。傲慢なんて言われるかもしれないけど、それが私──ハマルティアだから。

 

「ふふ。そっかー。ティアの思い聞けてよかった」

「……え?」

 

 もしかしたら悲しむとか思ったけど、お姉ちゃんは笑顔で私の頭を撫でていた。

 

「一番は私なんでしょ? それならいいよ」

「あっ。今はそうだけどきっと一番もいっぱい……。というかお姉様も一番好きだし」

「なら前言撤回」

 

 お姉ちゃんは私の足を引っ掛けてベッドに押し倒す。お姉ちゃんの顔が視界を占拠して。もしかして襲われるんじゃ、って身構える。けど今はその気がないのか、ただじっと私を見つめている。

 

「一番って1つだけだから一番なんだよ? ティアって昔私と結婚したいとか言ってたけど、あれは嘘だったの?」

「うっ。それってとっても小さい時じゃん!」

「そうだね。懐かしいよねー」

 

 普段通り気楽に接してくれるけど、いつものお姉ちゃんとちょっと違う。なんとなく怖さがある。

 

「正直に言うとね。貴女から話してほしいなんて言ったけど、待ちきれないんだよね。だってもう数十年は経ってるでしょ? もっとだっけ? ともかくもう待ってられないってわけ。だってティアさ。もし本当にその気になって告白するってなったら百年以上かかりそうだし」

「それは……そうかも」

 

 500年生きて変わってないんだから。きっと同じくらい経っても変わらない。もし同じ年を生きればその時は1000歳かぁ。……想像できないけど、きっと私は私のままなんだろうなぁ。

 

「でしょ? だから待つのはイヤ。だって私はティアが一番好きなんだよ? 眠ってる時も隣にいるし、ご飯を食べてる時だって隣にいる。いつだって隣にいて、抑えるのも大変なほど好きなのに。我慢するのもイヤになるのに。それほど好きなのに、ティアは私のこと一番じゃないの……?」

「……むぅ」

「ん。……どうしたの?」

 

 その言葉で少しイラッときた。だから今度は私がお姉ちゃんを押し倒して立場を逆転させる。

 

「なんかさぁ……話を聞いてると『私の好きっていう感情がお姉ちゃんに負けてる』って言ってるように聞こえるんだけど」

「違うよ。ティアが私を愛するよりも、私の方がティアを愛してるって言ってるの」

「変わんないじゃん!」

 

 私だってお姉ちゃんを我慢できないくらい食べたくなる時あるのに。お姉ちゃんと同じかそれ以上にあるのに。その本人にそう思われてるなんて心外だ。

 

「ならティア。姉妹より先に進む覚悟あるの? 恋人以上の関係に私となる覚悟……あるの?」

「私は姉妹のまま、お姉ちゃんを愛してあげるよ?」

 

 今までだってそうだった。これからも変わらずお姉ちゃんを愛するのは簡単なことだから。

 

「ふん。飽くまでも自分の意見は変えずに私より愛が強いって言うんだ。そのうえで私が一番じゃないって?」

「お姉ちゃんは好きだけど、それが私だから」

 

 この点は絶対に譲らない。お姉ちゃんに負けたくないからって意固地になってるだけな気もするけど。

 

「……でもティアは、今ここで私を襲っていいって言ったら襲うよね。遠慮なく」

「うん。好きだし」

 

 許可が得られたらいっぱい食べるよ。当たり前じゃん。私はお姉ちゃんが好きなんだから。

 

「はー……。姉妹以上の関係になってるのと同じじゃん、それ。なんで否定するかなー」

「それは……お姉ちゃんが私を否定するからっ」

 

 この際、思ったことは全部口に出してしまおう。そうすればお姉ちゃんも私の気持ちを理解してくれるかもしれない。

 

「お姉ちゃんさ……どうして姉妹以上の関係を求めるの? 私にはわかんないよ。姉妹でいいじゃん。姉妹以上になったら今と何が変わるの?」

「少なくともティアは今以上に私を意識してくれるよ。姉としてじゃなく……1人の女性として意識する。そうでしょ?」

「うーん……どうだろ」

「……しないの?」

 

 今日初めて悲しそうな目で私を見つめてる。私と同じ色の瞳。髪色は全然違うのにその瞳だけは瓜二つだから、姉妹であると強く印象づけられる。もっとも、吸血鬼の瞳は大抵が血のように真っ赤らしいけど。

 

「私は1人1人特別だと思ってる……から。お姉ちゃんに代わりなんていないし、要らない。私はお姉ちゃんが……フランがフランだから好きなの。お姉ちゃんは? お姉ちゃんは私以外特別じゃないの?」

「……そういうわけじゃないよ。一番特別なのがティアってこと」

「そっか。……お姉ちゃんはいつから私が好きなの?」

 

 ふと気になった。どうしてここまで私のことを愛してくれるのか。それに応えることはできないけど知りたいと思えた。知ることがお姉ちゃんにとってもいいことだと思ったから。

 

「長く一緒にいると明確にいつからなんてわからない。けど、強いて言うなら……」

「言うなら?」

「貴女をティアと意識した時から」

「う、うん?」

 

 それっていつなんだろう。出会った時ってこと? それとも別の意味があるの? お姉ちゃんの答えを私には理解することができない。

 

「……私を赦してくれた時。初めてティアを傷つけた時、心の底から後悔した。でも貴女はそれを赦してくれた。その時、私を頼りにしてくれる妹から貴女はティアになった。自己満足のための人形じゃなくて、ちゃんと意志を持って私を好きでいてくれる存在。あんなことをしたのに、他の人みたいに私を嫌わないでいてくれたから」

 

 お姉ちゃんに初めて傷つけられた時。それは私も覚えてる。その時私は初めて食べる以外の『好き』を知ったから。そっか。私が好きを知った時、お姉ちゃんは私を好きになったんだ。私より一歩先を進むフランってやっぱりお姉ちゃんなんだなぁ、って思う。

 

「ティアは私のこと、いつから好き……ううん。貴女風に言うならいつから『食べたい』と思ったの?」

「最初から」

「……え?」

「最初からだよ。お姉ちゃんを初めて見た時からずっと」

 

 その言葉が意外だったのか、お姉ちゃんは目をぱちくりさせて驚いた顔を見せる。

 

「じゃ、じゃあ……え? 最初に会った時から食べようとか思ったわけ?」

「うん。だってその時は食べることしか知らなかったから」

「あー。そ、そっか。なるほどー……」

 

 顔を赤くして目も泳いでる。一体何を想像したんだろ。そんなに恥ずかしがることなのかなぁ。

 

「って。それなら余計にわからないんだけど!」

「な、なにが?」

 

 今日のお姉ちゃんはいつも以上に情緒不安定で怖い。何がきっかけで暴走するかわからない。

 

「一番最初に好きになって今も好きなら、どうして私が一番じゃないわけ!?」

「そ、そんなに怒らなくても……」

 

 私の両肩を掴んでお姉ちゃんは猛抗議。お姉ちゃんが下にいるのは相変わらずだから、そこまで怖くないけど……圧がすごい。

 

「いや怒るよ! ティアだって私が貴女より他の人を好きって言えば怒るでしょ!」

「う、ん。怒るかも……」

 

 例えばお姉ちゃんがお姉様を一番好きだとしたら私は絶対嫉妬する。逆も同じように。それで私を嫌いになれば本当に怒ると思う。そんなことないとわかってるけど。

 

「ティアってほんとわがまま……! 自分は一番愛されたいのに一番愛する人はいないなんて!」

「それは……言われてみれば確かに……?」

 

 よく考えるとそうかもしれない。でも私はみんな一番好きだから。一番をいっぱい持つのってダメなことなのかな。

 

「もう……! ティア……やっぱり付き合ってよ。恋人以上になろ?」

「もうこの際付き合うのはいいけど、恋人以上は多分いっぱいできると思う……よ?」

「……それで私以外消せば私が一番になれるね?」

「発想が危ない方向に行ってるよ!?」

 

 さすがに冗談だと思うけど、そんなことされるのは私が嫌だ。好きなモノを好きな人の手で壊されるなんて耐えられない。

 

「お、お姉ちゃん……今日なんだか様子がおかしいよ? いつもよりころころ表情が変わるというか……暴走してる……」

「それは……! はー……うん、確かにそうだね。いつもより感情が制御できてないや。でもティアのせいだよ? 告白したのにちゃんと向き合ってくれないティアのせい」

「ちゃんと向き合ってるもん。お姉ちゃんが暴走して私を否定してるだけ」

 

 鋭い目が私に向いてる。だけど私は負けずに睨み返す。我を押し通すためにも。お姉ちゃんに私の全てを知ってもらうためにも。

 

「……どこまで行っても平行線だね」

「だね」

「私はティアに一番好きになってほしい。ティアは一番がいっぱい欲しいからイヤ。そういうことだよね?」

「うん」

 

 上体を起こしながらお姉ちゃんはそう話す。改めて隣に座り直すも、目は私だけを見ていた。

 

「……ほんとさ。わがままなうえに頑固なんだから。私を一番好きになれば、私のこと自由にできるんだよ?」

「今だって自由にできてるから」

 

 私が望めばお姉ちゃんは抱きしめてくれるし、キスだってしてくれる。それだけでも充分自由だから。

 

「それはそうだけど……今はまだ大分抑えめでしょ? それ以上になるのはイヤ?」

「嫌じゃない。だけどお姉ちゃんは──」

「いい。私の気持ちは考えなくていい。ティアの気持ちは?」

 

 お姉ちゃんが嫌だろうから。そう考えてたのに、そのお姉ちゃんに遮られて私は考える。お姉ちゃんと今以上の関係になりたいか? そんなの決まってる。

 

「……お姉ちゃんがいいなら、お姉ちゃんと付き合いたいよ。でも私はお姉ちゃん以外にも付き合いたいって思うだろうし、お姉ちゃんだけを愛するのも多分無理。だって私はお姉ちゃんだけじゃ満足できないから」

「言い切るんだ」

「うん。私のことは私が一番知ってるもん」

 

 生まれた時から感じる渇望。それを満たしてくれた初めての人。だけどそれでも足りない。私は満タンより多く。もっと沢山欲しい。そう思ってるから。

 

「……私じゃ物足りないってことでいいんだよね?」

「うん。そうなるね」

 

 怒らせることになってもここで嘘はつけない。お姉ちゃんを悲しませる嘘はもうつきたくない。

 

「わかった。いいよ」

「ふぅ……。ようやくわかって──」

「って言うわけないでしょ!」

「わっ」

 

 両肩を抑えられ再び私はベッドに押し倒された。若干潤んだ瞳が見える。

 

「ティアだけ我を通して私のは無理? ふざけないで。私はティアの一番になりたい。させたいの。だから絶対させる。ここは譲らないから……!」

「も、もう! ならどうするの!? ずーっと平行線じゃん! お互いがお互いを好きなのに意見だけが違って! このまま夜が明けるよ!?」

「そ……それもそうだね。……ティア。私のことは好きで、付き合うのはいいんだよね? 一番好きかどうかはともかく、姉妹以上の関係になるのはいい?」

 

 姉妹以上の関係。話を聞いてる限りお姉ちゃんにとってのそれは、私にとっての姉妹と変わらない。それなら別にいいんじゃないか。そう思う気持ちが今は強い。

 

「さっきは意固地になってお姉ちゃんに否定されたから断ったけど……いいよ。ただ私にとって姉妹以上の関係って今とそう変わらないからね?」

「構わないよ。私にとっては今よりすごい関係になるけどね」

 

 今よりすごいなんて想像がつかないけど……お姉ちゃんはどんな夢を描いてるんだろう。それはとても気になる。

 

「じゃ、ティア。今日から1ヶ月の間恋人になろ」

「1ヶ月? って、30日?」

「わざわざ日数に換算しなくても……」

「いやだって。あれだけ喧嘩みたいに言い争って……えっ。1ヶ月でいいの?」

 

 お姉ちゃんのことだからこれから一生恋人という関係になるのかと思ってた。

 

「うん。1ヶ月でいい。1ヶ月経ったら改めてティアから聞くよ。恋人のままでいるか、姉妹に戻るか」

「お試し期間で1ヶ月設けて、私が自分からお姉ちゃんと付き合いたいって言わせたいんだね?」

「そゆこと。もし1ヶ月経っても変わらないなら……ま、それはそれでいいかな。今までの関係が嫌いなわけじゃないし」

 

 今までの態度が嘘みたいにお姉ちゃんはあっけらかんとしている。お姉ちゃんは私が恋人──一番になるって言う自信があるのかな。

 

「ただこの1ヶ月間、私の命令に従うこと。無茶なことは言わないから安心して。恋人という関係がティアにとって素敵なことだ、ってアピールするだけだから」

「例えばどんな命令?」

「期間中は『フラン』って呼ぶとか。他の人を食べないで、とか」

 

 フラン……。今までふざけてフラン呼びしたことは何度かある。それに初めて出会った時もフランって呼んだ。その時はすぐお姉ちゃん呼びに訂正させられたけど。1ヶ月もの間、お姉ちゃんを呼び捨てにするなんて……初めての経験かも。

 

 でもそれより……。

 

「むぅ……」

「1ヶ月だよ? 1年間とかじゃないから平気でしょ?」

 

 私の不満そうな顔に気づいたお姉ちゃん。私は我慢するのが苦手で嫌いなのに。

 

「それに普通はダメなんだよ? 許可なく食べるとか」

「そ、それは知ってるけどさぁ……」

 

 さすがにもう知ってる。ただ抑えれないだけで。それに許可なら貰ってるし。スィスィアとか、お姉様とか。

 

「1ヶ月だけだから。……いい? ティア」

 

 私の頬に手を当てて誘惑してくる悪魔。顔も近くて、吐息が間近に感じられるほど。こんなことされたら、断るなんてできっこない。

 

「い、いいよ……。お姉ちゃんが望むなら……」

「フランって呼んで。ティア、今日からよろしくね」

「うん……よろしく。フラン」

 

 手を差し出され、私はそれを握り返す。なんだか改まって挨拶するのが恥ずかしくて。お姉ちゃんも同じ気持ちなのか頬をいちごみたいに真っ赤に染めてる。

 

「じゃ、早速。約束決めよっか。それと……そうだなー。やっぱりその前にティア、キスしよ?」

「キス? ……うん」

 

 まるで魔女にでも誘われるように。その場の空気に流された私は、お姉ちゃんの唇に──自分の唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして始まった1ヶ月間の恋人契約。お姉ちゃんと始める前に幾つかルールを設けた。

 

 1つ。期間中は『フラン』って呼ぶこと。

 時折間違えて呼ぶことはあるけど、間違えても訂正されるだけで罰則とかはない。

 

 2つ。期間中はフラン以外の人を食べないこと。物理的にも精神的にも。

 精神的に、というのはわからないけど、とりあえず物理的にさえ食べなければ怒られない。それにお姉ちゃんだけは例外だから。渇望が溜まればお姉ちゃんを食べればいいや。なんて思ってたり。

 

 そして最後3つ目。追加したいルールがあったらフランが許可してフランが追加する。

 なかなか自分勝手なルールだけど、今回はお姉ちゃんが私に恋人という関係を教えてくれるということで泣く泣く許容した。本心を言うとお姉ちゃんなら大丈夫という信頼もあったから。

 

「……一週間、かぁ」

 

 そして今日。お姉ちゃんと約束してから一週間経った日。あれから変わったことは少ない。呼び方や関係の名前が変わっただけで、それ以外は普段通り。

 

「どうしたの? ティア」

 

 あぁいや。普段通りじゃなかった。

 

「ううん。なんでも。にしても珍しくない? おね……フランがお姉様みたいに静かに紅茶なんか飲んでさ」

 

 付き合ってから一週間の間、お姉ちゃんから『食べる』のを誘ってくることはなかった。むしろ避けてるようで。いつもなら私が求めれば応えてくれたのに。今は適当な理由をつけて断られる。キスやハグすらも約束を交わした一週間以来してない。

 

「そう? 私も気高い吸血鬼なんだから、こうやって落ち着く時もあるよ」

「ほんとかなぁ……」

 

 今まで落ち着いて食事とかしたことなかったくせに。陽の当たらないテラスでゆっくりお茶だなんて。お姉ちゃんらしくないや。

 

「それに本当はティアとお出かけしたいんだよ? お姉様が話してたんだけど、外の珍しい物が売ってるお店もあるんだって。他にも珍しい場所がいっぱいあるとか。ま、私はそれほど興味はないんだけど。ティアと一緒に行けるならどこでも面白いはずだから」

「それはごめん……」

 

 私も外に出かけたいよ。だけどいつ解かれるかもわかんないからなぁ。全部胡散臭い人次第。でも私も外に出て人を襲わないとか確約できないのがねぇ。

 

「おっと。珍しく人がいると思ったらお前らか」

「あ、魔理沙」

 

 箒に乗った魔理沙がどこからともなくやって来る。姉妹水入らずのお茶会だけど、正直退屈してたからちょうどいい。

 

「また勝手に入ったの? 咲夜に怒られるよ?」

「知ってるか? バレなきゃ犯罪じゃないんだぜ」

「知ってた? 私とティアってこの館の主の妹なんだよ?」

「でもお前らは追い出したりしないだろ?」

「ま、それもそうね」

 

 お姉ちゃんも魔理沙のことはあまり気にしてないらしい。むしろ騒がしい魔理沙が来てくれて喜んでるようにも見える。慣れないことしてお姉ちゃんも退屈に感じてたのかな。

 

「にしても珍しいな。この時間帯にここでお茶してるなんて。私も呼ばれていいか?」

「咲夜に頼めば出してくれると思うよ」

「さっき怒られるって話してたじゃないか。バレるのはごめんだぜ」

 

 魔理沙は笑ってそう返す。バレても差ほど問題ないからこそ、ここまでお気楽なのかな。

 

「じゃあ魔理沙。私のでも飲む?」

「ティア」

「うん?」

「だーめ」

 

 お姉ちゃんは笑みを浮かべて私の提案を拒む。怒ってる時の顔だから私は頷くしかなかった。

 

「な、なんだ? ケンカ中なのか?」

 

 魔理沙もお姉ちゃんの不穏な空気を感じ取ったのか怪訝な顔で私達の顔を交互に見つめていた。

 

「ううん。違うよね、ティア」

「うん。フランとは仲良いもん」

 

 嘘は言ってない。怒った理由はわかんないけど、仲が悪いわけじゃないから。

 

「今日のお前らなんだか不気味だぜ。名前で呼びあってなかっただろ?」

「今は姉妹じゃなくて恋人だから」

「そうなのか」

 

 お姉様達に話した時もそうだったけど、みんな恋人という関係に違和感持たないんだよね。恋人と言いながらいつもと変わらないからなのかな。うーん。しっくりこないし、別の理由なのかなぁ。

 

「それなら邪魔するのも悪いな。私は図書館に行ってくるぜ。またなー」

 

 魔理沙は返事を待たずに紅魔館に入っていく。手を振って去っていく姿はどことなくカッコつけてるような。

 

「……で。フラン。なんで止めたの?」

 

 魔理沙の姿が完全に見えなくなったあと、お姉ちゃんに尋ねてみた。なんで怒ったのか気になるし、魔理沙が居なくなった今なら教えてくれると思ったから。

 

「だって貴女のを渡したら関節キスになるでしょ。それはイヤだから」

「あぁ……。そんな些細なこと気にしなくていいのになぁ」

 

 思った以上に小さなことで少し驚いた。お姉ちゃん、ちょっと前ならそんなこと気にすることなかったのに。

 

「い、今は私の恋人なんだから……! 誰にもしてほしくないから……っ」

「ふふっ、そうだったね。ごめんね」

 

 顔を赤くして初々しい反応を見せるお姉ちゃん。とっても久しぶりに見たその顔に何か……不思議な感情が刺激される。庇護欲って言うんだっけ。なんだかわからない。だけどお姉ちゃんを愛したい気持ちが溢れてくる。

 

「……ねぇ、フラン」

「うん? なに?」

「今日も食べちゃダメ……?」

「……っ」

 

 どうしてもお姉ちゃんを食べたい。そんな気持ちが抑えきれない。だからお姉ちゃんを真似して、上目遣いで彼女に訴えかける。

 

「ごめんね、ティア。今日はダメ。代わりに一緒に寝てあげるから、ね?」

「むぅ……。どうしてもダメなの?」

「うん。私達のためだからねー」

 

 優しい微笑みを浮かべて喋る。それに少しの違和感を感じたけど、お姉ちゃんの温かな表情にすぐにそれは消え去った。

 

「……フランを信じるよ?」

「うん。信じていいよ、ティア」

 

 じっとお姉ちゃんを見つめて大丈夫だと感じた。だから私は観念して「わかった」と伝えた。

 

「さて。お茶も飽きたし次何しよっか」

 

 あぁ、やっぱり慣れないことをしてたんだなぁ、って。私はお姉ちゃんの言葉を聞いてそう感じる。

 

「フランが決めていいよ。私はフランがしたいことをしたいから」

「ふふ。ありがとうね、ティア」

 

 お姉ちゃんの意図はわかんないけど、必ず理由があるはずだから。この1ヶ月間。私に恋人を教えてくれるというお姉ちゃんに任せてみよう。この時の私はまだそうやって甘い考えをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ続いてるの? 恋人ごっこ」

 

 契約から約2週間。打ち合わせしたわけでもなく偶然居合わせたお姉様。そこにお姉ちゃんも加わって3人で談笑してると、不意にそんな言葉がお姉様の口から出た。

 

「ごっこじゃなくてほんとに恋人なの。あー、ごめんね? お姉ちゃん恋人いたことないから嫉妬しちゃってるのかー」

「はあ!? 誰が嫉妬なんてっ!」

「えー? 見ればわかるくらいに嫉妬してるけど?」

「お姉様もフランも落ち着いて、ね……?」

 

 ちょっとしたことですぐケンカに発展しそうになる2人を見て私は肝を冷やす。本気じゃないとわかってるけど、いつ本気になってもおかしくない。

 

「ん。そうね。これくらいで怒るなんてバカらしいわ」

「お姉様煽るの楽しいのになー」

「貴女ねえ……」

「2人とも。ケンカしないで……? フランもお姉様煽ること言わないの」

 

 フランの頭を撫でてなだめる。できることなら2人には仲の良い姉妹でいてほしい。それに今はフランの恋人だから。私には彼女がお姉様を煽るのを止める義務がある。

 

「……うん、ごめんね。ティア。お姉様もごめん」

「や、やけに素直ね。……私もごっことか言って悪かったわ。初めて聞いた時は多少なりとも驚いたけど、本当に恋人なのねえ……」

 

 思ってもみなかったわ、と続けるお姉様。

 

「なにが?」

「2人がそういう関係になることよ。ティアが断るの目に見えてるじゃない」

「実際断ったよ、私。でもフランが譲ってくれなくて……」

「ふふ。本当に強情だったよね、ティアが」

 

 どっちがよ。なんて思うも言い出したらまた言い争いになっちゃう気がして。ここ最近、お姉ちゃんとずっと一緒にいるせいか、いつも以上にお姉ちゃんのことがわかるような気がする。まさに以心伝心、ってやつ? あれはちょっと違うか。

 

「ふーん……ところでティア、最近元気ないように見えるけど大丈夫?」

「ん? 元気?」

 

 そう言われて思い至ることが1つだけある。やっぱりお姉ちゃんが距離を置いてること。距離を置いてるって言っても、あからさまじゃない。今まで平気で抱きついたり触れ合ったりしてたのに、契約してからそういう機会がグッと減ったってだけ。

 

 でもお姉ちゃんに避けられてるわけじゃない。お姉ちゃんは平常運転で私に接してくれる。変わったのは物理的な接触が顕著に減ってるという点くらい。

 

「……フラン。恋人とか言って無茶なこと言ってないでしょうね?」

「無茶なことは言ってないよ。ね、ティア」

「うん。守れることを言ってる……かな」

 

 と言っても、あれからまた細かいルール……いや禁止事項って言った方がいいのかな。それが増えたんだけど。内容はバラバラで多いわけじゃない。その日限りのものだったり、禁欲的なことだったり。

 

「フラン。ティアに無茶させちゃダメよ? まだまだ若いんだから」

「大丈夫。ティアのことは私が一番よく知ってるから」

 

 お姉ちゃんはニッコリと笑顔を見せる。もうそれを見るだけで嬉しい気持ちになってしまう。

 

「そう…………」

「お姉様? どうかしたの?」

 

 一言だけ呟いて目を瞑ってしまった。昨日寝るのが遅かったのかな。なんて心配してるとすぐ「大丈夫よ」と返ってくる。にしては、突然のことで不安になっちゃうんだけど。

 

「……はあ。私も姉妹仲が良い方が好きだから、これ以上何も言わないようにするわ。ろくでもないわねえ、ほんと」

「どうしたのかな、お姉様」

「なんでもないわよ。フランもティアもケンカせず、今以上に仲良くなるのは私としても喜ばしいことよ。ただね」

 

 笑顔で返すお姉ちゃんに、お姉様は何か諦めてるような表情で言葉を続ける。

 

「あんまり妹をいじめちゃダメよ? しっぺ返しが怖いもの」

「それってどういうこと……?」

「ふふ。わかってるよ、そんなこと」

「わかってないみたいだから言ってるんだけどねえ」

 

 置いてけぼりを喰らってる。なのに2人とも何も教えてくれそうにない。

 

「ティアも」

「は、はい?」

 

 意識の外から声をかけられ、思わず丁寧に返してしまう。慣れない返事をしたことも気づかず、お姉様は淡々と続ける。

 

「何事も程々にね?」

「……? うん、わかった」

「まあ姉としては妹2人が仲睦まじいようで嬉しいわ。最近よそよそしい風に見えてたから。恋人だなんだ言いながら変だとは思ってたのよね」

「大丈夫。今も寝る時は一緒だからねー」

「うんっ」

 

 本当に一緒に寝るだけなんだけど。ずっと隣に感じれるのに。温もりは伝わってくるのに。それ以上のことは起きないからなぁ。

 

「一緒に居られなくてごめんなさいね。最近は生活リズムが違うことが多くて」

「いいよ。お姉様はここの主人なんだし、外と交友関係持つの大切なんでしょ?」

「ま、まあそうね……?」

「ティア。多分そういう理由じゃないと思うよ」

 

 言ってることはよくわからないけど、呆れられてるのはわかる。

 

「ともかく喧嘩しない分には何も口を出さないから勝手になさい。1ヶ月だっけ? その後どうするかも含めてね」

「ん。ありがと、お姉様」

「うん? ありがとう?」

「貴女までお礼を言う必要はいなのだけれどね」

 

 お姉様は苦笑いしながら立ち上がり、手を振ってから歩き出す。

 

「じゃあ私はこれから用事があるから。また後でね」

「ん。ばいばい」

「またね、お姉ちゃん」

 

 お姉様は振り返ることなく立ち去る。残されたお姉ちゃんは私を見て微笑み──

 

「……ティアはお姉様と私どっちが好き?」

 

 ──そう質問した。お姉ちゃんが求める言葉はわかってる。お姉ちゃんが望む答えを出すこともできる。私はいつだってお姉ちゃんの願望に応えることができる。

 

「どっちも好きっ」

 

 だけど、嘘をつきたくなかったから。お姉ちゃんの理想の返答。それを言う時は今じゃないし、今はそれを返せない。

 

「ふふ、そっか。……ま、今はまだそれでいっか」

 

 お姉様の小さな呟きが聞こえた。だけど気にせず、私はお姉ちゃんに微笑みかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フラン。静かだね」

 

 お姉様と話した数日後のこと。お姉ちゃんのベッドに横になって、当たり前だけど隣にはお姉ちゃんがいる。暗がりでもよく見えるお姉ちゃんの顔は穏やかな表情をしてて。眠気が襲ってきてるのも相まって、その顔が神秘的なものに見える。

 

「ん。珍しく寝る時間被ってるしねー……」

 

 お姉様とは紅い霧の異変以来、寝る時間がズレることがよくある。なのに今日は珍しく被ったから。ここに来てから騒がしくなった姉が寝てると、いつもより静かに感じる。

 

 お姉様、大抵は同じように昼間に寝てるみたいだけど、気分次第なのか夜中に眠ってることも多々あって。外の世界じゃ常に神経張りつめて大変だったみたいだし、その反動が平和なここに来て一気に爆発したんだろうなぁ、って。

 

「まだ半分くらいだけどさ。こうやって2人でいること多くなったよね」

「うん……」

 

 恋人になってからお姉ちゃんとは普段以上によく一緒にいる。もしかしたらお姉ちゃんのことをいつもより意識してるからであって、気のせいかもしれないけど。

 

「……ティア」

「うん?」

 

 お姉ちゃんの口が私を呼んだ風に見えたから。横になるお姉ちゃんに問いかける。

 

「え? あ、いや。なんでもないよ」

「でも今名前呼ばなかった?」

「私が……? ごめん、無意識に言っちゃってたかも……」

 

 眠気と申し訳なさが半々の顔。多分寝ぼけて言っちゃったのかな。なんて思ってるとお姉ちゃんは私の髪に優しく触れる。

 

「こんなに近いのに。これ以上欲しがるのは罪なのかな……」

 

 思ったことをそのまま口にした独り言なのか、私の返答を待っているわけじゃないみたい。でも私は寝ぼけて言ったその言葉の意味が気になった。

 

「フランは……私をもっと求めてくれないの?」

 

 お姉ちゃんが夢も現実もわからないほどだと知りながら私は問いかける。彼女は曖昧な瞳で私を見つめて、名残惜しそうな悲しい表情になって。

 

「ううん。もっと欲しいよ……」

 

 久しぶりに、お姉ちゃんは私を抱きしめるように肩に手を回し、その顔を近づける。

 

「お姉ちゃん……」

 

 思わず名前で呼ぶのを忘れるほど緊張した。たった2週間なのに。お姉ちゃんが近くに感じれば感じるほど、私は高揚感が抑えきれなくなる。だけど、もうあとちょっと。ほんの少しのところで。

 

「──でも、まだダメ」

 

 お姉ちゃんは踏みとどまった。

 

「まだ、1ヶ月経ってない……から」

 

 代わりにと言わんばかりに引き寄せられて抱擁される。久々に感じるお姉ちゃんの温もり。すぐ目の前に無防備な白い素肌が見えるのに。私はそれから吸血することも叶わない。お姉ちゃんの許可無しじゃ、『食べる』行為も許されていないから。本当は今すぐにでも襲いたいのに。歯がゆい気持ちってこういうことなんだろうね。

 

「……フラン。好きだよ」

 

 叶わないことを望むのは虚しいから。私は代わりに耳元で愛を囁く。

 

「ん…………」

 

 お姉ちゃんはそのまま眠りについたみたいで。聞いてるのかわからない小さな返事をして、それ以降はぴたりとも動かなくなった。

 

「……お姉ちゃん。ほんとズルいなぁ」

 

 お姉ちゃんの真似をするように抱きしめる。感じる温もりは私を深い眠りに誘って。寝顔が愛おしくて、今すぐにでも触れ合いたいのに。このまま睡魔に負けてしまった私は、彼女を腕の中で感じながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パチュリー。ちょっといいー?」

 

 不安を覚えた私は1人でパチュリーがいる図書館に来ていた。大抵困ったことがあれば、この館の人はパチュリーに相談しているという噂。まぁ嘘だけど。多分相談してるのは私達姉妹くらいで、他の人達は咲夜に相談しているだろうねぇ。

 

「ええ。面倒事じゃなければね」

「お姉ちゃんとの関係でね。心配なことがあって」

「面倒事じゃない」

 

 呆れた、とため息をつくパチュリー。

 

「家庭の問題ほど面倒なものはないわ。それで、なにかしら?」

 

 それでも私の相談に付き合ってくれるみたい。やっぱりパチュリーって優しいよね。なんて思ってると「早く言いなさいよ」と急かしてくる。

 

「最近……というか付き合ってからね。お姉ちゃんの様子がおかしいの。いつもよりよそよそしいというか、距離を置いてるみたいで」

 

 彼女は私のためと言ってくれるけど。やっぱり答えが得られないと心配になってくる。嫌われてるわけじゃないのはわかるけど、それ以外の何かでお姉ちゃんに気を遣わせてるか。もしくは距離を置かれてるんじゃないか、って。

 

「そうかしら。私から見ればいつもと変わらないように見えるわよ?」

「そっかぁ……」

 

 そういえば2人の時以外は普段となんら変わらないんだった。ならパチュリーに相談してもわかるわけないよね。失念してたや。

 

「……貴女と一緒じゃない時もね、私から見ると普段と変わりないのよ。観察してるわけじゃないから詳しくはないけど。強いて言うなら大人しいくらいね。貴女が心配するほどのことじゃないと思うわよ」

「うぅん……」

 

 なんとか答えを出してくれたみたいだけど、納得できるはずもなく。って、せっかく相談に乗ってもらってるのにそう考えるのはパチュリーに悪いね。

 

「パチュリー様はフラン様のことをわかってないですね〜」

 

 翼をパタパタと羽ばたかせ、図書館の奥からやってきたコア。多分雑用してたのかな。手の上には積み重なった書物がある。

 

「あら。仕事は終わったの?」

「あとはこの本だけですよ〜。ところでフラン様は一緒じゃないんです? ティア様」

「私だって四六時中一緒にいるわけじゃないんだよ?」

「そうですかぁ……。少し残念」

 

 まだスクリタも来てないみたいだし、暇してるんだろうね。本当に残念がってるように見える。

 

「それでこあはわかるのかしら。フランのこと。さっきの口ぶりは知ってそうだったけど」

「もちろんですよ〜。これでも付き合いは長い方ですからね!」

 

 パチュリーは彼女は何を言ってるの、という目で私に訴えてくる。パチュリーは知ってたと思うけど、単純に呆れてるのかな。

 

「フラン様はきっと溜め込んでますよ!」

「……なにを?」

 

 ご最もな返し。私もコアが言ってることはよくわからない。けどコアは自信たっぷりで続けていく。

 

「フラン様、きっとストレスとか色々溜まってますよ〜。顔には出てませんが、時折発散しては満足そうな顔してますし! でも私を弾幕ごっこに付き合わせるのはやめてほしいですけどね!」

 

 発散って弾幕ごっこのことなんだ。そういえば最近お姉ちゃんやスクリタがやってるのよく見るかも。私はたまにしかやらないけど。お姉ちゃんほどスペルカード多くないしね。増やすのも面倒だし。

 

「貴女、最近よくいなくなると思ったらそんなことしてたのね」

「フラン様の頼みは断れませんからっ。ここに戻る前にシャワー浴びて綺麗にはしてるので安心してくださいね!」

「そうね。本が汚れるから汚いまま帰ってこないでよ」

 

 淡々としたやり取りに見てる私もほっこりする。ただの主従関係じゃない2人を見てると、この家族は本当に仲が良いんだなぁ、と思う。

 

「……なに笑ってるのよ?」

「うん? あ、ごめんね」

 

 顔に出てたのかな。気づけばパチュリーが怪訝な目で私を見ていた。コアの方はというと、私の気持ちを察してか同じように笑みを浮かべている。

 

「仲良いなぁ、って」

「それでどうして笑うのよ」

「えっ? それはほら。仲が良い方が私も嬉しいから、かな?」

「……? わからないわね」

 

 自分で言ってなんだけど、違う気がする。もっとこう……なんだろう。言葉で表すのは難しい。だけど好きな人が仲が良い、ってのはなんだか嬉しくなるから。たまに嫉妬心湧いちゃう時はあるけどね。お姉ちゃんとお姉様とか。

 

「ここに集まってるの珍しイ。なにか会議でもしてタ?」

「あっ! スクリタ様〜」

 

 本を片手にやってきたスクリタを見るなり彼女に飛び付くコア。特に気にした様子もなく抱きつかれてる辺り、日常的なことなんだと思う。満更でもない顔に見えるし、もしかして嬉しかったりするのかな。でもなんだかコアが羨ましいや。スクリタがお姉ちゃんと瓜二つだからかな。今は本を読むためかメガネかけてるけど。

 

「デ、何の話?」

「お姉ちゃんが最近様子おかしいよね、って話だよ」

「あー」

 

 何故か納得した様子を見せるもう1人のお姉ちゃん。

 

「まだ恋人期間中だよネ? 終わったら戻ると思うから気にしなくていいヨ」

「本当に? というかスクリタ。もしかして何か知ってるの?」

 

 なんだかそんな気がして。もしかしてお姉ちゃんと会話でもして何か聞いてるんじゃないかと思った。

 

「ううン、何モ。でもワタシはフランを知ってるかラ。様子が変ってわけじゃないと思ウ。ただティア。アナタへの接し方を変えてるだケ」

「接し方?」

「アナタへの思いは変わってないヨ。むしろ強くなってるかモ? 多分恋人になって色々試したいだけなんじゃないかナ。……何か他に企んでたとしても、ティアに対する感情は変わらないだろうから安心していいと思ウ」

「スクリタが言うならそうなのかなぁ……」

 

 スクリタはお姉ちゃんのことをよく知ってるから。お姉ちゃんが私を好きなのは変わらない、というのも本当なんだと思う。スクリタとお姉ちゃん、元々同一人物だしね。性格は大きくなるにつれて変わっていったけど。

 

「不満があるなら言えばいイ。どうしてもダメなことじゃなければ要望は通ると思うヨ」

「……スクリタってお姉ちゃんみたいなものだし食べ──」

「どうしてもダメ。今はフランに怒られるかラ」

 

 そうだよねぇ、って返す。わかってたけど、お姉ちゃんとスクリタはもう完全な別人、別個体。お姉ちゃん以外食べないっていう契約にも触れることにもなるんだろうなぁ。実際のところは試してみないとわかんないけど。双子が同じ存在として扱われる魔法もあるらしいし。

 

「うん。じゃあお姉ちゃんに頼んでみる。ありがと、スクリタ」

「ン。その方がいいヨ、きっとネ」

「あら。解決したみたいね」

「うんっ。パチュリーとコアもありがとうね!」

 

 パチュリーとコアのお陰で悩みがハッキリして。スクリタに背中を押されて。私は改めてお姉ちゃんと真正面から話せるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フラン。ちょっといい?」

 

 2人で話せるタイミングを伺ってると、もうすっかり日が昇りそうな時間になってしまった。お姉ちゃんは眠たそうに顔を上げながらも「いいよ」と返してくれた。

 

「眠たい?」

「ん。ちょっとだけね。大丈夫だよ」

 

 そうは言いつつも欠伸をして、今にも眠りそうな眼をしている。放っておけば数分も経たずに眠ってしまいそうだ。

 

「……起こしてあげる、フラン」

「え?」

 

 お姉ちゃんの頬に手を触れ、顔を近づける。目の前の愛しい人の顔が仄かに頬を紅く染める。

 

「て、ティア……?」

 

 唇が重なりそうなほど接近する。緊張からか顔を赤くしたままお姉ちゃんの瞳はじっと私を捉え、やがて閉じる。真っ白な肌に魅了され、吸い込まれるように近づいていき……。

 

「──なんてね。目が覚めたでしょ?」

 

 私は触れる直前に顔を離して手を退けた。お姉ちゃんは数秒ほど閉じたままだったけど、不自然な間に目をぱちくりとさせる。そして自分がからかわれていると気づいて再び顔を赤くした。

 

「もう、ティア……っ!」

「ふふっ。……ごめんね。でも目が覚めたでしょ?」

 

 軽くふざけたような笑顔を見せると、お姉ちゃんは呆れた顔で「そうだけどさ」と返す。

 

「目が覚めたけど、目覚めが悪いよ、全くもう……」

「眠ってはなかったけどねぇ。それにお姉ちゃんだって同じような悪戯する時あるでしょ?」

「うっ。確かに……そうだね……」

 

 呆れ顔が諦めた表情に変わって。バツが悪そうに黙ってしまった。責めてるわけじゃないのにそんなにショックだったのかな。

 

「って。フランでしょ? ティア」

「あっ……うん、ごめんね。フラン」

 

 間違いを訂正するとお姉ちゃんは嬉しそうな顔をして。名前で呼び合う生活がもう2週間も続いてるのに。2人の時はまだ慣れないのか恥ずかしそうに見える。私の方はずっと名前呼びだったから慣れてるんだけどね。

 

「それでどうしたの? 何か用事があるんだよね」

「うん。まずは……そうだなぁ。……私に何か隠してない?」

「えっ? ……隠してないよ?」

 

 なんとも歯切れが悪い。そこでふとスクリタの言葉を思い出す。

 

 ──何か他に企んでたとしても。

 

 もしスクリタが言う通り何か企んでたとしたら何を計画してるのかな。お姉ちゃんは自分以外に肉体的に接することを禁じて、徐々に私を縛り付けて。……わかんないや。わかんないなら、聞いてみるしかない。

 

「恋人なんだよね。……隠し事はダメだよ?」

 

 ベッドに座るお姉ちゃんを押し倒して威圧する。再び唇が触れ合うほどに近づくも、今度はさっきみたいな甘い雰囲気じゃなくて。真面目な空気が辺りには漂っている。

 

「……隠し事してるわけじゃない。ティアが好きだからだよ? ティアが好きだからこそ言ってないことがあるだけ」

「それって私のため?」

 

 流れる沈黙。そして彼女の目が一瞬細くなるのを私は見逃さなかった。彼女の仕草は私の疑問が間違えてると示すもの。そしたら誰のためか。なんてわかりきってる。

 

「……もしかしてフランのため?」

「そう。……って言ったらどうする? 酷いお姉ちゃんだと思う?」

 

 その笑みは悪魔のようにいたずらじみていて。イタズラがバレた時のお姉ちゃんみたいで。実際それに近いんだと思う。お姉ちゃんは悪びれる様子もなく、小さくため息をついて面白がっていた。

 

「お茶会の時は私達のため、って言ってなかった?」

 

 思い出すのは1週間くらい前のお茶会での会話。私が食べていいか尋ねて、その時のお姉ちゃんはそう言った。それに違和感を感じた記憶はあるけど、その時は深く追求しなかった。違和感の正体はこれだったんだ。って今更気づいた。

 

「うん。私達のためだよ。でも私の割合が9くらい。ティアが残りの1だね。だからほぼ私のためなの。騙すような真似してごめんね?」

 

 お姉ちゃんが嘘をついて騙してた。もしそれが初対面の時なら、姉を嘘つき呼ばわりして嫌ってたかもしれない。でも今はそうじゃない。成長して、私もお姉ちゃんもそれなりに大人になって。彼女とは長い付き合いになる。だからお姉ちゃんの嘘が利己心から来るものじゃないってのもわかる。

 

 ──ならどうして? 

 

 そんなのわかってることじゃん。

 

「フラン──そんなに私のことが好きなの?」

「……うん」

 

 内心を言い当てられたみたいな驚いた顔を見せ、観念したのかゆっくりと口を開く。

 

「気づいてるならもういっか」

 

 諦めたというより、ようやく話せるみたいな。そんな安心も混ざった複雑な声色。

 

「そもそも勝負を持ちかけたのはティアに恋人になってほしいからだけど、私がそんなので満足できるわけないのは知ってるでしょ?」

「妙に簡単に引き下がったと思ったら……諦めてなかったんだ」

「そりゃそうだよ。私は一番になりたいって言ったでしょ。あー、違うや。一番にさせたいの。私を。ティアのね」

 

 確かに言ってたけど。もう恋人にさせるつもりでいたと思ってた。一番は妥協して、今以上の関係になることを選んだって。

 

「正直な話、ティアのことだから1週間で音を上げると思ってたよ。ずーっと食べるのガマンさせてたら、契約とか無視して襲いかかってくるんじゃないかって」

「悪魔だもん。破るなんてできないよ。それに……我慢するのは小さい時に慣れてたから。1ヶ月くらい大丈夫だよ?」

 

 食べたい感じても我慢はできる。ただそうしたら感じるのは渇きと飢え。それを我慢し続けるのは生まれた時に経験した。物足りないと思ってもどうしようもなかった記憶。それを知ってたから、あの時と同じように我慢して、耐え忍ぶことができた。だから1ヶ月くらいどうってことない。多分1年でもやろうと思えばできる。気が狂うかもだけど。

 

「あー……そっか。そうだったんだ。なら1ヶ月と言わずに1年くらいに……いやそれだと断ってたかー」

 

 私の考えなんて知らないお姉ちゃんは1人で悶々と唸ってる。1年だとお姉ちゃんの方こそ耐えれないはずなのに。

 

「お姉ちゃんはね。依存してほしかったの。我慢できずに私に駄々をこねて依存するほど甘えてくれるんじゃないか、って。嫌いならまだしも、好きなら1つ上に行くのは簡単だと考えてたの。だから私以外『食べる』のを禁止にして、禁欲的な制限かけて。私という逃げ道だけを用意した」

 

 説明口調で自分の考えを披露している。そんなにも黙っておくことが嫌だったんだなぁ、ってわかる。私に「早く愛して」と急かしてるみたい。

 

「ふふ。でもこの調子だとダメそうね。お茶会の時以来、食べていいかも聞かないしなー。あの時は早すぎるから平気と思ったのに。調子に乗って制限かけすぎたかなー」

 

 お姉ちゃんは平然を装ってるけど、どことなく悔しそうで悲しそうな。守ってあげたくなるような庇護欲を沸き立たせるような表情。

 

「…………」

 

 私の顔はどうだろう。お姉ちゃんの想いを知って、考えを教えてもらって。私は一体どんな顔をしてるのかな。ここまで思ってくれることを喜んで嬉しいのか。それとも嘘をつかれて怒ってるのか。

 

 顔に触れると、口角が上がってることに気づく。ってことは前者か。きっとお姉ちゃんにここまでされてる人って私だけなんじゃないかな。それで喜んで……ってなんだ。そうなんだ。

 

「……フラン」

 

 そこまで考えて私はようやく理解した。

 

「ん? なぁに。ティア」

 

 ──あぁ、やっぱりフランのことが好きなんだ。

 

 今ならあの時言えなかった言葉を伝えることができる。その確信があった。お姉ちゃんに……フランに伝えるんだ。私の全部を。

 

「私ね。フランだけを見ることはできないかもしれない。目移りするタイプだし、貪欲だしね。なのにここまで愛してくれてるのは嬉しい。姉と妹じゃなくて、1人の女性として愛してくれるのは嬉しい。私を見てくれてるってわかったからこそ、かな」

 

 上手い言葉が思い付かない。だけど1つだけわかることがある。

 

「つまり……その、ね。私──」

 

 今はフランが望むことを。願うことを。彼女に伝えれる。

 

「……フランが好き。お姉様とは違う好き。フランを一番愛してる」

 

 生まれて初めて愛の告白をした。フランは自分が望む言葉なのに、不思議そうに目を丸くしてる。

 

「……え? ほ、ほんとに? 食べたいからって嘘ついてるわけじゃなく?」

「違うよ。フランが好きだから言ってるの」

「……嘘をついて、依存させようとしてまで貴女を手に入れようとしたのに?」

「うん。だって……どれくらい愛してくれてるか実感したから。貴女なら。フランなら私を満足させてくれそうだから」

 

 恋人になる前に断った理由。

 

 ──お姉ちゃんだけじゃ満足できないから。

 

 それが間違いってわかった。思ってた以上にフランは私を満足させてくれそうだ。

 

「まぁ。いつまで続くかは、フラン次第だけどねっ」

「……ふふ。ティアってほんとにワガママだよね。だけどいいや。今は私だけを見てくれるなら」

「ぁ……」

 

 刹那、温もりが私を覆う。フランが私を抱きしめてくれたと理解するのに数秒もかからなかった。

 

「──やっぱり前を向いてくれるんだ。嬉しい」

「え?」

 

 吐息がかかるほど近くで囁かれた声。あまりにも小さな声で聞き取れなかったけど、フランは満足気な顔をしてて。

 

「ティアが私を一番って言ってくれて嬉しいなー、って」

 

 心の底から嬉しそうにそう言った。

 

「フラン。改めてこれからよろしくね」

「ん。ティアもよろしく」

 

 ベッドに座ったまま抱き合い、目を合わせる。そしてどちらが何かを言い出すわけでもなく。

 

「……ん」

 

 私とフランは目を瞑り、吐息が触れ合うほど近づいて。柔らかい感触が唇に触れる。時間にすればものの数秒。なのにその快楽は永遠に感じた気がして。

 

「ふふ。かわいい……」

 

 溺れるほど甘い時間は終わり、目を開けるとフランの熟した林檎のような赤い顔が目の前にあった。きっと私も同じような顔をしてるんだろうなぁ、って目の前の彼女を見てると思う。

 

「フランもかわいい。ねぇ、フラン……」

 

 もう我慢なんてしなくていい。恋人の契約は恋人になるかを決めるものだったから、恋人になった今終わったも同然。

 

「なぁに? ティア」

 

 真正面にいる彼女は期待した瞳を私に向けている。私が次に言う言葉を予想して待ち望んでる。

 

「私の頼み、聞いてくれる?」

「ん。私の頼みを聞いてくれたもん。もちろんいいよ」

 

 ──だけどそれだと私が気に食わない。今まで我慢させられて、縛られて。私だけがそんな気持ち味わうのって不公平だ。だから恋人であるフランにも同じ気持ちを味わってもらおう。

 

「じゃあ……」

 

 あぁ、違う。もっとだ。

 

「この期間が終わったら1ヶ月間私の命令に従ってねっ」

 

 フランは私を依存させようとしてた。だから私もフランに同じことさせよう。フランならどっちに転んでも私を満足させてくれるよね。私の愛する人だもの。

 

「……え?」

「いいよ、って言ったんだからもう断れないよ?」

「ティア……? あはは……目が怖いよ?」

 

 距離を取ろうとするフランの手を取って引き寄せ押し倒す。彼女の胸が当たって、素早い鼓動がよく聞こえる。緊張して警戒して、尚且つ心待ちにしてるような心臓の音。

 

「一番好き、でしょ? 大丈夫っ。1ヶ月フランに私と同じ思いをしてもらうだけだから。あぁ、同じじゃないか。依存させたいって言ってたよね? だから依存させてあげるよ」

「……うー。お姉ちゃんは初めて妹が怖いと思ったよ」

「でも楽しみでしょ?」

 

 フランはまぁねと笑顔を見せる。それを見るのがなんだかくすぐったい。

 

「まだ半月くらい期間残ってるし、それが終わるまではフランの好きにしていいからね? 私を自由にしていいよっ」

「ん。もちろん。ずーっとガマンしてて疲れたでしょ? お姉ちゃんがいっぱい甘やかしてあげる」

 

 私の下になりながらも挑発的な笑みを浮かべる。嗜虐心が湧くような笑みに心がゾワッとするも、ここは大人しくされようと心に誓う。あと2週間は身も心もフランに委ねて、されたことを全部し返そう。と誓った。

 

「……ティア。ずっと一緒に居ようね。もし恋人じゃなくなったとしても、ね?」

「うん。恋人の前に姉妹だもん。離れ離れにはならないよ。大好きな……お姉ちゃんっ」

 

 愛を囁き、私達は再び愛を誓う。そしてその夜は愛に溺れた。

 

 

 

 こうして1ヶ月を待たずして私とフランは姉妹から恋人になった。もちろん1ヶ月経って恋人契約が終わっても変わらず恋人を続けている。恋人契約を終え、攻守交替して私が主導権を握った1ヶ月。そこで何が起きたかはまた別の話。ただ1つ言えること。私達が変わることはなく、2人の関係は幸せなまま続いたということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラン」

 

 愛しい人の名前を呼ぶ。すると隣で手を繋ぐ純白の服を着た彼女はどうしたのと微笑む。

 

「──愛してる」

 

 私がそう言うと、彼女も同じ言葉を繰り返した。私が小さい頃に思い描いた夢。それが叶った今、ただ幸せを感じてた。

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