―― 一三〇〇、大食堂。
「では、始めるぞ」
時間五分前から入室し、着座して黙したままだった駿河が、大食堂に集まる艦娘達を前に、一声を響かせた。
「まず、秘書艦龍田。他、天龍、明石、夕張、間宮、伊良湖は、別任務にて参加しない。暫定として大淀が進行役を務める」
何隻かが、直ぐにでも声を上げそうになるが、駿河はその気勢をそぐ。
「質疑は後で受ける。必要に応じて途中、説明も入れる。まずは、」
誰かが、息を飲んだ。
「座れ」
言葉の意味が解らないといでもいうように、それぞれがそれぞれに意味を探った。
「提督より、着座の指示です。皆さん速やかに着席してください。席が足りない場合は、最後尾に限りテーブル」
大淀はそこで一旦切って、駿河を見る。
駿河のあごが、既に縦に動いているのを見届けると、続けた。
「に、腰かけても構いません」
まだためらいがあるのか、初動が鈍い。
「長門さん」
「聞こえたな。動け」
大淀が、最前列にいた長門の名を呼んだ。
前閣下提督の秘書艦は、大淀だった。その大淀が迷いなく長門の名を呼んだということは、実務面では長門がリーダーとして役割をはたしていたのだろう。
『座れ』の後何も言わず、テーブルに肘を置き、組んだ手にあごを載せて状況を漠然と見続ける駿河から、長門は目を離さないまま、そう号令をかけた。
「これでよいだろうか」
長門は着座だけでなく、その音が静まるのを見届けてから、駿河へと確認した。
駿河からの返答はない。
長門は駿河が自身を見止めていることを感じる。足の先から頭の上までだ。
特に腹のあたりが一番見られたのではないだろうか。
そう考えていると、隠された口元から大きなため息が吐き出されたのを、長門は聞き取った。
指示に従えない事に失望させたか、指示を聞けない事に不快を与えたか。
長門はため息の意味を思考する。
「本日より、三日間。一切の作戦行動を停止する」
駿河は、長門の心中など関知することなく、そう切り出した。
「ちょっとぉ! この大事な時に艦隊を待機させるって、どういう事なの?」
との勝気を瞳にしたような駆逐艦の発言だが、他にも似た声が上がる。
抑えきれないどよめきが室内に溢れると、眼光をもって駿河は静寂を刺し込む。
「まずこの鎮守府の現状から知ってもらおう。大淀」
「はい。この三五三鎮守府は、横須賀鎮守府に属し、主に遠征任務等による資材確保及び、他所への供給を目的としています」
大淀の説明に、余計な会話が上がる。
「そんなことは、分かり切っているわ。今更なんなのよ」
「今は話を聞くときです」
横からたしなめる声も出た。
どちらも容姿は幼い。
駆逐艦だろう。
一隻は、明るい茶髪を左右に短く絞り纏めている。結んだ根元に編み込んだ髪も目を引く。
もう一隻は、ストレート黒髪をそのままたらしている。
二隻とも顔がよく似ている――姉妹艦だ。
ただ、両方とも愛らしい大きな瞳だが、一方は、そのまなじりから気の強さが、一方はその眼差しから生真面目さが、うかがえる。
「ふんっ」
二隻は、指摘を受けそうなものだが、彼女たち以外にも、同様の声を上げている艦が数隻あった。
「現在、当鎮守府はその任を果たしていない。と、されています」
大淀は、注意するよりも進める事を選んだようだ。
「はあ? ちょっとまって、どいう事よ!」
声を上げたのは、紫がかった長い髪を、鈴のついたピンク色の花飾りで、右にまとめ一本に流す特型駆逐艦18番艦、綾波型の8番艦、曙。
この鎮守府における、いわゆる遠征組の筆頭艦だ。
「外を見ろ!」
駿河の一喝。
「空のキャブオールに、次々と資材が運び込まれているのが見えるか。いいか。この鎮守府は現在、資材を枯渇させている」
「今提督から有りました通り、現在備蓄されていた資材のほとんどが搬出の対象となっております」
「何やってんのよ明石っ」
誰の声か、倉庫番明石への叱責が飛び出た。
「理由は三つだ」
駿河はその叱責を潰すように、声を張り上げた。
「あの豚は、資材の横流しをしていた。御陰様で、書面の数字より、実際の貯蔵数は七割を切っている」
「私の不徳の致すところです。申し訳ありません」
駿河の言葉に、大淀は座る艦娘へ頭を下げる。
「違うわ! 書類の最後をあいつは誰にも触らせなかった。大淀がわかるわけないじゃない」
「叢雲……」
叢雲が弁護の声を上げる。
それを否定する艦も、大淀を非難する艦もいなかった。
駿河は、そのまま二つ目の理由を述べる。
「あの豚は、合わない帳尻を、横須賀鎮守府の一部職員を抱き込んでしのいでいた。昨晩、それが露見。その汚職野郎も同じ穴のムジナ。いや、もっと迷惑な事に、うちの上納を誤魔化していた。横須賀鎮守府は、本来あるとした数字まで納めるようにとのお達しだ」
「そんな馬鹿な話があるか!」
「不満は自由だ。だが、まず現状の認識を率直に行う事に努めろ。長門」
改めて、艦娘たちは窓の外――出入りをするトラック群を見つめた。
「これをもって、帳簿より三割まで減ります。そして」
トラックを見つめる艦娘たちの背へ、そう宣告した大淀の言葉を、駿河が継ぐ。
「最後に、貴様等には認識がないだろうが、この鎮守府は、最近まで二十隻を数える程度しかいなかった。今はその五倍だ。急激な増員と、貴様等の認識外という齟齬が重なり、その消費計画が大きく狂っている」
駿河が上げた最後の理由に、艦娘たちは互いに顔を見合わせる。
自分は、姉妹たちは、前からここにいた。不意に湧いたわけではない。
皆が皆、その認識しかない中、駿河の言葉には同意が出来ないでいた。
「ゆえに、資材をこれ以上枯渇させない為、当鎮守府は本日より三日間、一切の作戦行動を停止する」
「いいかしら?」
手を上げて平坦に声を掛けたのは、左に肩までのサイドテールにまとめた、一航戦の青い方。
「なんだ加賀」
「今の話だと、三日後には作戦行動を再開出来るように聞こえるのだけれど、その根拠はひょっとして」
「貴様の考えた通りだ」
「やはり、自然回復頼みなのね」
通常、資材は遠征や作戦行動の過程で入手するものだ。
それとは別に通称、自然回復と呼ばれるものがあった。
鋼材、ボーキサイト、弾薬、燃料、そう呼ばれる資材は、その名の通りであり、その名の通りではない。
高純度の似た何か、だ。
人の手でも精製用意する事が出来るが、その場合、非常に効率の悪い対価しか得られない。
どんな鎮守府でも必ずアルもの。立地の条件として絶対のモノ。
それは、パワースポットだ。海洋にある、先の資材等を回収できる場所。
陸地といっても海岸沿いに限定されるが、微弱なモノが存在しており、そこに鎮守府は建てられていた。
それは多少の違いはあれど、海洋にあるモノに到底及ばない弱いモノだ。
例外はないのか?
ある。
それは大本営が保有するモノで、海洋のモノ以上に強力な存在だった。
どれくらいかといえば、艦種はほぼ固定されているが、艦娘がドロップされる程だ。
話がそれた。
各鎮守府では、この微弱なパワースポットを活用し資源補給の一端としている。
ただ、この補充手段は、疲れを癒すようにゆっくりとしか数を増やすことが出来ない事から、自然回復の悪名がついていた。
「作戦行動を停止するとは言ったが、貴様たちにはこの三日間の間に、必ず身につけてもらうスキルがある」
「スキルとはいったい?」
長門のつぶやくに大きぎる声。
「艤装、兵装への直接補給だ」
「艤装への……提督、意見具申よろしいでしょうか」
「許可する」
今度は一航戦の赤い方事、赤城。
「直接の補給などしなくても、今まで通り食せば良のではないでしょうか」
赤城は調理場から上がる湯気を見た。
「提督のお気持ちはありがたい限りですが、私どもに人の食事など不要です」
一部、いや多くの艦娘たちは、表情をがっかりさせたが、否定はでない。
「残念ながらコストの問題だ」
「コストですか?」
「そうだ、経口摂取をするより、直接補給する方が効率がいい。つまり無駄が減る。幸いなことに、無理に被弾をしなくても。全員が補給可能な状態だ」
赤城は、『無駄』の分部を探す。
「“見做し”や、“パス”の説明は省く。人が無理なく用意できる食材が使用できるなら、人が無理しても用意しきれない資材を使う必要はない」
「それはそうですが」
「艦娘の艤装、兵装については資材しか稼働エネルギーとならないが、人形(ひとがた)について、人の食事でもエネルギーへと変換できる。むしろ、人形は資材によるエネルギーの使用効率が著しく低い」
「明石や夕張ではないですけど、いやー本当に詳しいですねー。青葉、気になります」
「加えて、食材の費用の方が、資材にかける費用より、断然低コストで済む。消費が激しい大型艦ほど、その費用対効果は顕著に表れる」
特に戦艦、正規空母を、駿河は横目に捉える。
駿河が言っているのは、お金を積めば大本営から資材を購入することが出来る。が、それは一般食材を購入する気安さの無い金額になる。と言う事だ。
「その準備として本日より、自身の艤装、兵装を室内に置くことを認める。必要な設備、什器については、明石、夕張が随時設置していく。直接補給の要領は、同じく明石、夕張が教導を務めるが、普段支援を貰っている妖精に頼れるものは、そうしても構わない」
「妖精さん、ですか。練習巡洋艦としては速やかに学習し、教導の補助に当たれるよう努めなければなありませんね。鹿島」
「そうだね、香取姉。がんばる!」
眼鏡をかけた女教師のステレオタイプと言ってもよい、容姿、たたずまいの香取。
両拳を作り、「ふんっ」と実際に声に出す。微笑ましい仕草のはずなのに、何故かコケティッシュに映る鹿島。
練習巡洋艦の姉妹艦は、『教導』の言葉に、強く反応している。
「その通りだ。明石、夕張だけでは手が足りん。貴様たちはこの後すぐに教導を受け、助教についてもらう」
「承知いたしました」
香取は、立ち上がり一礼を駿河へ行う。慌てて鹿島も立ち上がり、頭をペコリと下げた。
「今度の提督は、耳が良いようですね。しかし、最初からずいぶんと高い評価を頂きました。これは頑張らなければなりませんね。鹿島」
助教を勤めるためには、直接補給のスキルを既に習得していることが最低条件となる。だが、この鎮守府の艦娘は皆これからそれに向き合うのだ。
それは、香取、鹿島も変わらない。
にも関わらず助教の指示。習得ありきの指示だ。
練習巡洋艦ならば当然との考えなのだろうか。
乱暴な考えだが、香取達にとっては臨む処のようだ。
「だね。妖精さんも頑張ろうね」
鹿島の腕をぽむぽむと叩く、気合の入った顔を作る妖精。
「ええ? こんなにいっぱい!」
不意に鹿島が上げた声に、皆が何事かと見まわす。
同じような声が至る所で上がった。
窓枠、テーブルの上、艦娘の頭、肩、胸の間等、大食堂に集う艦娘達以上の数の妖精が、所狭しとそこに居た。
「提督が、『妖精に頼れるものは』と、言葉にされた頃から、集まりだしていましたね」
「だね」
華道、茶道の礼式美のある清楚とした姿勢で座る神通へ、川内はテーブルへ突っ伏したまま、眠たげに言葉を返す。
騒がしさはあるものの、質問が出る様子がない。
大淀は駿河へ、ここで終わってよいか確認を取るべきか考えた。
「ちょっとまって!」
それは、まだ早いことを知った。