何で、俺達が運ばなきゃならないんだよ
「何で、俺達が運ばなきゃならないんだよ」
「本当よね~。明石のクレーンでなんとかならないの~」
「出来れば、良かったんですけどね」
「艤装を付けても、陸じゃあ動けないもんね。あ、でも足だけ外せばいける?」
「バリィ、無理なのわかってるでしょ。海面張力の反発を使わないで自力で艤装の重さを支えるとか、どんな特訓よ」
「お、それいいな。今度やってみっかなっ。なあ、龍田」
「天龍ちゃんだけで、がんばってね~」
「なんだよ、付き合いわりいな」
「伊良湖ちゃん。大丈夫?」
「はい、間宮さん……大丈夫です」
「無理は、しないでね」
「はい」
倉庫前にズラっと並らんだキャブオールへ、龍田、天龍、明石、夕張、間宮、伊良湖の六隻は、手作業で積み込みをしていた。
間宮、伊良子については、積み下ろしだが。
「龍田~」
「なあに~、天龍ちゃん」
「俺達って、立会なんだよな?」
「そうね~」
「これって、違くないか?」
「違うわね~」
「何をくっちゃべってやがる。さっさとしろ!」
「ああ?」
ODを着た男が、日の当たる場所に備え付けた椅子へ、のけぞるように座っている。
他にも十名以上――二十名近い横須賀鎮守府の軍人達。
当初、倉庫から外までは龍田達が。外から車へは横須賀鎮守府が。と、荷の積み込みを――間宮と伊良湖はその逆を――分担して行っていた。
途中で横須賀側は、人と艦娘の体力、筋力の違いは当然の事と、疲労を理由に龍田等へ荷運びの一切を投げてきた。
まあ、休憩はやむなしと、承諾したのだが。
それは、どれくらい前の事だっただろうか。
「もう、休憩は十分だろ」
「まだだ、人間様はお前たちと違って繊細なんだよ」
椅子にのけぞる軍人――上官だろうか――は、そう言って周りにいる部下と、ニヤニヤと顔を見合わせる。
作業に合流しない事は、あからさまだ。
「そんなにひ弱な奴が、軍人をするなってんだ」
「口が寂しいな。おい、それを寄越せ」
「あ、それは駄目です」
間宮の声の先、横須賀者の一人が、のけぞり上官の命令に従い、木箱を解いて、中から缶詰を取り出していた。
「ああ? 一つくらい良いだろうが! だいたい、兵器が人間様の食い物にありつこうなんて、おこがましいんだよ!」
「やめてください。お願いします」
のけぞり上官は癪に障ったのか、持っていた缶詰を地面にたたきつけ、間宮へと詰め寄っていく。
「やめろよ」
間宮へ掴みかかろうとするその間に、天龍が立ちふさがった。
「なんだ、てめえ」
「天龍型一番艦。軽巡洋艦、天龍様だ」
「名前を聞いているわけじゃねえ。さっきといい、今といい。貴様らは黙って人間様に従っていればいいんだよ!」
のけぞり上官は、遠慮なく天龍の左ほほを殴りつけた。
身長は天龍よりも高い程度だが、やはり軍人か。捲った袖下から覗く腕先は、なかなかの太さだ。
「ほう、なんだその眼は。まだ殴られ足りないようだな!」
今も、前も、眼帯のない目を閉じることなく、天龍は猛禽類を彷彿させる目つきで、その拳を迎える。
「何をやっている」
拳を振り上げたまま、のけぞり上官が声に振り向く。
後ろに誰か来ていた事を認めると、顔を確認しようと視線を上げていく。
と、最後はのけぞり上官らしく、のけぞった無理な姿勢へとなった。
「なんだデカ物。何か文句があるのか」
「ち、何でもねえよ」
のけぞり上官は、現れた人物へと詰め寄る。
息が触れるほどの距離だが、その身長差の為にのけぞり上官の目先が、相手の顎に――下から覗くような恰好になってしまい、迫力には欠ける。
ね目上げられている事など無い様に、件の人物は真直ぐに天龍を見つめた。
殴りつける処を止められた性か、のけぞり上官の拳は非常に軽いようだ。躊躇なく肘か引かれる。
「無視してんじゃねえよ!」
「提督!」
間宮の叫びに、横須賀者の拳が止まった
「提督だあ?」
「天龍、何があった?」
「別に」
「天龍さんは、私をかばって。この方が缶詰に手を付けようとされたのを私が……」
「黙れ! べらべらと、このアマ」
「そうか」
「と、なんだ、ととと」
駿河は、横須賀者が正面にいる事など構わずに、前へと、天龍へと、歩を進める。
「なんだよ。余計なことをするなってか。そりゃあ悪うござんし――」
「見せろ」
「――た。……はあ?」
「どこだ」
「別にどうってことはねえよ」
「黙れ」
「何しやが……」
駿河は、天龍の左ほほが鈍い赤身を帯びていることを見取ると、天龍のアゴ先をつまみ、左ほほを向けさえた。
天龍は身を固くした。より頬を赤く染めて。
ほんのちょっとの時間だったが、天龍にはずいぶん長く感じたようだ。
駿河が見終わったなと、心の中で安堵のため息をついたが、そのまま殴られていない右頬に観察が移行した。
「ちょ、そっちは関係ねえだろ」
「うるさい」
「そいつが、なってないから教育をしてやったんだ。本来なら貴様が行うべき事だぞ。聞いているのか!」
天龍を顔を正面に直し、あご先をつまんだまま、駿河は目を覗き込む。
「ば、ち、ちか」
「ふむ」
駿河は納得したのか、天龍を解放して、背中で騒ぐ横須賀者を見やってから、
「馬鹿者」
天龍を叱責した。
「なんだよ。やっぱり、あんたもそっち側かよ」
頬を染めていた分、血の気の引いた肌の色は、より白く見える。
「今更指導をしても、俺は収まらねえぞ」
駿河の小さくない声を聞きつけ、のけぞり上官は駿河の言葉に、畳み掛けてきた。
「情けない。猫にも劣る拳を貰うとは。後で回避の特訓だ」
「は? いや、ちょっとまってくれ、俺は」
「言い訳は聞かん。常在戦場と言っただろ。血反吐をはく程度では終わらさんからな。覚悟しておけ」
「身を挺してかばったんだぞ。そりゃねえだろ」
「跳ね返せとは言わん。だが、最低でも受け飛ばすくらいの事はしろ」
「受け飛ばす? なんなんだよ、あんたは」
楽しく天龍と会話する駿河が気に食わなかったのだろう。
「俺を忘れてんじゃねえよ」
木箱を開けたバールを部下に持って来させていたのけぞり上官は、駿河の後頭部へとそれを振り下ろした。
「ほへ」
ゴキュッと何かが鈍くこすれる音。
のけぞり上官の間の抜けた声に合わせて、バールを振り上げた右腕が力無く垂れた。
少し離れた場所から「うぉ! 危ねえ!」と、悲鳴が上がる。のけぞり上官の手にあったバールが飛んできたのだ。
龍田は見ていた。
振り降ろされるのけぞり上官の右ひじを、駿河がつかみ、更に下へと引いたのを。
振り下ろすに合わせて、ひじを引かれたのに、なぜかのけぞり上官は自らその右腕を突き上げた。
「班長は誰だ」
駿河は当然のように、のけぞり上官に尋ねた。
「俺だ」
「そうか」
返事は駿河の目の前からあった。
鼻の穴を大きく開き、答えるのけぞり上官改め、のけぞり班長に、駿河は大きくため息をつく。
「とんだとばっちりになったな」
駿河は遠巻きに見ている班員たちを見てそう零すと、のけぞり班長の左手首を掴む。
左肩が上がるように腕を押し上げ、すぐに引き下げると、再び先程に似た鈍い音がした。
「龍田。憲兵に連絡しろ。現行犯を拘束したと」
「何を言っている貴様! 私は横須賀鎮守府の者だぞ! こんな弱小鎮守府の提督ごときが――」
三度、鈍い音が足元より響く。今回鳴った回数は、二回。
のけぞり班長は、言い終える前にコテンと赤子が座るみたいに、腰を地面へ落としていた。
「副班長は、誰だ」
駿河の呼び声に、一人の若者が走ってくる。
「ご愁傷さまだな」
「は?」
「貴様の班は、罪を犯した」
「何を言っている貴様」
地面に座り込むのけぞり班長は、両手両足が動かないせいか、先ほどの十分の一にもみたない気勢で呻く。
駿河は、副班長の若者へ話す。
「目的外使用。食材の私物化――つまり横領だな」
「何を言っている。ぎ、銀バエなど、どこでもやっているではないか!」
「それは、貴様の家での事だろ。よそ様で見つければ、叩き殺されても当然だろう。あれは、うちの予算だ」
駿河は、中身のこぼれた缶詰を指さす。
「二つ目に、越権行為だ」
「缶詰ごときで、何をいう」
「愚かしいな。殴っただろ」
駿河は、天龍の肩をつかんだ。
「それがどうした。そいつらは、壊れても直ぐ治るだろうが。貴様もこいつらが人間だというのか?」
「こいつは俺のだ。貴様はどこのモノだ。俺の鎮守府で好き勝手にしていい権限は、無い」
「ふん」
駿河の正論に、のけぞり班長が鼻白む横で、
「お、『俺の』ってなんだよ。俺は俺んだ。いや、その『俺』じゃなくて」
「天龍ちゃんたら、本当に可愛いわ~」
激しく頭の艤装を明滅させる天龍は、可愛いようだ。
「最後に」
「なんだ」
「背任行為だ」
「なんだと?」
「うちの戦力を、無意味に削った」
「だから、そいつらは風呂につければ治るだろ!」
「誰が、その間の代わりをする?」
駿河が初めて、のけぞり班長へ目を向けた。
「こいつらは、内の鋼だ。銃を壊したら、代わりをすぐに用意するのが当然だろう。それが故意に、しかも代えが無いと来たら、」
蔑む側だったのだろうか。蔑まれる事が耐えられないと、のけぞり班長は顔を伏せた。
駿河は、副班長へ残りを伝える。
「これはもう、背任どころか、反逆だろう」
「そんな、大げさな」
「大げさかどうかは、この後わかる」
「……どういう事ですか」
駿河は制帽のつばを摘み、正中に正すと副班長へ答えた。
「貴様等には、本日より三日間、本鎮守府の近海哨戒任務が言い渡されるだろう。イ級に合わない事を祈るんだな」
「そんな馬鹿な!」
「さっきも言ったが、修理中の補てんを、当然こちらは請求する」
足元にうずく丸のけぞり班長を、駿河は一瞥した。
「コレの尻拭いの為に、自身の艦娘を差し出すような提督なのか? 横須賀鎮守府の提督は」
副班長の若者は、残りの作業員――隊員を見渡す。
「目を掛けられているのであれば、それもあるだろう。が、目を掛けられている者が、このような小さな鎮守府の物資輸送を言い渡されるとも思えない」
駿河の声が、ゆっくりと、副班長の体を侵食していく。
「対応はしない。責任は残る。さて、どう結末を作る?」
「そんなもの、もみ消してやる。簡単なことだ!」
嘲笑を交えて、のけぞり班長が吠えた。
「駿河播磨少将。失礼しました、提督。間もなく憲兵が到着します」
「そうか」
龍田がらしくない口調で、挙手の敬礼の後に、そう報告をする。
「少将? こんな小さな鎮守府に」
のけぞり班長が、弱弱しく繰り返したが、作業員の声にそれは掻き消された。
「駿河播磨? ……播磨……提督殺し……の?」
「え? 『提督殺し』って、あの『首狩り播磨』か!」
「確か、熊のような大男で、異例の昇進を続けながら、その経緯から外に飛ばされたって……」
「じゃあ、さっきの近海哨戒任務ってのは、間違いなく……」
「嫌だ、死にたくない!」
龍田は、作業員たちの声を小さくなぞる。
「ああ、そうそう」
半狂乱になりかけている作業員たちにも聞こえるほどワザとらしく、駿河はのけぞり班長へ声を掛けた。
「貴様は、内の営倉に入ってもらう。出られる時には、自分の足で歩けるとは思わない事だ」
駿河はそう言うと、副班長を含めた作業員立へと背中を向けた。
「俺はやり過ぎるようだ。今貴様を殴っても、それがいつ付いたのかも分からないくらいにな。――憲兵は、もう少しかかるか」
駿河の背中で、のけぞり班長の呻き声が、一つあがった。
「お、おい。いいのかよ」
「何がだ」
何人もの足音が、駿河へと迫る。
「いや、あれ」
「何か見えるのか?」
「見えるのかって、お前」
「龍田、何か見えるか?」
「ほこりが酷くって~。本当に困るわね~」
足音は消えたが、代わりに呻きと、詫びと、悲鳴と、助けを呼ぶ声が生まれた。
「龍田ぁ?」
「どうしたの天龍ちゃん? 声が裏返っているわよ~」
「時間が惜しい、青葉と川内を呼び出せ。手伝わせろ」
「了解~。でも、力仕事なら戦艦クラスの方が向いてない?」
「戦力をひけらかしたくはない。それに、罰にはちょうどいい」
「そう。連絡するね~」
「何を見ている、明石、夕張。間宮達と先に食材を降ろしてしまえ」
「は、はいー!」
「お、置いてかないでよぉ!」
「何で、先に食材?」
「質問が多いな、龍田」
「駄目~?」
「連中は、直ぐにでも引きあげたがるだろう。食材を降ろしきる前に出られては困る。資材の積み込みを完了しないまま出て行ってくれるなら、それはそれで、だ」
「悪い人」
「悪であることは、認める」
龍田は、自身の首を指でなぞると、唇を舐め濡らした。