三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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はあ……これはもう確定ね

「はぁ……これはもう確定ね。確かに私……改二へ改装された記憶が無いわ。何で気が付かなかったのかしら」

 

 テーブル代わりのダンボール箱。その上に積まれた書類の前で、叢雲は片手で顔を覆ってうつむく。

 頭の兎耳のような艤装も心境を表現しているのか、前へと傾いでいる。

 大淀、叢雲、高雄、妙高、長門、陸奥、大和、武蔵の八隻は、倉庫の中。積み上げられた書類と格闘していた。

 

「なんと言うこと。こちらも、摩耶、鳥海の改二改装の記録が見つかりません。馬鹿め……と言って差し上げますわ! 私に」

「那智と足柄の着任記録が見つかりません。ですが、練度は十分です――難しい話になりました」

「私も無いのか?」

「ほら、長門。ここ」

「私たちに至っては……建造も、移譲も、記録がありません」

「ふむ、何か問題があるのか? 大和よ」

「武蔵さん……それはちょっと……」

 

 大淀は武蔵への感想を呟くのも終わらないうちに立ち上がり、書類倉庫の扉へと手を掛けた。

 

「お疲れ様です」

「状況はどうだ」

 

 開かれた戸からは、駿河が入室してくる。

 

「はい、正直――混乱しております」

「そうか。他の者は……居ないようだな」

「はい、川内さんには釘をさしておきました」

 

 部屋の奥へと進む駿河を大淀は追い越し、壁に立て掛けられていたパイプ椅子に手を掛ける。

 駿河は、書類を片手に又は両手で、食い入るように、遠目に透かすように、何度も何も書かれていない裏面をたびたび見返している大淀以外の七隻の行動を横目に、大淀が用意したパイプ椅子へと腰を下ろすと、直ぐに口を開いた

 

「俺の言葉の意味が――わかったか」

 

 駿河の言葉に、顔を上げる者と、顔を下げる者に分かれた。

 いや、二隻ほど首をかしげた。すかさず姉妹艦からそれぞれに小言を言われている。どの艦とは言わないでおこうか。

 

「提督よ、なぜこの面子なのだ。この武蔵。書類仕事は得意ではないぞ」

「武蔵。あなたも十分にその能力があるはずですが?」

「いや、大和。“出来る”と“得意”は、違うだろう?」

「なんで、そんな事を堂々と」

「いや、隠しても仕方なかろう」

 

 武蔵の態度に、大和はため息をもって嘆いた。

 

「しかし、提督。武蔵の言い分も一理あると私は考えるが」

 

 長門は腰かけた膝を駿河へと正してから、武蔵の疑問を引き継ぐ。

 

「箝口令だ」

「それはつまり――」

「知るべきではない。という事ですね」

 

 長門の言葉を今度は、妙高が引き継いだ。

 

「なら、鳳翔さんもいらした方がよろしいのでは?」

「鳳翔には、別件をやってもらっている。でだ、大和。事実を理解したな。では、今、何を考える」

 

 大和は、目蓋をそっと伏せた。

 

「はい。武蔵は大丈夫のようですが、私は素足で海を歩いているようです。そう、海色を通して水面を見たあの時のよう」

「貴様は、今ここにアル。そうだな?」

「はい。大和はここに在り、ここに居ます」

 

 しっかりと見開かれた大和の瞳には、確固たる意志がそびえていた。

 

「大和さんだから、ですよね。躊躇なく事実を受け止める事が出来ているのは。もし、これが他の艦なら……」

「そうね、大淀。那智ならどうするかしら。足柄は武勲を性急に求めるかもしれないわ」

「自身の確立の為、確かな何かを求めてか。妙高」

 

 長門は大きく息をついて、天井を見上げて続ける。

 

「正直、書類を見て安心している自分がいる。ただの文字だというのにな」

「あんたは、これがなんなのか。――知っているのよね?」

「叢雲?」

 

 大淀はわからなかった。駿河が入室してから口を閉じていた叢雲が、前触れなく苛立ちの言葉をぶつけた事が。

 

「この怪異と呼ばれる状況は、この鎮守府だけでなく外部の鎮守府も含め、提督にある者だけが認識出来ている」

 

 駿河は――叢雲への返答とになっているのか怪しいが――そう口を開いた。

 

「提督だけ? それって――妖精さんの仕業って事でしょうか?」

「なぜ、そう思う高雄」

 

 あごに手をあてて考える高雄。

 折り畳んだ肘が豊かな胸に押し返され、脇を締めるというより、胸に寄りかかっているようだ。

 大淀の視線の先、叢雲は半眼になってそれを見ている。

 

「はい、『提督だけ』と言えば“妖精さんが見える”事が、一番初めに検討される事項だと考えました」

「提督の資質ですね。高雄」

「ええ、妙高」

「確かに。建造は妖精たちによって行われるな」

「でも、長門。資材が減ってないのよ?」

「陸奥。確かにそうだが。ならば他の方法とすれば……」

「移譲ですね」

「確かに大和の言うとおり。大和やこの武蔵は、大本営から移譲される場合があるな」

「しかし、妖精さんが勝手に移譲などするでしょうか?」

「大和の疑問はもっともです。そうなると、高雄が提示した妖精の仕業という線が薄れますね」

「そうね妙高。私の仮説が崩れる事になるわ」

「もういいわ! 結局あんたは、何を知っているのよ!」

 

 叢雲が肩を震わせ、立ちあがる。

 

「先に一つ、訂正しておこう」

「何よ」

 

 静かに駿河は叢雲へ顔を向けた。

 

「提督の資質とは、“妖精を視認出来る事”ではない」

「なんだと?」

 

 長門が声を上げた。

 同席する他の艦娘達も、同様に驚きの言葉をそれぞれに上げる。

 

「は? 何言い出してんのよ。いい加減な事言わないで。何なの、どういう了見なの!?」

「いい加減ではない。現にあの豚――前提督は、見えていなかったろ」

 

 叢雲は黙って、腰を落とした。ストンッと。

 改めて考えてみれば、大本営が管理する提督へ、妖精が見えているかを確認する艦娘がいるだろうか?

 

「見えていなくても、妖精は言葉を聞く。その提督に協力したくないとしても、横にいる艦娘への協力をするかどうかは、妖精次第だ」

「妖精さんが見えていなかった。妖精さんを見止めて無かった――つまり認めてなかった。だから、建造の一切が出来なかった?」

「それこそ認めたくないが、繋がってしまったな」

 

 陸奥の独り言を、長門は認める。

 

「そもそも、妖精が見られたくないと思えば、誰にも見る事は出来ないのだからな」

「では、提督。提督の資質とはなんでしょうか」

 

 妙高は膝をそろえ、背筋を正す。

 

「高尚に言えば、貴様達を生命体として認識できる事だ」

「何よ、また兵き……道具だとでもいうの」

 

 叢雲はすぐに噛み付いたが、『兵器』の単語に駿河のまとう空気がまたも険しくなるのを察して、あわてて言い直した。

 

「今は、黙って聞きましょう」

 

 大和が諌めるのに、他の艦娘達も同意した。

 

「これは、感情や理解という精神的なものではなく、物理的な機能――発見はまだされていないが、その器官を備えているかどうかだ」

 

 駿河は、自身の太腿の上に肘を置き、組んだ手に顎を乗せた。

 

「憲兵しかり。外部の人間もだが。過剰な擁護や虐待をするのは、これが理由だ」

「どう理由になるのだ?」

「提督以外の者が貴様達を視認した際、どう感じると思う。長門?」

「どうとは、また抽象的だな。そうだな……恐怖か?」

「あら、天龍が喜びそうな、ワードね」

 

 陸奥はクスっと口に拳をあてた。

 他の艦娘達も、緊張が若干緩んだようだ。

 

「何も感じない。だ」

 

 重い沈黙が室内を満たした。

 

「それは……本当なのですか」

 

 十分な間があってから、妙高が乾く口をおして尋ねた。

 

「正確には、肉体を感じる事ができない」

 

 駿河は懐から、携帯を出すと開いて見せた。

 

「例えて言うのなら、画面の中の存在だ」

 

 待ち受け画面は画像が無く、真っ黒い。

 

「目の前に立っていたとしても、スクリーンを通して見た存在。確かに動き、話し、そこにいる事を情報としては理解できるが、実体――肉体ある生命体としての認識にいたらない」

「画面の中……」

 

 叢雲は膝に置いた自分の手へと、視線を落とした。

 

「画面に映る美しい蝶や、造形美ある甲虫を見て、素直に美しいと、恰好いいと、あるいは、気持ち悪いと、グロテクスだ、見たくもないと感じたとして。それを口にする事を躊躇する者がいるだろうか」

 

 駿河が閉じた携帯の機械音だけが室内に響く。

 

「現実感が無い――共感が出来ない。まるで、ネットの書き込みのように、過激に、過剰に、無責任に、貴様等へとな」

「ちょっと、良いか?」

 

 壁にもたれる武蔵が、手を上げる。

 大和が目で咎めたが、武蔵には通じなかった。

 

「提督よ。ひっかき回すようで悪いが、『高尚に言えば』と言ったな? なら高尚でなければ、どういう事になるんだ?」

「非常に簡単だ」

 

 駿河は楽しそうに口にする。

 

「肉欲――貴様達に、欲情するかどうかだ」

 

 大淀を駿河は視界に隅に置いた。

 

「そう言う意味では――あの豚は、まさしく資質があったと言える」

「なら、どの提督も、私たちを欲している――と、言う事でしょうか」

「高雄。そうでもあり、そうでもない。肉欲の指向は嗜好。それにだ」

 

 何を話しているのかと、駿河は自身へため息をついた。

 

「肉欲と性欲はイコールではない」

「確かに……」

 

 大淀は、痛みが残る自身の左胸付け根を指でなぞり、ごく自然に呟いた。

 

「大淀? まさか…」

 

 叢雲は、大淀の名を呼ぶ。

 

「え? あ? きゃー!」

 

 叢雲に見つめられ、顔を真っ赤に染めた大淀は、皆に背を向けて壁へとうずくまった。

 

「……大淀」

「アンタ、また!」

 

 座り込む大淀の名を、駿河が呼ぶ。

 叢雲は三度、駿河が大淀の髪を持って引き上げる光景を思い、腰を浮かせた。

 

「す、すみません。直ぐに復活しますので」

「あまり、制服を汚すな」

「何よそれ?」

 

 大淀がすぐに取りつくった事もだが、駿河が動かない事も、叢雲の気勢をそいだ。

 

「なるほどな。なら提督よ。提督の好みはなんだ?」

「胸か?」 ――高雄が肩を震わせた。

「尻か?」 ――叢雲が、座りを直した。

「さもなければ、虐めがいのあるやつか?」 ――なぜか、妙高が身をよじった。

「武蔵! いくらなんでも下品ですよ!」

「いや、大和よ。提督の話が本当なら、これはこれで重要だぞ」

「確かに」

「長門まで、武蔵に同調しないでください」

「いや、大和。あながち間違いでもないと思うぞ。で、提督は筋肉質な女が好きなのか?」

「何で、そこで自分をアピールするのよ、長門は」

 

 陸奥は、長門のどこか天然な発言に、困りものねと苦笑いを浮かべた。

 

「いいだろう」

「えっ、答えるの?」

 

 蚊帳の外にいる事にしたはずの陸奥が、思わず飛び込んでしまう。

 

「俺が抱きたいと思った女を、俺は抱く。胸や腰を度外視するつもりはないがな」

「なんとも勇ましいが、それでは基準が分からないな」

 

 言い出しっぺのはずの武蔵なのだが、駿河の的を得ない回答に食い下がる事はしなかった。

 代わりと、叢雲が胸に片手をあてて噛み付く。

 

「それなら何で、私たちを道具のように扱う提督がいるのよ!」

「残念ながら、認識できる能力と、貴様達をどう扱うかは一致しない。提督の資質と、提督の人としての資質は、別物だ」

 

 面白くない事を口にしているのか、駿河は幾分早口になった。

 

「意味もなく刀を持ちたがり、あまつさえそれを試したくなる。幹部教育を受けてきたものならともかく。突然、強力な部下を得、それに命令を下す。その境遇に舞い上がる馬鹿が出るのは当然だろう。幼子が描く家に壁の厚さが無いように。ゴミをごみ箱へただ放り込んで、さもゴミが無くなったようにな。そのままにしておけば、腐り、悪臭を放ち、よりおぞましモノへとなるというのに」

 

 高雄が思い出したように、顔を上げた。

 

「それで結局、提督はこの“怪異”の原因をご存じなのですか?」

 

 駿河は一言で答えた。

 

「知らん」

 

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