「はあ? こんだけ引っ張って置いて、それなの? アンタ……酸素魚雷を食らわせるわよ!」
叢雲の罵声に合わせるように、書庫へと騒がしい足音が迫った。
「提督は、ここか!」
バンッ、とSEを付けたくなる勢いで扉が開かれる。
「天龍……あんたね」
「あん、どうした叢雲? なに怒ってんだよ。あの日か?」
「あの日って何よ!」
「いや天龍がな、何をやってもうまくいかない……なんだっけ? ブツ、ブツ、」
「仏滅?」
「おおそうだ、仏滅だ。さすが大淀。が、あって。口にするのは縁起がわるいから、『あの日』って言うのよって! 俺、言っちまったよ! どうしよう」
叢雲の肩を天龍は揺さぶった。
カックンカックンと効果音を付けたいほどに、叢雲の頭が動く。
「天龍、一回はノーカンだ」
「マジかよ提督! いやーよかった。助かったー」
事もなく吹く駿河に、周りの艦娘たちは半眼になって見つめた。
「積込みは終わったのか? 龍田はどうした」
「ああ、終わったぜ。あいつら、あんたの言った通り、さっさと帰っていったよ。龍田は、アレ? 一緒に来たんだけどな?」
「お前は、それを言いに来たのか?」
「おおっと、そうだった」
天龍が実に晴れやかな笑顔を浮かべて、腰に差した艤装刀を左手に抜いた。
駿河へ差し向けて。
「どうだ、牙を砥いだぞ。少しは兵器らしくなったろ? フフフ、怖いか」
駿河が、『兵器』の言葉に反応した。
醸し出す雰囲気が、まとわりつくほどの粘度へと重くなっていく。
青葉の時を思い出したのか、大淀は未だ壁に向かってうずくまったまま、お尻をそっと隠した。
「天龍ちゃんがご迷惑かけて――」
「るわよ!」
「――あら~」
開き開かれた入口から顔を出した龍田へ、叢雲の間髪入れずの否定。
「どうだ? 良く砥げているだろ?」
駿河のあからさまな不機嫌さを察することなく、自慢げに艤装刀を突きつける天龍へ、
高雄――この鈍感力はすごいわね。
妙高――こういう事もあえてする必要があるかもしれませんね。この提督には。
大和――えっと……
武蔵――まだ砥ぎが甘いな。
長門――ほう、さすがは天龍だ。この空気に物怖じしないとは。
陸奥――くすくす笑っている。
叢雲――こいつわー!
大淀――まだ座り込んでいるため、詳細不明。
と、それぞれに思った。
「龍田」
「ごめんなさいね~」
「怖くて声もでねぇガァ! ……痛ってー!」
「馬鹿者」
龍田の名を呼んだ駿河の手刀が、天龍の頭に落ちた。
オオッと呻きながらたまらずしゃがみ込む。両手で頭を押さえて。
「……また傷が開いたな――龍田」
「やっぱり、私なの?」
「当たり前だ。なぜこいつは自身の艤装刀を砥いでいる。わからせるのは、お前の仕事だろう?」
「あまりに楽しそうに砥ぐから、言い出せなくて~。ごめんね~」
「確信犯じゃないのよ!」
まったく悪びれる処の無い龍田に、思わず叢雲の突っ込み。
「貴様の艤装刀は、砲撃を受け流す船首を基とした、刀は刀でも鉄刀――刃が付いていない刀形状の防具に他ならない。それを砥ぐなど、強度を落としてどうする」
「いやだって『砥げ』って言ったろ?」
「龍田」
「汚さないでね~」
龍田は自分の艤装槍を駿河へ手渡した。
ここにいる天龍、龍田以外の艦娘は、その光景を興味深く見つめる。
駿河は未だしゃがみ込む天龍の眼前へと、槍先を突き出した。
慌てて龍田を艦娘らは見たが、
「よく見ろ。刃がついているか?」
昨晩と違い、龍田はそれを笑って見ている。
「んあ? あれ? ねえな?」
「龍田の艤装槍も、貴様の艤装刀と同じものだ」
「いやでもよ……その手の」
天龍は、血が滲む駿河の右手を指さした。
艦娘を人の身の拳でわからせようと思えば、傷が開くほどの力を籠めなければ響かない。という事なのだろう。
「いいか、見ておけ」
胸元のポケットから小さなケースを取り出すと、そこから手の平に収まる程度の用紙を駿河は引き出した。
「なんだよそれ?」
「名刺だ」
「名刺?」
「これでも官職の端くれだ。名刺くらいある」
テーブル代わりに使われているダンボール。そこに転がる一本の赤青鉛筆を、駿河は拾い上げて天龍へと渡す。
「腕を伸ばして、両端を持て」
「これでいいのか?」
「いいか。つまる処。斬るとは分子と分子の繋がりを断つと言う事だ」
言葉に合わせ、駿河は名刺を右手人差し指と中指の間に挟む。
「提督って、薬指が長いのね~」
今、その感想が必要? と、他の艦娘らが龍田に思いを寄せる中、駿河は挟んだ名刺を手刀のように見当て、
「それは必ずしも鋭利さを必要とする物ではない」
まっすぐ振り上げた。
「こういう風にな」
チープな乾いた音が、天龍の手の間で鳴った。
「おお! 何だこりゃ。すげえな!」
「ほう、すごいな」
「居合……合気の応用……」
「気合か」
「長門は、いつもそれね」
天龍は、素直に凄いとハシャいでいる。
武蔵、妙高、長門、陸奥も、似たような反応をしめした。
「手品の部類だ。特別なことはない」
そういいながら、駿河は使用した名刺を手でちぎる。
「そうなのか、俺にもやらせてくれ! あ、提督の名刺をくれよ」
「天龍さん!」
大淀は、さすがにと思ったのか、天龍の名を呼んで、注意した。
「いいぞ。だが一枚だけだ」
駿河は、事も無く名刺を天龍へと渡す。
「お、サンキュー。龍田、龍田。ちょっと、これ持ってくれよ」
「はい、はい」
「天龍様の攻撃だ!」
天龍は同じように転がる赤鉛筆を龍田へ持たせると、素振りを始めていた。
「これ、手品で済むものなのかしら」
天龍が放り捨てた赤青鉛筆を拾い上げ、高雄がまじまじと見つめた。
「赤と青を作ってから、ケツ同士を接着している。そこを正確に狙えば、この通りだ」
駿河は、名刺ケースをしまいながら、手品の種を明かす。
「ちょっと待って下さい。継ぎ目?」
大和は、赤青鉛筆を持つ高雄ともう一度、折られたソレを見た。
「なんで、できねえ-! 抜錨だっ!」
「あら~、天龍ちゃん。刀を使っちゃだめよ~」
「なによ、へたくそねっ」
叢雲は手をヒラヒラと振って、駿河へ無言の催促。
駿河はため息をつくと、一度しまった名刺ケースを再び取り出した。
「見てなさいよ。 ! ちょ、こら、避けるな!」
「敵は、ジッとしてちゃくれないぜ!」
赤鉛筆を天龍に持たせ、意気揚々と名刺を振り下ろす叢雲に、当てられまいと天龍は赤鉛筆を右へ左へと動かしていく。
「ふんっ」
「がっ!」
おちょくる事が楽しくなったのか、悪乗りし始めた天龍の顔が気に食わないと、叢雲は天龍の額へ、名刺を握り込んで打ち込んだ。
「痛えじゃねえか!」
「あんたが悪いんでしょ!」
「楽しいそうだな。ところで、大和、高雄、どうかしたか?」
「武蔵、これを」
高雄が差し出した赤青鉛筆は、斬られたように綺麗に分かれていた。
継ぎ目から、わずかにずれて。
「ちょうどいい、提督。なぜそうも兵器という事にこだわる?」
長門のあっけらかんとした言い分とは裏腹に、賑やかしかった室内は、水を打ったように静かになった。
「長門、あんた」
「なんだ、叢雲」
叢雲は思った。
さすがの自分も、『兵器』を『道具』と言い直したというのに、長門の豪胆さはある意味天龍をも超えると。
「兵器か……」
駿河は、立てかけられた天龍の艤装刀を手に取り、右手一本で空中に突き支える。
「多くの者が、この刀を見て“武器”とは思えても、“兵器”とは思わないだろう。だがな」
皆の視線が艤装刀へ、引き付けられる。
「もし、この刀一本で、国一つを滅ぼす事があれば、“兵器”と呼ぶことを否定しないだろう」
「そう……なりますね」
妙高は、その光景を想像しているみたいだ。
「では、この刀が突然、別の何かに変わったのか? 違う」
駿河は、天龍型伝統の守勢の構え――握りこんだ左手を上へ返し、頭上に掲げ、刃を天に向け、剣先をまっすぐに落とす。その峰に、右手を添えて。
「この刀を振るう者によって、武器たる刀は、兵器となった。これを人馬一体――人は、人間兵器と呼ぶ」
さらにそこから左ひじを引き、右手を伸ばして、刀を寝かせる。独特な突きの構えだ。
「貴様達は、自身を“兵器”という。それは、身に着けた艤装、兵装を言っているのか? それを振るう自身を言っているのか? なら、艤装、兵装がなければ、貴様達は何になるんだ」
天龍がつまらなそうに投げた赤鉛筆が、駿河が構えた艤装刀の刃へ落ちる。
「だから俺は言う。道具にとどまり兵器へと至っていない、と。自身を兵器と呼称出来るだけの力量を示していない、と」
刀に触れた赤鉛筆は、弾かれることなく、そのまま刃に乗った。
「そう言う事か。この長門が、より強い兵装を装備すれば、それに見合う結果を刻むだろう」
「すごい自信ね」
叢雲は楽しそうに、長門へ声をかける。
「事実だからな。しかし、同じ練度の別の長門に、その兵装を渡せば、やはり同じ結果を刻むだろう。これでは兵装と私、どちらが結果を出したのかわからんな」
駿河が裂ぱくの気合を吐き出すと、動かぬ刃に乗った赤鉛筆は、そのまますり抜けるように地面へ落ち、弾けて二つになった。
「道具を超え兵器となるかは、お前たち次第だ」
「提督、今の言葉を他の者に伝えてもよろしいでしょうか」
妙高が探るように駿河へ確認した。
「好きにし――」
「すげーな! 提督、今の教えてくれよ! な、な!」
「天龍さん……」
「なんだよ、大淀。あ、お前もあの日か……な、なんだよ皆して」
「ないですわね」
「ないですね」
「ないな」
「あら。あらあら」
「ない……ですよね」
「ありだな」
「ないわよ!」
「ん~、さすがに今回は無いかな~」
「なんだよ龍田まで」
駿河は、天龍の頭へ手を置いた。
「ん? 何だよおお! いててててて、頭! 頭が割れる!」
「ご希望通り、血反吐を吐く特訓と行こうか。艤装刀で打ち返した砲弾で砲撃が出来る程度くらいを目安にな」
「なんかハードル高くねぇか! いててて、やめ、やめろう!」
「さあ、ステキなパーティーだ」
「それ、夕立のセリフうううう、いてー!」
頭を掴まれ駿河に引きずられる天龍を見送ると、当初の予定通り書類の精査を再開した。
尚、龍田は当然「どんな楽しい事になるのかな~」と、天龍の後を追った。