三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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提督は、ここか!

「はあ? こんだけ引っ張って置いて、それなの? アンタ……酸素魚雷を食らわせるわよ!」

 

 叢雲の罵声に合わせるように、書庫へと騒がしい足音が迫った。

 

「提督は、ここか!」

 

 バンッ、とSEを付けたくなる勢いで扉が開かれる。

 

「天龍……あんたね」

「あん、どうした叢雲? なに怒ってんだよ。あの日か?」

「あの日って何よ!」

「いや天龍がな、何をやってもうまくいかない……なんだっけ? ブツ、ブツ、」

「仏滅?」

「おおそうだ、仏滅だ。さすが大淀。が、あって。口にするのは縁起がわるいから、『あの日』って言うのよって! 俺、言っちまったよ! どうしよう」

 

 叢雲の肩を天龍は揺さぶった。

 カックンカックンと効果音を付けたいほどに、叢雲の頭が動く。

 

「天龍、一回はノーカンだ」

「マジかよ提督! いやーよかった。助かったー」

 

 事もなく吹く駿河に、周りの艦娘たちは半眼になって見つめた。

 

「積込みは終わったのか? 龍田はどうした」

「ああ、終わったぜ。あいつら、あんたの言った通り、さっさと帰っていったよ。龍田は、アレ? 一緒に来たんだけどな?」

「お前は、それを言いに来たのか?」

「おおっと、そうだった」

 

 天龍が実に晴れやかな笑顔を浮かべて、腰に差した艤装刀を左手に抜いた。

 駿河へ差し向けて。

 

「どうだ、牙を砥いだぞ。少しは兵器らしくなったろ? フフフ、怖いか」

 

 駿河が、『兵器』の言葉に反応した。

 醸し出す雰囲気が、まとわりつくほどの粘度へと重くなっていく。

 青葉の時を思い出したのか、大淀は未だ壁に向かってうずくまったまま、お尻をそっと隠した。

 

「天龍ちゃんがご迷惑かけて――」

「るわよ!」

「――あら~」

 

 開き開かれた入口から顔を出した龍田へ、叢雲の間髪入れずの否定。

 

「どうだ? 良く砥げているだろ?」

 

 駿河のあからさまな不機嫌さを察することなく、自慢げに艤装刀を突きつける天龍へ、

 高雄――この鈍感力はすごいわね。

 妙高――こういう事もあえてする必要があるかもしれませんね。この提督には。

 大和――えっと……

 武蔵――まだ砥ぎが甘いな。

 長門――ほう、さすがは天龍だ。この空気に物怖じしないとは。

 陸奥――くすくす笑っている。

 叢雲――こいつわー!

 大淀――まだ座り込んでいるため、詳細不明。

 と、それぞれに思った。

 

「龍田」

「ごめんなさいね~」

「怖くて声もでねぇガァ! ……痛ってー!」

「馬鹿者」

 

 龍田の名を呼んだ駿河の手刀が、天龍の頭に落ちた。

 オオッと呻きながらたまらずしゃがみ込む。両手で頭を押さえて。

 

「……また傷が開いたな――龍田」

「やっぱり、私なの?」

「当たり前だ。なぜこいつは自身の艤装刀を砥いでいる。わからせるのは、お前の仕事だろう?」

「あまりに楽しそうに砥ぐから、言い出せなくて~。ごめんね~」

「確信犯じゃないのよ!」

 

 まったく悪びれる処の無い龍田に、思わず叢雲の突っ込み。

 

「貴様の艤装刀は、砲撃を受け流す船首を基とした、刀は刀でも鉄刀――刃が付いていない刀形状の防具に他ならない。それを砥ぐなど、強度を落としてどうする」

「いやだって『砥げ』って言ったろ?」

「龍田」

「汚さないでね~」

 

 龍田は自分の艤装槍を駿河へ手渡した。

 ここにいる天龍、龍田以外の艦娘は、その光景を興味深く見つめる。

 駿河は未だしゃがみ込む天龍の眼前へと、槍先を突き出した。

 慌てて龍田を艦娘らは見たが、

 

「よく見ろ。刃がついているか?」

 

 昨晩と違い、龍田はそれを笑って見ている。

 

「んあ? あれ? ねえな?」

「龍田の艤装槍も、貴様の艤装刀と同じものだ」

「いやでもよ……その手の」

 

 天龍は、血が滲む駿河の右手を指さした。

 艦娘を人の身の拳でわからせようと思えば、傷が開くほどの力を籠めなければ響かない。という事なのだろう。

 

「いいか、見ておけ」

 

 胸元のポケットから小さなケースを取り出すと、そこから手の平に収まる程度の用紙を駿河は引き出した。

 

「なんだよそれ?」

「名刺だ」

「名刺?」

「これでも官職の端くれだ。名刺くらいある」

 

 テーブル代わりに使われているダンボール。そこに転がる一本の赤青鉛筆を、駿河は拾い上げて天龍へと渡す。

 

「腕を伸ばして、両端を持て」

「これでいいのか?」

「いいか。つまる処。斬るとは分子と分子の繋がりを断つと言う事だ」

 

 言葉に合わせ、駿河は名刺を右手人差し指と中指の間に挟む。

 

「提督って、薬指が長いのね~」

 

 今、その感想が必要? と、他の艦娘らが龍田に思いを寄せる中、駿河は挟んだ名刺を手刀のように見当て、

 

「それは必ずしも鋭利さを必要とする物ではない」

 

 まっすぐ振り上げた。

 

「こういう風にな」

 

 チープな乾いた音が、天龍の手の間で鳴った。

 

「おお! 何だこりゃ。すげえな!」

「ほう、すごいな」

「居合……合気の応用……」

「気合か」

「長門は、いつもそれね」

 

 天龍は、素直に凄いとハシャいでいる。

 武蔵、妙高、長門、陸奥も、似たような反応をしめした。

 

「手品の部類だ。特別なことはない」

 

 そういいながら、駿河は使用した名刺を手でちぎる。

 

「そうなのか、俺にもやらせてくれ! あ、提督の名刺をくれよ」

「天龍さん!」

 

 大淀は、さすがにと思ったのか、天龍の名を呼んで、注意した。

 

「いいぞ。だが一枚だけだ」

 

 駿河は、事も無く名刺を天龍へと渡す。

 

「お、サンキュー。龍田、龍田。ちょっと、これ持ってくれよ」

「はい、はい」

「天龍様の攻撃だ!」

 

 天龍は同じように転がる赤鉛筆を龍田へ持たせると、素振りを始めていた。

 

「これ、手品で済むものなのかしら」

 

 天龍が放り捨てた赤青鉛筆を拾い上げ、高雄がまじまじと見つめた。

 

「赤と青を作ってから、ケツ同士を接着している。そこを正確に狙えば、この通りだ」

 

 駿河は、名刺ケースをしまいながら、手品の種を明かす。

 

「ちょっと待って下さい。継ぎ目?」

 

 大和は、赤青鉛筆を持つ高雄ともう一度、折られたソレを見た。

 

「なんで、できねえ-! 抜錨だっ!」

「あら~、天龍ちゃん。刀を使っちゃだめよ~」

「なによ、へたくそねっ」

 

 叢雲は手をヒラヒラと振って、駿河へ無言の催促。

 駿河はため息をつくと、一度しまった名刺ケースを再び取り出した。

 

「見てなさいよ。 ! ちょ、こら、避けるな!」

「敵は、ジッとしてちゃくれないぜ!」

 

 赤鉛筆を天龍に持たせ、意気揚々と名刺を振り下ろす叢雲に、当てられまいと天龍は赤鉛筆を右へ左へと動かしていく。

 

「ふんっ」

「がっ!」

 

 おちょくる事が楽しくなったのか、悪乗りし始めた天龍の顔が気に食わないと、叢雲は天龍の額へ、名刺を握り込んで打ち込んだ。

 

「痛えじゃねえか!」

「あんたが悪いんでしょ!」

「楽しいそうだな。ところで、大和、高雄、どうかしたか?」

「武蔵、これを」

 

 高雄が差し出した赤青鉛筆は、斬られたように綺麗に分かれていた。

 継ぎ目から、わずかにずれて。

 

「ちょうどいい、提督。なぜそうも兵器という事にこだわる?」

 

 長門のあっけらかんとした言い分とは裏腹に、賑やかしかった室内は、水を打ったように静かになった。

 

「長門、あんた」

「なんだ、叢雲」

 

 叢雲は思った。

 さすがの自分も、『兵器』を『道具』と言い直したというのに、長門の豪胆さはある意味天龍をも超えると。

 

「兵器か……」

 

 駿河は、立てかけられた天龍の艤装刀を手に取り、右手一本で空中に突き支える。

 

「多くの者が、この刀を見て“武器”とは思えても、“兵器”とは思わないだろう。だがな」

 

 皆の視線が艤装刀へ、引き付けられる。

 

「もし、この刀一本で、国一つを滅ぼす事があれば、“兵器”と呼ぶことを否定しないだろう」

「そう……なりますね」

 

 妙高は、その光景を想像しているみたいだ。

 

「では、この刀が突然、別の何かに変わったのか? 違う」

 

 駿河は、天龍型伝統の守勢の構え――握りこんだ左手を上へ返し、頭上に掲げ、刃を天に向け、剣先をまっすぐに落とす。その峰に、右手を添えて。

 

「この刀を振るう者によって、武器たる刀は、兵器となった。これを人馬一体――人は、人間兵器と呼ぶ」

 

 さらにそこから左ひじを引き、右手を伸ばして、刀を寝かせる。独特な突きの構えだ。

 

「貴様達は、自身を“兵器”という。それは、身に着けた艤装、兵装を言っているのか? それを振るう自身を言っているのか? なら、艤装、兵装がなければ、貴様達は何になるんだ」

 

 天龍がつまらなそうに投げた赤鉛筆が、駿河が構えた艤装刀の刃へ落ちる。

 

「だから俺は言う。道具にとどまり兵器へと至っていない、と。自身を兵器と呼称出来るだけの力量を示していない、と」

 

 刀に触れた赤鉛筆は、弾かれることなく、そのまま刃に乗った。

 

「そう言う事か。この長門が、より強い兵装を装備すれば、それに見合う結果を刻むだろう」

「すごい自信ね」

 

 叢雲は楽しそうに、長門へ声をかける。

 

「事実だからな。しかし、同じ練度の別の長門に、その兵装を渡せば、やはり同じ結果を刻むだろう。これでは兵装と私、どちらが結果を出したのかわからんな」

 

 駿河が裂ぱくの気合を吐き出すと、動かぬ刃に乗った赤鉛筆は、そのまますり抜けるように地面へ落ち、弾けて二つになった。

 

「道具を超え兵器となるかは、お前たち次第だ」

「提督、今の言葉を他の者に伝えてもよろしいでしょうか」

 

 妙高が探るように駿河へ確認した。

 

「好きにし――」

「すげーな! 提督、今の教えてくれよ! な、な!」

「天龍さん……」

「なんだよ、大淀。あ、お前もあの日か……な、なんだよ皆して」

「ないですわね」

「ないですね」

「ないな」

「あら。あらあら」

「ない……ですよね」

「ありだな」

「ないわよ!」

「ん~、さすがに今回は無いかな~」

「なんだよ龍田まで」

 

 駿河は、天龍の頭へ手を置いた。

 

「ん? 何だよおお! いててててて、頭! 頭が割れる!」

「ご希望通り、血反吐を吐く特訓と行こうか。艤装刀で打ち返した砲弾で砲撃が出来る程度くらいを目安にな」

「なんかハードル高くねぇか! いててて、やめ、やめろう!」

「さあ、ステキなパーティーだ」

「それ、夕立のセリフうううう、いてー!」

 

 頭を掴まれ駿河に引きずられる天龍を見送ると、当初の予定通り書類の精査を再開した。

 尚、龍田は当然「どんな楽しい事になるのかな~」と、天龍の後を追った。

 

 

 

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