三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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そやね、ちょっち巻いていこうか

「もうすぐ、一六三〇だ。貴様達も、夕食があるだろう」

「そやね、ちょっち巻いていこうか」

 

 暗くなる部屋に合わせて、飛鷹が祭壇やその他に立てられたロウソクに火を灯していく。

 

「そんな嫌な顔せんといてな。ちゃんと管理しとるし。わこうとるやろうけど、うち等には必要なんよ」

 

 飛鷹の行動――というより、火をつける事を駿河は忌諱したようだ。

 

「分かっている」

「へ~、提督。分かるんだー」

 

 駿河の承諾に、隼鷹はのけ反りながら感嘆の声を上げた。

 ちなみに、龍驤、飛鷹、隼鷹が必須としたのは、火で焼かれた御札の灰だ。

 

「そや、先にな。直接補給は、うちら、もう出来てるよ」

「まあ、式神を封入する要領と、そう変わらなかったしな」

「燃料を飛行甲板へ垂らした時は、シミになるかもと思いましたけどね」

「だから、ちょっち退屈しとってん。でな」

 

 駿河の右横に座る龍驤は、少し身を駿河へ寄せた。

 

「司令官。昼ん時、“見做し”とか“パス”とか言ってたやろ」

 

 駿河は返事をしない。

 

「時間がないから言うて、省いたアレを話して欲しいねん」

「必要ないだろ」

「そんなこと言わないでさー。いいじゃんかよー」

 

 素気無くする駿河へ、隼鷹は構わず絡む。

 

「うち等も考えてる事、あるよ。でもな、やっぱ外からの意見ちゅうのが知りたいねん。聞きたくない事は、自分の声でもフタしてまうから」

「わかった。何からだ」

 

 取り付く島も無く即時否定したにもかかわらず、どういうわけか、駿河は態度を一変させた。

 

「“見做し”からお願いします」

 

 駿河の態度の軟化を、三隻は特に気にならないようだ。

 

「では、飛鷹。“見做し”とは、なんだと思う」

「質問に質問ですか……私は、類感呪術の類と考えました」

「飛鷹、それって、有名なのは“丑の刻参り”だよな」

「そうよ隼鷹」

「で、うち等の式神――艦載機もやね」

「そうだ。俺が言った“見做し”は、貴様たちの制服、戦闘服についてだ」

「これかい?」

 

 隼鷹は、自分の胸を両手で鷲摑みにして見せた。

 

「艤装の一部、または艤装そのものだと考えている」

「なんだよ、提督。少しくらい意識してくれても、いいじゃないかよー」

「そんな、おっさんじみた態度の、どこに艶があるっていうのよ」

 

 駿河は、苦笑さえしない。

 

「燃料や鋼材はともかく、弾薬を口から摂取して、普段身に着けていない兵装に装填されるのは、どうしてだ?」

 

 両ひじをちゃぶ台に置き、駿河は組んだ白手にあごを乗せる。

 

「貴様達が口にすることで、体の中――制服の中に入る。制服という艤装の中。つまり、艤装へ補給をした。と解釈できる」

「でもさ、それなら艤装につながってない、独立した兵装は、装填されないんじゃないの?」

「“パス”だ。貴様等に合わせるなら霊脈と言えばいいか。見えないが、確実につながっている何かがそこにある」

「実際、私達が入渠すれば、破れた服も戻るわけだしね。でも提督。それなら、今迄通り食べても良いのでは?」

「飛鷹、昼も言ったが効率の問題だ。藁人形に何日もかけるより、直接刺した方が早いだろ」

「私達にはわかりやすいですけど、そういう例え方は、ちょっと……」

「貴様達は、カーボン生命体、シリコン生命体、メンタル生命体の三様を持ち、独立しながらも、混じりあったハイブリッド体としての側面を持つ。ある意味、粒子であり波でもある光の性質のように。不確定だろうと、矛盾してようと、そうだからそうだと認識するしかない」

「は? 提督が何を言っているのか、まったくわからないんだけど」

「え? いつ神道、陰陽の話しから、科学の話になったの?」

 

 龍驤は俯いて、揉み上げ付近を指でかいた。

 

「そうか……まあ、だいたいは考えていた通りやな。ほら、うちらそっち方面は、強いというか、身を置いとるからな」

 

 天井を見上げると、目を閉じて逡巡、龍驤は駿河へ尋ねた。

 

「本当は、聞きとうない。でもや……なあ――うち等は、歪んでいるん?」

 

 隼鷹はのけ反ったまま、神棚を見た。

 飛鷹は、唇を固く結んだ。

 

「そうだな」

 

 駿河は、静かに言った。

 

「そか、そうやろうな。でも、だからこその艦娘っちゅう事や。せやろ?」

「そうだな」

「なあ、提督?」

「なんだ、隼鷹」

「艦娘が女しかいないのも?」

「生命の原型だからだな」

「やっぱか」

「もし、艦息がいたら」

「飛鷹、それは艦娘の変異体などといった、生易しい存在ではないだろう。四番目の存在だ」

「二番目と、三番目は?」

「深海棲艦と艦娘だ」

「なんや、うちらが後かい」

「初めに深海棲艦がいた。それは事実だ」

 

 駿河は冷たく言い放った。

 

「では、妖精さんは何番目なんでしょう?」

「飛鷹、あれは存在などという生易しいモノではない」

「やめやめ、湿っぽくなっちまう。飯行こうぜ。せっかく、提督が食っていいって言ってんだからよ」

「そうね。私もお腹が空いたわ」

「せやな」

 

 龍驤は、こわばる頬を緩めて、駿河へ微笑む。

 

「付き合ってもらって、ありがとうな。また、話を聞かせてな」

「提督は、神道や魂振りにずいぶん精通されておられるようですが、どちらの御山で?」

 

 先に立ち上がる駿河へ、飛鷹はちょっと聞いてみた。と言うように尋ねる。

 

「俺はない」

「そう……ですか」

 

 飛鷹は、何か違和感を覚えながらも、これ以上の追及はしなかった。

 部屋を出ると、廊下はどっぷりと夜に包まれている。

 大食堂から聞こえてくる喧騒から遠ざかるように、駿河はどこともなく足を進めた。

 

 □ □ □

 

「すでに火を、落としているか?」

「はい、申し訳ありません」

「いや、十九時半を回っているからな。当然だろう」

 

 龍驤達と別れた後、この時間までどこを歩いていたのか、駿河は調理場以外の灯りを消した大食堂にいた。

 

「間宮、明石と夕張は来たか?」

 

 駿河は厨房へは向かうものの、中には入ろうとしない。

 

「えっと、来ていないと思います。伊良湖ちゃんは、覚え、ありますか?」

「私もないですね。でも正直、大忙しだったので、自信ないです」

 

 料理場の奥から出てきたのは、間宮とお揃いのポニーテールに、真っ赤な大きなリボンをした艦娘だ。

 間宮よりも前髪を短くしていて、眉毛がばっちりと見える。

 

「貴様達は、済ませたのか」

「はい、お先に頂きました。申し訳ございません」

 

 間宮は、伊良湖と目を合わせると、恐る恐る駿河へ頭を下げた。

 気のせいか、前に添えられた手が後ろへと、お尻を隠すように動いていく。

 

「それでいい。三人分、何か食べるものはあるか? 冷えていてもいい」

 

 駿河の淡白な返答は、逆に緊張を覚えた分、間宮を混乱させたようだ。

 

「えっと、今日の夕飯に作ったすいとんの残りが少し。三人前には足りないですが」

「残り? 残ったのか、間宮」

「食う坊――いえ、空母の方々を見込んで、継ぎ足しを考えていたのですが、鳳翔さんが」

「鳳翔が?」

「『精神修養』『ハングリー精神』と言われて、食事の制限を空母の皆さんに課されて」

「そうか。それは鳳翔の言う通りにな。それはそれで助かる」

「はい」

「さて、残りを三等分に。一つは俺に。伊良湖、後二つをもって執務室へ行け。冷たくても、あの二隻ならどうとでもするだろう」

「は、はい!」

 

 伊良湖は、鉄棒を刺し込まれたように背筋を伸ばすと、自分の頭へ手刀をする勢いで敬礼をして、間髪入れず、厨房の奥へ去っていく。

 

「何かあったか?」

「いえ、あの……」

 

 伊良湖の過度な態度は、さすがの駿河も気になったようだ。

 黙って見つめ続ける駿河の眼圧に耐えかねたのか、間宮は重々しく口を開いた。

 

「夕食の時に、ですね。天龍さんが、その。『血反吐を吐く特訓』を、熱烈に、語られまして」

「その結果があれか」

「……はい」

「まあ、いい。困るものでもないだろう。いや、実際に味わった時を考えると、もう少し力を抜いたほうがいいか?」

「実際に――ですか?」

「補給艦だろうと、必要なら立ってもらう。なら、相応の準備は必要だろう。なあ、間宮」

「ひぃ」

 

 楽しそうに駿河に牙を剥かれた間宮は、悲鳴に合わせてお尻を押さえた。

 

「お待たせいたしました。では、行って来ます」

 

 厨房奥からお盆に三つ、大きなお椀を伊良湖が運んでくる。

 そのうちの一つを駿河の前へ置くと、任務すんだと余韻は危険と、逃げ去るように言い捨てていった。

 

「伊良湖ちゃん!」

 

 なぜか襲い来た猛烈な心細さが、間宮に伊良湖の名を呼ばせた。

 

「二人だな間宮」

「ひぃっ。な、なぜ今それを?」

「箸をくれるか」

「は、はい。あの……席につかれてはいかがですか?」

「すでに清掃済みなのだろう。また汚すのは忍びない。このままでいい」

 

 駿河は、間宮から割り箸を受け取ると、立ったまま箸を割らずに、汁をすすった。

 

「冷めても美味いな」

「ありがとうございます」

 

 間宮は、下まぶたが上がるような安らいだ笑みを浮かべて、駿河の食事を見る。

 

「それで、間宮。後一か月についての見通しは?」

「はい。本日三食の食事風景を見させていただきました。まだ、遠慮をしている子や、そもそも食事が初めての子もいて、今日だけを基準に考える事はどうかと思うのですが、それでも現状の備蓄を考えますと、二十日。いえ、二十五日程度で尽きてしまうかと」

 

 話を続けるほど、間宮の声は力を無くしていく。

 

「そうか」

「食事を制限すれば、解決します。でも」

 

 駿河は黙って、間宮の言葉を待った。

 

「今日の皆さんの楽しそうな顔を見てしまうと、あの笑顔を曇らせる事を、私には……」

 

 訴えかける間宮を、駿河は見ず、手の中の汁をすする。

 

「無責任ですね。甘い事を言いました」

「好きなだけ食わせてやれ」

 

 空になったお椀を駿河は、間宮へ手渡す。

 

「え?」

「これを我慢させると、直接補給の訓練が滞る。具体的には、資源の摘み食いをする奴が出てきかねん」

「それでは……」

「朝も言ったが、貴様の采配しだいだ。運用の計画書の提出を明日の一二〇〇までに提出しろ」

「はい、かしこまりました」

「それと、食糧が乏しくなったら、すぐに報告しろ。変に持たせようと抱え込むな。状況は、その都度変わる」

「はい」

「だからと言って手を抜くな。もしも――」

「もしも手を抜いたら……」

「厳罰の上、貴様自身にその代価を払ってもらう」

 

 もう条件反射といっていいだろう。間宮はお尻に手を回して、隠すようにかがんだ。

 

「伊良湖、戻りました!」

「伊良湖ちゃん!」

 

 間宮は、伊良湖の名前を呼んで抱きしめた。

 

「え? 間宮さんどうしたんですか」

「明石、夕張は、いたか?」

「はい、大変喜んでおられました『鬼のかく乱』だと」

「ほう」

「あ、……」

「やはり、あいつらとは、遠慮のない関係を築いていけそうだな」

 

 怖いモノも見慣れれば、何とかなる。

 が、駿河の素晴らしい表情を、伊良湖は初めて見たようだ。

 未だ抱きしめたままの間宮は、顔が見えない伊良湖の変調に、呼ぶ名に疑問符を付ける。

 

「伊良湖ちゃん?」

「ぴぃ、」

「ぴ?」

 

 なんとも、弱弱しい雛のような鳴き声が、長く厨房に響いた。

 

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