三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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大丈夫? 伊良湖ちゃん

「大丈夫? 伊良湖ちゃん」

「はい、間宮さん。ありがどうごじゃいまず」

 

 涙ぐむ伊良湖を慰める間宮を、駿河はため息交じりに見ている。

 

「あ、お待ちください」

 

 何も言わず立ち去ろうとした駿河を、間宮は呼び止めた。

 

「なんだ? 伊良湖をもっと泣かせればいいのか。間宮?」

 

 駿河は演劇の経験でもあるのか、良く表情を作った――獣の顔。

 

「ひぃ。い、いえ違います」

 

 口を閉じて、駿河は獣の皮を脱ぐ。

 実際にかぶっていたような、変貌ぶりだ。

 

「青葉さんから、聞いたのですが……」

「間宮さん?」

 

 伊良湖を抱きしめる間宮の手に、力がこもる。

 駿河は、そのまま間宮の言葉をまった。

 

「提督は、私たちを艤装の飾りだと、言われたとか」

「ああ、言った」

 

 戸惑いがちに尋ねる間宮とは対照的に、駿河はストレートに答えた。

 

「そう、ですか」

「間宮さん」

 

 今度は伊良湖が間宮を抱きしめた。

 

「……船の甲板に立つ一人の男が、足元の甲板を指でさし、『これは船か?』と尋ねたら、」

「提督、突然なにを?」

 

 奇行とも取れる駿河が始めた脈絡のない話に、間宮は戸惑いを見せる。

 

「多くの者は、『これは船だ』と答えるだろう」

「はあ……」

「では、解体され、一枚の鉄板となった元甲板を指さし、『これは船か?』と男が聞いたら、お前はどう答える?」

 

 口を押えて目を見開いた間宮は、駿河から何かに引きずられるように、目をそむけていく。

 

「それは! それは……ただの……ただの鉄板ですよね」

「そうか」

「だって、そうですよ! 解体したら、もう船では、無いじゃないですか!」

 

 間宮は止まらない。

 

「わた、私たちは、魂を、記憶をもっています。でも、それは私たちを肯定する全部じゃありません。だから、提督は私たちを軍艦として認めないと、言いたいのですよね!」

 

 厨房以外の照明が落ち、カーテンのない窓からは、曇っているのか星明りも見えない闇が広がる。

 間宮の叫びに伊良湖は、なぜか外に吹く風の音を強く感じた。

 肩を大きく上下させ、間宮は駿河の瞳を射抜く。

 

「多くの者は、間宮。貴様の言うとおり『船ではない』と言うだろう、しかし」

 

 駿河は、伊良湖と抱き合う間宮へゆっくりと近づいた。

 

「『船だ』と言う者が、必ずいる」

「いません」

 

 間宮はすげなく口にする。

 

「必ずいる」

「誰ですか!」

 

 駿河は、間宮の態度に構わず、さらに近づく。

 

「その船に乗り。その船で戦い。その船で生死を共にした者達」

 

 間宮に覆いかぶさるかのように駿河は近寄ると、力強く言葉を放った。

 

「貴様に乗った戦人だ」

 

 駿河を見上げる間宮の視界は、滲んでいた。

 

「確かに、鉄板はどう見ても鉄板だ。だが、魂を共にしたものだけが、そこから伸びる一つの船体を見ることができる」

 

 見えない空へ顔を向けて少し、駿河は間宮に視線を落とす。

 

「貴様が、貴様の名を、魂を謳い上げる限り、貴様は貴様だ」

 

 駿河はかかとを鳴らすほどの直立不動の姿勢を取った。

 

「艦名を名乗れ」

「私は……」

「魂を込めろ」

 

 間宮は不恰好だったが、左手に伊良湖を抱きしめたまま、挙手の敬礼を行う。

 

「八八艦隊計画内、能登呂型給油艦発。連合艦隊随伴用給糧目的、主力補給艦――間宮」

「それが貴様の立つ処だ。忘れるな」

 

 駿河は袖が触れるほど近くにる間宮の前で、挙手の敬礼を返した。

 

「はい……ありがとうございます」

「飯の礼と、先払いだ」

「先払いですか?」

「これからも美味い物を食わせてもらう」

「臨むところです」

 

 不敵に笑う駿河を間宮は正面から受け止めた。

 

「あの、おいしくなかったら……」

 

 駿河と間宮のやり取りを聞いていた伊良湖が、恐ろしいことを聞くかのように、震えながら尋ねた。

 

「厳罰の上、貴様自身で払ってもらう」

 

 二度目の発言からか、いささかドスの効きがわるい。

 現に、間宮の手はお尻へと動いていない。

 

「あうあう」

 

 伊良湖は初めてだったか。

 空気を求める水面の金魚のようなありさまだ。

 駿河は、仕事が終わったと、その場を離れる。

 

「あの」

 

 間宮が駿河の背に声を掛けた。

 

「また、私の名前を、呼んでくださいますか?」

「呼ばん」

「……そうですか」

「尋ねる」

 

 間宮は駿河の背へ、黙ってうなずいた。

 

「それから、ここでの事は委細他言無用だ。もし、話をしたら……」

 

 駿河は、獰猛な笑みで振り向く。

 

「寝る事を拒む程の厳罰――体罰が待っていると思え。いいな」

「体罰って言った―!」

「きゃあ」

 

 落ちるようにお尻を押さえて座り込む間宮に、抱きついていた伊良湖は引きずられ、二隻ともだって床へ伏した。

 

 鎮守の夜は――永い。

 

 □ □ □

 

「やっと帰ってきた~。もう、二三三〇よ~」

「お疲れ様です、提督」

 

 執務室に戻って来た駿河を迎えたのは、秘書官の龍田と、補佐の大淀だった。

 

「今日の業務を終えていいかしら~。天龍ちゃんも気になるしね~」

「本日の書類精査の進行状況を報告しても、よろしいでしょうか?」

 

 駿河を見とめた龍田と大淀のセリフがかぶる。

 二隻は、声に出さず顔を見合わせて、互いに発言の順番を譲りあっている。

 大淀は、目をいささか開いて、小首を傾げる。

 龍田は、目を細め、立てた人指し指を、あご先にあてた。

 

「龍田、大淀、少し待て。明石、そっちはどうだ」

 

 駿河は、白手に包まれた手の平を二隻に向けて制して、新しく部屋に増えた開け放れた戸口へと向かっていく。

 

「これ、でっ、終わりっ、ですっ。バリィのほうは、どう?」

 

 厚みのある――というよりズバリ厚い扉を、明石が妖精たちにその扉を支えてもらいながら、最後のねじを締め上げた。

 

「電気、水回りの確認は、終わったよ」

「じゃあ、これで完成――です」

 

 語尾を駿河に向けて、明石は大きく息をついて行う。

 

「盗聴、侵入対策は、ばっちりです。冷蔵庫、電子レンジ、トイレと、あ、スペースの関係でユニットバスです。天井シャワーにしましたけど、シャワールームとしてしか使えません。後、提督からの注文の二段ベッドは、同じくスペースの都合で、そこの斜めの壁隙間に押し込む形を取らせていただきました。二段を置くと、下隅がもったいないので、下はダブルにして、上はシングルの変則ベッドです。それと――」

「明石、そこまでだ」

 

 駿河へと説明を始めた明石は、工作艦の性か、だんだんとその解説に熱が入り始めていくのが、膨れ上がっていく声量でわかる。

 

「よくやった、明石。これは、無駄になったか」

「あの、提督。その金属バットは一体?」

「気にするな、明石。夕張も話がある」

 

 駿河は明石の肩へ手を乗せて、労うと執務室へと戻っていく。

 

「私も頑張ったんですけど。明石だけですか。そうですか」

 

 仮眠室の奥にいた夕張は、明らかにテンションを落として、戸口にいる明石の前を通り過ぎる。

 

「提督に直接言えば?」

「言えるわけないでしょっ!」

「たまたまよ。たまたま」

「別にー」

「早く来い」

「はい!」

 

 戸口に固まる二隻を駿河がせかす。

 明石を押しのけ、先に夕張が戻る。

 遅れたと、1メートルを慌てて進む明石が顔を上げると、胸脇に手をあてた大淀と、首を指でなぞっている龍田が、自身を見てきていた。

 

「あの何か?」

「なんでもないわ」

 

 大淀だけが答えた。

 駿河はそんなやり取りには興味が無いとでも言うように、おもむろに執務机の引き出しを立ったまま開ける。

 

「感謝する」

 

 駿河の手には、有名な飴玉が缶に入ったソレが握られていた。

 どういう理屈か、駿河は蓋に指を掛けることなく、牛乳キャップを親指で押し開けたようなキュポンと音を立てさせ缶蓋を飛ばして見せると、缶を傾ける。

 こぼれる飴玉を、机の上にすでに引かれているハンカチの上へと、転がしていった。

 

「ん?」

 

 ハンカチの周りに集まった十数人――数体だろうか? ここは“人”として数えよう――の妖精たちはそれを眺めた後、一人が駿河へ“バツ”と腕をクロスさせてきた。

 駿河は、開けたままの引き出しの中に、今朝配った金平糖を見つけると、やれやれと息をついた。

 

「二個ずつ」

 

 駿河が、引き出しから同じ飴缶をもう一つ、机へ置く。

 妖精は、輪になってなにやら相談をしているようにふるまうと、駿河の指先を数度叩いて、広げられた飴玉を両脇に抱えた。

 違う妖精は、駿河の袖を引いて、飴玉が転がるハンカチを同じように引く。

 

「かまわない」

 

 駿河にはその意味が分かったようだ。

 まだ、飴玉を持っていない妖精たちが、ハンカチの端を合わせてソレごと運んでいく。

 見ればその後を追うように、まだ開封していない缶も運ばれていった。

 

「さて――なんだ」

 

 駿河は自分を見る艦娘達に尋ねる。

 

「いやー、提督と妖精さんって。違和感がすごいなーと」

 

 勇者バリィ、見参。他の三隻は、心の中で称賛を送る。

 

「鬼のかく乱は、経験済みだと思ったが?」

「馬鹿、バリィー」

 

 明石がすかさず、夕張の後ろから小声で圧高めに言う。巻き込むなと。

 

「い、いえ、あの、夕飯おいしかったです」

 

 夕張は、どういう思考の結果なのか、なぜか挙手の敬礼をした。

 

「美味かったのなら、間宮と伊良湖に礼を言え」

 

 駿河は、ほぼ定番となりつつある獣の笑み浮かべて、自身のポケットをたたく。と、逡巡。夕張の顔へと手を伸ばしていく。

 身をすくめ、思わず目をつぶってしまった夕張は、来るであろう衝撃を覚悟したが、想定外の感覚に、

 

「え?」

 

 慌てた。

 

「シャワーは、使えるんだったな。明石」

 

 駿河は、夕張の片頬へ手をあてて、確認する。

 

「ええ、はい」

 

 夕張の頬骨についた油汚れを、駿河は白手をハンカチ代わりに、親指を使い拭き取っていく。

 

「ふむ」

「な、なんでしょう」

 

 拭き終わっても手を退かさず、見つめてくる駿河に、夕張は理由を思いつかず、不安を募らせた。

 

「貴様は、顔がきれいすぎるな。戦場では見た目のハッタリも必要だ。フェイスペイントでも使ってみろ」

「……ふえ?」

「提督はバリィが、お好みなんですか?」

「よ、汚すもの。汚すもの」

「やっぱり、タラシなのかしら。早く放さないと、その手、落ちても知らないですよ?」

 

 駿河は、夕張、明石、大淀、龍田の挙動を意図することなく、机に戻ると違う引き出しから、予備の白手を出してつけなおした。

 

「龍田、大淀、明石、夕張。〇五三〇から、明日の行動について打合せを行う。今日の進展、結果についても、そこで聞こう。何かあるか」

 

 駿河は、皆へ目配せしたが、誰からも声は上がらなかった。

 新設された仮眠室を、駿河は一瞥した後、明石、夕張へ口を開く。

 

「貴様達は、そこを使え。シャワーも浴びていい」

「はい、提督」

「なんだ明石」

「泊まっていけという事でしょうか?」

「そうだ」

「……理由をお聞きしても、よろしいでしょうか」

 

 うつむく明石へ、駿河は当然と答える。

 

「実際に使ってみて、不備がないか確認するのは当然だろう。俺は、椅子で寝る。気が済むまで確認作業を行え。鍵をかけて強度の確認と、防音性、諸々もだ」

「……提督は、夜伽をお命じにならないのですか?」

「なんだ。ピンクの髪は淫乱というのは、都市伝説ではなかったのか」

「え、ひどっ。そうではなくてですね――」

「ところ構わず発情するほど、俺は暇ではない。わかったか? わからなくても、わかれ。返事は」

「了解。明石、夕張。確認の為泊まります」 

 

 無駄になったと言った鉄バットへと、駿河が手を伸ばしていくのを止めるように、明石が勢いよく答える。

 その横で、大淀の顔は、どこか自慢げだ。

 

「私。まだ。返事。してない」

「馬鹿バリィ、黙って」

 

 夕張の恨みごとに、明石は口の端で会話する。

 

「変な名前つくらないでよっ」

「あの! 私も、泊まっては、いけませんでしょうか。上番の時間を考えますと、そのほうがよい……かと……」

 

 大淀の突然に申し出に、明石と夕張は目を見開いた。

 

「構わない。明石達と仮眠室を使え」

「はい、ありがとうございます。これにて、下番いたします」

 

 仮眠室へ三隻が去った。

 かしましくして移動したが、扉を閉じるとその声は漏れ聞こえない。確かな仕事ゆえだろうか。

 仮眠室の作成を手伝ってくれた妖精達は、壁に押しやられたテーブルの上に、妖精サイズの布団を敷いて、すでに眠っている。全員さまざまなナイトハットを着用済みだ。

 駿河は手元のリモコンで、部屋の照明を消す。

 椅子へ浅く腰掛けると、高価な調度品がしまわれたダンボールに、伸ばした足を乗せた。

 

「龍田」

 

 暗闇の中、誰にも気が付かれないようにしてか、静かに部屋を出ようとしていた龍田を、駿河が呼び止める。

 

「天龍を呼んで来い」

「……今から?」

 

 部屋の照明が無い為に、龍田が立ち止った事だけがわかる。

 

「そうだ。天龍は貴様を待っているだろう。戻った貴様に話を聞けば、ここに来る。二徹くらいは問題ないが、寝れる時には寝るべきと考えている。短い時間だが、邪魔をされたくはない」

「連れてきて、それを話すの? なら、そう伝えれるわよ」

「貴様も泊まれ。そのソファーを向い合せにつければ、二人くらい余裕で寝れるだろう」

「無茶くちゃね」

「それに」

「それに?」

「夕飯で、“血反吐吐く特訓”をご高説したそうじゃないか。そんな余力を残させてしまった償いに、朝から特訓をしてやる」

「天龍ちゃん、可哀そう~」

 

 言葉とは裏腹に、龍田の声は弾んでいた。

 

「龍田、戻って来るときに掛ける物も頼む」

「了~解~」

 

 龍田が返事をした時には、駿河の寝息が静かに繰り返していた。

 

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