もう、三日目ね
「もう、三日目ね」
叢雲は意図することなく、ポツリと呟いた。
「こうやって確認していると、あのデブ。既存艦さえも認識できて無かったみたいね。よく提督になれたわよ。呆れちゃうわ」
「叢雲の言う通りですね。推測になりますが、あの豚はお金で提督を買ったのでしょう。もっとも、提督の資質がわずかでもあったから出来たことでしょうが」
並ぶ座る高尾は、手元の書類から顔を上げて叢雲に同意を示す。
「残念髪と一緒に、提督の資質も無くなっちゃえばいいのよ」
「あの豚にはいらない資質です」
「言うようになったわね」
「そうですか?」
作戦行動停止の代わりに、一部艦娘には課業が割り当てられていた。
叢雲は、高雄と大淀と共に、書類庫で在籍艦の入港と改装、それらにまつわる記録の精査を続けていた。
「三日目と言えば、皆さんは出来る様になりましたか?」
「直接補給? 当たり前でしょ。それより」
伝票算のごとく、すさまじいスピードで書類を確認していく大淀を、叢雲は見た。
「大淀は大丈夫なの? アイツに時間を取られて、まともに訓練出来ていないでしょ」
「確かに、十分な時間は取れていなさそうですね」
叢雲の言葉を、高雄は肯定する。
二日前、駿河の着任以降。大淀を始め、秘書艦龍田、その補佐天龍、倉庫番の明石と、その補佐夕張の五隻は、全てといっていい時間を、駿河に使われていた。
「大淀。ここは任せて、特訓してきてもいいわよ」
向かいに座る叢雲は、大淀の膝に手をおいた。
「ありがとうございます、叢雲。でも、大丈夫です」
「そう? こう言っちゃなんだけど、この手の事は不得意じゃない?」
「叢雲の言う通り。大淀は理論派だから、なんとなくとかの感覚的なのは、苦手だものね」
「高雄さんまで――まあ、そうですけど……」
大淀は頬を膨らませて、不貞腐れるように続ける。
「大丈夫です。出来ます。出来る様にされました」
大淀の態度に、高雄、叢雲は、苦笑を交えてわかったと頷くが、
「で、『された』とは、どういう意味ですか?」
高雄はもう一つ、踏み込んだ。
「あ、いや、言葉のあやですよ。言葉のあや。き、気にしないで。流して下さい」
「顔が赤いのは、言い間違えたのが恥ずかしいのかしら」
「その通りでございますよ、叢雲さん」
「あんた誰よ」
パタパタと書類ごと手を振る大淀は、いかにもな挙動不審だ。
目を弓なりに細めて高雄は大淀を眺めた。
「大丈夫そうね。よかったわ」
「本当。アイツにコキ使われてるから、心配だったのよ。その……夜も泊まらさせられるているみたいだし」
「大丈夫よ叢雲。泊まっているといっても、私だけじゃないですし」
「ま、せいぜい頑張りなさい! でも、なんかあったら言いなさいな。次こそは、酸素魚雷を食らわせるから」
「一緒にいて、前の提督と重なる時はありませんか。それだけのことを受けていた。と、私は考えています」
「高雄さん、ご配慮ありがとうございます。本当に大丈夫です。なんて言えばいいでしょうか……」
「無理に言わなくてもいいわよ」
「違うの、本当に大丈夫なのよ叢雲。今は、あの豚にされた事は、ただ疎ましかったとしか思えないから」
「本当に言うようになったわね……大淀」
叢雲は、大淀を半眼で見ている。
「あの豚が男というなら、提督は化け物という天変地異ですよ」
大淀の最後の言葉は、二隻には届かなかったようだ。
高雄が話題を変えた。いや、正した。か。
「直接補給もそうですが、私が言いたかったのは、艤装との対話です」
「ああ、そっちね。アイツのいう事もわかるわ。確かに私たちは艤装を背負って生まれてくるもの。だからってね、自分の右手がしゃべり出すなんて、ありえないわ」
「大淀は、どうですか?」
「私は正直、試せていません。まだ、余裕が無くて、ただ――」
「ただ?」
「提督は、乱暴な物言いをされますが、虚栄は無い方だと思います。この数日しか過ごしていませんが」
「嘘はつかないか。そうかもね」
「叢雲?」
「何よ、大淀。私の評価が意外?」
「ええ、正直」
「初めて会ったとき、大淀の髪をつかみあげたアイツを、今でもムカついているわ。でもね、アイツは言った。『制服は靴をふくものか』って」
叢雲は手を組んで裏返す。
両手を前へと突出して、肩肘を伸ばしていく。
「私たちを『道具』として見といて、『兵器』と言うと己惚れるなと怒る。でも、数少ない言葉の多くは、確かにその通りだと思ったわ。でもね、」
叢雲は大淀こそが、駿河と見つめる。
「満潮のアレはなに! 見せしめ以外の何物でもないじゃない!」
高雄が叢雲を抱きしめるが、叢雲は高雄の胸で叫び続けた。
「言いたいことがあるなら、言えばいいのよ。やってる事はめちゃくちゃよ。確かに、今のまま事が進んだら、あの時の満潮みたいな事が、海戦で起きたかもしれない。その危険はわかるわ! 自分以外も巻き込む……自分だけじゃなくて、皆一斉に起きる可能性もある」
叢雲の頭の艤装が、これでもかと真っ赤に発光して、激しく点滅を繰り返す。
「解体もしないで、そのまま。だったら、今の満潮を救って見せないさいよ!」
高雄は、叢雲の背中を数度叩く。
そんな叢雲へ、抱きしめる高雄の背中を通して、大淀は言葉を掛けた。
「大丈夫」
「何がよ」
「提督の手の数は少ないです。だから、順番待ちになっているだけだと、私は思います。あの時提督は、『消耗品なら用意して見せろ』と言われました。それは消耗品とは考えてないし、考えるな、という事ではないでしょうか」
今度は大淀が、叢雲のひざへ手を置いた。
「だから、叢雲。私が救われたように、彼女もきっと」
「ふん、どうだか。大淀は、タラシこまれだけでしょ」
「タラシこまれてなんて、いません!」
「はいはい。こんな話を振った私が悪かったわ。この話はお終いね。予定通りに仕事を済ませないと、お仕置き好きのステキな提督を、喜ばしてしまうわ」
「そうね、アイツはお尻にご執心みたいだからね」
「あら、叢雲。この前、武蔵が聞いた時は、好みのパーツは無いとおっしゃっていませんでしたか?」
「間宮から聞いたの、体罰好きだって。で、今のところ、青葉の尻叩きしか情報が無いんだけど、夕張が金属バットを振りまわしたって。それケツバット用っていう話」
「まあ」
「だからアイツ、お尻に固執してるのよ、きっと」
「だからと言って、叢雲のお尻に固執しているとは、限らないと思いますよ」
「何言ってるのよ。アイツ、私の腰から足を見る時の目と言ったら、スケベ丸出しよ。大淀」
「な、そんなこと言ったら、私のスケベスリットを見る提督だって、欲情を感じさせますよ」
「はあ? 何言い出してんのよ、このメガネ」
「兎耳立ててるからって、無駄にエロく腰を見せつけなくてもいいんですよ?」
「無駄にエロくしているわけじゃないわ。かってになってるんだからしょうがないでしょ! だったら、あんたのそのスカートはワザとなの!」
「ええ、わざとですよ。そうですよ。でも、手を出してくれないんですよ」
「な、開き直るとか。あんたどんだけなのよ」
「いいんですー。ケダモノを知っている分だけ、上なんですー」
「上って何よ!」
「はいはい、そこまで。さあ、仕事に戻りましょう」
「高雄! 何笑ってんのよ」
「笑いごとじゃないですよ、高雄さん!」
感情剥き出しで言いあう二隻を、高雄はいつ以来の事だろうと、思うと笑みがこぼれて来るのを止められないでいた。
「ところで、私の胸を情熱的に見ている提督の視線を感じるんですけど、どういう事だと思います?」
「アイツ!」
「え、そんな!」
「うふふっ、でも、提督が言う対話の向こう側には、何があるのかしらね?」
高雄のつぶやきは、二隻の騒がしさに負けたようだ。
かび臭く、灯りの乏しい書類庫の中は、非常に華やいでいた。
□ □ □
「大丈夫ですか? 大きなくしゃみをして、毎晩椅子で寝ているからですよ」
「大丈夫だ、明石。問題ない」
「私たちは気にしないから、ベッドを使っていいって言ってるのに」
「そうですよ。バリィの言うとおりです。もともと、提督が使う為に作った仮眠室じゃないですか」
「俺自身が使うのも、俺が誰かに使わせるのも、等しく俺が使っている。違うか」
「そうですけど、作った者としては、釈然としません」
「貴様等の意見は、覚えておこう」
「本当ですよ」
出会ってから、三日。
初日の駿河の捨て台詞通り、明石、夕張とは表面上忌憚のない関係が築かれているようだ。
「で、予備兵装の目録を、作成すればいいんですよね」
明石は、手に持ったタブレットペンで、頭をかきながら駿河へ確認した。
「そうだ」
「これって、廃棄して資材に戻すんですか?」
ツナギ姿の夕張が、「結構兵装はデリケートなの。丁寧にね」などと言いながら妖精達と、予備兵装を右へ左へ動かしながら尋ねる。
「いや、廃棄はしない」
「じゃあ、ただの片づけですか」
明石は声のトーンを落として、夕張をみた。
「何よ、私が散らかしているとでも言うの?」
「そうは言わないけどさ。バリィ、よく作業したまま、違う作業とか始めるじゃん」
「明石も、改修工廠前とか、練習とか言って全然違う作業を始めるでしょうが」
「あ、改修工廠用のリスト作成ですか」
風向きが怪しいと思ったのか、明石は手を打ち合わせて、駿河へ話を振る。
「それも考えているが、正直まだ考えがまとまっていない」
散らかる工廠の兵装を置場を見ながら、そう言い放つ。
「え、じゃあ、取り合えずって事ですか?」
「そうだな」
「へ~」
「なんだ、夕張」
「いや、こう言うの少し早い気がしますけど、珍しいなーって」
「そうか?」
「はい、提督の行動は全て、狡猾な計画の上に行っていると思ってました」
「やってみないと考えがまとまらない事もある」
「そうですよね」
「でだ」
「はい」
「夕張。今、なかなかの高評価をしてくれたな」
「はい……あ」
「馬鹿バリィ」
「明石! 変な呼び方を定着させないで」
「何か言う事はあるか」
「普段から、と言っても二日前からですが。提督がおっしゃっていた通り、気兼ねない関係が築けつつある結果だと、夕張は考えます」
お約束なのか、夕張は挙手の敬礼をして、駿河へ申告した。
「ほう」
「――馬鹿バリィ……」
駿河のつぶやきに、同じ呼び方でもイントネーションを変えて明石は、自身の額を押さえて夕張に憐憫の目を向けた。
「え?」
「つまり、貴様の愚考は、俺の資質が足りない故に、起きていると」
「あ、あれ?」
夕張は、敬礼をしたまま両肩を潰すように、身を縮めていく。
「なら、俺の考えをオブラートに包む必要はないな――夕張」
「し、親しき仲にも礼儀ありと、も、申します。ここは、一考頂いても――」
「俺にご高説か、夕張。いい空気を吸っているな」
「ひぃ」
それなりの頻度で起きる駿河の獣笑に、夕張は免疫を獲得していないようだ。
「いひゃい」
駿河は、夕張の両頬をつかんで、伸ばした。
「え、それだけですか?」
「なんだ、明石。貴様も、頬がさびしいのか」
「寂しくありません!」
明石は、夕張をまねるような敬礼を駿河へ行う。
「ふさがってきている傷を、また開かせては、さすがに龍田もいい迷惑だろう」
「え? 提督。龍田が怖いんですか?」
「傷を負う事を怖いと思わないのは、問題だろう」
「そういう意味ではないんですけど。あの提督」
「なんだ」
「バリィが何気に、イッパイ、イッパイみたいなんですが……」
百九十を超える駿河がしたことだからか。
夕張が駿河にとっては小柄だったからだろうか。
頬をつかまれて、ムニムニされている内に、だんだんその位置が高くなっていったようだ。
涙を浮かべて、ハフハフと息を吐き出しながら、夕張は爪先立ちになっていた。
「このまま、持ち上げてみるか」
状況を把握した駿河は、ぽそりとのたまう。
夕張は、首を振りたかったが、自分の頬を虐める事になる為、潤む目で必死に訴えた。
―― や・め・て~