三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

20 / 49
突然なんですか?

「突然なんですか? どっちも明石です。提督も、少し修理したほうが良いみたいですね」

「艤装が本体です。というか、兵装が本体です。何を今更――です」

 

 駿河の額へ手の伸ばす明石。

 その横に、着込んだツナギの上を脱いで腰に腕袖を巻き付け、黒いティーシャツ姿の晒す夕張。艦娘ゆえなのか、はたまた兵装の整理に半日を費やしているからか。昼前とはいえ、十二月に入り冬の寒さも本格になっているにも関わらずだ。

 荷物を運ぶ夕張の両手は、今は自分の両頬を丁寧にさすっている。

 

「私の気遣いに、頭なでなで。ですか?」

 

 駿河は、額に当てられた明石の手をそのままに、明石の頭へ手を置くと、

 

「本当に大丈ーぶじゃないです! いたたた、潰れる! 潰れちゃいますって!」

 

 指を立てて、そのまま力を込めた。

 夕張は頬をもみながら、ゆっくりとカラクリ人形よろしく、そのまま明石から背を向けていく。

 

「もう、せっかく気遣ったのに。あ、ちょっと凹んでるじゃないですか」

 

 数秒で解放された明石は、自分の頭を確かめるように手をあてる。

 と、明石の言葉をしてか、駿河はまた頭に手を向けた。

 今度は、その凹みを探すようにさすっていく。

 

「なんて、嘘です。おっと!」

 

 さする駿河の指が、再び爪を立てるのを察知した明石は、一旦しゃがんで駿河の手から頭を逃がす。

 

「いつまでも、やられいませ、ンプッ――」

「明石も、馬鹿ねー」

 

 距離を取った明石は、駿河へ胸を張って鼻高々と目を閉じたが、その瞬間、駿河の手に顔を摘ままれた。

 

「ふみまへん。調子にのひまひた。ごへんなはひ。許ひてくだはい」

 

 駿河が強く一呼吸をしたのに合わせて、明石は逃げられないとあきらめたのか、脱力してただ許しを乞う。頬を潰されたタコ口で。

 明石が抵抗しない事を見止めると、やれやれ駿河はその手を緩めた。

 

「さすがに、もう煽らないですよー。――本当に怖いので」

 

 明るく言い始めた明石の語尾は、震える声で終わった。

 

「ほら、これも遠慮ない関係が築けているということで」

 

 夕張が、何に耐えきれなくなったのかはわからないが、話題を変えたいみたいだ。

 

「夕張、天丼が好きなのか?」

「天丼ですか? まだ食べた事は無いですけど、おいしそうですよね? それが何か?」

 

 駿河は、ゆらっと身をゆすった。

 

「お笑いの勉強もしとけ」

「え?」

「馬鹿バリイ……」

 

 駿河の右手は、夕張の顔にそえられていた。

 続いて、夕張の悲鳴が永く響くのは、お約束通りだろう。

 

「貴様達の考えは、わかった」

「ば、馬鹿になんてしてませんよ!」

「そうです。はい。本当です!」

「大淀もなんか元気になったし、本当ですよ」

「はい、そうです」

 

 駿河の低い声に、明石がテンション高く声を張り上げ、夕張はボソボソと同意を繰り返す。

 

「それで、直接補給の習得状況は?」

「え? はい。全体の七割は習得しています」

「えっと。鳳翔さんが空母組を、重巡は妙高、高雄が頑張ってくれています。ね、明石」

「です。後、軽巡は香取。駆逐艦は、龍田が――と言うより、天龍が元気です。潜水艦は、鹿島が面倒を見ています」

「戦艦は?」

「はい、私です」

 

 夕張は目を閉じて俯むく。ひじを折ってあげた手のひらは、肩までしか上がらない。

 

「結構丁寧に教えていると思うんだけど……」

「戦艦組は、あの陸奥さんでも意外に感覚派だからねー。仕方ないよバリィ」

「そうか、まだ未収得なのか」

 

 駿河は、そうポツリとつぶやく。

 特に感情を見せない駿河を、二隻は目で追った。

 立ち止った駿河の先に有る物を見止めると、あわてて二隻は言葉を作っていく。

 

「大丈夫です! まだ今日があります。ねえ、明石!」

「うん! 戦艦組は本番に強いというか、締切に追われないと力がでないというか、そんな感じです!」

「そうか、わかった」

 

 駿河の表情は、二隻には残念そうに見えた。

 

「では続きを聞こう」

 

 駿河の後ろには、両手で振り回すハンマーが立っていた。

 

 □ □ □

 

 日が明けた。

 執務室の部屋にかかる時計は、五時半をさしている。

 

「集まったな」

 

 駿河が口を開く。

 今は、駿河が作戦行動の停止を宣言してから四日目。

 つまり、作戦行動を再開するとした日の朝だ。

 

「えっとね~。大淀、明石、夕張と天龍ちゃんは、当然として。鳳翔、長門、妙高、高雄、香取、鹿島もそろっているけど~」

「なんだ龍田」

 

 龍田は楽しそうに目を細めると、あご先にあてていた指で、部屋の片隅に固まる二隻を指した。

 

「青葉と川内は、何でいるのかしら?」

 

 大淀は駿河の右に立ち、その横に明石、夕張。

 龍田は駿河の左に立ち、その横には天龍。

 鳳翔、長門、妙高、高雄、香取、鹿島の六隻は、ベッドの役目を終え、元の位置に戻されたソファーへ三隻ずつに分かれ、腰を下ろしている。

 

「……気になるんですかぁ? 恐縮です。青葉も気になりますっ」

「え? 夜戦でしょ?」

「馬鹿、夜戦の事なら俺だろ?」

「何言ってんのさ。夜戦はあたし。あたしは夜戦だよ!」

「なっ! 俺を――」

 

 川内の発言に天龍が絡む。

 龍田以外の傍観者たちは、一様に微妙な表情を作っていた。

 

「騒々しい」

 

 駿河が、左手を手刀にして構える。

 と、天龍は条件反射のように、黙って頭を両手で隠した。

 

「アンタ、天龍に何仕込んでんのよ」

 

 叢雲がジト目で駿河に言うも、駿河は相手にしない。

 

「青葉は、毎回尻を叩くのがいい加減面倒だ。だから、先に呼びつけた」

 

 明石が「ああ」と、手に握りを打って、青葉をみた。

 

「じゃあ、これから叩くのかな?」

「明石! 何をさらっと恐ろしいことを。もう赤葉に改名されちゃいますよ!」

「じゃあさ、川内は?」

 

 続いてはの質問者は、夕張だった。

 他の艦がまだ遠慮をのぞかせる中、果敢に攻めてくる二隻は、駿河いわく、良い関係が構築されているのだろう。

 

「川内は」

 

 駿河の声は、刃を近づけられたような、得も言えぬ圧をまとう。

 

「これ以上は、さすがにないと知れ」

 

 川内は駿河の言葉に萎縮しなかった。

 むしろ、川内の中の違う場所を刺激したようだ。

 川内に視線を向ける艦娘たちは、そろって心の中で、こうつぶやいた。

 ――戦闘狂。

 

「ふっ、甘いね! きゃんっ」

「連撃は、貴様等の専売特許ではない」

 

 駿河が、血の跡が残るいわく付きのペンを川内へ投擲した。

 川内は、事もなく手刀でペンを切り落す。

 と、切り落した間から、消しゴムが湧いたように現れ、そのまま川内の額をとらえた。

 

「今晩道場に来い。そこで、今よりもっといい顔にしてやる」

 

 駿河の言葉に上げかけた顔を、川内は伏せる。

 右腕が暴れるのを押さえるように、左手で掴みながら絞り出した声でうなずく。

 

「う、うん。わかっ、た……」

 

 真横にいた青葉だけが、川内の伏せた顔を見ることが出来た。

 それを見た青葉の顔は、“戦慄”の文字で埋まる。

 

「さて、まずは直接補給の習得状況を貰おう。鳳翔」

「はい。正規空母、軽空母、水上機母艦の皆さんは、習得いたしました。後は、通常食と資源補給の欲求を上手に入れ替える事が、今後の課題です」

「次、妙高、高雄」

 

 妙高と高雄は、互いに目配せをした。

 ため息をつくように、息を吐き出した妙高から口を開くようだ。

 

「遠征に出ている古鷹、加古の二隻は除外して、足柄が苦戦しています……」

 

 妙高が黙るのを隠すように、高雄が続く。

 

「他は概ね。利根のムラが気になるところでしょうか。筑摩が以後、助教に努めると」

「そうか。香取」

「軽巡の習得は、七割です。力及ばず、申し訳ありません」

 

 香取は立ち上がり、駿河へ頭を下げた。

 

「香取姉のせいだけじゃないんです。満潮ちゃ――」

「鹿島」

「でも!」

 

 頭を下げたまま、香取は鹿島を言いとどめる。

 

「香取、あとでリストを作成して提出しろ。未習得にも程度があるだろう。貴様の主観で構わない。状況を格付けして、今後の教育方針と、習得想定日を添えろ」

「かしこまりました」

「あの、提督さんは香取姉ぇを? あ?」

 

 頭を下げ続ける香取を気遣ってか、鹿島が駿河へ尋ねるが、その語尾は意味不明なものだった。

 

「ひゃ」

「悪い人」

「香取のつむじとは、貴重な物を見た」

 

 香取は突然のつむじへの感覚に、声を上げた。

 見れば、駿河が龍田の艤装槍をビリヤードのストックに見立て、石突きで香取のつむじをつついたのだ。

 

「もう、返してもらってもいいかしら~」

「大淀、お前何やってんの」

「な、なんでもないです。天龍さん」

「そうよ~、天龍ちゃん。大淀は一緒に謝ろうとしただけですもの。ね、大淀?」

「え、あ、はい。そうです。そうなんです。はい。この人は、わかっててー……」

「大淀さん、香取姉ぇの為に、ありがとうございます」

「鹿島さんの、曇りなき眼が痛い」

「大淀、本当にいい性格になったわね……。香取、無罪放免よ。と言うか、立件もないみたいだけど」

 

 叢雲は、香取に座るように促しながら、駿河へと言った。

 

「アンタ、ちゃんと言いなさいよ」

「……香取、貴様の指導力を疑ってはいない」

「それだけ? アンタ、口数が少ないにも程ってものがあるでしょうが!」

「いいのよ、叢雲。十分だわ」

 

 立ち上がりかける叢雲を、今度は香取が座るよう促した。

 

「鹿島。潜水艦は」

「はい。みんななんか簡単に覚えちゃいました。はっちゃんさんが手伝ってくれたんですけど、イクちゃんさん達は、わけもわからず出来ちゃったり。ゴーヤさん達は、お互いの艤装ならできたんですけど、いざ自分で自分のをというと出来なくて、でも、イクちゃんさんに馬鹿にされたら、なんかできちゃって」

「そうか」

「アンタ、気が長いのか、短いのかどっちなのよ」

 

 鹿島の報告なのか世間話なのかわからない物言いを、指摘無く聞き切る駿河に、思わず叢雲は口をついた。

 

「天龍」

「おうよ! ちびどもは、半分だな! へぶっ」

 

 駿河は黙って、天龍に脳天チョップをかました。

 

「天龍さん、その成果で胸を張って言うとか、どんだけ勇者なんですか」

「だって大淀。龍田が、そのまま言えば、怖いって」

「龍田、あんた」

「なあに、叢雲? 何か気になる事でも~?」

「うわ、龍田。すごい笑顔だよ、バリィ」

「だね、明石。会心の一撃って感じ」

「貴様は、この後でもんでやる」

「え! ウソだろ! たしか今日の編成に俺、入ってたよな? 外れろってことか?」

 

 今日は作戦行動を再開するとした日だ。その為に五時半という、通常起床前に集まっている。天龍はこれから発表される任務編成を、前もって聞かされていたようだ。

 

「馬鹿者、変更はない。せいぜい、万全な状態で出港出来る様にあがくことだ」

「いや、それ無理だろ! た、龍田ー」

「まぁ、利根みたい。よかったわね~、天龍ちゃん。がんばってね~」

「龍田」

「は~い」

 

 駿河の堅い声に、龍田は気負うことなく、微笑んだまま答えた。

 

「リストを作成しろ。内容は香取と同様だ。鹿島、香取と未習得艦の教育計画を整えて、報告してこい」

「了解~」

「はい。わかりました。精一杯頑張ります!」

 

 握った手を胸元に揃えて、「ふんす」と気合を入れる鹿島の仕草は、やっぱりコケティッシュに映る。

 が、駿河には、あまり効果は無いようだ。

 

「叢雲」

「なによ」

 

 叢雲は足を組み、駿河へと体を向けた。

 

「貴様が今日から、秘書艦だ」

「はあ? なんでよ」

「龍田は、旗艦を天龍とした艦隊に編成する」

「大淀が――って、大淀は、引き続き“補佐”と言う事ね」

「そうだ」

「命令なんでしょ」

「命令だ」

「わかったわ」

「この後、龍田から引き継ぎを。大淀と直近の任務編成と運営計画の情報共有を行え」

「遠慮がないわね」

「する理由がないからな」

「そう」

「さて、またせたな。長門――達はどうだ。夕張」

 

 名前を呼ばれた長門が、いよいよかと口を開いたが、夕張の名前に、少し悲しそうに口を閉じた。

 

「聞いてくださいよ。やっぱり、時計の針が日付をまたぐ頃になって、突然出来るようになったんですよ。私の三日間って、いったい」

 

 夕張が、明石に抱き着いく。「およよよよよ」と、口にすることも忘れない。

 

「いや、それはだな。ほら、なんだ、火が回るに遅いというか、本番に強いというやつだな。うん」

 

 長門は腕を組んで、うんうんと頷きながら、駿河を盗み見た。

 駿河は、手元の書類を見ている。

 

「何か、言ってはくれないか?」

 

 反応のない駿河に、長門に不安気に続けた。

 

「艦隊を指揮するなら、演習も実戦も、等しく行えるようになれ」

「うっ」

 

 駿河は、書類から視線を長門に移すと、そう突き放した。

 言われた長門は、まるで落ち込む小動物のように、見えたとか、見えなかったとか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。