時刻は八時丁度。
〇八〇〇より集会参加指示のもと、鎮守府にいる多く――全てではない――の艦娘たちは、大食堂に集まっていた。
檀上中央に駿河、左に龍田、右に大淀が立つ。
前回の緊急集会とは違い、今回は檀下も含め、全員が立並んでいる。
「まず、本日より秘書艦は、龍田より叢雲へ交代する」
形式美なのだろうか。駿河の声に合わせて壇上へと、叢雲が上がる。
龍田の前へ歩み寄り正対すると、
「交代するわ!」
「お願いするね~」
叢雲が挙手の敬礼を行い、龍田が続く。
龍田が手を降ろすのを見届けてから、叢雲は自身の手を降ろした。
二隻はマスゲームのように、反時計周りに四角く、同時に立ち位置を変えていく。
龍田はそのまま檀上を降りると、天龍の後ろについた。
「本日より、作戦行動を開始する」
駿河は前置き無く始める。
この三日間を労う事も、叱咤する事も無い。
「大淀」
「直近の作戦については、当鎮守府の設置目的を完遂します。つまり、資源確保とその分配を主な任務とします」
大淀の説明を聞く艦娘たちの表情は、どこか気の抜けた物になっていた。
前回がハンマーセッションだったからだろうか。
今までと同じ方針を改めて言われても、『そうですか』としか考えられないのだろう。
「いいだろうか」
そんな中、長門が手を上げた。
大淀は、横目で駿河が頷くのを確認した。
「どうぞ」
「直近と言う事は、将来的には違う目的を持つという事だろうか」
長門の発言に駿河は、わかる者にしかわからない程度、口角を上げた。
「まずは、地盤を固める。先々の展望はあるが、今ここで口にしても、ただの妄想だからな」
「了解した。時が来ればと言う事だな……いや、場所が違えば……」
「アンタ、獣の目になっているわよ」
長門の返事を聞いた駿河の顔を、叢雲が小声で注意する。
「叢雲」
駿河は隠す事なくそのままの目で、叢雲を促した。
「はいはい。今提示された行動指針にそって、遠征任務と近海哨戒を実行するわ」
叢雲は右手を腰に当てて、何も見ることなく続けていく。
「先に言っておくけど。今回の任務は、コ……提督の意向で、近海か、難度の低い作戦が立案されているわ」
ようなではなく。横目で睨み見上げた叢雲の視線の先は、当然の駿河だ。
「じゃあ、編成いくわよ。何かあるなら、後で提督に――って、言いたいけど、あたしにね」
正面に並ぶ隊列の間で、ぴょんぴょん跳ねているのやら、もぞもぞ動いているのやら、クラウチングスタートに構えているのやらへ、叢雲の開幕雷撃。
「第二艦隊、近海哨戒任務、旗艦、天龍」
「おうよ!」
気合の入った声で、天龍は列より前に進み出た。
「あれ? 天龍さん。なんか小破していませんか? なのです」
「本当ね。いつでも身だしなみを気にするのは、レディーの嗜みかしら」
「きっと、嬉しさでなったんだよ。ほら犬が喜ぶと漏らすって言うじゃないか」
「響、あんた……」
「なんだい、雷?」
「なんでもないわ」
第六駆逐隊以外からも、声が上がった。
もっとも、その姿ではなく、旗艦への抜擢についてだったが。
「天龍、出撃前に入渠していきなさいよ」
「ああ、たく、手加減しろっていうんだよなー。なんでもねえ!」
駿河の右手がぴくっと動いたのを、天龍は目ざとく察すると、慌てて頭上に両腕をクロスさえた。
「アンタ、本当に何を天龍に仕込んでるのよ」
叢雲が口端だけで駿河へ詰問するが、駿河は何ともしない。
「続けるわよ。キ下、龍田、暁、響、雷、電。以上よ」
「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!」
「まだよ、天龍ちゃん」
天龍の後ろへ、呼ばれた順番通りに並んでいく。
「第三艦隊、遠征任務、旗艦、曙」
「了解よ。って、こっち見んな! このクソ提督!」
天龍の左へ立った曙は、何をトチ狂ったのか、突然罵倒した。
特に騒がない処を見ると、曙の態度は、後ろに並び控える艦娘には想定の範囲だったようだ。
そもそもが、どこの鎮守府の曙も、提督へのあたりがキツイ事は有名だ。
が、今回のそれは少し違うように感じる。
「命令は聞くわ。でも、それはあんたが提督だからじゃない。私が艦娘だからよ」
腕を組んで啖呵を切る曙に、駿河はただ告げた。
「当たり前だ。それ以外に、貴様と何がある」
「そうね、そうやってふんぞり返っていればいいわ。何よ、気に入らないなら、外せば?」
特に表情が変わったようには見えなかったが、曙には駿河が不満を感じたと見えたようだ。
「曙」
「なによ、叢雲」
「この男が、感情で編成を組むように見えるの? 見えているなら、夢を見過ぎよ」
叢雲が駿河をこき下ろす。
しかし、曙は真逆に受け止めた。
「あんたも、そいつの軍門に下ったの? はっ、期待外れね」
「部下なのは間違いないけどね。まあ、ご期待を裏切って申し訳ないわ」
あご先で駿河を指すと、身を使って感情のアピールする曙に、叢雲は何も動かずに答えていく。
「曙」
「何よ、クソ提督」
駿河に呼ばれた曙は、顔をそらして答えた。
「啖呵を切るなら、目を逸らすな」
「はあ?」
「刃は抜くなら、それが刺さり、相手が苦しみにのたうったとしても、自分へ呪詛を唱えたとしても、目をそらさず、受け止めろ」
「はんっ、何を大げさな事を言ってんの? ああ、自分は偉いから、それくらいのつもりでいろって事?」
「悪意を舐めるな。言葉を軽んずるな。自分が“悪いつもり”程度なら、その口、一生閉じておけ」
「……いい度胸だわ、あんた!」
駿河の言葉を聞く曙は、だんだんと下へ顔を伏せて、堰を切ったように口を開いた。
「そこまでよ。もういい加減に進めたいわ。ほら、曙も元に戻って」
叢雲が手の甲を曙に向け、シッシッと手を振りながら、
「アンタにしては、えらく饒舌だったじゃないのよ」
やはり、駿河にだけ聞こえるように、口の端でつぶやいた。
「叢雲!」
まあ、叢雲が口を開く程度では、曙がおさまる訳はなかった。
「言いたいことは、後で聞くって言ったでしょ? これ以上は、迷惑なのよ」
叢雲は、駿河の言葉を実戦するように、曙を眼光で射抜き続ける。
「わかったわよ」
曙が折れた。「この」とつぶやいて、拳を震わせている。
叢雲がにらめっこに勝ったように少し口元を緩めたのを、曙は見逃さなかったからだ。
「キ下、朧、漣、――初春。以上」
「なんじゃ、わらわが旗艦ではないのか?」
第七駆逐隊の名前が続くに、最後に名前が違う事を口にする者はいなかった。
そもそも、名を呼ばれなかった艦娘は、ここに来ていない。
「ネームシップだから旗艦、ってわけないでしょ?」
最後に呼ばれたのは、古風豊かな口調を振りまく都雅な初春だった。
閉じた扇子の先を口元に当て、その気もない事を話す。
空気が読めないのか、はたまた、空気を読んで道化を演じているのか?
「まあ、道理よの」
艦型は違うのが、叢雲や天龍、龍田とどこか似た雰囲気がある。
頭上に浮かぶV字型の艤装が、そう感じさせるのかもしれない。
そんなやり取りの横で、朧と漣が、曙をなだめていた。
その三隻から、盛に「潮」の言葉がこぼれ聞こえてくる。
「で、最後よ。大淀、本当にあのままでいいのよね?」
「はい」
叢雲の質問に、大淀は笑みで答えた。
なぜか、叢雲の大淀を見る目が、いぶかしそうに細められる。
「第四艦隊、オリョクル――」
「待つでち! オリョクルなんて任務ないでち!」
「潜水艦全員。旗艦はイムヤ、はち、ゴーヤ」
「何で、イクは旗艦じゃないのね?」
ぞろぞろと潜水艦が列から出てきた。
とりあえず、イムヤ、はち、早い物勝ちをしたゴーヤその一が最前列横に並び、その後ろに残りがついた。
「あんた達は、ちょっと特殊な出撃ローテになるから、後で別口で説明するわ」
最前列のゴーヤが、露骨に表情を曇らせる。
「まあ、楽ではないけど、無茶苦茶でもなかったわよ。安心はできないけど、不安に思わなくていいわ」
「どっちでちか」
「以上よ。後は、提督から」
叢雲は駿河を見ると、一歩下がった。
「出撃の無い者は、基本、演習を行ってもらう。直接補給が未収得の艦は、香取、鹿島の教導と並行して行う」
どこからか「うへー」との辟易した声が上がる。
「食い物のありがたみをわかる為には、腹をすかせるのが一番だ」
駿河は、律儀に質問になっていない声に答えた。
「演習は、各艦ごとに設定してある。廊下の掲示を確認しろ。基本として、第二、第三艦隊の帰投に合わせ再編を行い、途切れない任務遂行を行う」
「質問のある方は、叢雲からあったように、後で申し出てください」
駿河の言葉が終わったと確信があったのか、躊躇なく大淀は言葉を締めた。
「大淀、本当に言うようになったわよね?」
「そうですか。では解散、お疲れさまでした」
今さっきも見たような気がする。
ジトっと見た叢雲に、大淀は笑顔で返した。
「明石、夕張、川内、神通、那珂。貴様達はこの後、執務室まで来い」
「やっぱり、お役御免とはならなかったね、バリィ」
「まあ、そうだよね。しかたないよね、明石」
明石は終わっていない課題を指折り数えながら、夕張と共に今後の設置計画(言い訳)を打ち合わせしていく。
「姉さん、何をしたんですか?」
「ええ! 神通、私が何かした前提なの!」
「でも、那珂ちゃんも呼ばれたよ?」
「那珂ちゃんは、何をしたんですか」
「ええ! 那珂ちゃんも、何かしたのが前提なの!」
間に神通を挟み、川内、那珂が並んで歩く。
「あ、分かった! 今晩の夜戦の事だよきっと!」
「夜戦ですか?」
「そうそう。今朝さ、呼び出されたじゃない? そん時、提督に消しゴムをぶつけられちゃってさ、おでこに。そんで、夜戦演習の約束をしたんだよね~」
川内は「夜戦~♪ 夜戦~♪」と鼻歌を歌って、いたくご機嫌だ。
「えっと、流れが良くわからないのですが、姉さんがぶつけられた? 本当に?」
「うんうん、油断があったかもだけどさ。本当にさ――凄いよね」
川内は相変わらず満面の笑みで顔をのけぞらせているが、その眼から感情が抜け落ちていく。
「その演習に、私も参加しては駄目でしょうか?」
神通が、ポツリとつぶやく。
「いや~、私は返事できないから、この後提督に聞いてみればいいよ」
「那珂ちゃんもー、夜のステージに興味あるなー」
「ええ、駄目だよ。私の持ち時間が減るじゃん。それに夜のステージってなんかエロくない?」
「何それ! 川内ちゃん、ひっどーい」
神通は、駿河へ夜戦演習の参加を取り付けることを心に決めると「そういえば」と切り出した。
「呼ばれた理由は、なんだったんでしょうか?」
「いやー、自己鍛錬に燃えるのは、川内型の性ですかねー」
「青葉さん?」
どこで聞いていたのか、青葉が神通へと声を掛けてきた。
「朝の理由……気になるんですかぁ? いい情報ありますよぉ? うぷっ」
「あ、青葉。馬鹿、駄目だって」
川内が慌てて、青葉の口を塞ぐ。
「姉さん? で、どういう事でしょうか、青葉さん」
「ぷはっ、酷いですよ川内さん。あ、実はですね、自分は張り込みバレが、嵩みまして。提督に赤葉に改名されかけたんですけど――」
「赤葉? ですか」
「はい……で、川内さんは、忍者というか隠密が嵩んだみたいで、提督に釘を刺されたんですよ」
少し俯いただけなのに、神通の目は陰に隠されて見えなくなった。
「隠密……姉さん?」
「な、何かなー? 神通……さん」
「あれほど、天井裏の散歩は控えるように、お願いしたと思うのですが」
頬を指で掻きながら、川内は神通へ捲し立てる。
「いやー、ほら、日課というか、トレーニングというか、そういうのって続けないといけないじゃ……あー」
「このお話は、後程、ゆっくりといたしましょう」
ニッゴリと、濁音がつく笑みの神通に、川内はこうなったらどうにもならないと、あきらめたようだ。
「提督と川内さんの夜戦演習ですかー。青葉、気になります」
「ねえ! 那珂ちゃんは! 那珂ちゃんをいない子にしないで! ねえ! お願い!」
同じ頃、どこかの鎮守府の提督達が、くしゃみをしたとか、しないとか。