三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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交代するわ!

 時刻は八時丁度。

 〇八〇〇より集会参加指示のもと、鎮守府にいる多く――全てではない――の艦娘たちは、大食堂に集まっていた。

 檀上中央に駿河、左に龍田、右に大淀が立つ。

 前回の緊急集会とは違い、今回は檀下も含め、全員が立並んでいる。

 

「まず、本日より秘書艦は、龍田より叢雲へ交代する」

 

 形式美なのだろうか。駿河の声に合わせて壇上へと、叢雲が上がる。

 龍田の前へ歩み寄り正対すると、

 

「交代するわ!」

「お願いするね~」

 

 叢雲が挙手の敬礼を行い、龍田が続く。

 龍田が手を降ろすのを見届けてから、叢雲は自身の手を降ろした。

 二隻はマスゲームのように、反時計周りに四角く、同時に立ち位置を変えていく。

 龍田はそのまま檀上を降りると、天龍の後ろについた。

 

「本日より、作戦行動を開始する」

 

 駿河は前置き無く始める。

 この三日間を労う事も、叱咤する事も無い。

 

「大淀」

「直近の作戦については、当鎮守府の設置目的を完遂します。つまり、資源確保とその分配を主な任務とします」

 

 大淀の説明を聞く艦娘たちの表情は、どこか気の抜けた物になっていた。

 前回がハンマーセッションだったからだろうか。

 今までと同じ方針を改めて言われても、『そうですか』としか考えられないのだろう。

 

「いいだろうか」

 

 そんな中、長門が手を上げた。

 大淀は、横目で駿河が頷くのを確認した。

 

「どうぞ」

「直近と言う事は、将来的には違う目的を持つという事だろうか」

 

 長門の発言に駿河は、わかる者にしかわからない程度、口角を上げた。

 

「まずは、地盤を固める。先々の展望はあるが、今ここで口にしても、ただの妄想だからな」

「了解した。時が来ればと言う事だな……いや、場所が違えば……」

「アンタ、獣の目になっているわよ」

 

 長門の返事を聞いた駿河の顔を、叢雲が小声で注意する。

 

「叢雲」

 

 駿河は隠す事なくそのままの目で、叢雲を促した。

 

「はいはい。今提示された行動指針にそって、遠征任務と近海哨戒を実行するわ」

 

 叢雲は右手を腰に当てて、何も見ることなく続けていく。

 

「先に言っておくけど。今回の任務は、コ……提督の意向で、近海か、難度の低い作戦が立案されているわ」

 

 ようなではなく。横目で睨み見上げた叢雲の視線の先は、当然の駿河だ。

 

「じゃあ、編成いくわよ。何かあるなら、後で提督に――って、言いたいけど、あたしにね」

 

 正面に並ぶ隊列の間で、ぴょんぴょん跳ねているのやら、もぞもぞ動いているのやら、クラウチングスタートに構えているのやらへ、叢雲の開幕雷撃。

 

「第二艦隊、近海哨戒任務、旗艦、天龍」

「おうよ!」

 

 気合の入った声で、天龍は列より前に進み出た。

 

「あれ? 天龍さん。なんか小破していませんか? なのです」

「本当ね。いつでも身だしなみを気にするのは、レディーの嗜みかしら」

「きっと、嬉しさでなったんだよ。ほら犬が喜ぶと漏らすって言うじゃないか」

「響、あんた……」

「なんだい、雷?」

「なんでもないわ」

 

 第六駆逐隊以外からも、声が上がった。

 もっとも、その姿ではなく、旗艦への抜擢についてだったが。

 

「天龍、出撃前に入渠していきなさいよ」

「ああ、たく、手加減しろっていうんだよなー。なんでもねえ!」

 

 駿河の右手がぴくっと動いたのを、天龍は目ざとく察すると、慌てて頭上に両腕をクロスさえた。

 

「アンタ、本当に何を天龍に仕込んでるのよ」

 

 叢雲が口端だけで駿河へ詰問するが、駿河は何ともしない。

 

「続けるわよ。キ下、龍田、暁、響、雷、電。以上よ」

「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!」

「まだよ、天龍ちゃん」

 

 天龍の後ろへ、呼ばれた順番通りに並んでいく。

 

「第三艦隊、遠征任務、旗艦、曙」

「了解よ。って、こっち見んな! このクソ提督!」

 

 天龍の左へ立った曙は、何をトチ狂ったのか、突然罵倒した。

 特に騒がない処を見ると、曙の態度は、後ろに並び控える艦娘には想定の範囲だったようだ。

 そもそもが、どこの鎮守府の曙も、提督へのあたりがキツイ事は有名だ。

 が、今回のそれは少し違うように感じる。

 

「命令は聞くわ。でも、それはあんたが提督だからじゃない。私が艦娘だからよ」

 

 腕を組んで啖呵を切る曙に、駿河はただ告げた。

 

「当たり前だ。それ以外に、貴様と何がある」

「そうね、そうやってふんぞり返っていればいいわ。何よ、気に入らないなら、外せば?」

 

 特に表情が変わったようには見えなかったが、曙には駿河が不満を感じたと見えたようだ。

 

「曙」

「なによ、叢雲」

「この男が、感情で編成を組むように見えるの? 見えているなら、夢を見過ぎよ」

 

 叢雲が駿河をこき下ろす。

 しかし、曙は真逆に受け止めた。

 

「あんたも、そいつの軍門に下ったの? はっ、期待外れね」

「部下なのは間違いないけどね。まあ、ご期待を裏切って申し訳ないわ」

 

 あご先で駿河を指すと、身を使って感情のアピールする曙に、叢雲は何も動かずに答えていく。

 

「曙」

「何よ、クソ提督」

 

 駿河に呼ばれた曙は、顔をそらして答えた。

 

「啖呵を切るなら、目を逸らすな」

「はあ?」

「刃は抜くなら、それが刺さり、相手が苦しみにのたうったとしても、自分へ呪詛を唱えたとしても、目をそらさず、受け止めろ」

「はんっ、何を大げさな事を言ってんの? ああ、自分は偉いから、それくらいのつもりでいろって事?」

「悪意を舐めるな。言葉を軽んずるな。自分が“悪いつもり”程度なら、その口、一生閉じておけ」

「……いい度胸だわ、あんた!」

 

 駿河の言葉を聞く曙は、だんだんと下へ顔を伏せて、堰を切ったように口を開いた。

 

「そこまでよ。もういい加減に進めたいわ。ほら、曙も元に戻って」

 

 叢雲が手の甲を曙に向け、シッシッと手を振りながら、

 

「アンタにしては、えらく饒舌だったじゃないのよ」

 

 やはり、駿河にだけ聞こえるように、口の端でつぶやいた。

 

「叢雲!」

 

 まあ、叢雲が口を開く程度では、曙がおさまる訳はなかった。

 

「言いたいことは、後で聞くって言ったでしょ? これ以上は、迷惑なのよ」

 

 叢雲は、駿河の言葉を実戦するように、曙を眼光で射抜き続ける。

 

「わかったわよ」

 

 曙が折れた。「この」とつぶやいて、拳を震わせている。

 叢雲がにらめっこに勝ったように少し口元を緩めたのを、曙は見逃さなかったからだ。

 

「キ下、朧、漣、――初春。以上」

「なんじゃ、わらわが旗艦ではないのか?」

 

 第七駆逐隊の名前が続くに、最後に名前が違う事を口にする者はいなかった。

 そもそも、名を呼ばれなかった艦娘は、ここに来ていない。

 

「ネームシップだから旗艦、ってわけないでしょ?」

 

 最後に呼ばれたのは、古風豊かな口調を振りまく都雅な初春だった。

 閉じた扇子の先を口元に当て、その気もない事を話す。

 空気が読めないのか、はたまた、空気を読んで道化を演じているのか?

 

「まあ、道理よの」

 

 艦型は違うのが、叢雲や天龍、龍田とどこか似た雰囲気がある。

 頭上に浮かぶV字型の艤装が、そう感じさせるのかもしれない。

 そんなやり取りの横で、朧と漣が、曙をなだめていた。

 その三隻から、盛に「潮」の言葉がこぼれ聞こえてくる。

 

「で、最後よ。大淀、本当にあのままでいいのよね?」

「はい」

 

 叢雲の質問に、大淀は笑みで答えた。

 なぜか、叢雲の大淀を見る目が、いぶかしそうに細められる。

 

「第四艦隊、オリョクル――」

「待つでち! オリョクルなんて任務ないでち!」

「潜水艦全員。旗艦はイムヤ、はち、ゴーヤ」

「何で、イクは旗艦じゃないのね?」

 

 ぞろぞろと潜水艦が列から出てきた。

 とりあえず、イムヤ、はち、早い物勝ちをしたゴーヤその一が最前列横に並び、その後ろに残りがついた。

 

「あんた達は、ちょっと特殊な出撃ローテになるから、後で別口で説明するわ」

 

 最前列のゴーヤが、露骨に表情を曇らせる。

 

「まあ、楽ではないけど、無茶苦茶でもなかったわよ。安心はできないけど、不安に思わなくていいわ」

「どっちでちか」

「以上よ。後は、提督から」

 

 叢雲は駿河を見ると、一歩下がった。

 

「出撃の無い者は、基本、演習を行ってもらう。直接補給が未収得の艦は、香取、鹿島の教導と並行して行う」

 

 どこからか「うへー」との辟易した声が上がる。

 

「食い物のありがたみをわかる為には、腹をすかせるのが一番だ」

 

 駿河は、律儀に質問になっていない声に答えた。

 

「演習は、各艦ごとに設定してある。廊下の掲示を確認しろ。基本として、第二、第三艦隊の帰投に合わせ再編を行い、途切れない任務遂行を行う」

「質問のある方は、叢雲からあったように、後で申し出てください」

 

 駿河の言葉が終わったと確信があったのか、躊躇なく大淀は言葉を締めた。

 

「大淀、本当に言うようになったわよね?」

「そうですか。では解散、お疲れさまでした」

 

 今さっきも見たような気がする。

 ジトっと見た叢雲に、大淀は笑顔で返した。

 

「明石、夕張、川内、神通、那珂。貴様達はこの後、執務室まで来い」

「やっぱり、お役御免とはならなかったね、バリィ」

「まあ、そうだよね。しかたないよね、明石」

 

 明石は終わっていない課題を指折り数えながら、夕張と共に今後の設置計画(言い訳)を打ち合わせしていく。

 

「姉さん、何をしたんですか?」

「ええ! 神通、私が何かした前提なの!」

「でも、那珂ちゃんも呼ばれたよ?」

「那珂ちゃんは、何をしたんですか」

「ええ! 那珂ちゃんも、何かしたのが前提なの!」

 

 間に神通を挟み、川内、那珂が並んで歩く。

 

「あ、分かった! 今晩の夜戦の事だよきっと!」

「夜戦ですか?」

「そうそう。今朝さ、呼び出されたじゃない? そん時、提督に消しゴムをぶつけられちゃってさ、おでこに。そんで、夜戦演習の約束をしたんだよね~」

 

 川内は「夜戦~♪ 夜戦~♪」と鼻歌を歌って、いたくご機嫌だ。

 

「えっと、流れが良くわからないのですが、姉さんがぶつけられた? 本当に?」

「うんうん、油断があったかもだけどさ。本当にさ――凄いよね」

 

 川内は相変わらず満面の笑みで顔をのけぞらせているが、その眼から感情が抜け落ちていく。

 

「その演習に、私も参加しては駄目でしょうか?」

 

 神通が、ポツリとつぶやく。

 

「いや~、私は返事できないから、この後提督に聞いてみればいいよ」

「那珂ちゃんもー、夜のステージに興味あるなー」

「ええ、駄目だよ。私の持ち時間が減るじゃん。それに夜のステージってなんかエロくない?」

「何それ! 川内ちゃん、ひっどーい」

 

 神通は、駿河へ夜戦演習の参加を取り付けることを心に決めると「そういえば」と切り出した。

 

「呼ばれた理由は、なんだったんでしょうか?」

「いやー、自己鍛錬に燃えるのは、川内型の性ですかねー」

「青葉さん?」

 

 どこで聞いていたのか、青葉が神通へと声を掛けてきた。

 

「朝の理由……気になるんですかぁ? いい情報ありますよぉ? うぷっ」

「あ、青葉。馬鹿、駄目だって」

 

 川内が慌てて、青葉の口を塞ぐ。

 

「姉さん? で、どういう事でしょうか、青葉さん」

「ぷはっ、酷いですよ川内さん。あ、実はですね、自分は張り込みバレが、嵩みまして。提督に赤葉に改名されかけたんですけど――」

「赤葉? ですか」

「はい……で、川内さんは、忍者というか隠密が嵩んだみたいで、提督に釘を刺されたんですよ」

 

 少し俯いただけなのに、神通の目は陰に隠されて見えなくなった。

 

「隠密……姉さん?」

「な、何かなー? 神通……さん」

「あれほど、天井裏の散歩は控えるように、お願いしたと思うのですが」

 

 頬を指で掻きながら、川内は神通へ捲し立てる。

 

「いやー、ほら、日課というか、トレーニングというか、そういうのって続けないといけないじゃ……あー」

「このお話は、後程、ゆっくりといたしましょう」

 

 ニッゴリと、濁音がつく笑みの神通に、川内はこうなったらどうにもならないと、あきらめたようだ。

 

「提督と川内さんの夜戦演習ですかー。青葉、気になります」

「ねえ! 那珂ちゃんは! 那珂ちゃんをいない子にしないで! ねえ! お願い!」

 

 同じ頃、どこかの鎮守府の提督達が、くしゃみをしたとか、しないとか。

 

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