三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

22 / 49
お願いします!

「ちょっと、あれはどういう事よ」

「間宮、この麺は随分幅があるな」

「何で、私以外に、川内達が海に立てたのよ!」

「はい、鳳翔さんから麺の幅や太さが違うだけでも食感が変わると、アドバイスを頂きまして」

「そうか」

「人の話を聞きなさいよ!」

 

 握りしめた拳をテーブルへ、叢雲はダンッと叩きつけた。

 

「叢雲、テーブルをたたくな。汁がこぼれる」

 

 その衝撃で、テーブルの上に置かれたピッチャーや薬味の諸々が弾む。

 テーブルは、特別頑丈に作られたものではない。

 叢雲の一撃に壊れなかったところを見ると、手加減はしていたのだろう。ギリギリのところで。

 正面に座る駿河の以外は、そのテーブルにはいなかったので、汁跳ねの被害は、駿河だけに終わった。

 初めから、駿河と叢雲だけが使っていたわけではない。

 駿河が昼食の為にテーブルに着くと、近くで食事をしていた艦娘たちは、自ずとフェードアウトをしていった結果だ。

 叢雲は「本当に人気者ね」と、いたく上機嫌に駿河へ投げかけていた。

 

「叢雲さん。お口に合いませんでしたか?」

「間宮、おいしいわ。食べた感じ、量よりも多く感じるし。本当、助かるわ」

「喜んでもらえたなら、嬉しいです」

「これでは、厳罰は先送りだな」

 

 駿河は心底残念そうに、麺をすする合間にそうこぼす。

 

「や、やめてくださいね。本当ですよ。本当に、本当ですよ」

 

 間宮が繰り返し否定をする横で、駿河は汁まで飲み干してから、獣の笑みを浮かべて言った。

 

「それは、俺にやれという前振りか、間宮?」

「ひぃ。違います、違います。違いますよ!」

「そうか、残念だ」

 

 駿河は本当に残念そうだ。

 厨房へ避難する間宮の背を叢雲は見送る。

 

「アンタ、どんだけ虐めたいのよ」

 

 叢雲がそう突っ込んだ時には、駿河を取り巻く空白地帯が、さらなる広がりを見せていた。

 

「って、話を逸らさないで、アレはどいう事なのか聞いているのよ」

「逸らした覚えはないが、見てのとおりだ」

「見ての通りって、あんなのありえないわ!」

「叢雲、事実を否定するなら、その原因を探る事が賢明だ。違うか」

「そうだけど……ちょっと待って、なら、もっと作れるって事?」

 

 駿河と鼻をつけあう程、叢雲はテーブル越しに身を乗り出してくる。

 

「近いぞ」

 

 駿河のつぶやきに、叢雲は顔を真っ赤にして飛びのいた。頭の艤装の発光色も真っ赤だ。

 

「何で、大淀はこんな奴の味方をしてんのよ」

 

 なぜここで、大淀が出てくるのか。

 

「俺が提督だからだろ」

 

 駿河は叢雲の意図のない不満に、律儀に答える。

 

「アンタ! 大淀の前でそれを言ったら、酸素魚雷を食らわせるわよ!」

「好きにしろ」

 

 声を荒げたのも一瞬、叢雲は澄ました顔で言った。

 

「そうさせてもらうわ。あら、大潮。どうしたの?」

 

 誰も近づかないからか、小柄な大潮が駿河に近寄って行くことが、特別目立って見える。

 大潮は駿河の横へ来ると、煙突にも見える帽子を脱ぎ、土下座した。

 

「つくづく、土下座をさせるのが好きな男ね」

 

 駿河は、鎮守府に来てから土下座を強要したことは無いのだが、叢雲の真実は違うようだ。

 小柄なというより、小っちゃい大潮がする土下座は、子供が丸まっているようにも見える。

 

「お願いします!」

 

 状況が違えば微笑ましく見える分、より痛々しさが強調された。

 大潮を見下ろす駿河の無表情さも、それを強調させているのかもしれない。

 

「お願いします、満潮ちゃんを助けて下さい!」

「大潮!」

 

 出遅れた! 叢雲は心でそう叫ぶと、テーブルをぐるっと回って大潮へ駆け寄る。

 雨の中の大淀――この後するであろう、駿河の行動を脳裏によぎらせながら。

 

「満潮ちゃんを許してください。私、なんでもします。だから、満潮ちゃんを――」

 

 わずかな距離にも関わらず、大潮に伸びる駿河の動きには間に合わなかった。

 

「大潮」

「アンター!」

 

 叢雲が叫ぶ。

 駿河は、両手を大潮の脇下へ差し込むと、そのまま引き上げた。

 

「へ?」

 

 叢雲は気の抜けた声を出した。

 気持ちもわかる。

 駿河は抱き上げた大潮を、座る自身の太腿と乗せたのだ。

 

「大潮」

 

 大潮の腰を左手で支えながら、駿河は右手に用意したハンカチで大潮の目元を拭いた。

 

「満潮ちゃんを助けて下さい」

「大潮」

「……はい」

 

 俯いたままの大潮が顔を上げるのを待って、駿河は続けた。

 

「人にものを頼むときは、目を合わせろ。自分の覚悟を伝えきったと思ったら、初めて頭を下げろ。いきなり頭を下げても、その為人は伝えられない」

「はい」

「むやみに膝を汚すな。汚す理由と相手を選べ」

「はい」

「食事はしたのか?」

「いいえ、です。でも、満潮ちゃんが、食事をしなくて、私も」

 

 大潮は声が小さくなるに合わせて、ふさぎ込んでいく。

 

「顔を上げろ、大潮。食事をとれ。誰かを支えたいと、助けたいと思うなら、己に掛ける以上のエネルギーが必要だと知れ」

 

 駿河を見つめる大潮からの返事はない。

 

「飯を食え。それが条件だ。間宮!」

 

 厨房から聞こえる間宮の返事を聞きながら、駿河は大潮を自身の片膝から隣の席へと、座りなおさせた。

 何か気になったのか、立ち上がり行って帰ってくると、再び大潮を抱き上げる。椅子に座布団を敷いた上に、再び大潮を降ろした。

 

「……明石に言って、椅子の高さを工夫させるか。なんだ?」

 

 今の今まで、叢雲はまるで非常口のピクトさんのような恰好のまま、固まっていた。

 

「ア、アンタ。大潮の髪をつかんだり、殴ったりしないの?」

「貴様は、キチガイか?」

「アンタがそれを言うの!」

「声を荒げるな、大潮が落ち着かない」

「本当にどいう事よ。アンタ、ロリコンだったの?」

「貴様は、……済まん。言葉が、見つからなかった」

「あたしが、言葉に出来ない程の何かだとでも言いたいの!」

「この状況のどこに、その見解があったのか。説明してみろ」

「だって、大潮を怒鳴るどころか、諭して、しかも、涙まで拭いて」

「世話をすることが、貴様にはロリコンになるのか」

「いや、そんな事は無いけど」

「なら、なんだ」

「いえ、わかったわ。ただの親切心とは違うのでしょうけど。そう、世話をしただけなのね」

「誰彼構わず怒鳴り散らすほど、俺は優しくない」

「よくわからない理屈だけど、了解したわ。で、大潮、大丈夫。お水持ってこようか?」

 

 間宮がお盆に乗せて、幅広麺を持ってきた。

 ただ、その丼からは、湯気が上がっていない。

 

「ご飯を食べていなかったんですよね。アツアツの方がおいしんですけど、お腹がびっくりしちゃうと思ったので、麺は鍋底の煮込まれたものを選んで、汁はぬるめにしてきました」

「さすが、間宮ね」

「ゆっくり食べてね」

 

 駿河と大潮を挟むように座りなおした叢雲が、間宮をたたえる。

 

「感謝する」

「はい」

 

 駿河のつぶやきを間宮は聞きとめて、厨房へと戻った。

 気のせいだろうか、間宮の足取りが微かに弾んでいるように感じさせる。

 大潮は、麺を前にして動かなったが、丼横に置かれた、駿河のハンカチを見つめると、恐る恐ると言う風に、箸を手に取り、麺を一つすすった。

 パントマイムのようにゆっくりとした動きだった大潮は、だんだんとそのスピードが上がっていき、

 

「ごふっ、ぶふっ、げほっげほっ」

 

 むせた。

 

「落ち着きなさい。お水よ、大丈夫」

 

 叢雲は水を飲むのを邪魔しない程度に、大潮の背中をたたく。

 

「ふー、びっくりしました」

 

 大潮は目を丸めて、初めての感覚に驚きを隠せないようだ。

 

「あ、」

「本当に、なんなの、それ」

 

 駿河は、汁に汚れた大潮の口元を、自身のハンカチで拭いていく。

 

「青葉、見ちゃいました……」

 

 見れば、「仲のいい家族みたいですねー」などと言いながら、青葉がカメラを構えている。

 

「赤葉」

「赤葉、青葉が痛いので、失礼します」

 

 駿河が青葉を呼び間違える。

 青葉も、何を言い間違えたのかわからないセリフを残して、脱兎。

 

「アンタ、青葉にも芸を仕込んでいるの?」

「食べ終わったな。大潮、もう一度だ」

 

 丼を空にして、こきゅこきゅと、コップを両手で持って水を飲み干している大潮へ、駿河が声を掛ける。

 大潮の両脇に手を差し入れ、椅子から降ろすと駿河は、大潮に正対した。

 

「うっぷ」

 

 大潮は、胸のつかえを叩いて取ると、大きな瞳に力を込めた。

 

「艦名を名乗れ」

「朝潮型二番艦、駆逐艦大潮です」

 

 大潮の敬礼に、駿河は返礼する。

 

「同型艦、三番艦、駆逐艦満潮を助けて下さい!」

「なぜだ」

「なぜって、アンタが言わせてるんでしょうが!」

「大丈夫です。叢雲さん」

 

 牙を剥く叢雲を、大潮は押しととどめた。

 

「満潮ちゃんは――満潮は、強いです。最後の最後まで立っている事が出来る艦です。必ず、大きな戦力になります。やります。大潮は間違いないです」

 

 駿河から一時も目を離さず、大潮は力強く言い切る。最後の方の意味は怪しかったが。

 

「そうか、大潮。一つ減点だ」

「な、なんでしょうか」

「常在戦場、ここは前線だ。食事の時も被れとは言わないが、上官へ具申するのであれば、身につけろ」

「あ、あー! 大潮、失敗しまた。サゲサゲです」

「大潮?」

「はい?」

 

 駿河は、おもむろに大潮の顔めがけて、拳を振り下ろした。

 

「良い覚悟だ」

「えへへへ」

 

 大潮は、駿河の拳から目を離さず、鼻先に至るまで瞬きせずに見つめきった。

 駿河の指導を愚直に守っただけかもしれない。

 握った拳を開くと、駿河は大潮の頭を撫でた。

 

「大潮、アゲアゲです」

「アンタって、本当になんなの……」

 

 叢雲は、駿河の拳を止めようと動いていたのだが、駿河が左手で放ったハンカチに視界を奪われ、その間に事が終わってしまっていた。

 

「大潮、俺は助ける事が出来ない」

 

 駿河を見つめる大潮の瞳孔がブレた。

 

「貴様も満潮を救えない」

「本当、アンタいい加減に――」

「だから、大潮。貴様が助けろ」

 

 駿河は椅子に腰かけ、大潮の視線と高さえを合わせる。

 叢雲の怒声をに構わず、駿河は続ける。

 

「満潮を救えるのは、満潮だけだ。貴様が手助けをしろ。五十鈴の所へ向かえ」

「五十鈴さん?」

「そうだ、五十鈴へ、何をしたいのか、どうしたいのか、自分の思いを伝えて来い。貴様の思いが届いたなら、五十鈴が道を示してくれるだろう」

 

 大潮は、期待に胸が膨らむのを表す様に、大きく目と口を開いていく。

 

「わかりました。大潮、全力疾走で、五十鈴さんの処へ向かいます。失礼します」

 

 煙突帽子を大潮は被ると、勢い良く駿河へと敬礼をした。

 

「司令官! ありが――」

「急げ、時間は無い」

 

 大潮は礼を述べようとしたが、駿河が大潮を帽子の上から、ポンポンと頭を叩いて急かしたので、言葉が切れてしまった。

 

「はい! 失礼します」

 

 大潮は埃がたつのも構わず、食堂をから走り出ていった。

 

「わかってるんでしょ」

 

 走り去る大潮を見送ってから、叢雲は腕を組んで立ったまま、駿河へとそう切り出した。

 

「あんた、五十鈴に聞けって言いながら、その実、どうすればいいか。分かってるのよね?」

 

 駿河は叢雲を見ない。

 

「わかってて、わざと五十鈴を使ったのよね? 悪役を押し付けたのね。だから、大潮にお礼を言わせなかったのよね!」

「俺の口から出た言葉に、満潮は耳を貸さないだろう」

 

 叢雲は駿河を睨みつけたまま、黙っている。

 

「言葉とは、確かなモノのように見えて、本質を、そのモノを、表現する事は非常に難しい。むしろ、言葉にした為に、理解したと誤解する事の方が多いと考える」

 

 まだ、言葉が足りないみたいだ。

 

「大潮は『助けたい』と言った。では、『助けた』とは、どういう結果を思ったのか。わかるか、叢雲」

「……満潮が、艤装を付けて戦える事でしょ?」

「大潮は『救いたい』と言った。『救いたい』とは、何からだ。叢雲」

「だ・か・ら! 戦えない状態からでしょ! いい加減にして!」

「そうなのか?」

 

 苛立ちをぶつける叢雲に、駿河は座ったまま体を向ける。

 

「戦えるようになることが、救った事になるのか?」

「……どういう意味よ」

「戦えない人類は、救われていないと思うか?」

「それは人間の話でしょ! 私たちは艦娘よ。戦えなければ意味がないわ!」

「五十鈴牧場」

 

 駿河の呟きに、叢雲の顔色が真っ白に変わる。

 

「始まりの五隻。貴様はわからない。兵装をはがされ、戦うことを期待されず、地ベタから海色を見下げる者の思いを」

 

 突然ひざ下をもがれたかのように、叢雲はひざ下の感覚の喪失に襲われた。

 ガクガクと震えだす膝を、懸命に押しとどめる。まるで、沈みたくないと抗うように。

 

「大潮の思いはともかく、望んだ結果は“海の上で戦え”だ。貴様の考えとは違うが、艤装や兵装を振り回す事だけが戦いではない」

 

 駿河は叢雲の様子に、表情を変えない。

 

「そして、戦いの為の行為だけでは、世界は回らない。戦争など関係ないと言うと、心無いと叫ばれるだろう。だが、その無関心な者たちが、戦争とは関係のない日常を回している」

 

 叢雲は目を閉じ、血が滲むほどに唇を噛みしめている。

 

「立場が違えば、戦えなくなった事を、命の危険が減った事を、純粋に喜ぶ味方もいるかもしれない」

 

 駿河は立ち上がると、叢雲を軽く突き飛ばした。

 

「人類が、貴様達を画面の中の存在としか認識できないように。貴様達もまた、日常を生きるということを認識できていないのかもしれないな」

 

 糸が切れた人形のように膝から崩れた叢雲は、駿河がほぼ同時に引き出したパイプ椅子へとその身を落とす。

 うな垂れる叢雲の頭、艤装の発光は、蛍の光より弱弱しかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。