三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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提督が? 私に?

「提督が? 私に?」

「はい!」

 

 駿河と別れた後、大潮は真直ぐに向かった。

 ここは、五十鈴が寝泊まりする部屋――通称“控室”。

 何を控えているのか? 

 それは、想像にお任せする。

 

「どういう事?」

「面倒を押し付けられたのかしら?」

「期待されているんじゃないの?」

「対応次第で、解体を考えているのよ」

「お昼のお蕎麦、美味しかったわね」

「あれは、変形きし麺よ」

「次は、餡かけ風を期待したいわね」

「五十鈴に任せておきなさい!」

「バカね。リスクを負うっていうの?」

 

 部屋の中には、当然と五十鈴がいた。長いツーサイドアップの黒髪を揺らし、不遜にも思える自尊心が形になった海色の瞳を輝かせて。

 それが十隻。

 

「まあ、入りなさいよ」

 

 大潮を出迎えた五十鈴が中へと促す。

 足取り軽く大潮は、畳張りの部屋へと、靴を脱いで入っていく。

 部屋は正直広くない。

 場所が足りないと、七隻の五十鈴が備え付けの三段ベッドへ退避する。

 二・ニ・一? いや、三・一・二だ。

 もともと三人部屋を使っていた事もあるが、駿河の命令に従い各自の艤装を持ち込んでいることが、更なる圧迫の原因になっていた。

 

「あれ、なんだろ?」

「どうかしたのかしら?」

 

 部屋へ上がると、大潮は小首をかしげた。

 どうも、よくわからない違和感があるようだ。

 

「で、何が聞きたいの?」

「え? あー、はい! 満潮ちゃんを助けたいんです!」

 

 違和感の原因を見つけるよりも、五十鈴が切り出す方が早かった。

 大潮はどの五十鈴へお願いを話すか少し悩んだが、声を掛けてくれた五十鈴と決めたようだ。

 

「満潮ちゃんは、今も艤装がつけられません。お願いです。満潮ちゃんを助ける方法を教えて下さい」

 

 大潮は、五十鈴の瞳に自分が刻み込んだと納得してから、床に頭を擦り付けた。

 

「頭を上げなさい。大潮」

 

 向かいの五十鈴とは別の五十鈴が、横から声を掛けてくる。

 その声は、特に機微に聡い者にしか分からない棘をはらんでいた。

 

「大潮。あなた、私に何を言っているのか、わかっているの?」

 

 案の定、大潮は首をかしげる。

 

「この子には関係ない事よ」

「認識できないから、満潮の事を言えるのでしょう」

「知らないという、罪もあるわ」

「知っている事を、故意に隠すのも罪じゃないかしら」

「もともとは、提督の責任じゃない」

「私に言う事は無いわ」

「本当は、声を荒げないといけないのかしら」

「悪意なき無垢程、御せないものよね」

「言葉に振り回されているだけじゃないかしら」

「言葉にしなければ、伝わらないわ」

 

 各五十鈴たちは、皆思い思いの格好、向きで、言葉を重ねていく。

 

「大潮。あなた、『助けたい』って、具体的にどうしたいの? 満潮がまた艤装を付けられるようになればいいの?」

「はい!」

「本当に?」

「えっと、違いますか?」

「違うかどうかは、私にはわからないわ。でも、ただ艤装を付けるなら、革ベルトで固定して、背負えば良いと思うのだけれど」

「それじゃ、ダメです」

「違うの? 付けられればいいのよね?」

 

 大潮が言った言葉を、五十鈴は整理する。

 

「付けるだけじゃダメです。満潮ちゃんは元気になりません」

「満潮を元気にしたいの?」

「はい……布団にうずくまる満潮ちゃんを見ていると、大潮はすごく悲しいです。サゲサゲです」

「大潮は、艤装を付けられるようになれば、元気になると思ったのよね?」

「はい! 艤装を付けて、また戦えるようになれば、満潮ちゃんは、きっと元気になります! きっとです!」

「何で満潮は戦いたいと、大潮は思ったの?」

 

 大潮は続く問答を、疑問に思う事もなく答えていく。

 素直と言ってよいのか。無垢と言ってよいのか。

 

「きっと、満潮ちゃんは、皆を守りたいんです。でも、今はそれが出来ません」

「大潮は、満潮に守られたいの?」

「違います! 大潮も守りたいです!」

「そう」

 

 五十鈴は、大潮の言葉を噛み締めるように目を閉じて、しばし黙した。

 

「『助ける』『救う』、優しい言葉よね」

 

 脈絡のない五十鈴の言葉を、大潮は疑問を持たず、耳を傾ける。

 

「でも、言葉の先まで優しいとは限らないわ」

 

 大潮の体が、ググッと前のめりになっていく。

 

「艤装を付けて戦うという事の意味は問わないわ。でも、その結果は、言わさせてもらうわ」

 

 五十鈴十隻の声が揃う。

 

 ―― 海で沈め ――

 

「あなたは、そう言っているのよ?」

「満潮ちゃんは、沈みません!」

 

 間髪入れず、大潮は叫んだ。

 

「沈まない確実な方法は、海に行かない事――違うかしら?」

 

 大潮は、まだ興奮から覚めないのか返事をしない。

 

「大潮。あなた、満潮を守りたいのよね? 『守る』っていうのは、海の上で沈めないって事? 沈むような危険に合わせないっていう事?」

「それは! ……」

 

 大きく口を開けたが、大潮は続く言葉を見つけられないようだ。

 

「沈ませたくないと言うなら、満潮がずーと、ずうーと、塞ぎこんだままだったとしても、艤装を付けれない方が、良いんじゃないかしら?」

 

 大潮は顔を上げると、堰を切ったように大粒の涙を溢れさせた。

 

「わがりまぜん! 大潮は! 満潮ぢゃんに沈んで欲じくあじまぜん! 戦いで傷づいで欲じくありまじぇん! 何時もの元気な満潮ぢゃんが、大好きなんです! でも、ぞの為にば、艤装が! ……」

 

 大号泣。

 大潮は誰の目もはばからず、大声で“わんわん泣く”と言う通りに、泣き叫んだ。

 

「もう、しょうがないわね」

 

 横に居る五十鈴が、畳の上を正座したまま、腕の力で体を滑らせていく。

 大潮をその胸に抱き寄せた。

 

「あの提督、ここまで考えていたのかしら?」

「そこまで優秀そうには見えないわ」

「そうなら、狡猾ね」

「私、悪者になってないかしら?」

「事実を告げる者は、誰でも悪者じゃない?」

「あの提督、悪役を投げたのよ」

「子供に見えても、見えてるだけだし、気にする事無いわよ」

「姿に精神が引きずられるのは、当然じゃないかしら」

「あなたも、折れないように頑張っていたのね」

 

 大潮を抱きしめる五十鈴は、その背をさすりながら、優しく紡いだ。

 

「何をしたいのか、一つの言葉では括れないわ。無理にまとめた言葉は、何かしらが零れてしまう。支離滅裂でもいいから、思った事を言うの」

 

 どのくらい経っただろうか、艦娘である五十鈴逹や大潮にはソレがわかるが、だからと言って、ただ数字を並べる事に意味があるのだろうか。

 

「大潮。あなた、満潮を沈めたくないのよね?」

「はい」

「怪我をさせたくないのよね?」

「はい」

「元気にさせたいのよね?」

「はい」

「もう一度、海に立たせたいのよね?」

 

 大潮の返事はない。

 

「もう一度、海に立たせたいのよね?」

「……わかりません」

「満潮は、もう一度海に立ちたい。そう思っていると、考えているのよね?」

「そう……だと思います」

「満潮は、戦いたい。そう思っていると、考えているのよね?」

「そうです」

「満潮が、艦娘だから?」

「違うと思います」

「満潮が好戦的だから?」

「違います!」

「優しいから?」

「優しいです!」

「何であなたは、満潮の心配をするの?」

「満潮ちゃんは、私たちの事をいつも心配してくれて、でもそれで頑張る満潮ちゃんが心配で。だから、満潮ちゃんの笑顔が大潮は大好きで――」

「そう、満潮の危うさをあなたは、分かち合いたいのね」

「分かつ?」

「そう、頼るでも、支えるでもない。一緒に戦いたいのね?」

「戦いたいんじゃないと思います」

「戦って、生き抜く。笑顔を見続けたいのね?」

「一緒に……はい! 大潮は満潮ちゃんと一緒に笑っていたいです!」

「そう」

 

 十隻の五十鈴が、再び声をそろえた。

 

 ―― 道を示しましょう ――

 

「え?」

「満潮がもう一度、艤装を付けれるようになるかもしれない。その方法を話してあげるわ」

「本当ですか!」

 

 泣いたカラスが、もう笑った。

 今の大潮には、そんな言葉がピッタリだ。

 

「ええ。でも大潮、間違えないで。全ては満潮しだい。それに――」

 

 大潮の期待の目がまぶしいのか、五十鈴は耐えられないと、目を逸らした。

 

「満潮が、本当にもう一度、海で戦う事を望んでいるのか。本人に確認したの?」

「あ!」

 

 大潮は、満潮の事を思っていたつもりで、結局自分の思いでしか動いていなかった事を理解した。

 

「誰かを助けるには、倍の力が必要だわ。心配に思うのなら、心の余裕も倍持たなくちゃね」

「あ、それ司令官も言ってました!」

 

 すべての五十鈴が、顔を見合わせ、露骨に不満を露わにする。

 

「何、あの提督、確信犯じゃないの!」

「どういう事? この五十鈴を試したの!」

「やっぱり、悪役を押し付けたのよ。あの提督!」

「適材適所ってわけ? ふざけないで!」

「泣かすわ!」

「祟るわ。神道系を舐めないで!」

「五十鈴と同じ位に居るとでも思っているのかしら!」

「説教が必要なようね」

「同族嫌悪かしら」

 

 最後に口にした五十鈴以外の九隻が、声を合わせた。

 

 ―― やめてよね ――

 

「うん、ないわね」

「あの?」

「ごめんなさい大潮。ちょっと取り乱したわ。大丈夫、問題ないわ」

「で、方法を教えてもらえるんでしょうか?」

「ええ。もう一度言うけど、結局は満潮次第よ」

「はい」

「後、話す前に、大潮。あなたの思いをそのまま口にしなさい。ぐちゃぐちゃでもいいから、ありのままにね」

「はい!」

「その時、満潮があなたに、大潮の声に返事をしたのなら、きっと上手くいくわ」

「はい!」

「いい返事ね。これから話す事は、申し訳ないけど、紙に残せないの。良く聞いて覚えるのよ」

「お、大潮に! お任せ下さい!」

「そんなに、気負わなくていいわ。簡単だから」

 

 大潮は、目を閉じると両方のこめかみへ、人差し指を立てた。

 どうも、記憶をする構えのようだ。

 

「それで、聞くの。いいけど……んっんっ、いい? まずは暗いくて静かな部屋で、艤装と向かい合うの。出来れば一人だけになれる環境がいいわ。イメージは良くないけど営倉とか理想的かしら。使う時は、明石に声を掛けるのよ。提督は駄目。そうしたらね、――」

 

 五十鈴は、大潮の頭に染み込ませるように、ゆっくりと、抑揚をつけて話していった。

 

「うー、わかりました! 大潮、忘れちゃうと困るので、ここで失礼します!」

 

 こめかみに指を立てたまま、大潮は頭を下げる。

 

「いい? 初めに大潮の気持ちを話すのよ。それも手順だからね、間違えちゃだめよ?」

「はい! 間違えません! 失礼します」

 

 大潮を見送って中へと戻った五十鈴は、腰を下ろそうとした。

 

「大潮と言うより、台風だったわね。あら? またお客さん?」

「駿河だ」

 

 浮かせ掛けた腰を、五十鈴は落とす。

 

「かってにどうぞ」

 

 五十鈴の投げやりな返事に合わせて、戸が引かれた。

 

「かってする」

 

 駿河は、淡々とそう答えると、靴を抜いで畳へと上がった。

 

「……あの豚、余計なことを」

 

 駿河は許可もなく腰を下ろすと、部屋を見回して、毒づく。

 

「あら、わかったの?」

「やっぱり、目端が利くわね」

「やっぱり、確信犯じゃないの」

「試されたようで、不愉快だわ」

「何? 馬鹿にしに来たの?」

「この顔は、悪役にピッタリよね?」

「効果測定にでも来たのかしら」

「合格通知?」

「不合格は解体かしら?」

「ひたすら罵声もありえるわね?」

 

 一隻の五十鈴以外は、駿河を見ようとしなかった。

 

「で、なんのようかしら?」

 

 向かいに座っている五十鈴が、仕方ないと口を開いた。

 

「あんまり会いたくないのよ。泥を、いいえ。死肉をくらった顔は、見るに堪えないわ」

「礼を言いに来た」

「お礼?」

「謝罪は、嘘くさいだろう」

 

 ―― ふ~ん ―― 

 

「『くさい』じゃなくて、ウソよね」

「お礼も、似たようなものだけど」

「じゃあ、お礼を言って、さっさと帰れば?」

「ただの自己満足でしょ?」

「作戦結果の評価を付けに来たのかしら?」

「ろくでも無いのは、事実よね」

「所詮、よね」

「提督様なら、当然じゃないかしら?」

「人間様なら、じゃないかしら?」

 

 駿河は一隻一隻を目で確認していく。

 

「ありがとう。感謝する」

 

 そう言って制帽を脱ぐと、駿河は頭を下げた。

 

「ふっ、ふ~ん。口先だ、だけじゃなくて、頭を下げられるのね。意外だわ?」

 

 五十鈴は上位者のように見下すが、その声はどこか上擦っている。

 

「お礼は終わった? じゃあ、夕飯の時間も近いし、いいかしら」

 

 窓から差し込む日の位置は、高い。

 

「明石に、話を通してある」

 

 駿河に対面する五十鈴は、片目を閉じた。

 

「それは、営倉の事?」

「それもだな」

 

 制帽の正中を親指で取り、被り直して駿河は、そう答えた。

 

「何? すべては自分の掌ってわけ?」

「計画通りってわけ?」

「予定通りってわけ?」

「期待通りってわけ?」

「思い通りってわけ?」

「筋書き通りってわけ?」

「思惑通りってわけ?」

「台本通りってわけ?」

「計算通りってわけ?」

「『それも』って、何?」

 

 駿河は、立ちあがる。

 

「貴様達には働いてもらう」

「あら、見てわっかたのかと思ったんだけど。前の提督に、電探どころか高角砲や、魚雷、単装砲まで持っていかれているのよ?」

「わかっている。近々に貴様達へ兵装を渡すよう、明石に指示してある」

「何が目的なの?」

「貴様達には、特別な期待をしている」

「双子プレイとか、四つ子プレイとかかしら?」

「分霊」

 

 駿河がつぶやく。

 皮肉る五十鈴も、それ以外の五十鈴も、一斉に駿河を見た。

 

「貴様達には、特別な期待――任務が待っている。備えろ」

「いつ?」

「俺の言葉が、夢物語にならない程度にこの鎮守府が力を付けた時。次に月が満ちて欠ける――」

 

 まだ、カーテンの引かれていない窓の外を駿河は見つめた。

 

「――二週間後だ」

「わかったわ」

「それと、だ」

「何かしら」

「他の鎮守府にいる五十鈴にも、声を掛けておけ」

「はあ? 電話なんて出来るわけないでしょ」

「誰が、電話を使えといった」

「だって、メールとか? 携帯を持たされてる艦娘なんてほとんど……ちょっと待って、なんで知っているの?」

 

 駿河は獣の笑みで、まったく違う答えを用意した。

 

「装備も電探も欲しいと言うなら投げつけてこい。戦わせてやる。しかし、異動願いはうまくやれ。とな」

 

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