三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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満潮、いいわね?

「満潮、いいわね? 一度閉めたら、次は夜が明けた後よ」

「やって、明石」

 

 満潮の返事に、明石は頷くと営倉の扉を閉めた。

 よく映画で描かれる銀行の金庫を閉めたような、重厚な音が鈍く響く。

 

「気が滅入るわ」

 

 吐き出す息が白く染まる。

 満潮が入った営倉は、三畳程度の細長く、薄暗い。

 トンネル照明のようにオレンジ色の弱い灯りが、白い壁に反射している。

 満潮が壁に手を触れると、ザラリとした感触に合わせて、得も言えぬ脱力感に苛まされた。

 

「サンゴが練り込まれた壁――ね」

 

 艦娘の為に用意された営倉だった。

 

「さてと」

 

 部屋の一番奥。

 すでに置かれている艤装へ向かう。

 

「大潮ったら」

 

 今さっきの事なのに、随分前の事のように、満潮は思い出していた。

 

 ――責任も、結果も、二人一緒なんだよ、満潮ちゃん――

 ――ここまでが大潮。ここからが満潮ちゃん。は、無いんだよ。きっと――

 

「なにそれ、意味分かんない」

 

 言葉とは裏腹に、満潮の口元は緩む。

 

「静かね」

 

 鎮守府地下にあるこの場所は、今は満潮しかいない。

 天井の上では、他の艦娘達の声が飛び交っているのだろう。

 満潮は改めて、独りを実感した。

 

「あの底にいるみたい」

 

 身をぶるりと震わせて、自身の体を抱く。

 

「何で、こんなの着てなくちゃいけないよ」

 

 心の底からの嫌悪。

 今の満潮は、駿河の制服の上着を長い袖をまくり、ワンピースのように着ている。

 真っ白い制服には、文字通りの血しぶきが残っていた。

 

「他を用意されたら、負けた事になる」

 

 臨時集会以降、満潮の制服は、いくら入渠しても修復される事は無かった。

 手元にあった服替わりのモノは、駿河の制服だけ。

 同室の艦娘達は当然、制服以外の私服を持っていない。

 部屋のシーツや、カーテンを巻いても良かったのだろうが、

 

「そんなことで連帯責任とか言われたら、たまんないわ」

 

 と言う事らしい。

 裸でいることも出来ず、周りには駿河の制服を着ることで、気丈にふるまって見せた。という事なのだろうか?

 本当の処は、一体何なのだろうか?

 

「これが、……なの?」

 

 目が暗さに慣れてきたのだろう。

 毒づきながら、自身の艤装の前に用意されたパイプ椅子へと、腰を下ろす。

 

「錆び」

 

 兵装は無く、背に負う艤装だけ。

 艦橋を強調された艤装の所々が、赤茶に変色している。

 身を乗り出して指を伸ばす。

 触れるか触れないかの所で、満潮の指は迷う。

 

「こんな事」

 

 破損は有っても、錆びなど見たことも聞いたことも無い。

 満潮は言い知れぬ恐怖に、手を戻して服を強く握ったが、それが駿河の制服だと思い出すと、引き千切るように捩じった。

 

「ふー、……ただ、じっとして向かう」

 

 言葉にした通りに、満潮は大きく息を吐いて、じっと艤装を見つめた。

 

「大潮」

  

 時間が経った。

 日の陰りも、ここでは意味を持たない。

 満潮は感じていた。

 今初めたばかりのような気もすれば、半日以上の時間をこうしているようにも。

 おかしな話である。

 艦娘ならば、自前の体内時計で、正確に時間を把握できる。

 艦娘ならば。

 

「何?」

 

 不意に満潮の耳に、ザワザワとした――例えるなら大量の虫の足音でも言う、不快なノイズが聞こえてくる。

 周囲の壁、天井を見回しても、何も無い。

 

「なんでもない。大丈夫。そうよ、問題ないわ」

 

 自分に言い聞かせて不安を払おうとしたが、その怪音は段々大きくなる。

 耳を手で塞いでも、いや、塞いだ後の方が、より鮮明に、より不快さを増して、満潮の耳を埋め尽くした。

 

「もう、や――」

 

 満潮が叫び声を上げかけた時、悲鳴から逃げるように前触れなく止んだ。

 

「もう、なんだったのよ。モヤ?」

 

 満潮と艤装の間に、モヤが掛かっている。

 目をこすって、もう一度と見た。

 

「緑、赤、青、何よこれ……」

 

 部屋が、緑一色に、次に赤、次に青と変わり、ついには目の粗いドット絵のようになった。

 最後には、満潮の視界は砂嵐に埋まると、闇に染まっていった。

 

「本当に、なんなのよ」

「馬鹿者」

「誰が馬鹿者よ……」

 

 力無い呟きを残して、満潮は前に倒れ込んだ。

 

 

 □ □ □

 

 

「どこかしら、ここ? なんか暖かいわね」

 

 満潮が意識を取り戻して、目に飛び込んできたのは、文字通りの真っ白な空だった。

 

「天井――には見えないわね。体が軽い?」

 

 天井も壁もない。どこまでも白い空間に居る事に、満潮は疑問を覚えていないようだ。

 余程体を重く感じていたのか、ただ体を起こしただけなのだが、満潮は驚きを感じている。

 

「誰?」

 

 立ち上がる。

 胸元の大きな緑色のリボンが、釣りスカートベルトの間でふわりと舞った。

 

「そこに、誰かいるの?」

 

 足元は雲の上にでもいるように、ガスが掛かっている。

 満潮は気配のした方向へと、その中を臆することなく進む。

 

「やっぱり、誰かいるのね」

 

 徐々に薄くかかるモヤの中に、人影らしき輪郭が見えてきた。

 

「私?」

 

 そこには、満潮が立っていた。

 

「随分と傷だらけなのね」

 

 満潮が疑問にしたのは、前に立つ満潮の姿だ。

 制服は奇麗なのだが、顔と言わずそこから覗く腕先や太腿にも、大きな傷跡があった。

 

「あなた、誰?」

 

 傷のだらけの満潮――“傷有り”は、黙って満潮を見つめている。

 

「何よ、言えないの? ああ、そうか……私の替り……ってわけ?」

 

 “傷有り”は目を伏せる。

 

「なによ。自業自得って言いたいの? ああ、そうね。私じゃ力不足ってことね?!」 

 

 “傷有り”は、口を裂くように開いて、激しく体を揺らした。

 

「何? なんなの? 何にも聞こえないんだけど。言いたい事があるなら言いなさいよ!」

 

 満潮の言葉に、“傷有り”は天を仰いだ。

 その喉にも、大きな傷跡がある。

 

「あなた傷だらけね。入渠させてもらえてないの? でも、服は奇麗になっているし、入渠しても治らない程の怪我……そんな事聞いたことないけど。激戦を潜り抜けてきたって事かしらね」

 

 “傷有り”は、まだ上に顔を向けたままだ。 

 何かを悩んでいる風にも見える。

 

「『消耗品なら用意してみろ』なんて、用意してるじゃない!」

 

 身をかがめて、満潮は足元を踏みつけた。

 

「私達は戦う道具で! 守るのが当然で! それしか理由が無くて! だから! だから! だから!」

 

 何度も、何度も、踏みつける。

 

「結局、私はいらないのよね」

 

 気が済んだとでも言うように、ゆらっと身を起こした。

 首が座らないのか、頭の重さに負けて、首は傾げたままで。

 

「……ラナ……イ……ナイ……」

 

 “傷有り”が何か言っている。

 耳を澄まさなければ聞こえない程度だ。

 呟くように声が小さいのか、上を向いたままで声に出しているからなのか。

 瞳の輝きを無くした満潮は、正対する“傷有り”からの声など、どうでもよくなっていた。

 上を向いたままの“傷有り”の出す声が、段々と大きくなっていく。

 そういえば、さっきも似た事があったな。

 満潮は、漠然と思った。

 

「私はイらナイ」

 

 “傷有り”は顔を戻すと、満潮のまねをするように、首を力なく傾けた。

 

「あんたは、必要なんでしょ」

 

 満潮は面倒と、投げやりに言葉を返す。

 

「アんタ、必要」

「そうよ」

「あンタ、必要、あんタ」

「あんた、あんたって、うるさいわね。私は満潮よ」

 

 うざいと、満潮は腕を横に振る。 

 

「アンタ、満潮、アんた、必要」

 

 “傷有り”が力ある言葉を、初めて口にした。

 

「満潮、必要」

 

 黒く塗りつぶされた満潮の瞳の中で、火花が散った。

 

「なんなよ、さっきから! 必要とされたあんたが、満潮で! 私は満潮じゃないって言うの!」

 

 “傷有り”まで疾走すると、満潮は大きく右拳を振り上げた。

 

「ふざけないで!」

 

 “傷有り”の左頬に、満潮の拳が食い込む。

 “傷有り”は、その衝撃に体をのけ反らせる。

 しかし、すぐさま右足を大きく横に開いて、“傷有り”は倒れそうになるのを耐えた。

 

「何よ。ふんっ」

 

 満潮は、腕を組んで“傷有り”を見下す。

 

「フザケナイデ!」

 

 “傷有り”が強烈な右フックを、満潮の左頬に放った。

 満潮の意地か、大きく頭を吹き飛ばされながらも、足を踏ん張らせ、倒れ込むのを強引にねじ伏せる。

 

「いいわよ。やってやるわよ」

 

 満潮と“傷有り”の殴り合いが始まった。

 互いに距離を取り、殴り掛かられては躱す。

 ボクシングスタイルで始まった決闘は――

 

「それで全力? 全然痛くないわ!」

「全力? ソレデ?」

 

 ――互いに足を止め、一発ずつ交互になぐり合う、潰し合いになっていた。

 なんて言う事もない、満潮は蓄積したダメージが足に効ていて、動くに動けないだけだ。

 “傷有り”も同じなのだろうか?

 順番ある殴り合いは、そのペースを増していく。

 間隔が詰め切れられ、もう同時に殴っているようになった時、大きく身をよじった。

 渾身の一撃がクロスした。

 

「がっ」

「グツ」

 

 互いが互いの拳を、頭突きで受けようと動いた。

 自然と突き出した拳も下がる。

 

「おおおおお」

「ウウウウウ」

 

 両者ともお腹を押さえて、盛大に転げまわっていた。

 どちらも、腹への渾身の一撃。

 頭で受け止めるつもりだったからか、腹には覚悟が置かれていなかったようだ。

 

「さすがは、満潮ね」

「サスガ」

 

 のた打ち回る速度が落ちてきた。

 何とか会話ができるまでに回復できたという事だろう。

 どちらと言う事も無く、ペタンとお尻をつけて崩した正座――いわゆる女の子座り――で、互いに向かい合っている。

 

「貴方なら信用できる。皆を任せられる。お願い、満潮。力を貸して。貴方が必要なの」

 

 “傷有り”は、満潮の言葉を口の中で繰り返す。

 

「本当は、私が守りたい。あの時、艤装を蔑ろにするつもりなんてなかった……だって私の分身ですもの。でも、言い負かされたようで、悔しくて。はあ、なんであんなこ事、言っちゃったのかな?」

 

 満潮は“傷有り”に、涙を流しながら微笑んだ。

 

「呼んで」

「何を?」

「名前」

「名前?」

 

 “傷有り”は何を言っているのか? 

 満潮はパチリと、SEが付くような瞬きをした。

 

「名前を呼んで」

「はあ? だから呼んでるでしょう? さっきから、満潮って」

 

 満潮が腰を浮かせた処を、“傷有り”が軽く押し返す。

 

「と、え? 落ちる?」

 

 今まで確かだった足場が突然、霞にでもなったかのように、満潮は背中から落ちていく。

 

「名前を呼んで」

 

 “傷有り”の言葉を最後に、視界が暗転した。

 

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