三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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提督さん、少し聞いてもいいっぽい?

「提督さん、少し聞いてもいいっぽい?」

 

 満潮がドヤ顔仁王立ちで執務室にて復活宣言をした少し前、駿河は大食堂で昼食をとっていた。

 駿河が座る周りには相変わらずの空白地帯が――いや、昨日よりも酷いといえるかもしれない。

 

「叢雲は、一緒じゃないの?」

 

 昨日の昼は秘書艦の叢雲が、嫌々ながら――と言う風に見えた――同席していたが今はいない。

 朝食もいなかった。

 

「いない」

 

 叢雲の態度が、硬化したからだ。

 それなりに雑談をする光景が見られた両者だった――叢雲が譲歩した。頑張った。――が昨日の大潮タイフーン以降、会話は業務上の必要最低限なものに限定された。

 目を合わそうともしない。

 秘書艦業務をボイコットしてもおかしくないように思えるが、業務は業務として自ら放棄しない処は、叢雲らしいと言えるかもしれない。

 

「聞きたい事はそれか? 夕立」

 

 テーブル越しに声を掛けたのは、駆逐艦夕立だ。

 夕立と言うと、犬耳に見立てられる左右の跳ね髪が外見として話に出るが、駿河の前に立つ彼女は、緑の瞳にロングストレートの金髪――改二へは至っていない。

 

「違うっぽい」

 

 駿河に断ることなく、夕立は向いに座る。

 トレーの皿に置かれたどんどん焼きモドキ――具の無いお好み焼きか、ナンのようにも見える――に手を合わせると、ぱくっと手に持ってかぶりつく。

 

「おいしいかも」

 

 夕立が自身のアイデンティティを捨てて、別艦の語尾を口にした。……考え過ぎか?

 質問を否定しておいて食べ進める夕立を、駿河は気にすることなく自身も食事を続ける。

 

「あ、提督さん、ズルいっぽい。それなーに?」

 

 黒く点をうった皿の柄にも見えるソレへ、どんどん焼きモドキに気持ち程度押し付けて駿河は、手の大きさ程度の一枚を食べた。ちなみに二枚目はない。

 

「海苔の佃煮だ」

「夕立も試したい!」

 

 空になった皿を、夕立へと駿河は差し出した。

 夕立は手にした二枚目のどんどん焼きモドキで、皿を拭く様にして残っていた海苔の佃煮を付けてかぶりつく。

 

「むふふふふふ」

 

 口をもぐもぐとさせてご満悦に喉を鳴らす処を見ると、気に入ったようだ。

 

「終わりっぽい?」

「贅沢できる身分ではないのでな」

「がっかりっぽい」

 

 正面を向く夕立なのに、なぜか哀愁漂う背中を思い起こされる。

 夕立は何もつけないで、三枚目を食べ上げた。

 

「ごちそうさまでした」

 

 先に食事を終えた駿河は、なぜか立ち去らずに水を飲んでいる。

 

「提督さん、少し聞いてもいいっぽい?」

 

 夕立は食事前に掛けた言葉を、今更と繰り返す。

 

「なんだ」

 

 駿河は右前に置いていた制帽を取ると、正中を取ってかぶる。

 

「提督さんは、私達に『道具じゃなくて、兵器になれ』って言ったっぽい?」

 

 駿河は答ず、夕立を制帽ツバ越しに見つめた。

 空になった皿が乗るトレーを横にずらして、夕立は続ける。

 

「じゃあ提督さんは、人間だから提督になったっぽい?」

 

 どこから現れたのか妖精が数人、夕立のトレーを運んでいく。

 一人だけ、駿河の飲みかけのコップを見て、テーブルに座り込んだ。

 

「どちらも、一つ足りない」

「足りない?」

 

 駿河は座るパイプ椅子の背に身を預けて、夕立へ問いかけた。

 

「夕立は、なぜ戦う?」

「戦わないと皆が死んじゃうから」

「皆とは?」

「時雨とか、春雨とか、白露、村雨、鎮守府の皆」

 

 夕立は、駿河の質問に間を空けず答えた。

 一瞬、駿河の口角が上がったように見える。

 駿河は、曲がっていない制帽を直した。制帽のつばを親指で摘まむ手で、顔を隠したように。

 

「夕立、人間が好きか?」

「うーん。わからないっぽい」

 

 すぐに答えを返していた夕立が、言いよどむ。

 

「関心がないか」

「関心?」

 

 意味が伝わらないかと、駿河は言葉をかみ砕く。

 

「知りたいと思うか?」

「思わないわ」

 

 即答だった。

 夕立は、悪びれる処が見られなければ、非難する処も見られない。ごくごく自然に答えた。

 駿河はどこを満足したのか、背もたれから体を離して、夕立へと背筋を正す。

 夕立が「あ」と、口を押えた。

 駿河も人間だった事に気が付いたからだ。

 どうするかと思えば、

 

「――ぽい」

 

 取って付けた。

 

「先ほど足りないと言ったのは、貴様達には前が、俺には後がだ」

「前と後?」

「そうだ。道具に終わらず、兵器へと昇華する。その前に、貴様達が艦娘として海洋に立ち続けるのであれば。だ」

「ふーん、じゃあ提督さんの後って?」

「俺は人間で、提督になった。後は、歯車になる」

「歯車?」

「そうだ」

 

 夕立は「歯車、歯車……」呟いて、何かを連想させたのか。出した答えは、

 

「部品って、事?」

「そうだ」

「じゃあ、提督さんも夕立達と一緒っぽい」

 

 パチリと手を一つ叩いて、夕立は顔を輝かせた。

 同族とでも思ったのだろうか?

 

「それは光栄なことだな」

 

 言葉とは裏腹に、駿河の声は嫌味を含んで聞こえなかった。

 崩した笑みを落として、駿河は続ける。

 

「俺は、道具として歯車となり、回す」

「回すの?」

 

 人差し指を空中にくるくると、夕立は渦を描く。

 

「そうだ。回して、進める」

「どこに?」

「始まりが終わる場所――」

 

 駿河は、コップに残る水を一気にあおると、立ちあがった。

 

「――終戦だ」

 

 決意表明にも聞こえる駿河の言葉は、正面に座る夕立ではなく、

 

「この戦争を終わらせる」

 

 テーブルに一人残っていた妖精へと向けられていた。

 

「え! 本当に? 本当っぽい!」

「そうだ、俺はその為にいる」

 

 なんて事はない。『この戦争を終わらせる』は、大本営が謳い続けている常套句だ。

 都合よく使われてきたそのセリフは、すでにカビが生えている。――いや、腐敗臭を放っていると揶揄しても良いだろう。

 前閣下提督でも、胡散すぎて口にしなかったのか。夕立は初めて聞いたようだ。

 

「すごいっぽい! 夕立、頑張るっぽい!」

 

 はしゃぐ夕立の姿は、それを証明していた。

 何があったのかと、他の艦娘達が「ぽい」「ぽい」と連呼する夕立を、遠巻きに見つめた。

 ただ、駿河の視線は、夕立にも他の艦娘にも向いていない。

 妖精。

 テーブルに一人立つ妖精を、今も駿河は熊鷹眼に見ている。

 特段、肌が白いとか、白目が黒いとか、異質なところのない、普通のという表現が当てはまるかは疑問だが、工廠にも艦娘にも見られる妖精だ。

 駿河を見続けた妖精は、何事もなかったかのように、その場を去っていった。

 

「喜べ、夕立」

「ぽい?」

 

 顔を伏せてテーブルにある自身のトレーを確認すると、空になったコップをそこへ置いて駿河はトレーを持ち上げる。

 

「貴様のおかげで、たった今からこの鎮守府は、深海棲艦の攻撃対象として、上位に置かれた」

「え? どいう事?」

 

 悪鬼羅刹が笑った。

 

「楽しいパーティーが始まるぞ」

「ぽ、ぽいいいい!」

 

 開花前とは言え、狂犬の異名を持つに至る夕立をおして尚、駿河が浮かべた獣の笑みは、悲鳴を上げさせた。

 駿河が食器を下げると、その道中はモーゼのごとく皆が避け、厨房からは伊良湖の雛泣きが響いてきた。

 最後まで『人間を守りたいか』と、駿河は口にしなかった。

 

 □ □ □

 

 時間は進み、満潮がドヤ顔仁王立ちで執務室にて復活宣言をした後。

 

「一六三〇ね。今日の業務を終えてもいいかしら」

 

 日差しが弱まり、執務室の電気をつけてしばらくして、叢雲が部屋の扉を見ながら口を開いた。

 

「叢雲、どうかしたの?」

「どうもしないわ。ただ、今日やる書類関係の処理は終わった。近海哨戒も交代して、天龍組の二回目も出発した。遠征組は明日帰還予定。潜水艦の八時間ローテも滞りない」

 

 手元の書類を整理しながら叢雲は続ける。

 

「二〇〇〇までが通例だけれどでも、結局は業務が終わるまで。変にかかり過ぎると提督の負担が大きくなるなっていう、ある意味の目安」

 

 大淀も各書類を内容に合わせ、色つきクリアファイルにしまっていく。

 

「赤ファイルも処理が進んだし、座って時間をやり過ごしてもいいけど……」

「かまわん」

 

 駿河は、手元の資料に目を通しながら答えた。

 

「なら、そうさせてもらうわ――ねえ、大淀?」

「はい?」

「今晩も泊まっていくの?」

「それは……」

 

 大淀、明石、夕張、龍田、天龍は、駿河が着任をした日から、ほぼ強制的に執務室に宿泊させられていた。

 それも一昨日まで。

 昨日からは、天龍、龍田の哨戒出撃に合わせるように、宿泊合宿は当然のようにお開きになった。

 ただ、昨晩は大淀がその事に気が付かなかったのか、「明石と夕張、遅いなー」と言いながら、一人――昨晩、駿河は執務室に戻ってこなかった――仮眠室で過ごしていた。

 

「今日は、部屋に戻ります。お布団も上げたいですし」

「そう?」

 

 大淀は資料に目を通す駿河を見やったが、何の反応もないとわかると、寂しそうに叢雲へ微笑んだ。

 

「んんっ。ところで、アン――司令官」

 

 叢雲は咳払いを一つ。

 

「なんだ」

「知らなかったとはいえ、司令官に矛先を突きつけたのは――厳罰よね」

「そうだな」

 

 大淀は叢雲の発言に、いつそんなことが? と首をひねった。

 

「なら、営倉入りが当然よね?」

「そうだな」

「じゃあ、これから入って来るわ。問題ないわよね」

「そうだな」

 

 倦怠期の夫婦のようだ。

 返事繰り返す駿河の持つ資料が、新聞紙に見えてくる。

 

「ちょっ、叢雲! 何を言っているんですか!」

「何って、聞いてた通りよ」

「聞いてた通りって……」

「コイ……」

 

 叢雲は横目で、駿河の視線が変わらず資料に向かったままなのを確認する。

 顔を向けた。

 ただ、駿河が読む資料が遮蔽物のようになり、叢雲は駿河の顔が見えない。いや、駿河からは見られない。か?

 

「司令官殿も問題ないって、おっしゃっているわ」

「でも」

「問題ない」

「……ほらね」

 

 駿河の淡白な返答に、叢雲は自嘲交じりに口を歪めた。

 

「じゃあ、行ってくるわ。ああ、明石には私から話すから」

 

 叢雲は、立ち上がると駿河に背中を向けたまま、手を振って退室した。

 扉が閉まる音を合図に、大淀が口を開いた。

 

「提督」

 

 大淀は立ち上がると、机を挟み駿河の正面に。

 

「叢雲は、いったい」

「鏡分金殿燭(かがみは、きんでんのしょくを、わかつ)」

 

 大淀が疑問を口にしようとした時、駿河が開いた手を突出し、それを止めた。

 

「川内」

 

 駿河が、呼ぶ。

 

「川内さんが、どうか――」

「川内、参上! 何? 夜戦?」

「川内さん?」

 

 駿河の後ろに、川内がいた。

 空気が揺れた気配もない。

 

「馬鹿者、仕事だ」

「えー、夜戦じゃないの?」

 

 突然の川内の登場に大淀は驚いているが、当事者同士は至って通常の事のようだ。

 

「わかっているな、見張れ。必要なら意識を刈れ。判断は貴様に任せる」

「ちぇ、しょうがないなー。じゃあさ、また夜戦演習してくれる?」

「貴様が神通に、内緒に出来るならな」

「え? いやー、それは厳しいなー。神通、なんか次を楽しみにしてたし」

「さすがに、貴様等三隻と連夜相手にするのはな」

「て、提督!」

 

 悲鳴のように大淀が声を上げて、二人の会話に割って入った。

 

「なんだ」

「連夜、あ、相手にとは」

 

 どこか自慢気に川内が、大淀に寄っていく。

 

「あ、大淀も参加したいの? 真っ暗い中で目隠しまでしてさ。もの凄く興奮したー」

 

 川内の顔に朱がさす。

 どことなく、息遣いも粘性のあるものになった気がする。

 

「でもなー、大淀まで交じっちゃうと、私の時間が減っちゃうしなー」

「提督! 私になにか落ち度でも!」

「大淀ー。それ不知火のセリフだよ」

 

 駿河はため息を一つ。

 

「川内、いい加減にしろ。からかい過ぎだ」

「ごめんね。からかっているつもりは無かったんだけど、演習。大淀、夜間演習。ほら、昨日約束したやつ」

「あ」

 

 大淀は、昨日の早朝の出来事を思い出していた。

 

「で、では、その……男と女の……その、あの」

「ない、ない。あるわけないじゃん」

「そ、そうですよね」

 

 ホッと胸を撫で下ろす大淀に、川内はあけすけに笑って見せた。

 

「そうだよ」

 

 川内は唇に指を這わせて、同意する。

 

「あ、川内さん」

「何?」

「隠密は禁止されていたのでは?」

「あ、条件付きで解禁になった。よね?」

 

 胸を張って答える川内は、語尾を駿河に託す。

 

「そうだな」

「ね!」

 

 駿河の同意に、川内は大淀へ、手の親指を立てて突き出すと、片目をつぶって見せた。

 

「提督がよろしいのでしたら、私からは何もありません」

 

 大淀が頬を膨らませる。

 

「提督、夕食はどうなさるのですか?」

 

 どういう意図なのか、大淀が話題を変えた。

 

「あ、もうすぐ時間かー。私も一緒してもいい?」

 

 川内の申し出に、大淀は小さく舌打ちした。

 

「俺は、十九時過ぎに取る」

「それだと、間宮が火を落とした後にならない?」

 

 駿河はとくに応えない。

 

「そっかー、私は暖かい物が食べたいから、また今度一緒するね」

「私は、同席してもよろしいでしょうか」

「好きにしろ」

 

 大淀は、嬉しそうに返事をする。

 

「川内、頼むぞ」

「承知」

 

 笑顔だった大淀の眉間に、しわが刻まれる。

 

「何で出ていく時も、消えていくんでしょう」

 

 川内は退室したが、扉が開かれる事は無かった。

 

 

 □ □ □

 

 

「叢雲、起きてる? 朝よっ」

 

 翌朝五時半過ぎ、営倉を開た明石は見た。

 自分で引き千切ったのか、大きく裂かれた制服。

 両手は力なく垂れさがり、全ての指先が赤く染まっている。爪の全てが剥がれていた。

 足元の床には、掻きむしった赤黒い線・線・線。

 

「叢雲?」

 

 明石が呼びかける。

 

「大丈夫よ」

 

 叢雲は答えた。剥がれた爪を気にせず、前髪をむしり取るように掴みながら。

 雪白の肌に、銀の髪。吐き出す凍れる息も相まって、その姿はまさに青女の装いだ。

 

 顔を覆い隠す手のせいか、叢雲のつぶやきは明石には届かなかった。

 

 ――何で、できないよの。

 

 

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