三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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【再開】12月6日
あのクソ提督!


 鎮守府内の廊下を三隻が固まって歩いていた。

 

「解散待機ってどいう事よ! あのクソ提督!」

 

 大きな花をあしらった髪留めの鈴を鳴らしながら、曙は声を荒げている。 

 

「ラブリーマイエンジェルぼのたん。落ち着くでござる」

 

 その横には、桃色のショートツインテを揺らしながら漣が。

 

「誰が、ぼのたんよ!」

「まあまあ、漣も変に煽らないの」

 

 二隻の後を追うように、右頬絆創膏は何の願掛けかの朧が続く。

 

「え? 炎上は、させてナンボですよ? 朧ちゃん」

「漣……させちゃダメでしょ?」

 

 遠征に出ていた曙、朧、漣だった。

 ちなみに初春は、既に別行動。

 

「人が苦労して持ち帰ってくれば、何が『確認した』よ」

「ぼのたんは、ご主人様に褒めて欲しかったんですかー?」

 

 茶化す漣の声は、どこか単調に聞こえる。

 

「そんなわけないでしょ! あのクソ提督! あんたもアレをよく『ご主人様』なんて呼べるわね」

「だって、『ご主人様』以外にはムリポ」

 

 特に『ご主人様』の部分は、好意のかけらも感じさせない。

 

「でも、少しくらい労ってくれてもいいよね。大成功したんだし」

 

 朧は、今したばかりの報告時の駿河を思いだしていた。

 

「ふんっ、あのクソ提督に、そんな事を期待するほうがアホだわ」

「期待するのがアホなら、なんで曙は怒ってるのさ?」

 

 『アホ』呼ばわりが気に障ったのか、朧の言葉には棘がある。

 

「正当な結果には、正当な評価があってしかるべきでしょ!」

「まあ、それは、そうだよね」

 

 朧も、今しがたソレを口にしたばかりだ。

 

「ご主人様は、ぼのたん以上にツンデレなのでしょうかね?」

「誰が、ツンデレよ! だいたい誰にデレるって言うのよ!」

「ですよねー」

「遠征、お疲れ様でした」

 

 向かいからやってきた集団――といっても三隻だが――の一隻が声を掛けてきた。

 

「おはよう、朝潮」

「はい、朧さん。おはようございます。何かあったのですか?」

「まあ、ちょっとね」

 

 朧が右頬の絆創膏を指で掻く。

 

「あの、クソ提督よ」

「司令官、ですか?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔の曙。

 朝潮は曙の顔を見て尋ねたが、曙はそれ以上口を開かなかった。

 

「ご主人様のツンデレが炸裂して、ぼのたんのツンデレと対消滅したところなのです。朝潮氏」

「すみません、漣さん。朝潮の知識が足りないようです。漣さんの言っている事が理解できません」

「いやー、そう素で言われると、なんか困りますねー」

「はいはい、漣はちょっと退いて。朝潮、今任務成果の報告に行ってきた処なんだけど――」

「クソ提督、労いもなく、『確認した。現時をもって第三艦隊は解散。次の指示を待て』とか言って、何様なのよ!」

 

 朧が朝潮に切り出すと、曙が我慢できないと、その会話を持っていった。

 曙による駿河のモノマネを付けて。

 

「解散ですか?」

 

 言葉尻を持っていった曙に朝潮は声を掛けるが、曙は再び口をつぐんでいる。

 

「そうなの。なんか『不具合』とか『想定外の状況に備えて』とか言ってね」

 

 曙の態度に片手で拝むように謝りながら、朧は朝潮の質問に答える。

 

「あー、じゃあ仕方ないですね!」

「大潮殿、ググったでござるか?」

 

 大潮の大きな声。

 

「漣ちゃん。指令官がそう言うのなら、きっとそう言う理由があるんですよ!」

 

 大潮の大きな笑顔。

 

「すみません。大潮の言いたい事を、漣でも理解できませんでした」

 

 漣の小さな困惑顔。

 

「大潮も理由はわかりません。でも、司令官が言うなら何かあるんです。絶対です」

「何言ってんのよ……」

 

 俯いたままの曙が、声を低く響かせた。

 

「大潮。あんな事があったのに、あのクソ提督を――」

 

 曙が不機嫌に大潮へと詰め寄ろうとした時、

 

「騒がしいわね?」

 

 曙達の向かいから声が掛かった。

 

「満潮?」

「なによ。私が居るのが何か問題?」

 

曙が指さす先には満潮がいた。

 

「そんな事、無いけど。でも――」

「満潮ちゃん、遅かったですね」

「先に行っててくれて良いって、言ったでしょ?」

 

 大潮に抱き着かれながら、満潮は曙達に声を掛ける。

 

「遠征終わったのね。その様子は、成功だったみたいね? 曙」

「当たり前でしょ。誰に言ってんのよ、満潮」

「改めて、お疲れ様です」

「はぁうぅ~♪ ぽかぽかしますねぇ♪」

「あらあら。素敵なことね~」

 

 曙の答えに、朝潮だけが労った。

 大潮の感想は、満潮に対してだったし、荒潮は満潮と大潮を見ての感想だった。

 

「〇八〇〇を過ぎたばかりだからだし、今なら食事に間に合うわよ」

「そうね、何か食べなきゃ落ち着かないわね……って、それよりも満潮」

「何?」

「顔のソレ?」

「聞かないで……まったくアイツは、何なのよ!」

 

 満潮の眉間、両頬骨には、卵型の赤いフェイスペイントがされている。

 北欧の三姉妹のようだ。

 

「そう、まあいいけど。それより、出歩いて……大丈夫なの?」

 

 満潮が羽織る駿河の制服から、曙は目を逸らした。

 

「大丈夫じゃなかったら、歩いていないわよ」

「そういう事を言っているんじゃないでしょ!」

「満潮ちゃんは、また艤装を付けられるようになったんです。大潮、アゲアゲです!」

「mjd?」

「はい、漣さん。本当です」

 

 大潮、朝潮が満潮を挟むように並ぶ。

 荒潮は……微笑んでいる。瞳孔開き気味で。感情が高ぶっているという事なのだろうか?

 

「何よ信用できないって言うの?」

 

 腕を組んで斜に構えている満潮を、曙は見ようとしなかった。

 “強がっているとでも思われている”と考えたのか、満潮は瞳に火花を散らす。

 

「なら見せてあげるわ――満潮!」

 

 掛け声に合わせて満潮の背中、足先、手先に、光の粒子が蛍が集まるように収束していくと、一際強く輝いた。

 

「どう?」

 

 艤装を身につけ、腕を組んだ仁王立ち姿で、満潮は得意気に胸を反らせてみせる。

 どうもこのポーズが気に入ったようだ。

 満潮の肩に乗る妖精も、同じポーズを決める。

 

「ktkr! どこの魔女っ娘ですか。ちょっとそのやり方をkwsk! おふっ」

 

 満潮へと食いつく漣が、曙の前を遮った。

 

「ちょっと黙ってなさいよ、漣!」

「ぼのたんの愛が痛い」

 

 邪魔とばかりに、曙が漣を突き飛ばす。

 ゆっくりとスローモションのように倒れて、漣はしなを作った。

 

「何言ってんのよ!」

「むしろご褒美?」

「漣……」

「いたたたたっと……満潮の妖精さん、少なくないですか?」

 

 身を起こす漣の『ご褒美』発言に、朧はなんとも冷めた目を向けている。

 

「司令官より、ほいほいやるなと昨晩釘を刺されたばかりなのに。これは報告でしょうか」

「朝潮姉さん。司令官に話すより、香取さんに話した方が良いと大潮は思います」

「あらあら、ふふふ」

 

 背後でなにやら企む姉妹艦を一瞥してから、満潮は曙達へ向き直った。

 

「ほんと騒がしわね。あんた達」

「あんたの姉妹艦も変わらないでしょう! ……?」

 

 ほぼ反射的に叫んだ曙は、近寄ってくる満潮に違和感を感じた。

 

「満潮、なんで歩いてるの?」

「別に、歩くのなんて普通でしょう?」

「そうだけど、そうじゃなくて! なんで艤装を付けて歩けるのよ」

「あら? このまま走って見せる? それとも跳ねる?」

 

 満潮はその場でジャンプを数度行った。

 

「どうして?」

 

 曙は満潮を凝視した。

 まるで同じアヒルの子と思っていたのに、アヒルは自分だけだったような焦燥感に襲われながら。

 

「ええっ? 陸でその動きって、がんばるってレベルじゃないでしょう?」

 

 上下する満潮に合わせて、朧の頭も上下する。

 艦娘は、普段も靴にあたる部分の艤装を付けている。

 

「魔女っ子パワーですか? パーフェクトパックは、艦特性がにょっきりにょきにょき、竹生えまくりで、立つのもダルゥーですよね?」

 

 しかし、主体となる艤装・兵装を身につけるたびに船としての特性が強くなるのか、陸上での行動が非常に困難になる。

 手足に重りをつけて動くようなイメージと言えばよいか。

 出来ない事は無いのだが、燃料も余計に使うし、動くこともままならない。ほぼ固定砲台と化す。

 何らかの名目でもなければ、陸上でフル装備をする艦娘はいないだろう。

 

「潜水艦については、また別の理があった。マル」

「漣、突然何を言い出しているのよ?」

「朧ちゃん。神の意志です」

「ごめん。ちょっと落ち着いて」

「そうか……」

「曙の事じゃないからね!」

 

 茫然と見つめていた曙の目が、満潮のソレに止まった。

 

「あんたも、クソ提督の軍門に下ったってわけね?」

 

 満潮がマントのように羽織る駿河の制服に、曙は眉間にしわを寄せた。

 

「何ですって?」

 

 満潮は曙を睨みつける。

 曙の視線は駿河の制服に向けられているせいか、二隻の視線は交わらない。

 

「だってそうでしょ? あの、クソ提督にあれだけ啖呵を切っておきながら、それを身につけて嬉しそうにしてるなんて。叢雲といい、あんたといい、手下と言うか犬よね。シッポを振ちゃってさ」

「はんっ」

 

 満潮は一声で曙を黙らせた。

 

「私はあいつに勝ったの。『お前には完敗しました』ってね。これは戦利品。勝利の証。だからあいつが図に乗らないようにいつでも着て、見せつけてやるのよ」

「クソ提督に勝った?」

「当然よね」

 

 なぜ、ドヤ顔と言うものは見慣れても、腹立たしく感じるのだろうか。

 曙は満潮から朝潮へと視線を移した。

 

「本当です曙さん。司令官は、満潮の勝利を認められました。正確には『俺から一つ勝ちを得た』と言われて」

 

 曙の視線がブレた。

 朝潮の実直な性格は、ある意味有名だ。

 その朝潮からの言葉は、否定したいと思う心だけでは抗えなかったようだ。

 

「確かに、私は一度アイツに負けたわ。でも、それを超える勝利を掴み取ったの」

 

 満潮の勝利宣言を、俯く曙はつむじで聞いている。

 

「それで、満潮氏はこの後はどちらへ? お時間を頂きたく」

 

 漣が手を擦り合わせながら、曙を背に隠すように満潮へ近づいて行く。 

 

「私にも、ぜひ変身魔法のご教授を」

「あー、えー、んー、ちょっと用事が立て込んでてね」

「あ、そうなんですか。残念ですね」

「朝潮たちは、まだ直接補給が出来ていないので、香取教官のもと現在補習中です」

 

 素直な朝潮。

 正面に向けられていたドヤ顔は、機械仕掛けのように横を向いていく。

 

「昨日から始めたんですけど、上手にできないです。大潮、サゲサゲです」

「司令官からの猶予は、今日一日。かならず達成する覚悟です。できればご意見を頂ければありがたく思います」

「どうしましょうかね……」

 

 話の雲行きは、漣にとってうまくないようだ。

 

『遠征中の加古より受電。我、回航中。〇八四五にて入港を予定。繰り返す。遠征中の――』

 

 館内放送が流れた。

 

「あーなんか、できちゃってねー。ごめんね、コツとかちょっとわからないかな? 出ていた加古さん達も、もうじき帰って来るみたいだし。私たちは食堂へ向かうよ。またね」

 

 この機を逃すかと、朧が強引に会話を終わらせた。

 

「そうですか。お止めして申し訳ありません」

「じゃあ、またね。ほら曙いくよ」

 

 敬礼する朝潮に朧は会釈をすると、立ちすくむ曙の背を押して行く。

 漣も手を振って、朧を追った。

 

「眠り姫を生かすために、既に行っていたとは言えませんよねー」

 

 漣がぼそぼそと呟く言葉に、

 

「潮」

 

 曙は呻くように名を呼んだ。

 

 

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