あのクソ提督!
鎮守府内の廊下を三隻が固まって歩いていた。
「解散待機ってどいう事よ! あのクソ提督!」
大きな花をあしらった髪留めの鈴を鳴らしながら、曙は声を荒げている。
「ラブリーマイエンジェルぼのたん。落ち着くでござる」
その横には、桃色のショートツインテを揺らしながら漣が。
「誰が、ぼのたんよ!」
「まあまあ、漣も変に煽らないの」
二隻の後を追うように、右頬絆創膏は何の願掛けかの朧が続く。
「え? 炎上は、させてナンボですよ? 朧ちゃん」
「漣……させちゃダメでしょ?」
遠征に出ていた曙、朧、漣だった。
ちなみに初春は、既に別行動。
「人が苦労して持ち帰ってくれば、何が『確認した』よ」
「ぼのたんは、ご主人様に褒めて欲しかったんですかー?」
茶化す漣の声は、どこか単調に聞こえる。
「そんなわけないでしょ! あのクソ提督! あんたもアレをよく『ご主人様』なんて呼べるわね」
「だって、『ご主人様』以外にはムリポ」
特に『ご主人様』の部分は、好意のかけらも感じさせない。
「でも、少しくらい労ってくれてもいいよね。大成功したんだし」
朧は、今したばかりの報告時の駿河を思いだしていた。
「ふんっ、あのクソ提督に、そんな事を期待するほうがアホだわ」
「期待するのがアホなら、なんで曙は怒ってるのさ?」
『アホ』呼ばわりが気に障ったのか、朧の言葉には棘がある。
「正当な結果には、正当な評価があってしかるべきでしょ!」
「まあ、それは、そうだよね」
朧も、今しがたソレを口にしたばかりだ。
「ご主人様は、ぼのたん以上にツンデレなのでしょうかね?」
「誰が、ツンデレよ! だいたい誰にデレるって言うのよ!」
「ですよねー」
「遠征、お疲れ様でした」
向かいからやってきた集団――といっても三隻だが――の一隻が声を掛けてきた。
「おはよう、朝潮」
「はい、朧さん。おはようございます。何かあったのですか?」
「まあ、ちょっとね」
朧が右頬の絆創膏を指で掻く。
「あの、クソ提督よ」
「司令官、ですか?」
苦虫を噛み潰したような顔の曙。
朝潮は曙の顔を見て尋ねたが、曙はそれ以上口を開かなかった。
「ご主人様のツンデレが炸裂して、ぼのたんのツンデレと対消滅したところなのです。朝潮氏」
「すみません、漣さん。朝潮の知識が足りないようです。漣さんの言っている事が理解できません」
「いやー、そう素で言われると、なんか困りますねー」
「はいはい、漣はちょっと退いて。朝潮、今任務成果の報告に行ってきた処なんだけど――」
「クソ提督、労いもなく、『確認した。現時をもって第三艦隊は解散。次の指示を待て』とか言って、何様なのよ!」
朧が朝潮に切り出すと、曙が我慢できないと、その会話を持っていった。
曙による駿河のモノマネを付けて。
「解散ですか?」
言葉尻を持っていった曙に朝潮は声を掛けるが、曙は再び口をつぐんでいる。
「そうなの。なんか『不具合』とか『想定外の状況に備えて』とか言ってね」
曙の態度に片手で拝むように謝りながら、朧は朝潮の質問に答える。
「あー、じゃあ仕方ないですね!」
「大潮殿、ググったでござるか?」
大潮の大きな声。
「漣ちゃん。指令官がそう言うのなら、きっとそう言う理由があるんですよ!」
大潮の大きな笑顔。
「すみません。大潮の言いたい事を、漣でも理解できませんでした」
漣の小さな困惑顔。
「大潮も理由はわかりません。でも、司令官が言うなら何かあるんです。絶対です」
「何言ってんのよ……」
俯いたままの曙が、声を低く響かせた。
「大潮。あんな事があったのに、あのクソ提督を――」
曙が不機嫌に大潮へと詰め寄ろうとした時、
「騒がしいわね?」
曙達の向かいから声が掛かった。
「満潮?」
「なによ。私が居るのが何か問題?」
曙が指さす先には満潮がいた。
「そんな事、無いけど。でも――」
「満潮ちゃん、遅かったですね」
「先に行っててくれて良いって、言ったでしょ?」
大潮に抱き着かれながら、満潮は曙達に声を掛ける。
「遠征終わったのね。その様子は、成功だったみたいね? 曙」
「当たり前でしょ。誰に言ってんのよ、満潮」
「改めて、お疲れ様です」
「はぁうぅ~♪ ぽかぽかしますねぇ♪」
「あらあら。素敵なことね~」
曙の答えに、朝潮だけが労った。
大潮の感想は、満潮に対してだったし、荒潮は満潮と大潮を見ての感想だった。
「〇八〇〇を過ぎたばかりだからだし、今なら食事に間に合うわよ」
「そうね、何か食べなきゃ落ち着かないわね……って、それよりも満潮」
「何?」
「顔のソレ?」
「聞かないで……まったくアイツは、何なのよ!」
満潮の眉間、両頬骨には、卵型の赤いフェイスペイントがされている。
北欧の三姉妹のようだ。
「そう、まあいいけど。それより、出歩いて……大丈夫なの?」
満潮が羽織る駿河の制服から、曙は目を逸らした。
「大丈夫じゃなかったら、歩いていないわよ」
「そういう事を言っているんじゃないでしょ!」
「満潮ちゃんは、また艤装を付けられるようになったんです。大潮、アゲアゲです!」
「mjd?」
「はい、漣さん。本当です」
大潮、朝潮が満潮を挟むように並ぶ。
荒潮は……微笑んでいる。瞳孔開き気味で。感情が高ぶっているという事なのだろうか?
「何よ信用できないって言うの?」
腕を組んで斜に構えている満潮を、曙は見ようとしなかった。
“強がっているとでも思われている”と考えたのか、満潮は瞳に火花を散らす。
「なら見せてあげるわ――満潮!」
掛け声に合わせて満潮の背中、足先、手先に、光の粒子が蛍が集まるように収束していくと、一際強く輝いた。
「どう?」
艤装を身につけ、腕を組んだ仁王立ち姿で、満潮は得意気に胸を反らせてみせる。
どうもこのポーズが気に入ったようだ。
満潮の肩に乗る妖精も、同じポーズを決める。
「ktkr! どこの魔女っ娘ですか。ちょっとそのやり方をkwsk! おふっ」
満潮へと食いつく漣が、曙の前を遮った。
「ちょっと黙ってなさいよ、漣!」
「ぼのたんの愛が痛い」
邪魔とばかりに、曙が漣を突き飛ばす。
ゆっくりとスローモションのように倒れて、漣はしなを作った。
「何言ってんのよ!」
「むしろご褒美?」
「漣……」
「いたたたたっと……満潮の妖精さん、少なくないですか?」
身を起こす漣の『ご褒美』発言に、朧はなんとも冷めた目を向けている。
「司令官より、ほいほいやるなと昨晩釘を刺されたばかりなのに。これは報告でしょうか」
「朝潮姉さん。司令官に話すより、香取さんに話した方が良いと大潮は思います」
「あらあら、ふふふ」
背後でなにやら企む姉妹艦を一瞥してから、満潮は曙達へ向き直った。
「ほんと騒がしわね。あんた達」
「あんたの姉妹艦も変わらないでしょう! ……?」
ほぼ反射的に叫んだ曙は、近寄ってくる満潮に違和感を感じた。
「満潮、なんで歩いてるの?」
「別に、歩くのなんて普通でしょう?」
「そうだけど、そうじゃなくて! なんで艤装を付けて歩けるのよ」
「あら? このまま走って見せる? それとも跳ねる?」
満潮はその場でジャンプを数度行った。
「どうして?」
曙は満潮を凝視した。
まるで同じアヒルの子と思っていたのに、アヒルは自分だけだったような焦燥感に襲われながら。
「ええっ? 陸でその動きって、がんばるってレベルじゃないでしょう?」
上下する満潮に合わせて、朧の頭も上下する。
艦娘は、普段も靴にあたる部分の艤装を付けている。
「魔女っ子パワーですか? パーフェクトパックは、艦特性がにょっきりにょきにょき、竹生えまくりで、立つのもダルゥーですよね?」
しかし、主体となる艤装・兵装を身につけるたびに船としての特性が強くなるのか、陸上での行動が非常に困難になる。
手足に重りをつけて動くようなイメージと言えばよいか。
出来ない事は無いのだが、燃料も余計に使うし、動くこともままならない。ほぼ固定砲台と化す。
何らかの名目でもなければ、陸上でフル装備をする艦娘はいないだろう。
「潜水艦については、また別の理があった。マル」
「漣、突然何を言い出しているのよ?」
「朧ちゃん。神の意志です」
「ごめん。ちょっと落ち着いて」
「そうか……」
「曙の事じゃないからね!」
茫然と見つめていた曙の目が、満潮のソレに止まった。
「あんたも、クソ提督の軍門に下ったってわけね?」
満潮がマントのように羽織る駿河の制服に、曙は眉間にしわを寄せた。
「何ですって?」
満潮は曙を睨みつける。
曙の視線は駿河の制服に向けられているせいか、二隻の視線は交わらない。
「だってそうでしょ? あの、クソ提督にあれだけ啖呵を切っておきながら、それを身につけて嬉しそうにしてるなんて。叢雲といい、あんたといい、手下と言うか犬よね。シッポを振ちゃってさ」
「はんっ」
満潮は一声で曙を黙らせた。
「私はあいつに勝ったの。『お前には完敗しました』ってね。これは戦利品。勝利の証。だからあいつが図に乗らないようにいつでも着て、見せつけてやるのよ」
「クソ提督に勝った?」
「当然よね」
なぜ、ドヤ顔と言うものは見慣れても、腹立たしく感じるのだろうか。
曙は満潮から朝潮へと視線を移した。
「本当です曙さん。司令官は、満潮の勝利を認められました。正確には『俺から一つ勝ちを得た』と言われて」
曙の視線がブレた。
朝潮の実直な性格は、ある意味有名だ。
その朝潮からの言葉は、否定したいと思う心だけでは抗えなかったようだ。
「確かに、私は一度アイツに負けたわ。でも、それを超える勝利を掴み取ったの」
満潮の勝利宣言を、俯く曙はつむじで聞いている。
「それで、満潮氏はこの後はどちらへ? お時間を頂きたく」
漣が手を擦り合わせながら、曙を背に隠すように満潮へ近づいて行く。
「私にも、ぜひ変身魔法のご教授を」
「あー、えー、んー、ちょっと用事が立て込んでてね」
「あ、そうなんですか。残念ですね」
「朝潮たちは、まだ直接補給が出来ていないので、香取教官のもと現在補習中です」
素直な朝潮。
正面に向けられていたドヤ顔は、機械仕掛けのように横を向いていく。
「昨日から始めたんですけど、上手にできないです。大潮、サゲサゲです」
「司令官からの猶予は、今日一日。かならず達成する覚悟です。できればご意見を頂ければありがたく思います」
「どうしましょうかね……」
話の雲行きは、漣にとってうまくないようだ。
『遠征中の加古より受電。我、回航中。〇八四五にて入港を予定。繰り返す。遠征中の――』
館内放送が流れた。
「あーなんか、できちゃってねー。ごめんね、コツとかちょっとわからないかな? 出ていた加古さん達も、もうじき帰って来るみたいだし。私たちは食堂へ向かうよ。またね」
この機を逃すかと、朧が強引に会話を終わらせた。
「そうですか。お止めして申し訳ありません」
「じゃあ、またね。ほら曙いくよ」
敬礼する朝潮に朧は会釈をすると、立ちすくむ曙の背を押して行く。
漣も手を振って、朧を追った。
「眠り姫を生かすために、既に行っていたとは言えませんよねー」
漣がぼそぼそと呟く言葉に、
「潮」
曙は呻くように名を呼んだ。