「駿河だ」
「ちょっと、それで分かるわけないでしょ! もうちょっと言いなさいよ!」
叢雲が駿河の胸に向かって叫ぶ。
当然だろう。
が、
「新しい提督……ですよね?」
古鷹には通じたようだ。
「ええ! 古鷹、今ので分かったのかよ」
「え? うん、まあ」
「あたしは、ぜんぜんだよ。すげーな」
「えへへへ」
加古がその事実に驚く。
叢雲も納得のいかない顔だ。
「鳳翔といい、古鷹といい。読心術でも修めているのかしら?」
「えー、すごーい。古鷹さん凄いですね!」
「しおい、大丈夫? 冗談よ、冗談」
「なんだ冗談だったんですかー、叢雲さんやめてくださいよー」
「ちょっと変なテンションになってるけど、本当に大丈夫なの?」
アハハハと焦点の合わない目で笑うシオイ。
叢雲は、駿河へ視線を向ける。
いや、向けなかった。
向ける寸前で、シオイに視線を戻した。
そんなことを数度繰り返すと、ため息を一つついてこう切り出す。
「こうやっていても、吹雪はまだみたいだし……間違いなく向かっているのよね?」
「古鷹、どうなの」
叢雲から加古、加古から古鷹へのリレー。
古鷹は左目に力を込めて、海上を見つめた。
「うん、ちゃんと来ているよ」
「そ、見えているなら大丈夫かしらね」
叢雲の言い方だと、古鷹だから見えているように聞こえる。
「現状についてね。十一月三十日付にて前提督は更迭。翌十二月一日より、横に居る駿河少将が、この鎮守府の司令官についているわ」
「編成が解けたってのって、それが原因?」
加古の疑問に、駿河が即答した。
「任務遂行中での責任者の交代は珍しいことではない。が、『提督』ではまずない事だ。それが原因と考えるのが当然だろう」
「おお、しゃべった」
「失礼だよ、加古」
「古鷹。だってさ、さっきの説明の後だとさ」
「それよりも、自己紹介しなくちゃ」
「おっと、いけない。各艦、順次申告」
加古から駿河へ敬礼を行う。
「古鷹型重巡の二番艦、加古ってんだ。よっろしくぅー!」
「古鷹と言います。重巡洋艦のいいところ、たくさん知ってもらえると嬉しいです」
「自分、あきつ丸であります」
「潜特型二番艦伊401……です」
「こんにちわあ。潜水母艦大鯨です。不束者ですが、よろしくお願い致します」
古鷹、あきつ丸、シオイ、大鯨の準備に自己紹介をしていった。
「古鷹」
「はい。……えっと、あの……」
駿河が、古鷹の瞳を射抜くように見つめる。
古鷹がそわそわと身をよじり始めた処でようやく視線を外した。
とも思ったら、今度は加古を呼ぶ。
「なんだい?」
加古の腹、あきつ丸の足、シオイの肩、大鯨の買い物袋、と視線を移す。
駿河は、ため息で締めた。
「この編成理由を、貴様は聞かされているか?」
「あー、言っていいのかな?」
加古が古鷹へ目配せする。
「知らないなら、いい。知っているなら話せ」
「そう言われちゃしかたないかー」
目を伏せて頭を掻きながら、加古は言いにくそうに口を開いた。
「あたしと古鷹は、“重い”とつくのならイッパイ運べるだろうって、前の提督が言ってさ」
「加古が旗艦なのは、いつも眠たそうなのが気に入らないから少しでも働け。と言われて」
「立寝が見つかったのは、失敗だったなー」
古鷹の説明に、加古は少しも詫びれる処がない。
「あきつ丸は、揚陸艇は輸送目的だろって。しおいと大鯨も似た理由。しおいは母艦じゃなくて空母だって言っても、聞いてくれなくてさー。いや、参ったよ」
乾いた笑が広がる。
「遠征任務で間違ってないな」
「あー、うん。そう。正直、失敗前提の任務だったから、途中で編成解除の回航状態になっても、あんま気にならなかったんだよね」
「そうか」
駿河は、たははと笑う加古を静かに見つめた。
「何? やべ、あたし何かやっちまった?」
「よく帰ってきた。貴様達は入渠の後、新体制について叢雲から説明を受けてもらう」
「新体制……で、ありますか?」
「そうだ」
「し、失礼いたしました。勝手な発言をいたしました」
あきつ丸の言葉に、駿河はただ同意しただけだが、あきつ丸は自身の行動に謝罪した。
「そうだな」
駿河は、あきつ丸の言い分に同意の返答を言い流すと、新体制について大まかな説明を続ける。
「大きくは補給と食事、艤装の管理についてとなる。……なんだ、あきつ丸」
今度は手を上げるあきつ丸。
「どのような処罰でありますか?」
「あ゛?」
駿河が、濁点が付いた声を出した。
「先ほどの自分の失態について――」
「馬鹿、あきつ丸!」
この流れは、叢雲も散々見た光景だ。
あわててあきつ丸の口を塞ごうとしたが、またもや駿河の方が早かった。
「そんなに処罰が好きか?」
「い、いえそんな事は、ないでありますが。しかし――」
「黙れ」
「フガッ」
駿河は、あきつ丸の鼻を摘まんで持ち上げた。
一瞬、あきつ丸の踵が浮き上がる。
「こ、これだけでありますか?」
たしかに鼻を摘ままれただけだが、一瞬でも鼻一つで体を吊し上げられたのに、『これだけ』発言。これは、艦娘ならではの頑強さからか? はたまた、あきつ丸がもっと強い刺激でなければ納得しないと言う事なのだろうか?
「俺に両手を使えと言うのか、あきつ丸」
「そういう事ではありませんが」
「貴様の失態など、これで十分だ」
「しかし」
「この程度の事で厳罰を科していたら、何隻建造しても足りない。貴様達もそう思うだろう?」
安全圏にいると思い込んでいた他四隻は、きれいにそろった敬礼をした。
「あー、この顔を見るのは始めてだったわね。あんた達」
叢雲が器用に顔は加古達へ向けたまま、横目で駿河の表情を見取る。
「おー、目が覚めたー」
「人間ですよね」
「熊では?」
加古、シオイ、大鯨が、思い思いに口にする中、
「古鷹? おい古鷹?」
「だ、大丈夫、加古。なんでもないから」
古鷹は顔を赤らめていた。
怒り心頭とは、程遠い印象だ。
「まあ、この笑顔は衝撃よね」
「叢雲」
「なによ」
叢雲は、どうせつつく事になる――『それだけで分かるわけないでしょ』と。そして、どうせ指摘して、言いたい事を言わせるのが面倒――と、駿河の言葉尻に合わせ、続けさせる言葉を打ち込む。
「豚と各艦との状況は」
駿河にならうように、叢雲は加古達を見たままで答えた。
「今思えば、加古と古鷹を認識できていなかったんじゃないかと思うわ。あきつ丸は、なぜか男と思われてた……あの胸なのにね。しおいは、他の潜水艦と同様に出っ放しだったし。大鯨は来てすぐにこの任務だったから、多分ほとんど接点がないと思うわ」
「そうか」
「吹雪は、――見てもらってからの方がいいかしらね」
「わかった」
言いよどむ叢雲の言葉に、駿河は素直に頷く。
叢雲の足元から、小石が地面を掻く音が鳴いた。
「と、吹雪も来たわね。とりあえず皆は荷台に乗って。吹雪が来たら、それで戻るから」
叢雲は、後ろに止めてあるキャブオールを肩越しに指さす。
こういう搬送がよくあるのか。荷台のアオリには、腰を掛けるにちょうどよさそうな足場板が、ベンチのように縁に沿って付けられている。
「お、ラッキー。歩かなくて済んだー」
「でも、皆乗れますかね?」
「う、しおい。嫌なこと言うなよー」
「すみません。つい、気になって」
「俺は歩いていく。助手席も使えば問題ないだろ。叢雲、後は任せる」
会話に交じる様子のないまま、駿河はそう告げた。
「任されたわ」
叢雲も背中越しに返答をする。
「やっと着きましたー」
波止場の下から声が上がった。
「来たわね」
「あ、叢雲さん、お疲れ様です。あれ? 今は叢雲さんが、秘書艦ですか?」
「そうよ、まず外履きを履いて。用意してあるから」
「ありがとうござます」
吹雪は、艤装の靴を履いたまま、外履きに足を入れていく。
もちろん、他五隻も同様の履き方をしている。
「他は説明が終わってるから。簡単にね。あんた達が遠征中に、司令官が交代したわ。横の……こちらが、駿河少将よ」
吹雪が身を起こすの待ってから、叢雲はやや早口に伝えていく。
「あ、そうなんですね。宜しくお願いします」
吹雪は笑顔で駿河へ会釈をすると、そのまま加古達に合流しようと、駿河と叢雲の間を抜けて行く。
「ちょっと、吹雪。私が言うのもなんだけど、これでも司令官なんだから、もう少しちゃんと挨拶をしなさいよ」
あわてて振り返り、叢雲は吹雪を呼び止めた。
「あー、そうですね。失礼しました。では、改めまして」
そう言って吹雪は、駿河の背中へ声向ける。
「ちょっ――」
「かまわない」
さすがに挑発的すぎると感じたのか。叢雲が指摘をしようとしたが、駿河は気にすることなく、背を向けたままで顔を横へと振り向けた。
体をねじるような事はしない。肩越しに見る恰好だ。
たぶん、駿河の視界には吹雪の輪郭だけが、かろうじて認識できる程度だろう。
「特型駆逐艦の一番艦、吹雪です。どうぞ、よろしくお願いします」
吹雪は笑みとともに、敬礼を行う。
「そうか、後の事は叢雲から聞け」
「了解です」
駿河の肩ごしの会話にも、吹雪は笑顔を浮かべていた。
「あの子、ちょっと変わっているのよ。被弾しても小破にもならない。駆逐艦としては異常な頑丈さよね。でも、そのわずかな負傷を直すのに、入渠時間は凄くかかる。いつでも笑顔。他にも得体のしれない処がって、あの豚は気味悪がってね。基本、長期の遠征に回されていたわ」
「そうか」
加古達へ向かう吹雪の背中を見ながら、叢雲は駿河へ説明した。
「確かめるか」
駿河のつぶやきに、叢雲は目を細める。
「忘れものだ」
駿河は上着のポッケから、小箱を一個つ放り投げた。
「チョコレート?」
「古鷹。あの箱、そうなのか? あ」
駿河との距離はそれなりに離れていたが、古鷹の目はその表紙に書かれたロゴを読みとった。
「あー、間違いないね」
加古が頭を掻く。
その視線の先には、地面に落ちてくるチョコを受けとめようと、多数の妖精が走り出していた。
出所は、加古や他の艦娘達の艤装・兵装からだ。
投げられた箱にはちゃんと、駿河がしまうに合わせてポケットに飛びこんだ妖精が、しっかりとつかまっている。
「乱暴な事をするわね」
咎めるように呟く叢雲の横に、駿河は居ない。
既にに歩きだしていたからだ。
吹雪の背後に、駿河は立つ。
「何回目だ」
駿河の問い掛けに、吹雪は何がと聞かず、
「五回目です」
と、背を向けたままに。
「何、あんた達面識があったの?」
いつの間にか置いて行かれた格好になった叢雲が、追いついていた。
「いいえ。初めましてですよ」
吹雪は叢雲に向き直り、笑顔で答える。
「でも、今『五回目』とか言ってなかった?」
「誤解です。って、言ったんですよ」
「誤解? 何が?」
「『どこかであったか?』と言われたので、他の吹雪ではないかと」
「ふーん。ま、いいわ」
叢雲は手を叩き、他を急かす。
痛みに顔を歪める処が見受けられない。
やはり、叢雲の自己申告通りに、大した破損ではないようだ。
「はいはい、ちゃっちゃっと乗り込んで。荷台のケースを降ろして踏み台にしていいから。後の予定が詰まってんのよ」
加古達へ、箒で払うように手を振る。
「そういえば――」
取り出したチョコレートを抱えて、それぞれの艦娘の元へ戻る妖精を目で追いながら、ふと口にした。
「――吹雪の妖精って、見たこと無いわね」
□ □ □
叢雲の運転にて、既に一同がタンクデサントよろしく移動していくのを、駿河は見送った。
強く吹く風と競うように、荷台から加古たちの話声が大きく湧き上がっていた。
「川内」
唐突に駿河が呟いた。
今、波止場には駿河しかいない。
当然のように、ただ風と波の音だけが、駿河に返事を繰り返す。
心臓が七十回打ち、叢雲のトラックが見えなくなっても、駿河はそこに立ち尽くした。
「その自信は、どこから来るのかな?」
川内が、駿河の後ろに立っていた。
遮蔽物のないこの環境下でどこに隠れて居たのか? それとも、目にもとまらぬ早さで移動してきたのか?
「出てこなくて、恥ずかしくなるかと思ったんだけどなー」
「昨晩はご苦労だった。この後の出撃に、問題はないか」
「それは大丈夫だけどさー」
川内は後ろ頭に手を組んで、駿河の言葉を聞いている。
「叢雲のアレって、意味あるの?」
「わからん」
「ちょっ、ちょっとー。わからないのに、やらせたっての? 一つ間違えたら精神に異常が出てもおかしくなかったんだよ」
後ろに回した手をゆっくりと解いて、川内は解いた手を腰へ添えていく。
腰に手をあてると言うより、得物を取り出すかのように。
「全ては、結果だ」
駿河は振り向くと、川内の腰に当てた手の上から、当然と押さえる。
「結果?」
「どんな努力も行動も、全ては、その時になるまでわからない。努力が違う形で発揮される事も、何も成しえない事も、珍しい事ではないだろう?」
「なってみなけりゃわからない。って事?」
「そうだ。起きた結果を、過去の行為に結び付けているだけとも言えるがな」
「それって、努力じゃなくて、後悔じゃないの?」
「同じ事だ」
「同じ事って……提督って、やっぱり冷めてるよねー」
「熱血漢でいられるほど、俺の精神は狂っていないつもりだ」
「狂って、って」
「主人公となって、敵を屠り、味方を救う。たしかに英雄の所業だ」
駿河は、海に背を向けて内地をにらみつけた。
「ここは戦場だ。己の所業を高らかに謳い上げる者など、殺すことに熱意を傾ける異常者にしか俺には見えない」
川内は駿河の前に回り込んで、下から見上げた。
「ふーん。思ってたけど、提督もやっぱり……なのかな」
「傷を舐めあうか」
「やめてよ。傷は見せないのが花でしょー」
楽しそうに笑う川内の頭に、駿河は手を置いた。
川内は左右に視線を走らせると、駿河の胸に顔をうずめた。