三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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なんも出ねえな

 天気晴天なれども、波高し。

 哨戒任務に出撃した天龍達――龍田、暁、雷、電、響は、

 

「なんも出ねえな」

 

 ――順調な航行を堪能していた。

 

「この前は、ハグレのイ級くらい見かけてたってのによ」

 

 天龍の言う『この前』とは、鎮守府の作戦行動再開後。初っ端なの任務を言っている。 昨日一六〇〇より開始した二度目の哨戒任務はと言えば、敵影を見つけられないでいた。

 ぱったりと。

 

「天龍ちゃんは、出てほしいの?」

「そうじゃねえけどよ」

「何も出ない方が良いんじゃないかしら?」

「そうね。でもいざって言う時は、私に頼ってくれてもいいのよ」

「雷ちゃんは、凄いのです。電は、出来れば戦いたくないのです」

「ハラショー」

 

 鎮守府正面近海。

 行程は残す処、三割弱。

 

「別に、戦いたいわけじゃねえけどよ」

「何か気になる事でも?」

「うん、まーな」

「あら~。天龍ちゃんが、考え事なんて~」

「これは、魚が降ってくるかもしれないね」

「響ちゃん、お魚なのです?」

 

 後方の響の言葉に、腰をかがめてアイススケートのように海面を蹴り進む電が、思わず体を起こした。

 

「ああ、電。槍に降られたら痛いからね」

「そういう事じゃないでしょ?」

 

 思わず身を捻ってツッコむ暁。

 

「じゃあ、どう言う事なのよ? 暁」

 

 顔が合った雷の疑問に、

 

「そ、それは、言わないのがレディーの嗜みかしら」

 

 暁はゆっくりと首を戻していく。

 

「ハラショー」

 

 先頭を天龍として、龍田、暁、雷、電、響の順で、単縦陣にて進んでいた。

 最後尾の響まで、先頭の天龍から五十メートル近く離れている。

 なのに、六隻は特に怒鳴りあう事もない。

 艦娘ゆえに特に耳がいいのか? はたまた、艦娘ゆえの意思疎通が存在しているのか?

 

「なんか首の後ろが、ぞわぞわするんだわ」

 

 うなじを天龍はさする。

 

「お日様に焼かれているからじゃない?」

 

 雷が空を指す。

 

「本当に、いいお天気なのです」

「波飛沫は冷たいけど、お日様はぽかぽかして、気持ちいいし」

「あれ? 暁は、髪の傷みとか気にならないのかい?」

「え? も、もちろん気にしてるわ。お手入れはレディーの嗜みだもの」

「電、眠くなったら言ってね。引っ張っていってあげるから」

「ありがとうなのです、雷ちゃん。大丈夫なのです。頑張るのです」

 

 天龍は手で日差しを遮りながら、空を見上げる。

 太陽は天頂だ。

 

「よし、チビども! 後四間もすれば帰投だ。気を抜くんじゃないぞ!」

「誰に言ってるのかしら?」

「まかせて」

「気をつけるのです」

「ハラショー」

 

 天龍の気合を入れる姿を、龍田は喜ぶように、目を細めていたが。

 

「あれ?」

「どうした、龍田」

 

 左手で自身の首を、龍田は掴む。

 

「首がきゅってしたような……」

「なんだよそれ。それより、まだソレ取れないのな」

「そうなの。本当に困りものよね~」

 

 龍田の首には、駿河が付けた血の跡がまだ残っている。

 

「でもよ、出撃前の時は、もう少し薄まって無かったか?」

「そうだったかしら?」

「俺の気のせいかもしれないけどよ。口も赤いような?」

「海からの照返しのせいかも~」

「そうなのか?」

 

 先程と同じように龍田は首を手で掴んでいるが、その紅唇は緊張から解かれていた。

 

「ひょっとして、それが原因かもな?」

「そ、それって?」

 

 天龍が、声を裏返らせる龍田を流し見た。

 

「肩とか、頭とかの」

 

 天龍が自身の肩を差す。 

 

「龍田さん、妖精さんがいっぱいなのです」

「そうね~」

 

 龍田の肩や、頭の上に浮く艤装輪には、普段いない妖精が双眼鏡を持って周囲を警戒している。

 

「電探も載せているせいかしら?」

 

 暁は、目前の龍田の背中を見ながら、疑問を口にする。

 後付けされたアンテナと、それを管理する妖精が、暁からはよく見えた。

 

「22号対水上電探と熟練見張員載せるとか。慎重すぎないか?」

「哨戒任務ですもの~。強行偵察なら、また違ったんじゃないかな~」

「そうか?」

「さあ~」

「あ、適当な事言って、からかいやがったな」

「何のことかしら~」

 

 龍田は口に人差し指をあてると、片目をつぶって見せた。

 

「龍田さん、大変になったら言ってね。私が背負うから」

「本当に~。雷、ありがとう」

 

 艦娘の所持する兵装は、特にコードのようなモノはついていない。

 なら、出撃後海上で兵装の交換は、簡単に出来そうなものだ。

 

「雷、それは無理だ」

 

 響が否定した通り、それはされていない。

 なぜか。

 イメージとしては、ラジコンカーがいいだろうか?

 ラジコンカーをもらいうけても、コントローラーが無ければ、動かす事ができない。

 言うなれば、兵装は引き金の無い銃のようなもので、引き金は持ち主の頭の中にある。

 だからこその出撃前の装備調整であり、人類が使用できない要因でもあるのだが。

 ちなみこの兵装パスの本数を、人は装備スロットとして管理している。

 

「龍田、お前……」

 

 素直に礼を口にした相棒に、天龍は眉間にしわを寄せたが、直ぐに解いて口角を上げた。

 

「よし、お前ら! 龍田が、へばる前に帰るぞ!」

「あら~、どういう事かしら~」

「べ、別に意味なんてねえよ。何、怒ってるんだよ」

「怒ってなんていないわよ~」

 

 確かに龍田は微笑んでいるだけだ。

 

「なんか、急に寒さが出て来たわね」

「暁、何言ってんのよ。暖かいじゃない?」

「殺気だね」

「響ちゃん、さっき寒い事ありましたか?」

「電、そう言う意味ではない」

「はてな、なのです」

「ハラショー」

 

 龍田にまとわりつく黒いオーラ。それ越しに見える第六駆逐隊のやり取りに、天龍は器用にも、顔の半分をほころばせ、顔の半分をひきつらせた。

 

「ちょっと、待って」

 

 電探妖精が、龍田の後ろ髪を引いた。

 龍田の雰囲気が切り替わる。

 

「反応あり。左舷船首約3点、距離18――艦影……五? 六? なにか重なっているように思えるわね」

 

 電探妖精と熟練見張員が相談結果を、龍田の肩で身振りを合わせて何か言っている。

 

「軽巡、一。駆逐艦、四。と、推定。現在も距離変わらず」

 

 龍田は天龍を見た。

 

「まだ気づかれていないか……よし、速度半速、各艦、間(あいだ)を空け」

 

 天龍の号令により、最後尾の響きから順次速度が落ちていく。

 

「さて、これでどうだ?」

 

 第三艦隊の一団は実に、120メートルものラインを形成していく。

 龍田が捕捉できたのは、集団として固まっていたからだ。

 もし、駆逐艦一隻だったら、その距離は8シーマイル(約15キロメートル)程度まで、分からなかっただろう。

 天龍はその逆の態勢を取ることで、捕捉され難い状態を目指した。

 

「気が付かれたら、一気に行くからな。エンジンに火を入れる準備をしとけよ」

 

 悲しいかな、海上での判断力や戦術眼は、戦闘力に重きを置く人間の評価には、その項目がない。

 天龍はその典型だった。

 

「龍田」

「待って、距離離れ。向き変わらず」

「なら、このまま様子見だな」

 

 二隻の間は20メートルにもなろうとしても、声を叫びあうことなく、通常の会話を続けている。

 

「まじいな」

 

 声を軽くしていた天龍が、呟く。

 天龍の視線の先には、相手方向から自分達へ流れてくる大きく広がった雲。

 

「カウント、いくぞ」

「でも、天龍さん。やり過ごせそうなのよね?」

 

 暁の言葉を天龍は聞き流す。

 

「伍、四、参、弐、――」

「目標、動き有り!」

 

 龍田が、天龍へ報告する。

 

「今! 第一戦速! 各艦、間詰め! 陣形そのまま!」

 

 天龍が喝を入れる。

 編隊が海を進む竜のごとく連なり、海上を切り進んでいく。

 

「目標急速接近。視認! 駆逐イ級後期型、三。軽巡ホ級……黄色いオーラ。フラッグ、一!」

 

 皆一様に口をつぐんだ。

 

「フフフ、怖いか?」

「だ、大丈夫よ。あんなのへっちゃらだし」

「不死鳥の名は伊達じゃない。出るよ」

「いくわよ、電」

「なのです。あれ? でも後一つ」

「龍田、指令室へ打電。我、交戦を開始す」

「連絡するね~」

 

 天龍は舌なめずりをして、艤装刀の鯉口を切った。

 

「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!」

 

 非常に絵になる立ち姿なのだが。

 ……すでに出撃していると言うのは、野暮だろうか。

 

 □ □ □

 

「提督、龍田より受電」

 

 執務室の備え付けられている通信機から、大淀が内容を読み取る。

 

「読み上げろ」

 

 駿河は、椅子から腰を上げた。

 

「はい。我、交戦を開始す。敵、駆逐イ級……こ、う、期型! 三。軽巡ホ級フラッグ、一! 以上」

「場所を変えるぞ。龍田へ打電。積極的な交戦避け。撤退戦実施。追従あればそのまま。以上だ」

「了解。龍田へ打電。積極的な交戦避け。撤退戦実施。追従あればそのまま。以上」

 

 駿河の言葉を復唱し、大淀は電鍵を打つ。

 

「龍田の返事が来たら、大淀も通信室へ来い」

 

 とても大きいとは言えないこの鎮守府。

 通信室は、作戦指令室も兼用していた。

 

「いきなりね。たまたま戦力の濃い群れに当たった。という事かしら?」

 

 叢雲が駿河に遅れまいと、当然と速足で付いていく。

 

「すぐにわかる。叢雲」

「な、何?」

 

 駿河から力強く名前を呼ばれた事が意外だったのか、叢雲は浮足立った返事をした。

 

「潜水艦組は、まだ出ていなかったな?」

「これからよ」

「では、そのまま待機だ」

「わかったわ」

 

 話しながら到着した通信室の扉を、駿河は断りなく開けて入る。

 

「第二種戦闘配置発令。別、妙高、那智、川内、神通、那珂、満潮にて第三艦隊編成。出撃に備えろ」

「了解。第二種戦闘配置発令。別、妙高、那智、川内、神通、那珂、満潮にて第三艦隊編成。出撃に備える。以上」

 

 叢雲は復唱した。

 久しぶりの力のこもった会話に、叢雲の口が軽くなったようだ。

 

「私は?」

「貴様の第一艦隊旗艦に、変更はない」

 

 いつ振りだろうか? 駿河の眼光が、叢雲の瞳孔を通り過ぎたのは。

 

「了解したわ……あれ?」

 

 叢雲の頬を一滴の涙が流れた。

 

「動け、今はまず足だ」

「わかっているわよ」

 

 すでに背中を向けている駿河が、叢雲へそう檄を飛ばす。

 

「龍田より受電。了解」

「大淀は、叢雲から現状を共有。通信手を交代。今よりここを作戦司令室とする」

 

 通信室へ飛び込んできた大淀へ、返答代わりに駿河は指示を出していく。

 つい先日、夕立へ宣言したように、エンジンにつないだ歯車のごとく駿河によって、鎮守府は急速に回り始めた。

 

 

 

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