天気晴天なれども、波高し。
哨戒任務に出撃した天龍達――龍田、暁、雷、電、響は、
「なんも出ねえな」
――順調な航行を堪能していた。
「この前は、ハグレのイ級くらい見かけてたってのによ」
天龍の言う『この前』とは、鎮守府の作戦行動再開後。初っ端なの任務を言っている。 昨日一六〇〇より開始した二度目の哨戒任務はと言えば、敵影を見つけられないでいた。
ぱったりと。
「天龍ちゃんは、出てほしいの?」
「そうじゃねえけどよ」
「何も出ない方が良いんじゃないかしら?」
「そうね。でもいざって言う時は、私に頼ってくれてもいいのよ」
「雷ちゃんは、凄いのです。電は、出来れば戦いたくないのです」
「ハラショー」
鎮守府正面近海。
行程は残す処、三割弱。
「別に、戦いたいわけじゃねえけどよ」
「何か気になる事でも?」
「うん、まーな」
「あら~。天龍ちゃんが、考え事なんて~」
「これは、魚が降ってくるかもしれないね」
「響ちゃん、お魚なのです?」
後方の響の言葉に、腰をかがめてアイススケートのように海面を蹴り進む電が、思わず体を起こした。
「ああ、電。槍に降られたら痛いからね」
「そういう事じゃないでしょ?」
思わず身を捻ってツッコむ暁。
「じゃあ、どう言う事なのよ? 暁」
顔が合った雷の疑問に、
「そ、それは、言わないのがレディーの嗜みかしら」
暁はゆっくりと首を戻していく。
「ハラショー」
先頭を天龍として、龍田、暁、雷、電、響の順で、単縦陣にて進んでいた。
最後尾の響まで、先頭の天龍から五十メートル近く離れている。
なのに、六隻は特に怒鳴りあう事もない。
艦娘ゆえに特に耳がいいのか? はたまた、艦娘ゆえの意思疎通が存在しているのか?
「なんか首の後ろが、ぞわぞわするんだわ」
うなじを天龍はさする。
「お日様に焼かれているからじゃない?」
雷が空を指す。
「本当に、いいお天気なのです」
「波飛沫は冷たいけど、お日様はぽかぽかして、気持ちいいし」
「あれ? 暁は、髪の傷みとか気にならないのかい?」
「え? も、もちろん気にしてるわ。お手入れはレディーの嗜みだもの」
「電、眠くなったら言ってね。引っ張っていってあげるから」
「ありがとうなのです、雷ちゃん。大丈夫なのです。頑張るのです」
天龍は手で日差しを遮りながら、空を見上げる。
太陽は天頂だ。
「よし、チビども! 後四間もすれば帰投だ。気を抜くんじゃないぞ!」
「誰に言ってるのかしら?」
「まかせて」
「気をつけるのです」
「ハラショー」
天龍の気合を入れる姿を、龍田は喜ぶように、目を細めていたが。
「あれ?」
「どうした、龍田」
左手で自身の首を、龍田は掴む。
「首がきゅってしたような……」
「なんだよそれ。それより、まだソレ取れないのな」
「そうなの。本当に困りものよね~」
龍田の首には、駿河が付けた血の跡がまだ残っている。
「でもよ、出撃前の時は、もう少し薄まって無かったか?」
「そうだったかしら?」
「俺の気のせいかもしれないけどよ。口も赤いような?」
「海からの照返しのせいかも~」
「そうなのか?」
先程と同じように龍田は首を手で掴んでいるが、その紅唇は緊張から解かれていた。
「ひょっとして、それが原因かもな?」
「そ、それって?」
天龍が、声を裏返らせる龍田を流し見た。
「肩とか、頭とかの」
天龍が自身の肩を差す。
「龍田さん、妖精さんがいっぱいなのです」
「そうね~」
龍田の肩や、頭の上に浮く艤装輪には、普段いない妖精が双眼鏡を持って周囲を警戒している。
「電探も載せているせいかしら?」
暁は、目前の龍田の背中を見ながら、疑問を口にする。
後付けされたアンテナと、それを管理する妖精が、暁からはよく見えた。
「22号対水上電探と熟練見張員載せるとか。慎重すぎないか?」
「哨戒任務ですもの~。強行偵察なら、また違ったんじゃないかな~」
「そうか?」
「さあ~」
「あ、適当な事言って、からかいやがったな」
「何のことかしら~」
龍田は口に人差し指をあてると、片目をつぶって見せた。
「龍田さん、大変になったら言ってね。私が背負うから」
「本当に~。雷、ありがとう」
艦娘の所持する兵装は、特にコードのようなモノはついていない。
なら、出撃後海上で兵装の交換は、簡単に出来そうなものだ。
「雷、それは無理だ」
響が否定した通り、それはされていない。
なぜか。
イメージとしては、ラジコンカーがいいだろうか?
ラジコンカーをもらいうけても、コントローラーが無ければ、動かす事ができない。
言うなれば、兵装は引き金の無い銃のようなもので、引き金は持ち主の頭の中にある。
だからこその出撃前の装備調整であり、人類が使用できない要因でもあるのだが。
ちなみこの兵装パスの本数を、人は装備スロットとして管理している。
「龍田、お前……」
素直に礼を口にした相棒に、天龍は眉間にしわを寄せたが、直ぐに解いて口角を上げた。
「よし、お前ら! 龍田が、へばる前に帰るぞ!」
「あら~、どういう事かしら~」
「べ、別に意味なんてねえよ。何、怒ってるんだよ」
「怒ってなんていないわよ~」
確かに龍田は微笑んでいるだけだ。
「なんか、急に寒さが出て来たわね」
「暁、何言ってんのよ。暖かいじゃない?」
「殺気だね」
「響ちゃん、さっき寒い事ありましたか?」
「電、そう言う意味ではない」
「はてな、なのです」
「ハラショー」
龍田にまとわりつく黒いオーラ。それ越しに見える第六駆逐隊のやり取りに、天龍は器用にも、顔の半分をほころばせ、顔の半分をひきつらせた。
「ちょっと、待って」
電探妖精が、龍田の後ろ髪を引いた。
龍田の雰囲気が切り替わる。
「反応あり。左舷船首約3点、距離18――艦影……五? 六? なにか重なっているように思えるわね」
電探妖精と熟練見張員が相談結果を、龍田の肩で身振りを合わせて何か言っている。
「軽巡、一。駆逐艦、四。と、推定。現在も距離変わらず」
龍田は天龍を見た。
「まだ気づかれていないか……よし、速度半速、各艦、間(あいだ)を空け」
天龍の号令により、最後尾の響きから順次速度が落ちていく。
「さて、これでどうだ?」
第三艦隊の一団は実に、120メートルものラインを形成していく。
龍田が捕捉できたのは、集団として固まっていたからだ。
もし、駆逐艦一隻だったら、その距離は8シーマイル(約15キロメートル)程度まで、分からなかっただろう。
天龍はその逆の態勢を取ることで、捕捉され難い状態を目指した。
「気が付かれたら、一気に行くからな。エンジンに火を入れる準備をしとけよ」
悲しいかな、海上での判断力や戦術眼は、戦闘力に重きを置く人間の評価には、その項目がない。
天龍はその典型だった。
「龍田」
「待って、距離離れ。向き変わらず」
「なら、このまま様子見だな」
二隻の間は20メートルにもなろうとしても、声を叫びあうことなく、通常の会話を続けている。
「まじいな」
声を軽くしていた天龍が、呟く。
天龍の視線の先には、相手方向から自分達へ流れてくる大きく広がった雲。
「カウント、いくぞ」
「でも、天龍さん。やり過ごせそうなのよね?」
暁の言葉を天龍は聞き流す。
「伍、四、参、弐、――」
「目標、動き有り!」
龍田が、天龍へ報告する。
「今! 第一戦速! 各艦、間詰め! 陣形そのまま!」
天龍が喝を入れる。
編隊が海を進む竜のごとく連なり、海上を切り進んでいく。
「目標急速接近。視認! 駆逐イ級後期型、三。軽巡ホ級……黄色いオーラ。フラッグ、一!」
皆一様に口をつぐんだ。
「フフフ、怖いか?」
「だ、大丈夫よ。あんなのへっちゃらだし」
「不死鳥の名は伊達じゃない。出るよ」
「いくわよ、電」
「なのです。あれ? でも後一つ」
「龍田、指令室へ打電。我、交戦を開始す」
「連絡するね~」
天龍は舌なめずりをして、艤装刀の鯉口を切った。
「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!」
非常に絵になる立ち姿なのだが。
……すでに出撃していると言うのは、野暮だろうか。
□ □ □
「提督、龍田より受電」
執務室の備え付けられている通信機から、大淀が内容を読み取る。
「読み上げろ」
駿河は、椅子から腰を上げた。
「はい。我、交戦を開始す。敵、駆逐イ級……こ、う、期型! 三。軽巡ホ級フラッグ、一! 以上」
「場所を変えるぞ。龍田へ打電。積極的な交戦避け。撤退戦実施。追従あればそのまま。以上だ」
「了解。龍田へ打電。積極的な交戦避け。撤退戦実施。追従あればそのまま。以上」
駿河の言葉を復唱し、大淀は電鍵を打つ。
「龍田の返事が来たら、大淀も通信室へ来い」
とても大きいとは言えないこの鎮守府。
通信室は、作戦指令室も兼用していた。
「いきなりね。たまたま戦力の濃い群れに当たった。という事かしら?」
叢雲が駿河に遅れまいと、当然と速足で付いていく。
「すぐにわかる。叢雲」
「な、何?」
駿河から力強く名前を呼ばれた事が意外だったのか、叢雲は浮足立った返事をした。
「潜水艦組は、まだ出ていなかったな?」
「これからよ」
「では、そのまま待機だ」
「わかったわ」
話しながら到着した通信室の扉を、駿河は断りなく開けて入る。
「第二種戦闘配置発令。別、妙高、那智、川内、神通、那珂、満潮にて第三艦隊編成。出撃に備えろ」
「了解。第二種戦闘配置発令。別、妙高、那智、川内、神通、那珂、満潮にて第三艦隊編成。出撃に備える。以上」
叢雲は復唱した。
久しぶりの力のこもった会話に、叢雲の口が軽くなったようだ。
「私は?」
「貴様の第一艦隊旗艦に、変更はない」
いつ振りだろうか? 駿河の眼光が、叢雲の瞳孔を通り過ぎたのは。
「了解したわ……あれ?」
叢雲の頬を一滴の涙が流れた。
「動け、今はまず足だ」
「わかっているわよ」
すでに背中を向けている駿河が、叢雲へそう檄を飛ばす。
「龍田より受電。了解」
「大淀は、叢雲から現状を共有。通信手を交代。今よりここを作戦司令室とする」
通信室へ飛び込んできた大淀へ、返答代わりに駿河は指示を出していく。
つい先日、夕立へ宣言したように、エンジンにつないだ歯車のごとく駿河によって、鎮守府は急速に回り始めた。