三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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天龍ちゃん、無理しないで

「砲線重ねるなよ! 取り舵いっぱい! 撤退しつつ蛇行を重ね、T字を断続に維持。チビども! ついてこいよ!」

 

 不敵に笑う天龍の肩は、激しく上下している。

 自分の叫ぶ声で更に呼吸が苦しくなっても、御構い無しだ。

 

「天龍ちゃん、無理しないで」

 

 まあ、すでに中破状態と言う事もあった。

 大淀から受電後――

 

「はあ? ふざけんなよ!」

 

 と、天龍はわめきながらも、

 

「龍田は完全索敵モードだから押し切れないってか? 畜生! その通りだよ!」

 

 駿河の指示に素直? に従った。

 

「全力で突っ込む。号令に合わせて面舵いっぱい! 最大戦速で離れ。蛇行を繰り返して、撤退と迎撃を行う!」

 

 天龍は宣言通り、深海棲艦艦隊に迫ると、大きく反転。

 自艦隊が深海棲艦に横並びになったところで、

 

「主砲、一斉射!」

 

 一斉砲撃を一発。

 結果を確かめず、そのまま大きく旋回をして後進。

 深海棲艦は、ホ級フラッグを先頭に単縦陣で追跡してくる。

 天龍はそれが当然と言うように、T字横並び、後進旋回、T字横並び、と大きく海上を竜蛇の疾走を繰り返す。

 デンプシーロール走法的な、ヒット・アンド・ウェイと言えるか。

 

「前から狙えばいい! 龍田! 頭を頼む!」

「天龍ちゃんが旗艦だから、頭のままの方が良くない?」

「ここで、ケツ持ちをしないなら、なんのシゴキだったか……わからねえだろ!」

 

 天龍は速度を落とし、龍田を先頭に次々に抜かれていく。

 左手に構える艤装刀の峯を下に向け、刃先近くに右手の甲を添える。

 

「天龍型伝統の守勢の構え。見せてやるよ! ぐはっ!」

 

 とイキったところで、被弾した。

 それはそうだ。

 天龍型伝統の守勢の構えは、攻勢防御。敵陣に切り込む際の必勝の型で、守勢としながらも守りに徹したものではない。

 

「ハッ、ハッ……なんとか、ハァ、半分まで、減らせたな」

 

 戦闘は既に、二時間に及んでいた。

 

「天龍さん! なのです」

「俺の事は気にするな! すでに、イ級二隻は、ハッ、ハッ、沈めて、やったんだ。後二隻を、あしらいながら! ハァハァ、帰投すれば、いいだけだ」

 

 電の叫びに、天龍が不敵に笑い返す。

 煤まみれでなければ、なおカッコ良かったのだが。

 

「響!」

 

 深海棲艦側も、ただ闇雲に撃ち続けてはくれなかった。

 天龍達が旋回をする――深海棲艦にとっては、一直線となる処へ、知恵なのか、本能なのか、砲撃のタイミングを合わせてきていた。

 その中の一撃が、天龍を飛び越え、響へと襲い掛かる。

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 湧き上がる黒煙の中から、響が制服を千切れさせ、艤装をへこませて姿を現す。

 直撃に見えたが、なんとか中破の内に収まったようだ。

 他には、雷が電をかばい、小破をしている。

 

「構えろ! 高波に、押される! 距離が縮まった処に、ハッハッ、雷撃がくるぞ!」

 

 先頭を行く龍田から自身までの軌跡が、波に押し込まされる。

 半円を描いていたカーブが、“つ”の字を潰したような窮屈な旋回に。

 旋回後の進路の先は、旋回前の進路に近い。

 直進をしてくる深海棲艦との距離が、一気に縮まった。

 

「最大戦速! 当てなくてもいい! すれ違いざまに、雷撃!」

 

 接近と言っても、その距離は1キロメートル以上はある。

 しかし、砲雷撃戦に置いては、接近戦以外の何物でもない距離だ。

 天龍達と深海棲艦が、マスゲームのように際どい交差に向けて進む。

 

「衝撃備え!」

 

 天龍の先見通り、深海棲艦は魚雷を放ってきた。

 龍田を抜き、天龍達も雷撃を敢行。

 互いの雷撃がぶつかり合い、ある程度は相殺された。

 ある程度だ。

 天龍は、電へと向かう魚雷の先へ身を進ませた。

 

「こんの!」

 

 見事、電への着弾を砲撃を持って防ぐ。

 替わって龍田はと言うと、魚雷の玉突きで進路がズレた一つを貰っていた。

 

「やだ~お洋服が~。許さないから」

 

 龍田が軽い口調とは裏腹に、目を座らせる。

 艤装槍を船首に見立てて、身を捻って刃先を海面に当てると、真直ぐにホ級へと向けた。

 引かれた左手、伸ばされた右手。

 艤装槍の柄に真直ぐ沿わせた14cm単装砲が鳴く。

 

「絶対逃がさないから~」

 

 槍先の直線上、ホ級の頭の上にある一際大きい砲身の中へと、砲弾が吸い込まれていく。

 ホ級の背から激しく火柱があがった。

 龍田の真骨頂、ここに極まれり。といったところか。

 

「龍田! いけるよな!」

「問題ないわ~」

「ここで決めるぞ! 各艦減速! 照準合わせ! テー!」

 

 天龍の号令に合わせた一斉射。

 

「フゥー、俺たちの勝ちだな」

 

 天龍が大きく息を吐く。

 視線の先、最後のイ級が黒煙と共に、海へと帰っていった。

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

「どう考えても、暁が一番ってことよね!」

「雷ちゃん、かばってくれてありがとうなのです。でも、無理はしないで欲しいのです」

「これくらいヘッチャラよ、電。この雷様は」

 

 戦闘を終えた高揚感からか、各艦が吐く言葉は荒い。

 誰と言わず自然と集まり、今は円陣を組んでいるような感じだった。

 

「さて、被害状況を確認しなきゃね~」

 

 龍田は、なぜかとびきりの笑顔。

 

「私は、中破だね~、弾薬も心もとないわ~。各自報告」

「暁よ。被弾は無いわ。私も弾薬が少ないかしら」

「雷。小破よ。燃料弾薬は、問題ないわ」

「電なのです。雷ちゃんのおかげで、被弾は無いのです。弾薬もまだいけます。なのです」

「響だ。私も中破だが、問題ない。弾の補充は欲しいな」

 

 一隻、つまらなそうに口をとがらせている天龍へ、他の皆の視線が集まる。

 

「な、なんだよ。見ればわかるだろ?」

「あら~、駄目よ。ちゃんと報告してくれなくちゃ~。今は私は旗艦なんだから~」

「なら、返せよ」

「だ~め」

「天龍さん、痛くない? なのです」

 

 向かい居た電が、小さな手を天龍へと伸ばした。

 

「うん? こんなの、なんでもねーよ。心配するな」

「はい、天龍ちゃん。報告♪」

「チッ、わかっったよ……大破……」

「え? な~に~。風で聞こえなかったわ~」

「大破だって言ったんだよ! 聞こえねえはずねえだろ!」

「ごめんね~。私体力がないから、ヘバッちゃったみたいで~」

「うっ、まだ根に持っていたのかよ。アレはアレだ。ほら、言葉のあやって言うか、激励っていうかよ」

「あら~、何を言っているのかしら。私には心当たりがないわ~」

 

 第六駆逐隊の四隻から、笑い声が上がる。

 開戦初めに中破となった天龍だったが、その後は回避行動を次々と成功させ、電への雷撃も防ぐ、獅子奮迅を見せた。

 ――が、

 最後の最後、イ級から最後っ屁を貰い、大破となっていた。

 

「あー、もういいよ。じゃあ、指令室へ打電は、俺がするか?」

 

 頭を掻きながら、そうぼやく天龍へ、龍田が声を掛ける。

 

「私がするわ~。天龍ちゃん、ごまかしそうだし~」

「しねーよ!」

「うふふふふ、天龍ちゃんに権限を返しておくね」

 

 腕を激しく上下にふって、天龍は抗議してますをアピール。

 

「さてと~。我、勝利す。敵艦殲滅。天龍、大破。龍田、響、中破。雷、小破。暁、電、被害なし。これより帰投する。っと」

「おっし。寄り道しちまったけど、あと二時間もあれば鎮守府だ。気を抜くなよ」

「誰に言っているのかしら?」

「そうだね。天龍が一番気を抜いちゃ駄目だ。その被害状況は、無視できない」

「そうよ。このままだと沈んじゃうわ。私が曳航してもいいのよ?」

「あらあら、皆、天龍ちゃんに優しいのね」

「これのどこが優しいんだよ。おい」

 

 龍田が、自身の耳を塞ぐように手をあてる。

 

「返事が来たわ~。あらあら~。提督から、天龍ちゃんは帰ってきたら、『血反吐を吐かす』だって~」

「はあ? 褒めろとは言わねえけどよ。シゴキが先ってなんなんだよ!」

 

 天龍以外が口を大きく開け、遠慮ない笑い声をあげる。

 

「もういいよ。じゃ、行――」

「天龍さん!」

 

 唐突に、電が天龍を突き飛ばした。

 

「電!」

 

 天龍が今までいた所。

 水柱が高く上がった。

 その陰から、電が風に吹き飛ばされる紙片のように、黒煙に包まれながら宙を舞う。

 その光景は、天龍達にはスローモーション再生のように映った。

 

「散開!」

 

 龍田の鋭い声。

 一斉に動きを得る。

 

「電!」

 

 やはりと言うか、暁、響、雷は、真直ぐに電へと向かった。

 

「龍田!」

 

 天龍の声に龍田が一方向を睨む。そこに敵がいる事を分かっているように。

 

「居た! 正面、距離11。なんで……戦艦ル級――エリートよ」

「クソが! 龍田、打電! チビども! 固まったままでもいい! 全速力で逃げろ!」

 

 天龍はすかさず指示を出す。

 本来なら、全艦散開させるのがセオリーだ。

 ただ、今の第六駆逐隊に、その指示が通るだろうか?

 起きる問答への時間より、即座の移動を天龍は選択したのだった。

 

 □ □ □

 

「龍田より受電。我、勝利す。敵艦殲滅。天龍、大破。龍田、響、中破。雷、小破。暁、電、被害なし。これより帰投する。以上」

 

 大淀が読み上げた。

 駿河は復唱し、了解の意思をしめす。

 

「なんとかなったわね。まあ、天龍の大破は、いつもの事だし」

 

 叢雲はそう突き放すも、口元は柔らかい。

 

「大淀、龍田へ打電だ。天龍は帰ってきたら、血反吐を吐かせる。とな」

「了解。龍田へ打電。天龍は帰投後、すぐに鬼のシゴキ、血反吐を吐かせる。以上」

 

 大淀は至って真面目に、繰り返す。

 

「ちょっと、大淀。あんたそれ、内容が濃くなっていない」

 

 叢雲の言葉に、大淀は頬を膨らませた。

 大淀は、何を思っているやら。

 

「さて、司令官殿。この後はどうされますか?」

 

 ギリギリの戦闘。

 被害はともかく皆が存在している。

 それが叢雲に高揚感を与えているのか――実際、叢雲の頭の艤装の発光は強い――駿河へと砕けた会話を許した。

 

「そうだな……」

 

 駿河は、卓上の海図を見つめ、アゴを手でさする。

 

「保険を使わないで済んだようだが……」

「何か奥歯に挟まったような言い方ね」

 

 叢雲が片目を細めて、駿河を見る。

 腰に手をあてるポーズも忘れない。

 

「気持ち悪いな」

 

 呟く駿河に、叢雲は片眉を上げ、大淀は座る体を向けた。

 

「提督」

「気のせいなら良いのだがな……」

「何、フラグを立ててんのよ」

 

 叢雲がメタな発言をした直後だった。

 

「あ、龍田より受電です」

 

 すでに戦闘が終わったあとの無線だからだろう。大淀の口調が崩れている。

 

「えっと、何で!」

「大淀、読め」

「失礼い――」

「読め」

「電、大破。戦艦ル級エリート、一隻。と交戦中。以上」

 

 叢雲が駿河へ勢いよく振り向く。

 

「アンタ、これを見越していたってわけ!」

「出来ていたら、電は大破していない」

 

 叢雲の気勢に触発されることなく、駿河は淡々と答えた。

 

「第三艦隊、出撃。第二艦隊援護へ迎え。撤退戦だ。順番を間違えるなと、よく伝えろ」

「分かったわ」

 

 叢雲が、有線を掛ける。

 

「龍田より受電! 天龍が――編成を解除? 龍田他は回航状態へ移行。天龍は遅滞戦闘を継続中。至急の応援を求む。以上!」

 

 大淀の読み上げに、駿河は黙って立ち上がった。

 

「そうそう、よろしく。何?」

 

 受話器を置いた叢雲が、周囲を見回す。

 自然と唾をのみ込んだ。

 真冬。器材に囲まれたこの通信室でも、その寒さは変わらない。

 だが、そこにいたすべての者が、異常な熱量を感じていた。

 大淀も我知らず、首元を広げるように指を掛ける。

 

「これは? 提督?」

 

 大淀には駿河の体が、倍に膨れ上がったように見えた。

 

「あの野郎――そんなに沈みたいのなら、俺がこの手で沈めてやる」

 

 吐き出した言葉は、炎に焼かれる鉄のように、緋色へ染まって見える。

 

「叢雲ー!」

 

 天井、壁、扉、器材、大淀、そして叢雲を、駿河の一喝がビリビリと共振させる。

 

「第四艦隊、再編。旗艦、明石。単機出撃。龍田達のアンビだ。洋上で拾ってこい!」

 

 叢雲は、復唱して再び有線を掛ける。

 大淀は、龍田へ打電。

 駿河は手元のにあるもう一つの有線を、手に取った。

 

「妙高か、変更だ。川内を抜いて五隻で出ろ。死体でもなんでもいいから、天龍を俺のところまで引きずって来い。俺がこの手で沈めてやる!」

 

 駿河は言う事だけ言って、受話器を置く。

 受話器が置かれるまでの間、その向こうから混乱と叱責が混じった妙高の声が、漏れ続けていた。

 

「龍田より受電。了解」

「明石もすでに、出港ドックへ向かっているわ」

 

 駿河は腕を組み椅子に腰を下ろすと、制帽をツバを下げる。

 二隻への返答はなかった。

 

「馬鹿者」

 

 ちなみに夕張の話では、内線が鳴る少し前に、突然明石は立ち上がり、敬礼をしたと思ったら、電話のベルがなったとの事。

 そう話す夕張も、気が付けば体の向きを変えていたらしい。方向で言えば背の先には、通信室があったとかなかったとか。

 

 

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