「砲線重ねるなよ! 取り舵いっぱい! 撤退しつつ蛇行を重ね、T字を断続に維持。チビども! ついてこいよ!」
不敵に笑う天龍の肩は、激しく上下している。
自分の叫ぶ声で更に呼吸が苦しくなっても、御構い無しだ。
「天龍ちゃん、無理しないで」
まあ、すでに中破状態と言う事もあった。
大淀から受電後――
「はあ? ふざけんなよ!」
と、天龍はわめきながらも、
「龍田は完全索敵モードだから押し切れないってか? 畜生! その通りだよ!」
駿河の指示に素直? に従った。
「全力で突っ込む。号令に合わせて面舵いっぱい! 最大戦速で離れ。蛇行を繰り返して、撤退と迎撃を行う!」
天龍は宣言通り、深海棲艦艦隊に迫ると、大きく反転。
自艦隊が深海棲艦に横並びになったところで、
「主砲、一斉射!」
一斉砲撃を一発。
結果を確かめず、そのまま大きく旋回をして後進。
深海棲艦は、ホ級フラッグを先頭に単縦陣で追跡してくる。
天龍はそれが当然と言うように、T字横並び、後進旋回、T字横並び、と大きく海上を竜蛇の疾走を繰り返す。
デンプシーロール走法的な、ヒット・アンド・ウェイと言えるか。
「前から狙えばいい! 龍田! 頭を頼む!」
「天龍ちゃんが旗艦だから、頭のままの方が良くない?」
「ここで、ケツ持ちをしないなら、なんのシゴキだったか……わからねえだろ!」
天龍は速度を落とし、龍田を先頭に次々に抜かれていく。
左手に構える艤装刀の峯を下に向け、刃先近くに右手の甲を添える。
「天龍型伝統の守勢の構え。見せてやるよ! ぐはっ!」
とイキったところで、被弾した。
それはそうだ。
天龍型伝統の守勢の構えは、攻勢防御。敵陣に切り込む際の必勝の型で、守勢としながらも守りに徹したものではない。
「ハッ、ハッ……なんとか、ハァ、半分まで、減らせたな」
戦闘は既に、二時間に及んでいた。
「天龍さん! なのです」
「俺の事は気にするな! すでに、イ級二隻は、ハッ、ハッ、沈めて、やったんだ。後二隻を、あしらいながら! ハァハァ、帰投すれば、いいだけだ」
電の叫びに、天龍が不敵に笑い返す。
煤まみれでなければ、なおカッコ良かったのだが。
「響!」
深海棲艦側も、ただ闇雲に撃ち続けてはくれなかった。
天龍達が旋回をする――深海棲艦にとっては、一直線となる処へ、知恵なのか、本能なのか、砲撃のタイミングを合わせてきていた。
その中の一撃が、天龍を飛び越え、響へと襲い掛かる。
「大丈夫だ。問題ない」
湧き上がる黒煙の中から、響が制服を千切れさせ、艤装をへこませて姿を現す。
直撃に見えたが、なんとか中破の内に収まったようだ。
他には、雷が電をかばい、小破をしている。
「構えろ! 高波に、押される! 距離が縮まった処に、ハッハッ、雷撃がくるぞ!」
先頭を行く龍田から自身までの軌跡が、波に押し込まされる。
半円を描いていたカーブが、“つ”の字を潰したような窮屈な旋回に。
旋回後の進路の先は、旋回前の進路に近い。
直進をしてくる深海棲艦との距離が、一気に縮まった。
「最大戦速! 当てなくてもいい! すれ違いざまに、雷撃!」
接近と言っても、その距離は1キロメートル以上はある。
しかし、砲雷撃戦に置いては、接近戦以外の何物でもない距離だ。
天龍達と深海棲艦が、マスゲームのように際どい交差に向けて進む。
「衝撃備え!」
天龍の先見通り、深海棲艦は魚雷を放ってきた。
龍田を抜き、天龍達も雷撃を敢行。
互いの雷撃がぶつかり合い、ある程度は相殺された。
ある程度だ。
天龍は、電へと向かう魚雷の先へ身を進ませた。
「こんの!」
見事、電への着弾を砲撃を持って防ぐ。
替わって龍田はと言うと、魚雷の玉突きで進路がズレた一つを貰っていた。
「やだ~お洋服が~。許さないから」
龍田が軽い口調とは裏腹に、目を座らせる。
艤装槍を船首に見立てて、身を捻って刃先を海面に当てると、真直ぐにホ級へと向けた。
引かれた左手、伸ばされた右手。
艤装槍の柄に真直ぐ沿わせた14cm単装砲が鳴く。
「絶対逃がさないから~」
槍先の直線上、ホ級の頭の上にある一際大きい砲身の中へと、砲弾が吸い込まれていく。
ホ級の背から激しく火柱があがった。
龍田の真骨頂、ここに極まれり。といったところか。
「龍田! いけるよな!」
「問題ないわ~」
「ここで決めるぞ! 各艦減速! 照準合わせ! テー!」
天龍の号令に合わせた一斉射。
「フゥー、俺たちの勝ちだな」
天龍が大きく息を吐く。
視線の先、最後のイ級が黒煙と共に、海へと帰っていった。
「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」
「どう考えても、暁が一番ってことよね!」
「雷ちゃん、かばってくれてありがとうなのです。でも、無理はしないで欲しいのです」
「これくらいヘッチャラよ、電。この雷様は」
戦闘を終えた高揚感からか、各艦が吐く言葉は荒い。
誰と言わず自然と集まり、今は円陣を組んでいるような感じだった。
「さて、被害状況を確認しなきゃね~」
龍田は、なぜかとびきりの笑顔。
「私は、中破だね~、弾薬も心もとないわ~。各自報告」
「暁よ。被弾は無いわ。私も弾薬が少ないかしら」
「雷。小破よ。燃料弾薬は、問題ないわ」
「電なのです。雷ちゃんのおかげで、被弾は無いのです。弾薬もまだいけます。なのです」
「響だ。私も中破だが、問題ない。弾の補充は欲しいな」
一隻、つまらなそうに口をとがらせている天龍へ、他の皆の視線が集まる。
「な、なんだよ。見ればわかるだろ?」
「あら~、駄目よ。ちゃんと報告してくれなくちゃ~。今は私は旗艦なんだから~」
「なら、返せよ」
「だ~め」
「天龍さん、痛くない? なのです」
向かい居た電が、小さな手を天龍へと伸ばした。
「うん? こんなの、なんでもねーよ。心配するな」
「はい、天龍ちゃん。報告♪」
「チッ、わかっったよ……大破……」
「え? な~に~。風で聞こえなかったわ~」
「大破だって言ったんだよ! 聞こえねえはずねえだろ!」
「ごめんね~。私体力がないから、ヘバッちゃったみたいで~」
「うっ、まだ根に持っていたのかよ。アレはアレだ。ほら、言葉のあやって言うか、激励っていうかよ」
「あら~、何を言っているのかしら。私には心当たりがないわ~」
第六駆逐隊の四隻から、笑い声が上がる。
開戦初めに中破となった天龍だったが、その後は回避行動を次々と成功させ、電への雷撃も防ぐ、獅子奮迅を見せた。
――が、
最後の最後、イ級から最後っ屁を貰い、大破となっていた。
「あー、もういいよ。じゃあ、指令室へ打電は、俺がするか?」
頭を掻きながら、そうぼやく天龍へ、龍田が声を掛ける。
「私がするわ~。天龍ちゃん、ごまかしそうだし~」
「しねーよ!」
「うふふふふ、天龍ちゃんに権限を返しておくね」
腕を激しく上下にふって、天龍は抗議してますをアピール。
「さてと~。我、勝利す。敵艦殲滅。天龍、大破。龍田、響、中破。雷、小破。暁、電、被害なし。これより帰投する。っと」
「おっし。寄り道しちまったけど、あと二時間もあれば鎮守府だ。気を抜くなよ」
「誰に言っているのかしら?」
「そうだね。天龍が一番気を抜いちゃ駄目だ。その被害状況は、無視できない」
「そうよ。このままだと沈んじゃうわ。私が曳航してもいいのよ?」
「あらあら、皆、天龍ちゃんに優しいのね」
「これのどこが優しいんだよ。おい」
龍田が、自身の耳を塞ぐように手をあてる。
「返事が来たわ~。あらあら~。提督から、天龍ちゃんは帰ってきたら、『血反吐を吐かす』だって~」
「はあ? 褒めろとは言わねえけどよ。シゴキが先ってなんなんだよ!」
天龍以外が口を大きく開け、遠慮ない笑い声をあげる。
「もういいよ。じゃ、行――」
「天龍さん!」
唐突に、電が天龍を突き飛ばした。
「電!」
天龍が今までいた所。
水柱が高く上がった。
その陰から、電が風に吹き飛ばされる紙片のように、黒煙に包まれながら宙を舞う。
その光景は、天龍達にはスローモーション再生のように映った。
「散開!」
龍田の鋭い声。
一斉に動きを得る。
「電!」
やはりと言うか、暁、響、雷は、真直ぐに電へと向かった。
「龍田!」
天龍の声に龍田が一方向を睨む。そこに敵がいる事を分かっているように。
「居た! 正面、距離11。なんで……戦艦ル級――エリートよ」
「クソが! 龍田、打電! チビども! 固まったままでもいい! 全速力で逃げろ!」
天龍はすかさず指示を出す。
本来なら、全艦散開させるのがセオリーだ。
ただ、今の第六駆逐隊に、その指示が通るだろうか?
起きる問答への時間より、即座の移動を天龍は選択したのだった。
□ □ □
「龍田より受電。我、勝利す。敵艦殲滅。天龍、大破。龍田、響、中破。雷、小破。暁、電、被害なし。これより帰投する。以上」
大淀が読み上げた。
駿河は復唱し、了解の意思をしめす。
「なんとかなったわね。まあ、天龍の大破は、いつもの事だし」
叢雲はそう突き放すも、口元は柔らかい。
「大淀、龍田へ打電だ。天龍は帰ってきたら、血反吐を吐かせる。とな」
「了解。龍田へ打電。天龍は帰投後、すぐに鬼のシゴキ、血反吐を吐かせる。以上」
大淀は至って真面目に、繰り返す。
「ちょっと、大淀。あんたそれ、内容が濃くなっていない」
叢雲の言葉に、大淀は頬を膨らませた。
大淀は、何を思っているやら。
「さて、司令官殿。この後はどうされますか?」
ギリギリの戦闘。
被害はともかく皆が存在している。
それが叢雲に高揚感を与えているのか――実際、叢雲の頭の艤装の発光は強い――駿河へと砕けた会話を許した。
「そうだな……」
駿河は、卓上の海図を見つめ、アゴを手でさする。
「保険を使わないで済んだようだが……」
「何か奥歯に挟まったような言い方ね」
叢雲が片目を細めて、駿河を見る。
腰に手をあてるポーズも忘れない。
「気持ち悪いな」
呟く駿河に、叢雲は片眉を上げ、大淀は座る体を向けた。
「提督」
「気のせいなら良いのだがな……」
「何、フラグを立ててんのよ」
叢雲がメタな発言をした直後だった。
「あ、龍田より受電です」
すでに戦闘が終わったあとの無線だからだろう。大淀の口調が崩れている。
「えっと、何で!」
「大淀、読め」
「失礼い――」
「読め」
「電、大破。戦艦ル級エリート、一隻。と交戦中。以上」
叢雲が駿河へ勢いよく振り向く。
「アンタ、これを見越していたってわけ!」
「出来ていたら、電は大破していない」
叢雲の気勢に触発されることなく、駿河は淡々と答えた。
「第三艦隊、出撃。第二艦隊援護へ迎え。撤退戦だ。順番を間違えるなと、よく伝えろ」
「分かったわ」
叢雲が、有線を掛ける。
「龍田より受電! 天龍が――編成を解除? 龍田他は回航状態へ移行。天龍は遅滞戦闘を継続中。至急の応援を求む。以上!」
大淀の読み上げに、駿河は黙って立ち上がった。
「そうそう、よろしく。何?」
受話器を置いた叢雲が、周囲を見回す。
自然と唾をのみ込んだ。
真冬。器材に囲まれたこの通信室でも、その寒さは変わらない。
だが、そこにいたすべての者が、異常な熱量を感じていた。
大淀も我知らず、首元を広げるように指を掛ける。
「これは? 提督?」
大淀には駿河の体が、倍に膨れ上がったように見えた。
「あの野郎――そんなに沈みたいのなら、俺がこの手で沈めてやる」
吐き出した言葉は、炎に焼かれる鉄のように、緋色へ染まって見える。
「叢雲ー!」
天井、壁、扉、器材、大淀、そして叢雲を、駿河の一喝がビリビリと共振させる。
「第四艦隊、再編。旗艦、明石。単機出撃。龍田達のアンビだ。洋上で拾ってこい!」
叢雲は、復唱して再び有線を掛ける。
大淀は、龍田へ打電。
駿河は手元のにあるもう一つの有線を、手に取った。
「妙高か、変更だ。川内を抜いて五隻で出ろ。死体でもなんでもいいから、天龍を俺のところまで引きずって来い。俺がこの手で沈めてやる!」
駿河は言う事だけ言って、受話器を置く。
受話器が置かれるまでの間、その向こうから混乱と叱責が混じった妙高の声が、漏れ続けていた。
「龍田より受電。了解」
「明石もすでに、出港ドックへ向かっているわ」
駿河は腕を組み椅子に腰を下ろすと、制帽をツバを下げる。
二隻への返答はなかった。
「馬鹿者」
ちなみに夕張の話では、内線が鳴る少し前に、突然明石は立ち上がり、敬礼をしたと思ったら、電話のベルがなったとの事。
そう話す夕張も、気が付けば体の向きを変えていたらしい。方向で言えば背の先には、通信室があったとかなかったとか。