三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

32 / 49
天龍は一人、海に立っていた

 

 誰かがボタンを連打をして、[進撃]を選んでしまったのか。

 天龍は一隻、海に立っていた。

 

「後、百回も、繰り返せば、鎮守、府につけ、るな」

 

 天龍型伝統“守勢の構え”をしたまま、天龍は気楽に笑っている。

 構えた艤装刀は半ばから折れ、突き出した右手は徒手空拳のようだ。

 

「ハァハァ、龍田、すげー、怒ってたな」

 

 目前の海面に、水柱が上がった。

 

「どうやって、宥めっかなー」

 

 天龍はすかさず足を踏みかえ、最大戦速で後方へと疾走。

 激しい呼気に肩を上下させていたまま、三十秒も移動した処で再び振り直る。

 艤装刀を構えると、その体は木鶏のごとく動きをピタリと止めた。

 間をおいて、人には捉えられない風切り音。

 天龍はそれ聞き分ける。

 一閃。

 激しく金属同士がぶつかり、擦れる不快な金切音が騒ぐ。

 それをスタート音として、天龍は最大戦速で後方へ疾走。

 また振り直り、艤装刀を構える。

 

「鉈に、なったと、思ったけど……もう、ノコだな。こりゃ」

 

 折れた艤装刀の刃は、どこと言わず、抉れ、引き千切れ、のこぎり刃のような様相だ。

 

「あ」

 

 天龍は自分の艤装刀の有様に、少し見入ってしまった。

 そこへ、件の一撃。

 

「あっ、ぶねー」

 

 今回は、天龍の横へと落ちてくれた。

 幸運に感謝だろうか?

 言葉通りの驚きを示す様に、頭の艤装にある発光部が強く点滅を繰り返している。

 捨て台詞に合わせて、疾走を開始。

 今、天龍が相手をしているのは、深海棲艦ル級エリート、一隻。

 この薄氷を踏むような極限のやり取りを、天龍は龍田と別れてから続けていた。

 

「ハァハァ、やべえな。疲れで、良く、見えなくな、ってきやがった、よっと」

 

 砲撃を艤装刀へ弾き、疾走。

 凄まじい勢いで、天龍の精神力は削られていく。

 軽口を叩けているのは、極度の疲労ゆえの興奮状態か、はたまた危機感の麻痺か。

 青息吐息。

 その顔色は、流れる血の赤さを十分に引き立たさせる。

 すでに、大破状態の天龍。

 かすっただけだけで、アウトだろう。

 

「直撃しなけりゃ、どうってことない」

 

 天龍の理解は、違うようだ。

 

「そらよっ」

 

 鈴虫の音のような音だけが、鳴った。

 

「フフフ……提督にシゴかれた甲斐か」

 

 ル級からの砲撃。

 それを天龍は、ボロボロの刃の無い艤装刀で、断ち切って見せた。

 これまで、叩きつけられるような衝撃が、この一振りに限っては、空を切ったように何も感じない。

 幾度となく振られた内、指で数える程度だが、このような“極み”を見せていた。

 

「教えられた事は、間違っていない。という事かよ。ムカつくけどな」

 

 駿河の指導がムカつくのか。自身の努力だけでは得られなかった事がムカつくいのか。

 どちらを指しての言葉だろう。

 どうも天龍にとっては、意味のある言葉ではなかったようだ。

 ルーチンワークの再開。

 振り向き、疾走、停止、振戻りて、構えをとる。

 

「撃ってこない?」

 

 遠方から戦艦特有の砲撃距離を保ちつつ、ル級は一定のリズムで砲撃を繰り返していた。

 それが今回は、いくら待っても砲撃が来ない。

 余力が出来たと、切れた息を整えていく。

 

「弾切れ? スーハースーハー、ここで反攻!」

 

 天龍がニカっと歯を見せる。

 不意に、手刀が自分へ構えられる幻覚を、天龍は見た。

 

「牙を砥げ。備えろ」

 

 天龍の口から出た言葉は、他人が天龍の口を借りて話したかのように、意志を感じない。

 天龍は目を閉じて何かを繰り返し唱えている。

 その最中に不快な金属音が。

 

「おお、やっぱ俺、すげーな。ハァハァ、世界水準超えてるよな」

 

 音の正体は、ル級の砲撃を天龍が艤装刀にて防いだものだった。

 まるで艤装刀が意志をもったように、不意に襲ってきた砲弾を、偶然にも打ち弾いた。

 

「しびれを切らして、詰めて、きやがったか?」

 

 天龍の言う通り、今の砲撃は、砲音から着水までの間が短かかった。

 再びの疾走。

 いや、さらに加速する。

 天龍は、自身の喉に鉄の味を感じながらも、その速さをさらに求めた。

 

「ハッ、ハッ、何回目だ。まだまだ元気ってか。早く弾切れしてくれねえかな?」

 

 天龍の期待は、時間が丁寧に反論してくれた。

 今、日は傾き。斜陽と名を変え始めている。

 

「おっと」

 

 天龍が傾く。

 その隙を狙ったかのように、ル級からの一撃。

 

「こなクソ!」

 

 ただ力任せに振るった艤装刀によって、それは防がれた。

  

「根元から、お、折れち、まった、よ」

 

 同時に、甲高い澄んだ金属音が響く。

 

「いよいよ、もって、体捌きだけってか。スーハー、よっしゃー!」

 

 あれやこれやとイジられる天龍。

 逆境に燃え上がるのも、その要因だろうか。

 今は逆境を楽しむ風を装う事で、自身を鼓舞しているのだろうか。

 分かっている事は、すぐに大破するとやじられながらも、戦場に立たせ続けろと叫ぶ。

 それが天龍型一番艦、天龍という事だ。

 

「チッ」

 

 天龍が波に足をとられるた。

 肉体的にも、精神的にも疲労の限界はとうに超えている。

 小さな波さえも、天龍を翻弄するのは容易い。

 大きく減速を強いられた天龍へ、すかさずのル級の砲撃。

 

「ハッ、そうだろうな!」

 

 自分でもココは見逃さないと思いながら、天龍は取り舵に切った。

 

「南無三」

 

 運は天龍へと、味方をしなかった。

 ル級の砲弾は、天龍が進む方へと導かれていく。

 

「おっしゃー」

 

 ただ、少しだけ見逃してくれたようだ。

 その砲弾は、天龍を追い越して着水した。

 

「まだ、運は――」

 

 違った。

 外れたのでは、ない。

 砲撃は、天龍の進む先へ着弾させる事が目的だった。

 進行方向に立った波を、天龍は切り裂いて進む事が出来ない。

 

「また、距離を、ハァハァ、詰められたか……次は無いな」

 

 天龍は半身に構え、主砲を斉射した。

 

「やっぱ、こんなんじゃ止まらないか」

 

 ダメ元、効けばラッキー、せめてわずかな隙をと放ってみたものの、ル級は避ける事もなく、手の兵装に当たるに任せ、迫って続ける。

 

「もう少しで陽が沈む。それまで……」

 

 天龍は自分の後ろ腰を数度叩きながら、ル級が行っている照準合わせ――砲身の調整動作を見つめた。

 バラバラに動いていたル級の砲身が、ピタッと動きを止める。

 

「合いました。ってか?」

 

 軽口をたたきながらも、これから起こる事の全てを見逃すまいと、天龍は目に力を込める。

 一際大きな砲撃音が響いた。

 

「なんだ!」

 

 天龍は、ル級から顔を背ける。

 

「ははは、憎い登場をしてくれるじゃんかよ」

 

 海水が一斉に立ち上がり、水の壁が形成された。

 重さに引かれて落ちる海水の陰から、ル級の姿が現れる。

 その手にしている巨大な盾を兼ねた兵装は、所々を赤く焼けつけさせていた。

 

「あれは……妙高に、那智、神通、那珂――と、満潮?」

 

 天龍の視線の先には、五隻の同胞がクッキリと見えた。

 第三艦隊は、間に合った。

 砲撃音。

 再びル級の周りで、水柱があがる。

 

「ハァー、遅えよ。なんで、五隻なんだよ? 満潮はもう戦えるのかよ? ……提督か」

 

 天龍が出撃した時、満潮は艤装を付けれないでいた。

 その満潮が、自身の救援艦隊に居れば、疑問のあるだろう。

 が、理由を駿河とすることで、天龍は納得できるようだ。

 天龍が第三艦隊へと進路を変える。

 第三艦隊の一隻が、天龍へ大きく手を振ってきている。

 

「誰が『馬鹿者』だよ。なんだ? 空耳か――」

 

 叱責をされたかのように天龍は、こぼす。

 と、唐突に足元からの抵抗が無くなった。

 不意の事に確かめようと下を向くが、なかなか向けない。まるで空気が粘性を帯びたように、邪魔をする。

 自分の胸元がようやく見れた頃、背中に膨大な熱量を感じた。

 やはり、振り向こうとしたが、まるで動かない。

 全てが闇に染まる。 

 

 ――やっと、夜かよ。

 

 天龍はそう思って、終わった。

 

 □ □ □

 

「居たぞ! 敵戦艦! 右舷船首2点。距離15。どうする!」

 

 那智が、大きく叫ぶ。

 

「現在の海域で、敵戦艦が他にもいるとは、考えられません」

「途中、龍田達に会えなかったのは、痛いな」

「決めました。単横陣、各艦最大戦速。風より波をとります!」

 

 旗艦の妙高から指示がでる。

 単縦陣で進めば、自身の前にいる船が風避けになり、燃料の節約と、艦隊に気持程度の増速が期待できる。

 しかし、今は一刻を争う。

 単縦陣のデメリットである船波の干渉を嫌い、一隻でも早く着けるものが着く事が重要だと、妙高は判断した。

 

「見つけました。正面、距離10! 天龍さん、健在です」

 

 神通が指を差す。

 現在の位置関係は、大雑把だが第三艦隊からは、左手前に天龍、右奥にル級。 

 

「天龍、ル級との間、距離6。敵との距離13まで詰めた艦から、随時砲撃開始!」

「どうした、妙高!」

 

 密集しているとは言え、互いの顔色が分かるような明るさでも、向きでもない。

 姉妹艦ゆえか、那智は妙高の機微を感じとったようだ。

 

「なんでもないわ! もう一度助ければいいだけ」

「もう一度も何も、これからだろう?」

「もう一度――よ。那智! 距離、今!」

「よし!」

 

 妙高と那智が、一泊遅れて、神通、那珂が砲撃を行う。

 

「天龍ちゃんが、こっちに気がついたみたいだよ! おーい」

 

 那珂が、動きの変わった天龍へと手を振りながら、艦隊へ情報を流す。

 

「第二射、撃て!」

 

 妙高の号令に合わせ、今度は満潮も参加して砲撃が行われる。

 

「油断です。天龍さん!」

 

 神通が天龍の動きを指摘した。

 天龍は、完全にル級へと背を向けている。

 

「何やってるのよ!」

「まずいな」

 

 満潮の叱責、那智の示唆を受け、

 

「いけない! このまま全速で距離を詰めます! 各艦、最大戦速!」

 

 妙高は、再び艦隊を走らせた。

 

「え?」

 

 第二射で上がった水柱を、何かが抜けていくのが見えた。

 それは天龍の背中へと到達すると、そのまま天龍を背中から打ち上げる。

 

「天龍!」

 

 走馬灯と言うものがあるが、見ている者にもあるのだろうか?

 打ち上げられた天龍が、海面に落ちるまで、相応の時間が掛かったように感じる。

 着水した天龍は、静かに静かに、海中へと身を隠していっているように見える。

 第三艦隊は、その足を知らずに止めていた。

 

「天龍、挙動なし! 妙高!」

 

 さすがと言うべきか。

 那智は動転することなく。いや、動転しても行動が出来るほどの鍛錬を積んだ結果か。

 状況報告を叫ぶと、強く妙高の名を叫び、指揮を急かす。

 

「まだ、轟沈と確定したわけではありません!」

 

 希望的観測を事実とするかのように妙高は、そう宣言した。

 顔を歪ませる事なく、妙高は行動を指示。

 

「私、那智、神通、ル級と交戦。那珂と満潮で、天龍を拾い上げ」

 

 互いに目を合わせて、力強く頷きあう。

 

「各艦足止めるな! 落陽との競争よ! 負けるわけにはいかないわ!」

 

 うつぶせに浮く天龍の頭、艤装の光は消えている。

 夜の海は、空よりも暗い。

 日が沈んでしまっては、視認することが、極端に難しくなる。

 なぜなら地面と違い、海は絶えず流動している。そこに居た事が絶対ではない。

 

「天龍ちゃん、待っててね! ええ? 満潮ちゃん、なんか速くない? 置いてかれちゃってるよー!」

 

 天龍寄りに居た那珂を抜き、満潮が弾丸のごとく、真直ぐに突き進む。

 

「今度は海にいる。なら、沈ませはしないわ」

 

 満潮は、第六駆逐隊と同様に海面をアイススケートのように蹴っているが、そのストロークは圧倒的に長い。

 

「何でよ!」

 

 満潮の向かう先、もう背かしか海上に見えない天龍へ、ル級が砲撃を行った。

 

「攻撃……天龍は沈んでいない!」

 

 勝気な瞳に満潮は、朝日のごとき輝きを満たす。

 ただ、出した言葉は自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。

 

「今度は、なんなのよ!」

 

 再び、水柱。

 満潮は、頭の上から海水を浴びた。

 妙高たちとの交戦が始まったようだ。

 それでもル級は、未だ天龍を攻撃している。

 それが天龍にではなく、満潮へとその砲弾がズレた結果だった。

 

「天龍!」

 

 夜のとばりが下りる。

 太陽のなんと偉大な事か。

 その通りの一条の光が消える前と後では、嘘のように何も見えなくなった。

 

「天龍ちゃん!」

 

 那珂も天龍の名を呼ぶ。

 奇跡の喚起を願うかのように。

 

「ここ! 違う。こっち! まだ、まだよ!」

 

 満潮は、海中へと手を突き立てる。

 人類にとっては、事も無い行為だが、海に嫌われた艦娘にとっては、砂へ手を突きつけているようなものだ。

 見る見るうちに、素手の満潮は、爪をはがし、手の甲に擦り傷を負っていく。

 

「天龍ちゃん! 天龍ちゃん!」

 

 海の上。雲は流れ、海面は上下する。

 ずっと見つめていても、それが同じ場所なのか惑わされる。

 唯一頼れる星光は、今から輝く。

 二隻は海面に這いつくばり、砂漠に落とした砂金を探すように、目を凝らしている。

 あれから、天龍への砲撃はない。

 こうなると、着弾が一つの目印として期待したいところだ。

 妙高達との交戦ゆえか。

 はたまた、ル級が必要ないと標的を替えたのか。

 満潮達に知ることは出来ない。

 

「もう、マナーはちゃんと守ってくれなきゃダメだよ!」

 

 明らかな流れ弾が、那珂の直近に落ちた。

 巻き散らされる海水に、那珂は緊張ある声で軽口を叩く。 

 

「いい加減にして!」

 

 満潮が声を荒げた。

 

「満潮ちゃん」

「那珂、ここを任せるわ」

「え? グループ解散して、ソロ活動するのは良いけどれど、満潮ちゃんは?」

「行って、黙らせて、すぐ戻るわ」

「夢は大きくだけど、初期ファンは大切にしなくちゃ」

 

 那珂用語を翻訳すると、

 任されるのは問題ない。

 駆逐艦の満潮が行っても火力が足りない。

 勝手な判断はどうかな?

 指示を全うすることは大切だよ。

 以上だ。

 

「だからさ、満潮ちゃん……光ってる?」

 

 満潮の体から淡い緑の燐光が溢れ、千切れ、風に消えていく。

 

「満潮ちゃん、大丈夫なの! 体から煙が上がっているよ?」

 

 上がっているのは、湯気だった。

 満潮がかぶった海水が、熱に当てられて蒸発する。

 

「耳鳴り?」

 

 那珂は回転が上がっていくモーターにも似た金属音を、拾い上げた。

 

「満潮――出るわ」

 

 声に答えるように、燐光が濃くなった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。