誰かがボタンを連打をして、[進撃]を選んでしまったのか。
天龍は一隻、海に立っていた。
「後、百回も、繰り返せば、鎮守、府につけ、るな」
天龍型伝統“守勢の構え”をしたまま、天龍は気楽に笑っている。
構えた艤装刀は半ばから折れ、突き出した右手は徒手空拳のようだ。
「ハァハァ、龍田、すげー、怒ってたな」
目前の海面に、水柱が上がった。
「どうやって、宥めっかなー」
天龍はすかさず足を踏みかえ、最大戦速で後方へと疾走。
激しい呼気に肩を上下させていたまま、三十秒も移動した処で再び振り直る。
艤装刀を構えると、その体は木鶏のごとく動きをピタリと止めた。
間をおいて、人には捉えられない風切り音。
天龍はそれ聞き分ける。
一閃。
激しく金属同士がぶつかり、擦れる不快な金切音が騒ぐ。
それをスタート音として、天龍は最大戦速で後方へ疾走。
また振り直り、艤装刀を構える。
「鉈に、なったと、思ったけど……もう、ノコだな。こりゃ」
折れた艤装刀の刃は、どこと言わず、抉れ、引き千切れ、のこぎり刃のような様相だ。
「あ」
天龍は自分の艤装刀の有様に、少し見入ってしまった。
そこへ、件の一撃。
「あっ、ぶねー」
今回は、天龍の横へと落ちてくれた。
幸運に感謝だろうか?
言葉通りの驚きを示す様に、頭の艤装にある発光部が強く点滅を繰り返している。
捨て台詞に合わせて、疾走を開始。
今、天龍が相手をしているのは、深海棲艦ル級エリート、一隻。
この薄氷を踏むような極限のやり取りを、天龍は龍田と別れてから続けていた。
「ハァハァ、やべえな。疲れで、良く、見えなくな、ってきやがった、よっと」
砲撃を艤装刀へ弾き、疾走。
凄まじい勢いで、天龍の精神力は削られていく。
軽口を叩けているのは、極度の疲労ゆえの興奮状態か、はたまた危機感の麻痺か。
青息吐息。
その顔色は、流れる血の赤さを十分に引き立たさせる。
すでに、大破状態の天龍。
かすっただけだけで、アウトだろう。
「直撃しなけりゃ、どうってことない」
天龍の理解は、違うようだ。
「そらよっ」
鈴虫の音のような音だけが、鳴った。
「フフフ……提督にシゴかれた甲斐か」
ル級からの砲撃。
それを天龍は、ボロボロの刃の無い艤装刀で、断ち切って見せた。
これまで、叩きつけられるような衝撃が、この一振りに限っては、空を切ったように何も感じない。
幾度となく振られた内、指で数える程度だが、このような“極み”を見せていた。
「教えられた事は、間違っていない。という事かよ。ムカつくけどな」
駿河の指導がムカつくのか。自身の努力だけでは得られなかった事がムカつくいのか。
どちらを指しての言葉だろう。
どうも天龍にとっては、意味のある言葉ではなかったようだ。
ルーチンワークの再開。
振り向き、疾走、停止、振戻りて、構えをとる。
「撃ってこない?」
遠方から戦艦特有の砲撃距離を保ちつつ、ル級は一定のリズムで砲撃を繰り返していた。
それが今回は、いくら待っても砲撃が来ない。
余力が出来たと、切れた息を整えていく。
「弾切れ? スーハースーハー、ここで反攻!」
天龍がニカっと歯を見せる。
不意に、手刀が自分へ構えられる幻覚を、天龍は見た。
「牙を砥げ。備えろ」
天龍の口から出た言葉は、他人が天龍の口を借りて話したかのように、意志を感じない。
天龍は目を閉じて何かを繰り返し唱えている。
その最中に不快な金属音が。
「おお、やっぱ俺、すげーな。ハァハァ、世界水準超えてるよな」
音の正体は、ル級の砲撃を天龍が艤装刀にて防いだものだった。
まるで艤装刀が意志をもったように、不意に襲ってきた砲弾を、偶然にも打ち弾いた。
「しびれを切らして、詰めて、きやがったか?」
天龍の言う通り、今の砲撃は、砲音から着水までの間が短かかった。
再びの疾走。
いや、さらに加速する。
天龍は、自身の喉に鉄の味を感じながらも、その速さをさらに求めた。
「ハッ、ハッ、何回目だ。まだまだ元気ってか。早く弾切れしてくれねえかな?」
天龍の期待は、時間が丁寧に反論してくれた。
今、日は傾き。斜陽と名を変え始めている。
「おっと」
天龍が傾く。
その隙を狙ったかのように、ル級からの一撃。
「こなクソ!」
ただ力任せに振るった艤装刀によって、それは防がれた。
「根元から、お、折れち、まった、よ」
同時に、甲高い澄んだ金属音が響く。
「いよいよ、もって、体捌きだけってか。スーハー、よっしゃー!」
あれやこれやとイジられる天龍。
逆境に燃え上がるのも、その要因だろうか。
今は逆境を楽しむ風を装う事で、自身を鼓舞しているのだろうか。
分かっている事は、すぐに大破するとやじられながらも、戦場に立たせ続けろと叫ぶ。
それが天龍型一番艦、天龍という事だ。
「チッ」
天龍が波に足をとられるた。
肉体的にも、精神的にも疲労の限界はとうに超えている。
小さな波さえも、天龍を翻弄するのは容易い。
大きく減速を強いられた天龍へ、すかさずのル級の砲撃。
「ハッ、そうだろうな!」
自分でもココは見逃さないと思いながら、天龍は取り舵に切った。
「南無三」
運は天龍へと、味方をしなかった。
ル級の砲弾は、天龍が進む方へと導かれていく。
「おっしゃー」
ただ、少しだけ見逃してくれたようだ。
その砲弾は、天龍を追い越して着水した。
「まだ、運は――」
違った。
外れたのでは、ない。
砲撃は、天龍の進む先へ着弾させる事が目的だった。
進行方向に立った波を、天龍は切り裂いて進む事が出来ない。
「また、距離を、ハァハァ、詰められたか……次は無いな」
天龍は半身に構え、主砲を斉射した。
「やっぱ、こんなんじゃ止まらないか」
ダメ元、効けばラッキー、せめてわずかな隙をと放ってみたものの、ル級は避ける事もなく、手の兵装に当たるに任せ、迫って続ける。
「もう少しで陽が沈む。それまで……」
天龍は自分の後ろ腰を数度叩きながら、ル級が行っている照準合わせ――砲身の調整動作を見つめた。
バラバラに動いていたル級の砲身が、ピタッと動きを止める。
「合いました。ってか?」
軽口をたたきながらも、これから起こる事の全てを見逃すまいと、天龍は目に力を込める。
一際大きな砲撃音が響いた。
「なんだ!」
天龍は、ル級から顔を背ける。
「ははは、憎い登場をしてくれるじゃんかよ」
海水が一斉に立ち上がり、水の壁が形成された。
重さに引かれて落ちる海水の陰から、ル級の姿が現れる。
その手にしている巨大な盾を兼ねた兵装は、所々を赤く焼けつけさせていた。
「あれは……妙高に、那智、神通、那珂――と、満潮?」
天龍の視線の先には、五隻の同胞がクッキリと見えた。
第三艦隊は、間に合った。
砲撃音。
再びル級の周りで、水柱があがる。
「ハァー、遅えよ。なんで、五隻なんだよ? 満潮はもう戦えるのかよ? ……提督か」
天龍が出撃した時、満潮は艤装を付けれないでいた。
その満潮が、自身の救援艦隊に居れば、疑問のあるだろう。
が、理由を駿河とすることで、天龍は納得できるようだ。
天龍が第三艦隊へと進路を変える。
第三艦隊の一隻が、天龍へ大きく手を振ってきている。
「誰が『馬鹿者』だよ。なんだ? 空耳か――」
叱責をされたかのように天龍は、こぼす。
と、唐突に足元からの抵抗が無くなった。
不意の事に確かめようと下を向くが、なかなか向けない。まるで空気が粘性を帯びたように、邪魔をする。
自分の胸元がようやく見れた頃、背中に膨大な熱量を感じた。
やはり、振り向こうとしたが、まるで動かない。
全てが闇に染まる。
――やっと、夜かよ。
天龍はそう思って、終わった。
□ □ □
「居たぞ! 敵戦艦! 右舷船首2点。距離15。どうする!」
那智が、大きく叫ぶ。
「現在の海域で、敵戦艦が他にもいるとは、考えられません」
「途中、龍田達に会えなかったのは、痛いな」
「決めました。単横陣、各艦最大戦速。風より波をとります!」
旗艦の妙高から指示がでる。
単縦陣で進めば、自身の前にいる船が風避けになり、燃料の節約と、艦隊に気持程度の増速が期待できる。
しかし、今は一刻を争う。
単縦陣のデメリットである船波の干渉を嫌い、一隻でも早く着けるものが着く事が重要だと、妙高は判断した。
「見つけました。正面、距離10! 天龍さん、健在です」
神通が指を差す。
現在の位置関係は、大雑把だが第三艦隊からは、左手前に天龍、右奥にル級。
「天龍、ル級との間、距離6。敵との距離13まで詰めた艦から、随時砲撃開始!」
「どうした、妙高!」
密集しているとは言え、互いの顔色が分かるような明るさでも、向きでもない。
姉妹艦ゆえか、那智は妙高の機微を感じとったようだ。
「なんでもないわ! もう一度助ければいいだけ」
「もう一度も何も、これからだろう?」
「もう一度――よ。那智! 距離、今!」
「よし!」
妙高と那智が、一泊遅れて、神通、那珂が砲撃を行う。
「天龍ちゃんが、こっちに気がついたみたいだよ! おーい」
那珂が、動きの変わった天龍へと手を振りながら、艦隊へ情報を流す。
「第二射、撃て!」
妙高の号令に合わせ、今度は満潮も参加して砲撃が行われる。
「油断です。天龍さん!」
神通が天龍の動きを指摘した。
天龍は、完全にル級へと背を向けている。
「何やってるのよ!」
「まずいな」
満潮の叱責、那智の示唆を受け、
「いけない! このまま全速で距離を詰めます! 各艦、最大戦速!」
妙高は、再び艦隊を走らせた。
「え?」
第二射で上がった水柱を、何かが抜けていくのが見えた。
それは天龍の背中へと到達すると、そのまま天龍を背中から打ち上げる。
「天龍!」
走馬灯と言うものがあるが、見ている者にもあるのだろうか?
打ち上げられた天龍が、海面に落ちるまで、相応の時間が掛かったように感じる。
着水した天龍は、静かに静かに、海中へと身を隠していっているように見える。
第三艦隊は、その足を知らずに止めていた。
「天龍、挙動なし! 妙高!」
さすがと言うべきか。
那智は動転することなく。いや、動転しても行動が出来るほどの鍛錬を積んだ結果か。
状況報告を叫ぶと、強く妙高の名を叫び、指揮を急かす。
「まだ、轟沈と確定したわけではありません!」
希望的観測を事実とするかのように妙高は、そう宣言した。
顔を歪ませる事なく、妙高は行動を指示。
「私、那智、神通、ル級と交戦。那珂と満潮で、天龍を拾い上げ」
互いに目を合わせて、力強く頷きあう。
「各艦足止めるな! 落陽との競争よ! 負けるわけにはいかないわ!」
うつぶせに浮く天龍の頭、艤装の光は消えている。
夜の海は、空よりも暗い。
日が沈んでしまっては、視認することが、極端に難しくなる。
なぜなら地面と違い、海は絶えず流動している。そこに居た事が絶対ではない。
「天龍ちゃん、待っててね! ええ? 満潮ちゃん、なんか速くない? 置いてかれちゃってるよー!」
天龍寄りに居た那珂を抜き、満潮が弾丸のごとく、真直ぐに突き進む。
「今度は海にいる。なら、沈ませはしないわ」
満潮は、第六駆逐隊と同様に海面をアイススケートのように蹴っているが、そのストロークは圧倒的に長い。
「何でよ!」
満潮の向かう先、もう背かしか海上に見えない天龍へ、ル級が砲撃を行った。
「攻撃……天龍は沈んでいない!」
勝気な瞳に満潮は、朝日のごとき輝きを満たす。
ただ、出した言葉は自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。
「今度は、なんなのよ!」
再び、水柱。
満潮は、頭の上から海水を浴びた。
妙高たちとの交戦が始まったようだ。
それでもル級は、未だ天龍を攻撃している。
それが天龍にではなく、満潮へとその砲弾がズレた結果だった。
「天龍!」
夜のとばりが下りる。
太陽のなんと偉大な事か。
その通りの一条の光が消える前と後では、嘘のように何も見えなくなった。
「天龍ちゃん!」
那珂も天龍の名を呼ぶ。
奇跡の喚起を願うかのように。
「ここ! 違う。こっち! まだ、まだよ!」
満潮は、海中へと手を突き立てる。
人類にとっては、事も無い行為だが、海に嫌われた艦娘にとっては、砂へ手を突きつけているようなものだ。
見る見るうちに、素手の満潮は、爪をはがし、手の甲に擦り傷を負っていく。
「天龍ちゃん! 天龍ちゃん!」
海の上。雲は流れ、海面は上下する。
ずっと見つめていても、それが同じ場所なのか惑わされる。
唯一頼れる星光は、今から輝く。
二隻は海面に這いつくばり、砂漠に落とした砂金を探すように、目を凝らしている。
あれから、天龍への砲撃はない。
こうなると、着弾が一つの目印として期待したいところだ。
妙高達との交戦ゆえか。
はたまた、ル級が必要ないと標的を替えたのか。
満潮達に知ることは出来ない。
「もう、マナーはちゃんと守ってくれなきゃダメだよ!」
明らかな流れ弾が、那珂の直近に落ちた。
巻き散らされる海水に、那珂は緊張ある声で軽口を叩く。
「いい加減にして!」
満潮が声を荒げた。
「満潮ちゃん」
「那珂、ここを任せるわ」
「え? グループ解散して、ソロ活動するのは良いけどれど、満潮ちゃんは?」
「行って、黙らせて、すぐ戻るわ」
「夢は大きくだけど、初期ファンは大切にしなくちゃ」
那珂用語を翻訳すると、
任されるのは問題ない。
駆逐艦の満潮が行っても火力が足りない。
勝手な判断はどうかな?
指示を全うすることは大切だよ。
以上だ。
「だからさ、満潮ちゃん……光ってる?」
満潮の体から淡い緑の燐光が溢れ、千切れ、風に消えていく。
「満潮ちゃん、大丈夫なの! 体から煙が上がっているよ?」
上がっているのは、湯気だった。
満潮がかぶった海水が、熱に当てられて蒸発する。
「耳鳴り?」
那珂は回転が上がっていくモーターにも似た金属音を、拾い上げた。
「満潮――出るわ」
声に答えるように、燐光が濃くなった。