「固いな!」
「泣き言を言わないの!」
「泣き言? 私の知らない言葉だな!」
「あら、そう?」
那智のボヤキに、妙高が会話を重ねる。
その気持ちも分かる。
戦艦ル級。エリートとはいえ、一隻だ。
自分たちの攻撃をたやすく受け止めている光景は、認めたくないものだろう。
ル級は、技術か本能か。
妙高、那智の砲撃を両手に持つ大楯のような兵装で、時には流し、時には受止め、自身の体へと及ばさせない。
その中、那智の一撃がル級の大楯兵装を揺らした。
「そこです」
神通が、静かに吐く。
真直ぐ伸ばされた右腕に並ぶ、14cm単装砲三基の砲口が同時に火を噴く。
三つの砲弾は、手の大楯をかいくぐり、ル級の胸元をとらえた。
「ここです」
神通が示す。
強敵と認識したのか、ル級が兵装ごと動かして、砲口を神通へと向けた。
それが妙高、那智へ、ル級は腹をさらす事に。
「那智!」
「分かっている!」
悲痛の声が上がった。
「ああっ! ……まだ……引けません……!」
但し、妙高からだ。
少し遅れて、ル級の咆哮があがる。
ル級は顔を向けず、いわゆるノールック。残した右手大楯で砲撃してきた。
それが妙高を直撃。
中破までもっていかれた。
「奴も効いているぞ!」
那智の言うとおり、ル級も妙高、那智の砲撃に被弾していた。
大きく前後に体を振り、しきりに雄叫びを上げている。
「ここで、押し込む! なんだ?」
那智は背後からくる威圧感に、動きを止めた。
「駆動音? にしては、高すぎるような――満潮さん!」
神通が音源をさぐる。
急速に接近する満潮がそこにいた。
「どういう事だ! 貴様はサルベージだろう。任務を投げ出したのか!」
「こっちまで砲撃が来て、探せないのよ!」
那智が満潮を叱責した。
満潮の言い分に、那智はさらに口を開く。
「がっ! ……なんなのよ。うざいわね!」
「なんだと!」
しかし、それは憤慨ではなく、驚愕によるものだ。
「馬鹿な、ル級の、戦艦からの直撃を、駆逐艦が耐える。だと……」
満潮の口上の最後。ル級からの斉射が、満潮の額をとらえた。
ガクンと、頭だけが後ろへ吹き飛ばされる。
那智は、満潮までも。と憤ったが、当の満潮はすぐに顔を戻して、赤くした額をさすっている。
「それに、なんだその光は?」
「本当に、うざいわね。時間がないのよ。満潮!」
満潮が、意志を込めた名乗りを上げる。
突き出した10cm連装高角砲の砲口へ吸い込まれるように、満潮が纏う緑の燐光が、流れ込んでいく。
ル級が手の兵装を体の前に、門さながらに並べた防御姿勢を、駆逐艦の砲撃に構えて見せる。
「ル級が、警戒しただと?」
「バカね、その先にあるのは地獄よ!」
電光雷轟一撃。
違う、一閃だ。
スペック以上の初速で放たれた砲弾は、光の軌跡を残し、さながらレーザーのようにル級の構えた大楯へと吸い込まれていく。
こけおどしが。とでも言うように、ル級は不敵に口端を跳ね上げる。
ゴキョと、鉄塊が歪む鈍い音がした。
ル級の大楯からだ。
「満潮さんの一撃で、ル級の大楯がひしゃげたのですか?」
神通の言葉通り、ル級の大楯の一枚は“く”の字にひしゃげ、一枚は下部が千切れ飛んでいる。
「まだよ、撃つわ! ……あ、あれ?」
急速に満潮がまとう燐光は、弱まったと思う間もなく、スッと掻き消えた。
強烈な脱力感に襲われて、満潮は膝からストンと崩れ落ちる。
「満潮! 先ほどのダメージ? それよりも今は――撃て―!」
妙高は声を張り上げた。
戸惑いを隠せない那智、神通だったが、強者としての資質か、ほぼ無条件に正しく砲撃を行う。
「終わったな」
那智は見たままを口にした。
三隻の集中砲火に、ル級エリートは絶叫の後、赤いオーラ散らせ沈んでいく。
「まだよ。那智、指令室へ打電! 私たちは、天龍の捜索に向かいます」
「いいのか?」
那智が、妙高の指揮に意見を挟む。
「言いなさい、那智」
「天龍をロストしてから、時間が経っている」
那智は、満潮に目をやる。
満潮は、妙高から天龍のサルベージを指示されていた。
事をなす時は、時間を掛けるか、人を揃えるか、だ。
天龍には時間がない。
ならば、人を揃える――人海戦術しかないわけだが、今は那珂しか行っていない。
ル級打破の貢献が有ろうとも、満潮の行動を那智は容認できない。
「今も探している那珂からは、発見の報告はない」
それゆえ那智の眼は、隠すことのない怒りを湛えていた。
「提督へ、サルベージ続行の是非を、確認すべきではないか?」
那智の言う事は、もっともである。
妙高は、中破。
満潮はわからないが、この後の戦闘参加は、期待できないだろう。
想定外のル級。
さらなる想定外が起きても、おかしくない。
この状況で無用に長居する事は、得策ではないだろう。
むしろ危険だ。
「いいえ、提督は、死体でも引きずってこい。と言われました。それを通すのみです」
妙高は瞳に力を込め、那智を説得するように宣言した。
「三十分だ。それ以上は、危険すぎる」
那智は、承諾の代わりに条件を出すと、さっさと那珂の元へと向かった。
照れ隠しか。
それとも、那智の優しさか。
ともなければ、無駄な時間を極力避けた結果だろうか。
「那智、打電!」
妙高へ、那智は背中を向けたまま、手を上げ振って了解の意思を示す。
「妙高、その……指示を無視して、ごめんなさい」
「そうね。勝手は自分以外も殺すわ。気を付けなさい」
神通に肩を借りている満潮は、力無く頷いた。
「『自分がいなくなる。その後の周りを考えろ』よ」
「な、何で知っているのよ!」
満潮の右頬骨にある赤丸いフェイスペイントを、妙高はそう言って指でつつく。
「急ぎましょう。天龍が待っているわ!」
□ □ □
那珂のもとにいち早く、那智が駆けつけた。
「那珂! どうだ?」
「天龍ちゃんは、まだ迷子なの」
「貴様!」
那珂の振る舞いに、那智は激高した。
「……そうか、早く見つけてやらなけばな」
「本当に、困ったちゃんだよねー」
それも、一瞬。
那智は、静かに那珂を見つめた。
那珂は微笑む。
瞳に涙を溜め、口元を引きつらせていても、那珂は微笑む。
後に那珂は、『何があってもアイドルは泣いちゃダメ。なんだよ?』と、周囲に話していた。
「どう?」
「遅いぞ、妙高」
「申し訳ないわ。那智、打電は?」
「完了している」
「それで――」
「天龍を捜索中。それだけだ」
吐き捨てる那智を、妙高は目を細めて眺める。
「な、なんだ? 別に本当の事だろう。ンッンッ、そら、探すぞ」
明るい空気に包まれたのもつかの間、那智の声は見渡す海の黒さに、しぼんでいった。
「皆、集まってどうしたの?」
「姉さん?」
「うん、どうしたの神通?」
背後からの突然の声に皆が振り向けば、そこには――川内。
「川内、どうしてだ?」
「いやだな。夜戦だよ。夜戦と言ったら、私でしょ。まあ今回は、夜はあってるけど、戦いは無いんだけどさ」
「では、なぜだ?」
「これ」
川内は、肩から背中へとつながる縄紐を強く引く。
――天龍!
それぞれが、ぞれぞの言い方で、天龍の名を叫んだ。
「そ」
川内は、アッケラカンとしたものだ。
天龍は大量生産のプラスチック製雪ソリのような代物に、仰向けで寝かされていた。
「亡骸だけでも、拾えたのは幸いだな」
「そうね」
那智の言葉に、妙高は天龍から目を逸らさずに同意した。
「よく姉さんを。しかも、単機で送り出しましたね」
「え? 神通。それどいう意味? 私じゃ戦力にならない?」
「そうではなくてですね……」
神通は周りの目を気にしながら、言ってよいのか迷うように、続けた。
「第二艦隊の天龍さん。第三艦隊の私達。回航中の龍田さんや、第六駆逐隊の皆さんを迎える役目の明石さんは、第四艦隊」
うん、と一つう頷いて神通は、川内を見た。
「姉さんは今……第一艦隊。それも旗艦――ですよね?」
「あ」
妙高達は互いの顔を見合った。
「んー、まーね。でも、大丈夫!」
「えー、川内ちゃんがセンターなの?」
川内はポリポリと、自分の頬を指で掻く。
注目が照れくさいのだろうか?
「また、英断をしたものだな。今、川内が沈めば、鎮守府は解体だぞ。ただの無謀か?」
「どうかしらね。策を講じるタイプだと思っていたけど、激高すると我を忘れてしまうのなら、困り者ね」
那智と妙高が意見を交わす。
「あの腹黒グチャグチャ司令官が、怒りに狂って何も考えないなんてありえないわ! むしろ、何かロクデモない事を考えるわよ!」
それを聞いていた満潮が、自身の体験談だと豪語するかのような啖呵を切った。
「そ、そうよね。やっぱりよね」
「そんなだったのか? 満潮よ」
妙高は気後れしながらも、同意。
那智は、満潮のトラウマにでもなったかと、気遣う。
「えー、そうかな? 結構楽しいよ」
「そう……ですね」
「那珂ちゃんも、提督は悪い人だけど、ファンは大事にしないとね。キャハ」
川内型三隻の意見は、おおむね好意的だった。
妙高、那智は、その評価に意外だと、見開いたり、片眉を上げたりしている。
満潮は敵認定と、川内型をねめあげる。
「あ、戦いだけだよ。他は駄目だよね」
これでもかと川内は、顔の前に立てた手先をメトロノームのように高速で動かして、全力否定をアピール。
神通は、そっと目を逸らして、悲しくスイング……失礼、素振りを見せる。
那珂は、一隻あれ? とアウェーを感じていた。
「さあ、天龍を連れて帰りましょう」
笑みをこぼして雰囲気を楽しんでいた妙高が、能面をつけたように表情を一変させる。
「ああ、仲間が沈むのは、分かっていてもやり切れないな」
「そうね。あれだけの死を見てきたのにね」
皆、軍艦の魂に刻まれた記憶の残滓へと、思いを馳せていた。
「死んでないよ?」
「どれが?」
人は驚くと思考が混線すると言うが、艦娘も同様のようだ。
『どれが』ではなく、『誰が』が、適正な質問ではないだろうか?
「これ、死んでないよ?」
川内は、『どれが』と言われたからか、『これ』と足元を指さす。
「川内ちゃん。そんな事言わないで」
川内が指差す先は、天龍。
那珂は、みえみえの慰めはいらないと、川内の片手を取った。
「えー、信用無いなー。じゃあ、ほい」
「罰当たりな!」
川内は、ひょいと天龍を蹴る。
死体蹴りの言葉はあるが、味方にはさすがに。だろう。
那智が憤慨するのも当然だ。
「川内! いくらなんでも――」
「うっ」
「――『うっ』?」
妙高がたしなめようと、川内へにじり寄る中、うめき声がポツリ。
「あー、うー、あー、いー」
「ゾンビ! 天龍ちゃんが、ゾンビになったよ? えっと、お塩だっけ?」
「お浄めが効くのでしょうか? なら海水を掛けてみてはどうでしょうか?」
「え? 神通。ゾンビと言ったら、頭と心臓にダブルタップでしょー」
呻きを上げる天龍を見ての川内型。
はやり姉妹艦は、どこか根本は同じなのだろうか。
「馬鹿を言っていないで! 天龍! 聞こえる? 天龍!」
満潮が天龍へにじり寄り、その肩をゆすった。
「あー、だりー。あー死ぬ。まじ死ぬ。龍田ー、水くんねーか?」
寝返りをするように天龍は身をよじると、片腕を顔に当てて龍田の名を呼ぶ。
「天龍! 貴様、生きてるなら生きてると、さっさと申告せんか!」
那智は天龍の肩を掴むと、全力で揺さぶった。
「あ、え、那、那智! わ、わか、痛ててててて。痛てーって!」
天龍は、死体と見間違うかという大破状態。
自身が動くならともかく、他人に動かされれば、予測できない痛みは、余計に痛い。
「あー、そうか。助けに来てくれたのか。悪ーな」
「助けるのは当然でしょ? そちらこそ、よく助かったわね天龍」
「その通りだ、妙高。しかし、この那智の目から見ても、望みが無い状態だったが」
仲間の無事を喜ぶべきなのだろうが、妙高、那智は単純に奇跡が起きたと、受け止める事ができない。
天龍が身をよじって、腰裏をごそごそとあさる。
「こいつらの、おかげだ」
仰向けの腹に置いた手を退けるとそこには、
「妖精さん?」
白いヘルメットをかぶった三人の妖精がいた。
一人が、親指を立てる。
グッド・サムズアップ。
ニカッっと、歯を見せる笑顔も忘れなかった。