「妖精さん?」
白いヘルメットをかぶった三人の妖精がいた。
「応急修理要員……ですか?」
那珂の疑問を、神通が引き継ぐ。
「ああ、その通りだ」
天龍が腹に置いた妖精の様子を伺う。
一仕事したと、どこから取り出したのか、皆でお茶をすすっていた。
「提督の虎の子だったみたいなんだけどよ。保険だって載せられたんだよ。龍田は、索敵ガン積みだったからな」
天龍は二日酔いに苦しむOLのようだ。いや、おっさんか?
「大破を破棄できるっても、一度だけ。しかも、大破で復活だ。復活しても、そこに一撃を貰ったら、お終いだからな。だから夜まで粘って、撃沈のふりして闇夜のカラスよろしく……」
助かった安堵からか、生き抜いた高揚感からか、良く回る天龍の口に、感動に包まれていた雰囲気が、
「どうかしたかよ?」
水底のような静寂へと、変わっていった。
「馬鹿ね」
「誰が馬鹿だ!」
「あのウザイ司令官の言う事も一理あるのね。自分の失態を見せつけられているようで、凹むわ」
「何が凹むだって?」
天龍以外の艦娘が無言のまま、そろって片手を手刀の形へと振り構えた。
「な、なんだよ! 怖くなんかないぞ!」
なんとも情けない言葉に合わせて、天龍は頭を手でかばう。
「……叢雲ではないが、本当に何を仕込んでいるんだ。奴は」
那智は、呆れとも同情とも言えぬ、なんとも微妙な顔でつぶやいて続けた。
「しかし、始めて見たが――貴様、完全に沈む前に発動できなかったのか?」
「俺もよ。大破を超えたら即座に直してくれるのかと思ったんだけどよ」
天龍は、今も腹の上でくつろぐ妖精達を眺めた。
発動時の状況を思い出すよう、言葉を作っていく。
「なんかよ。一度完全に海に飲み込まれないと、何かが足りないみてえで。いきなり、直すどころか逆に海中に引きずり込むんだぜ。意識があったぶん、心臓に悪くてな。正直このまま沈められるかと思ったよ。あの提督やりやがったな。ってよ」
天龍の報告にも似た説明に、面々は思案顔だ。
「助かった事は、何よりよ。ただ、これで違う問題が出てしまったわね」
可哀そうなものを見る目で、妙高がそうこぼす。
周りの艦達が何をと言う前に、川内が答えた。
「あー、まー、しょうがないんじゃないかな?」
川内には、妙高の言いたい事が伝わったようだ。
「更なる敵か?」
「那智。まあ、敵ではあるのだけどね。」
「なんだ? 随分と歯に物が詰まったような言い方だな。ハッキリ言ってくれ。妙高」
天龍へと、妙高は見下――。
おなじ表記でも、『みおろした』と『みくだした』では、意味が大きく異なる。
この場合、“見下――”以降は、どちらが適せつなのだろう。
妙高は、そんな表情だ。
「提督が、戻って来たら自身で沈めると」
「なんだと!」
天龍ではなく、那智が叫んだ。
柳眉を跳ね上げ、馬鹿なと声を荒げている。
天龍は出鼻をくじかれたからか、叫び口で開けたままに、固まった。
「所詮と割り切って、天龍を回収した後に、もう一度救えばいい――提督を何とかして、思い留ませる事を考えていたのだけれど」
手のかかる子供でも見るように、口を開けたままの天龍へ、妙高は眉を寄せる。
「応急修理要員ありきの天龍の判断は、確かに問題よね。怒るのも当然だわ」
「私の弾丸……ね」
満潮は、うずく右手の幻痛を感じながら、妙高の言葉を胸に抱きしめた。
「なるほど。言われてみれば、だな。しかし、こうやって留まる事も、そろそろ限界だぞ」
「そうよね」
「提督には、もう天龍見つけたって、打電済みだから。悩まなくていいと思うよ?」
妙高、那智の悩みを横に、川内はどうと言うことも無く、そう発言した。
口を開けたままの天龍がゆっくりと、川内へと顔を向ける。
「――姉さん……」
「ええ? 川内ちゃん、何してんの? いつから空気の読めない子になっちゃったの?」
神通、那珂は川内の行動に思うところがあるようだったが、
「そりゃ、そうよね」
満潮は、納得の行動だったようだ。
「ちょっ、ええ! 俺? あ?」
「落ち着きなさい。天龍――」
疲労から回復したのか、満潮は神通に礼を言って離れる。
「違ったわ。覚悟を決めなさい。天龍」
混乱した発言をする天龍へ、満潮は指を突きつけた。
SEは、『ビシッ』だ。
「さー、撤収するよー」
川内は、天龍、満潮の寸劇に付き合うことなく帰投した。
□ □ □
「なんで、ここにいるの?」
二時間もしないうちに、川内は出撃ドックへと戻ってきていた。
帰りは特に何もなく、あまりの順調さに天龍がわめいた程だ。
「ご苦労だった」
川内の視線の先は、駿河だ。
完全に夜となり、ドック内は所々にオレンジ色の常夜灯がついているだけだ。
駿河の白い制服も、その光のせいか、火が揺らめくように色づいている。
「どういう事でち」
「びっくりなのね」
労いは川内に対してではない。
川内の後ろには、伊8、伊168、伊19、伊58の四隻が、全身を濡らして座り込んでいる。
「まあ、私でも海の中は無理だし。海の中って言ったら、やっぱ潜水艦だよね」
川内が、潜水艦組へと笑う。
「確かにそうだけど」
イムヤが川内に、同意する。
妙高達第三艦隊の面々は、川内単機の出撃と言っていたが、実の処、潜水艦との混成だったわけだ。
「どうだ?」
「えっと、ごめんなさい。提督が何を言いたいのか、はっちゃん、わからないわ」
ハチには、駿河の疑問を察する事が出来なかったようだ。
「んー、皆には潜水艦がいた事はわかってないと思うよ? まあ、神通は、ちょっと怪しいんだけどねー」
ほほを指で掻きながら、川内が駿河の質問に答えた。
「え? 川内。今ので何を言いたいのか、分かったでちか?」
ゴーヤが、川内スゲーと、目を見開く。
「イクには分かったのね」
腰に手をあてて胸を張るイクを、ゴーヤは素早く振り向き、
「嘘っぽいでち」
あからさまに疑いの目を向けた。
「ううん、あてずっぽう」
「いい加減だったでちかっ」
川内は正直だった。
「まあ、提督が否定しないんだし。たぶん、当たったよね?」
駿河の顔を川内が覗き込むが、駿河からの反応はない。
「あの、司令官。どうして私達、出撃――」
「他言無用だ」
イムヤが恐る恐ると、駿河へ切り出すが、駿河はピシャリとそれ以上の発言を許さなかった。
「今は、聞かないほうがいいと思うよ。その内に話があるだろうし、何より――」
川内は駿河へ背を向けて、潜水艦勢との間へと動く。
「ご機嫌斜めだからね」
潜水艦勢は駿河を見て、ゴクリと唾を飲み込む。
「どこだ」
駿河の地面を震わす低い声が響く。
「そこ」
川内の指差す先に、天龍は居た。
既に艤装は外している。
大破の影響か壁に寄りかかり、呼吸を浅くしている。まるで、気配を消すかの様だ。
「おお……も、戻ってきたぜ。いやー、保険が効いたぜ。これも提督様々だな……」
駿河は無言で天龍へと詰め寄る。
「いや、本当に申し訳ない――いえ、ありません。だけどよ、あの状態からは、アレしか思いつかなかったんだよ。しかたないだろ! いえ、ですよね?」
川内、潜水艦勢は、そろって心の中で『馬鹿だ、こいつ』と、吐露した。
「沈みたいのなら、俺がこの手で今、沈めてやる」
駿河の吐く息が、空気を焼く。
天龍を駿河は壁へ軽く押しつけた。
と、天龍自身が壁から背中をはがす。
その壁との隙間に駿河は肩を入れると、天龍の腰より三指上を肘で強く打ちつける。
「艦娘の急所を一撃って、エグイなー」
呻きを漏らす間も無く、天龍は意識を刈られた。
川内の言葉を視線で焼き払い、倒れ込む天龍の襟首を、駿河はムンズと掴み上げる。
「ど、どうするでちか?」
ゴーヤが、歯を打ち鳴らしながら、怒れる駿河へ問いかけた。
「今は危ないよ。これは貸しだからね」
川内がゴーヤの目の前へ、瞬間移動と見紛う体術を見せて、ゴーヤの声を自身で受け止めた。
ゴーヤの唇に指をおいて、川内はそっと塞ぐ。
「二〇三〇。夜は長いよね」
川内のつぶやきは、ドックの壁に染み込んで消えた。
□ □ □
「すでに消灯時間だぞ、龍田」
「待ってたわ~」
龍田は、執務室前で立ち待っていた。
廊下には灯りは無く、新設された執務室前に置かれたテーブル。ソレに埋め込まれたアップライトが、弱弱しくあたりを照らしているだけだ。
「天龍ちゃんに、会ってきたわ~」
軽いのは口調だけ。
剣呑とした目つきで、龍田は駿河を睨みつけた。
妙高達から天龍の無事を聞いたものの、その天龍は川内が連れ帰ったと聞かされた。
ほっとした龍田だったが、天龍に繋がる川内を見つける事ができない。
駿河が天龍を沈めると豪語していたと、聞いた後は。より必死に探した。
姉妹艦ならではシンパシーがあったのか、龍田は誰に聞くことなく、天龍を探しあてたのだった。
「天龍ちゃん?」
「んあ? 龍田か?」
場所は兵装や器材が積み置かれた一角。ポツンと空いたスペース。
そこに天龍が毛布をまとい、へたりこんで座っていた。
衝突緩衝用パッドをマットのように敷き並べたそこは、簡易ベットのようにも見える。
「無事か?」
「ええ、天龍ちゃんのおかげでね。天龍ちゃんは、大丈夫?」
天龍の声に、何時もの気概が感じられない。
龍田は天龍の背から前と回り込み、深刻なダメージでも残っているのかと、いぶかしがった。
「ああ、大丈夫だ。この通り沈んでな――」
顔を上げて龍田へ声を返していた天龍が、ゆっくりとその顔を下げていく。
「いいや、沈んだ。完全に沈められちまったよ……まったく、どうしろって言うんだよ……」
龍田は天龍を慰めようと手を伸ばしたが、毛布の下にあるむき出しの胸と、立ち上る独特のにおいに、その手を引き戻した。
「娘と女は、知っていたけどよ。なんだよ――」
龍田は、天龍の独白を黙って聞く。
言葉が重なるたびに、龍田の目は徐々に薄められていった。
「もうしばらく、ここにいるわ。ちょっと、一人にしてくれ」
そう天龍に言われた龍田は、その足で執務室へと向かい、今に至る。
「天龍ちゃんを助けてくれた事は感謝してるわ~。でもね、ちょ~と許せ……な……い?」
天龍との一件を思い出しながら、龍田は駿河へ不快だと言葉をぶつけたが、
「ねえ」
未だ味わったことの無い駿河――と言うより、人間の雰囲気を感じ取り、龍田はたじろぐ。
「なんだ」
駿河の語尾は荒い。
龍田の気勢が、削がれるほどに。
闇から現れた駿河は、制服の上着とワイシャツを腕に抱え、黒シャツに制服ズボンとラフな出で立ちだった。
「ちょうどいい。付き合え」
「え?」
龍田は駿河の言葉を聞き逃していた。
ラフな駿河の恰好を初めて目にした性でもあったが、粗野な雰囲気がより乱暴に狂暴に感じたからだ。
何より、ズボン前を強烈に張出させている様に、目を奪われた。
龍田は顔を赤ら――
「私の体に、ご用事でも~」
――める事なく、むしろ無感情に声を出した。
「娘と女のほかに“雌”がある事なら、天龍ちゃんから聞いているわ~。改めて教わる必要を感じないわね」
龍田は明らかな拒絶の言葉をぶつける。
構わず寄って来る駿河へ、龍田からも一歩と近づいて行く。
この表情と行動のチグハグさは、一体何なのだろうか。
「姉妹艦として責任を取ってもらう」
駿河の言葉は、初めて会った夜――豚前提督が天龍に放った言葉と、龍田の中で重なった。
「貴方も!」
龍田は激情に身を任せ、艤装槍を突き立てようと腕を振る。
「――え?」
その手が駿河の腹に当たって、自身が駿河にこれ程の接近を許していたのかと、混乱した。
「このままでは治まりが付かない。付き合ってもらうぞ」
駿河は、混乱に動きを止めた龍田の腰を引き寄せ、そのまま執務室へと連れ込んでいく。
「私にも、雌を、身をもってご指導いただけるのかしら~」
龍田は、太ももに当たる感触におののくのを、隠して強がる。
「違う」
「違う?」
ひょっとしたらと、龍田は気を緩めた。
「貴様には、男の他に雄と――」
「息子かしら~。坊や?」
そのおかげか、駿河をあしらう程度の余裕が出来たようだ。
「子供だろうと大人だろうと、赤子だろうと翁だろうと、男は、男だ。性別だ。性格や気質、生き様などという精神論ではなく、もっと原始的な事だ」
「じゃあ、何を教えてくれるのかしら?」
不意にできた余裕は、余計な事を言ってしまうものだ。
「貴様には、男と雄の他に――ケダモノがある事を刻んでやる」
この後、龍田は想像も出来ない衝撃に振り回され、狂い、絶叫し、意識を混濁させ、自身を見失う。
明石の確かな仕事振りを、褒めながら……