三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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 注釈:一文に、私が好きな小説のセリフを声優の方が表現されたものを、遊びとして文字お越ししております。予めご承知下さいませ。楽しい原作、素晴らしい声優さんに賞賛を。
    


ここ……風呂か?

「あー、あ?」

「おはよう。天龍ちゃん」

「ああ、龍田。って、なんか気持ちい―なと思たら、ここ……風呂か?」

 

 窓は無いが、換気口をすり抜けて、外の日が差し込む。

 天龍は頭を縁に乗せた格好で、お風呂にぷかりと浮いていた。

 

「うおっ、ゴボッゴボッ」

 

 意識が覚醒した為か、バランスが崩れ、お風呂の中へと頭まで。

 

「あらあら~。天龍ちゃんは、本当に元気ね~」

 

 勢いよく水飛沫を上げながら、天龍は飛び出すように立ち上がった。

 

「ぷはー! おー、びっくりしたー。なあ、龍田? 龍田が運んでくれたのか?」

「違うわよ~。私も目が覚めたらここだったのよね~。もうその時には、天龍ちゃんが気持ち良さそうに、横で寝ていたわ~」

「そっかー。まあ、いいけどよ。どっちみち入渠は、必要だったしな」

「天龍ちゃんはもう痛いところ、無いのかしら~?」

「ああ、バッチリだ!」

「そ~れ」

 

 龍田は、力瘤を作って見せる天龍の胸元を指す。

 

「ああん? なんじゃこりゃー!」

 

 天龍の豊かな胸の谷間に、丸い痣が点々と。

 左右一対のようについた点が、計五組。梯子のように胸の谷間に沿ってあった。

 

「後ろから鷲摑みして、無茶苦茶しやがってよ! あの野郎。胸がもげるかと思ったぜ」

 

 胸をほぐす様に、天龍は両胸を掴み、円を描く。

 

「でも、まあ、得られたモノも大きかったぜ。」

「そう、良かったわね~」

「ああ、まだまだ強くなれる事は分かったしなー。戦いの中で……いや、戦い抜く事が出来るぜ」

 

 天龍は、水面に映る自身の顔へと微笑んだ。

 

「戦えない事より、沈むことが怖い――その思いが確信させる。これだけは、提督に感謝だな」

「惚れちゃった?」

「ば、馬鹿言うなよ!」

「でも、満更でもないみたいだけど~?」

「ないな。ない。あの野郎と付き合うなんて、心はともかく、体がいくつあっても足りねえよ」

「本当に、ケダモノよね……」

 

 天龍のぼやきに、龍田は遠い目で同意する。

 

「そう言う龍田は、どうなんだよ? なんか、馬が合ってるように見えんだけど」

 

 天龍はニンマリと含みある笑顔を作ると、どうなんだよと龍田へ迫った。

 

「私? そうね~。私も感謝してるわ~。こうやって天龍ちゃんを、ちゃんと返してくれたもの~」

「おう、俺は帰ってきたぜ」

 

 二隻の表現は微妙に異なっているが、深くは言うまい。

 

「本当に天龍ちゃんは、すぐに無茶をするんだから~」

 

 龍田は、そう言って向かい合う天龍へ手を伸ばした。

 

「悪いな、いつも。でも、この天龍様なら、大丈夫……」

「本当に、困り者よね~」

 

 龍田は片手を自分のほほに当てて、唇を三日月にする。

 

「おい! まて! なんか黒い羽が見えんだけど?」

「本当に、分かっているのかな~?」

 

 黒輪を冠する黒翼の堕天使は、天龍の眼帯を、紐は頭に掛けたまま、ゆっくりと、ゆっくりと、引き離していく。

 

「お返事は~?」

 

 龍田は極上の笑みに合わせて、引き絞った眼帯を、

 

「や、やめろー!」 

「それは、違うかな~」

 

 放した。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙! イイッ↗ タイ↘ 目ガァァァ↗」 

「朝から元気がいいわね」

 

 眼帯の上から手で押さえて、湯船の中を転げまわる天龍をしり目に、声が掛かった。

 

「あら~、満潮。いつから居たの~?」

 

 龍田達が入っている大風呂の脇。

 そこに設置してある一人風呂の一つに、満潮が浸かっていた。

 

「龍田が起きる少し前よ。私が来た時には、二隻とも居たわ」

 

 満潮は、質問を先回り。

 

「龍田、そんなに怒んなよー。もう、あんな事しないって。おう、満潮じゃん。昨日は、ありがとうな」

「どういたしまして、お互い様よ」

 

 軽く流した満潮を、天龍はまじまじと見つめた。

 

「な、何よ」

「いやーよ。お前ってこういう場合、『任務だから』とか言いそうじゃん」

「そういえば、そうかもね~」

 

 天龍の感想に、龍田も同意を示す。

 

「うるさいわね。私にも、少し思うところが出来たのよ。悪い!」

「悪くはねえけどよ。思うところねー」

 

 天龍がふーんと、納得をしたのか、しないのか、良くわからない返事をする。

 

「ところで、満潮。その顔の――」

「聞かないで!」

「はや!」

 

 天龍がヒョイと湯船から出した手で、満潮の顔にある三つの点を順に指差す。

 言い終わる前に、満潮からのストップコール。

 

「あいつに付けられたのよ。洗っても落やしない。本当にウザイわ」

 

 ジャブジャブと、満潮は顔を洗いながら悪態をつく。

 

「あいつ? 提督か?」

「そうよ。あいつ以外に、誰がこんな事をするのよ!」

「そうなのか?」

「入渠の時間も増えるし、何なのよ」

「吹雪みてえだな。駆逐艦で流行ってるのか?」

「流行るわけないでしょ!」

「だよな」

 

 天龍は、自身が着けた火種がこれ以上燃え上がらないように、満潮から顔を背ける。

 その動きのまま、龍田の首――正確には、首にある首輪のような血の痕――に、目をやった。

 

「龍田のそれも取れねえよな。って、また、濃くなってねえ?」

「お風呂で暖まったせいじゃないかしら~」

 

 確かに首の痕は、真紅に染まってみえる。

 龍田はそう答えながら、後から入って来るものを気遣ってか、首がお風呂に浸からないようにしている。

 天龍は自分の胸を掴んで左右に引っ張ると、そこを見ようと窮屈にアゴを引いた。

 

「なんだ? あの野郎、マーキングをする趣味でもあんのか?」

 

 人で言う胸骨の上に並ぶ痣を見ながら、天龍はぼやく。

 

「そういえば、大淀も脇近くに、痣を付けられていたわね」

 

 龍田が口を押えながら、ポツリ。

 

「龍田、なんか言ったか?」

「天龍ちゃんが、痣を見て喜んでいるわ~、って」

「喜んでねえよ!」

 

 天龍の反応が楽しいのか、龍田は楽しそうに見続けた。

 

「だから、聞けよ!」

 

 □ □ □

 

「叢雲、その腕……」

「ああ、気にしないで。ちょっと、強く掻きすぎただけだから」

 

 壁時計の針は、間もなく八時をさそうとしている。

 今日も大淀と叢雲は、執務室へと上番していた。

 入室順は、叢雲が先、大淀は、後。

 大淀は、駿河の了承を得て扉を開けた先に叢雲を見とめると、少し悔しいと口を曲げていた。

 ちなみに、駿河は当然とすでに居た。

 

「だけって」

 

 入室早々、大淀が叢雲の腕先にまかれた包帯を指摘する。

 両腕ともだ。

 大淀はその包帯の先、叢雲の手に目を細める。

 昨日までは、執務の時には外していた手袋を、今日に限っては着けていた。

 

「手の方は治ったの?」

「ええ、大丈夫よ。ああ、これ?」

 

 叢雲が手をプラプラと、大淀の前で振る。

 

「寒いから、してるだけよ」

 

 確かに寒い。

 二隻の吐く息も、机で目を閉じて座る駿河の息も、白く湯気立っている。

 艦娘も、暑さ寒さは感じる。

 ただ人の行動限界値とは、一線を画す。

 だからと言って、我慢しろとの理屈はないのだが。

 

「時間だ」

 

 駿河は定刻だと告げた。

 二隻のやり取りには興味が無いようだ。

 

「提督、大本営より通達が来ております」

 

 では、と大淀から。

 

「読め」

 

 駿河はいつもの単語会話だ。

 

「はい、大本営発。『深海棲艦に大規模侵攻の兆し有り。全ての鎮守府は演習を密にし、戦力増強に努めよ』――以上です」

「もう、そんな時期なのね」

「まだ、一年た経っていないこの鎮守府ですが、大規模侵攻は二回……三回目になりますね」

 

 大淀は指を折りながら、記憶を探っていく。

 

「とは言っても、初回は見送り。次回は資源調達。今回も似たような事になるんでしょ?」

 

 叢雲は、片方の手を自分に向けて開くと、残りの手の人差し指で、開いた自分の指を差して数える。 

 

「アンタ、その顔……どう言う事なの」

 

 駿河の表情筋が動く音に、叢雲が何かあると思ったようだ。

 大淀もそう感じたらしい。

 まあ、もっとも、

 

「分かるか?」

「その顔を見て、何も感じないとしたら、余程の大物か、余程の――よね」

 

 駿河は、いつもの獣の笑み。

 

「ああ、もう一つあったわ。アンタの同類」

 

 叢雲は付け足した。

 

「何よ。大淀」

「いえ、別に」

「あんたも、誰かさんと一緒で腹黒いから、そうやって微笑ましそうに見られると、落ち着かないのよ」

 

 叢雲は、大淀からの視線がこそばゆいと、身を揺らす。

 

「それは光栄なことです。ただ……いいえ。提督、この通達は何なんでしょうか?」

 

 笑みを浮かべていた大淀は、何かを気にしたのか、急に駿河へと話を持ちかけた。

 

「昨日の影響がまだあるんだろう」

「『昨日の』って、天龍達の戦闘が大本営に何かを思わせたって事?」

 

 さすがにそれは無いと、叢雲は呆れ顔に。

 

「確かに、戦艦ル級エリートが、ここの近海に現れたのは異常と言ってよいでしょうが……」

 

 腕を組みアゴ先に手をあてて、大淀も昨日の戦闘を振り返る。

 

「大淀、貴様が言う『異常』は、この鎮守府だけに起きた事ではなかった。という事だ」

「他でも起きた?」

「確かに、この鎮守府だけって、考えてもいいけど」

 

 叢雲も腕を組む。

 腕の包帯が気になるのか、自然とさすっていた。

 

「全体であっても、おかしくは無い?」

 

 叢雲の独白に、駿河は目を薄め、牙を剥くように口を開く。

 

「そうだ。俺の根拠のない憶測だが――」

「うわ、アンタ嬉しそう……」

「獰猛な笑顔ですよね。本当に」

 

 駿河の表情に、二隻からの評価は――厳しいと言っていいのか。いつも通りと言っていいのか。どちらだろうか?

 

「――どこかの鎮守府が、半壊か壊滅状態に陥っているな。これは」

 

 鏡があれば見せてやりたい。

 極上の笑顔―― 一般的には、獲物を狩る、最後の一撃中の獣顔――を駿河は浮かべた。

 

「提督。半壊か、壊滅ですか?」

「ちょっと、いい加減な事を――って、言えないのがアンタよね」

 

 二隻の反応はそれぞれだが、駿河の荒唐無稽な言い分を、信じているらしい。

 

「通常なら、『戦力を蓄え』だ。それが『増強』。しかも『演習』とくれば、これは今までの理解、戦力評価では、意味がないと言う事だ」

「確かに『攻略せよ』は、よく聞きますが。『演習』を奨励する事は、聞いたことがありませね」

 

 大淀は、手に持ったタブレットPCに、目を落とす。

 

「しかたないわよ。どこの鎮守府も、自分とこの戦力を公にしたがらないから」

 

 叢雲は演習が盛んに行われない理由を、言うまでも無い事だと、ため息交じりにそうこぼす。

 そういえばこの司令官も、以前そんな事を口していたらしいと、叢雲は龍田との会話を思い出していた。

 

「なんで、隠したがるのかしらね?」

「初めに思いつくのは、戦力の機密保持ですよね」

「他だと、引き抜き?」

「それもあるかもしれませんね。ただ、それは規模の小さい鎮守府の場合に限りますから、大規模な処には適用されませんよね」

 

 珍しく、駿河が二隻の議論に自主参加した。 

 

「戦力を隠したいのは、分不相応だと取っ払いを懸念して。と、言う事もある」

 

 二隻も珍しいと感じたようだ。黙って駿河を言葉に耳を傾けた。

 

「しかし、それ以上に戦力の把握は、困るだろうからな」

 

 叢雲と大淀は、互いに顔を見合わせる。

 目で行われた会議の結果は、『どういう意味?』だった。

 

「戦力の把握は、昨日と今日の違いを認識させてしまう」

「昨日と今日の違いが問題になると?」

「小さく事を言えば、昨日笑っていたのに、今日は無表情だと、何かあったと勘ぐられるだろう」

「確かに」

 

 大淀は、叢雲の腕を盗み見た。

 

「じゃあ、大きい事なら?」

 

 叢雲は、事も無く、気楽に言う。

 だがその眼は、これから駿河が答える事を察しているのか、この部屋のように冷たい。

 

「昨日あった艦が、今日は、無い。それも決まった艦種だ」

「まあ、それも戦術よね」

 

 感傷なく吐き出された叢雲の言葉は、強い吐息と共に、床まで届いた。

 

「戦闘報告に書かれる数字には、それ以上の情報を読み取ろうとする者にしか、読み取れない」

 

 駿河は机の資料へと、手を伸ばす。

 

「分かられたくない鎮守府は、少なくないだろ」

 

 手元にしたのは、前提督の戦闘報告書だ。

 

「そういう鎮守府が今回、直撃を食らったろうな」

 

 紙の端をクシャリと歪ませて、そう締めくくった。

 

「小さい鎮守府が、狙われた?」

「そうではない」

 

 大淀の疑問に、駿河が丁寧に答える。

 

「接敵した際に、撤退を選択したところは、被害が少ないだろう。しかし、何時もの事と疲弊を誘う波状攻撃をした所は――」

「所は?」

 

 大淀が繰り返す。

 

「湯水のように、沈めただろうな」

 

 駿河は、どうと言う事も無く、言い切った。

 

「大淀、これを通しておいてくれ」

「は、はい」

 

 駿河は感傷に浸る間も与えず、次の案件へと着手した。

 

「これは?」

「何、どうしたの?」

 

  叢雲が大淀の戸惑いに、横から駿河が差出た書類を覗き込んだ。

 

「改二、改修申請?」

 

 叢雲は思わず駿河を見つめた。

 

「モノは揃えた。直ぐに改修出来るだろう」

「いや、だってそんなに練度高くないでしょ?」

「死闘とは、それ程の意味を持つ。それだけだ」

「『それだけ』って」

 

 始業に大淀へ答えたような返答を、駿河に寄越された叢雲は、それ以上追及できなかった。

 

「昨日の事は、昨日の事だけと思うな。今日も、今も、起こる。驕ってもいい、油断してもいい、慢心も結構。だが、引き際だけは、命令に従え」

 

 駿河の言葉通り、この後、何処と言わず、誰と言わず、敵戦力に翻弄されていく事になる。

 

 □ □ □

 

「面倒くせえなあー」

「あらあら~。お出かけだって昨日の夜、楽しそうにしていたのは、誰かしら~」

「大淀、叢雲、後を頼む」

「はい、お任せ下さい」

「大丈夫よ。夜には帰って来るんでしょ?」

「そうだ」

 

 鎮守府の正面。

 日は昇って、間もない。

 一台の車の前に、駿河、天龍、龍田、大淀、叢雲が集まっていた。

 

「天龍さん、余計な事を言わないでくださいね」

 

 大淀が、襟足まで髪を伸ばした天龍へ、釘をさす。

 

「なんで、俺だけなんだよ。龍田だって――」

 

 腕だけを通した襟ファー付きの黒いアーミージャケットを揺らして、天龍は自分だけかと抗議する。

 

「あら~、天龍ちゃんにそんな風に思われていたのね。寂しいわ~」

 

 髪を緩く波打たせ、天龍に倣うように肩へ短いケープを巻いた龍田が、天龍へにっこりと、濁点満載で微笑む。

 

「俺がいない間は、控えろ」

 

 駿河は、大淀、天龍、龍田から少し離れ、叢雲へそう耳打ちした。

 多分、駿河でなくても。いや、駿河でも、この叢雲には声を掛けるだろう。

 腕は包帯に巻かれ、顔には医療ガーゼ。頭のうさ耳のような艤装にも傷がみられ、発光部分にまでそれが到達しているせいで、不安定な明滅を繰り返している。

 大破を放置しているかのようだ。

 当人は、いたって平然としているが、他の三隻が話し掛けないところを見るに、察しがつくだろう。

 

「いくぞ」

 

 姦しいとは言うが、駿河は三隻の談笑を切り上げさせ、車に乗り込んだ。

 

「言ってくるぜ!」

「ちゃんと、天龍ちゃん見ておくから、心配しないでね~」

 

 運転席へ龍田が、助手席に天龍が乗りこむ。

 ル級エリートとの戦闘から三日。

 天龍、龍田は改二へと改装していた。

 




 
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