三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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【抜錨】12月9日~10日
牙を砥ぐ俺達は、兵器に届いてないってか?


 

 駿河、天龍、龍田は、滞りなく大本営に到着していた。

 行道は退屈だったのか。他愛ない会話で、車中の時間を潰す事になったようだ。

 こんな感じに。

 

「なあ、護衛――俺と龍田で良かったのか? 戦艦とかいるだろ?」

「問題ない。今の戦艦組は、発生するトラブルの想定をしかねる」

「あら~、トラブルがある事前提なんて~。提督は、いつ戦艦に撃たれるのかしら~」

「なんだ? 俺達は、分かるってのかよ?」

「そうだ」

「俺も浅く見られたものだな。 まだ、会って二週間も経っていないってのによ。随分な自信じゃねえか」

 

 助手席に座る天龍は、運転席との間から身を絞りだす様にして、後部座席の駿河へとにじり寄る。

 

「胸の痣に聞け」

「胸?」

 

 駿河の言葉に、天龍は自身の胸を見る。

 かがむような姿勢もあわさって、押し出された豊満な胸は、さながら熟した果実の実りのような有様だ。

 

「な!」

 

 天龍は、ゴムで引っ張られてでもいたのか、勢いよく正面へと向きなおった。

 

「……大きい胸が好きなのか?」

 

 自身の胸をさするように揉みながら、ボソり。

 

「でも~。大淀はどちらかと言えば、小振りよね~」

 

 天龍の挙動を横目に、ご満悦な笑顔を浮かべる龍田。

 

「あ? チッ、口にしちまったかよ」

「思った事を言っちゃうのは、仕方ないかな~。海の上は独りで、暇だものね~」

「やな癖だな」

 

 天龍は正面を向いたままで頭を反らしいて、後ろの駿河へと声を掛けた。

 

「で、どうなんだよ?」

 

 駿河は答えない。

 

「勿体ぶるなよ」

 

 ため息を返事代わりに、駿河が口を開いた。

 

「有るか無いかなど、どうでもいい。抱きたいか、どうかだ。体型は、その結果にしか過ぎん」

「結局、なんでもいいってことかよ。抱きたいか、どうかとか……抱きたいか? ……」

「あらあら~、天龍ちゃん、顔が真っ赤よ。何か、思い出したのかな~? うふふふ」

「な、なんでもねえよ!」

 

 天龍の真っ赤に熟れていく顔を、目ざとく龍田は見逃さない。

 そんな、会話だった。

 

 □ □ □

 

「さて、そろそろ時間か?」

「そうね~。せっかく天龍ちゃんを独占できていたのに、残念だわ~」

「そうだな」

「あら~?」

 

 龍田の天龍弄りは、不発に終わったようだ。

 二隻は大本営の廊下を並び歩く。

 

「とは言え。正直、早くお暇したかったんだよな。妙に居心地が悪いって言うか。なんか違和感がよ」

「違和感。ね~」

 

 天龍達の向かいから、他所の提督らしき人物が向かってくるのが見える。

 が、問題ないだろう。

 十人は並び歩けるような広い廊下だ。

 これで邪魔だと言われたら、どれほどの巨漢なのかと目を擦る事だろう。

 

「車で話そうと思って、すっかり忘れていたんだけどよ。――吹雪。いたな」

「そうね~。門の所から見ていたわね~」

「やっぱ、気が付いていたかよ」

「ん~、吹雪ちゃん。いつも笑顔だけど、決まった誰かと一緒にいるの、見ないから~」

「そうなんだよな。あいつ、別に一人ってわけじゃないんだけどよ。それが、だぜ」

 

 腕を組んで首をかしげる天龍。

 それを見た龍田は、少し思案をすると、目を輝かせた。キラリンではなく、ビカッ! っと。

 

「……吹雪ちゃん、あの人に気があるのかもね~」

「はあ! まじかよ! え? いや、吹雪もって、ありえねえだろ? あの提督だぞ。駿河で、熊で、乱暴で、駿河で、俺に無茶苦茶しやがるあの野郎だぞ!」

 

 龍田の見解は、天龍の中には存在していなかったようだ。

 驚愕――と、まなじりを裂けるほどに開いて、声を上げた。

 

「かも~。よ? か・も。で、天龍ちゃん。吹雪ちゃん“も”って、どいう意味なのかな~」

 

 龍田は、放った矢がことごとく図星に――皆中だったとばかりに、万人には嬉しそうに、天龍には面白くない、満面の笑みを浮かべた。

 

「君たち」

 

 不意に、二隻は声を掛けられた。

 向かいから来ていた他所の提督だ。

 互いに進みあっていれば、いつかはすれ違う。

 それが今だったようだ。

 

「騒ぎ過ぎました。申し訳ありません」

 

 龍田は、声を掛けられた理由は自分達をいさめる為。そう、考えたようだ。

 改まった口調で、丁寧に頭を下げる。

 天龍は龍田を見て、指で頬を掻く。

 また迷惑を掛けちまったなと、内心で詫びながら。

 

「まあ、騒がしいのは困るが、にぎやかなのは良いことだよ」

「はあ?」

 

 頭の中で、この後の対応をいくつもシミュレートしていた龍田は、その言葉に毒気を抜かれた。

 改めて、この提督を見る。

 年のころは、二十代前半。

 男子高校生には見えない。しかし、“大人びた”と付ければ、納得できるかもしれない。

 駿河には届かないが、一般人の中でみれば十分に高身長だ。

 これまた肉ダルマな駿河と違い、細いながらもしなやかな肉付きを感じさせる体つき。

 掛けられた言葉に良く合う、力強くも涼やかな声。

 制帽を手に持ち、少し長めに切りそろえられた黒髪は、癖があるのかゆるく後ろへと流れている。

 

「提督――だよな」

 

 なによりもその目つきは、優しい。

 天龍が思わず誰かを思い浮かべた結果、確認してしまう程に。

 駿河の対極の印象だった。

 恰好が提督の制服姿と言う事もあるが、

 

「ああ、そうか。妖精か」

 

 天龍の言葉通りに、その肩には妖精が乗っていた。

 

「天龍ちゃん、どうかしちゃたかな~」

「俺が狂ったように言うなよ。ここって、俺達の総元締めだろ?」

「そういう言い方もあるかもね~」

「だってのに、妖精の姿がないよな」

「ああ、そういう事ね~」

 

 二隻は件の提督を置き去りに、会話を進めていく。

 

「あははは、初めまして。私は横須賀第二鎮守府で提督を務めさせてもらっている、御剣 有也(みつるぎ ゆうや)です。よろしく」

 

 妖精も一緒になって、肩の上でお辞儀をした。

 笑い声を終えた後、御剣は当然と右手を差し出す。

 天龍は「フーン」と言って、その右手を見たままだ。

 龍田は笑顔でいるが、御剣の顔を見続けているせいか、その右手が視界に入らない様。

 

「君達も、なのか……」

 

 御剣は、見つめられるのはいつもの事といった雰囲気だったが、いつまで経っても握手をされない事に疑問を覚えると、何かを察したのか、右手を納めた。

 呟く声に、憤りを込めながら。

 

「第二鎮守府……あなたが」

「なんだ、龍田? 知っているのか?」

「直接お会いするのは、初めてだけど~。第二の提督と言ったらね~。民間からの引き抜きで。頭脳明晰、眉目秀麗。艦娘にも優しいって、評判よ~。聞いた事無い?」

 

 龍田の説明セリフを前に、当人は「そんな事は無いよ」と、謙遜。

 

「すげーなそれ。でも、そんな話あったか?」

 

 天龍は、通常運転。

 

「突然だけど、あの人。食事の前には必ず、水を飲むのよね~」

「本当に突然だな、必ず二杯な。ピッチャーから、そのまま飲め。って、なっ」

 

 ニカッと天龍は、龍田に笑う。

 

「それで、何か――ございましたか?」

 

 語尾が伸びそうになるのを龍田は、ハッとして抑える。

 初対面のこの提督は、どうやら気を許し易い人柄を滲み出しているようだ。

 

「ああ、ちょっと聞こえたんだけど……さっき『駿河』って、言ってなかったかな?」

 

 龍田と天龍は顔を見合わせた。

 龍田は、質問の意図はなんだろうと。

 天龍は、『言ったっけ』と。

 

「ええと、駿河……提督に何か御用が?」

 

 文字通りに歯がゆいと口をモゴモゴさせて、龍田は駿河の敬称呼びを口にする。

 

「ひょとして、下は『播磨』かな?」

「そうだけど。あの野――内の……提督の名前は、そうです」 

 

 天龍が間髪入れずした返答に、御剣は再び何かをなったしたようだった。

 『内の』ってなんなんだよと、天龍は口をとがらせて、何かぶちぶち言っている。

 

「いや、用事は無いよ。ただ、噂を聞いていたから。君たちがそうなら、気になってね」

「噂? ……提督殺し?」

 

 龍田は、駿河が提督初日とした日の記憶を掘り出す。

 その日の作業員達――と、言っても軍人で。業務上の名称だ――の叫びや怒号を。

 

「『生贄事件』とか呼ばれてるらしいけど、知っていたんだね」

 

 御剣の態度に、龍田は思わず口を手で押さえた。

 聞かせるつもりのない、無意識の言葉だったのだろう。

 

「その感じ……やはり、知らされてないのか」

 

 不意に口にした後に、口を咄嗟に手で隠せば、普通『知っている』と感じとると思うのだが?

 御剣は逆のようだ。

 

「提督殺し? ああ、そう言えば、そんな事言ってたっけか? 正直、リンチの方がインパクト強くて、忘れてたぜ」

 

 龍田へ向かって、忘れていたかったと天龍は、ウヘーと舌を出す。

 

「リンチ? どうやら噂通りの人みたいだね。大丈夫? あれ? 君のその首の痕……」

 

 御剣は、龍田の首輪のように赤く染まる痕を凝視する。

 龍田は、拒絶するように手で隠した。

 

「ひょっとして、入渠させてもらえない?」

「何で、そう思うんだよ? ――ですか」

「ああ、いつも通りでいいよ。堅苦しいのは苦手なんだ」

 

 クシャッと顔を崩して、御剣は天龍へと笑いかけた。

 

「さっきね、ちょうど駿河提督の事を聞いたところでね。なんでも、君達に制限を課して、お金を浮かせている。そう聞いたんだよね」

 

 御剣は声を潜める。

 それを龍田は変わらぬ笑顔で聞いていた。

 が、天龍には変化が分かったようだ。いや、天龍だから分かったのだろう。

 龍田がキレる前にと、『自分の領分じゃねえんだけど』と、口を開いた。

 

「よく分かんねえけど。そういう事って、俺達に話しちゃいけないんじゃないのか?」

「そうかな? 秘密は良くないと思うよ」

 

 御剣は、そう言い切る。

 余程の胆力か、世間知らずの無想家か、悟りを開いた聖人か、御剣の思うところは、読めない。

 

「心配してくれるのは、ありがたいけどよ。ちゃんと風呂に入れてもらって――いや、そうじゃなくて、ちゃんと自分で入ってるぜ!」

「天龍ちゃんの自爆ぶりで、一週間は思い出し笑いに困らないわ~」

 

 龍田は首を隠したまま、残った手の指を折り数えて、今日の収穫を確認していく。

 いつも通りの龍田のようでもあり、意図的に意識をずらしているようでもある。

 

「自分で? ひょっとして自己申告しないと、入渠させてもらえないのかい?」

「はあ? それくらい自分でするのが当然だろう?」

「そんな扱いを受けているのか……」

 

 深刻だと顔を伏せた御剣は、天龍の肩を掴んだ。

 

「君たちは、人間なんだ。道具や、ましてや兵器なんかじゃない。なんで他の奴らは、それが分からないんだ」

 

 天龍の目を覗き込むようにして、御剣は言い聞かせる。

 御剣の肩にいる妖精が、御剣の耳を引っ張っている。

 何やら抗議の声を上げているようだ。

 

「浮気者? 違うって、そんなつもりじゃ。え? うんうん。君たちを大事に思っているよ」

 

 妖精へ、独り言のように御剣は釈明しいく。

 

「妖精の言葉が分かるのかよ」

「なんかね。皆は聞こえないみたいだけど、僕には聞こえるんだ。色々助けてくれているよ」

「それは凄いな。後――」

 

 肩に置かれた手を、天龍は弾く。

 

「触んなよ」

 

 天龍はそのまま、御剣へ背中を向けた。

 

「ああ、ごめん。馴れ馴れしかったよね。つい、いつものノリで」

 

 加減されたとはいえ、結構な勢いで払い落されたにも関わらず、御剣は気を悪くする処を見せない。

 それどころか、謝罪してみせた。

 

「いつもの……ね。御剣提督は、よく触れ合っているのかしら」

「ああ、ぼくの事は、有也でいいよ。そうだね、やっぱり人間関係って大事だと思うし、スキンシップは大切だと思っているからね」

 

 今度は意識するまでもなく、龍田は改まった口調で話している。

 

「君らは、そいうの。無いの?」

「そうだな。触れ合いと言えば、殴られるくらいか? 後は、夜に――」

「殴られるだって!」

 

 天龍の背中越しの言葉を、御剣は自身の声で遮った。

 

「さっきも言ったけど、君達は兵器じゃないんだ! 心ある人間となんら変わらない。決めた。僕が――」

「ああ?」

 

 今度は、御剣の言葉を天龍が遮る。

 

「俺たちが、兵器じゃねえと?」

「そうだよ。君たちは――」

「牙を砥ぐ俺達は、兵器に届いてないってか?」

 

 再び、遮断。

 

「繰り返し言われてきたから仕方ないのかもしれないけど、君達には心がある。自由にする権利もあるんだ。それを、あの駿河という男は、最低だ」

 

 熱のこもる御剣の言葉とは裏腹に、天龍の雰囲気は、鋭く、冷たく、刀剣の類を思わせる気配をまとっていく。

 

「文字通り、血反吐を吐いて掴んできたものを……覚悟はあるんだろうな? 小ぞ――」

「そこまでよ。天龍」

 

 天龍がその手を艤装刀に伸ばした時、その柄尻を龍田が抑えた。

 

「龍田」

「想定通りって言われるわよ」

「どうかした?」

 

 天龍が御剣へ背中を向けていたことが幸いした。

 一連の天龍の行動は、御剣へと伝わらないで済んだようだ。

 

「お気遣いありがとうございます。駿河少尉については、よく面倒を見て頂いておりますので、ご安心ください」

 

 龍田は、ゆっくりと滑舌よく、特に声を張り上げる事もなく御剣へ、そう述べた。

 

「そう? 龍田がそう言うのなら、そうしておくよ」

「それと――」

 

 目を閉じて龍田は続ける。

 

「――私の名を呼んで、そちらの龍田が不機嫌になるのはどうかと思いますので、どうぞ提督の龍田だけを呼んであげて下さい」

「あー、そうかも。ああ、でも君も名前で呼んで欲しかったら、気にしないで言ってね」

 

 天龍が龍田に耳打ちする。

 

「おい、龍田。『想定通り』って、言われてもいいのか?」

 

 シテヤッタリと、天龍は御剣からは見えないからか、遠慮なく意地の悪い顔で龍田に、ネットリとそう囁いた。

 

「分かっているわよ」

「うん、その時は遠慮なくいってくれ」

 

 龍田の早口な言葉に、御剣が答えた。

 まあ、向かい合っている状態だ。出された声に答えるのは、当たり前だろう。

 

「貴様達、何をしている」

 

 天龍、龍田の向かい側。御剣の後ろから、声が掛かった。

 天龍は露骨に顔をしかめ、龍田は能面をかぶった。

 

「豚かよ」

 

 現れたのは豚らしい――ぶひっ?

 

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