三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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潮は、限界に来ているわ

 綾波型八番艦、駆逐艦――曙。

 

 ①「限界ってなによ!」――自分の頭をかち割るような声で、そう荒げた。

 

 

 ②「限界……そう」――動じる事無く淡々と、表情通りの言葉を作る。

 

 

 激情と抑圧。

 どちらの行動も彼女らしい発言であり行動だ。

 曙は随分と前からより、極端な感情の狭間へと、身を置きつづけていた。

 

「もう一度言うわよ。潮は、限界に来ているわ」

 

 明石が、そう宣言する。

 見つめる先には、曙達第七駆逐隊が寝泊まりする部屋の備え付けベッド。

 西日が優しく包むそこに、潮は寝ていた。

 

「明石さん。もう一度、説明してくれませんか?」

「何度でも……よく聞いて」

 

 曙に抱き着く朧が、首だけを明石へ向ける。

 

「潮が目覚めないのは――」

「前に居たヤツが。『壊れたから回収しろとか』言ってきて。何をしたのかと思えば、『潮がかってに転んだ』って?」

 

 明石の言葉を遮り、曙が呆れ声で言葉を継ぐ。

 

「行ってみれば、執務室の中は乱れ放題の荒れ放題。どう見たって潮に何かしようとしたとしか思えない! ――で、思いのほかの抵抗に、突き飛ばしたのか、本当に転んだのか……打ち所が悪かったのかしらね。気絶した潮は、そのまま。今も」

 

 乱高下激しい口調で、曙は高らかに謳いあげる。

 

「でも、その理由が分からなかったのですよね? 明石殿」

 

 朧と挟むように曙に抱き着く漣が、今度は自分と明石に確認する。

 

「そうよ。分からなかったわ」

「だったら――」

「今は想定できる」

「今は? ですか」

「そうよ。朧」

「今でも、なぜ潮が寝たままになったのか分からないわ」

「はあ?」

「朧、待って。明石さん、『なった理由』が分からないって事は、『なっている理由』は分かったのよね」

 

 抱き押さえられている曙が、抱き押さえる朧を諭す。

 なんともチグハグな光景だ。

 

「正確には、『そう考える事が出来る』だけどね」

 

 明石は鎮守府の門がある方の窓――その外へ顔を向ける。

 

「提督が教えてくれたわ」

「あの、クソ提督が?」

 

 あからさま侮蔑を瞳に込めて、曙は明石に問うた。

 

「そうよ」

 

 語気強く明石は答える。

 まあ、たしかに。一緒になって非難してる立場でも無ければ、他人の誹謗は耳心地悪かろう。

 明石は、気を取り直すように一つ深呼吸を挟み、口調を整えて続けた。

 

「参考にした。だけど、ね」

 

 明石は、朧、漣と来て、最後に曙を見る。

 話を理解できる程度には、落ち着いていると判断できたのか、説明を始めた。

 

「いい? 繰り返すけど、何で寝たままになったのかは、分からないわ。原因はどうあれ、そうなった事で、今の潮は起きたくても起きれない状態にある。と、思う。一種の待機状態ね」

「裸たい――なんでもありません。すみません。えっと、待機状態? ですよね。パソコンのスリープみたいな? ……スリープ……充電不足?」

 

 漣は何を言いたかったのか?

 まあ、空気を読んだ。とは言える。

 

「そんなところね、漣。活動するのに必要なエネルギーが足りない。だから、生存本能ようなものが働いて、最低限のエネルギー消費で済むよう、寝たままになっている。と、私は考えるわ」 

「それ、冬眠では?」

「冬眠ならよかったんだけどね。それより、もっと深いものよ。冬眠なら温めれば覚醒したもの」

 

 朧は当初の苦労――直接補給を他艦へ施すという至難――を思い出していた。

 

「でも、私たちが直接補給をして、そのエネルギーを供給してきました」

 

 入渠も渋った閣下前提督のもとでは、当然ながら補給も満足に行われなかった。

 その中で、朧、曙、漣は、自身の配給を露見しない程度に隠し、集め、潮へと与えていたのだ。

 当然ながら、倉庫番の明石も共犯だ。

 

「そうね。まさか苦肉の策の対処療法が、今は義務化されるなんてね。思いもしなかったわ」

「方法は間違っていなかった。という事よね」

「方法は、ね」

「面倒だわ。はっきり言って、明石さん」

 

 曙は事も無く、先を促す。

 

「艤装が、潮の存在を不要と判断した」

「そんな事……」

 

 呟く朧に、明石は目を合わせて言い聞かせる。

 

「満潮に何があったか……覚えているでしょ」

「――艤装の拒絶」

 

 普段、トーンの高い曙でも、これだけ低い声が出るものか。

 

「潮とのパスが切れかかっている。だから、艤装が直接補給を受け付けなくなりつつある」

 

 曙、朧、漣の三隻は、あの日、満潮に起きた事を思い出す。

 確かに、艤装にも意志と言うものが存在している事を証明した。

 ただ、それは一部の艤装についてであり、満潮もその例であったと考える艦娘も、未だ少なくない。

 

「ここからは、いくつもの仮説を組み合わせたものになるわ」

 

 明石は指を一つ立てて、朧を見た。

 

「艤装は、戦う事を目的として存在している」

 

 二本目を立てて、漣を見る。

 

「艦娘の『人型』は、艤装・兵装を効率よく運用させる為のもの」

 

 そして、三本目。

 曙の視線を、視線で明石は捕まえる。

 

「自身を効率よく運用出来ないモノを生かす必要は、あるのかしら」

 

 顔の前に出した三本指をそのままに、腹前へと降ろして、明石は、その指越しに曙達を見た。

 

「結果、潮の艤装は補給の必要がないと判断した。直接補給の効率と量の減少が顕著になってきたのは、潮とのパス――パイプが細くなってきたから、通り難いんだと思う」

 

 暖かい西日が弱まり、部屋へと夜が滲みだす。

 その闇は、明石の顔の半分を奪ったが、曙の顔からは全てを奪った。

 

「このままだと潮はどうなるの?」

「分からないわ。停止なのか、休止なのか、廃止なのか。艤装も艦娘も両方なんて。こんな前例を聞いたことがないもの。今、補給が出来なくなってもおかしくないわ……」

 

 朧と漣に抱きしめられる曙の制服シワが、より強く浮き出ていく。

 曙も、右手で朧の、左手で漣の、それぞれの肩を絞るように強く掴んでいた。

 

「方法は、無いんですか?」

 

 朧が、曙の腹に焼き付けるように、曙の制服に顔を押し付けて、ゆっくりと声に出していく。

 

「解決しなくてもいいです。先延ばしするだけって言われてもいいです。何か、ないんですか!」

「……方法は無いけど、望みはあるわ」

「あるのでござるか!」

 

 漣が、大きく声を張り上げた。

 漣の気持ちを代弁でするかのように、窓の外から屋外照明の灯りが差し込んでくる。

 

「でも、それは絶対に出来ない」

「なんでそんな事が分かるのよ! いいから言ってみなさいよ。私は何だってやってみせる!」

 

 勢い込む曙を明石は、見ない。

 見れないではなく、見ない。

 

「提督の力を借りるの」

「え?」

 

 完全に思考の外にあった人物の登場に、曙は目を丸くする。

 

「提督なら、何とか出来るかもしれない。どいう訳か、提督は私たちへの造詣が深いわ。私が舌をまく程ね。その提督なら、方法は知らなくても知恵を貸してもらえるかもしれない」

 

 同情や憐憫よりも、挑発や蔑みに近い口調で、明石は曙へと告げる。

 

「出来る? 貴方が『クソ』と呼ぶあの人に。頭を下げれる? 散々なじってきたあの人へ。助力を請える? いらないと拒絶したあの人よ」

 

 外から差し込む灯りが部屋の壁に跳ね返り、弱弱しく照らす。

 闇に染まったはずの曙の顔は、常夜灯のような微光を受けて、ひっそりと浮かび上がらせる。

 血の気の引いたその顔は、悲壮とはこの表情を指すのだな。と、思わせた。

 

 □ □ □

 

「消灯時間は、すでに過ぎているぞ」

 

 駿河は執務室に掛かっている時計を見ながら、目の前に居並ぶ面々へと声を掛けた。

 時計の針は、短針は8を、長針は6の数字を超えている。

 外は夜。

 現時、二十時三十分を過ぎたところだ。

 どうでもいいことだが、この鎮守府のターニングポイントは、二十時三十分のようだ。

 夕刻には大本営より戻ってくる予定であった駿河達だったが、

 

「渋滞って、疲れるわよね~」

 

 龍田の言葉通り。

 渋滞につかまったせいで、戻って来られたのは陽もどっぷりと浸かった、今である。

 消灯時間は二十時だ。

 まあ、だから、

 寝ろ。

 という事ではなく。

 むやみに出歩かず、部屋で大人しくしていろ。

 程度の意味だが。

 本来はもっと厳格な規則だが、彼女たちは軍人ではない。

 夜明けに合わせて出撃する艦もあれば、七日七晩通しの任務後で戻ってきての休養艦もいる。

 これは、そんな彼女たちへの気遣い。みたいなルールだ。

 

「あら~、私たちは一緒に帰ってきたんだから~。居ても仕方ないと思うけどな~」

 

 龍田は指先を口に当てて、居並ぶ他の艦を見流すと、最後に駿河へと同意を求めた。

 

「そ、そうだ。仕方ないだろう? ……なんでこんなにいるんだよ。こっそりと、詫びようとしたのに……」

 

 天龍もそれに乗っかる。

 ただ、最後の方はモゴモゴと口の中で言葉を転がしていた。他者には言葉とはならないだろう言葉を。

 

「何言ってるのよ。アンタ! 私は秘書艦なのよ。時間だから、はいそうですか。なんて、出来るわけないでしょ。さっさと、今日の結果を言いなさいよ」

 

 叢雲は片手の甲をウェストに当てて、腰付きを強調する格好で、苛立ちを含めてそう言い放った。

 包帯、医療ガーゼの使用場所が、今朝より増えている気がする。

 

「何よ」

 

 駿河が、叢雲を静かに見つめた。

 

「申し訳ありません。その、あの、えっと……」

 

 叢雲が目をそらしたタイミングで、今度は大淀が声を発した。

 右手で左脇辺りを押さえながら。

 声を掛けるたびに、目を開く。

 言いよどむたびに、目を閉じる。

 目の動き合わせ、顔も上下。

 露骨に“聞きづらい”を実践している。

 当の駿河は、困惑もせず、ただ大淀の先を待った。

 

「いえ、なんでもないです」

 

 大淀はくじけた。

 何にかは、何だろうか?

 駿河は「そうか」と頷くと、今一度部屋を見渡した。

 大本営に同行した、龍田、天龍。

 秘書艦、叢雲。

 補佐の大淀。

 それ以外にも今だ声を出さず、立ちすくむ艦が部屋には居た。

 開け放れた扉側に、明石。

 壁際には、曙、朧、漣の三隻。

 

「明日、監査が入る」

 

 駿河は、誰も口を開く処がないと判断したのか、脈絡なく業務連絡を口にした。

 

「監査ですか?」

「そうだ」

「監査の目的を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 大淀が、熱心に駿河へと確認していく。

 

「提督の資質に疑問あり」

 

 よどむ事無く、駿河は答える。

 

「そんな……やはり、いえ、まさか……」

 

 身を乗り出す様に尋ねた大淀が、半歩、一歩と、後ずさる。

 

「そんなに驚く事?」

 

 叢雲は大淀の態度を見ながら、駿河へと辛辣な言葉を向ける。

 

「本当だぜ。来るのは、第二鎮守府の提督だよな? 龍田」

「そうだけど。天龍ちゃん~、提督の連絡を邪魔したら、また怒られちゃうかも~」

「あ!」

 

 天龍は駿河を盗み見た。

 駿河は、天龍を見ない。

 それが余計に天龍にプレッシャーを与えたのか、

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ー。詫びるどころか、怒らせてどうすんだよ。オレ~」

 

 壁に向かって頭を両でかばい、うずくまっている。

 

「第二鎮守府? って、あの艦娘に優しいって、例の?」

「評判は知らん」

「何よ、龍田?」

 

 叢雲は見つめてくる。と言うより、観察してくる龍田へ、不快感をにじませた。

 

「いえね~。う~ん。やっぱり面倒な事に~ ――なりそうよね~」

 

 龍田は自身の首をさすりながら、叢雲から駿河へと声先を変える。 

 駿河はため息を一つ。

 

「叢雲、明日は待機だ」

「はあ?」

「大淀、満潮にもその旨を伝えておけ。龍田もだ」

「ちょっと。待機って、秘書艦業務はどうするのよ?」

 

 叢雲は、机に両手を叩きつける。

 駿河にこだわっている訳でなないだろう。

 しかし、無意味に外される事には納得できない。

 叢雲の矜持がそうさせたのだろう。

 

「違う者にやらせる」

 

駿河はそれを気にするところなく、返答した。

 

「誰によ」

 

 すかさず叢雲の追及。

 

「それは――」

「あめんぼあかいな、ア、イ、ウ、エ、オ!」

 

 その時、外から大きな声が聞こえてきた。

 駿河の口元が一瞬緩んだのは、気のせいだろうか。

 

「川内。那珂を今すぐ呼んで来い。明日の秘書艦をやらせる」

「何で居る事前提で呼ぶのかな? しかも、お使いとか」

 

 駿河の後ろに、川内が立っていた。

 その光景に驚いたのは、曙、朧、漣の三隻。

 他五隻には見慣れた光景なのか、特に動きが無い。

 いや、一隻――天龍だけは、川内の登場時も、壁に向かってうずくまったまま。ただ、気付かないだけゆえだろう?

 

「夜だから行くけどさ。貸しだからね。ちゃんと返してよね」

 

 駿河は、川内からの不満を背中で聞くが、口は開かないでいる。

 ただ、机の下にある駿河の手が、わずかに動いたような気がした。

 川内とはいえ『夜だから』が、行動の理由になるのだろうか?

 他の艦にいぶかしがる処が見えない。

 と言う事は、理由になるのだろう。

 共通認識という常識なのだろうか。

 川内の姿が、空気も動かさずに掻き消える。

 

「ん? 川内ちゃん、どうしたの? ええ? うるさいって提督が怒ってる? 今から折檻されに来いって? うーん。川内ちゃん、見逃して? って、腕を極めないで。痛い、痛いってば。川内ちゃん、何か怒ってる? 怒ってないって言いながら、怒ってるよ! ……」

 

 すぐに執務室の外から、那珂の叫びが聞こえてきた。

 

「……舐められたものね」

 

 叩きつけたままの手で叢雲は、机に爪を立てていく。

 

「しかたないな~。私も、貸しだからね~」

 

 聞こえるか聞こえないか程度の声で、龍田は叢雲の肩に手を置きながら、そう呟く。

 

「何よ、龍田。さっきから!」

「第二鎮守府の提督に、私、目をつけられたのよ~。コ、レ」

 

 睨みつけてくる叢雲に構うことなく、龍田は自身の首を撫でた。

 

「入渠させて貰ってないのか~。ってね~。大丈夫って言っても、聞いてくれなくて~」

 

 目を閉じ、頬に片手をあてた龍田は、そのままシナを作った。

 

「私のコレでよ。なら、叢雲のソレは、もっと面倒になるわよね~。多分」

 

 叢雲は、未だ机に置かれた手に視線を落とす。

 しっかりとまかれた包帯が、その存在感を確かにしている。

 なら、上から何か身につければいいと、叢雲は考えたが、頬の医療ガーゼを思い出す。

 はがしても、逆にその下の傷が目を引くだろう。

 叢雲は大きく息を吐き出した。

 

「アンタね……本当に言葉が少なすぎるのよ。無駄に疲れるわ」

「気をつけよう」

 

 脱力した叢雲が、ゆっくりと――そうとしか動けないように身を戻していく。

 刹那、まだ机から離れない叢雲の手に、駿河の手が通り過ぎるように重なった。

 

 

 

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