三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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それで貴様達は、何だ?

「それで貴様達は、何だ?」

 

 駿河は、いい加減にと声を掛けた。

 壁に際に並ぶ、第七駆逐隊三隻+工作艦明石。

 朧と漣は曙と駿河を交互にを見つめている。

 曙と明石は、ただ駿河を見つめた。

 ただ二隻の視線は、明石はどこまでも白く。曙は酷く混濁としている。

 

「天龍、明日は俺の護衛につけ。大淀、迷ったら脇の痣に聞け。叢雲、明日は一日中入渠をしていろ。いいかげん、その傷を治せ」

 

 駿河は机に両肘をついて手を組み、そこへアゴを乗せたお決まりの格好で、次々に指示を出す。

 向いの壁に並ぶ第七駆逐隊を見据えながら。

 

「お、おおお。任しておけ!」

「……はい」

「見苦しいものを見せて、悪かったわね!」

 

 三者三様――三隻三洋だろうか――の反応。

 

「天龍ちゃんたら~。うふふふ」

 

 何を数えているのか、龍田は恍惚した表情で、天龍を見ながら指を折っている。

 

「助けて、下さい……」

 

 ようやっと。

 と、言って良いだろう。

 曙が声を絞りだす。

 途切れ途切れに、言葉を作っていく。

 

「潮を……潮を、助けて、下さい」

 

 歯切れは悪い。

 曙は俯いたままで顔を上げない。見据えてくる駿河の視線を、避けるように。

 その口から出た細々とした声は、部屋に染み込むように静かに広がっていった。

 

「あら~。それは――」

「龍田」

 

 龍田が粘性のある声で何か言いかけたが、天龍が小声でそれを制す。 

 

「天龍ちゃん?」

 

 天龍は表情を硬くしながらも、小さく首を龍田へと振る。

 オレも面白くはない。とでも言いたげだ。

 

「潮ちゃんは、寝たきりなんです。でも、もう限界が近いって。明石さんが」

「ご主人様なら、力を貸していただけるかもと。明石殿が」

 

 曙を隠すように、朧と漣は駿河へと一歩を踏み出す。

 

「明石」

「やっぱり、そうなりますよね」

 

 明石は、頭を掻きむしっててから、前髪を掻きあげる。

 次いで自身の両頬を、手でほぐす様にこねくりまわした。

 さながら、顔面準備運動、ストレッチといったところだ。

 

「現在、潮は休止状態にあります。ただ、いつ停止に至るか分かりません」

 

 駿河の視線を受け止めて、明石は説明を始める。

 そうなった理由は、不明。

 直接補給を第七駆逐隊が潮の艤装に実施。その場しのぎをしてきた。

 ただ、その状態が継続した事が理由か、直接補給の効率が落ちてきた。

 そう遠くなく潮は、完全停止するだろう。

 

「やっぱり、ただ引き籠っていたわけじゃなかったかよ」

 

 天龍の口ぶりだと、潮の容体は伝わっていなかったようだ。

 閣下前提督なら、解体処分にしたかもしれないからと箝口令を引いたのか。

 すぐに回復すると考えているうちに、切り出すタイミングを失ったのか。

 

「あのクソが、潮に乱暴しようとしたのよ」

「曙ちゃん」

「ぼの様」

 

 曙の血をにじませるような悲痛な声。

 駿河は、大淀へと視線をくれる。

 大淀は小さくうなずいた。

 

「で」

 

 駿河が呟く。

 

「お願い、します。潮を、助けて、下さい」

「それが人に物を頼む態度か?」

 

 駿河の指摘通り、曙は言葉にすれど、頭を下げることもしていない。

 朧、漣もそうだ。

 どこまで行っても、駿河を認める事は出来ない。

 そう言う事だろう。

 

「お、お願いします」

 

 曙はもぞもぞと、朧、漣の間を縫って前に出ると、ゆっくりと、ゆっくりと、片膝を付き、もう片方も付け、縮こまるように頭を床へ押し付けた。

 

「潮を助けて下さい。お願いします」

 

 慌てて、朧、漣も、曙に倣って土下座を駿河へとした。

 呼吸をすることがはばかれる程の静寂が、室内を満たす。

 

「明石。潮と艤装を、ここに連れて来い」

 

 いくばくかの間の後、淡々と駿河はそう告げた。

 

「やった」

 

 小さく朧が叫ぶ。

 漣も顔をほころばせている。

 曙は、未だ顔を上げない。

 

「はい」

 

 返事した明石の表情は硬い。

 見れば天龍の顔もだ。

 叢雲に至っては、憎しみでもぶつけるように、駿河を見ている。

 

「私が、艤装を。貴方たちは、潮を連れてきて」

 

 明石は七駆の三隻へ声を掛けると返事を待たずに、部屋を後にした。

 飛び跳ねるようにして、七駆は部屋から走り出す。

 

「つくづく土下座をさせるのが好きな男ね」

 

 叢雲が呟く。

 程なくして、執務室に潮と潮の艤装が。

 後、おまけのように、潮がよく抱える顔の書かれた連装砲が運び込まれた。

 

「これから、どうしたらいいんですか?」

 

 朧は、ソファーに寝かされた潮を見ながら、そう駿河へ声を掛けた。

 駆逐艦の潮だが、横に寝かされて尚、胸の主張は弱まらない。

 閣下元提督の暴挙も、だからこそだろうか。

 潮の艤装はといえば、明石が運び込みに使ったカートのような台車の上へ、そのまま置かれている。

 

「あの……」

 

 返事をしない駿河へ、朧は不安げに声を重ねる。

 全ての視線が駿河に集まった。

 七駆の三隻に明石は当然として、大淀、叢雲、天龍、龍田もまだ部屋に居続けていた。

 

「出てこい」

 

 駿河は、顔の書かれた連装砲をテーブルに立てて置きながら、潮の艤装へと声を掛ける。

 まるで、虎屏風に向かって出て来いと、とんち勝負のような有様にも映る。

 

「はあ? そんなんでいいんなら、私達は苦労してないわ!」

 

 曙が罵声を上げる。

 漣もウンウンと同意している横を、駿河は通り過ぎる。

 上着を脱ぎ、黒シャツだけになると、部屋の片隅に当然と置かれた金属バットへと手を伸ばした。

 

「アンタ、それでどうするつもりよ?」

 

 低く、叢雲が駿河へと、声をぶつける。

 その駿河の顔を見た大淀は、自身の右脇を押さえた。

 天龍は、心臓の位置に手を置く。

 龍田は、そっと首を撫でる。

 叢雲は、一層険しく。仇敵を見つけたような、形相だ。

 

「獣の笑み」

 

 明石が、駿河を見て呟く。

 幾度となく見てきたその顔を向けられた者にとって、それは凶兆の前触れ。

 駿河は潮の艤装の前に立つと、手にした金属バットを力の限りに振り下ろした。

 

「な!」

 

 あまりの光景に曙は声を上げたが、言葉にならない。

 朧も、漣も、まさに絶句していた。

 その間も、不快な打撃音が鳴り続けた。

 

「何してんのよ!」

 

 ようやっと曙が声を上げれた時には、駿河の金属バットはあちこちを凹ませ、傷をつけていた。

 艤装はと言えば、泰然自若と、か細いアンテナでさえ無傷だ。

 

「私へのあてつけ? 残念だけど、そんな事してもなんともないわよ。やぱりクソ提督ね」

 

 金属バットと潮の艤装を交互に見た曙は、艤装を傷つけられないと見るや、駿河をそしる。

 

「甘いわね」

「何がよ、叢雲!」

 

 叢雲はこの状態を認めていなかった。

 

「この男は、満潮をただのペンで傷つけたのよ?」

 

 再びバットを振り上げる駿河を、叢雲は指差す。

 

「見なさい」

 

 駿河のまき散らしていた粗暴な気配が、大きく吸い込む息とともに、駿河の中へと吸い込まれていく。

 漠然とした力が、細く、鋭く、確かなモノと化す。

 ただ乱暴に片手で振り回していたソレを、駿河は両手で握りこみ、

 

「ふっ」

 

 小さく息を吐いて振り下ろされた。

 鈍い音の後にあった声は――悲鳴。

 絶叫と言ってもいいだろう。

 

「ただの金属でも、この男が振るえばこうなるって、本当に分かっていなかったの?」

 

 叫ぶ曙の背へ、叢雲が投げかける。

 普段なら喰ってかかりそうなものだが、今の曙は起きた事実を否定することに精一杯だった。

 

「ふん!」

 

 大きくひしゃげた艤装のアンテナを駿河は見止めると、手を休める事をなく、次打を放つ。

 今度は、艤装のほとんどを占める煙突に、大きな凹みを作った。

 

「嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌!」

 

 更に打撃を加えようとする駿河へ、曙は半狂乱に髪を振り乱しながら、それをさせまいと掴みかかったが――

 

「何すんだよ。手前が何とかしろって、言ったんだろう?」

 

 ――天龍が一気に曙を壁際まで押し出し、そのまま壁に押し付ける。

 

「曙ちゃん!」

「ぼのたん!」

 

 朧と漣も駿河の行動に、あっけにとらわれていたが、さすがに声を上げる曙に正気を取り戻した。 押さえつけられる天龍から曙を引きはがそうと迫る。

 

「させないから~」

 

 艤装槍を横棒のように使い、龍田は朧と漣を曙と同じように壁へと押し付けた。

 

「ちょ、龍田さん! 放して!」

「駄目よ~。天龍ちゃんの邪魔は――させないわ」

 

 そんなやり取りが行われている最中も、駿河は無心に、艤装への打撃を続ける。

 

「嫌! やめて! もう、やめて!」

 

 泣き叫びぶ曙が、自身を押さえつける天龍を敵と睨みつける。

 ただ、もっと冷たく海色に染まっった天龍の目に、曙は黙らされてしまった。

 

「本当にやめて。なんでも、なんでもするから。いくらでも謝るから。私が沈んで気が済むのなら、沈めていいから!」

 

 もがき、あがいていた曙の体から、ストンと力が抜けたのを天龍は感じた。

 

「だから、だからこんな事。もう……」

 

 たぶん、もう反抗することはないだろう。

 そう思いながらも、天龍は曙の拘束を緩めない。

 朧も漣も、曙の虚脱に、自身を黙らせた。

 

「謝って済むなら、それでいい。金で済むなら、それでいい――」

 

 さすがに鉄塊まではいかないが、それでも悲惨な状態と化した潮の艤装を見たまま、駿河は語る。

 

「取り返しのつかないモノは、いくらでもある。もう一度、貴様に言った言葉を繰り返そう」

 

 うなだれ、うつむく曙に、顔上げたらそこに目があるだろう場所をへ向かって、駿河の覇気が打ち付けられる。

 

「刃は抜くなら、それが刺さり、相手が苦しみにのたうったとしても、自分へ呪詛を唱えたとしても、目そらさず、受け止めろ。悪意を舐めるな。言葉を軽んずるな。自分が“悪いつもり”程度なら、その口、一生閉じておけ」

 

 低く、低く、駿河の声が響く。

 張り上げた声ではないからか、窓やガラスを響かせることはない。

 しかし、その声は各艦へと振動として伝わっていた。

 

「そして、だ。貴様一隻にどれほどの価値があると思う。己惚れるな」

 

 駿河の追い討ちに、龍田は振り返り、口だけで言葉を作った。

 

 ――悪い人。

 

「前にも言った。自覚はある」

 

 駿河が壁の時計を見やる。

 二三時を回っていた。

 

「流石に、か。叢雲、この三隻を営倉に入れておけ。相部屋で構わん。天龍、龍田、手伝ってやれ」

 

 叢雲は返事をしないまま、曙の手を取って部屋の外へと向かう。

 何も反論しない処を見ると、叢雲にはこの指示が妥当に感じているようだ。

 ひょっとしたら、自身も使うつもりだったから、手間にならないと考えたのかもしれない。

 曙は抵抗することなく、引かれるままだ。

 朧、漣も黙って曙を後を付いていく。

 

「天龍。明日は〇八〇〇に、ここだ」

 

 背中を向けたまま出ていこうとした天龍を、駿河は呼び止める。

 天龍は右手を軽く上げて、左右に振って応えた。

 ふと、天龍は頭に温かみを感じた。

 

「済まなかった」

 

 天龍の直ぐ後ろから、駿河の声。

 置かれたのは、駿河の手。

 

「私も悪役頑張ったんだけど~」

 

 横からそうアピールしてくる龍田に、駿河は龍田の首に触れて、数度叩く。

 

「おさわりは禁止されています~。その手、落ちても知らないですよ?」

 

 首にある駿河の手に自身の手を重ねて、龍田は行動とは裏腹に、そう囁いた。

 

「さて、明石、大淀……」

 

 意図的に残された、大淀、明石へと、駿河は静かに告げていく。

 

「あの、艤装もですか?」

「そうだ」

 

 明石は思案顔で腕を組むと、ハッと顔を上げた。

 

「だから、破損させたんですね?」

「何のことだ?」

 

 明石が思い至った事は、見当違いだったのだろうか?

 駿河は、明石の意味するところが理解できないと、言葉を返した。

 

「あれ?」

「運び出せ。大淀、頼むぞ」

「は、はい。承知いたしました。行くわよ、明石」

「えー、ちょっと現金すぎない。ソレ」

「いいでしょ」

 

 明石が艤装を乗せた台車を、大淀が潮を背負っていく。

 

「さて、次は――」

「また、救ってあげちゃうんですか?」

 

 一人になった駿河は、部屋の照明を消しながら、言葉にして今後の行動を整理しようとしたが、それは不意に妨げられた。

 

「夜分、お疲れ様です」

「吹雪か」

「はい」

 

 暗がりの中、部屋の入り口で吹雪は敬礼をしている。

 

「また、救ってあげちゃうんですか?」

 

 先ほどの第一声を、吹雪はまた繰り返す。

 その声音には、嫌味なところは感じられない。

 むしろ、嬉しそうだ。

 

「でも、いいのかな? また辱められて、壊れちゃいますよ?」

 

 笑顔を絶やさず、吹雪は続ける。

 

「あのまま機能停止させてあげた方が、良くないですか?」

 

 駿河は答えない。

 すでに照明の落ちた部屋の中では、駿河の表情を読み取ることは出来ない。

 でも、吹雪には、艦娘には、見えているのかもしれない。

 声を出さない駿河へと顔を向けている吹雪は、明らかに表情確認しながら、話を進めているように思える。

 

「あ。でも、一瞬は救われるから、それはそれでいいかもですね。曙ちゃんも喜ぶでしょうし。ね、司令官」

 

 吹雪が足を細かく踏み換える。

 まるでタップダンスのような、靴音が続く。

 暗闇の中で振るわれる身振り手振りは、更にその印象を強くしていく。

 

「喜びの後の絶望って――」

 

 駿河からは、吹雪がどんな顔で楽し気に話を続けているのか。

 

「――残酷ですよね♪」

 

 当然、分からない。

 

「さて、明日はどうなるのかな? 楽しみです。おやすみなさい」

 

 何事もなかったように、吹雪は一方的に会話を終わらせると、遠ざかる足音で部屋を離れたことを知らせていく。

 駿河を包む闇は、塗りムラを消すためにただ塗り重ねているように、ひどく不安定に感じた。

 

 

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