「それで貴様達は、何だ?」
駿河は、いい加減にと声を掛けた。
壁に際に並ぶ、第七駆逐隊三隻+工作艦明石。
朧と漣は曙と駿河を交互にを見つめている。
曙と明石は、ただ駿河を見つめた。
ただ二隻の視線は、明石はどこまでも白く。曙は酷く混濁としている。
「天龍、明日は俺の護衛につけ。大淀、迷ったら脇の痣に聞け。叢雲、明日は一日中入渠をしていろ。いいかげん、その傷を治せ」
駿河は机に両肘をついて手を組み、そこへアゴを乗せたお決まりの格好で、次々に指示を出す。
向いの壁に並ぶ第七駆逐隊を見据えながら。
「お、おおお。任しておけ!」
「……はい」
「見苦しいものを見せて、悪かったわね!」
三者三様――三隻三洋だろうか――の反応。
「天龍ちゃんたら~。うふふふ」
何を数えているのか、龍田は恍惚した表情で、天龍を見ながら指を折っている。
「助けて、下さい……」
ようやっと。
と、言って良いだろう。
曙が声を絞りだす。
途切れ途切れに、言葉を作っていく。
「潮を……潮を、助けて、下さい」
歯切れは悪い。
曙は俯いたままで顔を上げない。見据えてくる駿河の視線を、避けるように。
その口から出た細々とした声は、部屋に染み込むように静かに広がっていった。
「あら~。それは――」
「龍田」
龍田が粘性のある声で何か言いかけたが、天龍が小声でそれを制す。
「天龍ちゃん?」
天龍は表情を硬くしながらも、小さく首を龍田へと振る。
オレも面白くはない。とでも言いたげだ。
「潮ちゃんは、寝たきりなんです。でも、もう限界が近いって。明石さんが」
「ご主人様なら、力を貸していただけるかもと。明石殿が」
曙を隠すように、朧と漣は駿河へと一歩を踏み出す。
「明石」
「やっぱり、そうなりますよね」
明石は、頭を掻きむしっててから、前髪を掻きあげる。
次いで自身の両頬を、手でほぐす様にこねくりまわした。
さながら、顔面準備運動、ストレッチといったところだ。
「現在、潮は休止状態にあります。ただ、いつ停止に至るか分かりません」
駿河の視線を受け止めて、明石は説明を始める。
そうなった理由は、不明。
直接補給を第七駆逐隊が潮の艤装に実施。その場しのぎをしてきた。
ただ、その状態が継続した事が理由か、直接補給の効率が落ちてきた。
そう遠くなく潮は、完全停止するだろう。
「やっぱり、ただ引き籠っていたわけじゃなかったかよ」
天龍の口ぶりだと、潮の容体は伝わっていなかったようだ。
閣下前提督なら、解体処分にしたかもしれないからと箝口令を引いたのか。
すぐに回復すると考えているうちに、切り出すタイミングを失ったのか。
「あのクソが、潮に乱暴しようとしたのよ」
「曙ちゃん」
「ぼの様」
曙の血をにじませるような悲痛な声。
駿河は、大淀へと視線をくれる。
大淀は小さくうなずいた。
「で」
駿河が呟く。
「お願い、します。潮を、助けて、下さい」
「それが人に物を頼む態度か?」
駿河の指摘通り、曙は言葉にすれど、頭を下げることもしていない。
朧、漣もそうだ。
どこまで行っても、駿河を認める事は出来ない。
そう言う事だろう。
「お、お願いします」
曙はもぞもぞと、朧、漣の間を縫って前に出ると、ゆっくりと、ゆっくりと、片膝を付き、もう片方も付け、縮こまるように頭を床へ押し付けた。
「潮を助けて下さい。お願いします」
慌てて、朧、漣も、曙に倣って土下座を駿河へとした。
呼吸をすることがはばかれる程の静寂が、室内を満たす。
「明石。潮と艤装を、ここに連れて来い」
いくばくかの間の後、淡々と駿河はそう告げた。
「やった」
小さく朧が叫ぶ。
漣も顔をほころばせている。
曙は、未だ顔を上げない。
「はい」
返事した明石の表情は硬い。
見れば天龍の顔もだ。
叢雲に至っては、憎しみでもぶつけるように、駿河を見ている。
「私が、艤装を。貴方たちは、潮を連れてきて」
明石は七駆の三隻へ声を掛けると返事を待たずに、部屋を後にした。
飛び跳ねるようにして、七駆は部屋から走り出す。
「つくづく土下座をさせるのが好きな男ね」
叢雲が呟く。
程なくして、執務室に潮と潮の艤装が。
後、おまけのように、潮がよく抱える顔の書かれた連装砲が運び込まれた。
「これから、どうしたらいいんですか?」
朧は、ソファーに寝かされた潮を見ながら、そう駿河へ声を掛けた。
駆逐艦の潮だが、横に寝かされて尚、胸の主張は弱まらない。
閣下元提督の暴挙も、だからこそだろうか。
潮の艤装はといえば、明石が運び込みに使ったカートのような台車の上へ、そのまま置かれている。
「あの……」
返事をしない駿河へ、朧は不安げに声を重ねる。
全ての視線が駿河に集まった。
七駆の三隻に明石は当然として、大淀、叢雲、天龍、龍田もまだ部屋に居続けていた。
「出てこい」
駿河は、顔の書かれた連装砲をテーブルに立てて置きながら、潮の艤装へと声を掛ける。
まるで、虎屏風に向かって出て来いと、とんち勝負のような有様にも映る。
「はあ? そんなんでいいんなら、私達は苦労してないわ!」
曙が罵声を上げる。
漣もウンウンと同意している横を、駿河は通り過ぎる。
上着を脱ぎ、黒シャツだけになると、部屋の片隅に当然と置かれた金属バットへと手を伸ばした。
「アンタ、それでどうするつもりよ?」
低く、叢雲が駿河へと、声をぶつける。
その駿河の顔を見た大淀は、自身の右脇を押さえた。
天龍は、心臓の位置に手を置く。
龍田は、そっと首を撫でる。
叢雲は、一層険しく。仇敵を見つけたような、形相だ。
「獣の笑み」
明石が、駿河を見て呟く。
幾度となく見てきたその顔を向けられた者にとって、それは凶兆の前触れ。
駿河は潮の艤装の前に立つと、手にした金属バットを力の限りに振り下ろした。
「な!」
あまりの光景に曙は声を上げたが、言葉にならない。
朧も、漣も、まさに絶句していた。
その間も、不快な打撃音が鳴り続けた。
「何してんのよ!」
ようやっと曙が声を上げれた時には、駿河の金属バットはあちこちを凹ませ、傷をつけていた。
艤装はと言えば、泰然自若と、か細いアンテナでさえ無傷だ。
「私へのあてつけ? 残念だけど、そんな事してもなんともないわよ。やぱりクソ提督ね」
金属バットと潮の艤装を交互に見た曙は、艤装を傷つけられないと見るや、駿河をそしる。
「甘いわね」
「何がよ、叢雲!」
叢雲はこの状態を認めていなかった。
「この男は、満潮をただのペンで傷つけたのよ?」
再びバットを振り上げる駿河を、叢雲は指差す。
「見なさい」
駿河のまき散らしていた粗暴な気配が、大きく吸い込む息とともに、駿河の中へと吸い込まれていく。
漠然とした力が、細く、鋭く、確かなモノと化す。
ただ乱暴に片手で振り回していたソレを、駿河は両手で握りこみ、
「ふっ」
小さく息を吐いて振り下ろされた。
鈍い音の後にあった声は――悲鳴。
絶叫と言ってもいいだろう。
「ただの金属でも、この男が振るえばこうなるって、本当に分かっていなかったの?」
叫ぶ曙の背へ、叢雲が投げかける。
普段なら喰ってかかりそうなものだが、今の曙は起きた事実を否定することに精一杯だった。
「ふん!」
大きくひしゃげた艤装のアンテナを駿河は見止めると、手を休める事をなく、次打を放つ。
今度は、艤装のほとんどを占める煙突に、大きな凹みを作った。
「嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌! 嫌!」
更に打撃を加えようとする駿河へ、曙は半狂乱に髪を振り乱しながら、それをさせまいと掴みかかったが――
「何すんだよ。手前が何とかしろって、言ったんだろう?」
――天龍が一気に曙を壁際まで押し出し、そのまま壁に押し付ける。
「曙ちゃん!」
「ぼのたん!」
朧と漣も駿河の行動に、あっけにとらわれていたが、さすがに声を上げる曙に正気を取り戻した。 押さえつけられる天龍から曙を引きはがそうと迫る。
「させないから~」
艤装槍を横棒のように使い、龍田は朧と漣を曙と同じように壁へと押し付けた。
「ちょ、龍田さん! 放して!」
「駄目よ~。天龍ちゃんの邪魔は――させないわ」
そんなやり取りが行われている最中も、駿河は無心に、艤装への打撃を続ける。
「嫌! やめて! もう、やめて!」
泣き叫びぶ曙が、自身を押さえつける天龍を敵と睨みつける。
ただ、もっと冷たく海色に染まっった天龍の目に、曙は黙らされてしまった。
「本当にやめて。なんでも、なんでもするから。いくらでも謝るから。私が沈んで気が済むのなら、沈めていいから!」
もがき、あがいていた曙の体から、ストンと力が抜けたのを天龍は感じた。
「だから、だからこんな事。もう……」
たぶん、もう反抗することはないだろう。
そう思いながらも、天龍は曙の拘束を緩めない。
朧も漣も、曙の虚脱に、自身を黙らせた。
「謝って済むなら、それでいい。金で済むなら、それでいい――」
さすがに鉄塊まではいかないが、それでも悲惨な状態と化した潮の艤装を見たまま、駿河は語る。
「取り返しのつかないモノは、いくらでもある。もう一度、貴様に言った言葉を繰り返そう」
うなだれ、うつむく曙に、顔上げたらそこに目があるだろう場所をへ向かって、駿河の覇気が打ち付けられる。
「刃は抜くなら、それが刺さり、相手が苦しみにのたうったとしても、自分へ呪詛を唱えたとしても、目そらさず、受け止めろ。悪意を舐めるな。言葉を軽んずるな。自分が“悪いつもり”程度なら、その口、一生閉じておけ」
低く、低く、駿河の声が響く。
張り上げた声ではないからか、窓やガラスを響かせることはない。
しかし、その声は各艦へと振動として伝わっていた。
「そして、だ。貴様一隻にどれほどの価値があると思う。己惚れるな」
駿河の追い討ちに、龍田は振り返り、口だけで言葉を作った。
――悪い人。
「前にも言った。自覚はある」
駿河が壁の時計を見やる。
二三時を回っていた。
「流石に、か。叢雲、この三隻を営倉に入れておけ。相部屋で構わん。天龍、龍田、手伝ってやれ」
叢雲は返事をしないまま、曙の手を取って部屋の外へと向かう。
何も反論しない処を見ると、叢雲にはこの指示が妥当に感じているようだ。
ひょっとしたら、自身も使うつもりだったから、手間にならないと考えたのかもしれない。
曙は抵抗することなく、引かれるままだ。
朧、漣も黙って曙を後を付いていく。
「天龍。明日は〇八〇〇に、ここだ」
背中を向けたまま出ていこうとした天龍を、駿河は呼び止める。
天龍は右手を軽く上げて、左右に振って応えた。
ふと、天龍は頭に温かみを感じた。
「済まなかった」
天龍の直ぐ後ろから、駿河の声。
置かれたのは、駿河の手。
「私も悪役頑張ったんだけど~」
横からそうアピールしてくる龍田に、駿河は龍田の首に触れて、数度叩く。
「おさわりは禁止されています~。その手、落ちても知らないですよ?」
首にある駿河の手に自身の手を重ねて、龍田は行動とは裏腹に、そう囁いた。
「さて、明石、大淀……」
意図的に残された、大淀、明石へと、駿河は静かに告げていく。
「あの、艤装もですか?」
「そうだ」
明石は思案顔で腕を組むと、ハッと顔を上げた。
「だから、破損させたんですね?」
「何のことだ?」
明石が思い至った事は、見当違いだったのだろうか?
駿河は、明石の意味するところが理解できないと、言葉を返した。
「あれ?」
「運び出せ。大淀、頼むぞ」
「は、はい。承知いたしました。行くわよ、明石」
「えー、ちょっと現金すぎない。ソレ」
「いいでしょ」
明石が艤装を乗せた台車を、大淀が潮を背負っていく。
「さて、次は――」
「また、救ってあげちゃうんですか?」
一人になった駿河は、部屋の照明を消しながら、言葉にして今後の行動を整理しようとしたが、それは不意に妨げられた。
「夜分、お疲れ様です」
「吹雪か」
「はい」
暗がりの中、部屋の入り口で吹雪は敬礼をしている。
「また、救ってあげちゃうんですか?」
先ほどの第一声を、吹雪はまた繰り返す。
その声音には、嫌味なところは感じられない。
むしろ、嬉しそうだ。
「でも、いいのかな? また辱められて、壊れちゃいますよ?」
笑顔を絶やさず、吹雪は続ける。
「あのまま機能停止させてあげた方が、良くないですか?」
駿河は答えない。
すでに照明の落ちた部屋の中では、駿河の表情を読み取ることは出来ない。
でも、吹雪には、艦娘には、見えているのかもしれない。
声を出さない駿河へと顔を向けている吹雪は、明らかに表情確認しながら、話を進めているように思える。
「あ。でも、一瞬は救われるから、それはそれでいいかもですね。曙ちゃんも喜ぶでしょうし。ね、司令官」
吹雪が足を細かく踏み換える。
まるでタップダンスのような、靴音が続く。
暗闇の中で振るわれる身振り手振りは、更にその印象を強くしていく。
「喜びの後の絶望って――」
駿河からは、吹雪がどんな顔で楽し気に話を続けているのか。
「――残酷ですよね♪」
当然、分からない。
「さて、明日はどうなるのかな? 楽しみです。おやすみなさい」
何事もなかったように、吹雪は一方的に会話を終わらせると、遠ざかる足音で部屋を離れたことを知らせていく。
駿河を包む闇は、塗りムラを消すためにただ塗り重ねているように、ひどく不安定に感じた。