三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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貴様ら、遅いぞ。ワシに恥をかかす気か?

「貴様ら、遅いぞ。ワシに恥をかかす気か?」

 

 百近いだろうか。

 大食堂に、今鎮守府に待機する全ての艦娘が集められていた。

 

「眠いのです」

「わ、私は大丈夫よ。レディーの夜は、これからかしら」

「暁は凄いのです」

「夜更かしは、悪い子になっちゃうんだから。電も、私に頼ってくれていいのよ」

「ハラショー」

 

 時計は、深夜二三時四〇分を差している。

 手前には、重巡・軽巡。中ほどから後方に駆逐艦。戦艦クラスは、それらを囲うように立ち並ぶ。

 その正面、一つ高い壇上には、件の閣下提督。その右に大淀。駿河は、左に控えている。

 駿河は、あからさまな敵意を込めた視線を感じとった。

 目だけを向ければ、そこには最前列の叢雲。

 ふむ。と駿河は見回す。

 印象的なのは、一番奥壁にたたずむ大和と武蔵。

 左前、部隊なら基準位置にいる妙高姉妹。

 鏡合わせに香取・鹿島。

 隅の隅にいる明石、夕張。

 壁に額を押しつけて立ち寝ている金剛を隠すように壁をつくる比叡・榛名・霧島。

 正面の叢雲に負けず劣らずの殺気をたたきつけてくる天龍と、その肩に手を置いて、冷ややかにステージ上を見る龍田。

 

「ふん。ワシが声を掛けたんだ。すぐに集まる事も出来んのか。この愚図共が!」

 

 壇上に立つ大淀が、深く目を伏せたのを、駿河は視界の隅に収めた。

 

「まあ、いい。見るがいい、貴様。これがワシの実力だ」

 

 戦歴、戦果がその提督の実力と評価されるのは当然だ。

 他にも、指揮下に置ける数。

 大型戦艦や、存在数の確認がまだ少ない、いわゆるレア艦の保持。

 開発の難しい兵器・兵装の所持。

 それらも、その提督の実力として評価される処ではある。

 

「どうだ、ここまで艦をそろえている提督は、数人……いや、ワシ以外いないだろうな!」

 

 唾をまき散らしながら、ヒキガエルの鳴き声のような笑い声をあげる。

 

「は、壮観であります」

 

 駿河の、棒読みにも聞こえる受け答えに、閣下提督は不満を隠さない。

 

「うん? なんだ、これだけかとでも言いたいのか?」

「いえ」

「ふん。今は外に出ているやつらもいる。たしか、六、いや、五十だ。五十は出ている」

 

 駿河は、閣下提督越しにいる大淀を見やると、首を一つ横に振っていた。

 

「ああ、なんだったかな? ――おう、そうだ。こいつがワシを学びたいと来た。こいつは、お前たちを『人間』ではない事を理解している優秀な奴だ。むろんワシには劣るがな」

 

 閣下提督の紹介に、駿河は一歩前に出た。

 

「……何だと」

 

 駿河の目前。感情の高ぶりに同調しているのか、角を連想させる両側頭部に浮かぶ艤装を激しく赤く明滅させている艦娘――天龍が呟いた。

 ショートカットの髪型と左眼帯をした風貌は、男勝りの粗雑さをより強調している。

 

「そんなことの為に、俺達を集めたのかよ」

「あん?」

「明日、〇五〇〇から遠征任務があるやつもいるってのに。こんなくだらない事で集めやがって」

「また、貴様か。いつもいつもすぐにヤラれる癖に。偉そうにモノを言いおって」

「な!」

「どうせ沈んでも、代わりはきく。消耗品として使い潰して何が悪い」

「てめえ……いい加減にしやがれ」

 

 天龍が、腰に差していた艤装刀に手を掛けた。

 

「お、なんだ。ふん。出来もしない事を、毎度毎度」

 

 天龍が、閣下提督にかみつく事は珍しい事ではない。

 むしろ、いつも虐げられても抗議を止めない天龍の姿に、一部の艦娘からは一目置かれている。

 閣下提督は、余裕だ。

 艦娘は、人に危害を加えられない――その確信ゆえにだ。

 だからか。いや、そもそもこの男に、この種の危機感知能力を期待する方が無駄だろうか。

 この晩の天龍は、違った。

 抜刀しただけでなく、その剣先を閣下提督へと向けた。

 

「フフフ、怖いか」

 

 天龍の行動に、食堂は緊張に包まれたが、それを制止する艦娘はいない。

 

「抜いたからなんだと言うんだ。ふん、これは立派な、あーなんだ、ほれ、はい……はん……ああ、どうでもいいわ。とにかく問題だな」

「だったらなんだよ」

「お前は解体処分だ」

「上等だ」

 

 解体処分に動じない天龍が面白くないのか、戦時反逆が言えなかった閣下提督は、あご肉に指を埋めるようにあてて、ねばっこく天龍を見つめた。

 と、天啓を受けたように顔を輝かせる。

 

「そうだな。これは連帯責任だ。あー、お前の同型艦がいたな。――そいつ共々、解体処分だ」

「な、龍田は関係ねえだろ」

「貴様ごときが、ワシへ危害を加えようとしている。なら、体を張ってワシを守るのが兵器として当然だろう。それが無いという事は、そいつも貴様と似たようなものだ。そうだ。うん、そうだな」

 

 繰り返そう。

 そもそもこの男に、この種の危機感知能力を期待する方が無駄だろうか。

 窮鼠猫を噛む。

 閣下提督は、上位者である事に固執し過ぎるあまり、自身を絶対の存在と誤解している。

 

 

 無言のまま、艤装刀は振り下ろされた。

 

 

 時が凍りつく。

 悲鳴も、怒号も、息遣いさえも聞こえない。

 

「なっ」

 

 振り下ろされた艤装刀は、視察官駿河の肩上で止まっていた。駿河の上げられた右手――その中に。

 駿河は閣下提督をかばう様にあった。天龍と閣下提督の間。巨躯の駿河が閣下提督をスッポリと覆い隠すように。

 天龍は突然現れた肉壁に理解が及ばなかったのか、駿河の胸元のその向こう――隠された閣下提督を睨み続けていたが、状況の理解が進むのを表すように、ゆっくりと顔を上げて駿河を見据えた。

 

「離せよ、デカ物。そんな奴を庇うのかよ。そうかよ。お前も『兵器が逆らうな』ってか。上等だ」

「……兵器……兵器か……」

 

 天龍の言葉に、静かに立つ駿河から一気に怒気が噴き出した。

 

「ひ」

 

 閣下提督は、駿河に怒気に正気を取り戻したのか。今更ながら悲鳴を上げて尻もちをつく。

 

「どこが兵器なんだ?」

 

 見下げる駿河の視線は、侮蔑と怒りを含む。

 駿河は特に力も込めず、右手に握る艤装刀を引くと、天龍は成すがままにそれを離した。

 奪った艤装刀を、駿河は左手に持ち構える。

 

「は?」

 

 誰が発した言葉なのか分からない。

 今起きた一連に出来事に、食堂に集められた艦娘それぞれがそれぞれに、思いを巡らせた。

 

「よ、よくやった。よくワシを守った。褒めてやるぞ」

 

 驚愕からか、その体型ゆえにただ立つのも難しいのか。息を乱しながら閣下提督は、駿河の背に労う。

 

「許さん、許さんぞ。兵器ごときがワシに手を上げるなど。解体だけでは気が済まん。教育をしてやる。貴様、そ、それを寄こせ」

「ただ、ある物を振り回すだけで、兵器だと……」

「貴様、何を言っている。いいから寄こせと言っているんだ」

「ふざけるな」

 

 左手に持つ天龍の艤装刀を、駿河は神速の域で振り下ろした。

 

「天龍ちゃん!」

「ブヒっ」

 

 鈍い打撃音を響かせて、駿河の背に守られていたはずの閣下提督は、壁へと吹き飛ばされていた。

 白目を向き、泡を吹く口から横、右鎖骨は明らかに陥没している。

 

「持つだけで兵器だと? ただ、そうあるだけで兵器だと? 兵器として生まれたから兵器だと?」

 

 駿河は閣下提督へと足を進め、前に立つ。

 一太刀、二太刀、三太刀。

 閣下提督へ吐き出す言葉に合わせて、駿河は死体蹴りを繰り返す。文字通り虫の息となっている閣下提督へと。

 駿河は大きく息を吐くと、それでも秘書艦の務めからか、閣下提督へと向かう大淀と入れ替わるようにして、再び天龍へと向う。

 未だ艤装刀を奪われたままの姿で立ちすくむ天龍の前で、駿河は天頂へと艤装刀の剣先を掲げた。

 

「軽々しく、兵器を名乗るな」

 

 艤装刀を構えた駿河の左腕が膨らむ。

 

「龍田か」

 

 駿河の左手は、上に掲げられているまま変わらない。

 ただ、右手は自身の首前で、突出された艤装槍の刃を握り止めていた。

 突き出したのは、頭に天使の輪を想像させる艤装を浮かべた艦娘。

 

「初めまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなあ~」

 

 その軽口とは裏腹に、龍田の顔に余裕はない。

 振り下ろされるはずの艤装刀を、受け止めるために出した槍。

 なのに、刀は降ろされず。なぜか駿河の右手が槍を掴んでいる。

 龍田の頭の中には困惑しかない。

 刃のないはずの槍先を握り込む駿河の手からは、赤い液体がその槍にそって流れ、滴り落ちていく。

 

「龍田」

「おさわりは禁止されています~。その手、落ちても知らないですよ? つっ」

 

 駿河の右手は、槍先を離し、龍田の首を締め上げていく。

 

「な、な~、に~? いだ、い、じゃない」

 

 口調は軽いが、その声は意地で絞りだしたものだ。

 龍田は駿河から目を逸らさない。

 両者とも相手を視線で射殺すように見つめていたが、ふと駿河から目を伏せた。

 

「こいつに、牙の研ぎ方を教えてやれ」

 

 龍田は首を絞めつけられている事も忘れ、ぽかんと口を開いて脱力した。

 

「お前は分かっている。分かる者から教わるのは、当たり前だろう」

「ぎゃあ、いだいいい。いだいよう」

「騒々しい」

 

 駿河の意図が計れず、龍田は困惑の内に聞き返そうとしたが、ヒステリーに狂った豚のような悲鳴に、それは遮られた。

 腐っても提督という事だろうか。

 駿河からアレだけの攻撃を受けながら、気絶から回復し、痛みを訴えるだけで終わるとは。

 

「ぎざま、ゆずざんぞ。ふう、ふう。ぞ、ぞいづをそのまま捕まえろ。そじたら、解体は勘弁しでやる」

「許されないのは、貴様だ。大淀。その豚はいいから、これを読み上げろ」

 

 龍田の首から駿河の手が離れる。

 解放された龍田の首は、赤い首輪のように血塗られていた。

 左手の艤装刀を天龍のわき差しに戻しながら、駿河は、血の滴るその手で懐から取り出す。

 取り出された紙は、血で赤く染まっていく。

 

「えっ?」

「どうした、読め」

「はい。『駿河播磨准将を、三五三鎮守府提督に任命す。同、准将を少将へ昇任。本書状の開示を持って、その発令とす』」

「他の二通は、現提督の解任と、身柄の拘束だ。容疑は背任行為」

「ぞんなごと、じんじないぞ。でたらめだ。ぶふ、ぶふ。お前、奴を抑えろ」

 

 閣下提督は腰に手を伸ばすと、ふるえるままに拳銃を駿河へと突きつける。

 

「ばしが、ごごの提督だ。誰にも譲らんぞ!」

 

 カチッ

 

「な、なぜ弾が出ない」

 

 落ち降ろされた撃鉄は、乾いた金属音を響かせただけだった。

 

「足元の。小さな巨人に聞くんだな」

 

 その言葉とともに、誰が、いつ巻いたのか。包帯に包まれた駿河の右拳が、閣下提督のあごを砕く。

 

「さて、」

 

 再び気絶をした閣下提督は、これまた誰がつけたのか拘束具で巻かれている。

 食堂に集まった百近い艦娘達は、あまりの事の成り行きにようやく理解が追いついたのか、ざわめき始めた。

 

「仕切り直す。龍田、当面はお前が秘書艦だ」

「はい?」

 

 刃を向けた相手から、まさか秘書艦の指名があるとは、普通は思わないだろう。

 

「今、信用が出来るのはお前だけだ」

「理由を聞いても?」

「心の置きどころは知らないが、備える者を俺は信用する。俺が知りえるのは、現時お前だけだ」

「……大淀がいるじゃない」

「駄目だ」

 

 大淀は駿河の言葉に目を伏せると、床に転がる閣下提督を一瞥した。

 

「前提督の秘書艦だから、信用できないって言うの!」

 

 叢雲が大淀の代わりと、駿河へ食って掛かってきた。

 叢雲の叫びに、他の艦娘達は息をひそめ、駿河の答えを待つ。

 

「こいつには、俺のフォローをしてもらう。前任からの引継は期待できないからな」

 

 駿河の淀みない受け答は、逆に困惑を広げた。

 

「フォローと秘書艦の業務は、同じじゃないの?」

「大淀がこなしてきた仕事量を侮るな。秘書艦は、俺の仕事を手伝ってもらう。大淀には、俺の前準備をしてもらう。わかったか」

 

 駿河は、尋ねた龍田ではなく、叢雲を見る。

 

「わかったか。わかったら、大淀は俺の右に立て。龍田は左だ」

「私はまだ、OKしてないんだけど~」

 

 駿河は包帯にまかれた右掌を、龍田へ広げた。

 

「理由は話した。それに、これでは書類を汚してしまう」

 

 まだ何か言いたそうな龍田に業を煮やしたのか駿河は詰めよると、

 

「命令だ」

 

 血の乾かぬ親指で、龍田の唇へ紅をひくように黙らせる。

 

「……なら、仕方ないかな~」

 

 駿河と共に壇上にあがると、紅をさした龍田が左側、一歩下がって立った。

 

「大淀。胸を張れ、背を伸ばせ。俺の右に立つ者の姿をしめせ。後で話がある。さっそく働いてもらうぞ」

 

 正面を、並ぶ艦娘達を正視したまま、右に立つ大淀に檄を飛ばす。

 時計の針は、二十四時を指している。

 やはり、正面を見たまま駿河は、龍田へ促す。

 

「龍田、号令だ」

「号令?」

 

 逡巡の後、『ああ』と龍田はうなずく。いたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべて。

 

 ――提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮に入ります。

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