「もう、起きてたんだ」
時間は六時を過ぎているが、朝日が執務室を照らすには、まだ少しかかる。
「どうかしたか――」
薄暗がりの中、駿河はすでに身を整え、ただ机に向かい座っている。
「――那珂」
部屋に入って来たのは、那珂だった。
まだ誰も――駿河が来ていないと思ったのか、ノックもせずに那珂は入室していた。
「いやー、今日のステージを考えてたら早起きしちゃってー。まるでデビューしたての新人みたいだよね」
えへへ、と那珂は苦笑いを浮かべている。
緊張しているという事だろうか?
でも、那珂の顔は、笑顔を貼りつかせていた。
「私が、今日センターなのは、たまたまなんだよね?」
昨晩行われた叢雲との業務引継ぎを、思い出す。
「チャンスを不意にするのは、アイドル失格だけと思うけど」
叢雲だけでなく、大淀も査察実施中は不在――自室待機で、護衛に天龍が付くだけだと言う。
『それって、困っても聞く人居なく無い?』と、那珂が上ずらせながら出した声に、『そうね』と、叢雲が感情無く答えた。
那珂はもう一騒ぎしようとしたが、その隙を与えまいとするかように、叢雲はさっさと去ってしまっていた。
「……キャスティングミスじゃないのかな?」
那珂の弾む声が段々とそのトーンを落としていく。
もともとが駿河の言いつけだ。
当然、真っ先に執務室に向かったのだが、暗闇の中、『聞いた通りだ』の一言だけで、駿河もさっさと執務室備付けの仮眠室へ入ってしまっていた。
「ほら、私荒事苦手だし。無駄に騒がしいとか、空気読めないって言われるし」
落ちていくトーンに合わせ、その背筋も丸まっていく。
那珂としては、こうなったら始業前に何んとかするしかない。とでも考えたのだろう。
余談だが、しかたないと川内、神通にも相談はしたものの、相談にはならなかった。
「すぐ解体されちゃうし……」
那珂は、とうとう俯いてしまった。
それでも、今の那珂を覗き込める者がいれば、崩されないその笑顔を見る事が出来ただろう。
「貴様が今日の秘書艦だ」
駿河の声は、俯く那珂の視線の先、床伝い足元から響かせる。
「偉大な画家や小説家は、死んでから評価された」
朝日が部屋に差し込む。
逆光と言うわけではないが、駿河の凹凸のはっきりした顔は、横からの光線で影に塗りつぶされた。
「戦うアイドルだと言うのなら。踊って、演じて、政治の一つでも動かすくらいを目指せ。馬鹿者」
床に当たる日の光の照り返しと合わせて、那珂はうっすらとライトアップされていく。
駿河は顔を上げた那珂の前まで来る。
那珂の両まなじりを、血のにじむ親指で引き上げていく。
赤く太いアイシャドーを目じりだけに入れたようになった那珂。
「え、えー、しょうがないなー。そんなに期待させちゃった? 那珂ちゃんのオーラは、やっぱり誤魔化せないかー」
そう言って、那珂の秘書艦業務は始まった。
□ □ □
「キラリーン。那珂ちゃんだよー。本日のセッション、よろしくお願いしまーす」
那珂の挨拶に、御剣一行は苦笑いを浮かべた。
「済みません。遅くなりました」
御剣の弁明では、遅くても昼前には来る予定だったらしい。
ただ、誰が御剣に同行するかで、第二鎮守府提督同行争奪戦が艦娘にて勃発。
話し合いの結果、チケットは二枚に。
皆頑張った。
と、運動会の締め挨拶のように感想通りに個々奮戦した為、結局この時間になってしまったとの事。
勝者は、瑞鶴と金剛。
本当は、こう着状態に入り。今日の訪問も危ういかと思われたが、一人の男の来訪が唐突な終了をもたらしたらしい。
「本日の視察とだけ伺っております。現時、一五〇〇。何も問題は有りません」
駿河の粛々とした対応に、御剣は逆に恐縮している。
謝罪から始まった御剣の視察訪問は、挨拶もそこそこに、
「建造をしてもらいます」
気まずそうに、そう宣言した。
片目をつぶって、人差し指を立てた格好は、どこぞのラノベの表紙のようだった。
「建造?」
繰り返した那珂に、御剣は微笑む。
那珂の目尻に押された紅の隈取アイシャドウに、御剣は特別な興味を引かれなかったようだ。
叢雲はともかく、満潮も念のためと待機させたはずだが、駿河は御剣に喧嘩を売っているのだろうか?
なんとも矛盾した行動だ。
考えなしなのか、勢いなのか、はたまた深謀遠慮の故なのか。
「なあ?」
「なんだ、天龍」
御剣の左右――瑞鶴と金剛は、艤装を背負っていない。
当然、同行の名目は護衛なのだが、艤装が無くても壁にはなれるという事なのだろう。
それとも、徒手空拳でも十分な戦力という事か。
「朝早くからあきつ丸の引率で、戦艦組を陸の戦車に乗りに行かせたのってよ」
瑞鶴は、和紙のようなもので縛った黒髪ツインテールに、キリッと引かれた眉が、意志の強そうな瞳を、より強く印象付ける。
巫女装束と弓道着を足して、ミニスカにしたような制服は、迷彩風の胸当て。たすき掛けをした袖止め。
改二の装いだ。
金剛は、間違い探しのようだが、頭につけた艤装の形状から、こちらも改二に至っている事が分かる。
改二ともなれば、艤装、兵装が無くても、人間相手に力比べで負ける事はまずない。
確かに素手でも十分か。
「アレが付いて来る事が、分かっていたのからか?」
天龍がアゴで指す先には、
「曙達を営倉にぶち込んだのも、アレ対策か?」
ここに居てはいけない人物――
「なあ」
――閣下元提督の姿があった。
「なんだ貴様。何か、言いたいことでもあるのか」
「覚悟をしていたけど。一緒の車でって。本当に罰ゲームだったわ。帰りもとか、信じたくない……」
天龍の意見に同意と、第二の瑞鶴は、ウゲッと吐く真似をしてみせる。
「な、なんだと!」
「まあ、まあ」
御剣は宥めすかす。
対象は、憤慨する閣下元提督ではなく、第二の瑞鶴の方だったが。
御剣としても、この男の存在に好意は無いようだが、この男が同行、同乗のおかげで、争奪戦は突然の終了。この時間に来ることが出来たと思うと。なんとも、微妙なようだ。
「先程話した通り。駿河さ……提督には、建造を行っていただきます」
駿河、秘書艦那珂、護衛の天龍。
第二鎮守府提督御剣。その護衛、瑞鶴、金剛。
そして、豚――んんっ、失礼。閣下元提督は、建造ドックに集まっていた。
「僕があっちこっち見て回っても、何を見たらいいのかわかりませんし」
間もなく西日がさす天井の高い建造ドック――工廠にと、一行は集まっていた。
目につくのは、金床のような巨大な台座が四つ。
そこから伸びたスロープの先は、水路より引き込まれた海水に満たされたプールの中へと沈んでいた。
巨大なミキサーのような物。
パスタマシンのような物。
そのあたりだろうか。
「提督の資質と言ったら、分かりやすいのは建造かなと思うんですよ」
普段なら、明石や夕張が徘徊している場所だが、既に排除済みのようだ。
「妖精が見えるってのが一番だと思いますけど、どこまで信じていいのかわかりませんし」
御剣は、『妖精さんが、見当たりませんけど』と周りを見渡して、そう付け加える。
「ああ、必ず出来る訳ではないのは、分かっています」
閣下元提督を一瞥して、御剣はそう続けた。
「有也が特別なのよ」
「ソーデース。建造を必ず成功させるなんて、有也まで聞いたことナッシングでしたネー」
「有也?」
第二の瑞鶴、金剛の『必ず成功させる』ではなく、那珂らしいと言えるか、誰? と小首をかしげた。コテンと。
「ああ、彼女たちには名前で呼んでもらっているんだ。対等な関係だからね」
「有也は凄いのよ。他の提督様達とは違うんだから」
御剣が丁寧に那珂へと説明する横で、第二の瑞鶴は鼻高々と天龍、那珂に視線を送る。
「ふ~ん」
「ファンも自分も大事だよね」
と言う天龍、那珂の反応に、あれ? と拍子抜けした。
第二瑞鶴の経験上、『いいなー』『うらやましいなー』と言うのが半分、『嘘くさい』『ある訳ない』と真っ向から否定されるのが半分だった。
「なんだ?」
「別に」
天龍達の態度に、第二瑞鶴はどこか面白くないと感じたみたいだった。
「指定はありますか」
大きく息を吐き出して、駿河は御剣へと確認する。
相も変わらない感情に掛ける表情だが、なんだろう?
何かソワソワさせる。
横にいる天龍が、チラチラと駿河を盗み見ているのが、その証拠だろう。
「当然、あるに――」
「はい、資材の溜めこみをやっいる最中と言う事は、分かっていますので。そのあたりはお任せします」
閣下元提督が答えようとしたが、あっけなく髪を掻きあげる御剣に、遮られてしまう。
「は。那珂――20、20、20、20だ」
「了解だよー」
那珂は駿河が予め用意していた書類ファイルを受け取ると、それを巨大なミキサーの前と運んでいく。
ここに居る者達には、駿河の言葉の意味は当然と理解できていた。
燃料、弾薬、鋼鉄、ボーキをそれぞれ20づつ。
「最小値は、30のはずだけど?」
御剣が驚く声を舌で押さえつける。
「どうかされましたかな?」
閣下元提督が、御剣の態度に興味を示したようだ。
「……やっぱり、こっちの人は知らないのか。これは失敗だね」
提督元閣下の言葉が聞き取りづらい話し方のせいで届いていないのか、御剣は無視したように、小さく呟いていく。
その内容は、まるで建造のルールを把握しているかのようだ。
「よろしいでしょうか?」
「え? あ、はい」
御剣が特に口を歯む様子が無いことを確認すると、駿河は那珂へと一つ頷く。
「これでお願いね」
「あれ? 妖精さん……いたんだね」
「妖精さんは、ゴッドでオーガーバツ箱ですからネー」
榛名のいない金剛との会話は、面倒だ。
那珂は歌を口ずさみながら、妖精達の仕事を見守る。
他の面々も同様だ。
余談だが、未だ資材毎の単位が、個なのか、リットルなのか、別の単位なのかは決まっていない。
いや、決められないという処か。
「いつ見ても、同じなのよね」
第二の瑞鶴はミキサーへ放り込まれる、ドラム缶二缶、弾薬二発、鋼材インゴット二本、ボーキサイト二塊を、見上げているせいで開いてしまっている口から、そうこぼす。
なぜなら、大型建造だろうとなんだろうと、放り込まれる見た目の量は、変わらないからだ。
その為、単位の無い事が単位。
そう言う状況に、落ち着いていた。
「いやいや、お手並み拝見ですな」
閣下元提督は、至ってご満悦だ。
思わず目を背けたくなるほど。
その醜悪さ、当社比三倍。
その証拠に、近くにいた第二の金剛が、ベルトコンベアで運ばれていくように、御剣へと横滑りしていく。
このご機嫌さは、御剣の呟きを聞きとめていたからに他ならない。
「どうかした?」
ミキサーが回るのを待っている那珂に、つかつかと妖精の一人が歩み寄ってきた。
石臼か何かと回すようなジェスチャーで、何かをアピールしている。
「えーと、開発資材が欲しいってさ」
それを見ていた御剣が声を掛ける。
「妖精さんの声が聞こえるの?」
「有也は特別なのよ。そこらの見てくれだけの提督さんと、一緒にしないで欲しいわね」
第二の瑞鶴は、随分と良い空気を吸っている。
“特別”が好きみたいだ。
いや、“特別な有也が”、か。
「天龍」
駿河が脈絡なく天龍の名を呼んで、その前に立っていた。
「……分かったよ」
御剣達には、駿河に隠れて天龍の顔は見えないが、
「何かありましたか?」
その声音がささくれ立っている事は、聞き伝わったようだ。
「いえ、何でもありません」
「そうですか――って、血が出ていますよ!」
天龍を背にしまうように振り向いた駿河の手を、御剣は見逃さなかった。
「御見苦しいものを見せ、申し訳ありません」
「大丈夫ですか?」
「少し傷が開いただけです。問題有りません」
駿河は、右手を御剣の前に晒す。
御剣の指摘通り、駿河がはめる白手袋は、日の丸のように赤く滲みを作っていた。
「そう……ですか」
駿河は血のにじむ手で、歯車にボルト、リベットがくっついたような開発資材を、妖精へと差し出す。
妖精はソレを見つめると、今度は駿河を見つめた。
「何か言ってるの?」
「いや、何も言ってないけど、どうしたのかな?」
第二の瑞鶴が御剣に説明を求めたが、御剣にも妖精の意図は分からなかったようだ。
「血がついちゃってるけど、いいのかな?」
ながく持ち過ぎたか。駿河の血が開発資材へと染みついてしまっているのを、第二の瑞鶴が見つけた。
「問題ないみたいデース」
気にすることなく妖精がソレを持ち去り、ミキサーへと放り込む。
「じゃあ、いっくよー」
那珂の号令に合わせて、妖精がミキサーを稼働させる。
若干の発光をしつつ、甲高い金属音を振りまきだした。
「おい、貴様。大丈夫なのか? 爆発しそうだぞ!」
閣下元提督が、駿河へと詰め寄る。
と思いきや、出口の方へと後ずさって行く。
「俺も初めて見るんだけどよ? 建造って、こんなに派手なのか?」
「さあ? 那珂ちゃんも初めてみるから、分かんないかな?」
知らないと言う事は、時に幸せだ。
「馬鹿言ってないでよ。こんな風になる訳ないでしょ!」
「Oh、フェスティバルネー」
第二の瑞鶴の叫ぶ先、巨大なミキサーは、明らかに聞こえちゃいけない破裂音と、見えちゃいけないスパークが。
第二の金剛の感想通り、フェスティバルでカーニバルだ。
「こんな事って……」
さすがの御剣も、この有様は想定できなかったようだ。
「那珂、うたえ」
駿河は何時もと変わらず、淡々とそう那珂へ指示した。
「え? 今、ここで」
駿河は、返事をしない。
ただ黙って、那珂を見つめていた。
「よーし、いっくよー。聞いてください。恋の――」
「違う」
「――って、えー、別をリクエスト? リクエストは受け付けてないんだけど」
那珂の背中で、いい感じに暴走するミキサーは、まるでステージの演出効果のように、よりド派手になっていく。
「奏上しろ」
「あー、そっちかー。那珂ちゃん、あんまりしたくないんだけどなー」
那珂の言い分に、駿河はただ沈黙で返す。
「ふー、うちのプロディーサーは厳しいなー、もー」
那珂は、二度大きく頭を下げると、手を強く打ちつけた。
明るく振舞っていた雰囲気が、凛としたものへと一変する。
「掛けまくも畏き、大己貴命。猛け狂いたる御霊此処に。千尋たる御身に抱かれ安らかなことを聞こし召せと、恐み恐みも白す――」
その効果は、すぐに現れた。
「治まっていく。でも、那珂ちゃんが、どうして?」
「那珂は氏神を大己貴命として。大国主命にも通じ。祓いよりも、鎮める力を持つ巫女です」
別に御剣は質問したわけではないのだが。駿河は聞きとめたのか、それに答える。
「え? 巫女? いや、そんな設定……」
不安をあおる破裂音は治まり、鈴虫の音のような澄んだ金属音が広がっていった。
那珂の奏上は、続く。
ただ、興が乗って来たのか、飽きてきたのか。強弱あるリズムとテンポを付け始めた。
ようは、即興で歌い始めたわけだ。
おー、振り付けもついた。
「確かに治まったみたいだけど。治まらないほうが、良かったかも」
なんでそうなったのか、発光する緑色のゲル状になったものを、巨大なパスタマシーンへと妖精は移していく。
ミキサーは動力付きだったのに、パスタマシーンは手動のようだ。
巨大なハンドルに妖精が複数ぶら下がり、下にいっては地面を蹴り、上に行っては鉄棒の要領で回転し、その勢いで下へと引き倒していく。
ローラーの間から、見る見る内にネズミ色の板が、どういう理屈か、既にカットされた状態で押し出されてきた。
「ん? 何?」
那珂へと一人の妖精が歩み寄ってくる。
「行こう」
「有也、見届けなくていいの?」
「うん、いいんだ」
「どうしたんですカー。有也らしくありまセーン」
「だって、失敗――」
那珂の驚きの声が、御剣の言葉を遮った。
「二十四時間!」
切り出された板を妖精が組み立てていく。
那珂の前に立つ妖精が持つプラカードには、大きく『24:00:00』の文字が掛かれていた。
「そんな、馬鹿な……」
誰かが、そう呟くのが聞こえた。