三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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私の名前は

「二十四時間だと。そこまで付き合って……いや、そういう事ならしかないな」

 

 閣下元提督は、張り上げた声を途中でおさめた。

 しかも、仕方ないと納得の姿勢まで見せる。

 あごの肉に、指を埋め込みながら。

 たぶん、本人としてはあご先をさすっている。のだと思う。

 

「こんな……八時間までじゃ。こんな事が……」

「明日の十六時過ぎ? 日付が変わっちゃうわよ。ねえ、有也。どうするの?」

 

 御剣の呟きが聞こえないのか、第二の瑞鶴は妖精がめくり続けるカウンターカードを見ながら問いかけた。

 

「しかもあの形。双胴船? いや、そんな事が」

 

 箱を積み重ねていくように、極端にディフォルメされたそれは、幼子がつくる船のようだ。

 言われてみれば、船底部分に二本のキール――竜骨らしきラインがあるように見える。

 

「ねえ、有也ってば。聞いてる? ねえ、ねえってば。爆撃されたいの!?」

「有也。大丈夫デスカー?」

 

 見かねた第二の金剛が、御剣の肩を揺さぶる。

 

「あ、ああ、ごめん。何?」

「だから、このまま明日まで付き合うのかって」

「そ、そうだね。どうしよう」

 

 不機嫌さを隠さない自身の艦娘の雰囲気にのまれたのか、御剣は落ち着きなく、考えをまとめていく。

 

「おっほん。御剣提督にも何やらご都合があるよう。良ければ、儂が残りましょう」

 

 キモイ。

 本人は極上のスマイルを浮かべているつもりのようだが――それは、スマイルというよりスライム。

 もちろん、バクテリヤ系のネチョドロの方。

 

「イヘ! ……あー、んー。ありがとうございます」

 

 同性の御剣でさえ、その威力に声が上ずった。

 

「でも、さっきのようなのを見てしまった以上。見届ける義務が、僕にはあると思うんです」

「ほ、ほう。さすがは御剣提督ですな」

 

 褒める閣下元提督の声音から、残念臭が立ち上る。

 

「ん? 何か気落ちする事でもあったか?」

 

 傍観していた天龍が気に掛けた。

 

「貴様が気にする……」

 

 提督元閣下は天龍の言葉に噛み付くが、未遂で終わった。

 声を荒げた先、天龍の顔は閣下元提督へと向いていなかったからだ。

 駿河だ。

 まあ、当たり前と言えば当たり前なのだ。

 天龍の関心が、閣下元提督にあるはずがない。

 その事実に、閣下元提督は顔を真っ赤していていく。

 パッと見、自意識過剰ちゃんであるからして。

 恥ずかしいのか、怒っているのかは、本人に聞いてみてほしい。

 

「Oh! 顔からファイヤー、デース」

「なんだと! どいつこいつも――」

「それだ!」

 

 御剣がどういう事か、第二の金剛言葉に強く肯定した。

 

「……御剣提督まで、儂を愚弄されるのか?」

 

 抱えた太鼓は大きいが、張った革は金魚すくいの網のように、破れやすかったみたいだ。

 

「あ、違います。違います。貴方は関係ありません」

「関係ない……ぐぬぬ」

 

 うん、誤魔化せていない。

 御剣の無関心発言に、閣下元提督はスルースキルを発動したと言いたげだ。

 が、肩をゆすり、頬を引きつらせるソレは、ガッチリ受け止めてますとしか見えない。

 

「バーナーですよ。バーナー」

「バーナー、ですか?」

「えっと、バーナーは通称で、本当は――なんて言ったかな? いつもバーナーとしか言ってなくて」

 

 手を打ち合わせて、御剣が名案を提示したが、駿河達にはその単語は通じない。

 

「バーナー? もしかして、高速建造材の事?」

「そう、それだよ。瑞鶴、ナイス」

 

 御剣は良くやったと、第二の瑞鶴をハグ。

 それを見た第二の金剛は、頬を膨らませフグ。

 

「それなら、三あります」

 

 駿河は手にしていたファイルをめくる。

 

「なんだと? もっとあったはずだぞ。さては貴様。横流しを――」

「先の資材補填に置いて――」

 

 閣下元提督は自分がしたからか、真っ先に横領を疑った。

 駿河は、それを最後まで言わせない。

 しかし、資材の在庫を暗記しているとは、金に汚いのもここまで行けばある意味本物と言えよう。

 

「――資材が無ければあっても仕方ありません。高速建造材を横須賀に提供いたしました。見返りは、資材補填量の減少です」

「あれ? それって回収作業員がビビッて撤収したおかげで、少し残せたんじゃないのか?」

「馬鹿者。その場はそうであっても、後から足りないと催促がくるのは当然だろう」

「じゃあ、その分を帳消しにしたってことかよ」

「そういう事だ」

 

 そういう事で手打ちにしていたらしい。

 

「それを使っていただけませんか? ストックを気にされるのなら、後で僕が補填させていただきますので」

 

 どうすんだよ。

 天龍は駿河に目配せをしたが、駿河は目を合わせてくれなかった。

 なぜなら、駿河は目を伏せていたからだった。

 

「了解」

 

 ただの一言にも関わらず、その声は非常に重く感じた。

 

「那珂、高速建造材の使用を要請しろ」

「“妖精”に“要請”とは、こちらの提督もジョークのセンスが……うちわがアリマース。HAHAHAHA」

 

 第二の金剛の発言は、無かった事になった。

 

「おいおいおいおい。この状況で高速建造とか、正気か? どうなるか分かったもんじゃあねえぞ?」

 

 天龍は、駿河の背中へと、小声だったが不安を強くぶつける。

 御剣を否定する発言だ。

 先の鎮守府での天龍は、御剣とのやり取りの結果、駿河が下手に出たことを覚えいる。というより、気にしていた。

 駿河が自身と御剣との間に立っていたからゆえに、 天龍は声に出せたのかもしれない。

 駿河が、天龍へと振り向く。

 いや、駿河は御剣に背中を向けた。

 天龍が豹変する。

 目つき鋭く、駿河を通してその先を射抜いた。

 それは、聞いてしまったから。

 駿河が空気に散らした怨嗟の言葉は――命をもてあそぶな。

 

「妖精さん。高速建造を、お願いしまーす」

 

 那珂は元気よく、声に合わせてお辞儀をした。

 皆が思い浮かべる、アイドルのステレオタイプな営業挨拶みたいに。

 帽子を駆逐艦暁のように斜にかぶっていた妖精が一つ頷くと、どこかへと走り去っていった。

 それを合図に、他の工廠妖精達は一斉に、まだ組み上げていない板へと集まり、建造中のそこへと残りを山積みにしていく。

 間もなく、ボンベを引きずり火炎噴射機のような道具を携行して、先ほど場所を離れた妖精が登場した。

 

 ピッピー

 

 妖精の一人が、交通整理中の警官のように、警笛を強く吹く。

 と、部材を積み上げていた妖精が一斉に散った。

 “ワー”と、声を付けたくなる光景だ。

 

「いいのかよ」

 

 天龍が駿河へと問いかける。

 バーナー妖精も、駿河の返答を待つかのように、じっと構えて動かない。

 

「命令はした」

「わかった」

 

 妖精の返答を天龍が代弁したかのように、天龍の返事に合わせ、現実ではありえない形状の炎が、建造中のソレへと吹き付けられる。

 

「おお」

 

 不思議な光景だった。

 普通、超高温で焼かれれば、赤く染めあがり、緋色を通りこし、輝色となって姿を崩す。

 なのに、これはどうだ。

 確かに真っ赤に染めあがり、緋色へと変色している。

 しかし、融解するどころか、逆にただ積み上げられた部品が次々とつながり、形作られていく。

 

「これなら、いけますね」

 

 御剣の見つめる先、タイムカウンターの妖精が、手品師よろしくトランプカードをシャッフルするように、猛スピードでプラカードをめくっていく。

 妖精の顔を見るに、若干ムキになっているように見える。

 他の妖精がなにやら手伝おうとするが、タイムカウンター員は、首を振って自己完遂を表明している。

 

「止まったね」

 

 第二の瑞鶴が言った通り、妖精はめくる手が止まった。

 正確には、また一秒一秒とめくる速さに戻った。

 

「後、十六時間か。まあ、八時間も縮んだし、上等だろコレ」

 

 天龍がタイムカウンターの残り時間を読み上げた。

 

「何を言っておる。二十四時間も、十六時間も大して変わらんわ!」

 

 閣下元提督は御剣へと向き直り、念を押す様にゆっくりと口を開く。

 

「高速建造材――バーナーでしたな。使ってみましたが……御剣提督は御用がおありのようだ。やはり、ここは儂が見届け人を務めましょうぞ」

 

 胸を叩くというより、胸にめり込ませて、閣下元提督はそう宣言した。

 

「……一個で八時間……なら」

 

 御剣は、建造艦へと体を向ける駿河へ問いかけた。

 

「駿河提督。バーナーは、後二個あるんですよね」

「有也?」

「提督ぅー?」

 

 駿河は基本動作の方向変換”回れ右“をして、駿河へと正対した。

 

「あります」

「なら、それを使ってみてはどうでしょうか? 一つで八時間なわけですから、三つ使えば二十四時間の短縮が出来ると思うんですよ」

 

 御剣は簡単な算数とでも言うように、そう提示してきた。

 

「ああ! さすがは有也ね。一回の建造に三つも使う事なんて思いつかなかったわ!」

「Oh! それはGoodideaネー。と言いたいけど。有也、それは」

「駄目ですか?」

 

 第二の二隻が、それぞれの思いを口にしているが、御剣の関心は自身の妙案に埋め尽くされているようだ。

 

「了解」

「おい! これ以上無茶をしたらよ――」

 

 駿河の承諾に、とうとう天龍は御剣を気にすることなく、駿河へと怒鳴りつけた。

 ただ、駿河の突き出した手の平に口をふさがれて、それ以上を続けられない。

 

「間違えるな。所詮俺も人間だ」

 

 天龍にだけ届かせるように、駿河はそう吐き捨てた。

 

「おい、貴様。そこの奴の言う通り。御剣提督には申し訳ないが、危険かも――いや危険だ。ここはやはり、儂が――」

「那珂」

「承知いたしました。お願い出来る?」

 

 那珂らしからぬ言葉の後に、すでにバーナーを吹き終わった妖精へと、語りかける。

 妖精は黙ってその場を去った。

 

「あら、行っちゃたわね。せっかくの有也の案だったのに。無理だったのかしら」

「『行っちゃった』? 妖精は居なくなった……という事ですな。ふむ、ここは諦めるしかないですかな?」

 

 第二の瑞鶴の言葉を借りて、閣下元提督は御剣を諭しにかかる。

 

「戻ってきましたネ……」

「なぬ?」

 

 火炎放射器を構えた妖精が、二人。

 

「私も一生懸命歌うから!」

 

 那珂が大きく息を吸い込むの合図に、再び炎を踊りださせた。

 今回はさすがに無理なのか。

 タイムカウンター妖精は、六人に増員。

 一人一枠を懸命にめくっていく。

 

「よし、思った通りだ。いいぞ!」

 

 御剣は、自身の作戦が想定通りに進行する様に、興奮を隠せない。

 

「提督!」

 

 天龍の一声。

 やはり不安定な状態にも関わらず、極端な負荷を掛けた結果か。

 那珂の必死の鎮魂歌も、届かない。

 強烈な輝きと激しい振動をさせながら、二倍三倍とその体積を膨らませていく。

 

「おい、貴様。なんとかしろ!」

 

 提督元閣下の怒号。

 

「天龍!」

「おうよ!」

 

 駿河が天龍の名を叫ぶ。

 天龍は、自身の艤装刀を駿河へと投げつけた。

 

「那珂!」

「はい! 逃げてー」

 

 駿河は投げられた艤装刀を飛び上がってつかみ取ると、そのまま刀を振り抜く。

 那珂の号令で、作業をしていた妖精が緊張感無く、走り逃げていく。

 

「南無三」

 

 艤装刀が、建造艦へと振り下ろされた。

 無音の強烈な衝撃が走る。

 その衝撃に、駿河は地に足を付けることなく吹き飛ばされて行く。

 背中から無様に落ちながらも、一切を見逃すまいと、駿河は目を見開き続けた。

 一刀両断された前部は、スロープを滑る。

 後部は自身の衝撃もあってか、砕け飛び散り、壁に吸い込まれていく。

 

「何も見えない。瑞鶴! 金剛!」

 

 海水プールへと両断された前部が触れた瞬間、猛烈な蒸気が。

 

「な、なんだ? どうなっているんだ? おい、誰か答えんか!」

「水蒸気爆発はしなかったか……那珂、排気だ。回せ」

「爆発だと! おい!」

「ちょ、ちょっと待って。那珂ちゃんも、よく見えないのー。んー、これだよね?」

 

 遠くから、ベルトが回転する革がこすれたような独特の音が鳴った。

 次いで、ゴウンと響く低音に合わせ、蒸気が床に沿って流れていく。

 

「す、すいません。こんな事になるなんて」

 

 第二の瑞鶴、金剛に抱きかばわれた御剣の姿が、晴れる蒸気の中から見えてきた。

 

「……小僧」

「いえ」

 

 その向かいから、文字通り合わせて背中合わせに立つ、駿河と天龍が現れる。

 ちなみに『小僧』とこぼした天龍には、すでに駿河は脳天チョップ済み。

 

「もう、だ、大丈夫なんだろうな?」

 

 ヒーヒーと呼吸困難にでも陥っているかのような息遣いで、閣下元提督は壁に張り付いている。

 

「どうせなら、そのまま眠ってくれよ」

 

 天龍が、閣下元提督の顔を見て、そうぼやく。

 閣下元提督の顔、特に額が不自然に赤いところを見るに、どうも顔から壁に突っ込んだようだ。

 

「提督。あの……今の子……は?」

 

 排気ダクトの操作を終えた那珂が、小走りに駿河へとすり寄る。

 小さくしか出せないのか、震える小声で、しかし笑顔で駿河に聞いた。

 

「え? 何? 那珂ちゃんの頭を掴まないでー」

 

 駿河は、那珂の頭を鷲掴むと、海水プールへと力任せにねじった。

 すでに蒸気の噴出は収まり、浮かび上がる気泡も、その数、大きさを無くしていく。

 完全に、プールの水面が凪いだ。

 

「来るぞ」

 

 駿河の見つめる先を、他の皆が見つめる。

 始まりは、波紋。

 プールの中央、水面に波紋が現れた。

 まるで、水中から雫を落としたように。

 はじめの波紋がプールの縁に到達した頃、それは浮上した。

 水中から浮上してきたにも関わらず、

 

「水面が揺れない?」

 

 御剣がその光景を思わず口にした。

 

「しかも、濡れていない」

 

 藍色の髪をシニョンにした人――少女が音もなく、揺らぎもなく浮上してくる。

 チャイナ服をベースにしたようなセイラー服を着ていた。

 

「有也。ドロップの時ってこんな感じよ? 見た事ないの? それよりも、艤装は? 艤装を背負ってないわよ?」

 

 第二の瑞鶴の指摘通り、その少女の背には、背以外にも機械的な――艤装、兵装が見当たらない。

 

「待って下サイ。見るデース」

 

 その少女の前後左右水面四ヶ所から金属的なソレが、水面を揺らすことなく姿を現していく。

 

「艤装が四つ? でも、艦娘は一人しかいないって」

 

 御剣の言葉を置き去りに、駿河はプールの縁へ立ち、

 

「名乗れ」

 

 未だ目を開けぬ少女へ、声を響かせた。

 

「な、名前……」

 

 少女の口唇から声が漏れる。

 

「私の名前――私の」

「そうだ、貴様の名だ」

 

 駿河の静かな声が、水面に波紋を作る。

 

「私の名前は――」

 

 少女は目を閉じたまま、歌うように名乗りを上げた。

 

 ――千尋。

 

 

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