「二十四時間だと。そこまで付き合って……いや、そういう事ならしかないな」
閣下元提督は、張り上げた声を途中でおさめた。
しかも、仕方ないと納得の姿勢まで見せる。
あごの肉に、指を埋め込みながら。
たぶん、本人としてはあご先をさすっている。のだと思う。
「こんな……八時間までじゃ。こんな事が……」
「明日の十六時過ぎ? 日付が変わっちゃうわよ。ねえ、有也。どうするの?」
御剣の呟きが聞こえないのか、第二の瑞鶴は妖精がめくり続けるカウンターカードを見ながら問いかけた。
「しかもあの形。双胴船? いや、そんな事が」
箱を積み重ねていくように、極端にディフォルメされたそれは、幼子がつくる船のようだ。
言われてみれば、船底部分に二本のキール――竜骨らしきラインがあるように見える。
「ねえ、有也ってば。聞いてる? ねえ、ねえってば。爆撃されたいの!?」
「有也。大丈夫デスカー?」
見かねた第二の金剛が、御剣の肩を揺さぶる。
「あ、ああ、ごめん。何?」
「だから、このまま明日まで付き合うのかって」
「そ、そうだね。どうしよう」
不機嫌さを隠さない自身の艦娘の雰囲気にのまれたのか、御剣は落ち着きなく、考えをまとめていく。
「おっほん。御剣提督にも何やらご都合があるよう。良ければ、儂が残りましょう」
キモイ。
本人は極上のスマイルを浮かべているつもりのようだが――それは、スマイルというよりスライム。
もちろん、バクテリヤ系のネチョドロの方。
「イヘ! ……あー、んー。ありがとうございます」
同性の御剣でさえ、その威力に声が上ずった。
「でも、さっきのようなのを見てしまった以上。見届ける義務が、僕にはあると思うんです」
「ほ、ほう。さすがは御剣提督ですな」
褒める閣下元提督の声音から、残念臭が立ち上る。
「ん? 何か気落ちする事でもあったか?」
傍観していた天龍が気に掛けた。
「貴様が気にする……」
提督元閣下は天龍の言葉に噛み付くが、未遂で終わった。
声を荒げた先、天龍の顔は閣下元提督へと向いていなかったからだ。
駿河だ。
まあ、当たり前と言えば当たり前なのだ。
天龍の関心が、閣下元提督にあるはずがない。
その事実に、閣下元提督は顔を真っ赤していていく。
パッと見、自意識過剰ちゃんであるからして。
恥ずかしいのか、怒っているのかは、本人に聞いてみてほしい。
「Oh! 顔からファイヤー、デース」
「なんだと! どいつこいつも――」
「それだ!」
御剣がどういう事か、第二の金剛言葉に強く肯定した。
「……御剣提督まで、儂を愚弄されるのか?」
抱えた太鼓は大きいが、張った革は金魚すくいの網のように、破れやすかったみたいだ。
「あ、違います。違います。貴方は関係ありません」
「関係ない……ぐぬぬ」
うん、誤魔化せていない。
御剣の無関心発言に、閣下元提督はスルースキルを発動したと言いたげだ。
が、肩をゆすり、頬を引きつらせるソレは、ガッチリ受け止めてますとしか見えない。
「バーナーですよ。バーナー」
「バーナー、ですか?」
「えっと、バーナーは通称で、本当は――なんて言ったかな? いつもバーナーとしか言ってなくて」
手を打ち合わせて、御剣が名案を提示したが、駿河達にはその単語は通じない。
「バーナー? もしかして、高速建造材の事?」
「そう、それだよ。瑞鶴、ナイス」
御剣は良くやったと、第二の瑞鶴をハグ。
それを見た第二の金剛は、頬を膨らませフグ。
「それなら、三あります」
駿河は手にしていたファイルをめくる。
「なんだと? もっとあったはずだぞ。さては貴様。横流しを――」
「先の資材補填に置いて――」
閣下元提督は自分がしたからか、真っ先に横領を疑った。
駿河は、それを最後まで言わせない。
しかし、資材の在庫を暗記しているとは、金に汚いのもここまで行けばある意味本物と言えよう。
「――資材が無ければあっても仕方ありません。高速建造材を横須賀に提供いたしました。見返りは、資材補填量の減少です」
「あれ? それって回収作業員がビビッて撤収したおかげで、少し残せたんじゃないのか?」
「馬鹿者。その場はそうであっても、後から足りないと催促がくるのは当然だろう」
「じゃあ、その分を帳消しにしたってことかよ」
「そういう事だ」
そういう事で手打ちにしていたらしい。
「それを使っていただけませんか? ストックを気にされるのなら、後で僕が補填させていただきますので」
どうすんだよ。
天龍は駿河に目配せをしたが、駿河は目を合わせてくれなかった。
なぜなら、駿河は目を伏せていたからだった。
「了解」
ただの一言にも関わらず、その声は非常に重く感じた。
「那珂、高速建造材の使用を要請しろ」
「“妖精”に“要請”とは、こちらの提督もジョークのセンスが……うちわがアリマース。HAHAHAHA」
第二の金剛の発言は、無かった事になった。
「おいおいおいおい。この状況で高速建造とか、正気か? どうなるか分かったもんじゃあねえぞ?」
天龍は、駿河の背中へと、小声だったが不安を強くぶつける。
御剣を否定する発言だ。
先の鎮守府での天龍は、御剣とのやり取りの結果、駿河が下手に出たことを覚えいる。というより、気にしていた。
駿河が自身と御剣との間に立っていたからゆえに、 天龍は声に出せたのかもしれない。
駿河が、天龍へと振り向く。
いや、駿河は御剣に背中を向けた。
天龍が豹変する。
目つき鋭く、駿河を通してその先を射抜いた。
それは、聞いてしまったから。
駿河が空気に散らした怨嗟の言葉は――命をもてあそぶな。
「妖精さん。高速建造を、お願いしまーす」
那珂は元気よく、声に合わせてお辞儀をした。
皆が思い浮かべる、アイドルのステレオタイプな営業挨拶みたいに。
帽子を駆逐艦暁のように斜にかぶっていた妖精が一つ頷くと、どこかへと走り去っていった。
それを合図に、他の工廠妖精達は一斉に、まだ組み上げていない板へと集まり、建造中のそこへと残りを山積みにしていく。
間もなく、ボンベを引きずり火炎噴射機のような道具を携行して、先ほど場所を離れた妖精が登場した。
ピッピー
妖精の一人が、交通整理中の警官のように、警笛を強く吹く。
と、部材を積み上げていた妖精が一斉に散った。
“ワー”と、声を付けたくなる光景だ。
「いいのかよ」
天龍が駿河へと問いかける。
バーナー妖精も、駿河の返答を待つかのように、じっと構えて動かない。
「命令はした」
「わかった」
妖精の返答を天龍が代弁したかのように、天龍の返事に合わせ、現実ではありえない形状の炎が、建造中のソレへと吹き付けられる。
「おお」
不思議な光景だった。
普通、超高温で焼かれれば、赤く染めあがり、緋色を通りこし、輝色となって姿を崩す。
なのに、これはどうだ。
確かに真っ赤に染めあがり、緋色へと変色している。
しかし、融解するどころか、逆にただ積み上げられた部品が次々とつながり、形作られていく。
「これなら、いけますね」
御剣の見つめる先、タイムカウンターの妖精が、手品師よろしくトランプカードをシャッフルするように、猛スピードでプラカードをめくっていく。
妖精の顔を見るに、若干ムキになっているように見える。
他の妖精がなにやら手伝おうとするが、タイムカウンター員は、首を振って自己完遂を表明している。
「止まったね」
第二の瑞鶴が言った通り、妖精はめくる手が止まった。
正確には、また一秒一秒とめくる速さに戻った。
「後、十六時間か。まあ、八時間も縮んだし、上等だろコレ」
天龍がタイムカウンターの残り時間を読み上げた。
「何を言っておる。二十四時間も、十六時間も大して変わらんわ!」
閣下元提督は御剣へと向き直り、念を押す様にゆっくりと口を開く。
「高速建造材――バーナーでしたな。使ってみましたが……御剣提督は御用がおありのようだ。やはり、ここは儂が見届け人を務めましょうぞ」
胸を叩くというより、胸にめり込ませて、閣下元提督はそう宣言した。
「……一個で八時間……なら」
御剣は、建造艦へと体を向ける駿河へ問いかけた。
「駿河提督。バーナーは、後二個あるんですよね」
「有也?」
「提督ぅー?」
駿河は基本動作の方向変換”回れ右“をして、駿河へと正対した。
「あります」
「なら、それを使ってみてはどうでしょうか? 一つで八時間なわけですから、三つ使えば二十四時間の短縮が出来ると思うんですよ」
御剣は簡単な算数とでも言うように、そう提示してきた。
「ああ! さすがは有也ね。一回の建造に三つも使う事なんて思いつかなかったわ!」
「Oh! それはGoodideaネー。と言いたいけど。有也、それは」
「駄目ですか?」
第二の二隻が、それぞれの思いを口にしているが、御剣の関心は自身の妙案に埋め尽くされているようだ。
「了解」
「おい! これ以上無茶をしたらよ――」
駿河の承諾に、とうとう天龍は御剣を気にすることなく、駿河へと怒鳴りつけた。
ただ、駿河の突き出した手の平に口をふさがれて、それ以上を続けられない。
「間違えるな。所詮俺も人間だ」
天龍にだけ届かせるように、駿河はそう吐き捨てた。
「おい、貴様。そこの奴の言う通り。御剣提督には申し訳ないが、危険かも――いや危険だ。ここはやはり、儂が――」
「那珂」
「承知いたしました。お願い出来る?」
那珂らしからぬ言葉の後に、すでにバーナーを吹き終わった妖精へと、語りかける。
妖精は黙ってその場を去った。
「あら、行っちゃたわね。せっかくの有也の案だったのに。無理だったのかしら」
「『行っちゃった』? 妖精は居なくなった……という事ですな。ふむ、ここは諦めるしかないですかな?」
第二の瑞鶴の言葉を借りて、閣下元提督は御剣を諭しにかかる。
「戻ってきましたネ……」
「なぬ?」
火炎放射器を構えた妖精が、二人。
「私も一生懸命歌うから!」
那珂が大きく息を吸い込むの合図に、再び炎を踊りださせた。
今回はさすがに無理なのか。
タイムカウンター妖精は、六人に増員。
一人一枠を懸命にめくっていく。
「よし、思った通りだ。いいぞ!」
御剣は、自身の作戦が想定通りに進行する様に、興奮を隠せない。
「提督!」
天龍の一声。
やはり不安定な状態にも関わらず、極端な負荷を掛けた結果か。
那珂の必死の鎮魂歌も、届かない。
強烈な輝きと激しい振動をさせながら、二倍三倍とその体積を膨らませていく。
「おい、貴様。なんとかしろ!」
提督元閣下の怒号。
「天龍!」
「おうよ!」
駿河が天龍の名を叫ぶ。
天龍は、自身の艤装刀を駿河へと投げつけた。
「那珂!」
「はい! 逃げてー」
駿河は投げられた艤装刀を飛び上がってつかみ取ると、そのまま刀を振り抜く。
那珂の号令で、作業をしていた妖精が緊張感無く、走り逃げていく。
「南無三」
艤装刀が、建造艦へと振り下ろされた。
無音の強烈な衝撃が走る。
その衝撃に、駿河は地に足を付けることなく吹き飛ばされて行く。
背中から無様に落ちながらも、一切を見逃すまいと、駿河は目を見開き続けた。
一刀両断された前部は、スロープを滑る。
後部は自身の衝撃もあってか、砕け飛び散り、壁に吸い込まれていく。
「何も見えない。瑞鶴! 金剛!」
海水プールへと両断された前部が触れた瞬間、猛烈な蒸気が。
「な、なんだ? どうなっているんだ? おい、誰か答えんか!」
「水蒸気爆発はしなかったか……那珂、排気だ。回せ」
「爆発だと! おい!」
「ちょ、ちょっと待って。那珂ちゃんも、よく見えないのー。んー、これだよね?」
遠くから、ベルトが回転する革がこすれたような独特の音が鳴った。
次いで、ゴウンと響く低音に合わせ、蒸気が床に沿って流れていく。
「す、すいません。こんな事になるなんて」
第二の瑞鶴、金剛に抱きかばわれた御剣の姿が、晴れる蒸気の中から見えてきた。
「……小僧」
「いえ」
その向かいから、文字通り合わせて背中合わせに立つ、駿河と天龍が現れる。
ちなみに『小僧』とこぼした天龍には、すでに駿河は脳天チョップ済み。
「もう、だ、大丈夫なんだろうな?」
ヒーヒーと呼吸困難にでも陥っているかのような息遣いで、閣下元提督は壁に張り付いている。
「どうせなら、そのまま眠ってくれよ」
天龍が、閣下元提督の顔を見て、そうぼやく。
閣下元提督の顔、特に額が不自然に赤いところを見るに、どうも顔から壁に突っ込んだようだ。
「提督。あの……今の子……は?」
排気ダクトの操作を終えた那珂が、小走りに駿河へとすり寄る。
小さくしか出せないのか、震える小声で、しかし笑顔で駿河に聞いた。
「え? 何? 那珂ちゃんの頭を掴まないでー」
駿河は、那珂の頭を鷲掴むと、海水プールへと力任せにねじった。
すでに蒸気の噴出は収まり、浮かび上がる気泡も、その数、大きさを無くしていく。
完全に、プールの水面が凪いだ。
「来るぞ」
駿河の見つめる先を、他の皆が見つめる。
始まりは、波紋。
プールの中央、水面に波紋が現れた。
まるで、水中から雫を落としたように。
はじめの波紋がプールの縁に到達した頃、それは浮上した。
水中から浮上してきたにも関わらず、
「水面が揺れない?」
御剣がその光景を思わず口にした。
「しかも、濡れていない」
藍色の髪をシニョンにした人――少女が音もなく、揺らぎもなく浮上してくる。
チャイナ服をベースにしたようなセイラー服を着ていた。
「有也。ドロップの時ってこんな感じよ? 見た事ないの? それよりも、艤装は? 艤装を背負ってないわよ?」
第二の瑞鶴の指摘通り、その少女の背には、背以外にも機械的な――艤装、兵装が見当たらない。
「待って下サイ。見るデース」
その少女の前後左右水面四ヶ所から金属的なソレが、水面を揺らすことなく姿を現していく。
「艤装が四つ? でも、艦娘は一人しかいないって」
御剣の言葉を置き去りに、駿河はプールの縁へ立ち、
「名乗れ」
未だ目を開けぬ少女へ、声を響かせた。
「な、名前……」
少女の口唇から声が漏れる。
「私の名前――私の」
「そうだ、貴様の名だ」
駿河の静かな声が、水面に波紋を作る。
「私の名前は――」
少女は目を閉じたまま、歌うように名乗りを上げた。
――千尋。