三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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何であの男が、ここに

 時間は少し遡る。

 御剣一行がここ――鎮守府に到着したのを、執務室から見つめている者達がいた。

 

「何で……あの男が、ここに」

 

 直接覗かず、わざわざ手鏡を――と言いたいが、そんな物が支給されているはずも無く。どこから剥がしてきたのか、洗面台にあるような鏡を、まるで手鏡のように持ちかまえる妙高。

 言葉は緊迫しているのに、恰好は締まらない。

 

「そもそも、どうして、出歩けているのかしら」

 

 妙高が持つ姿見を後ろから覗き込み、高雄は妙高の疑問に、疑問を上乗せした。

 

「大淀? ……大丈夫そうね」

 

 太い眉を寄せて、同席する大淀を、妙高は見やった。

 あの豚――閣下元提督の辱めを一身に受け止めていたのは、大淀だからだ。

 少し妙高達の事を弁護すると、何も大淀を人身御供として、自身の保身を求めていたわけではない。

 単純に、妙高達が覚悟を決めても、閣下元提督は、なびかなかっただけの事だ。

 当時は、色々な話が上がった。

 気の強い者は、NG説。従順説。胸の大きさに、こだわり説。意外に一途説。等々云々。

 まあ、ゴシップに沸いた。と言う事は無く。ふと疑問を呈する程度の、関心事にもならない雑談としてだった。

 今は駿河の言う提督の資質――艦娘の生物としての認識――が、閣下元提督には数隻しか無かったのだろう。との見解に落ち着いている。

 その数隻に当たった者達は、どれだけの不幸だったのか。

 結果として、その中でも手が出せたのは、大淀だけだったという事だ。

 

「はい。問題ありません」

 

 妙高の心配は無用だろう。

 大淀は、『へー』『あー』と、閣下元提督を見ても何も変わらないでいる。

 

「いえ、問題があったとして……もう一度提督に――これは、イケそうです」

 

 いや、既に変わっていて、これ以上の変化は難しいと言う事だろうか?

 

「イケないわよ」

 

 包帯まみれの叢雲が、大淀をジト目で見つめる。

 

「本当に毒されたわよね」

「本当によね。大淀さー、ばれたら……考えたくないわ」

 

 叢雲に同意しながら明石は、何を思い浮かべたのかブルっと身震いさせて、自分を抱きしめた。

 自分も想像してしまったと、夕張が目の上に縦線を引いた顔で、一隻一隻を指していく。

 

「青葉のお尻ペンペン、でしょう。(同室の青葉が、お尻を押さえた)

 明石のタコくち。(同室の明石が、ほっぺを押さえた)

 私のほっぺ爪先立ち。(言っておいて自分の頬を、夕張は揉む)

 天龍のチョップ。(外に居る天龍が、ビクッとした気がする)

 龍田の首輪。(龍田はここにはいないが、艶っぽく微笑んでいる気がする)

 満潮は、何かしら? (『ふふんっ。私は勝者よ』と、満潮のドヤ顔がフラッシュした)」

 

 途中、夕張は自分も指差す。

 勢いなのか。素直なのか。

 夕張らしいと括っておけば良いか。

 

「青葉の取材では、あきつ丸は夕張シリーズで。鼻摘み爪先立ちらしいですよ」

 

 お尻を両手で庇いながら、青葉は情報を提供。

 

「そうなんだ。大淀の場合、なんだろ? 胸もぎ?」

 

 若干不満げな顔している夕張が、大淀の自身と変わらない胸を見つめる。

 

「胸もぎは、天龍さんではないですか?」

 

 手帳をめくりながら、青葉が新しいネタを投下。

 

「そうなの?」

「はい。あ、でも。青葉の取材では、大淀は片胸で、天龍さんは両胸ですね。あえて言うのなら、“胸もぎ”と“胸もぎもぎ”。ですかね」

 

 夕張と明石の会話を、叢雲が終わらせた。

 

「大淀の場合は、髪引きずりでしょ」

「大淀!」

 

 大淀がふらっと、おでこに手の甲――ちゃんとメガネは避けて――をあてて、崩れ落ちた。

 

「あれは違うんです。艦娘の矜持を、戦船の魂を、ないがしろにしたわけではないんです。違うんです。本当です……」

 

 ネガティブモードに入ったのか。

 大淀は誰への言い訳か。床に座り込んで、呟き続けている。

 

「叢雲」

「もう、しょうがないわね」

 

 妙高が叢雲を一言呼んだ。

 たしなめるにはコレで十分。と言う事なのだろう。

 

「ほら。そうやっていると、アイツにまた髪を引きずられるわよ」

 

 叢雲はため息を一つついて、大淀の後ろに回りこみ、腰をかがめた。

 大淀の耳元に顔を近づけると、そのまま後ろから耳もとに囁く。

 

「はい。大淀は、大丈夫です!」

 

 バネ仕掛けの玩具のように、バビュンと立ち上がった余韻に体を上下させながら、大淀は力強く敬礼をした。

 敬礼した手の先もビビーンと震わせている。

 

「それ、榛名のセリフ」

 

 夕張がすかさず突っ込むと、部屋は笑い声に満たされた。

 

「本当に変わったわよね。それに比べて、私は――」

 

 そのおかげと言って良いのだろうか? 叢雲の言葉は笑い声に溶けて聞かれる事は無かった。

 

「あれ?」

 

 叢雲は、妙高がかざす剥き出しの鏡を見ながら、抱いた疑問に目を細めた。

 

「どうかしましたか?」

「アイツ……笑ってない?」

「本当ですか?」

 

 大淀と叢雲の会話に一同は、そろって妙高の鏡を覗き込んだ。

 

「あ、本当だ」と、明石。

「うわー、ご機嫌だね」と、夕張。

「あれって、機嫌がいいと言うより、得物を吟味してませんか?」と、青葉。

「えっと、どこを見てそう思えるのかしら?」と、妙高。

「私には、より眉間のシワが増えているようにしか見えませんが」と、高雄。

「似た顔をどこかで……あれはベッド――」と、大淀。

 

 大淀以外の六隻の頭が、ホラー映画の人形部屋の人形のように、一斉に大淀へと振り向いた。

 

「何ですか何ですか? 青葉、気になります。恐縮です。ちょっといいですか?」

「大淀……あんたねー」

「何、ベッドって。え、え、あれ? わ、私、何も想像してないよ」

「あの提督も、所詮ですか。やはり、足柄の事は私が」

「それでも提督を認めているなんて。大淀にとって、素敵な提督なのね。本当に」

 

 青葉、明石、夕張、妙高、高雄が一斉に口を開く。

 

「ピロートークは、ベッドの中だけにしときなさいよ」

 

 叢雲の言葉に、大淀は何を言っているのかとポカンとしている。

 が、次第に理解できてきたのか、ゆでタコのように顔を真っ赤に染め上げた。

 

「提督は、これを分かっていたのかしら?」

「『これ』って。元提督の来所の事? 妙高」

 

 皆が賑わう中でも、妙高は鏡に映る駿河達の観察を続けている。

 

「その通りよ、高雄。戦艦の皆さんが、特別訓練に陸へ向かったわ。それに本人の希望もあったけど、那智も同行してるのよ」

「……那智は、元提督への意見具申から、目の敵にされていた一人だったわね」

「ねえ、叢雲。曙達の営倉入りは、いつまでなの?」

「――明日の〇八〇〇までよ」

「食事は、認めてられるのよね?」

「持っていっても、食べないけどね」

「でも、良かったんじゃないかしら?」

 

 妙高と叢雲の会話に、夕張がは感想を挟む。

 

「あそこに居れば、あの男を曙達が見る事はないんだし。曙達が手出しできない代わりに、手出しもされないわけだし」

「結果的には、そうなるわね」

 

 高雄は、その実気にしている事を隠しているが、皆にはバレバレのウエストを片腕で抱きしめて、夕張の意見を吟味した。

 

「何かモヤモヤするわね。普通に考えて、大人しくさせるだけなら半日程度で十分なはず。食事も考えると、ただ厳罰を科したいだけとは考えられないわ」

「どうかしらね?」

 

 太い眉を眉間に寄せて考えを口にしていく妙高を、叢雲は否定した。

 

「アイツ、結構感情的よ」

「そうなの?」

「そうよ」

 

 妙高とやり取りをする叢雲を見る大淀の海色の瞳は、青味を強くした。

 

「それで、潮はどうなったの?」

「艤装の方は、お風呂。人の方は、保健室よ」

 

 その横で、昨晩同席していなかった夕張が、明石へと尋ねる。

 

「入って行くわね」

 

 妙高が自分へと報告する。

 御剣達一行が駿河の案内にて屋内に入って行くのを合図に、この観察会は、雑談会へと変わっていった。

 それは、駿河の指示にて天龍が来室するまで続いた。

 

 □ □ □

 

「こんな早くに夕飯ですか?」

「内は有也に合わせているけど、他ではこの時間は普通よ」

 

 時刻は、一八〇〇。

 御剣達は、執務室にて夕食を取っていた。

 第二の瑞鶴、金剛は当然として、駿河、天龍と、閣下元提督も同席している。

 那珂と千尋の二隻は、大食堂での食事だ。

 御剣は千尋の同席を求めたが、『皆への紹介がありますので』との駿河の言葉で、叶わなかった。

 

「これって“すいとん”でしたっけ? 素朴でおいしいですね。どこかの郷土料理ですか?」

「有也は、“すいとん”は初めてデスカ?」

「うん、初めてだね」

 

 なぜ、執務室での食事になったのかと言えば、

 

「この団子のモチモチ感はいいね。鶏肉もいい感じだし」

 

 一つは、グレードアップした来客用の食事内容を、無用に此処の艦娘達に見せつけない為。

 

「お、おい。あの壁の向こうは」

「仮眠室です」

「あんなもの無かったぞ」

「作らせました」

「な!」

「ああ、壁に埋め込まれていた金庫は、そのまま横須賀に送っています」 

「き、金庫? そ、そんなものがあったのか。いやー、儂も知らなかった。そうか、そうか。そんな物が。で、横須賀に」

 

 もう一つは、閣下元提督の執務室訪問の要望を叶えてしまう為だった。

 

「まあ、よいわ。本命は医務室よ」

 

 食事は、伊良湖の配膳。

 

「ところで、これは儂へのあてつけか?」

「お気に召しませんでしたか?」

 

 御剣、第二の瑞鶴と金剛は、暖房の弱いこの鎮守府ではありがたい、アツアツのすいとん。

 一方、閣下元提督は、とろみのあるトマトスープに煮られた豆料理。

 スキレットのような鉄鍋が皿代わりに置かれている。

 むろん、テーブルを痛めないように、鍋敷きもその下に敷かれていた。

 

「ふん、儂には合わない飯だ。ただ辛いだけで、味がほとんどせん」

「懐かしいかと思いまして」

「懐かしい?」

 

 駿河にしては、リップサービスをしていると思う。

 駿河も、閣下元提督と同じものを食べていた。

 

「そうなのか?」

 

 駿河の後ろで同じものを食べる天龍が、二人の会話にそう感想を漏らす。

 最近まで、人の食事をしていなかった天龍に、味について語らせるのは無理だろう。

 

「へー、そんなにですか? ちょっと、食べてみたいですね」

 

 テーブルの向かいに座る閣下元提督、執務机に座る駿河、その横の天龍の手元を御剣は順番に見ていく。

 

「では、用意させましょう」

「あ、ちょっと気になっただけで。用意してもらう程では」

 

 そう言いながらも御剣の視線は、誰のとは言わないが、豆スープに釘づけだ。

 

「一口、欲しいな」

 

 閣下元提督が、ビチャっと――失礼、ニブッ……ニコッっと笑みを作り、スキレットの下に置かれた鍋敷きに指を掛けた。

 

「天龍、差し上げろ」

「はあ? しょうがねえなー」

「こ奴らが口を付けた物を食べさせるのか?」

 

 駿河の言葉に、御剣は露骨に安堵の息をついた。

 まるで、これから恐怖の罰ゲームが始まる寸前だったように。

 

「僕は気にしませんよ。ありがとうございます。えっと、スプーンをどうしよう」

「そんなの、使ってるレンゲでいいだろう?」

 

 天龍が立ち上がり、御剣の前に自身の豆スープ置く。

 閣下元提督は、自分のイメージアップ作戦が妨害されたからか、天龍のものを差し出した事に不満を表明。

 第二の瑞鶴、金剛が、ピタッと食事の手を止めた横で、御剣は豆スープを食べ方を考えている。

 

「味が混じるのが、ちょっと」

 

 天龍の持つスプーンを、御剣は凝視。

 

「ああ?」

「改めて用意してもらうのは、申し訳ないし。天龍のを貸してもらっていいかな?」

「御剣提督がそれでよろしいのであれば、どうぞ」

 

 天龍が、『オ、オレに……間接キス……』とパニックになっているのよそに、駿河はさっさと肯定して、天龍のスプーンを奪う。

 

「うわー本当に味が無いですね。これ、なんです?」

「ただのレーションです」

「レーションだと? そんなものを儂にか?」

「急な事でしたので、食事の準備が間に合いませんでした。食べ慣れた自分達はともかく、御剣提督に用意する事は酷かと愚考いたしました」

「はん! 確かに昔、散々食べたわい! 待て、貴様も食べて……いた?」

 

 御剣が満足したと返してきた豆スープと一緒に返ってきたスプーンを、天龍はじっと見つめて、

 

「オレ、まだ食べ終わってないんだけど」

 

 駿河の後ろで、そうぼやく。

 

「天龍、口を開けてこちらを見ろ」

「なんだよ急に――これでいいのか? んぐ」

 

 天龍は、駿河の指示に疑問を覚えながらも素直に従う。

 

「これでも使っていろ」

 

 後一口で完食するところを、駿河はスプーンに乗せて、そのまま開けた天龍の口へと無造作に突っ込んだ。

 驚いたのも一瞬、直ぐにモグモグと天龍は咀嚼していく。

 

「あーん、だ」

「あーん、ね」

「あーん、デスネー」

 

 御剣軍団から、感想の三連射。

 

「ん゛!」

 

 天龍にその理解は無かったのだろう。

 言葉にされたことで、自分の状況を理解したらしい。

 食べているからか、口を開けないで叫ぶ。

 こんな時でも行儀が良い。

 ただ、先ほど御剣が天龍のスプーンを使った時とは比べ物にならないほどの動揺ぶり。

 瞳孔がカメラの連射機能よろしく、激しく開閉を繰り返しているように錯覚をさせてくる。

 

「オ、オ、オ、オレもあげないと。だよな?」

 

 何を言っているのか、自覚できているか疑問だ。

 天龍はそう言って、豆スープをスプーンで一口すくうと、駿河へと突き出した。

 震えるスプーンは、見ていて危なかしい。

 

「馬鹿者」

 

 一言呟き、駿河は天龍の前へと立っ。

 御剣達からは、天龍が駿河にスッポリと隠された状態だ。

 

「何も怒らなくても」

 

 御剣が駿河の背を咎めたの同時に、わずかに駿河の首が前へと傾げる。

 駿河の前に風船があったなら、それが膨らんでいく光景を他の者は見ただろう。

 何かが、熱を持って急激に膨らんでいく。

 ケルトノズルの沸騰をしらせる笛音の幻聴を、その部屋に居た者達は聞いた。

 

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