三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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何が起こってるの?

「何が起こってるの?」

 

 妙高はそう口にしながら、駿河が入るであろう執務室へと早足に廊下を進んでした。

 駿河からの指示もあって、他の者達は自室待機をしていた。最近あったにぎやかしい雰囲気は、今は感じられない。

 冬の寒さに固くなった空気も、さらにそれを手伝っている。

 

「前提督の来訪と一緒に、あの頃の空気も舞い戻ってきたみたいね。それにしても、時雨、叢雲、夕張……他の娘達も……深海棲艦の。しかも、幽霊なんて……」

 

 遅め。といっても、一八三〇には大食堂で食事をしていた妙高。

 なんだか落ち着かない。那智が何かしでかした虫の知らせかしら。などと思いながら箸を進めていたその時、厨房から悲鳴が上がった。

 悲鳴の主――伊良湖に聞けば、

 

「深海棲艦が突然出たんです! つまみ食いして、『ほう、これわ』とか。私と目があったら微笑んで。そのまま湯気のように消えたんです! 本当です! 信じて下さい!」

 

 と、目に一杯の涙を溢れさせながら、間宮にすがり付きいて泣きわめいた。

 それがスタート合図のように、時雨、叢雲、夕張、他の艦娘達が大食堂に入室。見つけたとばかりに妙高の元へと何故か集まりだしと、いきなり自身の体験を口々にしていった。

 

――何で私なんですか。 修道服っぽいってだけで。そんな事なら、龍驤さん達の方が、“よっぽど”だと思うんですけど――

 

 などと妙高は言えるはずも無く。――満潮は、『川内さんは! 忍者の本職は退魔でしょ!』等と叫んでいた――結局、妙高が代表して駿河へ報告に行くことに。

 なぜ、妙高かと言えば、

 叢雲は、御剣NG。

 大淀は、閣下元提督NG。

 夕張は、駿河NG(悪態という愚痴を零していた負い目)。

 との、引き算の結果だった。

 

「まあ、誰かが言いに行かなければいけないのですから、それが私だったという事でしょうけど――」

 

 太い眉を寄せたこめかみに、妙高は指を突き立てて、自身を納得させていく。

 妙高の肩に乗っていた妖精も、同じようにして眉間に指? というか手? をあてている。

 

「――そもそも、エクソシストは悪魔祓いです!」

 

 肩の妖精は、妙高の言葉に合わせて、腕を縦横と大きく振る――それは、“九字切り”だと言いたい。

 胸のつかえがとれたでも言うように、鼻息荒く言い捨てると、妙高はズンズンとSEが付きそうな震脚を繰り返して執務室へと向かい続けた。

 

「失礼します。妙高です。火急な要件があり、報告に参りました」

 

 執務室のドアをノックの後、一拍開けてから妙高はドアを通して名乗る。

 と、首をひねった。

 返事がないからだ。

 いや、まだ返事がないと決めるには早すぎるタイミングだが。こと、駿河においては遅いと言ってよいだろう。

 扉の前でまごついていると、さも見ているかのように声が掛かる程のレスポンス。

 通話中でも、会話中でも、別手段を用いてそれは行われ、無言で待たせる事はない。

 

「どうぞネー」

 

 ようやく。と言っても、『駿河にしては』と、枕言葉がつく返事があった。

 妙高は小さく息を吐き出す。一歩を踏み出そうとして、直ぐに立ち止った。

 開かれたのに合わせて、なんとも微妙な顔の第二金剛が、扉の隙間から顔を出してきたからだ。

 

「あの……失礼します。提督に――駿河提督に報告があります」

 

 とっさに、『どうして』との言葉を飲み込んで、妙高はポーカーフェイスで金剛へと声を掛ける。

 慌てる態度は、何かの矜持に反するのだろう。

 さすがに、駿河本人が出迎える事は無いのは分かっている妙高。もし出迎える事があれば、それは護衛の天龍の役目だろうとも思う。

 艦娘とはいえ、なぜ“お客様”の第二金剛が出迎えをする必要があったのか?

 妙高は頭の中で、幾つもの状況を想定しては、打ち消していく。

 

「あー、どうしまショー。今、そちらの提督は、不在デース」

「居られないのですか?」

「とりあえず中にネー」

「はい、失礼します」

 

 妙高は、指を一本立てるとその指先を一舐め。自身の両眉をその指で順になぞってから入室する。

 

「あー、ごめんね。駿河提督は、今いないんだ」

 

 入室早々、御剣が妙高へと声を掛けてくた。

 室内を見渡してみれば、御剣の言う通り駿河の姿は無い。

 ソファーに座る御剣の右には、第二瑞鶴。出迎えてくれた第二金剛は、御剣を挟むように左に腰を下ろす。

 御剣の正面には閣下元提督。もちろん妙高は、視界には入れない。

 

「確かに。天龍?」

 

 確かに駿河はいない。

 護衛役の天龍はいた。

 なのに、向かい居れたのは第二金剛だ。

 妙高は、辻褄の合わない状況を確認する為に、天龍へと問いかけたが、

 

「――」

 

 返事がない。

 無視をしている訳では、なさそうだ。

 ちゃんと目を合わせているし、何かモゾモゾとした小さな動きがある。

 見れば、天龍の肩にも妖精達がいる。

 その二人は、にらめっこの真っ最中。……どの辺が、変顔なのだろうか?

 

「そちらの提督さんが出ていく時に、『余計な事はするな』って言われてね」

 

 戸惑う妙高に、第二瑞鶴からの状況説明。

 

「それからなぜか、ダンマリなのよね」

「なるほど――失礼します。天龍」

 

 御剣達へ頭を下げてから、妙高は立ちすくむ天龍の袖を掴み、部屋の角へと引っ張っていく。

 

「天龍。急いでいるの。提督はどこ?」

 

 無言の天龍につられてか、妙高は単語で問いかける。

 天龍はといえば、指先で何やらジェスチャーを妙高へと投げかけている。結構、必死な感じだ。

 

「ハァー。いい? 天龍。私に話す事は、『余計な事』に入らないわ」

「あ、そうか。悪いー」

 

 天龍が『ああ』と理解を示したその肩では、妖精のにらめっこ勝負は、息止め勝負に移行している。

 それに向かって、妙高の妖精は、九字切りを繰り返す。

 妖精の日常を謳歌する姿勢は謎である。

 

「で、提督はどこ? 急いでいるのよ」

「ああ、風呂だ」

「風呂?」

「て言っても、俺たちの方な」

「行き違いになったのかしら」

「たぶん、そろそろ戻って来るんじゃないか? すぐに済むからって、俺を置いて行ったんだし」

「そうなの?」

 

 逡巡して妙高は、執務室外の待合席で駿河の帰りを待つことに決めた。

 

 □ □ □

 

 天龍の言葉通り、駿河は艦娘達の風呂場にいた。

 既に、満潮や叢雲、吹雪の姿はない。

 室内照明は落とされているが、外からの照明がおすそ分けとぼんやり室内を浮き上がらせている。

 

「うて」

 

 駿河は手にした金属バットを、湯船に浮かぶ艤装へと振り下ろす。昨晩から浸かっている潮の艤装へと。

 強く止めた呼気。不快な金属音。水跳ねの音。

 その後には艤装凹みが出来るが、入渠中のという事が大きいのだろう。直ぐに修復されていく。

 

「苦痛が嫌なら、うて」

 

 再び打ち下ろす。

 駿河がここに来てから、ずっとこの繰り返しだ。

 監査を受けている最中に、わざわざ席を外してまで行う必要がある事なのだろうか?

 駿河の独り言は続く。

 

「拒絶の意志として、うて」

 

 何度目の打ち下ろしなのだろうか?

 無意味な繰り返し。ただ痛め付けているだけにしか見えないそれは、御剣や閣下元提督の相手にストレスが溜まったから、そのはけ口。

 流石にないか?

 

「理不尽を認めぬのなら、うて」

 

 打ちつけられた衝撃に、艤装が水面を揺らす。

 艤装と一緒に浮かべられた顔の書かれたピンクの連装砲も、同じように揺れる。

 しかし、薄暗がりの中。一人、呟きながら金属バットを振り下ろす光景のなんと猟奇的な事か。

 

「在りたいのなら、うて」

 

 その時、破裂音が響いた。

 打ち下ろしかけた駿河の手が、一瞬止まる。が、そのまま振り下ろされた。

 より一層の不快な打撃音が響く。

 

「そうだ。うて」

 

 駿河は腕を振り上げられる。

 どういう事か、駿河の頬に血が滲んでいる。

 今の今まで、そんな傷は無かったはずだ。

 

「解体など無い。雷撃処分も、海で沈む事も貴様にはない。土の上で錆て朽ちていけ。それがが嫌なら――うて」

 

 また数度振られた後に、破裂音が響いた。

 今度は駿河の肩が、強く跳ね動く。

 

「そうだ。うて」

 

 音の正体は、湯船に浮かぶピンクの連装砲が奏でた砲撃音だった。

 まずとして、空砲でも炸薬を装填されていなければ、撃つことは出来ない。そもそもとして、潮の艤装、兵装の弾薬は空のはずだ。

 弾の無いただの筒である砲口から、空砲とはいえ撃ち放つとは、なんとも艦娘という存在の不思議さか。

 その空砲が放つ空気塊が、駿河を穿っていた。

 

「自分は、ここに居ると。世界へ叫べ!」

 

 駿河は自身が傷つくことを歓迎するように、打ち下ろす。

 三度、砲撃音が響く。

 駿河の制帽が宙に舞った。

 その下の頭は、後ろへとのけぞっている。

 

「そうだ――うて」

 

 ゆっくりと頭を戻した駿河は、額から口まで流れる血を舐め取る。

 己の血の味を堪能すると、目の前の艤装へ噛み千切るよう歯を剥く。

 獲物が抵抗するのを楽しむかのように、笑った。

 

「それに、何の意味があるのかの?」

 

 横から掛けられた声に、慌てる事も、驚くことも無く、駿河は当然と答える。

 

「生きるとは、苦痛に抗う事だ」

「そうなのか?」

「少なくとも俺は、な」

「ふむ、ところで貴様が鬼か?」

 

 ゆっくりと振り向く先、駿河の前、湯気に押し上げられているように宙にいた。

 その真っ白い女は、紅を引くように笑いかけた。

 

 □ □ □

 

「いない……わよね」

 

 脱衣所の照明、風呂場の照明と順に点いていく。と、駿河の背中――脱衣所から風呂場へと至る扉が開かれた。

 

「ひっ――何よ。驚かせないでよ」

「満潮か」

「そうよ、悪い?」

 

 現れたのは、満潮だ。

 駿河の姿を確認したにも関わらず、満潮は探るように恐々と腰を折り曲げて、頭を覗かせている。

 

「なんだ」

「なんだも何も、何でここにいるのよ。私の裸を見たいの? なんて、これじゃあ曙よね」

 

 駿河以外の姿が無いことを確認すると、満潮は大きく息をついて風呂場へと入ってきた。

 もちろん、制服は着ている。

 それどころか、完全武装――艤装・兵装を身につけている。

 駿河は、満潮の恰好を問いたださず、黙って満潮へと歩み寄った。吹き飛ばされた制帽が、満潮の前にあったからだ。

 

「これ? はい……血が出てるわよ」

 

 駿河の視線を追った満潮は、目の前に制帽を拾い上げ、向かい来る駿河へと差し出した。

 片手に金属バットを持った大男が、額から血を流しながら少女に近づく。その絵面のなんと凶悪な事か。

 

「知っている」

 

 駿河の返事は、満潮にされたと思いたい。

 

「本当に、血を流すのが好きね」

 

 満潮の右手が、幻痛でも覚えたのか、痙攣したようにブレた。

 

「流させる事も好きだったわね。血まみれ……ね」

 

 満潮は、駿河が持ち下げる金属バットの向こう。一人風呂に浮かぶ潮の艤装を視界に収める。

 見ようとして見たわけではなく。無数につけられた凹み、歪みのせいで、違和感を与えてくる反射光に気を取られたからだ。

 

「ねえ、私は一つ。勝ったのよね?」

 

 目を細めて満潮は、唐突にそんな事を言い出した。

 自分が何を言っているのか。駿河に判断させるように、駿河をつぶさに見つめながら。

 

「そうだな」

「なら、私に一つ貸しがあるのと同じ事よね?」

 

 駿河は返事をしない。

 満潮の言い分は、理論の飛躍だと思える。

 それは満潮自身も理解しているようだ。

 返事がない事に不安を感じながらも、否定が無いことに言葉をつなげる。

 

「曙の願いを叶えなさいよ。潮を救って。それで貸し借りは、無しよ」

 

 制帽を満潮から受け取ると、駿河はツバの指で挟み、正中を取ってかぶった。

 その手はすぐに離れず、ツバを掴む手で満潮から顔を隠しているかのようだ。

 駿河は、顔の前に手を置いたまま、十分な間をもって答えた。

 

「貴様に貸しを返す事は、出来ない」

 

 淡々とした口調。

 

「何? すでに自分がしているから? 」

 

 満潮は、駿河の考えを先回りして言葉にする。

 が、その読みは外れたようだ。

 わずかに目を細めて満潮の言葉を受け取った駿河は、その眼を伏せて、こう続けた。

 

「どちらも俺には、成せないからだ」

 

 駿河の声を満潮は、水底のように重くに圧し掛かかるように感じていた。

 

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