三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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ここの提督は、夜になると大きくなるのデスネー

「Oh! ここの提督は、夜になると大きくなるのデスネー」

 

 とは、駿河を見ての第二金剛の一声。

 執務室に新設された仮眠室から出て来た駿河へ、第二金剛が脈絡のない感想をもらした。

 

「な、何いきなり破廉恥な事を言ってやがる!」

 

 第二金剛の言葉につられ天龍は、駿河を探るように見つめる。と、慌てて視線を剥がして第二金剛を見た。次いで、その第二金剛が見詰める駿河への視線に釣られるのか、再び駿河を見る。と、見つめている自分に気が付き、慌てて視線を剥がす。

 そんな事を天龍は繰り返す

 たぶん気のせいだろう。駿河を見つめる天龍の視線が、若干下を向いているように思えるのは……

 

「大淀――後を頼む」

「承知いたしました」

「じゃあ、私達はここで待っているわね」

 

 駿河が大淀へ声を掛ける。

 それを聞いた第二瑞鶴は、自分たちの行動を確認した。

 現在、二十時十分を過ぎている。

 何の会話をしているかと言うと。

 

「本当、どこほっつき歩いてんだ? あの豚は」

「私と別れた際には、こちらの方へと歩いていたのですけれど。トイレに行かれると、言われたんですよね?」

「だな。でも、掛かかり過ぎじゃね?」

「体調を崩したのか。その場合、こちらの食事について言及がありそうです。面倒な事になりますね」

「いや、だってこっちのは元気だぜ……あー、そういえば違うの食ってた」

 

 閣下元提督は、駿河の計らいで他とは違いレーションだった。

 

「でもよ、それなら内の……て、い、と、く……も、だよな」

 

 何が言いづらいのか。そう意識しなければ口を動かす事でも出来ないように、言葉を絞り出す天龍に、

 

「死亡している可能性もある。放置は出来ない」

「死んでるって? トイレにいっただけだろ?」

 

 駿河は頭を傾げて、呟くように告げる。

 

「ヒートショック、血管収縮、血流低下、極度の身体的緊張による血管破裂――可能性に振り回されるのは問題だが。可能性を無視するのも問題だ」

 

 小声の理由は、御剣への配慮だろう。

 有事が発生していた場合には、御剣の監督責任が問われることになる。つまり、今有事の可能性を口にすると言う事は、それが出来ていないと本人へと突きつけるようなものだからだ。

 その御剣はと言えば、千尋とのお話を満喫中である。

 

「日常と戦場は分けるべきだが、時間は繋がっている。頭の中も練習しておけ」

 

 千尋に遅れて大淀が来室。閣下元提督の接触があった事を、大淀は隠さず駿河へと報告した。「そうか」とだけ駿河は返事をした後、何やら興奮を隠しきれない御剣を視界の隅に置いて黙す。

 さあ、御剣による千尋へのアピールタイムの終了が迫った時、「あれ?」と誰とは言わず、閣下元提督が戻っていない事に気が付いた。

 と言う事で探しに行く事となったわけだ。

 とは言え、可能性なだけであって何事もなく閣下元提督が戻ってきた場合、誰もいなければそれはそれで問題であり。探しに行っていたとしても、『信用が無いのか』と愚図られても面倒と、

 探索班=駿河、天龍

 留守番班=第二瑞鶴、第二金剛

 アピールタイム=御剣

 接待=千尋

 世話役=那珂、大淀

 と言う配置になった。

 本来なら大淀も探索班に入るところだが、探索対象が閣下元提督と言う事で除外。

 那珂については、本日秘書艦だからだ。まあ、その事実を周囲に忘られていなかったのは、意外である。

 奇しくも、話す時間が増えた事に御剣は喜びを隠さなかった。第二金剛はさすがに思う処があるのか、ため息をついている。 

 駿河は一応の準備として、千尋に大淀を連れ立って仮眠室で何やら身支度を整えると、数分もすること無く出て来た。

 ここで、冒頭のシーンへとつながる。

 

「ふう……では、御剣提督――失礼いたします」

 

 駿河は余程面倒だと考えているのか、深呼吸を繰り返すように肩を上下させて、御剣へ断りを入れる。

 千尋はともかく、大淀を伴って身支度を整えた割には、一見して変わったところは見られない。

 

「でね、内の鎮守府はね――え? あ、はい。留守番は任せて下さい。それでね――」

 

 体を前のめりにして、膝を文字通り突き合わせて千尋へと話す御剣は、駿河へ答えるも早々に、千尋へのお話を再開した。

 駿河が御剣から天龍へと顔を向ける途中、一瞬視線が絡んだ第二金剛は、その目をそっと伏せた。

 

 □ □ □

 

「見ておれよ。直ぐに貴様らなど……」

 

 閣下元提督は、そう言いながら医務室の扉へと指をうずめた。

 

「ふん、鍵がかかっていたらと用意したが。いらぬ準備だったか。あの男もこの程度と言う事だな」

 

 スボンのポケットへ左手を差し込みながら、指に触れる鍵を遊ぶ。

 室内に入るとすぐに照明のスイッチを――押さなかった。

 いつから用意していたのか、30cmはある棒状の軍用懐中電灯で室内を照らす。

 

「さあてと……あん?」

 

 一応室内に誰もいない事を確認しようと軍用懐中電灯を振り回すと、ベッドの一つに目隠しのカーテンが引かれている事を視認した。

 ゆっくりと、地面を這いずるように足を進めていき、慣れた手つきでカーテンの隙間をそっと作る。

 

「貴様! と、なんだ。寝ているのか。うん? こいつは……」

 

 軍用懐中電灯の明かりでまさぐるように、ベッドに寝かされたソレを隅々まで照らしていく。

 眠るその顔をまじまじと見つめると、思い出したように掛かるシーツを剥ぎ飛ばした。

 

「おお、これはこれは」

 

 そこには、一糸纏わぬ潮が、豊かな胸を上下させている。

 閣下元提督は、躊躇なく潮の胸を掴んだ。

 

「おうおう。これは、なかなか……しかし、反応がないのは、いささか興が削げるが」

 

 掴んだ手はそのままに、空いているもう一つの胸を自身の顔にうずめる。

 

「あむ。まあ――」

 

 残った手が、潮の下腹を這いずり、股の間へと差し込もうと動く。

 

「――ストレスの発散くらいには使えるだろう。!」

 

 何かが軋む音が響いた。

 潮から体を剥がし、閣下元提督は慌てて周囲を見渡しながら息をひそめる。

 しかし、誰が来ると言うことも無く。続く音も無い。 

 まあ、この寒い夜に家鳴りがすることは、不思議ではない。

 

「先に、確認をしてしまおう。何、つまみ食いはその後でも出来る」

 

 自身へ言い聞かせるように言葉にすると、部屋の隅近くまで視線を這わせる。

 部屋の隅近くに置かれた腰まで程度の――閣下元提督には胸下になるが――戸棚に近づくと、それをゆっくりと押しのけていく。

 

「上のは気が付かれたようだが。さすがにこちらは、分からなかったようだな」

 

 退かされた戸棚の後ろからは、ただの壁。左右となんらかわりない塗装がされた壁が現れた。

 あえて言うなら、戸棚の後ろの割には、すすけていないくらいか。

 閣下元提督は、懐から硯のような黒い塊を取り出すと、それを壁に押し付ける。

 押し付けた塊を上下左右、時には斜めに壁の上を滑らせていく。

 

「よし」

 

 間もなく、小さく金属音が壁から聞こえてくると、閣下元提督は安堵するように声を発した。

 ただ、未だに壁に変化があるようには見えない。

 閣下元提督は、再びゆっくりと黒塊を滑らせると、ある所でぴたりとそれが動かなくなる。

 

「どれどれ」

 

 動かなくなった黒塊を取っ手として手前引くと、ただの壁に見えていたソコに亀裂が走る。扉となった壁の一部は、50cm四方にぽっかりと穴を作った。

 軍用懐中電灯の明かりが中を照らす。金塊だろうか? 照らされた光を、いくつも鈍く跳ね返している。

 

「よしよし。ちゃんとあるな。これで今一度、“提督”を買って……」

 

 閣下元提督は、隠し金庫の中に一緒に収められていたすすけた雑嚢(ざつのう)――肩掛けの鞄を手に取るとまじまじと見つめた。

 

「まだだ。まだやり直せる」

 

 金塊一つ一つ丁寧に鞄へとしまっていく。

 その全てを移し替えると、鞄を持ち上げる。少し嫌な音がしたが、それだけで、見た目よりも持ち運ぶに十分な耐久性があるようだ。

 鞄が重いのか、体が重いのか。大きく息をつくいた閣下元提督はよろめいて、思わず近くに置かれたベッドへとぶつかった。

 

「何で、こんな事を儂が――」

 

 なぜか閣下元提督は、愚痴を零すのをやめた。

 室内は再び静かになる。

 と、少女の呻きが聞こえてきた。

 どうも閣下元提督は、これを聞いたから黙ったようだ。

 

「う……ここは……。ひゃあ、なんで裸なんですか?」

 

 閣下元提督が耳にしたのは、潮の声だ。

 ベッドに走った衝撃が、潮を起こしたのだろうか?

 あんなに第七駆逐隊の面々が苦労していたことが、この男の、しかも不逞のはずみでなされるななど。なんとチープな奇跡であろうか。

 

「すんすん……なんか胸がベタベタして臭いです。皆は? 曙ちゃん、いる? 朧ちゃん、漣ちゃん?」

 

 本来なら記憶にない場所で目が覚めれば、もう少し取り乱してもよいと思う。むしろ、あまりに突然な展開が逆に冷静さを引き出したか。

 まあ、潮だからで済んでしまうかもしれないが。

 

「えっと、誰かいるんですか?」

 

 ベッドを囲むように中途半端に引かれたカーテンに、その外側からの光線が人型のようなシルエットを映し出している。

 そのカーテンが乱暴に払われた。

 

「提督? ひぃ」

「ふひぃ、良い顔をするな。虐めて欲しいのか? そうかそうか」

 

 胸前をはだけながら――制服の前を開けても、あまり恰好が変わらないように見える――閣下元提督は、潮のビビリを楽しむかのように、ニタリと不細工な笑みを浮かべて近づいて行く。

 永い間気を失っていたはずの潮は、不自然なほどに自身の状況を理解しているように見える。

 思い出して欲しい。潮が眠りについた経緯は、閣下元提督の乱暴から逃げようとしたからだ。

 つまり、潮にとって今の状況は、当然としたその続きだった。

 

「ひやぁ! 来ないでください」

 

 潮は体を隠す物を探して、敷かれていたシーツを奪うように剥がして体へと押し付ける。迫る閣下元提督に押し出されるようにベッドの端へと身を縮込ませるが、それでも、逆にそうだからこそ、隠しきれなかった肢体は被虐の色香を醸し出していた。

 

「いや! やめて下さい!」

「いいぞ、いいぞ。そうだ、もっと泣け、叫べ、許しを請うてみろ」

 

 あっけなく閣下元提督に捕まり、寝かされた潮は、その両手を頭の上で交差するように抑え込まれた。横四方固めにも似た恰好で。

 気が弱いとしても潮は艦娘である。その気になれば、閣下元提督なぞが好きにできるものではない。

 しかし、人には逆らえないとした思い込みか。恐怖に身をすくめる少女の思いなのか。潮は震えるばかりだ。

 閣下元提督も、その身体能力の違いは重々承知している。であればこそ、潮の態度は『嫌よ嫌よも好きの内』と都合の良い自己変換に自信をもっているご様子だ。

 

「さて、楽しませてもらうぞ。何、今の儂は気分がいささか良い。少しは喜ばせてやろうぞ」

 

 普段の愚鈍さは、どこへやら。

 片手だけで器用にベルトを緩めると、閣下元提督はズボンを重さのままに地面に落とし、すり足で潮への足の間へと体をねじ込んでいく。

 潮は必死に股を閉じようとするが、挟まれた閣下元提督からの苦痛の呻きに、その力を緩めてしまった。

 

「ようやく大人しくなったか。さてさて」

 

 潮が力を抜いたことで、自身を受け入れたと思い込んだ閣下元提督は、よいよと自分の腹を掴み潮の下腹に乗せた。そのままでは自分のぜい肉が邪魔になって届かないからだ。……何がと聞くのは、野暮ってもんだろう。

 

「やれやれ。毎回隠し場所が異なるのは、本当に厄介だな」

 

 閣下元提督が汚い尻を振り下ろそうと突き出すのに合わせて、医務室の室内照明が点けられた。

 

「な、なんだ? ぶひぃ」

 

 突然、閣下元提督が潮の上から弾き飛ばされた。

 

「汚い尻を見せつけるな」

 

 吹き飛ばされた反対側には、蹴り飛ばし終わったまま、片足立ちをしている駿河の姿が。

 

「潮」

 

 駿河に名を呼ばれた潮は、混濁とした瞳に、急激な光を灯していく。

 

「……この……声……どこ……かで……」

 

 ただその光は、健全なところを超え、異常な程に強くなっていく。

 

「! ひ、ひぃ! た、たすけ!」

 

 ついに瞳孔の全てを開かせた潮は、閣下元提督など比べようもないほどの恐怖を、駿河へと示した。

 その姿に、駿河はどこか納得しているような雰囲気だ。

 どこに納得できる理由があるのか? ……自身の恐相だとすれば、それはいささか過大評価だと思う。

 

「な、なんで貴様がここに!」

 

 ずり落ちたズボンを必死にたくし上げながら、閣下元提督はベッドの潮を挟んで、駿河を忌々しいとねめつける。

 

「閣下。なぜ貴方が拘束間もなく、自由に動けているとお思いですか?」

「なんだと?」

 

 どこか疲れた顔の駿河の眼光は、

 

「物資の横領をした者が、どのように扱われるか……閣下はお忘れですか?」

「ふん、横流しなど。たかが知れている」

 

 自分が発するご高説に合わせて、

 

「確かに。ただ、どうも閣下はお忘れのようだ」

「何がだ」

 

 強く、

 

「ここは、前線だ」

「こんな所が前線……前線?」

 

 鋭く、

 

「そうだ。ここは前線だ。さて、閣下。前線での横流しはどいう意味があるか――言ってみろ」

「そ、それは」

 

 人ならざる者の笑みを作り上げていく。

 

「そうだ。売国行為だ。自軍の継戦力を損なう反逆罪だ」

 

 二人だけの時間と、駿河の声だけが閣下元提督のもとに届く。

 

「それを『たかが』と笑うと?」

「げ、現に今、儂は自由だ。そうだ。自由だ」

「大本営の経理は優秀だ。貴様がまだ金を隠している事は、直ぐに分かった。ただ、その隠し場所は分からなかった」

 

 獣が愉悦に笑った。

 

「なら、本人に教えてもらえば良いだけだろ」

「儂をはめたのか!」

 

 獣が牙を剥きして、顔を歪める。

 

「はめる? 豚が狩られただけだ。自然の摂理だろ?」

 

 それは、獲物が想像通りに追い込まれた事に満足するそれだった。

 

「こんな処で終わってなるものか!」

 

 銃声が響く。

 閣下元提督の手には、一丁の拳銃。

 

「ふ、ふん。儂を舐めすぎたな。これで形勢逆転という――何で倒れない」

 

 腐っても軍人。自身の放った銃弾がどこに飛んだかくらいは、分かる。ましてや、その対象が直ぐ目の前に居れば。

 

「そうか、貴様! 防弾チョッキを」

 

 閣下元提督の言葉に、駿河はより凶悪に笑って見せた。

 ただ、たしかに防弾チョッキは銃弾を止めるが、その衝撃までは消せない。しかも、この至近距離でのとなれば尚更だ。よろめくどころか、骨折して当然。

 不動――駿河の身体能力が異常なのか。はたまた、違う方法でそれも防いだのか。

 

「この! がっ」

 

 すぐさま閣下元提督は、銃口を駿河の顔へと向けた。頭に向ける処だが、かぶった制帽にも何かしら施されている事を懸念したからだが、その判断は初撃で行うべきだった。

 どこに隠し持っていたのか、駿河愛用のボコボコ金属バットが一閃。閣下元提督の手首を砕きながら、その拳銃を吹き飛ばす。

 

「こいつを盾に」

 

 閣下元提督は目の前のベッドへと、驚く程――今までは演技だったのかと疑う程――の俊敏さで飛びついた。

 恐怖と混乱によって岩のように固まる潮のいるベッドへと。

 潮を盾に窮地を脱するつもりらしい。

 無事な左手には小型ナイフが構えられている。

 しかし、潮は艦娘だ。先に説明したとおり人の力でどうこう出来るものではない。人が持つ刃物を突きつけたとして何の意味があるのだろう。

 

「!」

 

 迫りくる凶行に、潮は悲鳴もあげられない。

 その潮が、閣下元提督の前から忽然と消えた。

 

「させる訳ないだろう」

 

 駿河が潮を抱きしめている。力任せに引き寄せたようだ。

 ちょっとしたヒーローシーンだが、いかんせん。駿河の恐面が、一見して裸の潮を襲っているようにも見える。

 

「散々泥水を――いや、死に水を啜ってきたのだ。それをこんなところで!」

 

 空振りに終わった閣下元提督の左手ナイフを、ベッドに突き立てて叫ぶ。

 閣下元提督の気勢が急速に萎んでいくのを、駿河は黙して見る。

 その腕の中で潮がようやく理解が追い付いたのか、身じろぎし始めた。

 

「ひゃああ。放してください」

「我慢しろ」

「いやー」

「潮!」

 

 突然、潮の名が強く呼ばれる。

 見れば、曙が大きく肩で息をしながら、そこに立っている。その背には艤装を背負って。

 

「このクソ提督! よくも潮を! 離せ!」

 

 曙は右手に構えている連装砲を、躊躇なく放つ。

 それは、真直ぐに駿河へと向かい――

 ――直撃した。

 

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