三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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【始動】12月1日
おはようございます、龍田さん


「おはようございます。龍田さん」

「あら、おはよう~。大淀」

 

 提督執務室に向う廊下で、大淀と龍田は顔を合わせた。

 

「と言っても、まだ○六〇〇。アレから、四時間も経ってないのよね~」

 

 アレとは、昨晩深夜に開かれた提督の交代劇のことだ。

 龍田の号令の後、速やかに解散となったが、駿河は締め前の言葉通りに、大淀と秘書艦とした龍田と簡単な確認と打ち合わせを行っていた。

 

「そうですね。そうなんですよね」

「あんな事があった後だもの~。戸惑うわよね~」

「いえ、そうではないです。それはそうなんですが……」

「何か、気になる事でも~?」

「昨晩、提督……駿河提督は、前提督との席で私達を『人間ではない』。と、明言されていました」

 

 執務室の扉が見えてきた頃、大淀はその歩みを止めた。

 

「提督が交代しても、何も変わらない……むしろ、扱いが酷くなる事も……そう考えてしまって」

 

 大淀は、昨晩の駿河の振る舞い――艤装刀を躊躇なく振り下ろし続けた姿を思い出していた。

 

「そう」

「はい、あ、あれ? 龍田さん。その首の?」

「ああ、これ~?」

 

 大淀は、龍田に顔を向けていたのにも関わらず、今更ながらに気が付いた。

 首輪にも見える血の痕が、龍田の首に残っているのを。

 

「拭いたんだけど、落ちなくて~。天竜ちゃんの刀といい。人間じゃないのかしら~」

「入渠は、されたんですか?」

「もう遅かったし、今朝も時間が取れなかったから、まだ試していないのよね~」

 

 微笑む龍田の唇は、真紅に熟れていた。

 

「さあ、行きましょう。今度の提督は違う意味で時間に煩そうだし。遅れると叱られちゃうかも」

 

 龍田は振り向きもせず、大淀へ歩く事を促す。

 何気なく発した『叱られる』の言葉に、大淀は身を縮こまらせたが、あわてて早足に進み始めた。

 直ぐに執務室の前についた二隻は、どちらがノックをするのか目で相談。

 結果は、龍田が仕方ないとノックをしようとした時――

 

「さっさと入れ」

 

 ――扉越しに駿河の野太い声が掛けられた。

 駿河は、入室し、机の前に並ぶ二隻を一瞥すると、立ち上がり報告を受ける。

 

「お、おはようございます。大淀、上番します」

「おはようございます。龍田だよ~。秘書艦業務を開始するね~」

 

 一つ頷き、駿河は直ぐに腰を落す。

 

「アレから寝てないのかしら~」

「必要だからな」

 

 龍田は部屋を見渡す。

 机の上は当然として、執務室の中程に置かれたテーブルの上にも大量の書類が積上げられていた。

 過剰にきらびやかな調度品は取り払われ、それは部屋の片隅に置かれた段ボール箱へと無造作に片付けられている。

 昨日までとは違い、仕事をするための部屋へと無駄がそぎ落とされていた。

 

「妖精さん?」

 

 呟く大淀の視線の先は、身長十センチにも満たない二頭身の小人がいた。

 駿河の袖先を引いていて、何かを訴えているようだ。

 駿河は妖精を見ることなく、制服の上着ポケットから小瓶を出す。

 同じく懐から出したハンカチを机隅に敷くと、コルク栓を外して、小瓶を横に倒した。

 中からはキラキラとして色とりどりの砂糖菓子――金平糖がハンカチの上に転がる。

 

「ここに、妖精さんが居るなんて」

 

 大淀が呟き呼んだ妖精は、机の上に置かれた駿河の腕をぽんぽんと叩いて、転がり出た金平糖を次々と持っていく。

 次々に。

 初め、一人しかいないように見えた妖精は、いつの間にか四人五人と増えていた。

 それぞれが、それぞれにお礼を述べているのか、お辞儀をしたり、敬礼をしたり、手を振ったり、思い思いに意志を示して去っていく。

 

「何を言っている、昨晩も居たぞ」

「え、それは……本当ですか」

「嘘を言ってどうする」

 

 それほど急を要する書類なのか、今も駿河は書類から目を逸らさないでいる。

 

「それより、大淀」

「は、はい」

 

 書類に目を通したまま、駿河は大淀の名を呼ぶ。

 しかし、大淀の返事に違和感を覚えたのか、ゆっくりと顔を上げて大淀の目を黙って見つめた。

 

「あ、あの何か至らない事が。お言葉を疑ってしまった事でしょうか。あ、昨晩言葉通りに戻ってしまった事でしょ……本来なら、黙ってお手伝いをすべき……」

 

 駿河は、深くため息をついた。

 

「も、申しわけありません」

「大淀は後だ。先に龍田」

「はい?」

「どうなっている」

「連絡済よ」

 

 駿河の『どうなっている』との乱暴な確認に、龍田は淀みなく答えた。

 その返答は、駿河の意図するものとかみ合っていたのか、訂正の言葉はない。

 が、龍田の次の言葉を待っているようだ。

 

「……。皆には、本日〇八〇〇まで朝食は取れない事を伝えたわ。間宮はもうすぐ来ると思う。後、本日以降の出撃計画は、一旦白紙。〇五〇〇出発組は、ちゃんとキャンセルできてるわ~。鎮守府に残る艦娘は、一三〇〇に大食堂へ集合。内容は、今後の鎮守府運営について。それまでは待機。以上よね~」

「そうか。大淀、明石と夕張は、どうだ」

「は、はい。二人とも〇七〇〇に執務室へ上番するよう、指示は完了しています」

「よし。それで、これなんだが」

 

 二人に出した指示の状況を確認しながらも、駿河は手元の書類を一枚二枚と確認していた。

 その一枚の内容に違和感を覚えたのか、手にした書類を大淀へと示したのだが。

 

「ひっ」

 

 条件反射のように大淀の口から、悲鳴が零れた。

 何事かと大淀の顔を覗き見た駿河は、眉間に険しさを刻みながら黙って様子を見続ける。

 

「すみま、すみません。はっ、はっ」

 

 何がそうさせたのか、極度の緊張に見舞われている大淀は、過呼吸に陥りかけていた。

 よいよ駿河の眉間にシワの入る隙間が無くなろうとする時に、執務室のドアに声が掛かった。

 

「間宮、お呼びにより参りました」

「入れ。大淀、つらかったら座っていいぞ」

 

 扉へ声を返すと、横口で大淀にそう駿河は告げたが、大淀は唇を噛み締めて頭を横に振るった。

 

「大丈夫? 顔色が悪いわよ、本当に」

 

 龍田の気遣いに、大淀は無言で頷く。

 大淀の性格からしたら、無言で答えるのは失礼と考えるだろう。なのに……。

 龍田の目は、正面に座る駿河を遠慮なく射抜く。

 駿河は、逃げることなく、構えることなく、迎え撃つことなく、その目を見つめ返した。

 

「失礼します。あの、お呼びとの事でしたが、出直したほうがよろしいでしょうか」

 

 執務室に漂う緊張感に間宮は、自身の希望を気遣いのように声に出していた。

 

「大丈夫よ。気にしないで。ねえ~、提督」

 

 にっこりとほほ笑む龍田に、ますます持って逃げたくなる間宮だが、提督が逃がしてはくれなかった。

 

「時間が惜しい。間宮」

「はい」

「これから一か月の間、鎮守府は資金に乏しくなる」

「お金が無くなる――ですか?」

「そうだ」

 

 間宮は黙ると、目を閉じた。

 この後に続く言葉は、予想に難しくない。

 前の提督は、『鋼材やボーキを食うのに、温かさや味がどうの等、必要なかろう』と、お湯どころか、ろくに水も使わせてもらえなかった。

 今度の提督ならもしかしてと、儚くも思ってしまった。

 この人は『人間じゃない』と唱えた人だった。

 聞きたくなかった言葉を思い出し、間宮はその身を捩る。

 

「どのくらいまで減らせば――いえ、各艦、何グラムまでなら、支給をお許し頂けるでしょうか?」

 

 間宮の悲痛な訴えだった。

 艦娘は、艤装というシステムのおかげか、動かなければ一ヶ月程度食事を取らなくても死ぬ事はない。

 かといって空腹を感じないわけでもない。

 気が触れるほどの焦燥感を、耐えるだけだ。

 

「グラム? 食事の管理はお前の仕事だろ。どの程度の食事をふるまうのかは、お前の裁量しだいだ。違うか? 主力給糧艦間宮」

「私の?」

「窯元はお前の戦場だ。お前に任せる」

「承知いたしました」

「繰り返すが、金がない。一応の量はそろえるが、足りない。だからお前には、“おから”や“パン粉”を使ったものや、“おじや”や“すいとん”などのかさ増しのきく飯を考えてもらわねばならん。ある程度の要望は聞いてやれ。ただ出来ない物は出来ないと、隠さず説明しろ」

「おからや、パン粉ですか?」

「それにこだわる事はないが、難しいか?」

 

 燃料はともかく、ボーキや鋼材にどうやって混ぜろと言うのだろうか? それは明石さんや、夕張さんの領分ではないだろうか? 提督さんは何か勘違いしているのではないか?

 間宮は、どう考えてもその方法を見いだせない。

 

「カレーにパン粉を混ぜたり、ハンバーグに、おからや豆腐を混ぜるのは割と有名だと思ったんだが。龍田はどうだ?」

「そう言われれば、そんな事を聞いた覚えがあるような、ないような?」

 

 提督は、『カレー』と言った。

 間宮は、はやる気持ちを抑えながら絞り出した声は、ふるえる。

 

「それは、食事を作ってよい――という事でしょうか?」

 

 望んでは駄目。願っては駄目。想っては駄目。

 まだ分からない。

 この提督が食事というものを、私が考えるよりもっと雑に考えてるだけ。

 そうなのかもしれない。

 間宮は、こみ上げる思いを必至に否定した。

 

「馬鹿者」

 

 やっぱりか。

 

「貴様が指揮らず、シャリ番にKP作業外も任せるつもりか? 主力給糧艦――間宮」

 

 喜びなのだろうが、この感動はそんな一言では足りず、その一言でしか言えない。

 そんな感情の奔流に、間宮は腹下で組んでいた手に、震える程の力が入るのを止められないでいた。

 

「ご命令、承りました」

 

 頭が膝につくほどに、間宮は腰を折る。

 一泊の後、上げた顔は静かに力強く、戦いに臨む者の顔となっていた。

 

「頼むぞ。なんだ?」

「何でもないわ~」

 

 横合いから掛かる圧に目を向ければ、天使の輪には似合わないが、龍田には似合っている小悪魔的な笑み。

 その横には、呆然とする大淀。

 二人の不可解な態度に、駿河は純粋な疑問を覚えた。

 

「それから――」

 

 直ぐに間宮へ視線を戻すと、駿河が口を開く。

 間宮の目は、どんな言葉が飛び出してくるのか期待に輝いている。

 先程まであった悲壮感は、あっけなく破壊されたようだ。

 

「――本日より、ボーキサイト、鋼材、弾薬、燃料の配給を停止する」

「は?」

 

 三者三様の表情をしていたが、一変。

 瞳孔が開き切った漆黒の瞳へと、声と共に綺麗に揃った。

 

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