三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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うふふ。な~んだ……そうだったのね~

「うふふ。な~んだ……そうだったのね~」

「龍田さん」

 

 艦娘へ、鋼材・ボーキ・弾薬・燃料の配給をしないと言い放った駿河は、龍田、大淀、間宮の反応にかまわず、机へ顔を向けたまま次の書類に目を通す。

 絶句した三隻の内、いち早く言葉を紡げた龍田に、大淀、間宮は視線を集めた。

 

「貴方は、私達をつぶしに来た――のね?」

 

 駿河は、頭部にぶつけられた龍田の声を意図せず、書類の確認を続ける。

 

「え? それは……あ」

 

 間宮は、自らの口を開いた右手で押さえた。

 艦娘は、人間と同じように食事を取る事が出来る。

 人間と同じように、それを活動のエネルギーとして使用することが出来る。

 ただし、それは人形(ひとがた)の部分についてだ。

 艤装を身に着け、海上に立てば、必要なのは人形の体力ではなく、燃料だ。

 砲撃の為には、弾薬が。

 被弾すれば、鋼材が。

 艦載機を維持するために、ボーキサイトが。

 それぞれ必要となってくる。

 つまり――

 

「つまり、戦闘能力を奪い、陸の飾りにする……」

「貴方は、一体――なんで、私は一瞬でも!」

 

 龍田の言葉を否定しない駿河に、大淀は肩をふるまわせる事もなく、顔に影を差した。

 間宮は、一瞬でも敬意をもった自分は馬鹿だったと、激しく自身を叱責する。

 どこから出したのか、龍田は右手には艤装槍があった。

 

「よく備えている」

 

 間宮が悲鳴にも似た叫び声に合わせて、執務机へと大きく腕を振り下ろす。

 

「何を言っているんですか! お答え下さい!」

 

 補給艦とはいえ、艦娘。

 力任せに叩きつければ、堅牢に見えるこの机も、主材は木。その衝撃耐えれるものではない。

 

「妖精さん?」

 

 机は軋みを上げなかった。

 間宮は、振り下ろした手に伝わる感触に、恐る恐る手を退けて見れば、そこには妖精が一人。

 妖精さんが、自主的に提督を守った?

 間宮の他、そこにいる大淀、龍田もその光景に、そんな事があるのかと、驚きにとらわれた。

 確かに自分たちに協力している妖精達だが、その姿勢はあくまで協力。積極的な支援や従属ではない。

 艦娘達他、多くの関係者はそう認識している。

 もさもさと動く影。

 他の妖精が、金平糖の入った小瓶をころがしていく。

 

「捨てようとしたわけでは無いのですよ」

 

 妖精からの非難めいた表情に、間宮は早口に取り繕う。

 金平糖を守ったのかと、理解できる状況に、三隻は力を抜いた。

 甘いものが理由として正当化されてしまう妖精への理解とは……。

 そんなやり取りが行われている最中も、駿河は書類から顔を上げない。

 机を舐めるように顔を伏せていれば、露骨に話したくはないのだと、不満ながらも理解できる。

 しかし、駿河は背を正し、手に書類を持ち、絵にかいたようなモノを読む姿勢。

 一連のことが目に入らないはずはない。

 にも関わらず、周りには何もないと言わんばかりの態度だった。

 殺気にも似たある種の黒い空気が、破裂寸前に向う風船のごとく、室内に膨れ上がっていく。

 よいよ限界に来きかたと思えた時―-

 

「……何をやっている。入れ!」

 

 ――駿河の一声が、部屋の窓を震わせた。

 何をと理解できないまま、大淀、間宮は扉へと振り向いた。

 しばしの沈黙の後、執務室の扉が、ゆっくりと開かれ、

 

「し、失礼しますー」

 

 ソロウリソロリと、ピンクの頭と、メロン色のリボンが、誰もいない開けた場所を、間を縫うように腰を屈めて入ってきた。

 駿河は書類を置き、立ち上がって二人を迎える。

 

「早いな。艦名を名乗れ」

「工作艦、明石です」

「兵装実験軽巡、夕張、到着いたしました」

 

 駿河に気合を入れられ、ピンク頭――明石と、メロン色のリボン――夕張は、バネ仕掛けのように屈めた腰を跳ね起こして敬礼する。

 なにか、叱責を受ける心当たりがあるようだ。

 

「時間より早いな」

「はい。時間三十分前には待機し、指定時間前でも迅速に対応できるよう言われております!」

「後発航期は、重罪だ。それは殊勝な心がけだな」

 

 未だ敬礼の手を降ろさないでいる明石と夕張は、駿河の評価にあからさまな安堵の息を吐いた。

 三十分前行動は、前提督の気分で起こす癇癪対策として自然発生したこの鎮守府だけの暗黙のルールだった。

 敬礼をしたままの返答は、逆に失礼なのだが。

 案の定、大淀はそれを踏まえてか、二人を睨みつけている。

 

「ところで」

「はい」

「待機というのは、扉に耳をつけて行われるのか?」

「え、なんで知って――いや、その……」

「夕張」

「はい! いえ、あの、そんな事は無い……です……はい」

「馬鹿者」

 

 駿河は、明石のスカート、夕張の風にさらされたウェストへと、視線を滑らせる。

 明石は大淀と同じに、横を大きく開け、素肌を覗かせるスリットの入った丈の短いスカート。

 夕張のスカートはスリットこそないが、上に着ている黒地のセーラー服は、丈足らずで胸下までしかなく、おへそを――というより、腹を世間にさらしている。

 見られている事に気づかれる程度の時間をかけて見た駿河は、大淀に視線を移した。

 大淀は、伝令の責任、管理責任、連帯責任、いずれに思い至ったのか、

 

「も、申し訳あ――」

 

 と、これ以上ないくらい蒼白な顔をした。

 

「そう言う事ではないんだがな。いい加減に、その敬礼を降ろせ」

 

 明石、夕張は、手刀打ちのごとく手を振り下ろして、あごを突き出すような直立不動をとった。

 前を向いているが、駿河と目を合わせたくないゆえの結果だろう。

 

「お前たちに、諜報活動は無理だな。やるなら、これくらいやれ」

「はい?」

「これくらい?」

 

 艤装槍を寄こすよう、駿河は龍田へ手を振った。

 

「いいけど。汚さないでね~」

「出てこい、槍で突かれたいか?」

 

 駿河は、受け取った龍田の艤装槍の石突きで、天井の一角を突いた。

 

「明石」

「うん。偶然じゃなかった。でもなんで?」

「私にもわからないよ」

「バリィ、顔が笑っているわよ」

「バリィじゃない。あんたこそ目を輝かせているわよ」

「だってさー」

「だよねー」

 

 反応がないとみるや、駿河は槍を持ち替え、天井を打ち抜く構えをとった。

 

「で、でます。待ってください」

 

 ガタガタッと慌てて何かが動くと、天井の一枚が外れる。

 天井に空いた穴から、もぞもぞと女性の足らしきものが、にゅっと垂れてきた。

 もたもたと、這い降りてきたのは、短いポニーテールにした髪と言葉遣いから、興味津々、元気印といった感じの女の子だ。

 着衣に埃が無い処を見ると、整備されて昨日今日ということは無く、以前より使われてきたのだろう。

 

「ども、恐縮です、青葉ですぅ! 一言お願い、アイタァ!」

「諜報活動は、生死を掛けて行え。馬鹿者」

 

 詫びれる事無く話し始めた青葉へ、駿河は、石突き近くの柄で頭をはたいた。

 

「痛いです」

「当たり前だ。馬鹿者」

「青葉ちゃん。なんで」

 

 間宮が、心配していいのか、怒っていいのか、判断に困ったのかオロオロとしながら、青葉に問いただした。

 

「いや~、失敗しましたね~。今まで、まったく気付かれなかったので。ちょおっと深入りしすぎたようです」

 

 青葉は、いかにもお茶らけた感じで間宮に答えてから、黙って自分を見る駿河へと顔を向ける。

 

「解体……ですよね。呉鎮守府でって……決めてたんだけどな……」

 

 青葉の諜報活動――盗み聞きは、明らかな厳罰だ。

 前提督なら、すぐさま解体処分としただろう。いや、雷撃処分としたかもしれない。

 駿河の人となりは、まだ分かっていない。

 分かっている事は、

 堅物そう。

 艦娘は人間ではない。と、明言した。

 天龍、龍田へ実力行使をはかろうとした。

 艦娘の戦闘力を、剥奪しよとしている。

 どう考えても、笑って許してもらえる要素はない。

 

「あ゛あ゛?」

 

 駿河は不機嫌さを隠さず、青葉へと唸った。

 

「失礼いたしました。どのような処分も甘んじてお受けいたします」

 

 唇を噛み締め、青葉は敬礼する。

 大淀、龍田、間宮、明石、夕張。

 特に、大淀、明石、夕張は、青葉との関係は希薄ではない。

 本当なら、弁明の一つでも行いたい処だが、青葉が行ったタイミングと、自分達がしでかした後といった後ろめたさから、口を開けないでいた。

 

「ほう」

 

 駿河が青葉へと歩み出す。

 青葉は、駿河を見る事が出来ず、ただ近づく靴を見詰める。

 

「それ、私の、なんだ、けど~。そろそろ返して、くれないかな~」

 

 龍田が駿河の背へ、絞り出すように言葉を掛ける。

 大淀、間宮、明石、夕張は、表現や思惑こそ違えど、『この人、凄い』と、心の中で声を上げた。

 

「取れ」

 

 駿河は背を向けたまま、槍先近くを左手で持ち、石突きを龍田の前へと突き出した。

 龍田から見れば、受け取ったと同時に、駿河の背を突くことが容易な状況だ。

 龍田は思う。駿河は、知っているはずだ。

 龍田の槍は、人間を傷つける事が出来る事を。

 前提督が絶対のルールと思っていた事は、龍田には、艦娘には、必ずしもその通りではない事を。

 歩くために振った左手の先――青葉を刺そうしたわけでは無い――槍刃が青葉へ向う光景に、龍田はあわてて槍を引き取る。

 

「あ」

 

 誰が発したのかは分からない。

 その声と同時に、駿河は青葉の前に立ち塞がっていた。

 

「え?」

 

 駿河は、さらに一歩進む。

 青葉の前を過ぎて横に立ち並ぶと、腰を曲げ、おもむろに青葉の背から腹へと腕を回した。

 

「え?」

 

 左腕で青葉を小脇に抱え、自身のズボンに通るベルトを左手で掴む。と、一気に体を起こした。

 地面から足が完全に離された事は分かったが、この後起きる事を、青葉は想像できないようだ。

 

「ふん!」

「え? アイタァ!」

 

 強烈な破裂音が室内に響く。

 青葉ので臀部(でんぶ)から、二度目の破裂音。

 

「アイタァ!」

 

 臀部の破裂音。青葉の悲痛。臀部の破裂音。青葉の悲痛。臀部の破裂音。青葉の悲痛。臀部の破裂音。青葉の悲痛。……。

 

「は?」

 

 本日の始業一時間に満たない間に、執務室は二度目の白けた空気に満たされていた。

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