「うわー、寸分違わず同じ場所に、手形がついてる」
「お猿さんだね」
「青葉、赤葉になっちゃいました」
屈みこんだ明石が、青葉のスカートの中を診断の名目で覗き見ていた。
想像を口にした夕張の言葉通りに、青葉のお尻は真っ赤だ。
「次は、覚悟しろ」
駿河は、事も無いと席へ戻る。
「おしりぺんぺん……」
間宮は、火照る両頬に手を添えて、呟いた。
冗談のような体罰だが、間宮の感性には羞恥を覚える体罰だったようだ。
「『見つかったら』――ね」
「『覚悟』って、どんな事に?」
龍田は値踏みをするように目を細め、大淀は自分のお尻を手で擦りながら、駿河が口にした言葉の一部を反すうする。
「それと、青葉」
「はい、痛いです」
「己の慢心を刻みつけておけ。馬鹿者」
「はい、恐縮です」
青葉は、今も自分のスカートの中を覗き込む明石の頭を、後ろ手にお尻から剥がして駿河へと続けた。
「いつに、なりますか」
「何がだ」
「解、体、の、時期……です」
毅然と切り出したが、先細りになった声に合わせ、向けた視線は下がっていった。
「まだ、叩かれ足りないのか。そこに手を付いて、ケツを出せ」
「も、もう十分です。大丈夫です」
「では、ここまでだ」
「でも」
「許される行為ではない」
青葉は、確認したことを後悔した。
「が、行為はともかく、聞かれたのはこの後皆へ話す予定の事だ」
大淀が、駿河の言葉を引き継ぐ。
「もし、内容が機密事項だったら……」
「数える数が、一つ減るだけだ」
駿河の言葉に、五隻は一斉に青葉を振り見た。
「たまたま?」
誰の呟きか、青葉は身をすくめる。
「青葉、あっちにもよく言っておけ」
「『あっち』ですか?」
駿河の問いに、あごに指を当てて青葉は体をよじる。
「気が付いて、なかったのか」
あっ、と大淀は駿河の意味する処を、察したようだ。
「まあいい。二度説明するのは面倒だが、先に理解させたほうが良いだろう。明石」
「はい」
「鋼材・ボーキサイト・弾薬・燃料を経口摂取する意味はあるか」
明石は、駿河の問いに、一度夕張と目を合わせた。
「ありますよ?」
何を当たり前の事を?
明石のイントネーションはそんな雰囲気だ。
間宮は、事の成り行きを呆然と見守っていたが、明石の言葉に目を見開く。
気付いたのだろう。先程まで、何を思っていたのかを。
再燃した憤りが、駿河を睨みつけさせる。
「聞き方が悪かったな。経口する必要はあるか」
明石は、刹那の疑問の後、駿河の意図する処を理解した。
「提督、すごいですね」
「ちょ、明石。失礼だよ」
「あ」
明石は「えと、あの、その」と、目を泳がせた。
明石の言葉をかみ砕いて言えば、『提督なのに、艦娘についてよく勉強していますね』と、いうことだ。
悪意がなかったしても、明らかに上官を馬鹿にした言葉だ。
「し、失礼いたしました!」
「明石、答えを」
駿河は、明石の態度を気に留めない。というより、そこに至りもしない。
「経口――食べる必要は、ありません」
「明石さん、本当に?」
「本当です、間宮さん。正確には、口から補給する事もできる。ですね」
間宮は手を胸前に組み合わせ、明石へと詰め寄った。
明石の言葉に驚いていないのは、夕張と、青葉の二隻。
夕張はともかく、青葉はさすがのパパラッチか。
「という事だ。事実を把握したからには、間宮」
「はい!」
「必要なだけの苦労をしてもらうぞ」
若干裏返った声で返事をした間宮に、駿河は崩すことの無かった顔の口角を片方を吊り上げ、牙をむくように間宮を見やった。
「悪い顔」
「た、龍田さん」
龍田の蛮勇に、大淀が反応した。
「はい、駿河」
執務室の電話が鳴った。
「はい、繋いで下さい。はい、駿河――」
電話が掛って来ることがわかっていたのか、駿河は滞りなく対応をしている。
部屋にいる艦娘達は、声をださないように互いに目でコンタクトを取り合う。電話の内容について思い当たるか、視線を絡めては、首をふった。
「――了解しました」
駿河は、室内の艦娘達に背を向けたまま、受話器を置いた。
「怒ってる? それとも、不機嫌?」
龍田の呟きは、駿河の一声に掻き消えた。
「さて、予定が詰まってきた。間宮」
「はいっ」
「〇八〇〇より食堂を開放する。既に、本日分の食材は用意してある。ただ、百の艦を満たすだけの量はない。何とかしろ」
「何とか……わかりました」
間宮は、駿河から一枚の紙を受取った。書かれているのは、今日の分とした食材の一覧だ。
「龍田」
「なあに~」
「〇八〇〇に食堂を開放する事で、待遇の変更に異議を唱える艦が出てくる」
「多分、そうなるわよね~」
「天龍と共に、それ押さえろ」
龍田の目がスーと、細められた。
「なんで、天龍ちゃんなのかな~?」
微笑の裏には、昨晩の出来事を思い出しているようだ。
「信用できないんでしょ」
報復。
龍田の頭の中には、それが浮かんだ。
補給は、何も食べる必要はない。それは分かった。間宮も説明に協力してくれるだろう。
では、実際の補給はどうなるのか?
それは、現状知らされていない。
そんな説明に、皆が承服するか?
一部の頭の固い連中の取る行動を、想像するのは容易い。
その矢面として、天龍をぶつける。
普通なら、天龍も抗議をする側だ。
しかし、秘書艦にさせられた龍田と、命令として指名された事を考えると、龍田は思う、『きっと無理しちゃうわよね』と。
結果、どうなるか。
二方からも、三方からもの板挟みになった困る天龍の出来上がり。
この配置は天龍だけでなく、龍田への嫌がらせも兼ねたものであり、つまり昨晩の報復なのではと。
「兵器として、現時信用していない」
駿河の言葉に、龍田は遠慮なく殺気を噴出させた。天龍の口癖を思い出しながら。
「だが、意見具申したのは天龍だけだ。常在戦場。この鎮守府で、戦場に立つものとして芯が入っていると、俺の前で示したのは、あいつだけだ」
龍田は、駿河の言葉を噛み締めると、そっと目を閉じた。
「そうね……天龍ちゃんが、適任かな~」
「一三〇〇にて、今後の補給要領や、直近の運営計画について、予定通りに話す」
「それだけで、頑張るのか~。大変ね~」
「秘書艦の、当然の負担だ」
駿河と龍田は、互いに目の隅に大淀を捉えていた。
「明石、夕張」
二隻の返事が重なる。
「今日の中で、お前達が一番働いてもらうぞ」
二隻の顔が、そろって赤みを失った。
「まず、この執務室に仮眠室を併設。各宿舎部屋に、自身の艤装を管理する場所を新設」
駿河は、明石、夕張を見た後、執務室の扉を見やってから、
「執務室正面廊下対面に、ちょっとした待機場所を作れ。腰を降ろし、茶が飲める程度には整えろ」
「あの」
肘を折り、申し訳ない程度に明石は手を上げる。
「なんだ」
「それは、何時までにでしょうか?」
「仮眠室は、今日中だ」
明石、夕張は、それぞれ『無理』『無茶』と、声に出さず、何とも言えない顔芸で駿河へアピールしているが、駿河は笑ってくれなかった。
「籠城や密談にも使われると考えろ。隠し扉や抜け道を作ってもいいが、極秘事項が漏えいした場合には、まっさきに設置責任を問われると思え。よく天秤にかけるんだな」
「籠城? 密談は何となく分かるんですが?」
「……夕張」
「はい!」
ため息交じりの駿河の呼びかけに、夕張は声を裏返らせた。
「常在戦場といっただろう。本来室内で着帽している事は、礼節に反する」
わかるな。と、駿河は室内の艦娘の目を、順に確認していく。
「なのに、なぜ多くの提督が建屋の中でも着帽しているか」
駿河は机に拳を突き立てた。
「簡単だ。ここが前線だからだ」
駿河は、夕張に向き直ると牙をむくように口を開いた。
「前線である以上、籠城も戦術として十分ありうる。そいう事だ」
「まあ、本当に悪い顔。噛みつかれてしまいそう」
夕張は、とっさに腕で顔前を庇う。
龍田の呟いた冷やかしは、まさに夕張の心情だった。
「色々試してみても、いいかしら?」
「バリィ、そういうことは面と向かって、はっきり言いなよ」
「無理に決まってるでしょ、明石っ」
「他には」
「えっと、艤装の管理場所についても、……今日中ですか?」
明石は、怖いものあえて聞くように尋ねた。
「そうできれば、素晴らしい――」
机の隅で、金平糖の小瓶を守るバリケードを設置制作している妖精達を、駿河は見やる。
「が、それは無理でも、無茶でもない。無謀だろう」
机の引出しの一つを、駿河は引き出す。
「急務ではない。とりあえずは、各部屋に保管できるスペースと什器の設置だ。将来的には、直接ドックとの自動相互輸送を考えている。今は、その都度自前で運んでもらう」
ひょいっ、と金平糖の小瓶を持ち上げると、引出しへと移動させた。
妖精達は、その小瓶に引きずられるように、作成したバリケードを持って、同じく引出しに、飛び込んでいく。
「それ、いいですね」
「発進シークエンスとか、燃えるね。明石」
「明石、執務室向かいの待機スペースについては、近日中で構わない」
「了解しました」
「また、扉に耳をつけて待つ。などという苦労をする者がでない内にな」
「りょ、了解しました!」
「いい返事だな。だが、まだ終わりじゃないぞ」
「へ?」
「本日、一三〇〇にキャブオールがこぞって来る。それの立会だ」
「補給物資の搬入の立会ですか?」
「そうだ。ただ、残念な事に搬出が主だ。それと間宮」
両手の指を折り、何やら思案中だった間宮へ、駿河は再び指示をだした。
「搬入には食材も含まれている。これに立ち合え。次の機会は、早くても一月後になる」
「それを確認して、一か月間の献立――運用計画を立てろ。という事でしょうか」
「そうだ。これが納品予定の一覧だ」
「失礼します。生鮮食品は、ほとんどないですね。缶詰、製粉、油……塩……味噌……」
「細かな調達は可能だが、そのリスト以上の物はないと考えろ」
「じゃあ、青葉はこの辺で――」
少しずつ少しずつ、関心を集めないように執務室の扉へと下がっていた青葉は、扉横にたどり着くと、安堵の息に合わせて退室を宣言した。
「何を言っている。お前にも仕事だ。ネゴシエーター」
「しまった」
青葉は両手首に走る衝撃に目を向けると、明石、夕張がそれぞれ掴んでいた。
――絶対逃がさないから~」
ピンクとメロンの声が重なった。
「あら~、それは私のセリフよ~」