三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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青葉、つかまっちゃいました

「青葉、つかまっちゃいました」

 

 両手を明石、夕張にガッチリつかまれた青葉は、頬を引きつらせている。

 

「青葉。近隣の漁業組合の顔役は、わかるな」

「え? あ、はい。わかりますけど?」

「この後すぐに出向いて、本日から三日間、漁を自粛するようアナウンスして来い」

「アナウンスですか? 通達ではなくてですか?」

「そうだ。お願いでも、命令でもない。お知らせだ」

「理由は、なんですか?」

「近海警戒を抜けてくる深海棲艦が増える――」

「え! 確かに定期的な猛攻が予想される時期ですが、こんなに早くから深海棲艦が活性化を?」

 

 大淀は、前のめりになって声を上げたが、駿河に見られると、直ぐに身をすくめる。

 深海棲艦は、一定期間の後、猛攻とも呼べる襲来を繰り返していた。

 それは日付がかわった瞬間に、前触れなく始まる。

 近くでは、年末前と、多くの提督が想定しているだろう。

 あと三週間程度後の事でも、誤差としてとらえる事が出来ないくらい認識が固定されているようだ。

 

「どこからの情報ですか」

 

 青葉は、すかさず駿河へ問いかけた。

 

「――らしい」

「『らしい』って」

 

 龍田が、駿河の言葉を繰りかえす。

 

「理由が必要なのだろう」

「青葉、ねつ造はちょっと」

「青葉……あんたね」

 

 青葉の言葉に、夕張が首を振りながら、心情を漏らす。

 

「確かに誇張してる処もあるけれど、無い事は書いてないよ」

 

 青葉が書く記事は、誹謗や中傷はほとんどない――まったくないわけでは無い――事実と見解と自己の感想は、別物として書き上げるスタイルだ。

 

「ある意味、事実だ。なぜなら当鎮守府は、本日より三日間、一切の作戦行動を停止するからだ」

「『停止』ですかぁ?」

「そうだ」

 

 青葉は、手帳とペンを当然と構える。

 

「初めに『資金が乏しくなる』と言ったが、正確には資材が枯渇する」

「明石、そうなの?」

「いや、私ちゃんと管理しているし。無理な建造を繰り返さなければ、問題はないはず」

「そうだよね。最近は建造をしてなかったから、結構資材溜まったよね?」

「何なに? どういう事ですかぁ? 青葉、きになります」

 

 大淀の問いかけに、明石は思い出すように腕を組んで答えた。

 夕張も、腑に落ちないと言葉にする。

 

「って、言ってるけれど~。それでもなのかしら?」

 

 秘書艦としての務めを意識してか、龍田は「うふふ」と場違いな笑みで、三隻の意見を駿河へと確認した。

 

「そうだ。備蓄された資材の殆どが無くなる。自分の試算では、本日も通常として作戦行動を行った場合――」

 

 窓から差し込む朝日を、雲が遮る。

 照明をつけていない室内は、誰の顔も黒く塗りつぶした。

 

「――艦娘を使い潰していく事になる」

「三日間じっとしていれば、それが回避できる?」

「検討に値する程度にはなるだろう」

 

 駿河と龍田のやり取りに、倉庫番の明石が割って入った。

 

「でも、なんでそんなに事に」

「豚野郎の置き土産だ」

 

 大淀が身を震わせたのを、駿河は目の端でとらえた。

 駿河は、乱れていない制帽のつばを、指でつまみ正す。

 

「前任の問題だと。ごねる事も出来るだろうが、後々面倒だ。ここで一気にかたをつける」

 

 眉間のしわを一つ増やして、駿河は続ける。

 

「話を戻すぞ。青葉、貴様に、二隻の同行を認める。当てがなければ、妙高と時雨を連れて行け。どちらも土地の者だ」

 

 青葉の腹と足を見て、駿河は続けた。

 

「行くときは、外套を借り受けて行け。海曹のをだ。話は通しておく。わかったな」

「はあ? 了解です?」

 

 それで終わりと、駿河は一度室内を見渡すと、何の意味か時間を尋ねた。

 

「大淀、今何時だ」

「え? あ、はい。〇七一五です」

 

 そこに居合わせる大淀以外の艦娘達は、総じてそれぞれの仕草で疑問を提起した。

 

「大淀、今は〇六四五だよ」

「でも、あの時計」

 

 明石の言葉に、大淀は壁に掛けられた手巻き時計に、目を向ける。

 確かに時計の針は七時十五分をさしていた。

 

「いや、あの時計の前に、体内時計があるでしょ?」

 

 大淀は、はっと目を見開いた。自身が何故そんな行動をとったのか。

 茫然として顔を伏せた。

 床にある駿河の足先が大淀の視界に映る。

 大淀は、あわてて身を起こして謝罪した。

 

「も、申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません」

 

 床に額を打ち付ける気負いで土下座をすると、大淀はひたすら謝罪を繰り返す。

 

「大淀」

 

 名を呼んでも謝罪を止めない大淀を、駿河は髪をつかむと、力任せに引き起こしす。

 

「立て」

「やだ――」

 

 小さく悲鳴を漏らす大淀に構う事無く、駿河はそう命じた。

 龍田は目を細め、間宮は叫びを抑えるように口へ手を当てている。

 さすがの青葉も、カメラを向けれないでいた。

 大淀が自分で立てないと見るや、駿河はソファーへと投げ離した。

 

「大淀!」

 

 明石と夕張が、大淀へと駆け寄る。

 明石は大淀の容体を確認していく横で、夕張はまなじりが裂けそうなほど見開いて、駿河を見た。

 

「なんだ」

 

 夕張が動く前に、明石が夕張の腕に手を添え、頭を小さく横に振る。

 

「必要な指示は以上だ。速やかに行動しろ。後、大淀」

 

 ソファーの上で大淀が跳ねる。

 

「俺に付き合え、鎮守府の中を確認する」

「今の大淀には無理です。点検する時間を下さい」

 

 駿河は、大淀だけを見た

 

「大淀、来れるな」

「……はい。お任せください」

「大淀!」

 

 顔を上げらないまま肯定する大淀に、明石は痛みを叫ぶように名を呼んだ。

 

「各自、持場につけ」

 

 駿河がそう号令をかける。

 が、結局大淀が立ち上がり、駿河と共に退室するまで、誰もそこを動かなかった。

 間もなく、龍田、間宮、青葉は既に退室し、今は明石、夕張が残っている。

 

「明石、どう思う」

「どうもこうもないよ。取りあえず今日中に仮眠室を作れなかったら、」

 

 明石は、髪とお尻をさする。

 

「考えたくない」

「わかんない」

「あ、それは秘密の扉」

「そうじゃなくて」

「じゃあこっち? こっちはユニットバスの向き。ジャグジーは無理だから、天井シャワーにしようかと思って」

「図面の見方じゃなくて!」

「私にもわからないよ」

 

 明石は図面に置く手の先、金槌やのこぎりを振り回す妖精達に目を向けた。

 

「大淀にあんな事を」

「本当、工廠へ連れて行きたかったな」

「でも、青葉には体罰だけだった」

「ご飯を食べさしてくれるみたいだけど、食事としての補給はなし」

「道具のように扱っているのけど、使い潰すのは嫌みたいだし」

「だけど、鎮守府の事とはいえ、こうやって建造に関わらない事なのに、妖精さん達は私達に、ううん。提督に手を貸している」

 

 夕張と明石は交互に言葉を重ねていく。

 

「本当に、わからないね」

「まあ、普通の人間じゃないよね。さっきも見たでしょバリィ」

「だ・か・ら、バリィって呼ぶな。昨日は何かの間違いかと思ったんだけどね」

「天龍の刀、龍田の槍。もう、間違いないよ」

 

 二隻は目を合わせ、無言で同じ見解を合わせた。

 

「伊勢さん、日向さん、あと叢雲」

 

 明石が指を折り数える。

 

「それに、武闘派勢は、気が付いたみたいだよ。明石」

「神通さんとか、那智さんとか、鍛練の名目で挑みそう」

「だね。あ、」

 

 夕張が、壁掛け時計を見て声を上げた。

 

「やばいよ明石、時間がない」

「そんなことは、言われなくても分かってるよ」

「違うの。そうじゃなくて」

「なによ」

「一三〇〇物資搬出に、立ち合うんでしょ」

「そうよ」

「あの言い方だと、結構な時間を取られる気がするんだけど」

「あ……」

 

 明石も夕張にならう様に、時計を見つめだす。

 

「待って。二時間。いえ、一時間半かかったとして……」

「『今日中』って言ったけど、二四〇〇までは今日中ですって、通じると思う?」

「バリィ、ご飯はお預けだよ」

「もう、バリィじゃ」

「はいはい。急ぐよ」

「もう」

 

 明石の言葉に同調するように、ヘルメットをかぶった妖精たち数十名が、『おー』とルビを振った片腕を掲げた。

 

 

 退室してから、それなりの時間が過ぎていた。

 駿河は、鎮守府内を黙々と歩く。右上、左上、左下、右下。視線を一定の規則に従わせながら。

 巨漢の駿河には不釣り合いなほど、歩幅を狭めている。

 その後ろを、正にすごすごと大淀が付き従う。

 提督の交代があったとはいえ、まだ十時間にも満たない。

 艦娘達には必要が無いとした、廊下、階段等の共用スペースは、明かりがさそうと、暗かろうと、一様に消灯されている。

 まあ、つけようと思っても、器具はあるが肝心の電球や蛍光灯がつけられていないから、どのみち無理なのだが。

 おもむろに駿河が、立ち止まる。

 大淀も一定の距離をとって立ち止まる。

 何をする事もなく立ち止まり続ける駿河に、大淀は指をせわしなく動かす。

 ついには、強い呼気を吐き出すようになった。

 

「大淀」

 

 駿河は振り返らずに名を呼んだ。

 返事は無い。

 自身の背中へと向けられる確かな意思がある。

 声がでないか。駿河はそう考えると、纏う空気を重くした。

 

「こい」

 

 歩調を早め、向かうべき場所が分かっているように、駿河は歩きはじめた。

 大淀は、突然歩調を変えた駿河に置いて行かれまいと、強張る足を懸命に進める。

 駿河が曲がる。

 窓が無い廊下。壁の左右には所々ダンボールが積まれている。

 照明がないせいで、一層暗くそこだけは常闇で、湿気を多く含む空気は、海底を連想させた。

 

「大淀、今何時だ」

 

 ダンボールを避けながら、先へ先へと駿河は大淀を引き連れ進む。

 その合間にただ聞いたと言わんばかりの投げやりな言葉。

 返事は無い。

 間違いなく大淀は付いてきている。その確信を持ったまま振り向からず、駿河は繰り返す。

 

「何時だ」

「〇、八、一五、です」

 

 駿河は黙想すると、左手首に巻かれた腕時計を見た。

 

「そうか」

 

 駿河が呟くのと同時に、大淀は混乱した。

 突然、背に強い衝撃を覚えたからだ。合わせて胸前にも。

 何がと慌てると、駿河が自身を壁に押しつけている事をやっと理解した。

 目だけで必至に許しを請うと、鼻先が触れ合うところに駿河の顔が来た。

 

「時間を掛ける処なのだろうがな」

「くっ」

 

 駿河は大淀の左胸を指を立てて鷲掴むと、左手をスカートの右スリットの内後ろへと差し込み、五指を肉へと沈みこませた。

 大淀から、苦痛が漏れる。

 

「乱暴だが、付き合ってもらう」

 

 股の間に差し込まれた駿河の足が、大淀につま先立ちを強いる。

 大淀の浮いた踵が、細かく上下に震える。

 

「拒否権は無い。どこがいい?」

「私の部屋に……同室が居ません。この……先……の――」

 

 駿河の耳元で、そうささやく。

 

「わかった」

 

 駿河が離れるに合わせ、大淀は一際強く呻くと、床へとへたり込んだ。

 大淀を俵抱きに抱え上げると、駿河は一人の時と変わらぬ足取りでそのまま通路の奥へと消えた。

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