三五三鎮守府の軌跡―救済には悪意をもって   作:多々良ひつじ

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 伊8について、地の文では“はち”が埋もれて読みにくいため、あえて“ハチ”と表記しています。


【集会】12月1日
間もなく十時か


「間もなく十時か」

 

 仮眠室の進捗状況の確認をしようと、制服を整えながら駿河は執務室に続く廊下を進んでいた。

 特に大きな喧噪は聞こえてこない。

 龍田と天龍の二隻は、やれたようだな。

 駿河は、そう考えた。

 

「なにがあった、龍田」

「やぁんっ♪ 私の後ろから急に話しかけると危ないですよ~?」

 

 鎮守府中央の大階段、その踊り場で、龍田は階段下を見つめて立っていた。

 上階廊下を歩いていた駿河からは、龍田の背を見る格好だ。

 

「あのね~」

 

 耳に掛かる髪をかき上げながら、龍田は駿河へ振り向く。

 駿河の姿を確認すると、捻って向けた上半身が、わずかに駿河へ傾いた。

 

「……なんで、何かある前提なのかな?」

 

 が、直ぐにのけ反らせて、わずかな距離をとった。

 斜に構えて見上げているせいか、龍田の目つきは剣呑な雰囲気を醸し出しているように見える。

 

「ただ居るだけなら、手すりに寄りかかっているだろう。貴様はしていなかった」

 

 逆に駿河は、正に見下すような恰好だ。

 

「まだ一日も経っていないのに~、随分と私の事をわかっているのね?」

 

 龍田は微笑を向けながら、粘度のある声向ける。

 

「多くの者はそうするだろう。それを基準に、外れた処を拾っていく。管理の基本だ」

「へ~」

 

 そこにいる全員を管理する事は、難しい。

 しかし、多数を網羅する枠を設定し、そこからはみ出た処に意識を向けていれば、全員を管理する事と、およそ等しくなる。

 駿河は、そう考えているようだ。

 

「な~んだ~。私に興味があったわけじゃないのね~。残念」

「馬鹿者」

 

 気持ちあごを突き出して、龍田は駿河の言葉を受け止めた。

 

「そうよね~」

「興味が無かったら、秘書艦を任せるわけがないだろう」

「あら~?」

 

 龍田は、一度駿河に背を向けて、首に引かれた赤い線をなぞると、直ぐに向き直る。

 

「……ありがと。天龍ちゃんには内緒にしてね? あの子すぐに拗ねちゃうから」

「で、どうした」

「それがね~」

 

 龍田の報告では、駿河の想定通り、朝の大食堂は荒れた。

 しかし、食事が振舞われた事――艦娘によっては、初めての食事だったようだ。

 天龍を慕う駆逐艦達も宥めるのに協力した事――ビッグセブンの一角は、張り切って天龍の味方というか、駆逐艦の味方をしたらしい。

 各艦種代表とも言える艦娘等が、沈黙した事――騒ぐ姉妹には、怒声を上げたようだが。

 何よりも、どんな形にしろ休む時間がとれた事――遠征組の一部は、『じっとしていられないな』と、青葉化したとかなんとか。

 のような事があり、荒れたはしたが、十三時の緊急集会まで全艦待機の命令に、おおむね従う事になった。

 おおむね――

 

「――潜水艦組がね~、出撃するって聞かないのよ~」

「虚偽……いや、罠――か」

 

 駿河は夜通し確認した書類群の中、日付の、時間の途切れがない、大量の出撃報告書を思い出す。

 

「天龍ちゃんは駆逐艦の子たちの面倒を見てもらっているから~、悪いと思ったけど、明石と夕張に頑張ってもらっている処」

 

 悪びれる処を見せない龍田を、駿河はただ眺めた。

 

「え? 私? 私は潜水艦が、ちょっと鬼門だわ~」

 

 だからの明石たちへの応援要請であり、俺を探していたのだろうな。

 駿河は自身の考えていた通りの内容に、素直に頷く。

 

「案内を」

「ごめんね~」

 

 龍田は、駿河がついて来ている事を確認せず、そのまま階段を下り進む。

 

「この先だよ~」

 

 会話も無く進んでいると、不意に龍田が声を掛けた。

 振り向きもしないで話す龍田は、遠目には独り言のように映るだろう。

 

「龍田」

「なにかな~?」

「貴様には――」

「がっかりした?」

 

 龍田は振り向かない。

 

「――秘書艦を続けてもらう」

「どう言う事」

 

 龍田は振り向かない。が、足を止めた。

 

「任務を全う出来なかったのに? 天龍ちゃんとの時間を取らせない嫌がらせ?」

「貴様は、向き不向き、やれた事、やれなかった事もだが」

 

 駿河が立ち止まる龍田を追い抜き、背を向けて止まった。

 

「助けを求める事が出来るからだ」

 

 背を向けたままの駿河は、龍田の顔を見る事は当然叶わない。

 

「なによそれ……」

「どっちだ」

「……二つ先の部屋」

「そうか」

 

 龍田の呟きを、駿河は聞こえていないようだった。

 間もなく、件の部屋前へとたどり着いた。

 教えられ事も無かったな。

 駿河は胸の中でため息をつく。

 

「騒々しい」

 

 声を掛けることなく、引き戸をずらして駿河は入室した。

 室内手前に居た明石と夕張は、駿河の顔を認めると、

 安堵の息を吐き、

 なにかを思い出したのか、目を見開かせ、

 互いの顔を見合わせると、

 露骨に肩を落とした。

 

「明石、報告を」

 

 室内には、三段ベッドが壁に一組、備え付けられている。壁にかかる名札の数には、まったく釣り合っていない。

 明石、夕張と対峙するように並んだ艦が、七隻。

 皆、スクール水着によく似た格好をしている。

 そして、それ以外の衣服をほぼ身に着けていない。

 着けているとしてもセーラー服を上だけ――『スカートはどうした』と、言われる格好だ――か、ニーソックス――何の機能が?――だ。

 

「行くんでち!」

 

 一つ極端に跳ねあがったピンク色のショートヘアに、桜の花をあしらった髪留めをさした少女が、肩で息をしながら叫ぶ。

 

「でち、でち」

「でっち! 大人しく待って、てば!」

「でっちじゃないでち。ゴーヤでち」

 

 その後ろにいた二隻も、語尾をそろえて同意を示す。引き戸に向おうとするそれらを、明石が「また~」と妖精の応援も貰って、押しとどめに行く。

 

「同艦か」

 

 駿河は、叫ぶ艦と同意する二隻が、全く同じ容姿をしている事を認めると、そう呟いた。

 

「ああ、もう」

 

 夕張は二隻の腰に腕を回して必死に留める。

 

「これは、罠なのね」

「イク、行くの!」

 

 こちらも同じ顔、体だ。

 毛先をピンク色になっていく青紫色の髪を両サイド、後ろと、三ケ所をまとめ、その左右の髪留めは大きな花弁二枚が羽のように開く。

 実に賑やかな髪型をしている。

 夕張の腕が腹に食い込んでいる事もあるが、二隻の胸はスクール水着で過ごすに、公序良俗に反していると言われるかもしれない。

 

「あまり好きじゃないけど、仕方ない」

 

 押し相撲を繰り広げる横を、眼鏡をかけた金髪碧眼の艦娘が、駿河へと四つん這いで近づいてきた。

 

「グーテンターク……あ、違った、ごめんなさいね」

 

 なぜ白いニーソックスが必要なのか。

 駿河は未だ繰り返す自問をしながら、四つん這い白ニーソックスの同艦は居ないか探す。が、確認できない。

 目の前まで来ると、スクっとそれは立ち上がった。

 身に着けたスクール水着の胸元には、横に引きつった『イー8』の文字。

 

「伊8か」

「『はち』と呼んでくださいね」

「なんだ」

「提督、本当に出撃をしなくても良いのですか?」

 

 ハチは、言葉よりももっと細かく、音を選ぶように、慎重に声を並べる。

 

「そうだ」

「嘘でち!」

「あの顔は、悪い事を考えてる顔なの!」

 

 駿河は牙をむくように、口を開く。

 

「俺が善人に――」

「この提督が、善人なわけないでしょ!」

 

 ゴーヤ達を止めるのに必死になりすぎたのか、明石は魂の叫びをあげていた。

 

「ほう、明石。随分と、良い空気を吸っているみたいだな」

 

 大声を上げたわけでもないのに、地面をつたわるように、駿河の声が広がる。

 それまで、ギャーギャーとの表現が“正に”とした喧噪が一変、息遣いも遠慮する静けさに包まれた。

 

「確かに、俺は善人ではない。悪である事を自認している」

 

 ゴーヤ達が抵抗をしていないにも関わらず、明石は自身の頭を、彼女たちの腰の間に埋もれさせたまま離れない。

 

「済まないな。まだ間もない間柄と遠慮したが、どうやらお前とは気兼ねなくやっていけそうだな」

「うっ、うぇ……」

「吐くなら、人の後ろに隠れないで欲しいでち」

 

 頭どころか、盾にするようにゴーヤ達の後ろへ逃げた明石は、よほどのストレスからか、口を押えて体を折り曲げている。

 

「司令官。結局のところ、出撃はしなくていいのよね?」

 

 赤い瞳に赤い髪。ポニーテールと、右に一房紐で纏めた髪型が目を引く少女が、駿河の前、はちと並ぶ。

 胸元に名前が縫い付けてあるんだろうが、残念ながらと言って良いか、セーラー服を上からきているため、読み取ることが出来ない。

 

「それ以外に、なんと聞こえた。伊168」

 

 イムヤとハチは互いに顔を見合わせて、嘘か本当か決めあえいでいる。

 また騒ぎはじめる予兆を見せる潜水艦――当然のイクとゴーヤ達だが――に、駿河は事も無く言った。

 

「脱げ」

 

 誰も駿河の発言を理解できないようだ。

 ハチが、自身の水着の肩ひもを引き上げて、「これ?」と意思表示をした。

 

「そうだ、脱げ」

「な、なんで?」

 

 イムヤが、自分の胸を抱きしめながら、駿河から一歩二歩と後ずさる。

 

「いくら言っても時間の無駄だからだ」

「明石じゃないけど、本当に知っているよね」

「褒め言葉だと受取っておこう。夕張」

「失礼しましたー!」

「さっさとしろ」

 

 再び、イムヤとハチは顔を見合わせた。

 

「今、ここで。ですか?」

「二度言わせるな。はち」

 

 三度、イムヤとハチは顔を見合わせた。違っているのは、ため息が追加された事くらいだ。

 イク、ゴーヤ達の元へ二隻は向う。

 そろったところで、セーラー服や、ニーソックスを脱ぎ始めた。

 が、イムヤが水着の肩ひもに手を掛けたところで、未だ室内にいる駿河を見た。

 潜水艦達が脱ぐのを、ただ黙して駿河は見ている。

 イムヤが明石を見ると、明石は首を激しく左右に振り、嗚咽に口を押えた。

 ならば夕張にと視線を合わせる。

 大きく見開くと、空気さえ出ているか怪しい口笛を吹いてそっぽを向く始末。

 ほとぼりが冷めたかと、夕張は横目に視線を戻せば、イムヤは変わらず見つめていた。

 

「提督、提督」

「なんだ、夕張」

「そこで見ていると、皆着替え辛いかな~。なんて」

 

 駿河に顔を向けてそう切り出したが、尻つぼみになる声に合わせて、駿河から顔を背けていく。

 

「だからなんだ」

「……なんでもありません」

 

 夕張は泣きそうな顔で、イムヤ達にひれ伏すように床へ頭を付けた。

 ハチのため息に合わせて、それぞれにおずおずと動き始める。

 皆、駿河に背を向けて脱いでいる中、二隻のイク――イクイクは、なんの躊躇もなく水着を脱ぎ捨てた。

 胸と前を手で隠す。

 手が足りない後ろを気にしてか、潜水艦達は、壁に背をつけて、並んだ。

 ただし、何所も隠さず、楽しそう……嬉しそうに息を荒げているイクイクは、除く。

 イムヤは見上げるようにして、ハチは見下げるようにして、駿河へ遠慮なく不愉快さをぶつける。

 ゴーヤ達は、「ロリコンでち」「変態でち」「ハアハア言うでち」と、別のベクトルでご立腹だ。

 

「明石」

「うぇっ」

 

 駿河に名を呼ばれた明石は、吐き気で返事をした。

 

「装備を回収しろ。今日から三日間、お前が管理するんだ」

「私……ですか」

「そうだ」

「皆で押さえつければ、奪えるかもでち」

 

 ゴーヤたちが、何やら作戦会議を開いている。

 

「手が足りないと思うなら、仲間に助けを乞え」

「でも、夕張も、大淀も、忙しいですし」

「馬鹿者」

 

 明石は、駿河の声に冷気を感じた。

 

「お前の仲間は、夕張に大淀だけか」

「いえ、そういうわけでは……」

「お前の前に並ぶ者は、仲間じゃないのか」

「え?」

「あいつらは敵か?」

「あ」

「わかったか。わかったら動け」

 

 駿河と明石の会話だが、夕張とハチは、何故か心臓を掴まれたように感じた。

 

「夕張、代わりの服を至急用意しろ。体を隠せればそれでいい」

「え? はい」

「なんだ」

「着る物をくれるでちか?」

「裸でいたいのか?」

「イクはそれでもいいのね。ちょ~と、興奮するのね」

「イクは黙っているでち」

「以上だ」

 

 駿河は、水着を回収した明石が部屋を出るのを見送ることなく、先に退室した。

 水着を抱き集める明石、床にひれ伏したままの夕張、裸の自身を抱き隠すイムヤとハチは、辻褄の合わない駿河の行動に、困惑していた。

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