間もなく十時か
「間もなく十時か」
仮眠室の進捗状況の確認をしようと、制服を整えながら駿河は執務室に続く廊下を進んでいた。
特に大きな喧噪は聞こえてこない。
龍田と天龍の二隻は、やれたようだな。
駿河は、そう考えた。
「なにがあった、龍田」
「やぁんっ♪ 私の後ろから急に話しかけると危ないですよ~?」
鎮守府中央の大階段、その踊り場で、龍田は階段下を見つめて立っていた。
上階廊下を歩いていた駿河からは、龍田の背を見る格好だ。
「あのね~」
耳に掛かる髪をかき上げながら、龍田は駿河へ振り向く。
駿河の姿を確認すると、捻って向けた上半身が、わずかに駿河へ傾いた。
「……なんで、何かある前提なのかな?」
が、直ぐにのけ反らせて、わずかな距離をとった。
斜に構えて見上げているせいか、龍田の目つきは剣呑な雰囲気を醸し出しているように見える。
「ただ居るだけなら、手すりに寄りかかっているだろう。貴様はしていなかった」
逆に駿河は、正に見下すような恰好だ。
「まだ一日も経っていないのに~、随分と私の事をわかっているのね?」
龍田は微笑を向けながら、粘度のある声向ける。
「多くの者はそうするだろう。それを基準に、外れた処を拾っていく。管理の基本だ」
「へ~」
そこにいる全員を管理する事は、難しい。
しかし、多数を網羅する枠を設定し、そこからはみ出た処に意識を向けていれば、全員を管理する事と、およそ等しくなる。
駿河は、そう考えているようだ。
「な~んだ~。私に興味があったわけじゃないのね~。残念」
「馬鹿者」
気持ちあごを突き出して、龍田は駿河の言葉を受け止めた。
「そうよね~」
「興味が無かったら、秘書艦を任せるわけがないだろう」
「あら~?」
龍田は、一度駿河に背を向けて、首に引かれた赤い線をなぞると、直ぐに向き直る。
「……ありがと。天龍ちゃんには内緒にしてね? あの子すぐに拗ねちゃうから」
「で、どうした」
「それがね~」
龍田の報告では、駿河の想定通り、朝の大食堂は荒れた。
しかし、食事が振舞われた事――艦娘によっては、初めての食事だったようだ。
天龍を慕う駆逐艦達も宥めるのに協力した事――ビッグセブンの一角は、張り切って天龍の味方というか、駆逐艦の味方をしたらしい。
各艦種代表とも言える艦娘等が、沈黙した事――騒ぐ姉妹には、怒声を上げたようだが。
何よりも、どんな形にしろ休む時間がとれた事――遠征組の一部は、『じっとしていられないな』と、青葉化したとかなんとか。
のような事があり、荒れたはしたが、十三時の緊急集会まで全艦待機の命令に、おおむね従う事になった。
おおむね――
「――潜水艦組がね~、出撃するって聞かないのよ~」
「虚偽……いや、罠――か」
駿河は夜通し確認した書類群の中、日付の、時間の途切れがない、大量の出撃報告書を思い出す。
「天龍ちゃんは駆逐艦の子たちの面倒を見てもらっているから~、悪いと思ったけど、明石と夕張に頑張ってもらっている処」
悪びれる処を見せない龍田を、駿河はただ眺めた。
「え? 私? 私は潜水艦が、ちょっと鬼門だわ~」
だからの明石たちへの応援要請であり、俺を探していたのだろうな。
駿河は自身の考えていた通りの内容に、素直に頷く。
「案内を」
「ごめんね~」
龍田は、駿河がついて来ている事を確認せず、そのまま階段を下り進む。
「この先だよ~」
会話も無く進んでいると、不意に龍田が声を掛けた。
振り向きもしないで話す龍田は、遠目には独り言のように映るだろう。
「龍田」
「なにかな~?」
「貴様には――」
「がっかりした?」
龍田は振り向かない。
「――秘書艦を続けてもらう」
「どう言う事」
龍田は振り向かない。が、足を止めた。
「任務を全う出来なかったのに? 天龍ちゃんとの時間を取らせない嫌がらせ?」
「貴様は、向き不向き、やれた事、やれなかった事もだが」
駿河が立ち止まる龍田を追い抜き、背を向けて止まった。
「助けを求める事が出来るからだ」
背を向けたままの駿河は、龍田の顔を見る事は当然叶わない。
「なによそれ……」
「どっちだ」
「……二つ先の部屋」
「そうか」
龍田の呟きを、駿河は聞こえていないようだった。
間もなく、件の部屋前へとたどり着いた。
教えられ事も無かったな。
駿河は胸の中でため息をつく。
「騒々しい」
声を掛けることなく、引き戸をずらして駿河は入室した。
室内手前に居た明石と夕張は、駿河の顔を認めると、
安堵の息を吐き、
なにかを思い出したのか、目を見開かせ、
互いの顔を見合わせると、
露骨に肩を落とした。
「明石、報告を」
室内には、三段ベッドが壁に一組、備え付けられている。壁にかかる名札の数には、まったく釣り合っていない。
明石、夕張と対峙するように並んだ艦が、七隻。
皆、スクール水着によく似た格好をしている。
そして、それ以外の衣服をほぼ身に着けていない。
着けているとしてもセーラー服を上だけ――『スカートはどうした』と、言われる格好だ――か、ニーソックス――何の機能が?――だ。
「行くんでち!」
一つ極端に跳ねあがったピンク色のショートヘアに、桜の花をあしらった髪留めをさした少女が、肩で息をしながら叫ぶ。
「でち、でち」
「でっち! 大人しく待って、てば!」
「でっちじゃないでち。ゴーヤでち」
その後ろにいた二隻も、語尾をそろえて同意を示す。引き戸に向おうとするそれらを、明石が「また~」と妖精の応援も貰って、押しとどめに行く。
「同艦か」
駿河は、叫ぶ艦と同意する二隻が、全く同じ容姿をしている事を認めると、そう呟いた。
「ああ、もう」
夕張は二隻の腰に腕を回して必死に留める。
「これは、罠なのね」
「イク、行くの!」
こちらも同じ顔、体だ。
毛先をピンク色になっていく青紫色の髪を両サイド、後ろと、三ケ所をまとめ、その左右の髪留めは大きな花弁二枚が羽のように開く。
実に賑やかな髪型をしている。
夕張の腕が腹に食い込んでいる事もあるが、二隻の胸はスクール水着で過ごすに、公序良俗に反していると言われるかもしれない。
「あまり好きじゃないけど、仕方ない」
押し相撲を繰り広げる横を、眼鏡をかけた金髪碧眼の艦娘が、駿河へと四つん這いで近づいてきた。
「グーテンターク……あ、違った、ごめんなさいね」
なぜ白いニーソックスが必要なのか。
駿河は未だ繰り返す自問をしながら、四つん這い白ニーソックスの同艦は居ないか探す。が、確認できない。
目の前まで来ると、スクっとそれは立ち上がった。
身に着けたスクール水着の胸元には、横に引きつった『イー8』の文字。
「伊8か」
「『はち』と呼んでくださいね」
「なんだ」
「提督、本当に出撃をしなくても良いのですか?」
ハチは、言葉よりももっと細かく、音を選ぶように、慎重に声を並べる。
「そうだ」
「嘘でち!」
「あの顔は、悪い事を考えてる顔なの!」
駿河は牙をむくように、口を開く。
「俺が善人に――」
「この提督が、善人なわけないでしょ!」
ゴーヤ達を止めるのに必死になりすぎたのか、明石は魂の叫びをあげていた。
「ほう、明石。随分と、良い空気を吸っているみたいだな」
大声を上げたわけでもないのに、地面をつたわるように、駿河の声が広がる。
それまで、ギャーギャーとの表現が“正に”とした喧噪が一変、息遣いも遠慮する静けさに包まれた。
「確かに、俺は善人ではない。悪である事を自認している」
ゴーヤ達が抵抗をしていないにも関わらず、明石は自身の頭を、彼女たちの腰の間に埋もれさせたまま離れない。
「済まないな。まだ間もない間柄と遠慮したが、どうやらお前とは気兼ねなくやっていけそうだな」
「うっ、うぇ……」
「吐くなら、人の後ろに隠れないで欲しいでち」
頭どころか、盾にするようにゴーヤ達の後ろへ逃げた明石は、よほどのストレスからか、口を押えて体を折り曲げている。
「司令官。結局のところ、出撃はしなくていいのよね?」
赤い瞳に赤い髪。ポニーテールと、右に一房紐で纏めた髪型が目を引く少女が、駿河の前、はちと並ぶ。
胸元に名前が縫い付けてあるんだろうが、残念ながらと言って良いか、セーラー服を上からきているため、読み取ることが出来ない。
「それ以外に、なんと聞こえた。伊168」
イムヤとハチは互いに顔を見合わせて、嘘か本当か決めあえいでいる。
また騒ぎはじめる予兆を見せる潜水艦――当然のイクとゴーヤ達だが――に、駿河は事も無く言った。
「脱げ」
誰も駿河の発言を理解できないようだ。
ハチが、自身の水着の肩ひもを引き上げて、「これ?」と意思表示をした。
「そうだ、脱げ」
「な、なんで?」
イムヤが、自分の胸を抱きしめながら、駿河から一歩二歩と後ずさる。
「いくら言っても時間の無駄だからだ」
「明石じゃないけど、本当に知っているよね」
「褒め言葉だと受取っておこう。夕張」
「失礼しましたー!」
「さっさとしろ」
再び、イムヤとハチは顔を見合わせた。
「今、ここで。ですか?」
「二度言わせるな。はち」
三度、イムヤとハチは顔を見合わせた。違っているのは、ため息が追加された事くらいだ。
イク、ゴーヤ達の元へ二隻は向う。
そろったところで、セーラー服や、ニーソックスを脱ぎ始めた。
が、イムヤが水着の肩ひもに手を掛けたところで、未だ室内にいる駿河を見た。
潜水艦達が脱ぐのを、ただ黙して駿河は見ている。
イムヤが明石を見ると、明石は首を激しく左右に振り、嗚咽に口を押えた。
ならば夕張にと視線を合わせる。
大きく見開くと、空気さえ出ているか怪しい口笛を吹いてそっぽを向く始末。
ほとぼりが冷めたかと、夕張は横目に視線を戻せば、イムヤは変わらず見つめていた。
「提督、提督」
「なんだ、夕張」
「そこで見ていると、皆着替え辛いかな~。なんて」
駿河に顔を向けてそう切り出したが、尻つぼみになる声に合わせて、駿河から顔を背けていく。
「だからなんだ」
「……なんでもありません」
夕張は泣きそうな顔で、イムヤ達にひれ伏すように床へ頭を付けた。
ハチのため息に合わせて、それぞれにおずおずと動き始める。
皆、駿河に背を向けて脱いでいる中、二隻のイク――イクイクは、なんの躊躇もなく水着を脱ぎ捨てた。
胸と前を手で隠す。
手が足りない後ろを気にしてか、潜水艦達は、壁に背をつけて、並んだ。
ただし、何所も隠さず、楽しそう……嬉しそうに息を荒げているイクイクは、除く。
イムヤは見上げるようにして、ハチは見下げるようにして、駿河へ遠慮なく不愉快さをぶつける。
ゴーヤ達は、「ロリコンでち」「変態でち」「ハアハア言うでち」と、別のベクトルでご立腹だ。
「明石」
「うぇっ」
駿河に名を呼ばれた明石は、吐き気で返事をした。
「装備を回収しろ。今日から三日間、お前が管理するんだ」
「私……ですか」
「そうだ」
「皆で押さえつければ、奪えるかもでち」
ゴーヤたちが、何やら作戦会議を開いている。
「手が足りないと思うなら、仲間に助けを乞え」
「でも、夕張も、大淀も、忙しいですし」
「馬鹿者」
明石は、駿河の声に冷気を感じた。
「お前の仲間は、夕張に大淀だけか」
「いえ、そういうわけでは……」
「お前の前に並ぶ者は、仲間じゃないのか」
「え?」
「あいつらは敵か?」
「あ」
「わかったか。わかったら動け」
駿河と明石の会話だが、夕張とハチは、何故か心臓を掴まれたように感じた。
「夕張、代わりの服を至急用意しろ。体を隠せればそれでいい」
「え? はい」
「なんだ」
「着る物をくれるでちか?」
「裸でいたいのか?」
「イクはそれでもいいのね。ちょ~と、興奮するのね」
「イクは黙っているでち」
「以上だ」
駿河は、水着を回収した明石が部屋を出るのを見送ることなく、先に退室した。
水着を抱き集める明石、床にひれ伏したままの夕張、裸の自身を抱き隠すイムヤとハチは、辻褄の合わない駿河の行動に、困惑していた。