桐生が中学生の頃の、ヤンキー全開のお話し。

芭月涼=「シェンムー」PS4発売記念に、シングルカットしました(笑)。

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昔話~国一抗争

昔話~国一抗争

 

 

 

 養護施設アサガオ前の海岸に、桐生と大吾は缶ビールを片手に座り込んでいた。

 二人とも、アロハシャツに短パンビーサンという、極めてラフな格好である。

 沖縄の観光開発プロジェクトの一環で、アサガオのある辺りも、リゾート開発プランの中に含まれているのだが、大吾は真っ向から地上げにストップを掛けている。今回は視察という名目で、大吾はお忍びで沖縄へやって来ていた。今日の朝いちの便でこちらに来て明日には東京にとんぼ返りの弾丸ツアーではあるが、東城会での様々な雑務に明け暮れる毎日から、ほんの一日離れるだけでも、大吾にとってはリフレッシュ出来る非常に有意義な時間であった。

 目前には無人のビーチが広がり、大海原には今まさに太陽が沈もうとしている。神室町のコンクリートジャングルを見慣れた目には、兎に角新鮮で心地良い。

 足下には、オリオンビールの五百ミリの空き缶が十個、握り潰されて転がっている。二人が手にしている二つで、丁度二パック呑んだことになる。

 二人で海を眺めてぼんやりとしている間に、桐生は子供時代の事を問わず語りに話し始め、たった今話しに一段落が着いたところだった。

「ま、そんな話しもあったって事さ」

 桐生がそう言って空のビールの缶を握り潰した所へ、新しい、良く冷えた一パックの缶ビールを持って、遥がやって来た。今度は、大吾がここへ来る途中で調達して来た、キリンラガーだった。桐生はそれを受け取ると、一本引き抜いた。

「二人っきりで何話してるの?」

 遥の問いに、桐生はビールの栓を開けながら、呟くように答えた。

「昔話さ」

「私も聞きたいな、昔話」

 遥はそう言うと、大吾が気を利かせて少し空けた二人の間に座り込んで、ペプシコーラの栓を開けた。

「俺の昔話は殺伐としたものばかりだぞ」

「いいよそれでも。慣れちゃったし」

 そう答えた遥の言葉に、最後の一口を飲み干そうとしていた大吾は、思わずビールを吹き出してしまった。

「あ、ごめん遥ちゃん」

「笑うな、大吾」

 桐生は大吾を軽く睨みつけた。

「ねえおじさん、大吾さんには、雑古隊長のお話したの?」

「ああ、丁度その話しをしてた所だ」

「何だ桐生さん、遥ちゃんにもその話、聞かせたんですか?」

 大吾はまた吹き出してしまった。

「アサガオの皆は聞いてるよ。雑古隊長の話は、おじさんの十八番だもんね」

 遥がそう言うと、その言葉を聞きつけた太一が、満面の笑顔で走り寄って来た。

「おじさん、雑古隊長の話、また聞かせてくれるの?」

 さらにその声を聞きつけて、他の子ども達までが集まって来た。

「いや」桐生は、一息間を空けて、話を続けた。「今日は、ちょっと違う話をしてやろう。俺が中学を卒業する前に、横浜で『国一抗争』って言われた、不良同士の大喧嘩があってな。そん時のことなんだが……」

 

           ×

 

 昭和五十八年(1983)、鎌倉市立第一中学校には、二つの不良グループがあった。一つは、現在三年生の河野が番を張っている通称”河野組”で、卒業すると暴走族「疾風」か東城会でヤクザになるか、というグループ。もう一つは、メンバーは六人だけだが、根性の入った走り屋集団「ヨコハマロードスター」。

 この二つのグループは、学校の中で何とか均衡を保っていた。それは、どのグループにも属さない、しかもそのグループを脅かす程の二組の実力者が居たからである。一組は、鎌倉の古流道場・結城武館の息子、結城晶。もう一組は、気が向けば族狩りを行い、大概は壊滅状態に追い込む為に、一部の暴走族達からは「ダブルタイフーン」と恐れられた、桐生一馬と錦山彰の二人であった。

 

「おい、桐生、錦山」

 体育祭も終わり、そろそろ秋も深まってこようという頃に、河野が声を掛けて来た。

「何だよ河野。俺達に随分と馴れ馴れしく口を利くじゃねぇか」

 錦山が、冗談めかして凄んで見せた。因みに河野とは、この三人が小学校六年生の時からの、浅からぬ因縁のある仲である。

「それは言いっこ無しにしてくれよ」河野は下卑た笑いを浮かべた。「あのよぉ、モノは相談なんだが……」

「断る」

 何も聞かずに、桐生は決めつけた。桐生は、この男を信用していなかった。しょうもない厄介事を持ち込まれたのでは、風間のおじさんに申し訳が立たない。そんな事も考えていたからだ。

「おいおい、ちょっと待ってくれよ」河野はあからさまに慌てた。「東城会に迷惑を掛けたくないってんだろ?判ってるよ。まあ、この件は、多少東城会に関わっていなくもないんだぜ」

「持って回った言い方だな」錦山は鼻で笑った。「俺達みたいな中坊が、どんな関係があるってんだ?」

「それが結構大ありかもよ」河野は少し声のトーンを落とした。「もしかしたら、横浜全体に影響を与え兼ねねぇ事態なんだよ」

 それを聞いて、桐生は少し表情を硬くした。

「穏やかじゃねぇな。ちょっと場所を変えるか」

 

 

 三人は、北校舎の屋上に出て来た。ここは、桐生と錦山、そして一年生の田中シンジの憩いの場として、教師ですら入ってこられない一種の聖域となっていた。当然、授業はボイコットである。三人は、河野のセブンスターを分け合い、紫煙をくゆらした。

「で、横浜全体って話は、どういうこった?」

「ああ」河野はひとつ大きく煙を吐き出すと、言葉を続けた。「最近、国道一号線が、何だかきな臭ぇんだ」

「きな臭ぇ?」桐生と錦山は声を揃えて問い直した。「きな臭ぇってどう言うこった?」

「お前ら、『横浜狂走団』って聞いた事ねぇか?」

「知らん」

「俺は聞いた事あんぜ」

 桐生は即否定したが、錦山は肯定した。

「最近、国道一号線を縄張りにして、他の族達をまとめ上げてる連中だべ?」

「そうよ、その話よ」河野は膝を打った。「大元は、『大羅漢』って族なんだけど、奴ら、相当なケンカチームらしくてな。ちょっとした族達では手も足も出ねぇらしいんだ。ただ、国道一三四号は、湘爆と軍団が押さえててよ、手出しが出来ねぇらしい。そこで、国一を押さえて、その勢いに乗じて湘南も押さえようって事らしいんだ」

「『湘南爆走族』と『地獄の軍団』か。あいつ等はハンパじゃ無く気合い入ってンらしいな」

 桐生は呟くように言った。特に、湘爆のリーダーの江口洋助はどえらい奴だ、という噂はこの辺りにも伝わって来ていた。

「でな、遂にウチの『疾風』にも打診が来たってんだ。」河野は肩をすくめた。「『大人しく、狂走団の傘下に入れ』ってな」

「当然、断ったんだべ?」

 錦山は険しい顔で尋ねた。

「当たりめーだ」河野は自分の事のように偉そうに答えた。「で、頼みってのは、この事でよ」

「要は、ケンカに加勢しろってこったな」

「そういうこった」

「何か気乗りしねぇな」

 桐生はそう言うと、タバコをもみ消した。

「何でだよ?」今度は錦山と河野が声を揃えた。

「曲がりなりにも族張ってんだべ?だったらテメエの力でケジメ付けろや。俺達にはカンケーねぇ話だぜ」

「そうかい?」錦山はニヤリと笑った。「俺は、ここで名を上げて、大手を振って東城会に入るってのも、悪くねぇと思うけどな」

「そうか。なら俺は止めねぇよ。ただ、俺はちょっと考えさせてくれ」

 桐生はそう言うと、一人立ち上がった。そして、錦山や河野の反応を確かめずに、屋上から降りた。下から桐生を探して走って来たシンジに、帰るとだけ伝えて、一人で学校を出て行った。

 

 

 桐生はその足で、神室町へ向かった。一直線に風間組の事務所の門をくぐると、組長は留守だ、という柏木の言葉に、帰るまで待つ、と答えた。

 実際に風間が帰って来たのは、午後八時になろうという時間だった。

「おお、どうした一馬。学校は?」

 笑って問う風間に、桐生はむっつりと答えた。

「サボった」

「おいおい、学生の本分は学業だろ」

 そう軽く言った風間だったが、桐生の思い詰めた様な表情に、ちょっと態度を改めた。

「なるほどな。よし、ちょっと出るか。すまん、柏木、ちょっと頼んだぞ」

 風間はそう言い残すと、桐生を連れて、夜の神室町に繰り出した。

 昔良く桐生や錦山、由美を連れて来た洋食屋に入ると、奥のテーブル席に陣取った。

「ここのタンシチューやオムレツは、ワインに良く合うんだ。お前もそろそろ覚えておいた方が良いと思ってな」

 風間はそう言うと、何も注文せず、席に着いたままであったが、じきにタンシチューとチーズオムレツ、メンチカツが出て来た。横にはデキャンタされたシャトーマルゴー1978。

「おじさん。俺はヤクザになる」桐生は、食事には手を付けずに言った。「錦もそう思ってる。迷惑かな?」

 暫くの間があった。

「いいや」風間は、デキャンタからワインを注ぎつつ、口を開いた。「まあ、俺自身が極道だ。だから、勧めもしないが、止めもしない。お前の人生だ。自分で決めるのが一番だろう。だが、言っておくが、極道はただの家族じゃない。家族を持ちたいだの、仲良くしたいだの、そんな甘い考えだけでは、この世界は務まらない。それは解ってるな?」

「うん」

 力強く頷いてはみたものの、何だか見透かされた様で、内心動揺した。

「そうか、それならいい。後はお前達の気持ち次第だ」桐生の動揺を知ってか知らずか、風間は優しく笑った。「さあ、せっかくの飯だ。しっかり食えよ。ワインも呑んでみろ。美味いぞ」

 

 

 翌日、一時間目をサボって登校した桐生の前に、結城晶が現れた。要するに、晶も一時間目をサボっただけなのだが。

「よお、桐生」晶はお気楽に声を掛けて来た。「最近どうだ、練習してるか?」

「まあな」桐生はむっつりと答えた。「雑古隊長とは最近会ってないけどな」

 桐生の格闘技の師匠である雑古隊長は、最近別れた奥さんとヨリを戻して、小田原の方へ引っ越していったので、桐生は今は一人で技を磨いていた。練習の基本は実践(ケンカ)であるが。

「勝負は一対一だな」

 晶は笑って言った。

「あれは勝ったうちに入らねぇよ」

 桐生は苦笑して答えた。

 晶の一勝は、小六の時の仕合いでの勝ちで、桐生の一勝は、この前の体育祭での腕相撲大会での勝ちである。

「ところで、最近暴走族がハネてるのは知ってるか?」

 晶にそう問われて、桐生は目を丸くした。

「俺の幼なじみが、走り中心の暴走族をやっててな」晶は構わず話を続けた。「ま、うちのガッコの『ヨコハマロードスター』の事だけどな。そいつらの所に、狂走団とか言う奴らが仲間になれ、と言いに来てるらしいんだ。ま、要は手下になれってこったな。で、奴らは当然突っぱねた。そこから、狂走団からの嫌がらせが始まったらしいんだ」

「もしかして、お前……」

 桐生の問いに、晶は直ぐに答えた。

「ああ。用心棒やってるよ」

「なるほどな」

「お前、河野と仲が良かったな」

「別に良かぁないが」

「お前ンとこにも来ただろ。俺は、走り屋達の意気込みを守ってやりたい。そう思って、今回は本気でやらせて貰おうと思ってる」

 桐生は、晶を睨み付けた。

「お前、何が言いてぇんだ?」

「別に深い意味はねぇよ。じゃあな」

 晶はそう言うと、小さく手を振って去って行った。その場には、渋い顔をした桐生が残された。

 

 

 

「芭月クン、芭月クン」

 同級生の原崎望に声を掛けられて、芭月涼は読んでいた本から顔を上げた。

「よお、原崎。どうした?」

「あのね、ちょっと相談したい事があるんだけど……」

 原崎は言いかけて、ちょっと躊躇した。

「どうしたんだ?らしくないな」

「うん…。実はね、……。もしかしたら、とてもお節介な事かも知れないから…」

「言いかけたんだ。言ってみなよ」

 芭月にそう言われて、原崎は意を決して話し出した。

「あのね、私の友達の芳恵の事なんだけど…。あの子、どうやら悪い男と付き合ってるらしいの」

「悪い男ねぇ。うちの学校では珍しいなぁ」

 芭月は呟くように言った。彼らの通う、横須賀市立桜ヶ丘中学校は、どちらかというと山の手の進学校で、不良の類は少ない。と言うことは、話の方向性は決まってくる。

「そいつは、よその学校の不良ってところか?」

「そう。それも、横浜の暴走族らしいの」

「原崎、もしかして……」芭月は、悪い予感がして、原崎の言葉を止めるようなタイミングで尋ねた。「……俺に、彼女…いや、彼氏を説得しろ、と言いたいのか?」

 原崎は、無言で頷いた。芭月は、天を仰いで右手で顔を覆った。

 

 

 神崎芳恵は、山の手を少し下ったあたりに住んでおり、彼氏というのは、港に近い学院中の生徒らしい。学院中と言えば、横須賀市内でもワルい奴らの多い学校で有名であり、暴走族なども多いと聞いていた。

 原崎と、早速引っ張り出された芭月が神崎の家の前までやって来ると、激しく言い争う声が聞こえて来た。すぐにドスンと何かが倒れるような音、そして少女の泣き声が聞こえて来た。

「芳恵、大丈夫?入るよ!」

 原崎は、ドアを開けるのももどかしく、家の中へ飛び込んだ。芭月も続く。

 中では、床に尻餅をついた状態で目を潤ませている芳恵と、それを見て泣きじゃくっている妹、それらを険しい表情で見下ろしているリーゼントの男、そして、その少女達とリーゼントの間に立ちはだかり、強く男を見返している少女の姿があった。

「郁恵とおねえちゃんにひどい事しないで!」

 立ちはだかっている少女は、凛と響く声で言った。リーゼントが思わず引いてしまうほどの迫力があった。ただ、男も本気で暴力を振るった訳ではないようで、むしろやってしまった事にうろたえている感じではあった。

「芳恵、大丈夫?ちょっと、緒方クン何やってるのよ!」

 原崎は険しい声で言うと、芳恵に駆け寄った。それを見て、気の強そうな少女は、泣きじゃくる妹の側へ行った。

 しばし呆然としている緒方クンの前に、芭月は立った。

「事情は今一つ判ってないんだけど。女に手を出すのは感心しねぇな」

「う、うるせぇ!大体何だてめぇは!関係ねぇだろが!」

「確かにな。まあ、行きがかりだな」芭月は淡々と言った。「お前、暴走族なんだって?そんなもんやめちまえよ。芳恵さんって、彼女だろ?彼女の為にならねぇぜ」

 ズバリと言われて、緒方は流石にひるんだ。

「うるせぇ!」

「他に言いたい事は無いのか。もしやめづらいってんなら、俺も手伝ってやるぜ」

「黙れ!どけっ!」

 芭月の言葉を無視して、緒方は芭月を突き飛ばして部屋を飛び出そうとした。その手を、芭月は素早くいなした。緒方はたたらを踏んで一度立ち止まると、次は振り向きもせずに部屋を飛び出していった。

「芳恵、どうしたの?」

 原崎が問い掛けるが、芳恵は言葉が出ない。芭月は、妹を慰めている、気の強い少女に近づいた。

「なあ、お前、凄かったな、あんな男に向かっていって。怖くなかったか?」

「『お前』じゃない」

「えっ?」

「『お前』じゃない。私は由美。澤村由美」

「そっそうか。悪かった。由美ちゃん、一体何があったんだ?」

「緒方のおにいちゃんが、芳恵さんを突き飛ばしたの。普段は悪そうに見えても、そんな事しないのに」

「どうしてそんな事したの?」

 そう問い掛けた原崎に、由美は少し寂しそうな表情で答えた。

「おにいちゃんに、『族なんかやめて』って言ったから」

 なるほど。芭月は声に出さずに呟いた。緒方も迷っているらしい。手を出した自分自身に戸惑っているのが、その証拠だろう。どうやら、自分はいきなりどっぷりと深みにはまってしまったらしい。思わず苦笑が漏れる。

「それにしても」芭月は、由美に尋ねてみた。「さっきは良くあんな事出来たな。男の前に立ちふさがって」

「だって」由美はあっけらかんと笑った。「緒方のおにいちゃん、優しいもん。それに、私の二人のお兄ちゃんの方が、遥かにオッカナイもん」

 

 

 

 錦山は、焦っていた。ケンカでも、カリスマ性でも、どうしても桐生には一歩及ばない。同級生ながら、「ヒマワリ」では弟分ということもあり、桐生の下の立場に甘んじていたが、最近そんな自分が歯がゆくなってきた。俺はまだまだいける。こんなモンじゃない。俺は桐生には負けてない。そんな気持ちが沸き出して来ているのだ。

 昨日は、桐生が学校を一人でフケてからは、自分も早退を決め込んで、鎌倉市内へと繰り出した。桐生と二人でたまに行う族狩りのお陰か、街へ出ると直ぐに太鼓持ちみたいな不良共がへばりついてくる。タッパもあり、一見して中坊には見えない事もあり、ついて来るオンナも高校生のヤンキーだ。そうやって偉そうにしている自分にも腹が立つ。この状況は、桐生と二人で作り上げたものだ。むしろ、桐生の、自分でも舌を巻くほどのドすげぇ切れっ振りがこの辺一帯に鳴り響いているお陰で、自分も「ダブルタイフーン」の一員として一目置かれているに過ぎない。

 錦山は、そんな現状を打破したかった。なので、桐生が帰って直ぐ、河野にケンカの加勢を承諾した。この大一番で大暴れして、でっかく名を売ってやろう。病院に入ったっきりで、病気で辛い思いをしている妹にも、早く、少しでも良い思いをさせてやりたい。ここが俺の登龍門だ。

 シャクなこの世界を、みんな黒く塗りつぶしてやる。

 錦山は、更に上に登る決心をした。俺は、桐生を超えてやる。

 

 

 

 緒方の一件があった翌日、原崎と芭月は、芳恵の様子を見に行く事にした。

 三崎街道に出て、駅に向かう途中で、前から単車が三台向かってくると、芭月達の前で停まった。三人とも、黒い特攻服を着込んだ、あからさまな族仕様である。

「あいつだ。あの優男です」

 最初にメットを取った男が喚いた。緒方であった。

「あいつか。意外といい面構えじゃねぇか。」明らかに緒方よりも先輩らしい男が、バイザーを上げて、鼻で笑った。「しかし、『大羅漢』に楯突くとは、ちょっと早まったんじゃねぇか?」

「今度の大仕事の前に、なるたけ面倒事は残しておきたくねぇ」三人目が、バイクを降りながら、ドカヘルを脱いだ。「二度と生意気な口が利けないよう、ちょっと指導してやんよ」

「ちょっと緒方クン、どういうつもり?」

 原崎が強気に出るのを、芭月は体で押し戻す。

「予想通り、お礼参りって奴さ。芳恵さんじゃなくて、俺に来てくれて良かったよ。まさか、芳恵さんには何もしてないだろうな?」

「うるせえ。芳恵なんざ、どうにでもなる。とりあえず、お前を黙らせないとな」

 応援がいるお陰で、緒方は威勢が良い。先輩さんも、バイクから降りて来た。

「ま、連れの彼女には手は出さねぇから、安心してくたばっちまえよ」

 ドカヘル兄さんが、真っ正面から顔面を殴って来た。芭月は、右腕で原崎を脇に庇いつつ、突きを左掌で払い飛ばした。バチン!ともの凄い音がして、ドカヘル兄さんは半回転して背中から地面に倒れた。前腕部に真っ赤な手の痕が付いていた。

「なんだこいつ、なんかやってんのか?」

 緒方が呟くのを制して、先輩さんが一歩前に出た。

「お前、中々やるじゃないか。お前みたいな奴が、まだ名前を知られてないとはな」

「俺は芭月。芭月涼」

 芭月はむすっとして答えた。基本的に、ケンカは好きではないのだ。

「芭月って、まさかお前」地面に倒れてうなっていたドカヘル兄さんが、慌てて飛び起きた。「芭月武館のあの芭月か?」

「まあな」

「何だ、お前知ってたのかよ」先輩さんが、ドカヘル兄さんを睨みつけた。「まあ、いいさ。少しは手応えがある方が、やりがいがあるってモンだ」

「本当は、こんなのは好きじゃないんだが」芭月は、原崎を下がらせ、上着を脱いだ。「これは、緒方と芳恵さんの為にやるんだ。悪く思うなよ」

 芭月は、右前のゆったりとした構えを取った。

「何だよ。随分とヨユーじゃねーか」

 先輩さんは、芭月の様子に少々腹を立てたようだ。フルフェイスのヘルメットを被ったまま、芭月と対峙する。ゆっくりと取った構えは、拳をあごの横に添え、肘を開いたキックボクシングスタイルであった。

 芭月は、案の定蹴って来た左の突き蹴りを右腕でいなしつつ、ほぼ同時に出してきた左拳にクロスカウンター気味の左掌打をヘルメットの額部分にぶち当てた。芭月の掌はこの歳にして相当に鍛え込んである。ヘルメット越しに威力を通すくらいは造作も無い。先輩さんは、真っ直ぐ後ろに倒れた。一撃で気絶していた。

「ヘルメットなんか被ってるから、余計に効くんだ」芭月はそううそぶくと、緒方を睨み付けた。「単車をどこかに置いて、ちょっと来い」

 

 

 近所の公園に緒方を連れ込むと、芭月は緒方に詰め寄った。

「お前、どうするつもりだ?」

「な、何がだよ」

「お前、本当に暴走族なんかやりたいのか?」

「うるせえんだよ」緒方は喚くように返した。「俺はなぁ、俺の事を認めてくれた『大羅漢』の総長の期待に応えたいんだ」

「お前、使い捨てられるぞ」

 芭月はぼそっと言った。緒方は少し怯んだ。

「ドカヘルの兄さんが言ってた、大仕事って、お前も知ってるのか?」

「当たりめぇだ」芭月の問いに、緒方は勢い込んで答えた。「俺達『大羅漢』は、国道一号線を押さえて、この辺りの族を全て配下に収める。『横浜狂走団』って馬鹿でかい連合を作って、俺達はそのトップに収まるんだ。今はその為に俺達が走り回ってるんだ。こんだけでかい連合を作れば、ビビって誰も楯突かなくなる。一三四号の野郎共だって、尻尾巻いて逃げ出すだろうよ」

「なるほど。それで、今は方々へ出て行って、懐柔するか、ケンカで押さえつけて回ってるって事か」芭月は肩をすくめた。「そんなの、明らかに鉄砲玉じゃないか。大連合を作る為の布石になって、お前は人柱にされて、ケンカでやられて終わりだ」

「うるせえ。俺は男を上げてぇんだ!」

「そんな事、誰が望んでんだ?芳恵さんか?お前が族で名を上げても、彼女は喜ばないぜ」

「お前みてぇに、ケンカは強い、マブいスケはいる、そんな奴には、俺のこの焦りは分んねぇんだろうよ」

「俺には彼女など居ない」

 鉄面皮の芭月の表情が、わずかに揺らいだ。

「俺は、このままで終わりたくないんだ」芭月の動揺には気付かず、緒方は言葉を継いだ。「俺は、今、何かをやり遂げたっていう証が欲しいんだ。俺を男として認めさせたい。何か俺の成し遂げた事を残してぇんだよ!」

「………成し遂げるべき事は、他にもあると思うけどな」芭月は肩をすくめた。「まあ、腹を括ってやろうってんなら、俺はこれ以上止めない」

「芭月クン!」今まで雰囲気に呑まれて一言も発せなかった原崎が、ようやく声を絞り出した。

「ただ、皆がお前に望んでるのは、こんな他人のケンカに首を突っ込むような、馬鹿げた行為じゃない。お前の男の一分を立てる方法は、もっと別にあるって事を忘れんなよ」

 芭月はそう言うと、言葉を詰まらせた緒方に背を向け、原崎を促した。

「行こう。後は、あいつ自身の問題だ」

 

 

 

 結城晶は、「ヨコハマロードスター」と共に、リーダー・土田のCB400で国一を箱根に向かって走っていた。土田に、「自分達の走りを見て貰う」と言われて、夜九時から引っ張り出されたのだ。

 ハンドルはギリギリまで絞ってあり、マフラーも直管。違法改造車だが、取り立てて無茶をする訳でもない。たまに速度オーバーや車線の逆走をするくらいで、言ってしまえば「やんちゃなライダー」といったところである。

 むしろ、的確な体重移動やギアチェンジで、ロス無く走り抜けていく爽快感は、格闘技にも通じる所があり、晶は正直、楽しいと思った。

 この度の騒動は、「大羅漢」というケンカチームからの果たし状の様なものだ、と土田は言った。晶には、走る事が好きでバイクに乗ってる奴がわざわざケンカをふっかける理由が今一つ理解できないのだが、ツッパリとか縄張りとか、まあ色々と彼らなりの事情があるのだろう、と勝手に納得はしている。

 そんな中で、晶は自分を試そうと思っていた。勿論、つまらない争いに巻き込まれたくない、という土田の意見に同調したのも事実だが、実際には、自分がどれだけやれるか、自分は武術をこのまま続けていけるのか、それを試そうとしていた。相手は暴走族である。言っては悪いが、どうなっても心配無い。今の自分のフルパワーを見てみたかった。しかも、今回は、恐らく奴も加わってくるだろう。

 桐生一馬。今の自分の集大成は、奴とやり合わない限り、見えないだろう。晶は一人そう確信していた。

 目の前には、真夜中の暗い国道が続いている。

 この道の彼方、約束されたはずの場所がある。

 晶の内に、強い闘争本能が盛り上がってきていた。

 

 

 

「『横浜狂走団』から、最後通牒が来たってよ」

 錦山から桐生にそんな情報が入ってきたのは、十一月に入って直ぐだった。

「何て言って来たんだ?」

「とんでも無く上から目線だ。十一月十二日の夜九時から集会をやるから、配下に加わるチームは、後に続け、だとよ」

「とてつもなく一方的だなぁ」

「付いてこない者は、不参加と見なし、その場でコロス。当日参加しない者は、投降したと見なす、らしい」

「ほう。それ程までに自信があるって事か」

 桐生は思わず感心してしまった。自らの負けを、一つも考えていない。

「『大羅漢』ってとこのリーダーは、中々の豪傑らしいな」

「随分と他人事だな。俺達はもう戦闘モードだぜ」

 錦山は、どや顔で言った。もう既にやる気満々である。

「ねえ、一馬にいちゃん」由美が、突然会話に入って来た。「私の学校の、友達のおねえちゃんがね、彼氏が暴走族で、その事でケンカしてたよ」

「何で由美がそんな事知ってんだ?」

「だって、私の目の前でケンカすんだもん。イヤでも聞いちゃったよ。それに、私も叩かれそうになったし」

「何だって!?」その言葉に、錦山が過敏に反応した。「叩かれたのか、そいつに?フザケやがって、ブッコロしてやる。誰だソイツは?」

「大丈夫よ。別のお兄ちゃんが助けてくれたから。で、そのお兄ちゃん――芭月さんから聞いたら、『大羅漢』って暴走族が関係してるって」

「つまり、由美の友達のお姉さんの彼氏が、『大羅漢』のメンバーだって事だな」桐生はとりあえず由美の言う事を整理してみた。「で、しかもソイツは自分の彼女や由美にまで手を挙げたんだな?」

「私は大丈夫だったよ」

 由美は答えたが、桐生はもう聞いていなかった。自分は、族同士のケンカに加わることには、全く興味が持てなかった。勝手に潰し合いをすれば良い、その程度の認識だった。しかし、自分の家族にまで累が及ぶとなれば、話は別だ。錦も由美も、自分の大事な家族だ。まあ、錦は自分から飛び込んだのだが、由美に至っては、全く関係がない。

 よし。俺は、俺の家族を護る為に、このバカ騒ぎに参加してやる。参加するからには、とことんまで自分の可能性を確かめてみたい。

 そこまで考えた桐生の頭の中に、何となく妙な言い回しをした、晶の言動が思い出された。

 そうか、あいつは、これを言ってたんだな。

 桐生は気付いた。晶は、この騒ぎを利用して、俺との決着をつけようとしている。

「よし、決めた」桐生は言葉に出して言った。「俺も参加するぜ、錦」

「そうか」それを聞いて、錦山はニヤリと笑った。「そうこなくっちゃな。今回は、ド派手なケンカになるぜ」

 そう言う錦山の言葉を聞きながら、桐生は別の事を考えていた。

若さはいつでも一方通行だ。誰も引き返せないなら、昨日とは違う生き方を見せてやるしかない。

俺は、俺が自分の家族を護れる事を証明してやる。そして、俺はヤクザになる。ヤクザになっても、俺の家族を護ってやる。

 

 

 Xデーを二日後に控えて、桐生と錦山は、河野を通じて「疾風」のリーダーに呼び出された。ただ、河野自身は呼び出されていないと言う。

 河野に伝えられた山下ふ頭へ出向くと、そこには「疾風」の特攻隊長が待っていた。その特攻隊長に案内されて、リーダーの的場の前に連れ出された。

「よく来たな、桐生、錦山」的場はにこやかに二人を出迎えた。「今回、手を貸してくれるそうだな。ありがとうよ。その事で、陰の総長がお話があるそうだ」

「『陰の総長』?」錦山は目を丸くした。「『疾風』には、陰の総長が居るって言う噂は、本当だったのか?」

「まあな。メンバーにとっては、別に秘密でも何でもないけどな。総長は特に表立って動かれないってだけだ」

「よお。桐生、錦山、よく来たな。」

 的場の言葉に掛かるタイミングで、陰の総長が姿を現した。その声と姿に、二人は驚きの声を上げた。

「柏木さん!?」

「柏木さんが、『陰の総長』?」

「まあ、そう言う事だ」柏木は、厳つい顔をほころばせた。「河野から、お前達が来てくれる、と聞いたときは、正直嬉しかったぜ」

「でも、柏木さんが暴走族だなんて、全然知らなかったデスヨ」

 あまりの驚きで、桐生の言葉遣いが変になった。

「まあ、あまり大っぴらには言ったことは無かったからな」

 柏木は、話しながら歩き出した。ふ頭の岸壁まで出て来る。日の暮れたふ頭は、黒い海に港や横浜の街並みが映り、何とも言えない雰囲気であった。

「もともと『疾風』と言うチームは、走りがメインの族だったんだが、一人で走っていた俺に負けてからは、俺に付いてくるようになったんだ。だから実際には、俺はお目付役みたいなもんで、チーム自体は的場が引っ張ってる」

 それを聞いて、的場は小さく手を挙げて見せた。

「俺と風間のおやっさんは、ヤクザだけが人生じゃないと思ってる。だから、足を洗いたい奴がいれば、手助けをしてやりたい。それは、不良も同じだ。だから俺は、この『疾風』をそんなチームにしようと思ったんだ。不良で根性示すもよし、足を洗う気があるなら、その手助けもしてやる。そいつにとって一番良い選択をさせてやりたい。的場も、それを理解してくれた。そんな俺達にとって、『大羅漢』のやり口は許し難い。あんなケンカチームに、俺達の自由なやり方を邪魔して欲しくない。普段なら、ケンカはなるべく避けるように、皆には伝えている。だが、今回だけは別だ。テメエ勝手なやり方で族をまとめようとするのは、勘弁ならねぇ。徹底的にやり合ってやる」

「なるほど。そういう事なんですか」

 桐生はうなづいた。柏木さんも、家族(仲間)を護ろうとしている。自分の決断は間違っていないという確信が持てた。

「分かりました。そう言う事なら、目一杯やらせて頂きますよ」

「任せて下さい」

 錦山も勢い込んで言った。彼も彼なりに、やる気十分である。

 そんな二人を見て、柏木は声を上げて笑った。

「お前等、この辺じゃ有名な暴れん坊らしいな。色んな話を聞いたぞ。ここいらの族連中は結構お前等を恐れているってな。頼りにしてるぜ」

 

 

 

「このサタデーナイトは、歴史に残る一夜になるぜ!行くぜテメーら!」

 「大羅漢」総長・押尾の檄に、特攻服の族達が一斉に鬨の声を上げた。

 新横浜公園に集まった、「大羅漢」を中心とする『横浜狂走団』は、「ロウドランナー」「マッドピエロ」「本牧堂」「スパイダー」「死天皇」などの主要チームと、結局その威力に屈服した弱小チームを合わせて、単車と四輪で四百台以上の大所帯となっていた。

 夜の新横浜公園は、単車の直管の音で、もの凄い騒音に満ちていたが、それに異を唱える事が出来る者は、誰もいなかった。かなりの数の110番通報がされたが、今日の集会を事前に報告されていた警察は、あえて見ぬ振りを決め込んでいた。

 午後九時に、集団は動き出した。日産スタジアム横を通って公園から県道十二号へ出ると、巨大な蛇のようにゆっくりと進んで行く。先触れが順次交差点を押さえていくので、信号に関わりなく大集団が移動して行く。道路は『横浜狂走団』の独壇場と化し、そこら中に渋滞が発生していた。この時ならぬ渋滞に巻き込まれた市民は一様に、何か大きな事件の起こる前触れを感じていた。

 

 

 

 ちょうどその頃、芭月は門人である竹原のCB750に同乗して、横浜へ向かっていた。竹原は、芭月武館の門下生だが、数ヶ月前までは、横浜の伝説的暴走族・ハッスルジェットの二番隊特攻隊長であった。そのお陰で、未だ族の情報に精通している。そんな彼が、芭月との話の中で、今日、『横浜狂走団』の大集会がある事を持ち出した。それを聞いて、芭月は思い当たる事があった。

 あいつ等の言ってた「今度の大仕事」ってのは、これだったのか。

「なあ、竹原」芭月は尋ねてみた。年上だが、構わずタメ口である。「暴走族を抜けるには、何か手続きがいるのか?」

「まあ、そうですね」竹原も構わず、敬語で答える。「だいたい族を抜ける時には、後釜を紹介させるか、タコ殴りにして放り出すか、ですね」

 それを聞いて、芭月は、緒方に性急に進退を追及した事を後悔した。

「どうしたんです、若。何か気になる事でも?」

 竹原の問いに、芭月は小さく頷いた。

「ああ。もしかしたら、知り合いがその集会に巻き込まれているかも知れないんだ」

「何でしたら、様子を見に行きましょうか?」

「ああ。助かる」

 二人は稽古を切り上げ、集会の現場へ向かうことにした。

 ここ横須賀から、集会の現場までは小一時間は掛かる。

 今はまだ早い。俺が行くまで、変な気を起こすなよ。

 芭月は、祈りにも似た気分でそう思った。

 

 

 

 緒方は、「大羅漢」の殿(しんがり)に加わっていた。実際の集団の殿は「マッドピエロ」が担っていたので、要は末席に押し込められたようなものだった。末席なので、さほど緊張感も無い。しょうもない無駄話をしながら、ダラダラと走る、そんな感じであった。

「これじゃあ、ただの員数合わせじゃないか」

 緒方は、思わず呟いていた。こんなはずじゃあ無かった。最前線に立って、押尾総長の手足となって活躍する、そんな姿を夢想していたのだが、現実はそんなに甘いものでは無かった。

 俺は、何をしにここに来たんだろう?俺は、何がしたかったんだろう?

 ここで不意に、芭月に言われた言葉が思い出された。

「俺が族で何かしても、芳恵は喜ばない、か」

 声に出して言ってみて、もの凄い虚しさに襲われた。俺は、別に族で成り上がりたい訳じゃなかった。ただ、芳恵に男らしいところを見せたいだけだったんだ。そんな子どもっぽい思い込みが、今の状況を作り出していた。

「俺、止めた」

 緒方は横を走る先輩に声を掛けた。首にコルセットをした先輩は、話が分からなくて、きょとんとしている。

「は?何言ってんだお前?」

「この集会が終わったら、俺は『大羅漢』を辞める。俺はこんな事をしに来たんじゃねえんだ」

「何言ってんだ?甘ぇんだよ。そう簡単に辞められると思ってんのかよ」

「甘ぇもヘチマもねぇ。辞めるったら辞める」

 緒方はそう言うと、減速して路肩にバイクを停めた。先輩と数人が近くにバイクを停め、他のメンバーに合図する。他は、そのまま本隊を追って走り去っていった。

「男見せてぇっつってツッパッてたのはテメエだろうが」

 先輩の平手が緒方の顔を右に大きく捻った。二発目はスウェーでよけると、先輩はムキになって更に踏み込んで殴り掛かって来た。緒方は体当たりをする勢いで踏み込み、野球の投球のフォームに近い大振りのパンチを先輩の顔面に叩き込んだ。先輩は真っ直ぐ後ろに倒れて、後頭部をアスファルトに強打した。完全に失神していた。

「俺は辞める!邪魔する奴は、ぶっ飛ばす!」

 緒方は大声で喚いた。

 

 

 

 国一沿いにある戸塚原宿のオートテック駐車場は、「疾風」のメンバーでごった返していた。完全な単車チームで、その数七十台。普段は、どんなに煽られても、絶対にケンカを買わないで、その場から立ち去ってしまう所から、「逃げの疾風」との異名を持つ彼らだが、今日は物々しい雰囲気であった。全員が、手に手にバットや鉄パイプ等を持ち、凄まじく殺気立っている。その彼らから一歩離れて、明らかにヤクザ面をした三十名ほどの一団が、やはりバット等で武装している。

 その集団を前に、柏木はドラム缶の上から檄を飛ばした。

「『横浜狂走団』とか言う野郎共が、新横浜公園から出て来た、という報告が入った。いずれここまでやって来る。ふざけた野郎共を、これ以上のさばらせては置けねぇ。これまでは、お前等にもケンカは控えて貰っていたが、今日は構わねえ。思いっ切りぶちのめせ。走り屋が自由に走る為の、マジな戦いだ。よろしく頼むぜ」

 ドッと鬨の声が挙がる。それを押さえて、柏木は言葉を続けた。

「ただ、これだけは守ってくれ。なるべく一般人は巻き込まねぇ。絶対に殺すな。仲間を見捨てるな。ヤバいと思ったら無茶はすんな。後始末は、ウチの若いモンがする。」

 その言葉に、後ろのヤクザ面の一団が手を挙げて応えた。

「後は、奴等に屈服したチームや、日和見を決め込んでいるチームに掛けた号令が、効くかどうかだが、それはアテに出来ねぇ。俺達だけでやる。頼むぜみんな、漢を見せて貰うぜ!」

 再び鬨の声が挙がった。桐生と錦山も一緒に雄叫びを上げた。

「さあて、盛り上がってきたぜ!」

 錦山が周りの声に負けないような大声で、桐生に声を掛けた。桐生は、無言で頷いた。桐生は、自分でもコントロール出来ないくらいの高揚感に包まれていた。桐生は、最早この族同士のケンカは眼中に無かった。既にラスボスは結城晶に照準を合わせている。このケンカは、むしろ準備体操くらいにしか感じられない。

 そこへ、単車が六台やって来た。それを見て、的場が声を掛けた。

「おお、土田、良く来たな」

「ヨコハマロードスター」のメンバーが、「疾風」に参入した。そこには当然、結城晶もいた。

 桐生は、それを目ざとく見つけた。

「おお、来たな結城」

「桐生、お前こそ。来ないかと思って心配したぞ」

 桐生と晶は目を合わせると、お互い頷き合った。先ずは、雑魚共の始末である。

 

 

 

 JR東神奈川駅前を右に曲がって国道一号を南下し始めた『横浜狂走団』ではあったが、思いの外参入組が少ない。十人程度の弱小チームが五組くらい合流したが、後のチームは、来ると言っていた奴らさえ来ない。それが、柏木の檄文による物だとは知らない押尾総長ではあったが、何かを感じたのだろう。手下の二人を選抜すると、無線機を持たせて斥候として先に走らせた。無線機はおもちゃ同然だが、一.五キロは音声を届ける事が出来る。暫くして、無線機から緊張した声が帰って来た。

「戸塚原宿の交差点付近に、デカい集団があります。あの旗は『疾風』のようで……」

 報告の声が途中で途絶えた。鈍い殴打の音と、悲鳴がかすかに聞こえて来る。ややあって、聞き慣れない声が帰って来た。

「リーダーの的場からの伝言だ。待ってるぜ押尾」

 それを聞いて、押尾はニヤリと笑った。

「『疾風』の奴らはやる気らしいぜ。構うこたぁねぇ。押し潰せ!」

 狂走団はにわかにスピードを上げた。正面衝突は必至であった。

 

 

 

 芭月と竹原が横浜に着いた時には、もう既に戸塚原宿での戦端が開かれていた。先遣隊を任された「本牧堂」と「死天皇」が、原宿交差点で待ち構えていた「疾風」の特攻隊と接触したのだ。

「くそう、緒方はどこだ?」

 そう呟いた芭月の目に、道路脇に横倒しになった単車が映った。緒方の物に間違い無かった。

「遅かったみたいですね」

 竹原が周囲に目を配りながら言った。直ぐ近くに、やはり見覚えのある単車と、首にコルセットをした族が転がっているのも見つけた。

「とりあえず一番の難敵はやっつけたらしいな」

「若、あれじゃないですか?」

 竹原が指差した先に、単車が三台、特攻服姿が三人、道路に転がっており、その横に、ぼろぼろになった男が一人座り込んでいた。かなり顔の形は変わっていたが、緒方であった。

「緒方、生きてるか?」

「痛くて死んでらんねぇよ」

 芭月の問いに、緒方は微かな声で応えた。見ると、左腕が結構な角度で曲がっている。

「左腕だけか?」

「わかんねぇ。右脇も痛てぇ」

 芭月は右脇を触ってみた。亀裂はあるかも知れないが、完全骨折は無いようだ。芭月は緒方の左腕をゆっくり持ち上げると、一言呟いた。

「痛てぇぞ」

 緒方がその言葉を理解するより早く、芭月は腕を引っ張って、折れてずれた骨を合わせた。一瞬遅れて、緒方が絶叫を上げた。

「痛てぇって言っただろ」

 芭月は近くに倒れている族のシャツを引っ剥がすと、三角巾の要領で緒方の腕を吊った。

「暫くこれで大人しくしてろ。後は、俺が話を付けてやる」そこまで言って、芭月はニヤリと笑った。「お前、結構やるじゃないか。見直したぜ」

 芭月はそう言うと、待機していた竹原の後ろに乗り込む。

「行くんですか?」

「ああ。俺達も祭りに参加しようぜ」

 竹原に答えて、芭月はニヤリと笑った。

 

 

 

 桐生は素手であった。周りの連中は、バットを振りかざして殴り掛かって来るが、この混戦状態では、バットなど振り回すのも難しい。とりあえずは体力の温存の為と、基本のおさらいを兼ねて、三発までで仕留めるのを課題にした。要は戦闘不能にすればいいのである。ふと横を見ると、晶も同じ様に省エネ運転である。しかも、彼の方が上手い。ほぼ一発で決めている。

 ただ、「本牧堂」も「死天皇」も、ケンカはさほど強くない。本来ただの走り屋集団が、「大羅漢」の威を借りてケンカ上等を謳っているに過ぎない。気迫に於いても、「疾風」の敵では無い。「疾風」のメンバーは、今までの欲求不満を解消すべく、もの凄い勢いで暴れ回っている。恐らく、「本牧堂」も「死天皇」も、このケンカの後は全滅であろう。

 とうとう、先遣隊のメンバーは散り散りになって逃走を始めた。殲滅すべくそれらを追い始めた「疾風」のメンバーを、的場の怒声が引き留めた。

「追うな!どうせ二度と来ねぇ!」

「それより備えろ!本隊が来るぞ!」

 的場を上回る声で、柏木が怒鳴った。

 押尾率いる「大羅漢」は、流石に気合いが入っている。ケンカ上等は伊達ではない。総崩れの「本牧堂」と「死天皇」をかき分けるようにして突っ込んで来ると、たちまち大乱闘となった。

 桐生がふと右手方向に目をやると、三人の金属バットに囲まれた錦山の姿が映った。桐生は手前にいる数人をかき分けるようになぎ倒すと、錦山の横へたどり着いた。

「どうした、分が悪そうじゃないか」

 桐生の言葉に、錦山はニヤリと笑い返した。

「これくらいのハンデが無いとな」

「上等!」

 桐生は言いつつ、目の前の二人をあっさりぶち倒した。桐生の攻撃には遠慮が無い。効率のみを考えた非情の技である。錦山もそれを見習い、急所メインの攻撃に切り替えた。たちまち、二人の周りに戦闘不能者の山が築かれた。

「おらおら、『ダブルタイフーン』に巻き込まれたい奴は、前に出ろ!」

 錦山が怒鳴った。その言葉は、周囲の人間の耳朶を打った。

「『ダブルタイフーン』だと?」

「桐生と錦山の、クレイジーなコンビか?」

 現場に、張り詰めた空気が流れた。「ダブルタイフーン」は、随分と浸透しているらしい。

「そら、来いよ。当たると痛ぇぜ」

 桐生はそう言って、拳を構え直した。

 

 

 

 「大羅漢」総長・押尾の元には、自軍の劣勢の報告が相次いでもたらされた。「逃げの疾風」の舌を巻くほどの勇猛さ、「疾風」に与する「ダブルタイフーン」のクレイジーさ、そして明らかな極道の加勢。かき集めた下っ端の兵隊達は、その報告だけで怖じ気付いてしまい、中には敵前逃亡をする奴まで現れた。

「畜生、フザケやがって。『疾風』の奴等、全員ぶっ殺してやる」

 押尾がそう呟いた時、新たな報告がもたらされた。それは、殿をつとめている「マッドピエロ」からだった。キチガイじみた強さの二人組が、「大羅漢」の大本営に向かって突進してきている、と言うものだ。

「何モンだ、そいつら?」

「分かりません!」伝令は泣きそうな顔で答えた。「ひとりは、昔『ハッスルジェット』で見たことある顔です。もうひとりは、知らない顔です」

 そうこうしている間にも、集団の後ろの方から、怒号とも悲鳴とも着かない声が聞こえて来た。ケンカ上等で鳴らした「大羅漢」の男共が、崩れ始めている。既に「マッドピエロ」は突破されたらしい。

「後ろを確保しろ!挟み撃ちされてはかなわん。二人くらい、とっとと始末しろ!」

 押尾の叫びに反応して、親衛隊の一人が、手下を五人連れて走り出した。

 

 

 

「悪いな。俺は『大羅漢』の総長に用があるんだ。道を開けて貰うぜ」

 芭月はそう言いながら、ズンズンと歩いていく。誰かが止めに入っても、一発でのしてしまう。或いは、竹原が素早く相手を仕止めてしまう。

 その眼前に、一際派手な特攻服を着込んだ男が立ちふさがった。

「なめんじゃねぇぞコノヤロウ!」

 「マッドピエロ」の総長・中居である。

「あんたに用はない。どいてくれ」

 芭月は淡々と言った。「あいつ、『マッドピエロ』の総長です」と、竹原が囁いた。

「俺は、俺の友達を助けに来たんだ。邪魔はしないでくれ」

「俺達の邪魔をしているのはテメエの方だ」

 中居は凶悪な表情で睨めつけた。ただ、芭月には効果が無い。

 芭月は、無言で前に出た。何かを察した中居は素早く手に持った木刀を振り上げた。芭月は瞬時に中居の懐に踏み込むと、振り下ろされた木刀に合わせるように、中指拳を人中に突き込んだ。中居は白目を剥いて昏倒した。失禁している。

 芭月はその横を通り抜け、振り返りもせずに先へと進んでいった。それを止められる者は、誰もいなかった。そんな芭月を追って歩き出した竹原は、呆然としている「マッドピエロ」のメンバーに声を掛けた。

「総長、早く病院に連れて行けよ。じゃないと、死ぬかも知れねぇぜ」

 そこに、新たな特攻服の男が現れた。左肩に大きく「大羅漢」と刺繍を入れ、五人ほど手下を連れている。彼は、倒れている中居と芭月を交互に見た。

「お前が――」

 言い掛けた所へ、芭月と竹原は飛び掛かり、六人を瞬殺した。

「邪魔をするなって言ってんだ」

 芭月は小さく呟いた。

 今日の若はひと味違うな。

 竹原は声には出さなかったが、満足げに何度も頷いていた。

 

 

 

 ケンカは、そろそろ終盤を迎えていた。桐生、錦山、そして晶の大暴れのお陰で、大方の兵隊は最早戦闘意欲を失っていた。勿論、押尾を始めとする「大羅漢」中枢部はまだ頑張ってはいたが、「ロウドランナー」と「スパイダー」は柏木配下の極道組にペシャンコに潰されてしまい、役立たずのまま消えてしまったので、ほぼ丸裸にされたと言って良い。押尾を守っているのは、後二十五人の親衛隊のみとなっていた。

「『大羅漢』の総長さんよぉ」桐生が一際大きな声で叫んだ。「もうそろそろ止めにしないか?俺達は、お互いに干渉しないってんなら、ここらで手打ちにしても良いと思ってるんだぜ」

「このままヤっちまおうぜ」

 錦山ははやるが、桐生はそれを押さえた。

「ナメんじゃねぇよ」押尾はせせら笑った。「雑魚をどれだけ倒そうが、知ったことか。要は今から俺がお前等をぶっちめる、それで終わりだ。国道一号線は俺がシメる」

「クダラネェ」晶は吐き捨てるように言った。「シメるだ何だ、単車をコロがすのに何の意味があるってんだ?」

「テメェ等みてぇなガキには解らねぇだろうなぁ。この世は力が全てなんだよ。弱い奴は、強い奴にひれ伏すしかねぇんだよ!」

 押尾はうそぶいた。本気で勝つ気でいるらしい。

「じゃあ、お前がひれ伏せ」

 後ろから声を掛けられ、押尾は振り返った。桐生達もそちらへ目を遣る。そこには、芭月が竹原を伴って立っていた。

「何だお前は?」

 押尾が怪訝な顔で尋ねた。が、芭月はそれを無視した。

「お前のパシリの男をもらい受ける。文句は言うな」

「お前、芭月じゃないか」

 晶が驚いて声を掛けた。芭月もちょっと驚いた表情で晶を見た。

「お前、鎌倉の結城じゃないか。何やってんだこんな所で」

「そりゃあこっちのセリフだ」

「お前が芭月か」思わず桐生は声を掛けていた。「由美が世話になったらしいな。礼を言うぜ」

「由美………。ああ、あの威勢の良い女の子か。お前の妹なのか」

「ああ、そんなモンだ。俺は桐生、コイツは錦山」

「桐生と錦山か。結城と知り合いなのか」

「まあな。腐れ縁って奴だ。それより結城、お前芭月と知り合いなのか?」

「ああ。同じ古流の道場って事で、じじいや親父が交流してっからな」

「フザケんなテメエ等!」フル無視された押尾が喚いた。「ナメんじゃねぇぞウッダラァ!」

「うるせぇなぁ。テメエの相手は今してやるからよ」

「ハウス!」

 桐生と錦山がほぼ同時に言った。錦山に至っては、犬扱いである。

 憤る押尾を尻目に、桐生、錦山、晶、芭月の四人は、何やらゴソゴソやっていた。すぐに、芭月が拳を突き上げた。

「くそう、パー出すんだった」

 桐生が悔しそうに言った。どうやらジャンケンをしていたらしい。

「という訳で、お前の相手は俺だ。緒方を貰っていく。ついでにお前等もツブす。芳恵さんが二度と泣かないようにな」

「訳ワカンネェ事言ってんじゃねぇ」 怒りのままに、押尾は飛び出して来た。親衛隊が着いて行こうとしたが、ジャンケンの負け組三人が、それを止めた。

「悪いな。タイマンって事で。お前等は俺達が相手してやる。だが、このタイマンを見届けてからで良いんじゃないか?」

 晶が静かな口調で言った。何となく毒気を抜かれて、皆その場から動けなくなってしまった。

 木刀を手にした押尾と、無手の芭月が向かい合った。相当に怒っているらしい押尾は、すぐにでも殴り掛かりたくてウズウズしている、といった感じで、せわしなく木刀を振り回している。対する芭月は、あくまでも静かに自然体で立っている。

「何だか知らねえけどよ、取り敢えずお前邪魔だ。目障りだから消す。次はお前等だ」押尾は木刀で、横にいる桐生達を指して言った。「俺はこんな所で停まってる暇ねぇんだよ。俺の狙いは、あくまで湘爆よ。この湘南一帯の掌握なんだよ。」

「俺は、そこの桐生って奴ほど優しくないぜ。手打ちは無い。お前をぶちのめして、『大羅漢』ごとぶっ潰す」

「ほざけ!」

 押尾は叫びざま、木刀で突きに来た。その意外な迅さに、芭月はギリギリでかわすのが精一杯だった。横に避けた芭月に、押尾は水平切りで追い掛ける。間一髪で芭月は押尾の手首を抑え、素早く飛び下がった。

「やるな、お前」芭月は感嘆して言った。どっと汗をかいていた。「流石は『大羅漢』の総長って事か」

「羽賀道場で段持ちだぜ。甘く見てたな。きっちりぶっ殺してやんよ」

「羽賀道場って事は、協会か。組み討ちもある、ケンカ剣道って聞いてるぜ」

「まあな。テメエには負けねえよ」

 押尾はニヤリと笑った。芭月も同じ様に笑った。

「意外と骨のある奴だな」芭月は言った。「やり甲斐があるってモンだ」

「今の発言、ヤンキー側の発言だよな」

 錦山が思わず突っ込んだ。

「けぇっ」

 再度押尾が飛び込んだ。大きく振りかぶった所から、鋭く打ち込んで来る。今度は芭月は冷静に対応する。さっきと同じ様に左に捌く。その足下に、押尾は鋭い足払いを飛ばした。芭月はそれもかわす。そこに、押尾は木刀を横なぎで放つ。芭月は、その腕を押さえて止める。そこに押尾は、さらに体当たりを重ねて来た。芭月はそれを同じく体当たりで受ける。押尾は更に足を狙って木刀を振るう。芭月は素早く飛び退き、距離を取った。

「中々に厄介だな。『三倍段』とはよく言ったもんだ」

 芭月は呟いた。俗に「剣道三倍段」と言う。剣を持つ者が、素手の者より有利である、という言葉である。しかし、芭月はニヤリと笑った。

「楽しいなぁ」

 芭月は押尾に向けて言った。

「残念だが、俺も楽しいぜ」

 押尾も不敵に笑った。木刀を青眼に構える。そのまま、無言で打ち込んで来た。今までで一番鋭い打ち込みだった。芭月はその正面に踏み込んだ。木刀をかい潜り、押尾の腹に拳を突き込んだ。押尾は、三メートル近く吹っ飛んで、地面に転がった。完全に失神していた。

「勝負あった!」後ろから柏木が大声で怒鳴った。「押尾総長は、タイマンで負けた。お前等は負けたんだ。とっとと解散して、皆家へ帰れ。じきに警察が来る。捕まりたくなければとっとと消えろ!」

 それを聞いて、「大羅漢」の残党は、蜘蛛の子を散らすようにその場を逃げ出した。それに向かって、「疾風」のメンバーは鬨の声を挙げた。

「さて、これで舞台は整ったな」

 その大騒ぎの中で、晶は桐生に向かって声を掛けた。桐生は無言で頷いた。

 桐生と晶は、少し距離を置いて対峙した。錦山は、少し離れてそれを見守っている。「ヨコハマロードスター」のメンバーも、事情を知っているのか、無言で遠巻きにしている。その様子に気付いて、芭月と竹原が近づいて来た。

「どうしたんだ?」

「因縁と対決って奴さ」

 芭月の問いに、錦山はさらっと答えた。

 二人の不穏な様子に、周りの連中も集まって来た。ぐるりを取り囲み、試合場が出来上がる。

「何だか周りが騒がしいな」

「気にするな。俺達には関係ねぇ」

 晶と桐生はそう言い合うと、どちらからとも無く構えを取った。

「行きがかり上、俺が審判をさせてもらう。」芭月は一歩前に出た。「ルールは特に無し。終わりはどちらかが立てなくなるまで。では、始め!」

「勝手に仕切るなよ」

 桐生は言いつつ、間合いを詰めた。晶は構えたまま、まだ動かない。

「まあまあ。買って出てくれるってんだ。やって貰おうぜ」

 晶は笑いながら言った。

「ま、何でも良いさ」桐生も笑った。「さあ、決着をつけようぜ。いくぞ!」

 桐生は吠えると、大きく踏み込んだ。

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

「とまあ、そんな感じだ。『国一抗争』のお陰で、主要な暴走族が軒並み検挙されて、国一は『疾風』の一人勝ちって事になったんだ」

 そう言い終えた桐生だが、直ぐに全員からの鋭い視線に気付いた。

「何だ、話がつまんなかったか?」

「いやいや、桐生さん」すかさず、大吾は突っ込んだ。「肝心な所が抜けてるじゃないですか」

「何がだ?」

「『因縁の対決』はどうなったんです?」

「ああ」桐生はしれっと答えた。「聞くな」

「エーーーッ!」

 全員が声を揃えて抗議した。

「自分から話を振っておきながら、それは無いじゃないですか」

「おじさんらしくないよ」

 大吾と遥が口を揃えて桐生を追求した。

「その話なら、俺が詳しく話してやろうか?」

 突然後ろから声を掛けられて、全員が飛び上がった。

 桐生が素早く振り返ると、そこにはTシャツにジーンズのラフな格好で、肩にズックのバッグを担いだ結城晶が笑って立っていた。

「結城!」

 桐生の声に、全員が驚いて振り返った。

「神室町の事務所に行ったら、柏木さんがお前は此処だと教えてくれてな。」

「その様子だと、元気だったらしいな」

「まあな。職業は、一応格闘家って括りになるのかな。それなりにやってるぜ」

「ところで結城さん」大吾が二人の話の腰を折った。「お二人の『因縁の対決』は、どういう結果になったんですか?」

「ああ。結局二対一で俺の勝ちだったよ」

 一瞬桐生の顔を見た後、晶はあっさりと答えた。

 そこからは、晶の武勇伝が始まり、子供達は寝る時間も忘れて話に没頭した。いつもは時間にうるさい桐生も遥も、今日ばかりは何も言わずに、一緒になって晶の話を聞いていた。そんな彼らを見て、大吾はこの土地を守る決意を新たにした。

 俺の大事な家族の居場所を守りたい。

 ふと桐生と目が合うと、彼は黙って頷いた。

 

 

 

終 わ り

 

 

(20131208了)

 

 

 

※  「湘南爆走族」と「地獄の軍団」 出典;『湘南爆走族』吉田聡

※  「シャクなこの世界を…」 出典・「黒く塗りつぶせ」矢沢永吉

※  「この道の彼方…」    出典・「ON THE ROAD」浜田省吾

※  「若さはいつでも…」   出展・「ハイティーン・ブギ」近藤雅彦

※  「ハッスルジェット」   出典・『湘南爆走族』吉田聡

※  「当たると痛ぇぜ」    出典・「湘南爆走族」の決めゼリフ

※  一剣会羽賀道場    幕末の神道無念流の免許皆伝、根岸信五郎の創始した有信館道場の流れを汲む、羽賀準一の弟子達が起こした剣道道場。

※  日本剣道協会     一剣会の弟子達の創建。1982年設立。現行の剣道に異を唱える団体。全日本剣道連盟に属さず、体当たり、足払い、組み討ちも認めている。

※   土田;土田晃之

※   的場;的場浩司

※   押尾;押尾学

※   竹原;竹原慎二

※   中居;中居正広      

―――全員、元ヤンの芸能人。名前を拝借しました。



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