雨が降る中、傘を差さずに街を歩く男がいた。それを見つけた氷川紗夜が彼に傘を差し出す。
「いい加減傘位差してください、風邪を引きますよ?」
「傘を差さずに踊る人間が居ても良い──」
「自由とはそういう事だ。ですか? 雨が降る時はいつも言ってますね? そんなに嫌ですか?」
この二人の出会いは今日と同じく雨で、男は傘を差していなくてそれを見た紗夜が傘を貸した。それが始まりだった。
「嫌だね……しかも、もう家近いからいらない」
差し出された傘を紗夜に返して、男は彼女と共に家に入って玄関に置いてあるタオルで軽く身体を拭いた。
「いつもの如く、シャワー浴びてるから適当に寛いどけ」
「わかってますよ、私は私の好きにさせてもらいます」
あー、また練習台にされるのか、若干嫌な気分になりながら彼は脱衣場に向かってシャワーを浴びた。
「ほんと、勘弁してくれよ」
数ヶ月前に彼女の手料理を食べた時はあんまりな味に男が絶句した事がある。その時にハッキリ評価を言えだので揉めたのは犬も食わない別の話だ。
男がシャワーから上がってテーブルに着くと簡単なお菓子が並べられていた。
「最近、お菓子を作る事が多いけど同じバンドの人から習ったのか?」
「ええ、最近はレシピを見なくても安定した物が作れるので前みたいな事にはなりませんよ」
「……その話は悪かったって」
「冗談ですよ」
普段の紗夜らしくもない、所謂ドヤ顔という表情だ。男は珍しい物を見たと思って吹き掛けたが、いや、彼女に悪いな。と堪えた。
「言うようになったよな……いただきます」
お菓子を一口食べると、男の好みの甘さが口に広がって適度にコーヒーを啜りたくなる様なお茶請けとしては申し分ない物だ。
「どう、ですか?」
今度は少し不安そうにしている紗夜、数ヶ月前はこんなにコロコロと表情を変える女ではなかったが、それを良しとした原因はとある決意をした。
「俺さ、紗夜と出会った時は雨を浴びるのは嫌いだったんだ。だから傘を差す人だったんだよ」
「え? そうなんですか?」
「……でも、あの日から段々変わっていった
──あの時はただお節介な女だな、ってそれだけだった。でも、その後に雨が降る度に君に出会って所謂雨女である事も、それを気にしている事も知った。
それから次第に雨を弾いて歩く事は君を拒む様に思えた。だから、君という名の雨を浴びる事にしたんだ」
「な、な……何を言っているんですか!?」
言葉の意図を理解し始めた紗夜は、風邪を引いた時にもこんな赤くはならないだろうという位顔を赤に染めていて、男はそんな事は知った事ではない。という様子で閉めきっていたカーテンを開けた。
「あー……やっぱり性に合わないな。要するに俺は君の事が好きだ」
何時のにか雨は止んでいた。
そして、その先にある物はきっと──