原初の御伽噺は神話へ至る   作:黒樹

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迷い子 後編

 

 

 

『パパ』と俺のことを呼んだ生命体が腹に突撃する。ボフッという音を響かせて頭から突っ込んだ少女は、そのまま額を擦り付けて甘えるような仕草を見せる。そうして一頻り甘えたあと、ふと視線を上げる。

 

「パパ?」

 

じーっと見つめてきた少女は、不安そうに首を傾げた。

思わず、「違う」という否定的言葉を呑み込む。

 

「ふむ。……どうしたものか」

 

結論から言えば、見覚えもなければ、身に覚えもない。娘がいた記憶もなければ、拾った記憶もない。

 

「パパ…パパ…パ…パ…パ…ッ」

 

隣では壊れたレコードのように「パ」を繰り返し、ミラが慌てふためく。どうしたものかと視線を向けると、目があった瞬間に涙目になってパニックになった彼女は、

 

「うわーん!」

 

ギルドの出口へ一人駆け出してしまった。

 

「うおっ、修羅場」

「ちょっとこれ頼む」

「追い駆けるの?」

「その必要はない」

 

少女をカナに預けていると、出口から真っ直ぐ出たはずのミラが駆け出した勢いのまま戻ってくる。そしてそのまま前も見ずに突っ込んできたところを抱き止める。

 

「あれ?ギルドから出たのになんで!?」

「悪いな。追い駆けるのが面倒で魔法を使って空間を歪ませた」

 

原理は単純、空間魔法でギルドから誰も出られないように固定しただけである。外からの侵入も、中からの脱出も、俺が魔法を解かない限りできない。普段は使わない凄い魔術の無駄遣いと言われようが、使ってこその魔法である。元々こんな使い方は想定していなかったが。

 

「はい。おかえり」

「やぁー、離して!」

「俺がそう簡単におまえを逃すと思うか?」

 

ぎゅっと抱き締めて、耳元に囁くと俺の胸元に顔を押し付けながら首を横に振る。

 

「……落ち着いたか?」

 

暫くの間そうして宥めた。

ミラは赤く目を泣き腫らしたまま、小さく頷く。

 

「それで……どういうことなの?」

 

この子は本当にローゼンの子なのか、と疑いをかけてくるミラにどう答えたものか悩む。違うと答えれば少女を傷つけることになるし、そうだと答えればミラを傷つける。八方塞がりだ。しかし、どちらかを傷つけるのなら、せめて真実だけを口にするべきだろう。俺も全く知らないのだから。

 

「俺も知らん。拾った覚えもない」

 

拾った、という状況はかなり珍しい状況かもしれないが、前例はある。

 

「ねぇ、ローゼンって私達以外にも子供を拾ったことあるの?」

 

ミラやエルフマン、そしてリサーナは俺が拾ってきた子供だ。エンジェルも拾ったと言えるし、他にも拾った子供は沢山いる。自分で生活できるようになるまで面倒を見ていた。本来ならそこまでなのだが、例外としてミラ達だけはなんとなく手元に置いてしまっていた。その結果が嫁になるなど誰が想像しただろうか。

 

懐かしく過去に想いを馳せながら、ミラの質問に答える。

 

「ある。だが、これは本当に知らん」

 

完全に否定するとミラはホッとしたように一息。

ちゃんと信じたみたいで、安心した顔をする。

 

「そう。……でも、困ったわね」

 

疑惑は晴れたが問題は解決していない。ミラは自分の問題が解決すると今度は少女の心配をし始めた。帰る場所のない少女に思うところがあるようで、慈しむ表情で少女を眺めている。

 

「ねぇ、ローゼン。この子の本当の両親が見つかるまで、私達の家で面倒を見ない?」

 

そして、そんなことを言い始めた。これにはカナもびっくりで口を挟まずにはいられない。

 

「ちょっ、ちょっとちょっと、いいの?あんたら新婚でしょ?」

「だって、ローゼンのことをパパって呼んでるのよ。引き離すのは可哀想じゃない」

「そりゃそうだろうけど……」

 

ミラがそう言うのなら異論はない。……ないが。

 

「二人きりの時間は減るぞ。いいのか?」

「うっ。……大丈夫だもん。そ、それに、子供できた時の予行練習になるかなー、なんて」

 

そんなことを言っていくうちに顔を赤くしていくミラ。

 

「まぁ、二人きりの時間はいくらでも作れるしな」

 

いざとなれば時間操作系の魔法が使えるので、ミラが欲しい時に時間を作ればいい。そんな楽観的なことを考えて俺とミラは一先ず少女を預かることにした。

 

「それで名は?」

「……それがわからないみたいで」

 

首傾げる少女の代わりに、カナがそう答えた。

 

 

 

少女を預かることになれば色々と問題が出てくる。日用品や着替えなどを買い揃えなければならないのだ。着替えはミラやリサーナの小さい時の物が残っているのでそれを使えばいいが、消耗品はそうではない。必要なものを買い揃えるうちに日が暮れて、夕食や風呂を済ませると少女は眠たげに瞼を擦り始めた。

 

「じゃあ、この子を寝かせてくるわね」

 

もう既に半分夢の世界へ意識が飛び立とうとしている少女の背中を押して、ミラは少女を与えた寝室へと連れて行く。それから程なくしてミラは戻ってきた。

 

「もう寝たのか?」

「うん。だいぶ疲れていたみたい。それとも、お父さんに会えて安心しちゃったのかしら」

 

揶揄うミラに、俺はすぐさま仕返しをする。

 

「母親が優しくて美人だったからかもな」

 

俺がパパと呼ばれているからか、ミラはなんとかママと呼ばせようとして奮闘していた姿を思い出し、苦笑するとミラが可愛らしく頬を赤くし膨らませる。

 

「あの子、私のことママって呼ばないのよね。何故かしら?」

 

ちょっとだけ不満そうにそう言って、俺が座るソファーの隣へ腰を下ろす。腕に寄り掛かるとそのまま俺の腕を抱いて、頭を肩に乗せてきた。

 

「ねぇ、ローゼン。ふたりっきりね」

 

抱いた腕を更に強く締め付けて、太腿の間に手が挟まれる。

右腕が彼女の感触に包まれて、妙に擽ったい。

 

「そうだな」

「……私達も寝室に戻りましょう」

 

ミラに促されるままにリビングを出て寝室へ向かう。その間ずっとミラはくっついていた。寝室に入るとそのまま誘導するように俺の手を引いて、ベッドの前まで来ると俺の腕を巻き込んだままベッドの上に倒れた。

腕を引かれるままにミラに覆い被さってしまった俺は、そのまま彼女の頬に手を添えた。ついでに防音と侵入禁止の結界を張っておく。これで少女が起きて来ても大丈夫なはずだ。

 

「今日は随分と積極的だな」

「だって今日一日、あの子のことばかり見てるんだもの」

 

どうやらそれが面白くないらしく、薄らと嫉妬しているらしい。手を伸ばし俺の首に腕を回すとそのまま何かを強請るように引き寄せようとする。

 

「ん」

 

目を閉じ、唇を突き出す。

誘われるままに、俺はそっと顔を近づけて–––。

 

「……」

 

誰かの視線を感じて、唇が触れ合うまであと数センチというところで止まった。

 

「……あ、続きをどうぞマスター。私のことはお気になさらず」

 

視線の発生源、寝室唯一の扉の前には、じーっと此方を見る少女の姿があった。いつどこから入ったのか、しかしその雰囲気は昼までとは違い人形のように無表情。その顔でじっと観察される上、昼の様子とは全く違うからどうも異質に見えてしまう。

 

–––だが、何故か警戒する気にならなかった。少女から感じる魔力の波動が既視感のあるものであることが理由の一端か、俺はすぐにその正体を見破った。

 

「……え?え?」

 

ようやく侵入者に気付いたミラが、少女の方へ視線を向けた。そして、驚いた顔で固まるとすぐに状況を理解して顔を真っ赤にする。

 

「え、えっと、こ、これはね。違うの!」

 

まるで浮気の言い訳を並べ立てているような台詞だが、実際は子供に子供を作る行程を見られた親の反応である。普通はこのように動揺するものなのか、と客観的に事態を理解した俺は、取り敢えず落ち着くように彼女をそのまま抱き上げて胸の中に顔を埋めさせたまま、ベッドに座って彼女を宥め始めた。

 

「キス、接吻、ちゅー、と呼ぶものなのは理解しています。それが始まりに過ぎないことも」

「は、は、始まりとかそういうんじゃなくて!」

 

パニック状態でミラは言い訳を口にする。完全に少女の掌の上だ。

 

「落ち着け。ミラ」

「だ、だって、あの子に見られたのよ!?」

 

その少女を見て、次第にミラが冷静さを取り戻して行く。少女の様子が昼間と違うことに気づいたのだろう。少女を見て目を白黒とさせる。

 

「あれ?あれって……あの子、よね?」

 

無表情で此方を見る少女に、ミラが不安そうに漏らす。

俺は安心させるように頭を撫でる。

 

「間違いない。……が、俺にも理解できない。結界魔法であり、何処にでもあって何処にも存在しないはずのおまえが人型になって外を出歩いているとは何の冗談だ?」

「そのお話はマスター達が事を終えるまで待ってもよろしいんですけど」

「「よくない」」

「それは残念です。人の営みには興味があったのですけど」

 

変わらぬ無表情と、抑揚のない声で少女が言う。

そして、瞑目して何かを思い出すように視線を彷徨わせた。

 

「取り敢えず、この身体の話ですね。と言っても語れることなど多くはありませんが」

 

そう前置きして、少女は結論から言った。

 

「造っちゃいました」

「……造った?おまえにそんな機能をつけた覚えはないが」

「簡単ですよマスター。人間の情報の根幹たる遺伝子情報を雄と雌の番となるように用意して、マスターの植物魔法を応用した特殊な蕾の中で合成、そして完成した器に“私”をインストールしました。ただそのままでは器が耐え切れなかったので、魔導書に結界魔法である私と造った器を繋ぎ固定化して誕生したのが、私です」

「つまり、魔導書でありながら、半分人間、半分魔法。半魔法生命体と言ったところか」

「ただ問題がありまして。造った器に自我が芽生え、魂が宿ってしまっていました」

 

それが昼間の少女の姿なのだろう。無邪気で、あどけない、子供らしい姿を持つあれこそが、本来根付く筈だった魂だ。

 

「もう一人の私は“私”がいることを理解していますが、あまりよくわかっていないようです。また私も彼女が眠っている間しか表に出ることが出来ません」

 

少し残念そうに語るが、顔は無表情のままだ。

 

「そういうわけでマスター。私に名前をつけてください」

「確かに名前がないと不便だな」

「それに魔法名と個体名を貰えないと、存在が不安定なままですから」

 

名をつける理由をそう主張されれば考えるしかない。だが、悩む。思考の海に意識を落としていると腕の中から声が上がった。

 

「なら、アルマリアなんてどう?」

「どういう意味なんだ?」

「あの絵本の少女の名前なんだけど……」

「なるほど。それならいいかもしれませんね、マスター」

 

ミラが提案した名前を気に入ったようである。

あとは、魔法名だが……。

 

「魔導書か……」

「私としては、マスターの名の一部を頂きたいと存じます。本の中身はほぼマスターの蒐集した魔法なので」

「ならば、ロゼ・フラメルの写本でどうだ?」

「いいですね。それがいいですマスター」

 

少女–––アルマリア–––は本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

 

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