グールがこちらへ向かってくる。
「来るよ!」
雨が木刀を構える。
俺も拳を握り込んだ。
グールが腕を振り上げる。
その直後、森の奥から木々を薙ぎ倒すような音が響いた。次の瞬間、俺たちの後ろから何かが飛び込んできた。
「なっ!?」
あまりの速さに、何が起きたのか分からなかった。
巨大な影がグールへ食らいつく。
鋭い牙がその身体へ食い込み、そのままグールを咥えた。
「……っ!」
巨大な狼。
そう認識した時には、すでにそいつは地面を蹴っていた。
グールを咥えたまま、数メートル先へ着地した。
俺たちは、ただその光景を見ていた。
さっきまで、俺たちがどれだけ攻撃しても倒れなかったグールが今は、巨大な狼の口に咥えられている。
グールはもがいているが、抜け出せそうにはない。
「フリーズヴェトニル……何故ここに……」
雨が呟く。確かこちらで言うフェンリルの事だったか。
フリーズヴェトニルはグールを咥えたまま、こちらを一瞥した。
そして、顎に力を込める。
グールの身体が大きく歪んだ。
次の瞬間、その口から落ちたグールの身体は、二つに分かれていた。
「…………」
あまりにも一瞬の出来事だった。
フェンリルは何事もなかったかのように、こちらへ向き直る。
「……まだ、グールを相手していた方が良かったね」
雨はフリーズヴェトニルに向け、木刀を再び構え直す。
フリーズヴェトニルは、しばらく俺たちを見つめていた。
そして、頭を少し下げたかと思うと、そのまま森の奥へと跳び去って行った。
「……今、会釈したように見えたんだけど」
「してたな」
雨は呆気にとられており、木刀を構えたまま立ち尽くしていた。
「そんなことより、可憐だ」
社に向かうと、可憐は今も尚階段に座り、眠り続けていた。
「可憐嬢もだけど、涼也も結構やられたんじゃないか?」
「名誉の負傷ってやつだ。唾塗っときゃ治る」
そう答えるが、身体中が悲鳴をあげている。
肩も痛い。腹も痛い。背中も痛む。
しかし歩ける。問題ない。
「そういや、神崎はどうしたんだよ?」
「なんせ、とばしてきたからね……」
雨は気まずそうに目を逸らす。
どうやら、置き去りにしてきたらしい。
「勇者がお姫様を置き去りにしてどうすんだよ?」
「それについては、後で本人に謝罪するよ……」
神崎の怒った顔が目に浮かぶ。
「そんじゃ、そっちのことはそっちで解決するんだな」
「諒也はどうするんだい?」
「さすがに可憐をこのままにしとく訳にもいかんだろ。病院に運ぶ。可憐には何も無かったと誤魔化しとくから、合わせてくれ」
「……分かった。それじゃあ、可憐嬢のことは頼んだよ」
「任された」
そういうと、雨は祭り会場へ戻って行った。
さて、もうひと仕事だ。俺は、可憐をおぶって、病院に向かった。
「また来たの?」
診察室。医者の開口一番はそれだった。今日退院したはずの患者がまた来ればそうも言うだろう。
「ええ、疲労か何かで急に倒れまして……」
嘘は言っていない。
「よく倒れる子だね。それよりも、君の方が入院した方が良さそうだけど? どうしたのかな?」
「派手に転びまして……」
「君も一応受診しときなさい」
「……分かりました」
一通り診察を終え、俺は可憐が眠るベッドの横に座った。俺の容態は、全身打撲、左肩裂傷、右肋骨骨折だった。骨折とは言っても、ヒビ程度だったため入院自体は免れた。道理で、全身痛いわけだ。
「ここは……」
可憐が目を覚ます。
「涼也先輩!? 怪我は!?」
こちらに気づくなり、慌てて体を起こす。
「怪我? なんの事だ?」
「だって先輩、あのお社で化物に……あれ?」
可憐は俺の全身をくまなく見る。ボロボロになった服は既に似た服に着替えてある。
「だから何言ってんだよ。俺が社に着いた時にはお前、眠ってたぞ」
「……そう、でしたっけ」
可憐は首を傾げる。
何かを思い出そうとしているのか、視線が宙を彷徨った。
「怖い夢でも見て錯乱してんのか? 追加で注射してもらうか?」
「……それは嫌です」
即答だった。
「だろ?」
可憐は何か言いたげにこちらを見る。
しかし、結局何も言わずに口を閉じた。
「で、可憐。俺はこれでも怒ってるんだ。どうして逃げた?」
「それは……」
可憐は口を開きかけたが、何も言えずにいた。
「その目のことなのは大体察しがつく。別に話せとは言わんが、探すの大変だったんだぞ?」
可憐の左右で異なる色の目を見つめる。
「ごめんなさい……」
可憐はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「私、この眼のことで昔、虐められていたんです。自分たちとは違うって……」
可憐は目を伏せる。
人は人と違うものを恐れ、虐げる。可憐がそうだったということも、想像に容易い。
「だから、私はこの眼のことを特別だと思い込むことにしました。眼帯をして、包帯をして、人とは違う、お前たちとは違い特別なんだって……」
中二病。
そう呼んでしまえば簡単かもしれない。
しかしそれは、可憐にとって自分を守るための鎧だったのだろう。
「でも、先輩に嫌われたくなかった……だから……」
可憐はそこで言葉を切った。
俯いたまま、続きを口にしようとしない。
「お前はバカなのか?」
「え……?」
「俺がいつ、お前の目を見て嫌いになるなんて言った?」
「それは……」
可憐は答えられず、視線を落とす。
「眼帯が外れたくらいで逃げ出して、森の中まで追いかけさせて、挙句病院までくる羽目になったんだぞ。退院した日にまた病院に運ばれる患者がどこにいるんだ」
「それは……ごめんなさい。でも、先輩はこの眼をみた人達がどんな目で私を見たか知らないじゃないですか!!」
可憐の声が、病室に響いた。
「知らんし、興味も無い」
「どうしてっ!!」
可憐は更に声を荒らげる。
「俺はお前を見てるんだ。お前の眼なんか関係ない」
「え?」
可憐が顔を上げる。
俺はその目を見た。
左右で色の違う瞳。
可憐がずっと隠してきたものだ。
「中二病のお前、調子に乗ってるお前、くだらないことでムキになるお前、しおらしくなってるお前、うるさいお前、今のお前、全部引っ括めて藍白可憐だろ?」
可憐は何も言わなかった。
ただ、少し驚いたように俺を見ている。
「うるさいは余計です……」
しばらくして、可憐が小さく呟いた。
「減らず口を叩けるなら十分だ。前にも言っただろ、他人の評価なんて関係ない。お前がどうありたいかだ。それでも不安ならそうだな……俺は藍白可憐という人間は嫌いじゃない」
「それって、褒めてるんですか?」
可憐は少しだけ目を伏せた。
さっきまで張り詰めていた表情が、ほんの少しだけ緩んでいるように見えた。
「どうだろうな。それじゃ、俺は行くからお前はここで反省してろ」
「女の子を1人にして置いていくんですか?」
「あとから神崎たちも来る。心配すんな」
病院を出て、雨に連絡を入れる。すぐにこちらに向かうとのことだ。
時刻は19時。薄闇が静かに街を侵食し、空の底から藍色がせり上がってくる。
気づくと、俺の足は例の祠に向かっていた。
「こんなところに何の用だ?」
「会長こそ、野暮用じゃなかったんですか?」
「だから、野暮用だ」
会長の手には徳利とおちょこ。祠の前にはおちょこが備えられている。
「そちらも、順風満帆のようだな」
会長はこちらに背を向けたまま、おちょこを口に運ぶ。
「ぼちぼちですよ」
俺は苦笑する。
夜の静寂の中、遠くから祭囃子だけが聞こえてきた。
ここまで読んで頂きありがとうございました。ずっと貯めていたプロット(7年越し?)を吐き切ることが出来ました。
ここからは、完全に無の状態からのスタートです
みなさん、よろしくお願いします!