あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル23

 姫野さんの言い訳は、まあカットしてもいいだろう。それはボクが聞いた話と大差がなかったし、恭治くんがどう感じるかも結局のところわからないからだ。

 

 これもまたクオリア――感じ方の差異なわけで。

 

 他人の感じ方自体は観察しようもないから、外部的に表出された表情や動作、口調の強弱、そのほかもろもろの反応パターンを見るほかない。

 

 究極的には脳みそが見ている画像を外部出力してパソコンで見れるようになったとしても、それは脳の出力の結果を出しているだけであって、クオリアそのものを観察できるわけではない。

 

 だけど、そんなこともべつに主題ではないだろう。

 不毛な話。

 ボクのふさふさな髪を分けてあげたいくらい不毛だ。

 

「す……ころす……」

 

 要するに、恭治くんは殺意マシマシな状態だった。

 牛丼だったらつゆだくだよっていうくらいマシマシだ。呂律がまわっておらず、ゾンビのような唸り声をあげている。

 もしも、銃が手元にあったら恭治くんは姫野さんを撃っていただろう。

 

「波風を立てるな……恭治くん」

 

 大門さんは軽くみんなを見回した。

 静かな怒気を発し、この場を収めようとしているようだ。

 

「それで、姫野。君はエミちゃんに襲われ、正当防衛をした。結果として、過剰になってしまったが、そこまでするつもりはなかった。そう言いたいわけだな」

 

「ええそうよ」

 

 姫野さんは泣いてグチャグチャになってしまった化粧を完全に落としていて、まるで別モノの生き物みたいだったけど、むっつりと不機嫌そうな表情は化粧をしていたときとさほど変わらなかった。

 

「人殺し! この人殺しが!」と恭治くん。

 

 喚きたてるように言う恭治くんに、大門さんは「静かにしろ」と声を抑えて言う。

 

「平時であれば過剰防衛は刑の減免だ。無罪になるわけではない」

 

「あの子は……ゾンビだったのよ。ゾンビに対して殺人もなにもないわ!」

 

「エミは人間だ。そんなの見てればわかるだろ」

 

 恭治くんは小刻みに身体を揺らしている。

 おそらく――。

 たぶんだけど、憎悪が身体の中から溢れ出そうになっていて、無意識にそんな行為をとっているのだろう。

 

「黙れといったはずだ」

 

 と、大門さんは恭治くんに銃を向けた。

 この人も案外タガがはずれかかっているのかもしれない。何度も繰り返される人間関係に疲れて、繊細に解決するだけの余力がなくなっている。

 わかりやすい暴力に頼ってしまっている。

 

 恭治くんは銃を向けられても少しもひるまず、大門さんをにらんだ。

 

「こいつを庇うんですか」

 

「違う。オレが裁定するといっているんだ。君はいま冷静になれていないだろう」

 

 銃を向けながら冷静になれとか、めちゃくちゃじゃないかな。

 とはいえ――、強権に従うのは部活動では一般的なことだ。

 ボクはスポーツとかしたことないからわからないけれど、誰かの指示に従うのが楽なことはわかる。

 恭治くんは最愛の妹をなくし、疲れきっていた。

 だから、最後には渋々と大門さんに従った。

 

「それでは聞くが……、姫野。君はエミちゃんを殺した。それは間違いないな」

 

「……確かにそうかもしれないけど。でも違うの。あの子はゾンビだったから」

 

「ゾンビかどうかは関係はない。君がエミちゃんを殺したかどうか。その行動を知りたいだけだ」

 

「たまたま鉄パイプが刺さっただけよ」

 

「刺したのはまちがいないんだな」

 

「それは……そうだけど」

 

「エミちゃんがゾンビかどうかは見極めているところだった。それを君は自侭にも勝手に裁定してしまった。そういうことだな」

 

「そうじゃないわ! 刺したのではなくて刺さったの! 偶然よ」

 

「あんな長い得物を人につきたてるのに偶然もないと思うが。はっきり言っておくが君がどのような証言をしたかによって、君の行く末は決まる。気をつけて発言しろ」

 

「わたしは、べつに……殺したくてやったわけじゃないの。怖かったのよ」

 

「恐怖で命令違反をしたわけか」

 

「わたしはべつに自衛隊じゃないし、アンタの部下でもないわ!」

 

「ここにいる以上はオレの命令に従ってもらう。最初に伝えているはずだ」

 

 大門さんにとっては、自分の秩序を破壊されたことのほうが罪が重いらしい。人かゾンビか不明なエミちゃんを害したことよりも、自分の決定を勝手に覆されたことのほうが腹立たしい――そんな論法だった。

 

「なぜ腕を押さえてる?」

 

 大門さんが聞いた。

 

 確かに姫野さんは不自然にも左腕で右腕をカバーしていた。

 気絶してからすぐに起こしにいったから、当然着替える暇もなかったんだと思う。大門さんはその庇うような仕草ですぐに気づいたみたい。

 

「姫野。その腕の傷はなんだ?」

 

 もう一度聞く。逃げ口上を許さない鋭い声色だ。

 

「これは……」

 

 姫野さんの口調には迷いが見て取れた。

 もし正直に答えたら――、エミちゃんに傷つけられたと答えたら、姫野さんは感染していると思われるかもしれない。

 逆に事故だと答えたら、エミちゃんに襲われたという話に信憑性がなくなる。もしくは自分の正当性が弱まる。

 

 進退窮まっている。

 

 それで――結局。

 姫野さんから出てきたのは、顔を真っ赤にしてただ喚き散らすことだけだ。

 あまりにも意味のない言葉なので、脳内カットしまーす。

 

 ひとしきり聞いたあと、大門さんは長いため息をついた。

 

「オレは仕事柄飛行機によく乗るのだが……」

 

 大門さんは腕を組み、椅子を回転させた。

 

「どうしてもいらだたしいことがひとつあってだな。それは明らかに風邪を引いているにも関わらず、マスクもせず、遠慮なく咳こむ輩だ。飛行機という狭い空間の中で、他者に迷惑をかけることをなんとも思っていない。秩序を乱すことをなんとも思っていないゴミくずだ。もしも許されるならば、そいつを飛行機からひきずり降ろしてやりたいと思ったことだって何度もある」

 

「なによ……そんな、脅し……」

 

「脅しじゃない。今はそんな世の中だといってるんだ。姫野、その傷はなんだ。言ってみろ」

 

 姫野さんは助けを求めるようにボクを見た。

 もしかしたら、ボクになんらかの助け舟を出してほしいのかもしれない。

 でも、ボクには姫野さんを助ける義理はなかった。

 嘘をつくのも悪いことだというごくごく一般的な倫理感もある。

 

 もちろん、それによって大門さんが姫野さんを排斥する理由は増えるわけだけど、その因果関係から、ボクはもうノータッチでいたい気分だった。

 

 どうなろうと――関係ない。

 

 エミちゃんを殺したことについて、ボク自身は糾弾するほどの正当な理由というものはないかもしれないけれど、あえて姫野さんを助ける理由もない。

 

「エミちゃんに噛まれたのか?」

 

「ち、違う。これは引っかかれただけよ」

 

「感染しているのか?」

 

「感染なんてしてない! ねえ。お願い信じて」

 

 姫野さんがすがるように大門さんに近づく。

 けれど、大門さんの態度は明確な拒否。

 感染してるかもしれない人間を近づけるなんて、バカのすることだからね。

 

 オートマティックピストルは、姫野さんの胸のあたりを狙っていた。

 姫野さんはビクっとその場で立ち止まり、それ以上進めなくなる。

 

「その態度が自分勝手だと言っているんだ!」

 

「違う。違うのよ。お願い。私、死にたくない。助けてよおお!」

 

 細い声で姫野さんは言って、その場で床の上にくず折れた。

 泣きはらした目からは涙がこぼれ、床をぬらしている。

 その涙をキタナイものを見るように恭治くんは目を細めた。

 

「自業自得だ……死ねよ」

 

「いやあああっ! じにだくないっ!」

 

 大門さんは思案顔になった。

 チラリと銃を見て、それから姫野さんを見た。

 撃ち殺そうと思っているのかはわからない。

 銃から手を離そうとはしてないものの、引き金に指まではかかっていない。銃は執務室の豪奢な机の上に置かれていて、その存在を静かに主張している。

 

 それで、たっぷりと十秒ほど時間が経過した後。

 

「追放ということにするか……」

 

 大門さんの結論がでた。

 姫野さんが息を呑み、大門さんのいる机のほうに近づく。

 しかし、後ろから恭治くんが羽交い絞めにした。既に大門さんは銃に手をかけて、姫野さんを狙っている。

 少しでも近づけば撃つつもりだろう。

 

「これは温情だ。いますぐ撃ち殺すといってるわけではないのだからな。君はエミちゃんを殺し、しかもゾンビウイルスに感染しているかもしれない。組織にあだなす存在だ。そのような者をここに置いてはおけない」

 

「外にでたら死んじゃうに決まってるじゃない! 私を殺す気なの?」

 

 確かに、事実上の死刑宣告に近いかもしれない。

 姫野さんは追い出されないため、必死に大門さんに訴える。

 

「私もエミちゃんにみたいにしばらく閉じこめておけばいいでしょう! 何も追い出さなくても……お願い。お願いよ」

 

「そういうことを言ってるんじゃない。君は、自分が感染しているかもしれないと思いつつ、そのことを隠そうとした。組織から守られているということを意識せず、自分だけ助かろうとしている。それが組織を崩壊させるといっている」

 

「なによ。私が感染してるからって――、抱けなくなったからって、それで、はいおしまいってわけ!」

 

「そう思いたければそう思っておけばいい。どちらにせよ、君を追い出すことは決定した。いま、この場で撃ち殺されないだけありがたく思え」

 

「死ね! アンタなんかゾンビに食い殺されて死んでしまえ! あんたらもよ。みんなして私をゾンビ扱いして! こうなるのが嫌だから、私はあの子のことが嫌いだったの! 恭治。おまえも妹のことばかり考えてるから、こうなるんだ。おまえも死ね!」

 

「だったら、オレがいますぐ殺してやろうか!」

 

 恭治くんは激昂し、その場で羽交い絞めにしていた姫野さんを放り投げた。

 柔道の技なのかな。

 細い身体の姫野さんは、高校生の体力に敵うはずもなかった。

 

 硬い床に叩きつけられた姫野さんは、その場で「うっ」と呻き、動きを止めた。

 

「恭治くん。君が連れていってくれるか?」

 

 大門さんが聞くと、恭治くんが嬉々として答える。

 

「はい。わかりました」

 

「やだ。やだやだ。お願い。やだ! 助けて死にたくないっ!」

 

 まるっきり子どものように、姫野さんは床の上でジタバタする。

 そのあんまりといえばあんまりな様子をみんな冷めた視線で見つめていた。

 

 でも――。

 ひとりだけ違う人がいた。

 

「あの……、姫野さんが言うとおり、ここはひとつ追い出さずに様子を見るというのはいかがなものでしょうか」

 

 飯田さんがおずおずと声をあげた。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

「なにを言ってるのかわかりかねるが……。飯田くん。君はわたしの采配を間違ってると言いたいのかね」

 

 わずかな怒りをにじませる大門さん。

 飯田さんは両の手を小さく振りながら必死に否定する。

 

「いえいえ、そういうつもりじゃないですけど、事実関係の確認が取れてないじゃないですか。姫野さんは本当に感染しているかもしれないし、感染していないかもしれない」

 

 わずかに目を見開いて姫野さんは飯田さんを見た。

 自分を救ってくれる蜘蛛の糸が垂らされたようなものだし、そんなふうになるのもしょうがないのかもね。

 でも、姫野さんって飯田さんには特に興味はなさそうだったけどな。

 

 大門さんはかぶりを振った。

 

「感染しているかしていないかはこの際どうでもいい。問題なのは、姫野は自分のことを優先したということだ。オレがもしも感染したのなら、正直に皆に話すだろう。そして静かにその場を去るつもりだ」

 

「そんなふうに思われると考えて、姫野さんは隠そうとしたんじゃないですかね。事実もよく確認せず、ただ危険というだけで排斥してしまうと、あとあと、ちょっとした傷を負っただけで、ゾンビになるかもしれないといって殺さなければならなくなってしまいます。そちらのほうが組織力を弱めてしまうのでは?」

 

「君の貴重な意見は胸においておこう。だが、これはオレが決定したことだ」

 

「そんなに簡単に追い出したりしないでも、べつに危険はないでしょう。ゾンビに感染しているかもしれないといっても、姫野さんにはその兆候はないわけですし」

 

「ゾンビになる前のほうがむしろ危険なのだ。エイズに感染した人間があえて他の人間に感染させようとした例なんていくらでもあるだろう。姫野の危険性はゾンビウイルスに冒されているかもしれないということよりも、むしろ、自分のことを優先し、他者のことを省みないというその心性にある」

 

「大門さんだって、緋色ちゃんがあれだけ言ったのに、無理やりゾンビ避けスプレーを取り上げたじゃないですか!」

 

「いい加減にしろ。オレは組織のために有効活用しようと思っただけだ。緋色ちゃんだって納得して渡してくれた。だろう?」

 

 えっと、ボクですか?

 あれを納得と言われてしまうと、銃をつきつけられて金を出せと言われてそのとおりに出したら納得という論法も通ってしまうような気がする。

 

 でもまあ、飯田さんがこれ以上突っ込むとヤバイ気がしたので、

 

「まー、そういうことでいいですよ」

 

 と、軽い感じで答えておいた。

 

「緋色ちゃん……それでいいのかい」

 

「いいですよ」

 

「飯田くん。君は君なりの正義を持っているのだろうが、君の言い分が組織にとって危険だということはわかるね?」

 

 言い聞かせるように大門さんが言った。飯田さんは納得できないのか口の中をもごもごさせている。元来気が弱い飯田さんにとって、こんな体育会系な大門さんに口ごたえをするのはさぞかし勇気がいっただろう。

 

「飯田さん。大門さんの言うとおりにしてください」

 

 恭治くんの言葉に、飯田さんは何も言い返せなくなってしまった。

 

 恭治くんは、いまや全権委任された大使のように、大門さんから力の象徴であるショットガンを得て、意気揚々と姫野さんを連行している。

 

 正確に言えば、姫野さんは前を静かに歩かされ、その後ろをショットガンを構えた恭治くんが後ろで狙っている。

 

 もしも、変な行動をとれば、それを理由に恭治くんは復讐を果たすつもりだろう。

 

「みんなして、ひどい……ひどいわ」

 

「知るかよ。さっさと歩け!」

 

 さすがにこの状態でバカをするだけの勇気はないのか、姫野さんは身をすくめるようにしてトボトボと歩いている。

 

 まるで魔女裁判で有罪判決をくらった魔女みたい。いまや自分を塗り固めていたプライドもすべて溶け出してしまって、未来に絶望してしまっている。

 

 ひとりの女の子の未来を閉ざした人間が、自分自身の未来を閉ざされて絶望する様子に、ボクとしては特段なんの感想も抱かなかった。

 

 飯田さんのようなあり方のほうが、人間としては上等だとは思うけれど、ボクとしては姫野さんにそこまでする価値があるように思えない。

 

 姫野さんがどのように感じたのかとか、どのように思ったのかとか、そんなものに一切興味がない。姫野さんのクオリアにそこまで価値があると思えない。

 

 だから――、しょうがないという感覚が一番近い。

 

 姫野さんが連れて行かれたのは外に出る際の、あの脚立が置かれたところだ。

 例によってバリケード前で騒いでゾンビを集め、脚立のそばにはいないようにしている。さすがにゾンビの渦の中に突き落とすという死刑方法ではなかったみたいだ。

 

「さっさと上がれよ」

 

「呪ってやる。あんたも……あんたたちもひとり残らずゾンビに食われてしまえ! ゾンビになってしまえ!」

 

 姫野さんはボクたちをひとりひとり指差し、呪詛を叫び散らした。

 

「いつかはなるさ。死んだらみんなゾンビになるんだからな。ほら行けよ」

 

 場違いなことに思うのは死刑囚についてのこと。

 

 日本の場合、死刑囚って全員、絞首刑なわけだけど、そこにいたるには死の階段をのぼりつめるらしい。

 今まさに脚立を一段一段のぼりつめている姫野さんは、死刑囚の歩みに似ている気がした。

 絶望と呪いに満ちた視線は、見る者の恐怖を惹起させる。

 あまり長く見ていていいものじゃないかもね。

 

「あの……せめて、せめてですが、ゾンビ避けスプレーをかけてあげたらどうですか?」

 

 飯田さんがここでも優しさを見せた。

 

 それは偽善かもしれないけれど、姫野さんにとっては偽善であろうがそうでなかろうが、生存率に直接関わってくることだ。呪いの視線が、一瞬だけ輝きを取り戻し、すがるような懇願の目になった。

 

「ふむ……。まあいいだろう。ゾンビに襲われて戻ってこられても困るしな」

 

 大門さんが言い、姫野さんにスプレーをふきかける。

 

 あまり遠くまで行かれると、姫野さんがどこに行ったかわからなくなるから、ゾンビ避け効果はなくなっちゃうけど……、まあいいか。

 

 飯田さんの優しさにならって、せめて、見える範囲くらいはゾンビ避けしてあげよう。

 

「二度と帰ってくるなよ。この土地に帰ってきたら今度は殺すからな」

 

 恭治くんとしては、本当はゾンビ避けスプレーもふきかけたくなかったのだろう。それが不当な主張だとは思わない。いまでも大門さんの決定につき従ってるのは、必死に殺意を抑えつけている結果だろうから。

 

「言っておくけど、あんたらも同罪だから。いまあんたらがしてることは殺人と同じよ。絶対に許さない……。こんなスプレーをふきかけたくらいで許されたと思わないで」

 

「おまえに許されようなんてまったく思ってないさ。さっさと行けよ」

 

 恭治くんが銃をかまえると、姫野さんは壁の向こう側に飛び降りた。

 夕闇に支配されかけている中を、姫野さんが必死で走っていく姿が見えた。

 

 恭治くんの顔つきは空っぽだ。

 復讐も一応は終わり、今の彼には何もない。

 だから空っぽ。

 空虚な表情に、今にも消えそうに思ってしまう。

 

「元気をだすんだ。恭治くん……」

 

 大門さんが恭治くんの肩に手をかけた。

 しかし、恭治くんはうなだれたままだった。

 大門さんは「ふむ」と小さく呟くと、みんなを見回した。

 

「少し元気がでる話をしてやろう」

「?」

 

 大門さんはにこやかに笑いながら言う。みんな怪訝な表情になった。

 なんだろう。この場で元気がでる話?

 とっておきのギャグとか? んなわけないか。

 

 答えはすぐに出た。

 

「あのゾンビ避けスプレーはニセモノだ」

 

 え?

 

 え~~~~~~~っ?

 

 それって、えっと。えっと……。外道すぎませんかね?

 

「そんな……人でなし」

 

 飯田さんが声をあげるも、大門さんはどこ吹く風。

 

「これもやむをえないことだ。そもそも、ゾンビ避けスプレーの存在は他のコミュニティに知られていいもんじゃない。追放するにしろ、その危険を除去せねばならん」

 

「だからって……姫野さんが殺されてしまいますよ」

 

「殺されていい。いや、むしろ殺されるべきだ」

 

「だったらなんで、こんな周りくどいことを」

 

 確かにわざわざそんなことをしなくても、ゾンビのいる中に叩き落したほうが早いような気がする。

 

「弾がもったいないだろう。追放ではなくて銃殺するとなるとどうしても弾を使ってしまう。それに窮鼠が猫を噛むような事態も避けねばならん。追放といっておけば、あるいはゾンビスプレーをふきかけるといっておけば、こちらに襲いかかってくるということもないだろうと思ったのだ。飯田くんがあと数秒言わなかったらオレがゾンビ避けスプレーについて言及していただろう」

 

「もしも生き延びて他のコミュニティにかけこんだら?」

 

「他のコミュニティだってバカじゃない。創傷の有無くらいは確認する。姫野が感染していたらゲームオーバー。感染していなくても道中でゾンビに襲われたら同じくゲームオーバー。たどりついても狂人のたわごとと思われたら同じこと」

 

 指折り数えていく大門さんの様子に、飯田さんは戦慄している。

 ボクは、なるほど人間っていろいろ考えるんだなぁと暢気に思ったけれど、命ちゃんなら、これくらいは考えていたかもね。

 見てみると「好きです」。はいはい。わかりました。

 

 大門さんは楽しげに自分の構想を語っている。

 

「仮にもしここが襲撃されることになっても問題ない。ここは近いうちに引き払う予定だ。もっと暮らしやすく、もっと広く、もっと大勢の人間を収容できる場所を目指す」

 

 自分の都合のいい人間だけ残す思想かなぁ。

 

 まあそれも自己保全の一種なんだろうけど、そうなったらついていく必要ないよね。というか、そもそもエミちゃんがゾンビになっちゃったら、ボクがここにいる意味ってないじゃん!

 

 さっさと命ちゃんといっしょに外に出たほうがよさそう。

 

 ついでに、飯田さんと恭治くんも連れて行っていいけど。恭治くんはどうだろうな。ゾンビになっちゃったエミちゃんを放っておいてどこかにいけるとも思えないけど。

 

 ゾンビになったからボクにちょうだいって言ってもくれるわけないし。

 うーん、どうしよう。

 

 考えてる間に、すぐ近くでゾンビの動きが急に早くなるのを感じた。

 赤い光点がいくつも一点に集まり、それからワラワラとうごめくのを感じる。

 人間はボクにとってはステルス機と同じく見えない存在だけど、ゾンビはそうじゃない。ゾンビの密度差で、どこに人間がいるかはだいたいわかる。

 

 姫野さん逃げてるな。

 

 こっちに近づいてきてるみたいだけど、脚立をもう一度組み立てる時間はたぶんないだろうなぁ。

 

「た、たずけ」

 

 脚立のあたり、壁の向こう側にかろうじて指だけは見えた。

 でも、そこまでだった。

 姫野さんは地獄の亡者にひきずり降ろされ、それから絶叫が続いた。

 グチャグチャと響く咀嚼音。

 

 そして――。

 

「あははっ。はははっ。はははーっ」

 

 夕闇に向かって、今日一番に快活な笑い声が響く。

 恭治くんが狂い笑っていた。元気がでてよかったね。




この作品って、わりとこう……カオス的というか、なにがどう面白いのかよくわからないような感じになってるかも。
本当はほのぼの感をもっと出したかったはずなんですけど、おかしいな。どこでまちがってしまったんだろう。
そんなことを思う毎日です。

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