物置を出ると、執務室からバックヤード側に出る扉は開け放たれていて、何がおかしいのか大門はニタニタと気持ち悪く笑っていた。
ボクは寄り添うようにして飯田さんの影に隠れている。
いちおう、あれだ、初めての体験を装わないといけないから、ひょこひょこ歩きだ。股のあたりが痛いっていうからね。
「あれ? みんなは?」
執務室の中には大門以外誰もいなかった。
命ちゃんも。恭治くんも。ついでに言えば、小杉さんもどきも。
大門は執務室の机にどっかりと腰を下ろし、いくつかの銃をキメの細かそうな布で磨いている。
「英雄たちには褒美をやらないとな」
「褒美?」
なんのこと?
「小杉には命ちゃんを好きにしていいと言った。なに……、妹のような緋色ちゃんががんばってるんだ。命ちゃんにもこれからはがんばってもらわないとな」
「ふうん……」
まるでティッシュペーパーが切れたんで、替えを用意したかのような口調だった。
二重の意味での侮辱。
姫野さんに対しての、命ちゃんに対しての。
女の子に対して、こいつは物のようにしか考えてない。
自らの危険を承知で守ろうとするのは悪くないとしても、守ってやったから何でもやっていいというのは、人の尊厳を踏みにじっている。
冷たいものが脳裏に湧いた。
それは錐のように鋭く、のこぎりのようにギザギザの殺意だ。
でも、ボクは我慢した。
下手に逆らうと、本当に撃ってきそうだし、もう会話すること自体が苦痛だ。
それに小杉さんは例によってゾンビ状態で、ボクと命ちゃんに対してはロボット三原則のような振る舞いを強制しているから、特段の問題はないと思う。
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ロボット三原則
SF作家アイザックアシモフが提唱したロボットの原理原則。以下のような条文を文理解釈することで成り立つ。『我はロボット』より。
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
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意外と穴がある原理だけどね。例えば、危害ってなんぞやって難しくて、本来であれば、フレーム問題が生じてロボット側が判断できなくなってしまいそう。
でも、ゾンビの場合は、ある程度は曖昧でも大丈夫。
だって、ボクが根源的な無意識として機能しているからね。端的に言えば、小杉さんはボクの一部になっているというような感覚がある。
だから、フレーム問題は起こりえない。たぶん、小杉さんは命ちゃんを部屋につれていくことまでしかできてないと思う。いまこの場を乗り切れば、何も失うものはない。
「恭治くんは?」
「エミちゃんと仲良くやっているだろう」
「そう……。じゃあ、もう今日はいいかな? ボク疲れちゃったよ」
夜中に適当に荷物をまとめて出ていきたい。
そのまま出ちゃったら、ゾンビ避けスプレーの問題とかいろいろ放置することになるけど、知るかって感じ。
姫野さんにしたような仕打ちと同じく、大門がゾンビに囲まれて死ぬような事態になってもかまわない。あるいは後々大門さんと遭遇したときにヤバイことになりそうだけど、もう、いいかなと思ってる。
潰してやるよ。エアパックをプチって潰すみたいに。
ボクと飯田さんは執務室の中を軽く会釈をして、通り抜けようとする――。
「飯田くん」
呼び止められた。
「は、はい」
「下世話なことを聞くようだが、本懐を遂げた気分はどうだ?」
「あ、あの、よかったです」
「そうか……よかったな」
満足そうな笑み。
それから――、またも大門は銃口を飯田さんに向けた。
「なんで銃を向けるんです?」
飯田さんが後ろ手でボクを下がらせる。
巨体に阻まれてよく見えないが、邪悪な気配を感じた。
「君たちが悪いのだ。命令違反は正さねばならない」
「命令違反?」ボクは聞いた。「なにもしてないじゃないか」
「君たちは嘘をついた」
「う、嘘なんかついてません」
飯田さんが必死に弁解する。
でも、大門にとっては規定路線だったらしい。
「君たちはそこの物置で何もやってないだろ」
「そ、そんなことはないです」と飯田さん。
「そうだよ。めちゃくちゃ……えっと気持ちよかったんだから?」とボク。
「下手な嘘はつかないでいい。緋色ちゃん。君はさすがにその年齢だとまだしたことはないだろう」
「……」
なにを言ってるんだこいつ。
まあ確かにしたことないけどさ。
「さっきまではそうだったよ。いまは大人になった気分」
「なら、この場で脱いで見せてみろ」
「なに考えてるんですか。大門さん。相手は小学生ですよ」
「その小学生相手に無理やりセックスしたのだろう。君は」
飯田さんは押し黙るしかなかった。
大門は飯田さんの意見を一顧だにせず、ボクを鋭く見下ろしたまま、銃口を交互に泳がせて遊んでいる。
そのままにらみ合うこと数瞬。
「君が非常に稀有な才能を持っているのは、あのゾンビ避けスプレーを作ったことからわかる。だが――、その才能ゆえに大人を見下し、傲慢になっているな。それは非常によくない。おおかた君は危なくなったらこの組織を抜けて、ひとりで――あるいは仲の良い数人を連れて逃げればいいと思っているのだろう」
否定はしない。
ボクはもう大門のことはどうでもいい。
こんな砂上の楼閣になんの価値も見出せない。
この人はボクを――正確にはゾンビ避けスプレーを作れるボクを利用したいだけじゃないか。
「今はあなたの言うとおりにしているでしょ? なにが不満なの?」
「そのすかした態度が気に食わん。大人をなめるな!」
「……あの、その……落ち着いてください。大門さん」
「オレは落ち着いている。飯田くん。君は哀れだよ。オレがせっかく欲望を満たす機会を――褒美を与えてやったというのに、それをふいにしてしまったんだからな。そして、君は永遠にその欲望を果たせないまま死ぬことになる」
「ま、待ってよ。なにが不満なの?」
と、ボクは慌てて言った。
「嘘をついただろう。君たちは些細な嘘だと思っているが、上官に対する嘘は反逆罪と同じだ。殺されても文句は言えない」
飯田さんの背中が震えていた。
こいつ……。
こいつは――。
ボクは大門の狙いに気づいた。
「わかったよ。誓う。もう二度と嘘はつかないし、ゾンビ避けスプレーもあなたの言うとおり作ります。だから許してください」
「ふん。ようやく素直になったか。いささか遅いが……。君が罪の意識を本当に感じているのなら、許してあげよう。この場で、オレの目の前で今度こそ飯田くんに犯されるならな」
言ってる言葉の意味を、脳が理解するのに時間がかかった。
……こいつは、人の情事を覗くのが趣味の変態か?
戸惑いの視線を飯田さんに向ける。
「大門さん……、私も緋色ちゃんも心から反省しています。だから、それだけはご勘弁ください」
「死にたいのか?」
「土下座でもなんでもします。だから――」
「上官の命令だといっているだろう。何度言わせれば気がすむ」
大事なものという意識はボクにもある。
純潔って、男だった意識があるボクとしては、とりわけなんというか神聖なものって意識があって、飯田さんのことは嫌いじゃないし、むしろ好きよりではあるけれども、捧げたいかといわれると違う。
でも、飯田さんの生命には――代えられないかな。
ボクの中で諦めに似た気持ちが湧いた。
大門は思い知らせたいんだと思う。ボクが二度と逆らわないように、反抗的な態度をとれないように、ただひたすら従順にゾンビ避けスプレーを作り続けるように楔を打ちこみたいんだ。ボクの心を折り砕きたいんだ。
だから、大人に性を食い散らされるか。ボク自身の嘘で飯田さんが死ぬという二択を用意した。
飯田さんは生贄だった。
最初は飯田さん自身を付き従わせるための方策だと思っていたけれど、そうじゃない。最初から、一番の狙いはボクだったんだ。
「いいよ……しかたないよ。おじさん」
と、ボクは告げた。
「いや……、緋色ちゃん。そんなことはしなくていい」
静かな声だった。
飯田さんはしゃがみこみ、ボクの頭をひと撫でした。
その暖かな感触が離れると、ふと寂しい気持ちが湧く。
飯田さんは決然として言った。
「大門さん。私はあなたには従いません!」
「飯田くん。君は正直なところ自己の管理もできず、ぶくぶくと太った怠惰で価値の低い人間だと思っていたが、そのうえ計算もできない愚か者らしいな。オレは本当に殺すぞ」
「私は確かに周りからすれば劣ってる人間かもしれません。けれど、はっきりと確信しているが、あんたよりは数段マシだ!」
「待って! 飯田さん。本当にお願いだから。大門さん。待ってください。飯田さんはちょっと精神的に不安定になってるだけなんだ。撃たないで!」
「飯田くん。君がここまで潔いとは思わなかったよ」
「やめてええええ!」
そう、ボクは。
――思い知ることになる。
バンッ!
と、撃発音が響いた。
その音は思ったより軽く、部屋の中に木霊した。
ボクが隣を見ると、飯田さんの巨体はそこにはなく、冷たい床に倒れこんでいる姿が見えた。飯田さんはボクを庇うようにして背中をこちらに向けていた。その背中には紅い斑点のような穴が二つ開いていて、そこからおびただしい血が流れている。ボクがあげたお守りが飯田さんの血で染まっていく。
「なんでッ!」
なんでだよ!
違う。わかっていた。大門はやっぱり思い知らせたいんだ。ボクが心の底では大門に付き従っていないから、こういう結果を招いたんだと。飯田さんが死んだのだと。
ボクの中に、おびただしい人間の悪意が侵食してくる。
逆流するような不快感。
「飯田くんはこう言ってはなんだが、あまり優秀な人材ではないからな。オレに何度か逆らっているし、たいして必要な人材でもなかった。惜しくない……いくらでも替えのきく、そんな存在だ」
「黙れ……」
「君が最初からオレの言うとおりにしておけば、こうはならなかった。すべての原因は君にある」
「黙れよ!」
飯田さんはおまえなんかと違うよ。
輝くような断片を持っていた。肉にこびりついた余計な付着物なんかじゃなくて、小さいけれど優しい光を持っていたんだ!
ボクはボク自身の憎悪と殺意が脳内シナプスを焼ききるかのようにグルグルと体中を駆け巡り吐き出されるのを感じた。
溢れる。溢れる。溢れる。
たかが車程度の高さで作ったバリケードなんて押し流してしまえ。
外では『ボク』がうごめいていた。
無数のそれらは、バリケードの近くで丸く小さくなり組体操の要領で、仲間の身体を踏み越えて洪水のように押し寄せる。
侵食しろ。侵食しろ。侵食しろ。
犯して。壊して。狂って。壊れろ。
「なんだ? 妙な雰囲気だな……。外が騒がしい」
大門が何かを言っている。
悪意に総体的に塗りつぶされたボクには、その音はただのノイズと同じだった。
★=
「エミ……」
オレは大門さんからエミを見てくるよう促され、なんの意味もなく流されるままそうした。
オレは疲れていた。
まるでガス欠の車みたいだ。
心の中のガソリンがなくなったかのように、指一本動かすのも億劫だった。
失ったものは二度と戻らない。
今度は絶対に離さないと思っていたのに……。
エミはいまベッドに縛りつけられ、上半身だけを起こしてこちらに近づこうとしてきている。噛まれてもかまわないと思って頭を撫でてみたが、きょとんとした顔をして、噛もうともしない。ゾンビ避けスプレーがまだ効いているのかもしれない。
この世界は腐っている。
この世界は壊れている。
エミと同じような年齢の緋色ちゃんは、優しいと思っていた飯田さんに無理やり犯される。飯田さんは本意ではなかったのかもしれないが、理不尽な暴力に逆らえない。
男を嫌っていたと思う神埼はことさら嫌っていた小杉に抱かれるらしい。
どいつもこいつも――。
だけど、それを言うならゾンビになってしまったエミにすがるオレも同じようなものだ。自分勝手にやりたいようにやっている。
「エミ……オレはどうしたらいいんだろうな」
大門さんに付き従うのは確かに楽な生き方だ。
なにもかもなくしてしまった自分が、唯一指針となるのは命令だ。
それが誰かのためになるというのなら、誰かが失うのを防げるというのなら、文句はない。使い潰してくれていい。手駒になっていい。
だけど――、大門さんのやりようは、緋色ちゃんを、神埼を消費している。
誰かを守るためというのはただの方便で、自分勝手にしたいだけだ。
緋色ちゃんが物置に連れていかれる様子がエミと重なった。
エミはなんていうだろうか。もしもゾンビじゃなかったら。オレにどうしてほしいだろうか。
エミが何かを捕食するように口を開く。その動きはただの本能に任せた自動行動なのかもしれない。でも。咀嚼するような唇の動きを見て――、心が震えるような気がした。
「そうか……。そうなんだな」
タ ス ケ テ ア ゲ テ
なあ。エミ。おまえはまだ生きてるって信じていいんだよな。
お兄ちゃんはおまえのお兄ちゃんでいていいんだよな。
ただの見間違いかもしれない。身勝手な思いこみかもしれない。
でも――。
大門さんをいますぐにでも説得して、あんなことやめさせよう。なけなしの気合を奮い立たせ、オレはベッドから立ち上がる。
「お兄ちゃん。行ってくるよ。エミ……」
その時。
銃声が聞こえた。
念のためにショットガンを手に持ち、急いで執務室に駆けつけると、そこには飯田さんが物言わぬ死体になっていた。
その死体のそばに緋色ちゃんが座りこみ呆然自失となっている。
「なんなんすか……これ」
「ああ、恭治くん。ちょうどよかった。外の様子が少し騒がしい。ゾンビ避けスプレーがあるから問題ないとは思うが、ちょっと見てきてくれないか」
「大門さん! これはなんなんすか!」
「ん? ああ……、飯田くんのことか。残念ながら彼には反逆の意思ありと判断しオレが処分した」
「反逆……?」
「そうだ。組織に対する明確な反逆行為があった」
「組織じゃない。あんたに対する反逆だろう!」
「だったらどうした。おまえも逆らうのか」
オレはまだ信じていた。いくら人を撃ったとしても、それは何かのはずみで――、そんな簡単に人を殺すわけがないと。
大門さんは、確かに多少強引なところがあるけれども、それは組織のためだといっている。それが八割くらい嘘だとしても残り二割くらいは本当だと思っていた。
少なくとも、組織に属している人間を簡単に殺してしまうような、そんな暴力的な人間ではないと思っていたんだ。
その認識は――認容は甘すぎた。
突然のマズルフラッシュ!
閃光のように不意に放たれた銃撃に、オレはなんら思考すらできず立ちすくむことしかできない。
死――。遅れてきた意識。
そのスローモーションのような動きの中で、オレは見た。
飯田さんが壁のように立ちふさがり、オレの盾になってくれていた。
「なんだぁ。飯田くん。ゾンビになったほうが動きがいいな」
続けざまに発砲され、飯田さんが倒れこむ。
オレはすぐさまパーテーションの影に隠れこみ、ショットガンで反撃した。
大門は執務机の中に身を隠し、拳銃を水平撃ちしてくる。パーテーションにいくつも穴が開き、閃光が明滅する。
「クソっ」
ポケットの中にいくつか弾を入れているとはいえ、そう何発も持ち歩いてるわけじゃない。対して向こうは執務机の引き出しの中に、いくつも銃を持っている。
このままだとジリ貧だ。
じゃあ逃げるか。オレひとりならそれもかまわないかもしれない。
でも、緋色ちゃんもエミも、オレが逃げたら殺されるだろう。
「助けるって……誓ったもんな」
たぶん生涯でこれほど速さで駆けたことはないだろう。
思い出すのは県大会の最終回。
オレは三塁まで出塁していて、あと一点で逆転の状況。
チームは満身創痍で、きっと延長したら負ける。
バッターがぽてんヒットで、オレは駆けた。
あの時――以来。
全力で全身全霊をかけた、命を燃やし尽くすような走り。
最高に純粋になって、オレは走ることそのものになって――、
パーテーションの影から飛び出し、緋色ちゃんに腕を伸ばした。
★=
「クソ……クソが……どいつもこいつも命令に逆らう。使えん」
オレ――大門政継が自衛官を目指したのは、それが明確な力だったからだ。この世界を支配している有象無象のやつらも、銃をつきつければ頭を垂れるしかない。学生だった頃のオレは単純にそのように考えていた。
しかし、実際には目には見えない力というものもあることを知った。
例えば権力。例えば金。例えば地位。例えば名誉だ。
それら無形の力は、銃のようなわかりやすい力とは違って、すぐに手に入るものではない。ガッチリと既得権益として保護されていて、それらを手に入れるには、自衛官という立場はむしろ邪魔ですらあった。
もんもんとした日々を過ごしていた。
この世界が壊れるまでは――。
この世界がゾンビに溢れたとき、オレはすべての力が銃という明確な形のあるものに束ねられるのを感じた。
つまり――オレは有形無形のすべての力を得たのだから、すべてを思い通りにしてよいはずだった。
誰が逆らえる? 誰が逆らっていい?
ゾンビ避けスプレーも手元にある。何も恐れることはない。
だが、愚かにもこの世界の王たるオレに逆らうやつがいる。
恭治。飯田。緋色。どいつもこいつも――。
オレの命令に逆らう。逆らってよいはずがない。
力はここに結集しているのだから。オレこそが最も力を持っているのだから。
ぎしりと痛む右腕に、喩えようも無い怒りの感情が渦巻く。
なぜ思い通りにならない。
緋色は恭治に奪われ、右腕はやつのショットガンで怪我をした。幸いにして、執務机から跳ね返った勢いの落ちた弾だったので、吹き飛ばされるような事態にはなっていないが、王たるわが身が傷つけられるなど我慢ならない。
もっとも、恭治には致命傷を負わせた。
あの傷なら、すぐに死ぬだろう。そのあと緋色を再び手元に収めればいい。
口元がにやけるのを抑えきれない。
緋色はゾンビ避けスプレーを持っていない。だから、外に脱出することはできない。夕方には数百を超えるゾンビがひしめきあっていて、脱出などできそうになかった。そう……、ゾンビ避けスプレーがなければ不可能だ。
オレはロリコンではないが、緋色はレイプしてやろう。あの幼い身体に命令に逆らえないことを徹底的に刻みこまなければならない。
と、不意に――。
風のような気安さでゾンビがパーテーションのドアを開けて現われた。
「な、なんだ。侵入されているのか」
まさか緋色が脱出の際にバリケードをあけたのか。
ゆったりと動くゾンビに照準を合わせ、その頭を冷静に撃ち抜く。
また現われた。パーテションの奥をちらりと覗くと、何十体ものゾンビが連なっている。
「おいおい……」
オレはうんざりした気分になった。
いくらゾンビ避けスプレーで問題ないとはいえ、このホームセンター内がゾンビだらけになれば片付けるのが大変だ。
まあ……次の場所を探せばよいか。
そう考え、弾ももったいないので、オレはゾンビを避けて外に向かうことにした。だが、オレが横を通り過ぎようとすると、ゾンビはくるりと方向をかえ襲ってきた。すかさず銃を撃つ。
なんだ? どうしてだ。
ゾンビ避けスプレーが足りないのか。
吹きかける。ゾンビの動きはとまらない。
「ゾンビ避けスプレーが効かないだと……」
既に正面の外に向かう通路はゾンビが渋滞をなしていた。
オレはバックヤードに駆けこむ。
「クソ。クソ。クソおおおおっ」
裏口から逃げられるかは賭けだ。しかし――。
「おいおい。なんだよ。小杉。バックヤードは開けとけっていってただろうがあああああああああっ」
バックヤードで通じる唯一のドアはなぜか閉められていた。
鍵の管理は小杉に任せていたから、これは小杉の仕業だ。
あとで殺してやる!
振り返ると、既に執務室を通り抜け、ゾンビたちは津波のように押し寄せてきている。その先頭には頭を撃ちぬきそこなったのか、先ほどは倒れふしていたはずの飯田だった。じわりと、脇から汗が滑り落ちる。
……殺されるのか。オレが、ゾンビごときに。
持っている銃は短銃一丁のみ。
バンッ。
手が震えて、飯田の頭すら撃ちぬけない。
バンッ。
撃つ。焦る。もう逃げ場はない。
いよいよとなり、オレは銃をくわえこんだ。クソみたいなゲームだった。
こんなゲームはもうおしまいだ。
ゲームオーバー。終わり。ゲーム。終わり! 死。終わりだ!!
ガチ。
「あ?」
その意味を理解するのに一瞬遅れた。弾切れだった。
「あああああああああああああ。やめろ。離せ! 離せええええ」
飯田がオレの腕を掴む。
何本もの腕が伸びて、無遠慮にオレの身体を引きまわす。
押し倒され、爪が突き立てられ、顔に腹に足が化け物どもの怪力によってねじ切られるのを感じた。
オレはもはや地位も名誉も権力も得るはずだった。
すべてを得て、王となって君臨するはずだった。
そのオレが――死ぬ。
「いやだああああ。いきでいだああああい!」
ゾンビどもは腹の中に手をつっこむとハラワタを出してかきわける。
かきわけ。
えひひひ。かきわけえぴぴぴぴぴ。死ぬ死ぬ死ぬ。
いだだだだだだだだ。やめろよー。あはは。
オレが二等分になって。
こんな。オレ。殺され。いやだいやだ。
身も心もグチャグチャになりつつある中で。
最後にふと湧いた正常な意識は――。
薄昏く輝く紅い瞳。
その端正な顔立ちが闇の中に浮かび、うっすらと笑って呟いた。
死ね――。
おかしいな。思ったよりも終わらない。
でもコミュニティ編は次回こそ最終回……ですよね。たぶん。
(こっそり配信予定話数を25話から30話に変更)