あさおん・オブ・ザ・デッド   作:夢野ベル子

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ハザードレベル31

 ボクは弱い人間だ。

 とても弱い人間。

 だって、自分の意志で始めたこの行為――配信ですら、最初はどうやってやっていけばいいかわからずに、戸惑っている。

 

 そんな戸惑いを見抜かれたのか、マナお姉さんには最初はできることからタスクブレイクしていけばよいといわれた。

 

 タスクブレイクというのは、要するに戦略、戦術、戦闘といったような感じで、やらなくてはいけないことを、断片化していくようなイメージ。

 

 自分が把握できないくらい大きなプロジェクトは小さなできることをつみあげていくっていう当たり前のことだよね。

 

 でもそんな当たり前のことに気づかない人は多い。

 ボクはともかく『面白い』配信をして、みんなに気に入ってもらえたらいいなって思っていた。でも、そんな曖昧な気持ちじゃ、なにをどうやっていけばいいかなんてわからないし、ボクはそんなに頭がいいわけじゃないから、適当にやってもつぶれてしまうのは目に見えている。

 

 お姉さんの言葉にはすごく救われた。

 ありがとって言ったら、ご褒美くださいって言われたけど、なにすればいいんだろう。

 

 それに気になるのは。

 

 お姉さん、いったいなんの仕事をしていたんだろう。

 

 そう疑問を投げかけたら、この世界の『虚』を動かす仕事ですって言われたんだけど、虚ってなんだ虚って……ドラグスレイブでも撃つのか、それとも今はエクスプロージョンのほうが新しいか、ともかく――。

 

 お姉さんが謎です。

 

 そんなわけで最初の配信はボクができそうなこと。

 そして、ボクが一番したいことをすべきだった。

 

 ボクの配信はボクと誰かが知り合うためのものだから、なにをすべきかは決まっている。

 

――自己紹介だ。

 

 もちろん、バーチャルユーチューバーというのは、ボク自身を見せるものではない。例えば、他の配信者は役柄になりきっているし、演者ともいえるだろう。でも、それでもボク自身もわりと漏れ出るものだと思っている。だから、自己紹介はまごうことなき自己紹介だ。

 

 ボクは緋色。

 でも、バーチャルなので、語感が似ている『ヒーローちゃん』にした。

 スカーレットちゃんでもよかったんだけど、ボクは昔からヒーローちゃんとも呼ばれていたからね。

 

 カウントダウンをしていく画面を横目に見ながら、心臓がかつてないほどドキドキしている。ゾンビなのに心臓が……ああ、ばくばくばくばく。

 

 そして、ついにその瞬間が訪れた。

 

「えっと……ごほん。あーあーあー、マイク大丈夫かな」

 

 恋愛ドラマでも使われるような軽いBGMを背景に、ボクの声が全世界に配信されていく。

 

 参加者は……えっと、十名くらいはいるみたい。

 

「終末世界にようこそ。ボクは終末配信者ヒーローちゃんだよ。みんなよろしくね」

 

『わこつ』『うっそだろおまえ。新しいブイチューバーキター!』『終末世界だけど動画視聴やめられない』『英雄ちゃん?』『ボクっ娘かよ……最高かよ』

 

「えっと。えっと。えへ……わこつもらっちゃった! えへ」

 

 わこつ。枠取りお疲れ様って意味で、つまり動画配信ようこそみたいな意味合いで、そんな何気ない言葉が嬉しい。

 

「えっとね。それでね。今日はボクのこと知ってもらおうと思って、後輩ちゃんにテロップを流してもらうようになってるの。それで、ボクが答えるって形式で自己紹介しようと思ってるんだ!」

 

『ふぅーん』『どうせおっさんだぞ』『王道を往く自己紹介』

 

「おっさんじゃないやい。えっと、じゃあ始めるね」

 

 斜め後ろに立っている命ちゃんに視線で合図を送る。

 命ちゃんは持っているノートパソコンを使って何かを打ち込んだ。

 

――新人、配信者 ヒーローちゃんの恥じらい――

 

 えっと。はい。ピンク色の柄枠で囲ったそんな表題。

 

 打ち合わせでは、テロップで簡単な問いを投げかけるから、

 ソレに答えればいいって話だったけど。

 わりと凝ってるよね。たった数日でモデリング完成させる腕といい、この子、妙なこだわりがあるような。

 

――今日はよろしくおねがいします――

 

「よろしくおねがいしまーす」

 

 ボクはその場で全身全霊の挨拶をする。ちょこんと座ったボクがお辞儀する。

 

 誰かが言った。

 

 挨拶は魔法の言葉であると。

 

 それにブイチューバーがアイドル属性を持っているのなら、挨拶をはずすことはできない。

 

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ゾンビと挨拶

 

ゾンビアイドルアニメ『ゾンビランドサガ』においては、プロデューサーがことあるごとに挨拶の重要性を説く。アイドルにおいては、他者とコミュニケーションをとるのが一等大事であり、その基本となるのが挨拶であるからだ。一日一万回ほど挨拶すれば、音を置き去りにする挨拶が可能になるかもしれない。

==================================

 

――緊張してる?――

 

「ちょ、ちょっとだけ緊張してるけど……大丈夫だよ。ボク元気」

 

『あざとい』『あざとい』『あざとーす』『アザトース』『窓に窓に!』『なんだこれかわいすぎか』

 

――始めにお名前をよろしくお願いします――

 

「えっと、さっきも言ったけど、ボクはヒーロー。終末配信者のヒーローちゃんだよ。よろしくお願いします」

 

――年齢教えてくれるかな?――

 

「えっと……えっと、年齢は11歳だと思います」

 

――11歳? 小学生かな?――

 

「うん……学生です」

 

 小学生というほどの勇気がないので、学生という言葉でごまかした。

 

『ガタっ(急に立ちあがる)』『ガタっ』『ガタっ』『小学生ブイチューバーが誕生した?』『嘘だぞ。おっさんだぞ』

 

――身長と体重は?――

 

「身長は142センチ。体重は……もう少し仲良くなったら教えてあげるね」

 

 ペロって舌だしすると、アバターもしっかり同じ動作を返してくれる。

 なにげにすごくない? この技術。

 

『てへぺろしてるブイチューバー初めて見た』『舐められたい』『これは嘘をついている味だぜゲームされたい』『幼女ぺろぺろしたい』『おいやめろ』

 

 おいやめろ……。

 それにしてもなんかこのテロップ変じゃない?

 ブイチューバーって身長とか体重とか言う必要あるの?

 

――今なんかやってんの? 身体柔らかそうだね――

 

「特にはやってないですけど……、トゥレーニングはし、やってます」

 

――好きな人はいるの?――

 

 え?

 

 それ関係あるの?

 

 答えなきゃダメ?

 

「えっと、今はいません」

 

――今は? 昔はいたんだ――

 

「昔もいないよ! えっと、あのね。ボク配信して、みんなにいーっぱい褒めてもらいたいな。それでみんなにボクのこと好きになってもらって、ボクもみんなのこと好きになりたいんだ!」

 

 それが偽りのないボクの気持ち。

 

 ね。命ちゃん。わかってよ。そんなにいじわるな質問しないで。

 

 後ろをちょっとだけ振り向いて、ボクは命ちゃんに視線で問いかける。

 

 命ちゃんは少しだけ嘆息したように見えた。

 

――なんでユーチューバーを始めたの?――

 

「ユーチューバーならたくさんの人に知ってもらえるって思ったからかな」

 

――ユーチューブはよく見るの?――

 

「うん。見るよ。配信系もよく見るかな」

 

 指先でゆらゆらといろんな動画を思い描く。

 そんな何気ない女の子っぽい仕草もアバターは正確に描き出していく。

 

――初めてユーチューブ見たのはどんな動画?――

 

 えーっと。

 どんな動画だったかな。

 正直覚えていない。

 

「えーっと、転生したスライムを女の子がプニプニする動画です プニプニーって……」

 

――それは、お勉強で?――

 

 なんの勉強だよと思わなくもないけれど。

 問われたら答えるしかない。

 

「勉強です! きっと勉強です!」

 

――ヒーローちゃんのチャームポイントを教えてください――

 

「えーっと。えっと……鎖骨ですかね?」

 

 女の子歴一ヶ月未満のボクには難しすぎる質問でした。

 なんとなくこれかな的場所を答えたけど、あってるでしょうか。

 

『鎖骨アピールする幼女』『エッッッッッ!』『どうせおっさんだぞ』『幼女声で鎖骨アピする幼女ユーチューバー』

 

――ちょっと立ってみようか――

 

「はい」

 

 命ちゃんのセッティングしたカメラはパソコンの上部に設置されていて、そこから見下ろすようになっている。

 

 ボクが立ち上がっても、ボクの全身を引きで映すことができる。

 

 カメラは無音でボクを見つめているけれど、なんだか全身が歯がゆいようなむずがゆさを感じる。

 

 見られてるって羞恥心と見られたいっていう欲望がグルグルとブレンドされる。

 

――服かわいいね――

 

「ありがとうございます。ネコミミー♪」

 

『幼女でネコミミとかあざとさ越えてる』『ネコミミーって言うところ好き』『ボクっ娘でネコミミで小学生とか属性ぶちこみすぎ』『ゾンゾンしてきた』

 

――猫さんの真似してみて――

 

「にゃんにゃん♪」

 

 ネコミミパーカーを装備した状態で、ボクは握り手を前に突き出し、定番の台詞を吐く。やべーぞ。これ羞恥で人間が死ねるのならとっくの昔に死んでる自信がある。

 

――もっと可愛く――

 

「もっと……とか嘘でしょ」

 

――できますよね。もっと可愛く――

 

「うにゃー。にゃーにゃー。にゃぁ」

 

『死』『おいおい致命傷で済んだわ』『ネコミミー』

 

――これからなにをしていきたいですか――

 

「たとえばー。ゾンビに怯えるみんなを安眠させたいです」

 

――じゃあ、一緒に寝ます? 先輩――

 

「あ、はい……一緒にですか?」

 

――言質ゲット――

 

「そんな意味じゃないです。やめてください」

 

 ブンブンと手を振って否定する。

 否定しておかないと後でなにが起こるかわからない。

 

『どう見てもAVチューバー』『後輩ちゃんの性別が気になる』『ペロ……これは女ですわ。百合ですわ』

 

「後輩ちゃんは……女の子だけど、ときどき暴走するんだ。これからもいろいろと手伝ってもらうからみんな大目に見てね」

 

『なんだよ。百合かよ。ズボン下ろしました』『百合が嫌いな人間なんていない(暴論)』『うそだぞ。おっさんだぞ』『後輩もついでにおっさんでホモだぞ』『おいやめろ』

 

 バーチャルユーチューバーの宿命だよね。

 アバターは所詮アバターって感じもするし。

 みんなボクが女の子だっていうのも半信半疑みたい。

 はちみつが溶けたみたいな甘い幼女ボイスしているけど、実は男でも練習すれば出せるようになるらしい。両声類とかなんとか、そういうのを動画で見て驚いた覚えがある。

 

――最後に視聴者のみなさんに一言お願いします――

 

「えっと、いろいろと初心者だけど、ボクこれから毎日配信していくから、みんなよければ見てね。ゲームとか好きな音楽うたったりとかいろいろしていきたいんだ。あと……身体とゾンビに気をつけてね。それじゃあ、バイバーイ!」

 

『明日も見るぞ』『生きる希望ができた』『どうせおっさんだぞ』『こんなかわいいおっさんがいるかよ』『オレは幼女だと信じてる』『すこここここ』『この子の特色がなんなのかよくわからなかった』『ゾンビになっても視聴する』

 

 そんなわけで、ボクの初回配信は終わった。最後にはちょっとだけ伸びて三十人くらいは来てた。こんな終末世界でも視聴者さんいたよー。うれしい!

 

 それにいままで生きていた中でいっちばん緊張した。今も心臓がばっこんばっこん言ってるのが聞こえそう。

 

 とりあえず成功といっていいのかな。

 

 なんかいろいろ言われたけど、興味は持ってもらえたみたいだし。

 

 でも、なんだろう。

 

 ボクはボク自身を素直に見せているはずなのに、それでもやっぱり完璧なボクっていうのは伝えられないものなんだね。

 

 どこか誤解と誤読が生じているというか。

 

 そんなものなのかな?

 

 よくわかんにゃいにゃぁ。

 

 

 

 ☆=

 

 

 

 ボクは初心者ブイチューバー。

 そんなボクが初回配信の後にやることといったら――、

 

 エゴサーチに決まってるだろぉ!

 

 エゴサーチっていうのは、自分自身を検索することだ。

 ぶっちゃけ承認欲求がありまくりだからこそ、投げ銭どころか資本主義自体もぶっこわれ気味な終末世界でブイチューバーなんてものをやろうとしているんだ。

 

 褒められたいっていう欲求がなきゃやってないよね。

 生き死にが関係なくなってしまったゾンビだからこそ、そんな余裕が生まれちゃうのかもしれないけどさぁ。

 

 でも視聴者さんいたよ。なんとなくまだ余裕ありそうな感じだったし。単に凄惨な状況を忘れようとしているだけなのかな。

 

「うーん。エゴサーチにはあまりひっかかってないみたい」

 

「終末世界ですしね」と命ちゃんの冷静な返し。

 

「でも、ほら……こっちの現役アイドルの生配信は、いまでも1万件以上再生されているんだよ。ボクとほとんど同じ時間に配信されてるでしょ。終末とか関係ねえ。ボクが単に弱いだけだ!」

 

 ちくせう。

 

「……嬉野乙葉? これって国民的アイドルグループのひとりですよね。一山いくらのこんな子が好きなんですか? そういえば好きな人いますかって聞いたときに少し言いよどみましたよね? 先輩どういうことなんですか?」

 

「お、おちついて命ちゃん」

 

「先輩と同時期に配信しているアイドルなんてまだまだたくさんいますよ。こっちには先輩と同じくゾンビだらけになっても更新しているバーチャルユーチューバーだっています。なのになぜ生配信者と比べたんです?」

 

「佐賀出身のアイドルだからだよ!」

 

 乙葉ちゃんは命ちゃんの言うとおり、国民的アイドルグループに所属していたひとり。わが愛すべき国土、佐賀県出身のアイドルだ。

 

 ウェーブのかかった金髪ぎみの髪の毛。青空のような碧眼。愛くるしいリップ。ドイツ人と日本人のハーフで、命ちゃんと同じ現役高校生だか現役中学生かどっちかだったかな。15歳くらいだったような。

 

 実は地元で売れる前に駅前でライブをやっていたのを見たことあったりして――、ちょっとだけ追いかけていた。

 

 べつに好きとか嫌いとかじゃなくて、なんというか、お隣さんががんばってるなーってだけ。ほんとにそれだけだ。ほんとだよ!

 

 命ちゃんにらんでこないで。

 

「ふぅん……そうですか。まあいいでしょう。ともかく、前からのファンがいる場合と、後発組ではどうしたって見られる数が少ないでしょう。特にたくさんの人に見てもらうような現象をバズると言ったりするんですが……、バズるためには、露出度がモノをいいます」

 

「露出度?」

 

「つまり、広告ですね。単に動画を載せるだけの先輩と、いろいろなメディアに載っていたアイドルじゃ、はなから知名度が違うんですよ」

 

「どうやったらみんなに見てもらえるようになるのかな」

 

「先輩はかわいらしいので、それなりに見てもらえるような可能性もあるとは思います。広告については――終末世界なので難しいでしょうね。大きな広告会社だったらもしかするとそれなりに機能している可能性はあるかもしれませんが、ゾンビだらけの世界で出社するバカはいないでしょう」

 

「まぁそうだよね」

 

 つまり、ボクを広告する手段はないってこと。

 

 いま、配信が出来ただけでも奇跡みたいなものだ。

 ボクは純粋に配信だけでたくさんの人に見ていかれるようにならなくてはならない。これは動画の質を直接的に問いかけるという意味ではいいのかもしれないけれど、最初の時点でスタートダッシュがモノをいう情報社会においては、なんというか、ボクって最悪なほど出遅れてないだろうか。

 

 少しだけ先発している人たちのことをズルいって思っちゃう。

 ボクだって、ゾンビだらけになる前に配信してたら、もっと見てもらえたかもしれないし、広告する方法だってたくさんあったかもしれないのに。

 

 あれ?

 

 でも、さっきボクと触れ合ってくれた何十人かの人たちだけでもべつにいいんじゃないかな? 名前を知らない人たち。もしその何十人かが、何百とか何千とかなったところで、やっぱり知らない人たちなわけだし、命ちゃんみたいに大事な存在になるとは思えない。

 

 命ちゃんの言葉は正しい……のかな?

 

 でも、視聴者さんの数が、動画配信中に少し増えたとき、ボクは正直なところ、裸のこころで言うと、うれしかった。

 

 単純にうれしかったんだ。

 

 もっと、ボクをみてほしい。そう思ったんだ。

 

 おかしいかな。露出狂の変態幼女なのかなボク。

 

「ご主人様が意気消沈しているのもそれはそれで乙なものです……。あの、髪の毛ツインテールにして、これはツインテールの髪の毛であって乙じゃないんだからねゲームしていいですか」

 

「台詞が長いよ……マナさん」

 

 べつにいやがる理由もないので、マナさんに髪の毛をツインテにしてもらいながら、ボクは考える。

 

 どうやったら面白くて楽しい動画にできるのかなぁ。

 

「少なくとも広告方法はたくさんあるはずですよ。例えば、残存しているSNSを使って、できる限り露出度を高めるというのは必要だと思います」

 

 命ちゃんがパソコンの画面にいろんなSNSを見せてくれた。

 SNS――ソーシャルネットワークサービス。ボクがさっき言ったライン?とかツブヤイター?とかインスタバエル?とかもそれらしい。

 

「えっと、ゾンビさんといっしょに暮らしてるなう? とか呟けばいいの?」

 

「先輩。いまどきなうとか使ってる人いませんよ」

 

「そうなのなう……」

 

「どうしよう。先輩が私を誘ってる」

 

「誘ってないよ。むぐっ」

 

 命ちゃんに抱きつかれてしまった。

 でもまあそのあたりも含めてやれることをやっていくしかないんだよね。

 

「そうです。バズりに不思議のバズりありです。なにかやってればそのうち当たるかもしれません」

 

「そんなもんかなぁ」

 

「わたしみたいな眷属さんをいっぱい増やすといいですよ」

 

 マナさんはふんわり調子で言葉を紡ぐ。

 

「眷属って?」

 

「インフルエンサーですよ」

 

「インフルエンザ?」

 

 ボクって確かにゾンビだけど、病原菌扱いはけっこうひどい。

 

 でもそうじゃないみたい。

 

 マナさんはフリフリと頭を横に振って、柔らかく否定する。

 

「インフルエンサー。つまり、情報を拡散してくれる最初のファンのことです」

 

「最初のファン……ボクのことを最初に好きになってくれた人?」

 

「そうです。リアルではわたし達ですけど、配信で最初に好きになってくれた人が、あの中にいるかが肝ですね。わたしとしてはご主人様が顔見せしたら一発でバズりそうだと思いますけど」

 

「んー。それはちょっと怖いかも」

 

 それに、命ちゃんがせっかくボクのために作ってくれたアバターを無駄にしたくない。抱きしめられたままの状態だったので、上目遣いでジッと命ちゃんを見つめると、命ちゃんからも視線が返ってきた。

 

「ベッドにいくというサインですか」

 

「違うって……。あの、ボクね。命ちゃんのことは大事に思ってるからね。たくさんの人に見てもらえるようになっても、そこは変わらないから、心配しないで見守っててください」

 

「……先輩はズルいですよ。私を選んでくれるかどうか答えを言わないままなんですから」

 

 それは本当に悪いことだと思ってる。

 でも、ボクという存在の輪郭は本当に曖昧なんだ。

 命ちゃんのことが好きだったり、雄大のことが好きだったりするのは本当なんだけど、ボクは人間だったときのままじゃない。

 

 ゾンビで⇔人間で

 男で⇔女で

 

 多数の人に好かれようとして、誰かひとりを選ぼうともしている。

 

 原色のどぎつい極論が、混ざり合うことなく反発しているから。

 ボクはボクのクオリアすら見えない。

 

 ボクは誰が好きなんだろう。




じんわりと始まっていく配信作業。
一章部分で、いろいろとぶち込んでいるせいで、整合性をとれているかはかなり謎ですが、雪がシンシンと降り積もるように書き続けるしかないんだという想いで書いてます。たぶん、そのうち答えが見えてくるかな。

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