人類史上、こんなに多くの人の捌け口になったシステムはない。
なんのことかというと、SNS中でも特に短文に特化したシステムを持つ『ツブヤイター』である。
ツブヤイター。
はっきり言って、みんなで好き勝手に泥んこ遊びをしているようなもので、それはそれで楽しいんだけど、炎上とかが怖い気もする。
アカウント自体はメールがあれば誰でも取れるし、始めるのは簡単だ。
だけど、いままでやってなかったのは、単純にボクがコミュニケーションすることに対して忌避する感情があったからだろうと思う。そんなに毎日呟くことなくない?
「えっと……今日からツブヤイターはじめますっと……」
定番の台詞を入れて、とりあえず様子見。
反応なし。
と、とりあえずもう一つ呟いてみよう。
「今日の配信は夜の10時からにしようと思います」
反応なし。
「みんなどんなゲームが好きなのかな?」
反応なし。
なんだ。この世界から排斥されているかのような焦燥感は。
これだよ。これがいやだったんだよ。
いろんなSNSを駆使しまくっているんだったらともかく、終末世界でいきなりツブヤイター始めてみても、乗り遅れている感が半端ない。
みんな読んでくれない。うひひ。ちくしょう。世界よ滅べ。
と――。
フォロワーがひとり増えていた。
感動をありがとう!
世界滅んじゃダメ。キャンセルキャンセル。世界愛してる!
覗いてみると『ぼっちさん』。
ボクの配信を見てくれた人だ。
うれしすぎて、ありがとうリプライ送ってみる。
これでいいのか? 機能が多すぎてよくわかんないよ!
それに――。このツブヤイターで本当に視聴者さん増えるのかな?
「うーん。これからフォロワーを増やしていくにはどうしたらいいんだろう」
「みんなわりとそれどころじゃないと思いますよ~~~」
「わわ。マナさん」
突然、髪の毛を一房握られたので、ビックリした。
後ろを振り返るとにこやか笑顔のマナさんだ。今日は先にボクの部屋に来たのはマナさんみたいだね。って、朝の六時だよ? ちょっと早くないですか?
それにそれどころじゃないってどういう意味?
「結構、つぶやいている人多いけど」
「よーく内容を見てください。他の人のつぶやきを観察するのも一手ですよ」
フォロワーの人――ぼっちさんのつぶやきっぷりを覗いてみる。
――小学生バーチャルユーチューバーヒロちゃんかわいすぎワロタ――
――久々にワロタ――
――体重軽すぎだろ。リアル小学生か――
「ほら、昨日の配信だよ。これ」
なぜだか誇らしい気分になってボクは画面を指差す。
マナさんは妖艶な眼差しで、プイプイっと頭を揺らし、それからボクの右手に手を添えて、マウスを操作していく。
お姉さんがそんなお姉さん力を発揮するとドキドキしてしまいます。
時間にしてみれば数十秒もほど。
まわされるマウスとともに、ぼっちさんの最初につぶやいた日に到着した。
地面にフワリと降りるように、マウスの中ボタンはそれ以上の回転をやめた。
ぼっちさんがツブヤイター始めたのもわりと最近なのか?
ゾンビハザードが起こった次の日くらいから始めたみたい。
つまり、まだ一週間とちょっと。
発言数は700近い。つまり、一日に100近くつぶやいていることに。
これって多いほうなのかな? それとも普通?
外に出られない毎日が日曜日状態だったら、人間はそれぐらい呟くの?
ボクは斜め後ろで微笑むマナさんを見る。
どうやら黙って読めということらしい。
――さみしい――
――世界で僕はひとりぼっちだ――
――親と連絡がつかなくなった――
――もう生きていないかもしれない――
――友人もいない――
――隣の人が出て行った。直後、ゾンビに襲われる音が響いた――
――ぽんぽん痛い――
――ぽんぽんペイン――
――マジ腹痛がとまらない――
――水道止まってなくてよかった――
――防災訓練グッズ買っておいてよかった――
――災害のレベルが違いすぎる件――
――二週間くらいは持つかな――
――少しずつ食糧がなくなっていく――
――少しずつ命が削られていってる――
――死ぬのは怖い――
――ひとりで死ぬのは怖い――
――こんなことなら友人くらい作っておくんだった――
――死にたくない――
――死にたくない――
――死にたい――
――コンビニ行ってみた。ゾンビがたくさんいた――
――死ぬかと思った――
――やっぱ死ぬのは怖い――
――乾パン飽きた――
――肉くいてえ――
――誰かの声が聞きたい――
――ピザくいてぇ――
――僕は佐賀県のK町に住んでます。誰か近くにいませんか?――
誰か。誰か。
そんな呟きが幾千も幾万も呟かれているのだと思う。
「ご主人様。これがこの世界の『虚ろ』というものです」
「マナさんはネット関係の仕事をしていたの?」
「そうです。いろいろとご指導させていただきましたわ。ご主人様にも愛の手ほどきしちゃいたいです♪」
「やめようね……。ただでさえうちには変態さんになってしまった後輩がいるんだから」
「命ちゃんは不安なんだと思いますよ。ご主人さまにクオリアを否定されて、それでもいいとは言ってましたけど、内心としてはウサギちゃんのように震えていたんだと思います」
「そうかなー」
「そうですよ」
命ちゃんはボクなんかよりずっと心が強いように思うけど、でもそれもボクの視点でそう見えるってだけで、本当のところはわからない。
ぼっちさんがボクの配信を見て楽しんでくれていたのは確かだと思いたいけど、このツブヤイターのつぶやきのように、本当は沈んでいく心を必死に思い出さないようにしていたのかもしれない。
「まあ、あれですよ……。この人も、ご主人様を多かれ少なかれ愛しているわけです」
「あ、あいし?」
「比較の問題ですけどね。ある程度の愛着がなければ、ご主人様をフォローなんてしませんし、配信を見ようとも思わないでしょう。それも愛です」
「うん……」
「ただ、命ちゃんは、ご主人様を溺愛してるわけですから、その対比としてこの程度の愛は愛にあらず、相対的には憎悪ということになるのでしょう」
「極論お化けがここにもいたよ……」
「むしろ現実に近いですよ。愛と憎悪の間には断絶はなく、グラデーションのような感情量の違いがあるのみです。愛しさあまって憎さ百倍というでしょう」
「まあそういう言い方もあるけどさ。じゃあ、命ちゃんにとってはこの人はボクに対する愛が足りないってことになるの?」
「そうですね。ただ、これはわたしの推測であることをお忘れなく~~」
「うん……」
それにしても、ぼっちさん案外近くにいたね?
普通個人情報をツブヤイターでバラすなんてことはないはずだけど、もうなりふり構ってられないのか、番地までご丁寧に晒してた。
精神的余裕はあまりなさげな感じもする。
「ご主人様。まさかとは思いますけど、この方に会いに行こうとか考えてませんよね。さすがにそれをしたら超絶かわいい小学生美少女でも脳みそゆるふわすぎますよ」
「するわけないじゃん。さすがに危険すぎるよ。ボクの正体がばれたりしてもよくないわけだし」
そうはいうものの――。
ぼっちさん。
ボクの視聴者さん。
そろそろおなかすいている頃かもしれない。
そう思うと何かしてあげたいと思うのも人情だ。
「ご主人様。ひとりの人間を救ったところで――それはただの自己満足ですよ」
「わかってるよ……」
そんなのはわかってる。
こんなゾンビだらけの世界で配信を始めたのも突き詰めれば、
ボクの自己満だ。
ボクがかろうじて人を救えたといえるのは、夜中にたまたま機嫌がよくて、ちょっとした気まぐれで人を助けたときぐらい。
そんな偶然性は、ボクの在り方とはほとんど無関係だ。
「……マナさん」
「はい」
「マナさんは前にボクが人間を好きになるよう促していたようだけど。アレってどういう意味なのかな」
「べつに促していたわけではありませんよ。ご主人様の意に沿っただけです」
「意ね……ボクの意識はどこにあるのかな」
「ご主人様は人間がお好きなのだと思いますよ。もちろん、これもわたしが考えた想像にすぎませんが、たぶんあってると思います~」
「うーん。ほんわかしちゃうなー」
「みんなゾンビになっちゃえばいいと思います~♪」
「さりげに外道だぁ……」
それと、マナさんのお胸様がさりげなく背中に当たってます。
☆=
できれば寄り添いたいと思う。
自己満足でも、そうじゃなくても、誰かが不安になっているのなら、できればゾンビを消し去ってしまいたい。
でも、それができていないということは、ボクは心のどこかでは人間を信じきれてないということなのかもしれない。
「考えてもしかたないか……配信と同じで、とりあえず始めてみよう」
ボクは意識を配信モードに切り替える。
ツブヤイターの効果か、時間指定していたからか、既に百人近くの人が待機していた。
「やっぴー。今日も始まりました。終末配信者のヒーローちゃんだよ!」
『出カワ』『小学生がこんな夜遅くにゲームしちゃいけません』『お兄ちゃんといっしょにスヤスヤ動画とろうね』『むしろ夜行性の可能性も』
「夜行性じゃないよ! 昼ぐらいまで寝ちゃうことあるけどね」
『ヒロちゃんがニートになっちゃう』『オレたちもニート』『人類総ニート計画』『ゾンビたちは働きものだなぁ』『正直、これくらいしか楽しみがない』
「今日はね……ボクからのプレゼントなんだけどさ……えっと……その」
『なんだ?』『恥ずかしがってる?』『どうしたの? キスする?』『小学生の恥じらい』『ヒーローちゃん顔真っ赤やん』『投げ銭が有効なら万札お布施したんだが』『ヒロちゃんに五万円あげたい』『小学生……五万円……ふひ』『おい。誰かこいつを世界からBANしろ』
「あのね。ちょっと恥ずかしいけど。歌とか唄ってみようかななんて――」
『うほ。美少女の歌』『録音準備できました』『配布準備できました』『クリアボイスだからどんな歌でも歌えそうだね』『萌え萌えきゅーん』
「そ、そんなにたいしたものじゃないよ。あ、ぼっちさんツブヤイターでのフォローありがとうございました。あ、アイちゃんさんもまた動画視聴ありがとうございます」
幼女先輩はいないみたいだけど、彼は生粋のゲーマーだ。
たまたまたFPSゲーしてたから覗いてみたって感じなんだろう。
視聴者さんの名前を呼んでみたのは、そのほうが次も見てくれるかなっていうちょっと裏側の考えもある。
でも、それ以上に、名前を覚えたっていうことをアピールしたい。
『うらやま』『わ、わ、名前を呼んでいただけましたか』『ヒーローちゃんに名前を呼ばれて……ウレシイウレシイ』『嫉妬の炎が燃え上がる』『あとで校舎裏な』『校舎裏ねーよ』『学校はゾンビだらけだぞ』
「もー。みんな喧嘩しないで。ね?」
『天使じゃねーか』『みんなの愛称つけないの?』『最近。母性がでてきたと噂のヒロちゃん』『最近母乳がと空見』『オレも空見』『でもヒロちゃん様の搾乳ならちょっと見たいかも』『←ボコォ!』
「愛称かー。どうしようかな。みんなどんなのがいい?」
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バーチャルユーチューバーと視聴者の愛称
バーチャルユーチューバーにとって視聴者とはパトロンであり、同じアイドルを信仰し、一体感を有する仲間である。仲間内の呼称が定着することで、結束力はアップ! そのユーチューバーに属しているという感覚が強くなり、宗教観が増すのである。いわば、アイドル化のための一歩とも言える。
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『ヒーローちゃんが英雄だから、オレたちはモブでいいよ』『むしろヒーローちゃんに駆逐されるゾンビでいいよ』『モブゾンビ』『ゾンとも』『モブとも』『ヒロ友』『終末藹々倶楽部民』『ヒロちゃんスコスコ隊』『ヒーローちゃんがロリなら、オレらはロリコンだろうが』『おれたちゃロリコン』『おれたちゃロリコン』『おれたちゃロリコン』
「もー。本当にロリコンって呼ぶよ!」
『すみませんでした』『でもロリコンってののしられるのもイイかも……』『おまえ天才かよ』『お兄ちゃんって呼ばれるのどう?』『おまえも天才かよ……』『パパは?』『パパー。オレを養ってー』『いやどす』『オレくんはオレが養ってやろうな』『アッー!』
みんなはしゃいでるなー。
こんな流れになるのは予想できなかったけど、みんな一生懸命考えてくれてるみたいで、なんだかカワイイ。
「えへ。えっと、うーん。どうしようかな」
『ごくり』『ロリコンに決定か?』『パパ』『お兄ちゃん』『ミジンコでもいいよ』『みんなが素敵な名前になってもお前だけミジンコな』『そんなぁ』
「決めたよ! じゃあ、みんなのことはヒロ友って呼ぶよ」
だって、ボクの友達だから。
ちょっと薄い関係だけど、この関係は嘘じゃない。
コンマの世界かもしれないけれども。
ピコグラムの重さかもしれないけれども。
質量のある関係なんだ。
「みんな。ボクの友達ってことでいいよね」
『おk』『とびっきりの笑顔いただきました』『もういっそ生の顔見せて』『おまえ……そりゃルール違反だぞ』『ガチ恋してもいいんですよね?』『小学生に恋したら犯罪だぞ』『違うぞ。犯罪じゃないぞ。事案だぞ』
「えっと、べつにね……本当は素のユーチューバーしようと思ってたくらいだから、顔を晒してもいいとは思ってるんだけど」
『マジか』『どうせ美少女』『死ぬほどかわいいんだろ。知ってる』『美少女が解像度上がるだけ』『小学生のリアル生配信……アリです』
「でも、やっぱりまだ恥ずかしいって思うし。みんなをガッカリさせちゃわないか心配だから、このままいくね」
『おう。どっちでもいいぞ』『おまえはおまえの道を行くがよい……』『配信いつまでできるかわからんから、今のうちに生顔さらしてくれー』『冥土のみやげにお願いしますじゃ』
「ん……。考えとくね」
『考えておく(考えておくとは言ってない)』『もう存在自体が好き』『お兄ちゃんと呼んでくれ』『パパは大きな会社の社長だったんだよ』『←もう意味ねーよなぁ』
「前置きが長くなっちゃったけど、それじゃあそろそろ唄おうかな?」
『急に唄うよ?』『最近はプリキュアも変身しながら唄うんだぞ』『違うぞ。うたいながら変身するんだぞ』『つまり、ヒロちゃんも歌いながら脱ぎ出す可能性が微レ存』
「えーっと、テステス。本当はいろいろ考えたんだけどね。みんなが安眠できるようにって思って。だから、シューベルトの子守歌。唄います」
『小学生ご用達子守唄』『バブみすごくね?』『ZZZZZ』『ZZZZZ』『ZZZZZ』『なんかねむZZZZZZ』『なんだこんな歌で寝ZZZZZZZZZ』『ママーバブー』
ボクの歌声って透明感はあるけれど、線は細すぎるし、取り立てて歌唱力があるわけではないと思う。
でも。
もしかしたら――。
ゾンビ的な謎パワーで、ゾンビを沈静化できるかもしれない。
ボクの中にある名状しがたい昏い泉。
静まりたまえー。
そんな気持ちで唄った。
歌声が響いたのは狭い部屋。それと数百人の視聴者たち。
誰も試す人はいないかもしれない。でも……。
「あのさ……。もしかしたらこの歌でゾンビが沈静化するかもしれないから、もうどうしようもなくなったときだけ試してみてね。もうゾンビに追い込まれてどうしようもなくなったときだけだよ! いいね?」
『は?』『なに天使が天使言語を呟いてるの?』『うんわかったー(白痴)』『ママ大好きー』『ママは小学五年生』『ゾンビを歌でぶっ殺せるの?』『ヤックデカルチャー』『嘘だぞ。試したら死んだぞ』『失敗したらゾンビになるから、成功例だけヒロ友に伝えられるぞ!』
「あ、あんまり期待しないでね。遠隔はちょっと難しい……たぶん」
『急に陰キャムーブするところスコ』『結局、ダチョウ倶楽部的なフリなのか?』『試すときには死んでる可能性もある予感』『超速で録音した』『今夜はこれ聞きながら寝るゾンゾン』『ウーアー(ゾンビ特有のうなり声)』
ボクがゾンビを操るのは、ゾンビに対してプログラムを打ちこんでいるみたいなもの。このプログラムの打ちこみは――。
ヒイロウイルス 百点中一万点くらい。計測不能。
ゾンビを直接目の前で操る。百点中九十点くらい。タイムラグなく精密に操れます。
声で操る。百点中。五十点くらい。
なにがどうやってというのがわからないからなんともいえないけど。
やっぱりクオリアに手を加えているという感じなのかもしれない。
光り輝く断片にそっと手を触れるようなイメージ。
そのクリスタルのような表面に、よくわからない係数を書き加えるような。
そんな感覚。
声で操れるかは、だから、わりと賭けに近い。
みんな遠くに離れているかもしれないし。ボクの意識はほぼ介入しないわけだから。でも、少しぐらいは動きが鈍くなるかもしれない。
そんな曖昧な感覚だ。
だからみんなが試すとしても、本当に危急の時だけって伝えた。
もし、普通の日常生活で試して効かなくても……。まあしかたないっていうか。あいつは人の話を聞かないからなってだけで、後から、誰でもゾンビから復活できるくらいレベルアップしたら戻してあげようかな、なんて考えてます。
ゆるーい。救世物語が、誰にも気取られることなくふんわりと始まっていく。
そんな感じです。
☆=
配信が終わった。
なんだかいつのまにか五百人くらいを突破していたけど、小学生並の体重だってバレてから急に増えたのなんでだろう。
日本人的な感性からすると、小学生は正義なのか?
そんなわけで、寝る前にいつものようにネットで適当にエゴサーチしていると、不意にツブヤイターからDMが来た。
アイちゃんからだ。
『夜分すみません……少々お尋ねしたいのですが、もしかしてあなた様は――』
ボクは言葉を失った。
文字通りの意味で、心臓が止まるかと思った。
血が引いたのか押し寄せたのかわからない。
書かれている文字が目の中に突き刺さったような気分だった。
ボクは夜を駆ける。
屋根。飛ぶ。跳んで。跳んで。飛び。一瞬だけ空間をすべるように飛び越えるような感覚がして。
それくらい混乱してて、時間間隔がめちゃくちゃになって。
それで、辿りついた。
ボクのアパートからほんの少しの距離。
時間にして、三十秒もかかっていないけど、水の中を泳ぐときみたいに空間を掻きわけて進むのがもどかしく感じた。
そこにいた人物を見て、ボクは視界がブレるのを感じる。
『もしかして、あなた様は私とコンビニで会った緋色様ではございませんか?』
『バーチャルな存在なので偶然かと思ったのですが、そのお声が私の知り合いにとてもよく似ているのです』
『私の名前は飯田といいます。偶然の一致でしたら、誠に恐縮ですが……お聞き流しください。そうでなければ、ご返答をお願いします』
『ボクだよ!』
超速でタイピングしたんだ。
見慣れたコンビ二の前で待っていたのは、アイちゃんこと飯田さんだった。
飯田さんはあの時、大門さんに撃たれて死んだはずだ。ボクはゾンビになった飯田さんの姿を見ているし、そのあとは恭治くんに手を引かれて意識が沈降していたからよくわからないけど、いなくなっていたはずなんだ。
でも、そんなのどうでもいい。
「おじさん……!」
映画のワンシーンみたいにボクは飯田さんに抱きついた。
誰よりも人間らしい飯田さんとまた会えて。
ほんとうにほんとうにうれしい。
「おっと……、緋色ちゃん。いつもどおりパワー全開だね」
「う……。う。ぐす……。おじさん。どこか行っちゃってたからぁ……」
どうしよう。
こんな。小学生みたいな。涙がとまらない。
「おじさん。どうして生きてるの?」
「なかなかに辛辣……いや、哲学的な質問だね」
「うん。よく考えたら、おじさんってゾンビになっていたよね」
「私がゾンビになっていない理由は緋色ちゃん自身が一番知っているんじゃないかな」
飯田さんの首元にぶらさがってるのは――。
ボクがあげたお守りだ。
その中にはヒイロウイルスがたっぷり含まれたボクの血液が入っている。
「あのとき。私は大門に撃たれて死んだ。けど、倒れふしたとき、私の血液は上手い具合にこのお守りを浸すことになったんだ。そして……この傷。この傷が良い!」
シャツをまくりあげて見せてくれたのは、大門さんにあとから撃たれた銃痕。
でもそれすらももう塞がりかけている。
ともかく、最初に背中を撃たれたあと、今度は前面を撃たれた飯田さんは、その傷跡からボクの血液を吸収したのだろう。
あ、小学生の前でシャツをめくりあげてる姿が犯罪的なのでやめてください。
ともかく――。
そうか……。
ボクの血が飯田さんに吸収されるまで、それだけ長い時間がかかったのは、ボクの血液の浸透の問題だ。
「ふと意識が戻ったときには、私はどことも知れないところを歩いていたよ。そして、なんとなく察した」
そう。
ボクは飯田さんに伝えてこなかった。
ずっと。最初から最後まで言わなかったことがある。
「ボクがゾンビだってわかっちゃったんだね」
「ああ……そうだよ。でもそれは問題じゃない!」
「え? そうなの? じゃあなにが問題なの?」
「自分の今の状態がゾンビであるということはだよ。私は自分の信条としてゾンビな小学生にご無体を働くことができなくなってしまったんだ!」
飯田さん視点だと、自分がゾンビになって、そうやって思考や意思のある存在になっているのだから、他のゾンビ小学生もそうなる可能性があるって考えたのだろう。
その可能性がある以上は――。
つまり他人のクオリアを信じざるを得なくなったからには――。
その意思を無視することを飯田さんは望まない。
自分が殺されてもその信条を貫いた人だからね。
言葉の重みが違うよ。
ボクはいつもどおりの飯田さんに、泣き笑いになってしまった。
そしてふと思う。
もしも。
もしもだよ。
ボクが配信してなかったら、飯田さんと再会できなかったかもしれないんだ。
飯田さんはボクの家がどこにあるか知らないままだったし、ボクのほうは飯田さんが生きているなんて知らなかった。
配信もSNSも誰かに届くかもしれないって信じて、瓶詰めの手紙を投げかけるようなもので、世界で一番孤独な行為だと思う。
それぐらいの確率。
それぐらいの奇跡で。
誰もがそんなの偶然だっていうだろう。
でも、今日届いたんだ。
「えっと……おじさん」
ボクはいつかの約束を果たすために唇を開く。
さながら人間のように言葉をつむぐために。
さながらゾンビのように誰かといっしょにいたいから。
まあ、いずれにしろ。
隣人に向ける言葉としては、この台詞がふさわしいかもしれない。
「いっしょに帰ろう!」
と、ボクは言った。
なんというかこんな感じに持って行きたかったんですけど、
配信って死ぬほど難しいと書いてみて初めてわかりました。
手に負えてない感がすごいです。
配信はムズカシイ。
これがわかっただけでも収穫かも。