【DQⅪ】Quod Erat Demonstrandum【グレイグ&ホメロス】 作:千葉 仁史
※注意書き※
この話を読む前に『【DQ11】ウソバレ☆レイトショー!【ざっくばらん書き】』(https://syosetu.org/novel/179068/)を読んでください。時を遡ったグレイグが何をしたのか、勇者視点でざっくばらんに綴っています。その話を基軸にこの第八話が進みますので、読まないと「ちんぷんかんぷん」になります。
1、Ghost(幽霊)
2、Guy called Judas(ユダと呼ばれた男)
3、Go away(出て行け)
4、Guardian(守護者)
5、Grave mist(墓場の霧)
6、Amazing Grace(大いなる恩恵)
7、Golden Libra(黄金の天秤)
8、Getting a fever!(手に入れた熱!)完
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
※後書きに解説あり。
※ちなみに「fever」は「mad」と似たような意味を持つ場合があり。
正直に言ってグレイグは戸惑っていた。
勢いよく過去に戻ってウルノーガによるホメロス殺害を阻止したのはいいが、結果は思ったようには動かなかった。ウルノーガが抜刀するよりも早くグレイグが庇ってしまったため、ホメロスは魔王が口封じに殺そうとしたことに気が付かなかったのだ。挙句、ホメロスはウルノーガを守るために勇者一行を古代呪文バシルーラで吹っ飛ばしてしまった。吹っ飛ばされる間際、グレイグは陛下に駆け寄ったが、その最中、ボロボロだというのに、本当に心配そうな顔でウルノーガの前で膝を折るホメロスを見て、大男は大変ショックを受けた。魔法による洗脳ではなく、彼奴が本心からウルノーガに忠誠を誓っている様を見せ付けられ――知ってこそしたが、実際見るのではかなり違う――得も言われぬ気持ちに陥る。
その後、ホメロスを追うため、どうにかしてグレイグは勇者一行にパーティ入りを果たしたが、一緒に旅したのが彼是(かれこれ)七年前のため馴染むのにかなり苦労した。馴染むというより、七年前の自分がどんな男だったか、さっぱり思い出せないのだ。変に発言して疑われるよりかは、とグレイグは寡黙になることを選んだ。下手に演じてホメロスを助けに来たことがバレてしまえば、恐らくこのパーティに同行は出来ないだろうと思ったからだった。
戸惑いの理由はそれらだけでなく、ホメロスの言動にもあった。あの男は本心からウルノーガに心酔しており、勇者たちを潰すためにえぐい策略を敢行した。天空屋敷においては、勇者を誘(おび)き寄せるためにカミュやベロニカ、マルティナを攫っただけでなく、勇者の偽生首を見せたり、グレイグと姫様を魔法で惑わせて同士討ちを狙って戦わせたりした。シスケビナ雪原の洞窟内では天空屋敷で自分をタコ殴りにしたカミュを精神的に傷付けるためにとんだ死のゲームまで催した。思わずあまりの胸糞悪さに――躱されてしまったが――本気でグレイグはホメロスを斬り付けようとしたぐらいだ。
ホメロスの死後の七年目の旅の道中において、グレイグは彼との思い出に感傷に浸った挙句、過去へ戻ることを決意したが、よくよく考えれば、七年前に戻ったのでパウロの暴走は起きていないし、あの改悪された史書に至っては影も形も存在していない。グレイグの気にする『恥』は過去に戻った時点で大概が消失してしまっているのだ。勇者一行にパーティ入りする前、陛下に「恐らくホメロスは魔王に操られているのでしょう。軍が混乱しますので、この件はどうぞ御内密に」と告げているので、ホメロスが裏切ったということで海軍が陸軍に虐げられる未来の第一手を防いでいる。そもそも、グレイグが命の大樹でホメロスを庇ったばっかりにカミュは苦しめられることになった。あそこでホメロスが死んでいれば、誰も苦しまずに済んだはずだ。悪手を打ったかもしれない、とグレイグは思った。
(記憶は美化されるというが、全く以てその通りだったかもしれない。思い返せば、彼奴は昔から人を不愉快にするのが得意だった。心身ともに追い詰められて魔王に膝を折ったとはいえ、やはりウルノーガに心から忠誠を誓っている以上、彼奴は極悪人の大罪人なのかもしれぬな。前の世界のように、何も出来ぬまま消滅させた方がこのロトゼタシアの平和の為ではなかったろうか)
あの時、何かしていれば、という淡い期待を潰すために過去に戻ったような気さえしてくる。恥の雪辱の機会は得たが、その恥の大概は過去に戻った時点で消えてしまい、グレイグの中でホメロスを助ける意味も価値も無くなりつつあった。
「どうしたの、グレイグ。貴方らしくないわね」
「『ゴリアテ』か」
シスケビナ雪原の洞窟でも易々と魔軍司令に逃げられてしまい、グレイグがその場に残されたホメロスの悪趣味な衣装から落ちた羽を掴みながら物思いに沈んでいると、シルビアに話し掛けられた。思わず、顔を上げたグレイグが彼を本名で呼び返す。大男が『シルビア』と呼ぶのは、後にも先にもあの世界の『あの男』だけである。それでも、あのソルティコのバーで交わした会話が思い起こされ、つい喋ってしまっていた。
「俺は強い決心をして此処まできたが、『揺るがない覚悟』と言うのはやはり難しいものだな」
『ホメロスを助ける』という強い覚悟を以て過去に戻ったが、結局は『彼奴を倒すべきではなかろうか』という気持ちの方が強くなっていた。デルカダールの戦士として、勇者パーティの一員として正義を遂行すべきではないだろうか。この世界の為にホメロスを倒し、正しい道を進むべきではなかろうか。そもそも、これは悪に落ちたホメロスを自身の手で倒せなかったからこその後悔ではないだろうか。正義(光)の為に悪(闇)を討つ――それが正解だろうとグレイグはひっそりと思った。
シルビアは深く聞かず、ただ「貴方がどんな選択をしたって、私たちは貴方の味方よ、グレイグ」と優しい言葉を掛けてくれただけだった。それに対して、グレイグは「ありがとう、ゴリアテ」と柔らかく答える。
(きっとそうすべきだ。ホメロスをこの手で倒す、それが正しい道なんだ)
もう狂信者の幻は見ない。大男が黒い羽を指の腹で擦ると、跡形もなく羽は消え去ってしまった。その後、パーティメンツに過去へ戻った理由を話せなかったのは、ただ単純に助けるか否かを迷っていたからだった。
その心境に変化が訪れたのは魔王が潜む山脈の洞窟の最下層で、新魔王になったホメロスと対峙したときであった。エビルプリーストによって自身がウルノーガに殺される追体験を何度もした彼は「やられるぐらいなら、いっそのこと!」と思い立ち、とうとう主君を殺してしまったのだった。
「俺を認めない世界なんて滅んでしまえばいい!!」
ホメロスがそう叫んだとき、グレイグは「嗚呼。此奴、自棄(やけ)になっているな」と思った。あのクレイモランの落書きを、命の大樹の元でウルノーガに駆け寄ったホメロスの姿を思い起こす。ホメロスは本心でウルノーガに忠義を捧げていた。自身を唯一認めてくれた魔王に心から感謝していた。その主をホメロスは死の恐怖に耐え切れずに自らの手で殺してしまった。ウルノーガを殺害したことで死の恐怖から解放されたホメロスだったが、絶望の底にいた自分を救ってくれた主を殺してしまったことに心から悔いたに違いない。やってしまった、自身を唯一理解してくれた方を殺してしまった……! と嘆いただろう。あのホメロスの叫びが自暴自棄になった故の――本当の孤独になってしまった故の言葉であることはグレイグにはすぐに分かった。今まで彼奴のことは分からないことばかりだったのに、ようやく理解できた只一つのことであった。
この世界に来て初めて「助けていいかもしれない」とグレイグは思った。だが、それははじけて消える泡のような、ささやかな想いだった。新魔王と化したホメロスが恐ろしい怪物へ姿を変えていく。剣を握り締めながら、グレイグはそんな泡みたいな気持ちを抱きつつも目の前の戦闘に集中していった。
戦闘は今までのどんな戦いよりも激しいものであった。グレイグも勿論本気で闘い、最終的には勇者とカミュのダブルミナディンにより決着は着こうとしていた。あんな大魔法、くらったら一片の骨すら残らないだろう。ふとホメロスの眼を見た。魔族特有の赤色の瞳だ、琥珀色ではない。その瞳は大きく開かれていた。ホメロスは驚いたとき目を細める癖があるのだと、グレイグはずっとそう思っていた。ユダもその仕草を真似していた。でも、そうではなかった。彼奴は驚いたとき、目を見開くのだ。
『これが最後だぞ』
誰かが耳元で囁いた。ユダではない。それは、その道を選ばなかったもう一人の自分であった。ホメロスを見殺しにしてしまった過去の自分であり、後悔であった。もう地面を蹴るのに理由なんてなかった。
新魔王になってしまった親友の前に立ち、グレイグはダブルミナディンを魔封剣で受け止めた。体を凄まじい勢いで魔力が流れていく。受け止めきれなかった魔力が空気ごとグレイグを引き裂こうと目論む。この戦いで傷付いた体には抱えきれない負荷であったが、グレイグは天に掲げた剣を下げようとは一切思わなかった。
大魔法が終わったとき、グレイグはボロボロであった。剣も酷い有様だ、もう振るえないだろう。
「死ねぇ! グレイグ!!」
一息つくよりも先にホメロスに顔面を斬り付けられた。鮮血が舞い、左の視界が永遠に消失する。勇者たちの悲鳴が聞こえ、ホメロスが高笑いした。
「ハーッハッハッハッ! ザマァないな、グレイグ! 騎士の命たる眼を斬られちゃあ、もう貴様も戦えまい! 敵に情けを掛けるからこんなことになるのだ!!」
「違う」
グレイグは瞬間的にそう反論していた。その言葉を聞いて「違うだと? いったい何が違うというのだ! これを情けと言わず、なんと――」と激高するホメロスにグレイグはもう一度言った。
「お前を敵だと思ったことは一度もない!」
血を流し過ぎて頭がぼんやりする。それでも久方ぶりに正面から向き合ったホメロスに――本当に久しぶりだ、こんなにも此奴の顔はこんなのだったか、と纏まらぬ思考のまま――グレイグは熱に浮かされたかのように話し掛け続けた。
「ホメロス。こうしてお前と正面向いて話すのも久しぶりだな、此処まで来るのに『七年』も掛かってしまった」
(本当はただ此奴とちゃんと話したかっただけかもしれない。自らの手で幾度も潰してきたチャンスを取り戻したかっただけかもしれない)
「あの塔の番人に言われた、今からお前が助けようとしている男は『総て』を捨てなければ助けられん、と。だから、俺は此処までくるのに『総て』を捨ててやってきた。武勇も地位も権力も栄光も名誉も未来も望郷への想いも今まで積み上げた己自身の歴史も何もかもを、そして今此処で左目も捨てて、お前がいる地獄の底まで降りてきた」
(此処が地獄の底だ。お前が苦しむ地獄の底へ俺は『死なず』に降りることが出来た)
「俺は王に拾われて以来、お前の背中を追い続けてきた。その優しさに追い付きたかったんだ。お前こそが俺の光だったんだ。今の俺があるのはお前のおかげだ。ホメロス、どうしてそれが……」
喋りたいように喋っていたグレイグだったが、此処で一度区切った。何故か一回話したことがあるような気がしたのだ。
(俺が分からなかったように、ホメロスに分かる訳が無いのだ。だから、俺の言うべきことは『何故分からぬ』と詰ることではない。俺の伝えたい、伝えるべき言葉は――)
「どうしてもそれを生きているお前に伝えたかった」
ホメロスが崩れ落ちる。だが、その姿はいつぞやのように消えはしなかった。ペンダントだけ残して消失しなかった。その事実にグレイグは心から安堵の息を吐いた。
しばらくしてから勇者から地上へ戻ろうと提案された。閉ざされた左目からじくじくした痛みを感じながら、グレイグは「いつまでもこうしてられないな」と思って頷くと、俯いたまま動かないホメロスに手を伸ばした。皮手袋はダブルミナディンの衝撃で焼き切れ、傷だらけの素肌が覗いている。ホメロスの小手も同じように襤褸切れのようになってしまっていた。ホメロスは此方に顔を見せない様に視線を上げてから、ゆるりとその手を掴む。
その素肌と素肌が触れ合ったその瞬間、グレイグは『熱』が弾けるのを感じた。
僅か須臾の出来事でありながら、今まで感じた以上の熱が大男を襲った。とんでもなく熱い訳ではない、だからといって冷たい訳でもない。まるで『総て』がその『熱』に集約したかのような――まるで『永遠』が『一瞬』に集約したかのような『熱』であった。そして、その『一瞬』の『熱』の邂逅はグレイグの中で『永遠』となった。
大袈裟に言うならば森羅万象すら飲み込んだ一匙の『熱』を手に入れることが出来た事実に、グレイグは大声で笑いたくなった。今まで自分は何を悩んで迷って惑っていたのだろうか、と本気でそう思った。言葉も理由も理屈も理論も善悪も信念も痛みも後悔も何もかも総てが吹っ飛んでいく。この『熱』だ、この言葉にならぬ『熱』こそが総ての答えであった。
「ホメロス、上へ戻ろう」
今なら、今まで以上に朗らかに笑えた。ホメロスの手を取ったまま、すくっと立ち上がる。まるでダンスパーティーみたいだと馬鹿なことを思った。
(そういえば、幼い頃、ホメロスに読んでもらった昔話にこんなのがあったな。確か死んだ奥さんを迎えに地下にある死者の国へ夫が降りていく話だ。あれは『振り向いていけない』と言われていたのに、夫は妻が本当についてきているか気になって振り返ってしまい、失敗してしまったのだったな。……まるであれと一緒だ、俺も此奴を生き返らすために地獄の底へ降りてきて、今登っている最中だ。だが、この手の平の『熱』があれば、振り向く必要なんてない。この『熱』こそが正解で真実で真相で解答で総てだ。この熱こそが証明だ。何故なら、この『熱』に勝るものなんて何処にもある訳がないのだから!)
握った手の平に少しだけ力を込めた。感触よりも、その『熱』がグレイグに総てを教えた。武勇も地位も権力も仲間も栄光も輝かしい未来も望郷への想いも今まで積み上げた己自身の歴史もあの男に対する憎しみも、今ならそれがどうしたと笑えた。この『熱』を手にできたのだ、なんて軽い代償だろうか! 左目どころか、右目もくれてやってもいい。もう何も要らない。もう何も怖くない。
俺は無敵だと思った。
おわり
◆◇ 解説 ◇◆
「Q.E.D」の最終話たる第八話。読ませる前に別の話を読ませるという変わった手法を取っている。また、いろんなところで「おわり」を入れている作品でもある。
第一話で終了:よくある友情話
第六話で終了:バッドエンド(鬱エンド)
第七話で終了:ベストエンド(友情エンド)
【DQ11】ウソバレ☆レイトショー!【ざっくばらん書き】で終了:グッドエンド(それなりに気持ちが良いエンド)
第八話で終了:ベターエンド(狂人エンド)
チョコレート菓子に例えるなら
第一話で終了:イチゴ味のポッキー(手が汚れない準チョコレート菓子)
第六話で終了:ブラックチョコ(甘さが無く苦い)
第七話で終了:ハイミルクチョコ(甘い)
ウソバレ終了:チョコチップクッキー(そんなに甘くない準チョコレート菓子)
第八話で終了:ビターチョコ(ほろ苦い)
……みたいな感じ(余計に意味が分からない)。
『【DQ11】ウソバレ☆レイトショー!【ざっくばらん書き】』(https://syosetu.org/novel/179068/)を読んでから、この「Q.E.D」を読んだ読者はグレイグの行動をどう思うのだろうか? 「親友を助けるために身をはるなんて!」という感動モノが実は凄まじい葛藤の末だったなんて、思いも寄らないだろう。
第七話から続けて読んだ読者からすると、『【DQ11】ウソバレ☆レイトショー!【ざっくばらん書き】』を読んで「とうとう、ホメロスを助けたのね!」と感動していたら、実は都合のいい小狡いことを考えていたと知って、「第七話の決意は何処に行ったんだ!?」とブチ切れたくなっただろう。
敢えて酷い言い方をするならば、この第八話の冒頭から中頃までのグレイグの“クズっぷり”は第七話どころか、この「Q.E.D」の今までの話を全否定するようなものである。まさしく、小説「ゴロヴリヨフ家の人々」においての偽善者「イウ―ドゥシュカ(ユダ)」といえよう。ちなみに、このグレイグの心の流れには意味があり、人が何かしようとした覚悟(決意)した後で一番最初に襲い掛かるのは現実と理想とのギャップ(差)なのだ。ここで多くの者が決意を鈍らせ、退場していくことになる。そもそも、決意や覚悟は一度したら終わるものではなくて、それが叶うまで延々と試され続けるものであることにグレイグは気付いていなかった。
以下の文面では、グレイグの天秤が壊れていなかったことを証左している。
ホメロスの死後の七年目の旅の道中において、グレイグは彼との思い出に感傷に浸った挙句、過去へ戻ることを決意したが、よくよく考えれば、七年前に戻ったのでパウロの暴走は起きていないし、あの改悪された史書に至っては影も形も存在していない。グレイグの気にする『恥』は過去に戻った時点で大概が消失してしまっているのだ。勇者一行にパーティ入りする前、陛下に「恐らくホメロスは魔王に操られているのでしょう。軍が混乱しますので、この件はどうぞ御内密に」と告げているので、ホメロスが裏切ったということで海軍が陸軍に虐げられる未来の第一手を防いでいる。そもそも、グレイグが命の大樹でホメロスを庇ったばっかりにカミュは苦しめられることになった。あそこでホメロスが死んでいれば、誰も苦しまずに済んだはずだ。悪手を打ったかもしれない、とグレイグは思った。
(記憶は美化されるというが、全く以てその通りだったかもしれない。思い返せば、彼奴は昔から人を不愉快にするのが得意だった。心身ともに追い詰められて魔王に膝を折ったとはいえ、やはりウルノーガに心から忠誠を誓っている以上、彼奴は極悪人の大罪人なのかもしれぬな。前の世界のように、何も出来ぬまま消滅させた方がこのロトゼタシアの平和の為ではなかったろうか)
あの時、何かしていれば、という淡い期待を潰すために過去に戻ったような気さえしてくる。恥の雪辱の機会は得たが、その恥の大概は過去に戻った時点で消えてしまい、グレイグの中でホメロスを助ける意味も価値も無くなりつつあった。
第七話でグレイグは天秤を壊したと豪語していたが、実は全く壊していなかったという描写。以下は第七章より抜粋。
「私はその比べるための天秤を壊したの。だって、一個一個比べていたらいつまでたっても終わらないし、それに本当に『大事なもの』なら比べることすら烏滸がましいじゃない? 今思うとかなり狡い方法だけど、私は壊して良かったと思うわ。……グレイグ、私は私の騎士道を貫く為に比べるための天秤を壊したの。これが私流の揺るがない覚悟の決め方よ」(シルビアの台詞)
「ああ。だから、武勇も地位も権力も仲間も栄光も輝かしい未来も望郷への想いも今まで積み上げた己自身の歴史もあの男に対する憎しみも『総て』捨てた」(グレイグの台詞)
もし(ユダに)出会わなければ、グレイグはこれまで通り美徳たる鈍感なままでいられ、女王マルティナと結婚し、我が子を腕に抱き、史書たる英雄譚において有終の美を飾れただろう。
この文面を「グレイグの正義」と「ホメロスの命」の天秤が揺れていることを指すか、それとも、「グレイグのの総て(栄光ある未来)」と「ホメロスの命運」を比べているかについては読者に委ねる。
もし後者の「グレイグのの総て(栄光ある未来)」と「ホメロスの命運」を天秤で比べていたのであるならが――明け透けな言い方をするなら――ホメロスを助けない方がグレイグにとって利点が多い……ってか、利点しかない。国を裏切ったホメロスを助けてしまえば背信行為となり、グレイグも逃亡者となってしまう。しかし、裏切者のホメロスを始末すれば、前の世界の通りに事が運ぶどころか、史書の改悪やパウロの暴走を防げるうえ、ユダを不届き者として斬り捨て、姫と結婚して英雄の仲間入りができる。つまり、グレイグは天秤を壊していないどころか、むしろ【ホメロス】と『武勇も地位も権力も仲間も栄光も輝かしい未来も望郷への想いも今まで積み上げた己自身の歴史もあの男に対する憎しみも』という【総て】をかけ、後者に傾いているのである。第七話の決意が全くの“茶番”と化した瞬間である。
グレイグが何も言わなかったから、ホメロスがグレイグの気持ちを理解できなかったように、パーティ面子もグレイグの気持ちを理解できなかった(「恥」だからこそ仲間にすら喋れなかったとはいえ、「言わなければ相手に伝わらない」という事実に気付かなかったグレイグは反省できないため、同じ失敗を繰り返している)。一番近しいはずのシルビアですら気付いておらず、ややズレた助言を行っている。
第七話の解説で上記の様に書いた通り、グレイグの内情なんて全く知らないシルビアはやっぱり勘違いした助言「貴方がどんな選択をしたって、私たちは貴方の味方よ、グレイグ」を伝えている。最高に悪意のある言い方をするならば、よもやシルビアも「ホメロスを助けに過去へ戻ってみたけど、彼奴は想像以上に胸糞悪いクズだったし、そもそも気にしていたパウロの暴走や史書の改悪による『恥』も消えているし、何より姫さんとの幸せ結婚生活も消えるから、正義の名に則ってホメロスを殺すことにしたわww」ということをグレイグが考えていて、更には「きっとそうすべきだ。ホメロスをこの手で倒す、それが正しい道なんだ ( ー`дー´)キリッ!」と自己弁護・自己肯定していたなんて思いも寄らなかっただろう。
グレイグの弁護をするならば、将軍として背信者の始末をすることについては全く悪くない。だが、それならば、過去を戻る理由は何一つとして無かった。グレイグはこれから何が起こるか知っているが故にパウロの暴走や史書の改悪は回避可能だろうが、それを回避したことによるまた新たな事項について彼は何の対処も出来ないだろう。何度も言うが、気付いていない彼は反省が出来ないので同じ失敗を繰り返すだけなのだ。だから、彼はどちらにせよ史書の改悪を許し、パウロの暴走を許可するだろう。正確に言うならば、許可せざるを得ないのだ。許可しなければ、グレイグは英雄として安穏とした安泰な愚鈍ではいられなくなるからだ。誰も気付かなかったことを訂正する必要性はない。唯一気付き、それは「恥」だとグレイグを糾弾せしめたユダさえ殺せばいい話なのだ。ユダさえ殺せば、恥は罪になり、グレイグは安心して過ごすことができる。そして、そのことには誰も気付かない。
つまり、歴史は繰り返されるだけであって、多々今回はグレイグは気付きながら見過ごすことになる。
しかし、グレイグは本当の意味で「七年前の愚かな自分」にはもう戻れなかった。だからこそ、新魔王となったホメロスの「俺を認めない世界なんて滅んでしまえばいい!!」という叫びを自暴自棄故の台詞だと一瞬で見抜くことができた――絶対に「七年前の愚かな自分」なら分からなかったことを。
自棄になるのはどうにもならない状況に置かれているからだ。そんなどうにもならない状況に置かれて叫ぶ親友を見て、グレイグは「助けていいかもしれない」と思い始める。
第三話:グレイグの台詞
(あの男の言葉を否定するには彼奴の知らないホメロスの事項を探し出さねばならぬ。それを一つでも見つけ出すことができたならば、きっと彼奴の言葉は否定できるはずだ)
第八話:
(グレイグは)ふとホメロスの眼を見た。魔族特有の赤色の瞳だ、琥珀色ではない。その瞳は大きく開かれていた。ホメロスは驚いたとき目を細める癖があるのだと、グレイグはずっとそう思っていた。ユダもその仕草を真似していた。でも、そうではなかった。彼奴は驚いたとき、目を見開くのだ。
この場面で、グレイグはホメロスを完コピしていたユダすら知らない事項「ホメロスは驚いたとき、目を見開く」ことを知る。つまり、ユダの「グレイグがホメロスの親友ではない」という証明を突破する手掛かり(切っ掛け)を得ている。
第八話:
誰かが耳元で囁いた。ユダではない。それは、その道を選ばなかったもう一人の自分であった。ホメロスを見殺しにしてしまった過去の自分であり、後悔であった。もう地面を蹴るのに理由なんてなかった。
此処で「後悔」という言葉が出る。グレイグがこれまでうにゃうにゃ悩んでいたのは「友人でありながら本当に困っているときに自分がホメロスを助けられなかったこと」を後悔していたからだと分かるシーン。自棄になる=どうにもならない状況に置かれているから=本当に困っているとき=即ち、親友を助けなければならないとき! と繋がっていく、第七話の「決意」から「本当の覚悟」を決めた瞬間である。
だがしかし、グレイグの覚悟なんてホメロスには知ったことではなかったので、ミナディンが終わった瞬間に容赦なくグレイグの顔面を傷付け、左目の視界を奪っている。ところが、後々の文面を見てもグレイグが顔面を斬り付けられたことに怒っている描写はない。ホメロスに問い掛けている最中に『俺が分からなかったように、ホメロスに分かる訳が無いのだ。だから~詰(なじ)ることではない』とグレイグが心の中で思っているように、ようやっと此処で「言わなければ気持ちは伝わらない」と反省をし、飲み込んでいる(成長している)のだ。ちなみに、左目を失ったのは「盲目の信頼」に対する皮肉になっている。
「お前を敵だと思ったことは一度もない!」
いや、散々敵扱いしとったやん? という突っ込みはさておき、グレイグ自身がホメロスにどんな酷い扱いをしていても、誰(ユダや幻)が何を言っても、前の世界の旅路の果てに友人ではないという事実に辿り着いても、グレイグの中では、ずっとホメロスは親友だったのだ。
(此処が地獄の底だ。お前が苦しむ地獄の底へ俺は『死なず』に降りることが出来た)
ホメロスはグレイグへのコンプレックスを感じるあまり、闇に手を伸ばし、地獄の底へ降りてしまった。そんな地獄の底にいる者に、光り輝く天界から総てを持っている者が上から目線で声を掛けたところで救えやしない。余計惨めな気持ちになり、地獄に固執するだけだ。だから、グレイグは「総て」を捨てて降りていく必要があった。相手との同じ場所(地獄の底)に立てたからこそ、対等な会話をすることができ、ホメロスもグレイグの話を聞くことが出来たのだ。
もし、これがホメロスの剣を受け止め、弾き飛ばし、ホメロスの膝を着かせたところで「俺は敵ではない!」とグレイグが言ったところで何の響きにもならないだろう(対等ではない、ただの勝者と敗者の会話になるだけ)。ホメロスが「貴様のそういうところが気に食わんのだ!」と襲い掛かるだけである。
グレイグの顔面が斬り付けられたのは、あまりにも不意過ぎてグレイグが避けれなかっただけだが、結果的に会話するチャンスの一つとなっている。
「俺は王に拾われて以来、お前の背中を追い続けてきた。その優しさに追い付きたかったんだ。お前こそが俺の光だったんだ。今の俺があるのはお前のおかげだ。ホメロス、どうしてそれが……」
「どうしてもそれを生きているお前に伝えたかった」
勇者が辿った一番目の世界でのグレイグの台詞に色を付け、一部や最後を変えたもの。グレイグの中では、ホメロスは七年前に死んだ男だった。回想や過去の幻でしか会えない男だった。その男が生きていて、今どころか、先に生きていく・生きていける未来がある。己の利益を無視して、親友であるホメロスのこれからの生を心から望んだグレイグの本心そのものの台詞。
グレイグの中でホメロスを助ける意味も価値も無くなりつつあった。
……という文面があったが、親友を助けるのに「意味」も「価値」も求めたりはしない。ただ「友人だからこそ助けたい!」という気持ちさえあればいいのだ。即ち、その気持ちだけでホメロスを助けたグレイグは正(まさ)しく「友情」の証明が出来たといえよう。
では、最後の文面「俺は無敵だと思った」について。
今までスーパーシリアスモードだったグレイグがホメロスの「生」の証たる「熱」を掴んだ瞬間から「今なら、今まで以上に朗らかに笑えた。ホメロスの手を取ったまま、すくっと立ち上がる。まるでダンスパーティーみたいだと馬鹿なことを思った」とおかしなことを思い始める。大概の読者が「グレイグが急に変なことを言い始めた! 気でもおかしくなっちゃった!?」と思う通り、ホメロスの「熱」を知った瞬間、グレイグは「狂人」と化している。
ちなみに「狂人」となった理由については
①七年間も死んでいた男が自分の手で助かり、生き返ったという本来ならあり得ない奇跡に触れたから
②背信者たるホメロスの助けたことで、グレイグの天秤がガチで破壊され、今までの価値観が全否定されたことで今までのグレイグでいられなくなってしまった
③ホメロスを助けたことで総ての悩みが吹っ飛び、ホメロス以外、左目の痛みすら、どうでも良くなってしまったから
④塔の番人とのやり取りの「グレイグよ、気でも狂ったか!」「ならば今この瞬間に正気も捨てた!」の通りに、最後の最後で正気を本当に捨ててしまったから
……と自分なりに考えた結果が上記の四点である。この場合の「狂人」はウヒャウヒャと笑うよくある狂人ではなくて、なんて言うべきだろうか、やっぱり「今までのグレイグでいられなくなった」といえばいいのだろうか。でなければ、左目が斬られ、体もボロボロだというのに、男相手に「ダンスパーティーみたいだ」と思いながら朗らかに笑うなんてことはできないだろう。どちらにせよ、ホメロスの熱を得てから「俺は無敵だ」に続くまでの文面が狂気染みていることには間違いない。
グレイグは回想やユダの幻で、ホメロスの声を聞いたり、姿を見たり、香水の匂いを嗅いだりしたが、「熱」だけは感じたことが無かった。この「Q.E.D」において、グレイグは色々と言葉(言い訳)を弄したりしているが、どんな言葉も、この言葉ならぬ「熱」には敵わないという結論に達し、本人も「証明終了だ!」と言っている。
第六話のホメロスの書き込みで「あの熱に勝るものはない」とあったが、奇しくもグレイグも同じような結論に達している。
グレイグは正義の道を進む戦士であり、その為なら若き少年である勇者にも頭を下げ、敵ならばと親友も斬る、私情よりも使命(正義)を優先させる果敢な男だった。そんな男が背信者を助けた。つまり、今までの経験や想い――グレイグを形成する「総て」から出来上がった「価値観」を捨てなければ、グレイグはホメロスを助けることはできなかった。そして、ホメロスを助けたことで、グレイグは今までの価値観を全否定してしまったことにより「正気」を失ってしまった。親友を助けるために支払った、グレイグの代償は左目ではない。グレイグの「価値観」という基盤から成っていた「正気」である。
その証拠に「【DQ11】ウソバレ☆レイトショー!【ざっくばらん書き】」のラストにおいて、忠義心が強い男であるグレイグが姫たるマルティナからの要望に応えず、背信者であり新魔王であり親友のホメロスを優先させている。
更に天秤を壊してしまったので、グレイグの中ではホメロスが総ての最優先事項になってしまっている。よって、グレイグはホメロスに執着心を抱いている。今は、ホメロスは茫然自失状態だが、ぶっちゃけて言うならば「早くその狂人から離れろーっ!」状態である。
「【DQ11】ウソバレ☆レイトショー!【ざっくばらん書き】」以外でホメロスの心情(グレイグの予測ではなく、ホメロス自身が思ったこと)を書かなかったのは、この「Q.E.D」はグレイグの主観で進むストーリーだから。人の気持ちなんて分からないものなのでホメロスの気持ちは(グレイグの回想や妄想以外)一切描いていない。分からないこそ、あれこれ考えて、相手の気持ちを推し量るものなのだ。
第八話以降のグレイグのキチ〇イエピソードやユダがその後にどうしたか、ホメロスがそれでもペンダントを持っていた理由なども言及したシーンも書きたかったが、キ〇ガイエピソードに至ってはヤバイストーリーにしかならないうえ、時間もないので、「Q.E.D」もこれにて終了。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
千葉 仁史(2019年1月3日)