これは、占領直後に記録された、旧連邦の第18騎兵師団所属のとある中尉と捕虜によるコミニュケーションの様子です。

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第18騎兵師団占領統治に関する初期記録

統一歴1928年11月3日、連合王国や連邦に対し、当初互角かそれ以上の戦いぶりを見せていた帝国は、ついに力尽きた。強力な連合王国海軍による大陸封鎖で物資が減り続け、1927年秋には、大陸への上陸を許してしまう。第二次ライン戦線で行われた、乾坤一擲の冬期反攻作戦も失敗。その上、東から大挙して押し寄せてくる連邦軍の、その圧倒的物量を生かした1928年夏期攻勢で、東部戦線は破綻。10月にはシェテーティンの戦いに敗北し、オドール川の防衛線が完全に突破され、帝都に連邦軍がなだれ込もうとしたついにその時、降伏した。

戦後の処遇は酷いものだった。共和国は50年前の戦争で帝国に奪われた地域を帝国から割譲し、連邦は旧立憲王国領を全て自国領に編入。南部の半島も、民族自治に基づき五つの国家が建国されることになり、帝国はその版図を大きく失った。いや、それはもはや版図と呼べるものではなく、惨めな敗戦国が、なんとか割譲を免れた姿だった。軍備は制限され、陸軍総兵力は30万人、野砲は50口径75mm以下、総保有量500門、戦車は主砲を42口径 57mm砲、最大装甲厚75mm、総保有台数200両以下とされた。海軍は個艦の排水量を20000tまで制限、潜水艦と空母は保有禁止。また艦砲は、連合王国の45口径35.6cm連装砲が最大とされた。空軍は爆撃機の保有を禁止され、総保有機数は100機以下となった。賠償金も、共和国、連合王国、そして連邦に多大な額を支払わなければならず、戦中戦後の低迷した帝国経済を、さらに大きく締め付ける要因になった。

そして、この物語の主人公にとって一番大きかったのは、帝国魔導戦力保有一切の禁止。帝国魔導師の再就職斡旋も、ついには保障されなかった。こうして帝国に、そして帝国魔導師にとって最大級の屈辱となった講和条約が、締結された。されてしまった。

この条約内容を、その帝国魔導准将、「白銀」とあだ名される戦争の英雄は、連邦軍占領下のシェテーティン市で聞いた。彼女は終戦時、指揮下のサラマンダー戦闘団を率いて、包囲されたシェテーティン要塞に立てこもり、最後まで連邦軍と交戦していたが、要塞司令官ならびに同地の防衛を担当していた第2軍司令部の降伏宣言を聞き、連邦軍に降伏した。

 

そして、今に至る。

 

「デグレチャフ、講和条約が締結された。まずは読め。」

 

連邦軍の捕虜となった彼女、もといターニャ・デグレチャフだったが、連邦軍も開戦時からのエースをそうやすやすと殺すわけでもなく、生き残ったサラマンダー戦闘団諸共、かつての立憲王国の首都ワロシャウのホテルに収容されていた。

 

「ありがとう、レプシェンコ中尉。」

 

窓辺にあるいすの脇息に肘を置き、瓦礫が散見する外を見たまま、全く目を合わそうともせずに、ターニャは監視役、正確に言うと第18騎兵師団本部付副官のニコライ・レプシェンコ中尉に礼を述べた。視線を落とし、手繰り寄せた新聞に目を落とす。口をキュッと結び、表情一つ変えず、ただ淡々と、帝国語で書かれた記事を青色の瞳が追う。そこには敗戦の将の無様な姿ではなく、闘志むき出しの帝国軍人の姿が、まだどこかで、カメラーデンとともに戦っている帝国軍人の気迫が、確かにあった。殺風景なホテルの部屋がそうさせているのではない。多分この人は、どこにいてもこういう空気を創り出すことができるのだろうと、レプシェンコは思った。

 

「中尉。」

「は、はい。」

「この条約内容、虚報という可能性は?」

「ない。帝国筋の、信頼できるメディアだ。こちらでも確認してが、間違いはない。」

 

そうレプシェンコから聞くと、ターニャは「そうか。」とだけ告げると、深く、深く息を吐いた。それから眉間に指を当て、しばらく何かを溜め込んだような仕草を見せる。

レプシェンコにはそれが、きっと部下のことを心配しているのだと、そう感じた。聞けば戦闘団は、増強大隊規模の部隊であり、この准将には、50名以上の部下がいる。条約でその全員が職を失い、路頭に迷うのだ。自分でも、同じ状況に置かれたらきっとそうするだろう。それがましてや、目の前にいるのは有能な指揮官、いや英雄なのだから、部下のこれからのことを案じているに違いない。

すると、レプシェンコがそんなことを考えてしばらく、ターニャは眉間から指を離し、手に持っていた新聞を大げさにベッドに投げ捨て、椅子から立ち上がる。

もし部下の部屋に行きたいというのなら、快く行かせてやろう。そう、レプシェンコは考えた。

 

「さて、聞きたいことは色々あるのだが…」

 

落ち着き払った口調だった。レプシェンは…まだ自分の予想が当たっていると思っている。

 

「まず、君たちは一体…」

 

そこで、声のトーンが変わった。冷酷な、敵意むき出しの声音。

 

「一体我々を!どこまで!どこまで!!追い詰めれば!!!」

 

皮肉交じりの笑みを浮かべながら、しかし鬼のような表情で、ターニャは声を荒らげた。そこにこもっているのは、怒りの感情か、それとも悔みの感情か。

そこまで言ったターニャは、足早にレプシェンコに詰め寄る。さっきと同じ、ものすごい気迫をまといながら。

そして、レプシェンコが思わず後ろに身じろぎする程にまでターニャは近づき、またしてもその冷酷な、悪魔のごとき声音で、レプシェンコの背筋を凍らせる。

 

「どこまで追い詰めれば、気が済むのだ?」

「知らない。俺は軍人だ。ただの中尉だ。そんなことは、政治屋に聞いてくれ。」

 

が、レプシェンコもやわな士官ではなかった。常人なら呂律が回るかも怪しいこの状況で、しっかりと自分の意見を貫き、ターニャに負けじと、その青い瞳をこれでもかと睨み返す。

一方、当のターニャはレプシェンコの顔を一瞥し、「ふんっ!」と鼻を荒立てると、ベッドに散乱した新聞を回収し、再び窓際の席に戻った。また同じように脇息に肘を置き、さっきよりも明らかに不満そうな顔で、市街に顔を向けた。

 

「そうだ、まだ一つしか聞いていなかったな」

 

しかし、それが続いたのもほんの数十秒。ターニャは再び、レプシェンコに視線を向ける。

レプシェンコが「なんだ?」と聞き返すと、ターニャは窓際とは反対側にある脇息に肘を置いて、言った。

 

「我々はこれから、どうなるのだ?」

「どう、とは?」

「解放か?収容所送りか?もっとも、解放してもらったところで、ろくに職のあてもないがな。」

 

気迫ではまだ戦争をしている英雄でも、祖国が戦争に敗けた事実を覆せることはできない。そんなことを体現せんとばかりに、ターニャは自虐を演じる。

 

「…。まだ、結論は出ていない。敵である君にこんなことを言うのは気が乗らんが、君らは旧帝国軍のなかでも最精鋭集団だ。迂闊に殺すわけにもいかん。かといって路頭に迷わせることもできん。師団本部でも、すったもんだしている最中だ。」

「なるほど。我々は貴師団の捕虜になって正解だったな。しかも、敵軍の士官からエースと言われるとは。これ程の勲章はない。」

 

レプシェンコは何も嘘偽りを言ったわけではないし、ターニャもこれが事実だということは容易に見抜いた。とにかくターニャはじめ、連邦軍第18騎兵師団の捕虜になった帝国軍魔導師にとって、最悪の事態はどうにか免れたというわけだ。

 

「では、また何かあれば報告する。」

「あぁ、よろしく頼むよ中尉。」

 

その時の二人の会話はそこまでだった。

それからレプシェンコは、師団本部に"異常なし"と告げに行き、ターニャは、部屋にあるコーヒーを挿れ、カップを片手に、また瓦礫の散見する市街を、脇息に肘を預けながら、ただ見ているのだった。

 



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