「これは・・・たしかにあの時、捨てたハズ・・・」
トリステイン魔法学院の廊下で、大柄な青年が手に黄色いマスクを握り、立ち尽くしていた。ここ、トリステインのあるハルケギニアでは珍しい黒髪に、柔和と言えばそうだがどこか頼りない顔立ちは筋骨隆々と表現して相違ない体とは不釣り合いである。
「そうか、キミは言うのか、もう一度虎になれと。」
その頃、廊下と壁を一枚挟んだ外、ヴェストリの広場では学院の生徒たちが集まり、大騒ぎとなっていた。事の発端は先刻のティータイムである。歓談する生徒たちの中で騒ぎの当事者の一人、ギーシュが小瓶を落としたのだ。それを拾ったのがもう一人の当事者、ルイズの使い魔で、結果としてギーシュは恋人で同級生のレスラー、モンモランシーと後輩レスラーで彼のファンでもあるケティと二股をかけていたことが発覚してしまったのだ。もし地球であれば週刊誌を賑わす話題になるだろうが、その前にギーシュは二人に制裁されることとなった。まずケティによってロープへ投げられ、跳ね返ったところにモンモランシー十八番のラリアットを食らい、白いマットに叩きつけられる羽目になったのだ。制裁が終わるとメイド達はテキパキとリングを片付けていき、モンモランシーとケティは後にタッグを組むようになるのだがそれはまた別の話である。さておき、ギーシュは二股がバレたのを使い魔のせいにし、使い魔は謝罪するもヒートアップしたギーシュは使い魔に決闘を命じたのだ。それをルイズが間に入り、
『使い魔の不始末は主人の不始末よ、文句ならわたしに言いなさい!』
と、決闘を代わって受けたのだ。そしてヴェストリの広場でいざ決闘という時に使い魔は
『アイタタ、お腹の調子が・・・』
と言って広場から逃げ出したのだ。もともと、頼りない風体の使い魔にはセコンドも務まりそうになかったので、最初から期待はしていなかったため放置して決闘に臨んだのである。
「この度の立会人となりました、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・ツェルプストーです、始祖の名において双方、恥ずべきことのないように!」
ワアアアァァァ!!!と歓声が上がり、キュルケと名乗った褐色肌に燃えるような赤毛、グラマーな身体をスーツに包んだ女生徒は観衆に投げキスをして自分をアピールすることも忘れない。今日の主役は彼女でないのは気にしてはならない。
「では、赤コーナー!戦いはバラのように美しく精緻であれ、
ワアアアァァァ、キャアアアァァァ!!!と、先のようなスキャンダルの後にも関わらず黄色い歓声も多々上がり、マイクを渡されたギーシュはパフォーマンスを始める。
「ヴァリエール、ボクはバラ、女性に手は挙げない主義だが、レスラーとなれば話は別さ、全力で相手させてもらうよ!」
「「「キャアアアァァァ、ギーシュさまあああぁぁぁ!!!」」」
歓声に両手投げキスで答えたギーシュはガウンを投げ捨て、ブーメランパンツ一枚の、引き締めた肉体美を披露し、さらなる黄色い歓声を浴びる。
「対しますは青コーナー!反則上等、勝てばよかろう!!
「ブーブー!」
「引っ込めートリステインの恥さらし!!」
ルイズには野次罵声、しかしこれこそ彼女への歓声に他ならない。彼女は反則レスラー、野次は歓声、悲鳴は嬌声。反則レスラーにとってはどれだけの悲鳴をあげさせるかが誉れなのだ。
「ふん、キスがそんなにしたけりゃ地面とイヤと言うほどさせてあげるわよ!!」
そう言ってルイズは親指で首を掻き切って下に向ける、いわゆる『地獄に堕ちろ』のジェスチャーをしながらマイクパフォーマンスを返し、観衆からの野次がさらに激しくなったところでガウンを脱ぎ捨てた。起伏の少ないスリムな身体を包む白を基調にしたレオタードにはVラインや首元、ノンスリーブの肩口といった縁部分に黒い獣毛のような飾りをあしらい、顔もそれに合わせたメイクで悪魔のような装いのルイズ。
「会場のボルテージは最高潮!!この度の決闘ルールはランバージャック、両者、異存はありませんね?」
「当然さ!ボクのような美しいレスラーに相応しいのは、美しい戦乙女のブロンズ像によるリング!」
「こんなのに囲まれてないと戦えないマザコン坊ちゃんなら、帰ってママのオッパイでも吸ってなさいな!」
ランバージャックファイト、もはや説明の必要もないほど有名だが、他のレスラーによってリングを作り、リングアウトしそうになったら押し返すというものだ。しかし、リングが中立とは限らない、何よりリングを用意したのはギーシュなのだから。ヒールの戦い方に見えるというのは気にしてはならない。
「オオオオォォォォ!!!!」
「ピンクデビルなんざブリミル様の御威光の元消し飛ばしちまえええぇぇぇ!!!」
「みんな焦れて来てるわ、そろそろ始めるわよ、レディ・・・」
と、キュルケが決闘開始の合図を出そうとしたその時、広場どころか学院中に響き渡るような大声が轟いた。
「ちょぉっと待ったあああぁぁぁ!!!」
広場にいる者たちが皆、声がした方を向く。
「な、何だ、どこからだ!?」
「あ、あそこ!塔の上よ!!」
塔の上にはマントを翻した男が立っていた。
「トォッ!!!」
塔の上から飛び降り、ヴェストリの広場に着地した大男は土煙を巻き上げ、それが晴れると黄色と黒の縞模様をした動物のマスクとマントを付けた筋骨たくましい大男が立っていた。下は黒いスパッツにレスリングブーツ、上半身は裸のレスラーである。
「あれは・・・タイガー?」
「タイガーって始祖の
「ああ、古代龍と七日七夜戦い続け、とうとう相打ちになって我らを救いたもうた伝説の神獣だ!」
ハルケギニアで虎は伝説に出てくる神獣で、少なくとも現在には存在しない。
「あなた、お名前は?」
キュルケがこの闖入者に名を尋ねると、男はゴング兼スタッフの青髪で小柄な少女からマイクを受け取る。
「オレの名は人呼んでタイガーマスク!故あってピンクデビルに助太刀する!」
「待てよ!始祖の神獣を騙って何で悪魔に手を貸すのさ!!」
「キミたち、少しは恥というものを知りたまえ!たった一人を囲んで罵声を浴びせるのがブリミルさまとやらの教えなのか?」
さま『とやら』と言った時点で説得力が無くなるが、言っていることは正論だ。
「まぁ、この始祖の御使いさまの言うことも最もだ、レフェリー、タッグマッチルールへの変更を要求する。」
「ま、あんたがいいなら良いけどね。ヴァリエールも良いかしら?」
「フン、どっちでも同じよ、バラの奇行子が地面とキスするのに違いないんだから!」
ルイズがそう答えると、セコンドについていたギーシュの使い魔、ヴェルダンデが直立する。このヴェルダンデ、ジャイアントモールという、クマほどの大きさのモグラで、直立するとタイガーマスクと変わらないほどの巨体である。
「では、あらためて・・・レディ、ファイッ!!!」
カアアアァァァン!!!と、キュルケの合図に合わせてゴングが鳴り、試合が始まったと同時にヴェルダンデとワルキューレ達は一斉にタイガーマスクへと向かっていった。
「おっと、いきなりご挨拶だなぁ、ハッハッハッ!!」
タイガーマスクは高笑いしながら七体のワルキューレとヴェルダンデを軽々といなしていく。虎の穴の死神レスラー達を相手にしてきた彼にとってこの八体など木偶人形同然であったが、あえて丁々発止の戦いをすることでルイズの戦いを見ることにしたのである。
「ずいぶん念入りにあのタイガーマスクにけしかけたわね。」
「ふっ、始祖を愚弄するあの男は後でたっぷり仕置してやるさ。まずはキミに泣いて謝ってもらわないとね。」
「あんたこそ、口紅くらい塗らないと地面がかわいそうよ?」
と、ランバージャックのリングすら無くなった二人はそう挑発を交わして戦いを始める。ギーシュは土系統と呼ばれるスタイルで、これは地球であればタックルからのテイクダウンを中心に戦いを組み立てるスタイルである。打撃をある程度もらうことを前提にした戦い方であり、ルイズはそれを承知で先制攻撃を仕掛けた。
「どりゃあああぁぁぁ!!!」
顔を狙ったストレート、レスリングスタイルであるギーシュはその対処法はよく知っている。これはあえて額で受けるのだ。額は人体の中で上位の硬さであり、頭突きと拳がぶつかって砕ける可能性が高いのは拳だ。そのまま膝に警戒しながら足を取って組み倒す。それがギーシュが最も得意とする戦い方であるがルイズはそれを見越してパンチに仕掛けをしていたのだ。正拳から人差し指、中指、薬指を立てた三本目潰し。目潰しというと人差し指と中指で狙うものと思いがちだが、あのようなものはまず当たらない。眼球を破壊するつもりで打つならば今、ルイズが使った空手の三本目潰し、視界を奪うだけならば拳法の開いた手で目のあたりを面として擦るバラ手打ちが有効なのだ。もっとも、三種類どれだとしても反則技に違いはないが。
「(グ!!いきなり反則!?)ゴハッ!?」
とっさに頭を低くして目潰しを避けたギーシュの髪を掴んだルイズは彼の顔面に膝をめり込ませ、たまらず跳ね上がったギーシュの、男の急所をルイズは蹴り上げた。
「アガッ!!ああぁぁ・・・」
ピョンピョン飛び跳ね、転げ回り悶えるギーシュの顔が下を向いた瞬間、ルイズはギーシュの後頭部を踏みつけた。会場はまさにブーイングの嵐、しかしルイズは意に介した様子もなくギーシュの頭の上でタップダンスを踊り始めた。
「ほーらどう?わたしのタップダンス!!好きなだけ地面とキスできてアンタも幸せでしょう?」
もはやギーシュに意識はなく、タイガーマスクはワルキューレを吹き飛ばし、ヴェルダンデを振り払ってルイズに駆け寄り、彼女を抱き上げてギーシュを助けた。
「何よ?いいとこなのに!」
「もういい、もうよすんだ・・・」
ここでカンカンカアアアァァァンとゴングが鳴り、キュルケはしゃがんで気絶したギーシュの手を持ち上げた。ルイズの反則負けだ。
「ま、いいわ。別にお金がかかった公式戦じゃないし。いい!?こうなりたくなかったらウチの使い魔いじめたり、わたしをバカにするのはやめておくことね!!!」
ルイズの捨て台詞と共にタイガーマスクは彼女を地面に下ろし、ルイズは投げつけられるゴミと罵声を背に広場を去っていく。これを見送ったタイガーマスクは姿を消し、残されたのはボロボロになったギーシュとキュルケ、ゴング係の少女、そして観衆だけとなったのであった。
タイガーマスクは誰にも見られていないことを確認すると服を着て、マスクを外す。そこにあったのはルイズが召喚した使い魔、伊達直人の顔であった。
「(間違いない、彼女は昔の僕と同じだ。反則技を忌み嫌い、それでしか戦えぬ自分を憎んでいる。)」
伊達直人、幼き日に養護施設『ちびっこハウス』を脱走して悪役レスラー専門の育成所、虎の穴の門戸を叩き、『黄色い悪魔』と渾名されたタイガーマスクとしてデビュー。しかしちびっこハウスを救うため虎の穴と約束していた上納金を使い込み、虎の穴に追われる身となる。彼は幾多の刺客、死神レスラーを撃退し、ついに虎の穴を壊滅に追いやった。しかし何の因果か、自動車事故に遭い、タイガーマスクの正体を隠すためマスクを捨て、その短い生涯を閉じた・・・はずであった。彼は死の直前、異世界の魔法使い、ルイズによってハルケギニアへ召喚され、蘇生処置を施され九死に一生を得たのである。ハルケギニアの魔法使いはレスラーと呼ばれ、戦いに身を置く者たちである。使い魔はタッグマッチのパートナーとなったりセコンドとなる者で、普段は亜人、獣人の類が召喚されるが、ルイズが召喚したのはなぜか人間、それも瀕死という状態であった。蘇生した伊達直人は、『タイガーマスクであることを捨てた身』と考え、出しゃばるつもりはなく、素人のフリをしながらルイズをレスラーとして育てていこうと考えたのだ。彼女は小柄だが柔軟で瞬発力、持久力を兼ね備えた筋肉に頑丈な骨格と、肉体は才能に恵まれていた。しかし彼女が使う技は反則技ばかり、それも虎の穴すら鼻じらむ、『反則勝ち上等、勝てばよかろう!』なのだ。虎の穴のレスラーは『相手を叩きのめしての反則負けこそ誉れ、反則勝ちは恥』であり、どれだけ残虐な反則技をやってもそれで勝とうと考えていなかった。その残虐さが高額なファイトマネーを生むため、それを売りとしていたのである。さておきルイズがそのような虎の穴の反則レスラー以下であることを知った直人は最初、指導を打ち切ろうと考えたが彼女の目尻に光った涙を見て思いとどまり、今日の決闘で確信したのである。彼女は何者かに反則を強いられていると。タイガーに課された最初の使命はうら若きレスラーを縛る楔を断ち切ること、頑張れ僕らのタイガーマスク!
ファンタジー世界のハルケギニアへ混ぜるな危険のシロモノを平然と混ぜるミタカです。四話でとりあえず第一部完みたいに書ききってますが、書き終えて思ったのが本当にプロレスとファンタジーは『混ぜるな危険』でした。