ゼロとタイガー   作:Yーミタカ

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破壊の杖、その正体はいかに!?


第4話 死闘!反則上等ルール無用デスマッチ!!

 決戦の日が訪れた。会場は学院から馬で四時間ほどの森の中に作られた特設リング。そこには常に中立であるロマリア連合皇国よりハルケギニア各地に派遣された教会がレフェリー、実況をすでに配置している。リングの設営は教会が行なっているためリングに仕掛けはできない。そこへまず馬車が到着し、すでにいつものメイクをしてレオタードを着たルイズが降りてくる。応援としてついて来たのは、ルイズとは犬猿の仲で、先日ギーシュとの決闘で立会人としてレフェリーを務めたキュルケ、その友人でゴング係をやっていた、タバサという名の少女、そして直人である。

「さぁて、あたしはコレ、届けてくるわね。」

「ええ、お願いするわ。」

キュルケは破壊の杖を試合運営に持っていき、タバサは無言でルイズに水を渡す。ルイズはタバサのことはよく知らない。彼女は無口でルイズには何を考えているのかよくわからないのと同時にルイズに対して悪口を言うこともない。単純に興味がないだけなのかもしれないが。そして直人だがここに来ていつもの腹痛が始まってしまう。

「あ、あの、お嬢さま・・・すみませんが、お腹が・・・」

「もぉ、また!?早く行って来なさいな!」

「すみません、ホント!!」

尻を押さえてトイレに走る直人を見送るルイズは、他に愚痴る相手がいないからかタバサに呟く。

「絶対、試合が終わるまで戻ってこないわよ、アレ。」

これを聞いたタバサは無言で、しかし不思議そうに首をかしげる。

そんなやり取りをしていると大きな土のゴーレムの肩に座ったフーケが会場入りしてきた。セパレートタイプの衣装には蛇のウロコを思わせる茶色い色と柄、体つきから女であることくらいしかわからないフーケは他のゴーレムに賭け金を運営に届けさせながら地面に降りる。

「両選手会場に到着したもようです、解説はわたくし、マルコ=アントニオ。実況はトリステイン女子プロレス界きってのエース、ハリケーン・エレンことエレオノール女史をお招きしております。」

紹介されたエレオノールは長い金髪で眼鏡をかけた、ルイズの生真面目さ、気性を凝縮したような美人であり、一礼した後鋭い目つきでリングを見る。

「本日出場のピンクデビルはたしか、女史の妹君とのことですが・・・」

実況のマルコがそう尋ねるがエレオノールはそれを遮るように、

「実況、解説は中立たれ、当然のことですわ。」

と、偏った発言をしそうになったマルコを諌める。

「と、これは失礼しました。では、本日の試合はどのように見ておられますか?」

「そうですわね、両者とも反則技を売りとするレスラーですが、反則技の技量、運用共にフーケに分がありますわ。これを反則技で攻略するのは、ピンクデビルには難しいことでしょう。」

エレオノールが答えるとマルコはマイクをオフにしてオフレコでエレオノールに尋ねる。

「本音としては、妹君を応援したりなさらないのですか?」

「反則レスラーを妹に持った覚えはないわ。」

オフレコだというのに冷たい一言にマルコはため息をつきながらマイクのスイッチを入れた。

「おおっと土くれのフーケ、マイクを取りました!」

土くれのフーケはスタッフからマイクを受け取り、ルイズを指差す。

「天下の魔法学院も堕ちたものね、こんなチビを生贄にして、『学院は負けていない』とでも言うつもりかい!?言っとくけどこの土くれのフーケ様はどんな雑魚にも容赦しないよ!土で固めて学院に届けてやるわ、ヒャーッハッハッハ!!」

これに負けじとルイズもマイクを取るとフーケに言い返す。

「あんたこそ笑ってられるのは今のうちよ!そのブサイクなマスク、剥がしてやるから!別に困らないでしょ?その下も同じくらいブサイクにしてやるんだから!!」

観衆は全て悪役対悪役を好む客ばかりであり、現在注目の悪役レスラーフーケに、魔法学院で半年ほど前から悪名が売れつつある、かつての名選手であるダイヤモンドブレイカー・ヴァリエールとトルネード・カリンの娘にして現役エース、ハリケーン・エレンの妹がどのような血みどろの試合を見せてくれるか楽しみにして来たのだ。

「ルールは無制限三本勝負、反則自由の完全決着方式です。両者共に己の持ちうる全てをもって戦うように!」

レフェリーがそう言ってセコンドアウトの合図を出し、右手を挙げた。

「レディ・・・ファイッ!!」

カアアアァァァン!!!と、ゴングが鳴り、フーケとルイズは互いの距離を測って出方をうかがう。ルイズ側のセコンドであるキュルケとタバサはルイズが最初にやるであろう行動を予測する。ルイズならばまず相手のマスクを捕まえての目潰し、噛みつき、急所攻撃とつなげていくだろうと。なぜなら、覆面レスラーにとって覆面は命よりも大事なもので、覆面を剥がされることはレスラーとして積み上げたもの全てを失うことだからだ。仮にリング上で死亡したとしても敗北したのでなければマスクを剥がすことは許されず、マスクをつけたまま国葬されるため死後何年もたってから

『○×があのレスラーだったのでは?』

と、噂されることになる。そのため、覆面レスラーは絶対にマスクを守ろうとするからマスクを掴まれるとマスクを押さえるため両手が塞がる。そうなればいくらでも反則技を使えるというわけだ。しかしメインセコンドをやっているタイガーマスクはまったく違う指示を出す。

「ルイズくん、小技から入るんだ!!」

「タイガーさん、ピンクデビルはそんなこと・・・」

無視して反則技を繰り出すと考えていたキュルケの予想に反してルイズは飛び込みながらのジャブ、ストレート、ボディブロー連打、膝蹴り、下段回し蹴り、前蹴りと正統派の打撃技をフーケに浴びせていく。これにはフーケの方が驚いていた。絶対にマスクを掴むと思っていたから、マスクを守りながら目潰しを防いで、潰された目から噴き出したという設定の、口に含んだ毒霧(という体裁のハシバミ草汁)を吹きかけてやるつもりだったのに、膝蹴りをもらった時にうっかり吐いてしまったのである。フーケは一旦体制を立て直すためルイズの膝蹴りをわざと体で受け止め、足を掴んだまま軸足を払った。ルイズは受け身を取ってフーケにカニバサミをかけようとするがフーケはそれをジャンプして避け、バク宙、バク転しながらコーナーポストに近づき、バック宙でそれに飛び乗った。

「ピンクデビル!ナメてんのかい!?お得意の反則技はどうした!?」

半身になってルイズを指差して挑発するフーケにルイズも、

「アンタごとき反則技なんて使うまでもないわ!!」

と、返す。しかし今日は反則自由のルール、反則技を使わない方が不自然なのだ。

「そうかい、その強がり、ノされてからも言えるといいねぇ!!」

フーケはコーナーポストから飛び降りながら身体をひねる。これをルイズは飛び蹴りだと思い少し下がるが途端、ルイズの側頭部に衝撃が走った。

「どうだい、破壊の杖のお味は!!」

これに観客も運営スタッフもセコンドも全員が破壊の杖が入っていた箱を見る。箱は確かにさっきまで閉まっていた。しかしいつのまにか解錠され、誰にも気付かれずにフーケの手に渡されていたのだ。フーケは派手なパフォーマンスで自分に注目を集めている間にセコンド役のゴーレムを操作し、破壊の杖を盗み出していたのだ。そして破壊の杖の正体はというと、銀色に輝くパイプ椅子であった!その輝く足に一体何人の血を吸ってきたのか、どこか禍々しさを感じさせる。フーケは倒れたルイズにパイプ椅子で追い打ちを何度もかけ、とうとうレフェリーストップがかかり、フーケの手を掴んで挙げた。反則自由のルールである以上、普通のルールなら反則負けであってもフーケの手が挙げられたのだ。一回戦終了のゴングが鳴り、タイガーはルイズを抱き上げて自分達のコーナーへ戻し、タバサが治癒魔法をかける。

「ヴァリエール、平気?」

「そう思うんなら後で思いっきりアレで殴ってあげるわ。」

キュルケに軽口で返せるくらいの余裕はあるが、試合自体は後がない。ルイズはパイプ椅子の一撃目をまともに受けていた。頭蓋骨が陥没していてもおかしくない一撃をとっさに自ら飛んで緩和していたためそのまま二回戦も取られるようなダメージは負わなかったが、回復魔法では間に合わず確実に二回戦に響くダメージだ。

「ねえ、タイガー。試合が始まったらすぐ破壊の杖を取ってきて。」

ルイズに対しタイガーは答えない。破壊の杖は、今は運営に戻されており、今度は誰も目を離さないようにしている。

「ヴァリエール、それは無理よ、それに最初の、アンタと初めて会った時の戦い方じゃない!アレじゃダメなの!?」

「ダメよ!!アレじゃ勝てないんだから!!勝てないと賞金が・・・」

「待ちたまえ。」

ヒートアップするルイズとキュルケを仲裁するタイガー。

「ルイズ君、聞いてもいいかい?今のキュルケ君の話だとキミは正統派だったんだろう?お金が欲しいみたいだが、キミの生活は質素なものだし、豪遊癖があるわけでもないのに。」

「・・・ツェルプストー、それとタバサも、ちょっと聞かないようにしてくれる?」

ルイズは少し黙って考えると、キュルケととタバサに下がるよう頼む。

「時間はまだある。回復魔法・・・」

「ここまで治れば上等よ。お願い。」

『お願い』など、ルイズの口から初めて聞いたキュルケはタバサの肩をつかみ、

「そうねぇ、ヴァリエールがそこまで言うなら、仕方ないわ。」

と言ってルイズから離れた。間違いなく聞こえない距離で二人が背を向けると、ルイズはタイガーに自分の事情を話した。

「わたしには姉さまが二人いるの。一人は今解説席にいるエレオノールお姉さま、もう一人ちい姉さま・・・カトレアお姉さまっていってね。」

ルイズが語るカトレアはハルケギニア中の医者が匙を投げたような不治の病に侵されているというのだ。

「けど、そんな病気を治せるって人がいて・・・けど、10万エキューも必要で・・・顔も売れない3流レスラーじゃ一生かかっても稼げない・・・」

「ルイズ君、念のためだが、詐欺かもしれないよ?」

タイガーはルイズも考えたであろうこと、詐欺の可能性を聞くがルイズは首を横に振る。

「かもしれない。けど、10万エキュー一括でしか受け取らないって言われて。普通詐欺ならその度その度受け取るでしょ?それに詐欺だとしても、信じたいの、ちい姉さまを助けられるって。」

「なるほど・・・じゃあ、どうしてキミの力だけで稼ごうとしてるんだい?あそこの解説の姉様、若手のエースなんだろう?ポンととはいかなくとも、すぐに用意できそうではないか?」

「それがね、ちい姉さまを助ける方法が始祖に背く邪法らしいの。エレオノール姉さまは絶対許してくれないでしょうし、もし協力したとすれば姉さまはリングに立てなくなるわ。けど、わたしだけなら・・・」

ここで涙声になったルイズの両肩をタイガーは優しく掴んだ。

「そうか・・・キミもそうだったんだな。しかし、一つ聞くぞ?ちい姉さまはキミがこんなに悲しみながら、大好きなプロレスも好きにできないことを喜ぶだろうか?」

これを聞いたルイズの脳裏にカトレアの顔が浮かぶ。

「俺はカトレアさんのことは知らないが断言できる、キミがプロレス自体を嫌いになりかねないことを喜んだりしない。」

「・・・でも、それならどうすれば!?」

「簡単な話さ。それは・・・」

タイガーが答えようとするのを遮るようにレフェリーの

「セコンドアウト!!」

の声が無慈悲に響く。しかし聞かずともルイズにはその続き『正統派の技で勝てばいい』というのは伝わっていた。

「とにかく、まず目の前のフーケだ!いいか!?回転には回転をぶつけるのが基本だ!!」

タイガーの助言に親指を立て答えたルイズがリングに上がると、キュルケとタバサも戻ってくる。

「いい!?アンタと知り合ったばっかりの時のアンタの言葉!!『勝ち負けより大事なことがある!!』自分の言葉に責任くらい持ちなさい!!」

「ファイト、オー!」

キュルケとタバサの激励を背中に受けたルイズはフーケをしっかりと見据えた。フーケの反則技は一通り頭に入っている。間違いなくルイズより上手の反則レスラーであり、反則技で迎え打てる相手ではない。だが、身体能力では決して負けていないのだ。その証拠に序盤の正統派の技では間違いなくルイズはフーケを圧していた。そしてフーケも、そんなルイズの正体に感付いていた。

「(このチビ、反則レスラーって聞いてたけど、とんでもないわ、前に見た反則技より正統派の技の方がよっぽどキレてるわよ。)」

フーケはそもそも二回戦などするつもりはなかった。毒霧による目潰しのあと、叩きのめしてリングロープを使った首吊りで落とし、一回戦K.O勝ち、二回戦不戦勝でそのまま勝ち逃げるつもりだったのだ。しかしルイズは立ってフーケに相対している。フーケの反則技は全体的に奇襲が多い。奇襲とは手品と同じで、基本的に一度披露しタネが割れたものに二度目はない。

「(仕方ない、さっきは使えなかった毒霧、もう一度含んだから、これで行きましょうかね!)」

フーケはルイズの初手に合わせて毒霧を吹きつけようと鼻から息を吸ってルイズの攻撃を待った。

「シッ!!」

ルイズは一回戦のように飛び込みながらの左ジャブ・・・と見せかけて構えを入れ替え左ストレートを鳩尾めがけて打つ。

「(コイツはおあつらえ向きだねぇ、毒ぎ)ゴフッ!?ゲホッゲホッ」

ルイズはただのストレートと見せかけて顔にも掌底を打っていたのだ。しかしこれはダメージを与えるためではなく、毒霧という体裁のハシバミ草汁を防ぐためであった。逆流したハシバミ草汁が気管に入りむせるフーケにルイズは構わず追撃する。息ができない時の打撃によるダメージは大きい。たまらず寝転んで打撃から逃げたフーケにルイズは腕十字固めをかけた。完全に極まって抜け出せないフーケは腕をロープに伸ばす。普通ならばロープブレイクを狙っていると思うがフーケは反則レスラーだ、素直にロープブレイクを狙うはずがない。

「あんま調子乗ってんじゃないよ!!」

「グッ!?アアアァァァァ!!!」

フーケはまたもやゴーレムに、今度は彼女自前の寸鉄を取らせてルイズの左太ももを刺したのだ。たまらず技を外したルイズだが、今の一撃のせいか左足に力が入らず、右片足立ちでなければ立てない。

「今度は逃がさないよ、覚悟しな!!」

フーケはしゃがんだ体勢から右手を伸ばし、ゴーレムから新たに凶器を受け取っていた。その凶器が見えた観客、そして実況、解説は先ほど破壊の杖を盗み出された運営席を見ると、またもや破壊の杖が消え、今回はご丁寧に

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

と、手紙まで添えられている。

「ハジ・・・けろやあああぁぁぁ!!!」

フーケは立ち上がる勢いも乗せて回転しながらパイプ椅子をルイズ向けて振り回した。一度見ているのだから普通ならば避けるところだがルイズは今、片足立ちで避けることはできない。絶体絶命と覚悟したルイズの脳裏に先のタイガーの助言が浮かぶ。

『回転には回転をぶつけるのが基本だ!!』

これに体がとっさに動いた。左足は軸足にすることができなくても振り回すことはできる。ルイズは右足を軸に背中側にその場で回転し、左足を伸ばしたまま振り回し、フーケのパイプ椅子を持つ右手を迎撃した!後ろ回し蹴りだ!!フーケの手首が砕け、パイプ椅子が弾き飛ばされるとルイズは片足で跳躍してフーケの頭をつかみ、ムエタイの首相撲のように逃げられないようにしてフーケの顔に左膝を叩きつけた!!二発、三発、四発、五発と叩きつける時にキュルケの『勝ち負けより大事なことがある!!』、タバサの『ファイト、オー!』という激励が頭をよぎる。そしてフーケがとうとう地面に倒れるとレフェリーストップがかかり、完全に気を失っていることがわかるとレフェリーが手をクロスさせ、ルイズの手を持って高々と掲げた!!

「試合終了!!土くれのフーケ、試合続行不能によりピンクデビルのTKO勝利となりました!!!」

観客からは拍手喝采、確かに観客は反則上等ルール無用のプロレスを見に来たのであるが、それにしか興味がないわけではない。反則上等の土くれのフーケに、正統派の技だけで戦い勝利したルイズに割れんばかりの喝采を浴びせるのもまた当然である。ルイズはこれに雄叫びで答える。

「ワアアアァァァ!!!」

それは歓喜の雄叫びであった!正統派に戻り、勝利を飾った彼女の悲願達成の雄叫びであったのだ!!

タイガーマスクがリングに上がり、ルイズを肩に乗せてその勝利を祝福しながら尋ねる。

「そういえばフーケのマスク、取らないのか?」

「いいわよ、今回は見逃してあげるわ。それに今外しても誰だかわかんないに決まってるしね。」

「そうかい、ならばリングを降りよう。」

一方、フーケは医療スタッフの担架で運ばれてリングを去っていくが反則レスラーへの罵声は無く、むしろルイズへの歓声のあまり誰にも気付かれていないのであった。

 

「それにしてもピンクデビル、今回は反則技を一切使いませんでしたね?どうしたのでしょうか?」

実況のマルコは解説のエレオノールに尋ねる。

「おそらく反則技で勝ち目がないと悟っての起死回生でしょうね。元々彼女は正統派から悪役へ転向したのですから、正統派の方が技がキレるのも当然でしょう。

 ・・・失礼、わたくし、私用がありまして。」

「ん、あ、あぁ、どうぞどうぞ。では、これにてトリステイン魔法学院プレゼンツ、破壊の杖争奪デスマッチを終了したいと思います!ここまでのご視聴、ありがとうございました!実況はわたくし、マルコ=アントニオ、解説はハリケーン・エレンことエレオノール女史にてお送りしました!では!!」

と、実況が締めくくるとキュルケが破壊の杖、タバサが賞金の入った鞄を持ってきて、ルイズはそれを座って出迎えた。タイガーマスクは試合が終わるとまた忽然と姿を消し、腹痛が治った伊達直人が戻ってくる。

「いや~、実況と解説の方のお話で勝ったことは知りましたが、直接お目にかかれず・・・」

「いつものことだからいいわよ、もう!」

そっぽを向いて拗ねるルイズを見て、やはり首をかしげるタバサ。

「さて、学院に凱旋ね・・・」

ルイズが固まり、全員がその目線を追うと、そこにはエレオノールが立っていた。

「・・・グッ!」

ルイズは目をそらす。そうしていればただ無視されるだけで済むが、目が合ったりすればネチネチと反則レスラーをやっていることを咎められるからだ。それも『身内でない』という意味を込めて『ピンクデビル』と呼ばれて。

「おチビ、最近ちゃんと練習してる?」

しかしエレオノールは無視せず、そして彼女がルイズを呼ぶ時の『おチビ』とあだ名で呼んだことでルイズはエレオノールの目を見た。

「エレオノール・・・お姉さま?」

「あの、お言葉ですがお嬢さまはキチンと・・・」

「マネージャーは黙ってなさい!そもそものところ、セコンドチェンジとは何事ですの!?ええ!?」

「ひ~!お、お嬢さま~、怖いです~!」

エレオノールの注意を少しでも自分に向けようとルイズの後ろに隠れて怯える演技をする直人。今はタイガーマスクでなく伊達直人である以上、これ以上のことはできない。

「ナオト、もうみっともない!」

「体格は良いのにどうしてここまで臆病なの?このマネージャー。それよりおチビ?あの程度の反則レスラーごとき、一回戦で沈めてこそヴァリエールのレスラーよ!反則レスラーの真似なんかしてるからあんなに苦戦することになったの、わかる?」

これにルイズは目に涙を浮かべてうなずいた。尊敬するレスラーの一人、エレオノールにまた妹として接してもらえた嬉し泣きだ。

「わかったなら、精進すること、い・い・わ・ね!」

「イタイイタイ!痛いです、お姉さま!!」

耳を引っ張られ立たされ、直人から引き離されたルイズの耳元でエレオノールは他の者に聞かれぬようささやく。

「(最後の首相撲からの膝、良かったわよ。それと殴られたところは後でちゃんと診てもらうこと。)」

これにルイズが

「はい。」

と短く答えると、エレオノールはすれ違ってルイズ達から離れて初めて笑みを浮かべた。彼女もまた、ルイズが正統派に戻ったことを喜んでいるのである。

「ど~したのよ?泣いちゃって!そんなに耳引っ張られたの痛かった?」

「泣いてないわよ、バカ!」

キュルケとのやり取りも反則レスラーになる前のものに戻っており、タバサはそんな二人を見ながら直人の隣に立った。

「・・・ありがとう。」

「ん?何がだい?」

小さな声で礼を言うタバサに、直人は本当にわからないという風に答える。否、伊達直人としてはほとんどルイズにしてやれたことがない以上、タバサが何の礼を言っているかわからないのだ。

「・・・何となく?」

タバサはキュルケとルイズのことをずっと見ていた。キュルケがルイズの最初のファンであり、反則レスラーとなっても『いつか正統派のルイズが帰ってくる』と信じていたことも知っている。そしてルイズが正統派に戻ったのは直人のおかげだと気付いているからこそ、礼を言ったのであった。

 

 遠く離れたトリステイン魔法学院にて、遠見の鏡で今の試合を見ていた学院長、オールド・オスマンと学院で技の研究、リングの開発と手による打撃を主とする『火系統』のプロレスを教えるミスタ・コルベールは、ルイズの戦い方を見て、以前からルイズに対して抱いていた疑念が確信に変わっていた。

「コルベールくん、かの始祖ブリミルの使い魔、タイガーは普段は人の姿をしていたとの伝説があったな。」

「ええ、何でも始祖ブリミルは『タイガーからプロレスを教わった』とか。」

「かの使い魔、ナオトくんだったかの?間違いなくタイガーじゃろ?」

「証拠はありませんが、おそらく・・・」

まずは眉唾だが、始祖ブリミルの伝説を確認する二人。しかしここからが本題だ。

「ルイズくんのスタイルは火、水、土、風のどれでもないとのことであったな。」

「ええ、打撃は火とは言えず、空中技は風ほどでなく、テイクダウンからの関節技は土と名乗れるものでなく、投げ技や立ち関節技も水には及ばない。しかし全てが高い水準でまとまっていたというのも事実でした。」

その中途半端さ、器用貧乏ゆえにルイズは系統無しの意味でかつての正統派時代『手乗りグリフォン』という愛称とは別に『ゼロのルイズ』という蔑称でも呼ばれていた。しかしその器用貧乏だが高い水準でまとまっていた技術が花開いた今、学院長とミスタ・コルベールはルイズのスタイルに確信が持てたのだ。

「始祖ブリミルは火の打撃、風の空中殺法、土のテイクダウン、水の投げ、立ち関節を自在に操るオールラウンダー、すなわち『虚無』の系統であったといわれておりますが、まさかミス・ヴァリエールが・・・」

『虚無』、今となっては失われたスタイルと言われ、全ての技を操ったと言われている。

「これは、トリステイン、いや全ハルケギニアに嵐が吹き荒れることになるじゃろうな。」

オールド・オスマンはどこかその嵐を期待するように髭を撫でた。かつてワイバーンに襲われたオールド・オスマンを助けたレスラー。彼は腹を刺されており、一刻も早く治療する必要があったというのに、偶然彼と共に呼び出されたであろう異界の凶器パイプ椅子をワイバーンに投げつけ、自分に注意を引くとワイバーンの首に飛びつき、そのまま絞め殺してしまった。結果として傷が大きく開いてしまい、そのレスラーは帰らぬ人となってしまったがオールド・オスマンは彼を弔い、彼が使ったパイプ椅子を『破壊の杖』と呼んで学院に収蔵したのであった。オールド・オスマンにはその名も知らぬレスラーとタイガーがどこか被って見えるのである。嵐の中心となるのはルイズとタイガーだろうと考えるが、同時に年頃の少女らしく友人とたわむれるルイズを慈しみ、心配するオールド・オスマンであった。




はい、破壊の杖の正体、まさかのパイプ椅子でした。そしてオールド・オスマンを助けたのは地球出身のレスラー。あ、誰とかは細かく考えておりませんのであしからず。
(と言いますか、タイガーマスク原作、普通に実在レスラーが出るから架空の人物と思ってネタにすると危ないです)

さて、これで第一部完ということで、気が向いたらまた書くかと思います。お付き合いいただき、ありがとうございました!

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